この章ではボイロを二人出す予定です。
もう一人は誰か、予想してみてね。
未来人はポンコツ。これテストに出ますよ。
夏休み。
教師にとっても一幕の休養期間。
僕は太陽が照りつける中、いつもの二人と散歩していた。
「梅雨の時期って、土砂災害多いですよね。
取り敢えず、行方不明者とか、助けた人に漏れがなくてよかった」
ようやく梅雨があけ、緑谷くんはスーツで動き回った身体をほぐすように伸びをする。
この間は、歴史的な大雨が降り注ぎ、大勢の人が死にかけた。
だが、ヒーローの尽力で死者や行方不明者はゼロだと報道された。
「緑谷先輩の活躍ですよ!もっと誇って!」
その報道は虚偽である。
真実は、今僕の隣に居る緑谷くんが、シリウスを駆使して救助活動に励んだのだ。
80億から25兆に増えたナノマシンのおかげだ、と彼は語っていた。
「世間的には、プロヒーローたちのお手柄ですがね」
兎にも角にも、僕らが談笑していたその時。
僕は足元に違和感を感じた。
「…ん?」
僕はその違和感を確かめるべく、視線を下に向ける。
そこには、黄緑の服にヘッドホンを付けた、一度見たら忘れなさそうな見た目の女性がぶっ倒れてた。
「熱中症かもしれませんね。
日陰に運びましょうか?」
「ええ、そうしてください。
生憎と僕、君ほど腕力があるわけではないので」
緑谷くんは慣れた手つきで女性の体を起こし、背中に背負う。
その果実が背中に押しつけられようが、彼は眉一つ動かさなかった。
『…イズク様。背中に背負う彼女は、熱中症ではありません』
「え?そうなの?」
緑谷くんが使う携帯…バイクやらパワードスーツやらを仕舞ってる『イズクテレフォン』…から、MESSIAHの声が響く。
瞬間。イズクテレフォンは、液晶画面から立体映像を映し出した。
緑谷くんはまじまじと、その内容を確認する。
「………は?」
「深刻な病気でもありましたか?」
緑谷くんが、目を丸くする。
僕がその理由を問うたその時だった。
ぐぎゅるるるるるるる
女性の腹から、とんでもない音量の腹の虫が鳴ったのは。
「お腹すいた…」
「…テンプレきたこれ」
「思ってても言わないの」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「いやぁ、助かりましたぁ!!」
「飯食った途端、露骨に元気ですね」
近場のファミレスにて。
声を張り上げることで、生を喜ぶ女性。
他の客が何事だと、公共の場で騒ぐ彼女を見ていた。
彼女の目の前には漫画のように、コレでもかというほどに皿が重なってる。
燃費の悪そうな身体だ。
「この時代に来て早一年…。
目的の特異生命体は見つからないし、この時代の金は尽きるし、連絡機器が風に飛ばされてどっか行くし、その罰で元の時代に帰れなくなるしで散々でしたが、あなたたちみたいないい人に出会えて、私は幸せ者ですね!」
「うっわ、ヤバい人だ」
「ヤバい人だ」
「ヤバい人ですね」
助けた彼女は、頭のネジをどっかに全力投球したような設定を垂れ流す。
ごくごくとお冷やを飲み干し、彼女はかなりヘンテコなポーズを決める。
「自己紹介が遅れましたね!
私、時空監視員をしてます!
西暦3020年からやってきました、京町セイカです!」
ヤバい人だ。
それが第一印象だったが、すぐにそれは掻き消えることになる。
京町セイカ。ボイスロイドの中の一人。
設定としては、自称未来人で時空監視員をしているという。
この子も転生者なのだろうかと思ったが、緑谷くんの存在に興味を示さないあたり、転生したという可能性は低そうだ。
東北さんの姉二人も、転生者ではなかった訳だし。
「…え?嘘だろ…?」
そんなことを考えてると、緑谷くんが声を漏らす。
僕が「どうしました?」と聞くと、彼は神妙な面持ちで答えた。
ーーーーーー彼女のヘッドホン、イズクメタル製です。
緑谷くんの言葉に、僕と東北さんが大きく目を剥く。
イズクメタル。
エネルギーさえ注ぎ込めば自己修復し、雨風にさらされても永劫に劣化することなく、人の手で曲げられるほどに柔軟性抜群で、隕石が直撃しても傷一つつかない硬度を誇る、史上最強の人工金属。
地球上でその金属を所有しているのは、緑谷くんと東北さんの二人のみ。
そもそも製法を知っていて、それを実行できるのが緑谷くんしか居ないのだ。
第三者の手に渡るわけがない。
「…そのヘッドホン、何処で?」
「コレですか?コレは未来で一般販売してる安物ヘッドホンです!」
確信した。
この子は本当に未来人だ。
僕たちがそう戦慄した、まさにその時だった。
「こんにちは」
形容し難いバケモノが、ファミレスの窓を破壊したのは。
「っ、逃げて!!」
それを視認するや否や、緑谷くんはバケモノにタックルをかまし、外へと飛び出す。
バケモノの重量でアスファルトが削れ、土埃が舞う。
それによって緑谷くんの姿が隠された。
僕は東北さんと京町セイカを引き連れ、閉鎖空間であった店を出る。
と共に、シリウスを装着した緑谷くんが、ヒーロー着地を決めたようなポージングをすることで、『今ここにきた』と通行人たちに誤認させる。
「我の拳が悪を砕く」
緑谷くんが呟くように言うと、目の前のバケモノは、うぞうぞと蠢き、その顎門を開いた。
「時空監視員、見つけましたよ。死ね」
バケモノが咆哮すると共に、その口腔に眩い光を溜め込む。
どう考えても口からビームを放つ気だ。
対する緑谷くんは、拳を握り、いつものように構えをとった。
「ジャスティスカノン」
放たれた二つの光線がぶつかり合う。
否、ぶつかり合いと言うのは正しくない。
緑谷くんの放ったエネルギーの膨大さに耐えきれなかったのか、バケモノの口腔から放たれた光線は、一瞬で消えた。
が。緑谷くんはバケモノの頭を吹き飛ばすことなく、そのエネルギーを霧散させる。
「…?手加減ですか?」
「……」
彼は答えない。
ただ真っ直ぐに目の前の敵を睨み、近づく。
「ちょっ、ちょっとあの人!
危ないですって!アレ、特異生命体っていって、島国なんてすぐ消し飛ばせるくらいの、すんごいヤバいバケモンですよ!?」
「君の言う『あの人』は、とっくの昔にそれを超えてます」
「ジャスティスブロウ」
僕が言うと共に、轟音が響く。
バケモノの頭が地に減り込み、アスファルトに亀裂を走らせる。
数秒遅れて、凄まじい風が、僕たちの頬を撫でた。
「…やっぱ強すぎません?」
「私の悪ふざけと、緑谷先輩のひらめきのせいですね」
「半分君じゃないですかクソガキ」
僕たちが言葉を交わしたその時。
「うがぁぁぁぁあああああああアアアアアAAAAAAA!!!」
バケモノが天を衝くほどの咆哮で、街を揺らした。
肉片と血液を巻き散らし、おぞましい体が削ぎ落ちていく。
僕たちはその光景の異様さに目を剥き、唾を飲み込む。
肉が根こそぎ削ぎ落とされて残ったのは、人型のバケモノだった。
「……」
「……」
緑谷くんが再び戦闘態勢に入る。
が、バケモノはそれから目を逸らした。
軽く膝を曲げると、バケモノは何処かへと跳躍する。
あっという間にビル街の奥に消えたバケモノに、僕は小さく呟いた。
「……こりゃあ、面倒な夏休みになりそうですね」
「ですね」
♦︎♦︎♦︎♦︎
『本日未明、ヴィジランテ「SAVER」と、謎の敵との戦闘がありました。
謎の敵はSAVERに敗れ、逃走。
SAVERもすぐさま姿を消し、現在警察及びプロヒーローがその行方を…』
そんなニュースが、安物のテレビのスピーカーから響く。
僕はこの直視したくない現実と向き合うために、普段は決して飲まないエナジードリンクを呷った。
「…で。さっきの…特異生命体?について、教えていただけますか?
未来人、京町セイカさん」
えぷっ、と溢れそうになるゲップを抑え、目の前の未来人に問い詰める。
僕の家には今現在、僕と緑谷くんと東北さん、そして京町セイカがいる。
京町セイカはというと、その能天気なツラのまま、つらつらと話し始めた。
「特異生命体というのは文字通り、同種の生命体とは違う細胞を持つ生命体の総称です!
個性社会で最も初めに産まれた『光る赤子』が、人間初の『特異生命体』として知られてます!」
「要するに、突然変異のキッカケとなった生物のことですか?」
「ざっくりいうと!」
すっごい元気に、すっごいとんでもないこと口走ってるぞ、この人。
つまり、さっきのバケモノは、なにかが突然変異した個体だった?
あんなバイオハザードワールドに住んでそうなバケモノが自然発生するのか?
人工でもなければ、皮膚と筋繊維が剥き出しなんて、生物として不完全すぎやしないだろうか。
…まぁ、それよりも驚いたのは…。
「マジで未来人なんですね…。
うっわ。スマホもアクセサリーも、ぜーんぶイズクメタルで構成されてますよ」
「こ、こんなに使われてると、なんか照れる…」
「そこ。真面目な話の方を聞きなさい」
彼女が本当に未来人だったという点だ。
先程、原作にこのような展開があったのかと東北さんに問うと、「あるわけないでしょ」と呆れられた。
そもそも、「緑谷出久が個性を使わず、不思議な力も使わず、科学で戦うこと」自体が想定外だという。
東北さん曰く、原作知識を使って無双する…という二次創作も多くあるらしいが、この世界ではまず通用しないと思った方がいいとのことだ。
「で。アレはなんの突然変異なんですか?
戦闘能力はどのようなものなのですか?」
「知りません!私、全然勉強してこなかったので!」
「悲報。この未来人、思ったより役立たずでポンコツだった」
「「同感」」
「過去の人たちって辛辣ゥ!!」
緑谷くんが他人の罵倒に同意するなんて、相当ダメな証だぞ。
京町セイカは半泣きで言うも、すぐさま涙を拭い、頭を下げた。
「約束通り、情報は話しましたよ!
私のお願い、聞いてくれるんですよね!?」
「まぁ、出来る限りのことは聞きましょう」
実は、この情報と引き換えに、彼女の言うことを一つ聞くという約束を交わしていた。
どんなことであれ、情報は大きなアドバンテージになる。
相手の脅威を知っておくに越したことはない…と思ったのだが、情報を引き出せる相手が悪かった。
僕が担当してきた生徒の中でも、こういう見るからに残念な子は居なかったぞ。
…まぁ、約束してしまったものは仕方ない。
約束を反故する不義理を、生徒の前でするわけにはいかない。
「私の『特異生命体捕獲任務』、手伝ってください!」
「僕じゃ無理です」
「そんなぁ!!」
一介の教師になんちゅう要求しとんじゃ、このポンコツ未来人。
「代わりに、一ヶ月の食費くらいなら賄ってあげますよ。それで十分でしょう?」
「それも魅力的ではありますけど、任務終わらせないと帰れないんですぅ!!
見てるドラマ、新シリーズ始まっちゃいますぅ!!」
「仕事に私情を持ち込むな」
まぁ、人生を趣味って言ってる僕が言えた口じゃないけれど。
「僕が手伝いましょうか?その任務」
「本当ですかぁ!?」
緑谷くんの言葉に素早く反応した彼女は、情けない体勢で彼に縋る。
ダメな大人の典型だ。
僕の前世もこれだったかと思うと、ちょっとショックだ。
『速報です!
先ほどの謎の敵が、プロヒーロー…ヒーロービルボードチャートJP18位のクライシスオーガを一撃で倒しました!!
クライシスオーガは全身粉砕骨折の重傷!!今は集中治療室で手術を…』
「…協力しないと危険なのも事実ですか」
「ですね」
全く、面倒なことになったものだ。
普通に教師をしていただけなのに、どうしてこうなった。
僕は心底、そう思わずにはいられなかった。
クライシスオーガはオリジナルヒーローです。
個性は鬼。オールマイトに迫るタフネスで、敵の拳を受け止めます。
特異生命体は…まぁ、個性を利用し、尚且つ緑谷くんの関係のある存在であるとだけ言っておきます。