太陽の残穢が消えたことを確認し、脱力する。
逃げられた。しかも、トドメの直前に。ワープでも使ったのか、ソレとも別の方法があったのか。
何かは分からないが、その手際の良さには覚えがあった。
『……トドメの直前に逃げられた。本物のフィクサーが回収したんだろうね』
『………おい。口調、いいのか?だいぶ前から崩れてっぞ』
『あ゛』
やっば。あれ?オールマイト、すぐそばにいなかったっけ?
…ん?あの、もしかしなくてもヤバい?かっちゃんも口調はもう諦めたのか、普通に喋ってるけど…、ヤバいよねコレ絶対。
どうしよう。変な汗が出てきた。僕はオールマイトに向き直ると、早口で捲し立て、さらに上空に飛び立つ。
『………悪は去ったさらばっ!!』
『おいコラ置いてくなクソ…野郎!!』
「ま、待ってくれ!!」
『すまん待てん!!』
今『デク』って言いかけたな。
身バレの危機を防ぐために、とっととこの場は去るに限る。
…そういえば、さっきの子たちは大丈夫かな。偽物のフィクサーと戦ってる時、ちょっと声が聞こえたから気になったけど。
僕は別に悪を滅したい訳じゃない。誰もが悪にならずに済む世界が欲しいんだ。
悪を望む彼女たちには悪いだろうけど、新しい生き方を見つけてくれたら、嬉しい。
そんなことを考えていると、轟くんから通信が入る。
『おい、緑谷』
『あ、轟くん。大丈夫だった?』
『すまねェ、しくった。フィクサーが横からあのガキ共掻っ攫いやがった。
…ヤツのことだ。まだ利用価値があるとか思ってンだろォな』
『………そっか。次会う時には、足を洗ってくれてたら嬉しかったんだけど』
いつだって、現実は非情だ。
世の中の理不尽が、あらゆる理想を無差別に壊していく。無個性だから、中学生だから、無力だから。あらゆる理由で、夢も希望も奪い続けていく。
奪われるたびに強くならなきゃ、この世界はマトモに歩くことさえ許してくれない。強くならなきゃ、諦めるしかできないのだから。
僕はヒーローとして、誰かの『強くなるキッカケ』になりたい。
…なりたいもの、欲しいものばかりだ。
『……僕って本当に欲張りだなぁ』
『欲張りで何が悪ィ。ヒーローになるンだ。
世界一欲張りなくらいが丁度いい』
『………ホント、敵わないなぁ』
『たりめーだろォが。一生追いつかせるか、バーカ』
…本当に、この幼馴染には敵わない。
取り敢えずはi・アイランドに帰って、祝勝会かな。
僕が晴れ晴れとした気持ちで空を舞っていると、その気分をぶち壊しにする一言が放たれた。
『あ。そうだった、緑谷先輩。
適当に監獄にブチ込んだプロヒーロー、i・アイランドに戻しておいてくださいね』
『おい今なんつった???』
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…私の出る幕もなかったわね。残念」
「出る気すらない人が何言ってんだか」
皆がi・アイランドの復旧を急ぐ最中。僕たちはあくびを噛み殺しながら、指定された避難所にて荷物番をしていた。日本人に当たりが強い世の中になってしまったが、流石にこんな状況で誰かを責める気にもなれないのか、避難してきた人間は揃っておとなしい。
Flowerはプロヒーローたちを取り仕切り、死傷者がいないかを確認している。一夜を死闘で明かしたというのに、ヒーローというのは元気なものだ。
「…やっぱり、不安だったんでしょうね。ぐっすり寝てるわね、この子たち」
「東北さんも、緑谷くんに言いたいことだけ言って寝てしまいましたからね。
こうも強がってばかりだと、少し心配になります」
「あら?それをコウくんが言うの?」
くすくすと笑い、僕の顔を覗き込む彼女。
確かに、僕が言えた話ではない。特に、とびっきり弱いくせに、強がりな僕にはとても。
僕が同じく笑みを浮かべると、視界の奥に、ある人影を見つける。五体満足だけど、相当疲れたらしい。
千鳥足にも似た、おぼつかない足取りを互いに支えるようにして、こちらに向かう四つの人影。そこには、僕の生徒たちが居た。
「……先生。依頼は果たしたぞ…」
「ありがとうございます」
「…ま、頼まれなくてもやって…た…」
「も…、戻すの、疲れた………」
爆豪くんが青い顔しながらも、相変わらずの強がりで、笑みを浮かべる。それだけで言いたいことは終わったのか、彼はその場に倒れ込んだ。
支えてた緑谷くんもまた、この事件が終わったことに安堵したのか、同じくその場に倒れた。
「…相当激戦だった、からな…。…俺らも、ちっと眠ィ…。悪ィけど、土産話は後にして、寝かせ…、てく………」
「ええ。子供は寝るのも仕事ですからね」
「……なんやいな…。ウチら、赤ん坊と…、ちが…んぅう…」
轟くんたちも同じように、泥のように眠り始める。彼らの激戦を、この場のほとんどの人間は知らないだろうし、称賛することもないだろう。
だけど、彼らを知る僕たちだけは、今しばらく、この子たちの見守ってあげよう。今の彼らはヒーローもクソもない、ただの小・中学生の集まりなのだから。
「怪物の討伐に向かったヒーローが、一塊になって急に現れただって!?
お前、夜通し戦っていたからって寝ぼけているのか!?」
「いや、本当なんですって!!なんか、急にブワーって現れて!!」
……前言撤回。叩き起こそうかな、コイツら。
最後の最後まで、面倒ごとを追加するのを忘れないのは何なのだろうか。僕をストレスで圧殺する気なのか?
そんなことを考えても、今年の夏休みの時点でもう手遅れだと分かっているので、諦めることにする。バレる時はバレるって精神で開き直ればいいかな。
「……こーやって寝てると、普通の子供たちなんですけどねぇ」
「人間寝れば、誰だって普通よ」
「寝室にマーダートラップ仕掛けるような人が何か言ってる」
「今日も寝かせない方がいいかしら?」
「勘弁してください」
冗談よ、と付け足し、大きく口を開いてあくびをする彼女。どうやら、それなりに疲れてはいたらしい。それもそうか、と思いつつ、僕は膝を手で叩く。
「別に、寝てもいいですよ」
「こんな公衆の面前で、そんなみっともない真似しないわよ」
「そうですか」
僕たちがそれだけ言葉を交わしていると、軽く寝ていたセイカさんが目を覚ます。
彼女は切島くん、Flowerと協力して戦っていたと聞いたし、もう少し寝ていた方がいい気がするのだが。それに、変にドジ踏まれて惨事を起こして欲しくない。
寝ぼけ眼を擦りながら、起き上がり、状況の整理をつけるために周りを見渡す。
「おはよぉございまぁす…。おくさーん、変わりますよぉ〜…」
「大丈夫よ。私は慣れて…」
公衆の面前で寝ることに抵抗があるつづみさんは、咄嗟に断ろうとしたが、僕がソレを遮った。
「君もヒーロー志望組と同じく、自分を許すのが下手ですね。師匠が弟子に似てどうするんですか」
「……なら、お言葉に甘えるわ」
ぽふん、と僕の膝に頭を預け、寝息を立てる彼女。マーダートラップの類を仕掛けないと安眠できないタチだと豪語している割には、随分と無防備な姿である。
…単に僕を信頼しているのか、それとも狸寝入りしているのか。僕にはその判別はつかないものの、彼女のとまり木として、安息のひと時を過ごしてもらえるなら、それでいい。
僕が眠る彼女の頭を撫でていると、ふと、荷物番をしているセイカさんの瞳が、何度か切島くんへと向けられるのが見えた。
「どうかしましたか?」
「…その、お礼を言いたくって」
「……切島くんは自分に向けられた結果と、周りの声を素直に受け止める子です。
礼の言葉は、彼にとって糧となるように選ぶべきです。彼はまだ幼いんですから」
「………はい」
セイカさんには年がら年中、「正しい言葉を選ぶコツ」を学ばせているから、問題はないと思うが。
慌ただしくヒーローたちが動く光景の中、僕は太陽を見上げた。
「…帰国手続き、今日中にできますかね?」
「……毎度いい雰囲気台無しにするの、呪いか何かですか?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
拠点に向けて、空を駆ける。
太陽が彩る青空から逃げるような、みっともない敗走。
三人が敗北感に打ちひしがれている中で、横槍を入れた張本人は、笑みを浮かべる。ただ、そこに込められていたのは、自らをも欺く邪悪ではない。普通の笑い方すらも忘れてしまったがための、歪な笑み。そこにあったのは、絶望の最中、ようやく希望を見出したような、安堵だった。
「…何故、止めた…?アレを野放しにするなんて、お前、自分が何をしてるか…?」
「……少なくとも、『あの彼』は違うことはない。
なぁ、『ブラックボックス』。『僕』のくせに、彼のことを信じられないのか?」
「…………」
知っている。知っているが、万が一を考えずにはいられない。
何より、これまで「確実」を重視してきたこの男が、運否天賦に身を任せることの異常さも相まって、どうしても不安になってしまうのだ。この不安は、根本の排除を為さねば、一生取り除けない。
その心境すら、目の前の男には筒抜けだろう。不安が突き動かすがままに行動すれば、待っているのは絶対悪の怒りだけ。
この男の強大さを知り、その一部を託されたからこそ、ブラックボックスは押し黙る。
「…で、その娘たちはどうするつもりだ?処分するのか?」
「……一定の成果は出せたからね。もう少しだけ、生かしておくよ」
男はくっくっくっ、と喉を鳴らす。先程の歪な笑みはもう無く、いつもの不敵な笑みが、その顔に張り付いていた。
「…ようやく、終わりが見えた。世界のために、頑張ってくれよ。至上の英雄たち」
次回からは阿鼻叫喚の正月明け編。
正月編?皆が親の実家に帰ったり、爆豪くんが轟くんに対して「赤い餅つこうや!!」と全速力で餅つきするだけで見所さん行方不明だからスキップします。