「ああ、いたいた。ようやく見つけたぞ、緑谷くん」
「あ、葵さん。こっち来てたんですか」
正月ムードの抜けない一月後半。
皆で残った餅を囲み、おろしポン酢やらきな粉やら醤油やらで消費していたところ、葵さんが顔を出す。
i・アイランドの復興はいいのか、と些か疑問が湧いてくるが、彼女はクリスマスをろくに休めなかったのだ。今だけでも休んでくれた方が、こちらとしても安心する。
葵さんを空いた席に座るよう促し、皿を渡す。
浮遊大陸『北斗七星』の管理室が、名ばかりの宴会場と化しているこの現状。開発者として思うところはあるが、気にしないことにした。
「餅か…。アメリカ暮らしが長いと、正月終わり定番の餅の残りが懐かしく感じるな」
「もう結構の間、向こうでしょ?
スターアンドストライプのデビュー戦を生で見たことがあるって、酒の席で自慢してたと先生に聞きましたよ」
「「聞かせろ」」
「食いつき早ェな、お前ら…」
新参者の切島くんが、アメリカのトップヒーローの名にめざとく反応する轟くんとかっちゃんを半目で見やる。
葵さんはというと、「茜に聞け」と話題を姉に投げ飛ばし、僕に向き直った。
「緑谷くん。実は今日、ここに来たのは他でもない。君にしかできない、重大な頼みがあるんだ」
「えっ…?」
もしや、人工個性繋がりだろうか。
僕が戦慄に身を震わせていると、葵さんは凄まじい勢いで頭を下げた。
「私の代わりに、『クソ個性を慰めようの会』に出て欲しい!!」
「………………は?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「では、第71回『クソ個性を慰めようの会』を始める!!」
復興途中のi・アイランドにて。
とあるビルの一室を貸切にした張本人…この集会の元締めであるアメリカ大統領が音頭を取り、会場に歓声が巻き起こる。
そんな中、明らかに場違いな僕は、本来葵さんが座るべき、「アドバイザー」の席に座していた。
「今回、アオイ・コトノハ女史は日本で用事があるらしく、彼女の弟子だという将来有望な科学者…Mr.ミドリヤに来てもらった!!
アオイ女史が一目置くその発想力で、我々のようなクソ個性に生きる希望を与えてくれることだろう!!」
「……よ、よろしく」
大統領のは慰めようがないくらいクソなのだが。自分の毛根の死滅具合がわかるという、希望もクソもない個性をどう慰めろと。
参加者もそこそこ多く、アメリカ大統領が主催する会にしては、敷居が低いらしい。世の中にはここまでクソ個性がいるのか。
そんなことを考えていると、大統領が参加者の紹介を開始した。
「では、まずは初参加のミドリヤのために、自己紹介から始めよう!
彼と同じ日本人、Mrs.ハナムラ!!同じく初参加だ!!」
「出向してるサラリーマン、開発部です。会社はアロマを開発してます。
個性は『ハナクソの香』。ハナクソの香りが操れます」
誰だこの個性に名前つけたやつ!?
ってか、今日本人に風当たり強いのによくi・アイランドに入れたな!?
引き攣る表情筋をなんとか抑えながら、僕は適当に応用案を提案することにする。
「……自分の個性で新商品の方向性を決めることが出来るのでは?」
「生きる希望が湧いてきました!!」
単純!!こんなんでいいのか!?
なかなかにパンチの強い個性がトップバッターだったが、これを超えるクソみたいな個性がひしめき合ってるのだろうか。
個性持ちも大変なんだな、と思いつつ、大統領が呼ぶ次なる刺客を迎え撃つべく、気を引き締める。
「エロに関してはお任せあれ!
生物学界の重鎮であり、アオイ女史の恩師であるエーロ・シコルスキー博士!!」
「エロに関係するものの表紙やパッケージを見るだけで作品全体のシコリティがわかります。お陰でオカズ選びに失敗したことがありません」
改名しろ!!
酷すぎる字面に思わず叫びたくなったが、葵さんの恩師相手にそんな失礼なことはできない。
あとシコリティってなんだ。字面からして下品すぎる。
「…傍にそういう青年誌の編集業でもしたらいかがですか?コアな人気は出ると思いますけど」
「やってみよう」
フットワークが軽い。
僕も人のことが言えた立場ではないが、科学者とはこんなものなのだろうか。
そんな感想を抱く暇もなく、僕の表情筋を破壊する刺客の名が、大統領の口から放たれる。
「若くして日本でバーを経営!!その名も『ビー・バー』!!
飼ってるビーバーが有能すぎて若干影が薄いマスター・オフェリア!!」
「おっぱいを10秒揺らすと世界のどこかにいる転売ヤーのパンツがズボンごと爆発四散する個性です。お陰で彼氏と夜を過ごすたび、店に並んだご近所さんたちのパンツが爆散して下半身丸出しに」
さっきから思ってたけど、悪ふざけで作ったみたいな個性だな!!
あとそのご近所さん、全員転売ヤーじゃないか!?なんて密度でひしめき合ってるんだ供給足りてるのかそこ!?
取り敢えず、適当に「夜を過ごすたびにご近所さんが更生してるんですからいいんじゃないか」と慰めておいた。
どうしよう。まだ数人しか紹介されてないのに、めちゃくちゃ疲れた。
そんな僕の苦労も知らず、大統領が続くクソ個性の持ち主を呼び出す。
「続いてはイギリストップヒーロー、i・アイランドの英雄『Flower』だ!!」
「やぁ。こないだぶり」
「見知った顔ォーーーッ!?!?!?」
いやまぁ、たしかに「声をガビガビに出来る」とかいう微妙な個性だけども!!
ソレを駆使してきたからこそ、歌姫として人気を得たのだから、そんなにマイナスに見ることないだろ!?
僕が「上手く使えてるのだから、クソとは違うと思う」と指摘すると、Flowerは満足そうに引っ込んだ。
個性持ちは、無個性には分からない不満を持っているらしい。轟くんたちにも、一度聞いてみよう。
その後も、大統領の紹介は続いた。
揃いも揃って、神様に嫌われてるんじゃないかと思うほどに微妙な個性揃いだったが、大統領のように慰めようもない…正に絶望を体現したような個性はなかったため、僕は相当運がいいのかもしれない。
なんだ「力んだら股間の先からビームが出る。それに当たった果物は美味しくなる」って。食べる気無くすわ。美味しかったけど。美味しかったけども。それでも股間から出たビームを浴びたって思うと…。
1番わけがわからなかったのは、「ブリッジをしたらヘソから七色のとんでもなく臭いゲルが吹き出す」だった。この世の終わりみたいな臭さしてたぞ。
無駄に眩しかったのも腹が立った。成分を調べてみたけど、あんな臭いしてて汚い成分が一切ないってどういうことだ。意味不明すぎて不安になったぞ、ちくしょう。
葵さんが僕に押し付けた理由がなんとなくわかった。この人たちを相手にするのが疲れるからだ。
そもそも、慰めてもらいたい人間が多いのに、慰める側が僕しかいないってどういうことだ。大統領も慰めてもらいたそうに僕をチラチラと見ていたし。まぁ、慰めたけども。
なかったほうがマシな個性って、実は結構ありふれているのだろうか。
轟くんもしょっちゅう、「こんな個性要らん」ってぼやいていたけど、この人たちほど切実ではなかったと思う。
まぁ、彼は事情が事情なので、比べるのも失礼なのだが。
「では、これが最後の参加者!!これまた初参加!!世界よ、これが象徴だ!!
コンビ復活したオールマイトのパートナー、デヴィット・シールド博士!!」
「指先を柔らかくするくらいの個性です」
「ワ゛ーーーーーーーッ!?!?!?」
こんなクソみたいな集会になんて大物呼び込んでんだ!?!?
…頼んだらサイン…やっぱりやめておこう。博士も疲れ切った顔してる。
そんな煩悩が顔を出しかけるも、こんなおもしろ集団の中にシールド博士がいることへの違和感が勝り、すぐに引っ込んだ。
「……さ、作業で怪我しないって考えたら…」
「う、うん。僕も普段、その用途で使ってるし…。
慰めてもらうつもりはなかったんだけど、大統領に無理矢理連れてこられて…」
「僕は葵さんに押し付けられて…」
「ああ、うん…。お互い、大変だね…」
互いに乾いた笑みを浮かべ、ため息を吐く。
あちらも苦労しているらしい。娘さんが茜さんと付き合ってるし、先生みたく社会に喧嘩を売るなんてことは絶対にしない気質だろうし、その気苦労は止まることを知らない。
僕たちが妙な共感を抱いていると、大統領がとんでもない爆弾を投下した。
「一通り慰めてもらえたところで!!
恒例の『クソ個性ワースト5』をミドリヤくんに決めてもらおう!!」
「イヤだァァァーーーーーーッ!!!!」
どう答えても波風立つわ!!正直、どれもどっこいだし!!
葵さんこれが嫌で逃げ出したろ絶対!!
…いや、待て。そもそもクソ個性の定義を聞いてないぞ。
たしかに、万人に聞けば迷わず「クソ」って答えるような個性なんだけど、個性は人によって化ける。優劣をつけるのは違うのではなかろうか。
蜘蛛の糸を掴んだカンダタみたいな気分だ。そんなことを思っていると、大統領が僕に迫る。
「では、ミドリヤのために『クソ個性ワースト5』の評価基準について説明しよう!!
その一、使い所がまっっっっ…たくない!!その二、絶妙に迷惑!!その三、なかったほうがマシ!!
この三つを踏まえて、君が思うワースト5を決めてくれたまえ!!」
「無個性に聞かないでよそこそこ使い所あるやつほとんどだったでしょうがチクショーーーーーッ!!!!」
あの「七色激臭ヘソゲル」も、自衛としては最適って慰めで納得してたよね!?
生まれて初めて無個性に生まれてよかったってホッとしてしまったんだぞちくしょう。
よくわからない涙を流しながら叫ぶも、僕の抗議は聞き入れられなかった。
「さあ、決めたまえ!!さあ、さあ!!」
「大統領よりエンターテイナーの方がむいてますよ、絶対…」
そんなことを思いながら、眼前にあるボードに目を向ける。
…正直、個性がない辛さを延々と語ってやりたいが、彼らの方も個性があって苦労した人間の集まりなのだ。価値観の押し付けは違う気がする。
であれば、僕に出来ることは一つ。
「…その、皆さんの個性って、どれも『クソ個性』の定義に当てはまらないものばかりでしたよね?
だって、使い道あるんですもん」
詭弁でこの場から逃れることだ。
皆が動揺する中で、僕は淡々とこれまで紹介された個性について、何かしらの需要があったことを指摘する。
「使い所が全くないのではなく、使い所が微妙にわかりにくいだけだったんです。
自衛に、商品開発に、話のネタ…。
その定義で言えば、この中にクソ個性と呼べるクソ個性は存在しません。そんな中でワーストを決めろと言われても、該当者がいなければできません!!」
僕が言い終わると、少しの沈黙の後、拍手が巻き起こる。
皆が僕の言葉に涙ぐむ中、僕は心の中で吐き捨てた。
(もう二度と来るかバーーーーーーーカッ!!!!!)
「では、また来月にお会いしよう!!ミドリヤくん、次回もよろしく頼む!!」
「遠慮します!!」
クソ個性を慰めようの会…アメリカ大統領主催の、月一でクソ個性を慰め合う会。神が深夜テンションで作ったみたいなハタ迷惑な個性を持っている集団が揃ってる。慰め委員会に出久を招こうと画策している。