「…絶対忘れとったな、ウチがおること」
要となる存在が無力化され、物資が枯渇したのだろう。殆どの艦が引き返す中で、私は海上に横たわっていた。
流れ弾、とでもいうのだろうか。加減を完璧に忘れたアホに制裁を喰らわせることを決意しながら、私は水面から飛び立つ。
濡れて衣装が透けるかと思ったが、そんなことはなく、水を吸った重みすら感じない。
…これ、素材だけ普段着に流用してくれないだろうか。私、妙に発育がいいからか、汗かいた時とか視線が気色悪いし。
「…キレーやな、星」
見上げれば、満天の星が私を魅せる。そんな夜空を彩るように、叢雲のような煙が、あたりに立ち込めた。
私がふと、その発生源たる箇所を見ると、ホバーバイクでガスを散布する葵さんがいた。
「葵さん。出来たんやな」
「ああ。これで、防衛機構を解除しても大丈夫…」
と、葵さんが言いかけた、まさにその時。
私は咄嗟に、彼女を抱え飛び降りる。
次の瞬間には、葵さんの乗っていたホバーバイクに、一人の男が立っていた。
「……ああ。君も成っていたのか。…全く。因果というのは恐ろしい」
落ちていく中、私はその姿を見た。
邪悪の化身。世界に牙剥く理不尽。平和と正義の対極。
ニュースで流れていた単語が、脳裏を駆け巡る。そこに立っていたのは、ついなちゃんのお父さんを殺した、あの『絶対悪』だった。
「……退いてくれるかな。今は、心中穏やかじゃないんだ」
怒り狂う絶対悪が、牙を剥く。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「切島くんが、切島くんが…!!」
「………ぁ、ぃ…」
絶望が太陽によって薙ぎ払われ、爪痕残る街並みの中。
死にかけの切島から流れる血液が、床を赤く染め上げる。致死量超えてるんじゃなかろうか。
「…切島。死にたくなかったら我慢しろ」
「ひぎっ…!?」
特に出血がひどい箇所に、俺は掌から生み出した火を押し当て、焼き潰す。
悲痛な呻き声が切島から発せられたが、俺は心を鬼にして、次々と傷口を塞いでいく。
正直、ここまでしないと確実に死ぬ。医療用ナノマシンには、造血機能など搭載されていないのだから。
「……すま、ねぇ…。また…迷惑、かけた…」
「…ったく。つくづく、ヒーロー目指してるやつは、カッケェ無茶しやがる」
爆豪が腕二本焼き尽くして、あの脅威を追い払ったように。コイツは、全身から血を噴き出そうが、四肢の骨があり得ないほどに砕けようが、セイカさんを守り抜いた。
俺も大概だが、ヒーロー志望に自分の命が惜しい奴は少ないらしい。
「………やっぱ、な。轟。お前…、SAVERの仲間だったんだな。届かねェ…、ワケか…」
光の薄い瞳で、そんな馬鹿げたことをのたまう切島。
俺は生意気な脳みそが詰まってるだろう、その額に軽くデコピンをかまし、語りかけた。
「…ただヒーローの真似事やってるガキに、追いつけねェことあるかよ。
追いつきてェっつーなら、テメェの全部賭けて追いかけてこい…って、爆豪だったら怒鳴り散らしてるぞ」
「……そうか」
コイツみたいな馬鹿が、俺たちに追いつけないなんて、あるわけがない。
気張れよ、と励まし、治療を進めていく。
と。Flowerが、マスクに覆われた俺の顔を覗き込んだ。
「…つづちゃんが気にいるわけか」
「……どーします?捕まえますか?」
ボイスチェンジャーを切っていたとはいえ、流石にバレていたらしい。
俺が両手を上げて言うと、Flowerは首を横に振った。
「いや。もともと、つづちゃんから聞いてたんだ。ハロウィンのちょっと前に」
「…………弟子自慢か。あの師匠らしい」
俺らにはキツく当たるくせに、親しい人間にだけ俺たちのことを褒めまくる。
もっと素直に褒めてくれてもいいんじゃないか、と思うこともあるが、素直じゃない奥さんには酷な話か。
それに、俺たちは自惚れやすい年頃だ。
そんな頻繁に褒められては、昔の爆豪みてェになること間違いなしだろう。
「…それはそれとして。
キリシマくん。意識はあるよね?」
「………ゥス。な…んと……か」
掠れた声で返す切島。
あまり無理はするな、と宥め、ナノマシンが入った針なし注射器を押し当てる。
これで損傷は治せるはず。流石に貧血はどうしようもないらしいが…。
「僕さ…、弟子が欲しかったんだよね。つづちゃんがあまりに自慢してくるからさ。
…ここまで言えば、わかるよね?」
プロからのスカウト。しかも、一国の頂点に立つ、トップヒーローの。
またとないこのチャンスに飛びつかない人間は、どこを探してもいないだろう。
しかし、切島はセイカさんを見て、即座に首を横に振った。
「日本で、やりてーこと、あるンで…。ありがてーっスけど、お断りするっス…」
「……フラれちゃったか。残念」
「お喋りはその辺にして、輸血…。…切島、血液型言え」
奥さんがA型で、俺がO型。Flowerは宣伝用の公式サイト曰くAB型。セイカさんがB型と、四種は揃っている。
切島が希少性の高い血液型でないことを祈るばかりだ。
…切島の出血量からして、どの血液型でも貧血症状は避けられない程度にしか輸血できないのだが。
「…O型」
「そうか。応急処置程度に輸血すっぞ」
良かった。スーツに備わった機能と、俺の血液が揃ってる。何とかなりそうだ。
スーツの腕部から伸ばした管を、切島の腕に差し込む。あとは造血に努めさせ、病院か何処かに運び込めばいい話だ。
…果たして、今の日本人に対応してくれる病院が、このi・アイランドにあるかは些か疑問ではあるが。
最悪の場合、緑谷作の浮遊大陸『北斗七星』に運び込めばいい。
これからのことを思案していると。通信が入ったことを知らせるノイズが聞こえた。
『轟先輩。まずいことになりました』
「東北?…なんだ、まずいことって」
東北が落ち着きながらも焦燥感あふれる声で、緊急性を訴える。
この状況下だ。しょうもないことで通信を入れるということは、まず無い。
暫し深呼吸の音が聞こえた後、東北は血反吐を吐くような声で告げた。
『艦隊の方にフィクサーが来てます。
あろうことか、オールマイトを煽って居場所を知らせてから』
「…………そりゃマズいな」
なまじ状況が解決したせいで、新たな問題が浮上してる。
フィクサーは絶対悪ながら、世界を支配するような思想は抱いていない。寧ろ、自分に敵う正義の生誕を心待ちにしている節がある。
その思想から考えると、ここで殺戮の限りを尽くすというのは考えにくい。
となれば、ここに来る理由はなんだ?そもそも、オールマイトを煽ったのは何故だ…?
…駄目だ。緑谷みたく、アホみたいに頭がいい訳でもない俺の頭じゃ、全然わからん。
思案してる暇はない。輸血が済んだ切島に、「ちょっと行ってくる」とだけ告げ、黒の中に、星々が煌々と輝く夜空へと飛び立った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ミーティア・ストラァァーーイクッ!!」
葵さんを何とか逃し、フィクサーと交戦する。
私の個性は、コイツ相手には役に立たない。まず触れることすら叶わない。
私は麻酔薬が入った弾丸を、個性で軽くし、勢いよく投げ飛ばす。
乱れ飛ぶ弾幕を弾きながら、フィクサーは心底苛立ったように頭を掻きむしった。
「…狙撃スキルなんて、君にあったっけ?
結構正確だけど…、いかんせん、飛ばすものと狙いが馬鹿正直すぎて、面白みが無い」
「っ、ミーティア・フィニッシュ!!」
数回転して間合いを詰め、蹴りを繰り出す。
私たちの中で、格闘術に秀でているのは私だ。個性無しの格闘戦で言えば、白星は私が1番多い。
だから、フィクサーにも通じるという自惚れがあったのかもしれない。
まるで、ふわふわの布団でも蹴ったかのような感触が、足を伝うまで、私はその自惚れを抱いていた。
「……経験が浅いのかな?
同じ装備なのに、彼らと見劣りするよ」
「ッ…!!」
そんなこと、分かってる。
私が1番弱いことも、私がヒーローになる決心をしても、あの時誓った決死の覚悟に負けるくらい、目の前のモノに恐怖を抱いていることも、とっくの昔に知ってる。
しかし、足を掴んだのは、相手の油断からだろうか。
袖口に仕込んだ麻酔弾を取り出し、軽いスナップで投げる。
正直、防がれてもいい。意識が少しでも別に向けば、攻撃のチャンスはある。
「…三発のブラインド」
3回、何かが弾ける音がした。
次の瞬間、私の意識はひどくゆっくりと、目の前の事象を捉えていた。
フィクサーの腕が、麻酔弾を弾きながら、私に迫る。負ける。そう確信しながらも尚、ヤツを睨め付ける。
心で負けたらダメだ。ついなちゃんに、助けた人たちに顔向けできない。
私はまだ、負けてない。
『ジャスティス・スマイト』
フィクサーの土手っ腹に、蹴りが入る。
私の足を離し、吹っ飛ぶ彼のいた場所。そこには、ヒーローがいた。
『漸くマトモに入ったな、フィクサー。随分と余裕が無さそうじゃないか』
ボイスチェンジャー越しにもわかるほどに、怒気を孕んだ声音で滲みよる緑谷くん。
フィクサーは脇腹を押さえながら、マスクの奥にある闇孕む瞳で、緑谷くんを見やる。
「……ああ、君か。
本音を言えば、今すぐにでも君と遊びたいけれど…、残念ながら、殺さなきゃいけない相手が出来たんだ」
フィクサーの姿がブレた、と思いきや、緑谷くんとクロスカウンターを決める。
星すら砕く一撃も、フィクサーにとってはただの拳同然らしい。
その強大さに目を向く暇もなく、激しい攻防は問答と共に続く。
『誰のことだ!?』
「君も知ってるだろ?」
────爆豪勝己だよ。
その名を聞いた瞬間、緑谷くんはフィクサーに強く拳を入れ、距離をとった。
『……今、何て言った?』
緑谷くんの鎧から飛び出したバイクが分解され、彼の体に纏わりつく。
形成された槍が、その身から溢れ出す憤怒を象る稲妻を抱いた。
『武装「オーディン」』
瞬間。赫耀の稲妻が、暴風と共に空を染め上げた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
『爆豪!!おい、爆豪!!
ヤベェぞ、緑谷がキレた!!』
『………っ、せェな…、聞こえてるっての…』
轟の声で目を覚ます。
記憶が曖昧だが、この景色を見る限り、俺は勝ったらしい。
ずきずきと痛む頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
まだ意識が朦朧としている。呆然としながら涙を流すガキに、「止まってんな」とだけ告げ、歩き出した。
『……っ、ソが…。こんな、ギリギリで…、何が、勝利…』
俺の目指したヒーローは、こんなことで躓いているような、ちっぽけな存在じゃねェ。
そんな意地が、俺の体を支えている。
瞼が重い。腕が、足が、何もかもが重い。
意識が闇の底に沈むのも時間の問題だと思った、まさにその時。
「先輩、お疲れ様です。
栄養剤、持ってきました」
クソガキが、俺の体を支えていた。
『…頼むわ。次、控えてっからよ』
現段階の麗日さんの格闘術には、当たるタイミングをズラされるだけで威力が死ぬという致命的な弱点があります。
オールマイトは出撃準備に手間取ってます。
前回のコメントで、温かい言葉をもらいました。誠にありがとうございます。
感想への返信は現在、全作品で控えているものの、全てに目を通しています。少し、心が落ち着いたら返信していこうと思うので、これからもどしどし感想をお聞かせ願えると幸いです。