そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。
外伝でお茶を濁し続けて、待たせ続けた最新話。非常にお待たせしました。


似たもの同士

「っ、何っっっ、だ今のォ!?!?!?」

「さぁね。でも、敵の新兵器って訳じゃなさそうだ。わざわざ肉塊だけを吹っ飛ばすメリットがない」

 

スニーカーを脱ぎ捨て、裸足になった状態で硬化させた足を肉に突き刺したことで、俺たちはなんとか爆風をやり過ごした。

…腕千切れるかと思った。

2人が吹き飛ばされないよう、支えとしての役割は果たせたようだ。

あれだけの爆風にもかかわらず、吹っ飛んだのは地表を覆っていた肉塊だけ。

確かに、敵にとって有利な状況の要因となってるソレを吹き飛ばすなど、考えられない。

 

「何はともあれ、戦況が変わったのには間違いない。さっきから爆発が起きる度に、肉塊が爆心地へ向かってる」

「そりゃ、ありがたいことっすけど…!」

「考察は後回しにしよう。数が減っても、戦況が厳しいことには変わりない」

 

肉塊の人形は、気持ち半分少なくなったくらいで、こっちの戦闘が楽になったと言うわけじゃない。

硬化するにも集中力や体力が必要になる。

さっきなんて、手の硬化が切れて、拳が悲惨なことになった。

今はワイシャツを破って、適当にくくりつけて止血し、グローブがわりにしてる。

多少打撃の威力は落ちるが、俺の貢献は隙を作るのが主な為、問題はない。

 

「キリシマくん、踏ん張りなよ。どんな敵であれ、追い詰められた時が一番ヤバい」

「おっ…す…っ!!」

 

Flowerの言う通り、数が減った代償というべきか、さっきから肉塊の攻撃が激しい。

前の「効率よく戦う」ような動きじゃなく、「何かを恐れてがむしゃらに抵抗している」ような気がする。

生憎、子供の癇癪くらいの喧嘩しか経験のない俺は、想像でしか語れないが。

 

「切島くん!!後ろ!!」

「ぐがっ!?」

 

と、背中に衝撃が走る。

激痛で霞む視界の端には、肉塊が槍のように突き出ていた。

意識が朦朧とし、頭がくらくらする。

それでも、霞む視界は絶えることなく、肉塊を注視していた。

 

「まだ、まだァ…!!」

 

流れる血が、俺の限界を物語る。

まだだ。まだ、助けられてない。まだ、助けられた礼ができてない。

プロヒーローがそばに居るとか、関係ない。今強がらなくて、いつ強がるんだ。

京町さんに襲いかかる一人を殴り飛ばし、続く奴に蹴りを浴びせる。

嫌な音が響き、激痛が走る。最早、どこがどの程度痛いのかすら分からない。

 

「……ああ。『君も』か」

 

Flowerが口角を上げ、俺を見つめる。

その意味は分からない。分からないことだらけだが、一つだけわかることがある。

 

まだ、立てる。

 

「来いよ、理不尽…。死んでも、この人らは殺させねェ」

 

啖呵が、死に体の俺を立たせる。

波のように襲いかかる肉が、手当たり次第に俺たちを呑み込もうと迫る。

幾度も弾ける太陽を恐れるように。そこから逃れるように、雪崩れ込み、あらゆるものを飲み込もうとする肉の塊。

京町さんにその顎門が迫る寸前で、俺の体は弾かれたように動き出した。

 

「ぎっ……」

「切島くん!?」

 

京町さんを呑み込もうとしたソレの顎を、つっかえ棒のようにして止める。

形成されていた牙が、俺の掌と足を貫く。

痛みがわからないほどに傷ついた体が、これ以上の痛みに怯むことはない。

俺は掌と足を硬化させ、簡単に牙が抜けないようにする。

捉えた俺をそのまま喰らおうと、口腔を形成する肉片が何度も俺に殴打を喰らわせる。

肉が削がれる感触がする。逃げていく熱を補うように、身体中から煮えたぎるような熱さを感じた。

 

「切島。男らしかったぞ、お前」

 

瞬間。業火と氷が炸裂し、肉塊を薙ぎ払う。

火の粉と氷片が舞う中。安堵で薄れゆく意識で、俺は確かに、ヒーローを見た。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……今の……」

 

目の前に広がる光景に、少女は目を剥く。

焦げる肉塊。肉塊に埋もれていた筈だが、剥き出した元の街並み。

その中心に立っていたのは、先程捕らえたはずの異形。

先程とは違い、全体的に刺々しい印象を受ける…まるで『爆発という現象そのもの』を体現するかのような鎧。

そのマスク部分の奥にある瞳が、燃え盛る闘志を宿し、少女の姿を捉えていた。

 

「嘘……。なんで、なんで今…、『個性特異点』が……!?」

『もォ隠れらんねェなァ…!!』

 

マスクの剥き出しの牙を象徴するかのような口元から、ふしゅう、と水蒸気が出る。

否。口元だけではない。あらゆる部位から水蒸気が発生し、異形の周りを揺蕩う。

その姿を例えるなら、明王。悪に屈せぬ炎を背負う、憤怒の化身。

 

『俺らの『先生』と『師匠』の初クリスマス台無しにした落とし前、きっちりつけてもらおォかァア!!!!!』

 

異形が叫ぶと共に、揺蕩う水蒸気が彼女に迫り来る。

少女が武器…エネルギー弾を撃ち出すだけの簡易なもの…の引き金を引き、水蒸気を払おうとする。

余波だけで金属が融解するレベルの温度を持つエネルギー弾が、水蒸気へと迫る。

が。水蒸気は轟音と共に爆炎となり、エネルギー弾を容易くかき消し、少女を襲う。

 

「ひっ……!?」

 

先ほどとは違う。

まるで『現象そのもの』が牙を剥いているような、そんな感覚。

少女は無表情を崩し、短い生の間で初めて感じた「恐怖」に、上擦った声を出した。

 

「アーミー!!私を守って…、アイツを、殺してっっ!!!」

 

縋るような声と共に、肉塊が再び街を覆い、異形へと襲いかかる。

その抵抗も虚しく、水蒸気が爆炎に変わると共に、肉塊が消し飛んだ。

 

『死なねェ程度にブッッッ殺してやらァアッッッッ!!!!』

 

その鎧は最早、纏う衣ではない。

皮膚そのもののように隆起し、揃う牙から咆哮が放たれる。

この時、爆豪勝己の個性因子は急速に活性化し、彼の体そのものとなっていた。宿主の限界を重ねて迎えた極限状態に、個性が進化を促したのだ。

 

これだけなら、まだここまで爆発的な変貌を遂げることはなかっただろう。しかし、イズクメタルには、緑谷出久ですら把握していない、ある特性があった。

 

いや、そもそも、彼では知ることはなかったかも知れない。

大阪にて、空が白く染まったあの時。その光景を創り出したあかりの纏う鎧は、雷によって歪んだように見えたわけではない。『実際に変貌していた』のだ。

 

イズクメタルは、緑谷出久では…「無個性」では絶対に気づけない特異性がある。

「個性因子の覚醒に呼応し、変貌する」という、他の金属には見られない、唯一無二の特異性が。

そもそもの話、爆豪勝己の個性因子が、紲星あかりの人工個性並の覚醒を遂げることは、まずあり得ない。

確率論で言えば、机に振り下ろす腕が机をすり抜ける確率…宇宙生誕の確率よりも遥かに低かった。

 

しかし、生命の神秘は、そんな確率論をあっさりと踏み倒した。

掌が過剰に熱せられることで、汗腺から溢れ出す汗が気化し、羽衣のように周囲を漂う。その羽衣は、主たる爆豪の意思一つで形を変え、或いは大爆発を引き起こす。

 

太陽を生み出すが如きその御業は、明らかに人を超えていた。

 

「っ、近づくな…、来るなっ…!私から離れてよ、化け物ぉ!!」

『…そんなに怖ェか?』

 

幾つもの太陽が、肉塊を焼き払い、元ある街並みを露呈させる。

追い詰められた少女が、恥もへったくれもなく泣きじゃくり、歩み寄る怪物を拒絶する。

その姿が、更に爆豪の琴線に触れ、その怒りをより激しく燃え上がらせた。

 

『恐怖に屈するくれェ軽い気持ちでここに居ンなら、今すぐ帰って震えて寝てろや!!!

覚悟も決まってねェ、恐怖すら分かんねェくれェに狂気に浸ってもいねェよォなガキが、一丁前に悪者気取ろうってか!?!?

テメェらのチャチなままごとに付き合ってられるほど、オレらの全部賭けたごっこ遊びは甘くねェぞォ!!!!』

 

乱暴に胸ぐらを掴み、そう吐き捨てる爆豪。

既に戦意を喪失し、ただ震えるだけの少女にトドメを刺す気も失せたのか、そのまま手を離して踵を返す。

と。彼は思い出したように、少女へと振り返った。

 

『…その惨めさが、テメェの出発点だ。

気張れや、クソガキ』

 

瞬間。爆炎がi・アイランドに蔓延る肉塊をまとめて吹き飛ばした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……な、何を言ってるの?いちご味?」

 

僕の言葉に、戸惑いを見せるミラー。

攻撃の苛烈さは少しも落ち着かないものの、動揺によってその精度は地に落ちている。

確かに、この場で飛び出すには、あまりにも場違いすぎる単語ではあるだろう。だが、それなりに興味を抱いているのか、「いちご、味…?」とつぶやく姿が見える。

あの理不尽の塊のことだ。捨て駒扱いのこの子に与えた知識は、娯楽関連は一切合切含まれていないのだろう。

僕は襲い来る弾丸を受け止めつつ、言葉を紡ぐ。

 

『子供でも知ってることなんだけどな…。

じゃあ、プリンは?…ああ、シュークリームも捨てがたいな。エクレア、ドーナツ…。

これらは所謂、一つの「幸せ」の形だ。

君は父親に尽くす以外の幸せを、全く知らないんだな』

「……知らない。悪にそんなの、必要ない」

 

人は本質に幸福に縋って生きている。

僕たちのように、艱難辛苦を背負い、失った業を引きずりながら歩くことを選んでも、心の中ではもっといいハッピーエンドがあったんじゃないかと後悔を繰り返している。

親に尽くすことも、確かに幸福ではある。だけど、無垢に付け込んで、ただ尽くすだけの一生を与えられるのは、果たして幸福と言えるのだろうか。

 

『夕暮れの赤さは?星の煌めきは?

君は僕を星に例えていたけど…、自らを燃やし、空を照らすあの美しい光群を…、君は一度でも目にしたことがあるのか?』

 

あの日、絶望に盲目になっていたあかりちゃんを、僕は言葉で殺した。生まれ変わったあかりちゃんを、そこらで悪意が牙を剥くディストピアに引き摺り下ろした。

僕はヒーローだという、自分の心すら騙す妄想で、そんな絶望を七色に飾りつけた。そんな光り輝く絶望を…僕の正義を、あかりちゃんに押し付けた。

いつか僕の妄想が叶って、七色の絶望が、色すらわからないほどに煌めく希望に変わることを、信じさせて。

 

だから、僕はこの妄想を、現実にしなくてはならない。あかりちゃんが望む、希望溢れる世界を見せなくてはならない。

僕が目指したヒーローは、「平和の象徴」という夢物語を現実にした。

彼にできて、他の誰にも出来ないなんて、どこの誰が決めたのだろうか。よしんば神が定めたとしても、それを捻じ曲げることが可能なくらいに血反吐は吐いてきた。

 

「……うるさい。そんなの、私は知らなくていい。私は、悪で在ればいい」

『じゃあ聞くが。君は「悪」が何か、答えられるのか?』

「…っ、うるさいっ!!」

 

少女は答えに詰まり、声を遮るように、幾人ものコピーを生み出す。

その姿に既視感があることに気づかないほど、僕の頭脳は鈍感ではなかった。

 

『…あの頃のかっちゃんに似てるな』

 

都合の悪いことから目を逸らし、気に入らないことから逃げるその姿。

かっちゃんが変わる前に、よく似ている。

なら、尚更放って置けない。

これは、僕の自己満足だ。彼女を無知の幸福から追い出して、愛も希望もへったくれもない現実の世界に叩き落とす。

 

『邪悪な無垢であるだけの君が語るほど、それは軽い存在じゃない。

君のそれは、ただの「作業」だ』

「違う…。違う…。パパが言ってたんだ…。絶対に、悪なんだ…」

『君は悪じゃない。ただ無垢につけ込まれただけの、子供だ』

「っ……!!」

 

────子供は無知ですからね。一度ペンを入れた紙に、文字を消しても筆圧が残るように。教えられたことに、馬鹿みたいに従順なものなんですよ。僕たちの本来の仕事は、その紙に新しいことを書くことではありません。その紙を取り上げて、自分で自由に描ける、新しい白紙を与えることです。

 

昔、先生が言っていたことを思い出した。

やっぱり、僕は相当物覚えが悪いらしい。教わったことを忘れてしまうなんて、先生に叱られても文句言えないや。

飛び交う光線を打ち消しながら、彼女に歩み寄る。

 

「っ、それでも…」

『父親に尽くせるなら…か。

君は、薄い。悪かどうかじゃない。人として、どこまでも薄っぺらい』

 

生まれて三日だという彼女には、重みがない。無邪気であるが故に邪悪だが、その悪はちょっとしたことで裏返る。

どうしようもないほどに悪に染まっていない彼女なら、まだ助け出せる。

 

『何もかもがない君が悪を騙っても、それは子供の妄言とおままごとでしかない。

僕の存在全部を賭けたごっこ遊びが、それで際立つことなんてない。ただ、君を倒した僕が虚しくなるだけだ』

 

僕の紡ぐ言葉に呑まれ、嫌だ、聞きたくないと、ただ拒絶を繰り返す少女。

気づきたくない現実ほど、人を打ちのめすものはない。あかりさんを生み出してしまった絶望の未来。僕の正義がその原因となってしまったという事実が、僕を一度でも諦めさせたように。

でも、人はそこから這い上がれる力がある。最初の一歩を踏み出すだけで、驚くほどにあっさりと、世界は変わる。

 

僕の右腕が駆動音を伴い、その姿を変える。

この狭い世界を壊すために、握る拳に力を込める。

 

『この敗北が、君の最初の一歩だ』

 

────正義の一撃。

 

拳を天に掲げるとともに、光が僕らを包み込む。

上を見上げれば、雲ひとつない満天の星が僕たちを照らしていた。




爆豪がテオ・テスカトルみたいなことになってやんの。

これからもモチベが不安定だと思いますが、よろしくお願いします。
…この作品、なんでか更新するたびに二十人くらいお気に入り登録人数が減ってくけど、弱音って吐いていいのかな。それとも、もう「一桁減らしてやろう」って開き直って更新続けりゃいいのかな。

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