そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

82 / 116
サブタイトル通りです。
彼らはみんな、意地っ張り。


意地と意地

「そういえば、イズクくん。最近、私と戦った時の装備、使いませんね」

「あー…っと…。それ、聞いちゃう?」

 

遡ること、数日前。

スーツ…正式名称『イズク一号:シリウス』のアップデートを2ヶ月かかりきりで済ませ、日付が変わった頃。

話題が鎌倉山事変…出久が手加減を忘れ、鎌倉山を真っ二つに叩き割った…に辿り着き、あかりが自然と疑問を浮かべる。

それに対し、出久はなんとも言えない表情を浮かべた。

 

「アレ、手加減出来ないんだよね。

あの時は、ほら。あかりさんみたいな規格外が相手だったから、ほぼ損害ゼロで済んだんだけど…。

……アップデートした際に出力上がってたらどうしよ…。怖くて試せないし…」

「……ああ、成る程。使わないんじゃなくて、碌に使えたモノじゃないんですか」

「……はい。その通りです」

 

あらゆる事象に対応できるように、これでもかと火力を盛りに盛った装備が、武装「オーディン」である。

ただでさえ、月を砕くほどの拳を放てる装備なのだ。過剰過ぎる力は、簡単に人の手を離れていく。

つまるところ、出久は武装「オーディン」を御す力を持っていないのである。

新しく機能を付け足そうにも、武装「オーディン」にそんな容量はカケラも残っておらず。下手に取り除こうモノなら、データが膨大すぎてどこにも保存できない。破棄するにしても、データを完全に破壊することなど不可能で、それなら自分が管理していた方が安心できる。

そんな事情が重なり合った結果、ここまでズルズルと搭載したままにしていたのである。

スーツのアップデートに合わせて、おかしな進化を遂げていないかが心配だが、あかりほどの規格外がそうそう出るとは思えない。

フィクサー相手にも、これを使うことはないだろう。

そんな言い訳で心を落ち着かせ、出久はシリウスを格納庫にしまった。

 

「使うとしたら…、本気で怒った時くらいだと思うな」

「……てんで想像できませんね、イズクくんが本気で怒るところって。

大阪の時の怒号も、ストレス発散に怒鳴っただけでしたし」

「いや、僕も人間だから怒る時は怒るよ。

…まぁ、どこか余裕がある限りは使わないと思うけど」

 

願わくば、この余裕が失われることがないことを祈るばかりだ。

そんなことを考えながら、出久は格納庫を後にした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

現在、僕の余裕は失われていた。

今すぐ、目の前の存在を倒さなくては。前みたいに見逃してもらっても、確実にかっちゃんは殺される。

これ以上、何も奪わせるものか。

 

「…いいね、その本気」

『余裕のつもりか』

 

槍を振るうと共に、赫の雷が空を薙ぐ。

アレだけ恐れていた力が、体に馴染んでいく感覚。今、この恐怖に飲まれたら、かっちゃんが殺される。

フィクサーの繰り出す音を雷鳴の轟音でかき消し、幾度となく刺突を繰り返す。

オーディンを発動させた際、相手を倒すまで機能を停止しないよう、スーツのAIにラーニングさせている。そのためなら、骨が折れようが、僕が死のうが、絶対に止まらない。

目の前の存在を倒すためなら、僕は喜んで『天災』になる。

 

『お前だけは、死んでも止める』

「全く…。ただの無気力な中学生だったヤツらより、好感が持てるよ」

『ほざけ』

 

後先のことは考えるな。

周囲を巻き込む心配はいらない。コイツを倒すことだけ考えてればいい。

刺突と雷に、次々と身を躱すフィクサー。その瞳は、変わらず闇が灯っている。

僕の脳波をスキャンし、フィクサーの行動パターンを幾重にも分析。この時点で目眩がしそうだが、そこから連携を構築する。

以前より遥かに頭脳を酷使しているせいか、顔中から血が溢れ出すのが分かった。

 

『っ…』

「…この負荷でたたらを踏まないってことは、成る程。スーツが無理矢理体を動かしてるんだな?

死んでも止めるってのは、比喩でもハッタリでもないわけだ」

『当たり前だ…!!』

 

暴風を巻き起こし、フィクサーの姿勢を崩しにかかる。

武装「オーディン」に搭載された機能は、火力の底上げの他にも、いくつかある。

その中の一つが「暴風」。文字通り、風を…正確には、大気を操る機能。本来であれば、台風や竜巻といった災害への対処に使う機能なのだが、フィクサー相手になら遠慮なく使える。

相手は多くのトップヒーローを打ち負かした男。大気を操れる程度で勝てるとは、微塵も思えなかった。

突風によって姿勢を崩したフィクサーを刈り取るように、赫の雷を放つ。が、フィクサーはそれを予測していたように、足から吹き出したブースターによって、あっさりとそれを避けた。

 

「あっぶな。死ぬかと思ったよ」

『白々しいぞ』

「…まぁ、雷なら数え切れないくらい食らったからね」

 

天災になった程度で、この理不尽を倒せるとは思えない。

空を彩る幾つもの赫を、槍として固定する。範囲攻撃でさえ意味を成さない相手ならば、確実に倒せる一撃を何度でも放てばいいだけだ。

 

「……成る程。こりゃ、本格的にマズイな」

 

槍を振るうと共に、赫の大群が一斉にフィクサーへと迫る。

直撃を嫌ったフィクサーが躱そうとする度、奴を囲うように暴風の壁を発生させ、逃亡を阻止。何箇所かに雷が突き刺さるも、どれもこれも決定打にはならず、傷は数瞬のうちに回復してしまう。

正直、ジリ貧だ。雨霰と槍を放とうが、空全体を焼き尽くす勢いで雷を放とうが、コイツは倒れない。

何がここまでコイツを駆り立てるのだろう。

そんな疑問が湧いた、次の瞬間だった。

 

「SMAAAAAAAAASHッ!!!」

「…セーフ」

 

フィクサーの顔面目掛けて、理不尽が放たれたのは。

突風が全てを薙ぎ払い、雷の槍さえも掻き消えていく。フィクサーが悪の理不尽であるならば、彼は正義の理不尽。

僕が憧れた人が、そこにいた。

 

『…オール、マイト』

「やぁ、SAVER。さっき見た時とちょっと変わったね?イメチェンかい?」

『………、本気でやっていただけだ』

 

なんてタイミングで来るんだ。

シールド博士が操るマシンのウィング部分に立ち、月明かりを背に浴びるその姿。普段ならば興奮して気絶していた自信があるが、今は状況が状況だ。

その存在感に気が逸れてしまったが、吹っ飛んだフィクサーを追わなければ。そのまま海に潜って逃げている可能性が高い。

色さえも抜け落ちた世界へと突入し、フィクサーの反応がある場所へと向かう。

オールマイトたちもそれを追うように、同じ世界へ突入した。

 

「Hey!!君とフィクサーはどうして対立してるんだい!?」

『くだらない問答はやめてくれ。こちらも今、余裕がない。

君たちを巻き込むかも知れないんだ。できるなら、復興の手伝いをしてくれないか』

 

どうして音速を超えた世界で普通にしてられるんですか、アンタ。

オールマイトの規格外さを改めてヒシヒシと感じながら、問答を突っぱねる。

フィクサーに追いつけなければ、かっちゃんが殺されてしまう。ついなちゃんのお父さんの死を見た時も、身を引き裂くような後悔が湧いたというのに。かっちゃんが殺されたら、僕はヒーローという亡霊に取り憑かれたバケモノになってしまう。

 

そうだ。かっちゃんが殺されるかどうかの瀬戸際なんだ。

なりふり構うな。死んでも、倒せ。

 

フィクサーの影に追いつくや否や、僕は槍に幾重もの雷を宿らせる。あまりの膨大さに槍には収まらず、握る僕の腕すらも焼き焦がす炎雷。

痛みに呻くことなく、僕は叫んだ。

 

『グン…ッ、グニル!!!』

 

必ず相手を貫く矛となる。

海を焼き、天すら焦がし、大地をも叩き潰す、僕が繰り出せる究極の一撃。

海中のフィクサーは青い顔をして身を躱し、衝撃波と共に飛ばされる。巧く避けたみたいだが、これが一発限りの必殺なわけがない。

確実に倒す。その一心で、僕は更に腕を焦がし、続け様に放った。

 

『ぐっ、…、た、おれ…、ろォ!!』

「……まだ、その時じゃないんだ。

僕が…屍たちが待ち望んだその時を迎えるためにも、僕の邪魔をしないでくれ!!」

 

フィクサーが躱す共に、顎に衝撃が走る。

意識を刈り取るべく、脳を震わせようとしたのだろう。意識が一瞬飛んだが、焦げた腕の痛みで無理矢理に目を覚ます。

この腕が使い物にならなくなってもいい。この身が滅んでもいい。今、ここでコイツを止めなければ。

 

「SMAAAAAAAASH!!」

「かっ…!?」

 

刺突を繰り返して、幾度目か。

赫雷を掻い潜って漸く僕らの元へたどり着いたオールマイトが、フィクサーの土手っ腹に拳を叩き込んだ。

水飛沫が上がる中、僕がそのまま刺突を決めようと移動するのを、オールマイトが肩に手を置いて止める。

 

「…手負の獲物を横取りするようで悪いが、SAVER。コイツは…、コイツだけは私に譲ってくれないか?」

 

あのオールマイトがいつもの笑顔を崩し、険しい顔で告げる。

若き頃とは違い、あらゆる悪を同様に、平等に粉砕してきた圧倒的な理不尽。笑顔と共に在った彼の顔には、決意と覚悟があった。

 

「私には、巨悪を打ち倒す使命がある。

それは、この男をも踏み越えていかなければならないんだ」

 

オールマイトの眼差しが、僕を捉える。

無視しようにも、あまりにも強大な存在感に惹かれ、僕の体が止まってしまう。

ダメだ。止まるな。今お前が止めなくて、誰がかっちゃんを助けるんだ。

僕が動き出そうとした、その時だった。

 

「………、いいことを教えてあげるよ、オールマイト」

 

フィクサーの笑みを孕んだ声が響いたのは。

僕たちがそちらを向くと、再生が追いついていないのか、傷を庇うように抑えるフィクサーの姿がある。

オールマイトから受けた傷もあるだろうが、僕から受けた傷も相当深いらしい。

あと少しで倒せる。僕が槍を持って、トドメを刺そうとしたその時だった。

 

 

「彼はキズナと繋がってる」

 

 

最悪のタイミングで、その情報が飛び出したのは。

 

あまりの衝撃に、僕たちは目の前が真っ白になった。フィクサーに刺突を放つも、あまりの動揺に脳波が混乱し、見当違いの方向に繰り出してしまった。

フィクサーは思惑通り、と言わんばかりの笑みを浮かべ、姿を消す。

終わった。かっちゃんを守れなかった。

僕がそう思い込んでいた、その時。

 

『テメェが俺を守ろうなんざ、一兆年早ェわ』

 

太陽が、夜空を照らした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…緑谷先輩、なりふり構ってませんね。

ここら一帯、空が真っ赤に染まってます」

「紲星にこれ以上負担増やしてどォすンだ、あのタコ」

 

少し時は遡り。

栄養剤を流し込んだことで、身体が潤っていくのが感じる。汗腺の痛みも完全に治り、爆破は完全に機能を取り戻した。

俺は現状確認の傍ら、軽くストレッチをして、目眩がないことを確認する。

 

「……にしても、爆豪くん。随分とイメチェンしましたね」

「そっちの方がバクゴーさんっぽくって素敵だと思うな」

「世辞はいい。今重要なのは、フィクサーが俺をブッ殺そうとしてて、デクがそれにキレて暴れ回ってるっつーことだ」

 

イメチェンってのは、今俺が着ているスーツのことだろう。…俺からすりゃあ、ゴテゴテしてて動き辛ェんだが。

意識が逸れた。

あのバカのことだ。おおかた、自分が守らなきゃ殺されるとか自惚れているのだろう。

あとで殴ることを誓いながら、自分の体に起きた変化を確認する。

 

まず、掌の温度操作。その気になれば、金属を一瞬で融解させるほどの高温に到達する。続けて、汗の気化によって散布されたニトロ擬きの操作。これによって羽衣のようにニトロを漂わせ、自由に爆破することができる。掌の温度操作と合わせて、瞬間的に生成できるのが利点か。

そのまま個性が進化したみてェだ。…それでも、あの師匠にゃ勝てねェんだろォが。

 

「轟と麗日は?」

「轟先輩の方は、向かってくれてます。…近づけるかどうかは、正直怪しいですが。麗日先輩は…、追いかけてますけど、雷が邪魔して追いつけてませんね。

あかりさんは急いで向かってますが…、彼女だけはオールマイトがあの場にいる以上、下手に動けません。

……大事にされてますねぇ、幼馴染に」

「余計な世話っつーンだよ」

 

本当に、余計なお世話だ。

デクが調子に乗ってるのも腹が立つが、なにより俺が軽く見られてるのが心底苛つく。

フィクサーと交戦するデクの位置を覚え、俺は羽衣を生み出した。

 

「ンじゃ、ちょっくら行ってくらァ」

「…墓は作りませんし、葬式の準備もしませんからね」

「存外、気が利くじゃねェか、クソガキ」

 

発破に笑みを浮かべ、地面を蹴る。

眼下に見えるクソ教師の口元が、小さく動くのが見えた。

 

「任せろや」

 

アホどものフォローは骨が折れるな。

そんなことを思いながら、これから太陽に照らされる黒へと飛び立った。




多分、このかっちゃんは緑谷くんと同じ状況に陥ったら、同じくキレて暴れると思う。
因みに、中身が死んでも動くAIは搭載してるけど、AIに頼るより脳波スキャンして動きを再現する方が勝率高いから、生きてる限りは脳みそをスキャンされまくる。そのため動揺するとバグる。余程のことがないと動揺しない胆力が必要だね。

攻め込まれた時の状況、多分オールマイトとスターアンドストライプだけで何とかできたと思う。スターは現在、クリスマスムードの本国で奮闘してるけど。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。