前章が読みやすいように、番外編を移動させました。
ようこそ、東北家へ
正月明け。
大掃除も初詣でも三が日も終わり、惰性で過ごす冬休み終盤。たったの二週間の間の休みに出すにしては量の多い宿題を各々こなしながら、浮遊大陸に備え付けた勉強室でこたつにあたる生徒たち。
その監督役である僕はと言うと、船を漕ぐ切島くんの脳天にハリセンを振り下ろす。
「あだぁっ!?」
「半分も進んでないのに寝ない。間違っていてもいいから手と頭を動かしなさい」
「や、こうも快適だと眠くなるっつーか…。冬休みだしいいかなーって…」
確かに、正月明けやらゴールデンウィーク明けやらは妙にやる気が失せるが、それにしても寝かける頻度が多いのはどうにかしてほしい。
あまり勉学が得意でない麗日さんも、血眼で机に向かっているのだから。…彼女の場合、元々の学力では雄英はまず無理と宣告されたこともあるのだが。
切島くんのそんな態度を見兼ねてか、爆豪くんが軽くその頭を小突いた。
「雄英行くンなら死ぬ気で勉強しろや。
テメェの模試覗いたが、ンだあの結果。今のまま雄英受けてみろ。まず筆記で真っ先に落とされるぞ、テメェ」
「人の心配できる立場なのか、お前…?」
付き合いが浅いと、あまり理知的には見えないだろうが、爆豪くんは一等星の中では緑谷くんに次いで頭脳派である。
切島くんたちには酷な事実だろうが、爆豪くんの名誉のために教えておいてあげよう。
「爆豪くんはこう見えて全国模試3位です」
「「ウッソぉ!?この顔で!?!?」」
「オイ麗日ァ!!なんでテメェまで驚いてんだ誰が今まで勉強の面倒見てやったと思ってんだブッ殺すぞォ!!!!」
「顔から『サバンナの頂点に君臨してそうな野生児』感が滲み出てるしね、かっちゃん」
「ンだとゴラァアアッッッ!!!!!」
流石、全国模試一位。余裕の煽りである。
本人は煽ってるつもりはサラサラ無いのだろう、怒号を気に留めず、パソコンとの睨めっこに集中する緑谷くん。
しかし、上から順に緑谷くん、轟くん、爆豪くんの全国模試スリートップがこの一室で勉学に励んでいるこの光景。「世間は狭い」という言葉が具現化しているようだ。
「爆豪が凄ェってのは…、まぁ、ここ数日で思い知ったけどよ。
普段エネルギッシュにキレ散らかしてるせいで、全然理知的には見えねーっつーか…、その、野生動物として出くわした方がまだ違和感ないっつーか…」
「次の訓練覚悟しろよ千回は三途の川に頭から突っ込んでもらうからな」
「望むところ」
「……その威勢の良さだけは好ましいンだがな。ホンット、余計な一言さえなきゃ」
切島くんは、無事に生徒たちのお眼鏡に叶ったようだ。そもそも、折れないだけの覚悟を持ち合わせている人間を、この子たちが邪険に扱うはずがない。彼らの人の好みは、僕によく似ているのだから。
再び机に向かい始めた切島くんを見守っていると、ふと、視界に東北さんが入る。
なにやら携帯を見つめ、しきりにため息を吐いている。ため息を吐くと幸運が逃げると言うが、今年分の幸運を使い果たす勢いでため息を吐く彼女。
その様子に気づいた緑谷くんが、「どうかしたの?」と問うと、咄嗟に携帯を隠しかけて、即座に諦めた。
「生家に帰るのをすっかり忘れてました」
「………きりちゃん、生まれ静岡やないん?」
「きりちゃんは籍は静岡だけど、生家は名前通り東北なんだよ」
「ええ。閉鎖的な集落生まれなんです。
昔、ちょーっと揉め事があって、タコ姉様とずん姉様と幼い私とで家を出ました」
揉め事と言うと、無個性という他に何かあるのだろうか。いや、姉二人も無個性のため、可能性は薄く感じるが。
思えば、このクソガキの生家について、僕は全くと言っていいほど把握していない。僕の実家は、もう暴くところがないくらいに個人情報を把握されているというのに。
「…なんで帰らなあかんの?」
「ずん姉様って、17になって新年迎えたじゃないですか」
「うん。来年受験期だから大変だ…って言ってたし、知ってるよ」
「『子が17になって新年を迎えたら、五日以内に、精霊の宿る神器を受け取らなければならない』って集落の決まりがありまして」
…東北さんの家にそんなモンあったっけ?
イタコさんは今年で二十歳だから、神器を受け取っているのだろうが、前に家庭訪問した時はそんなもの見当たらなかった。
僕が知らないだけで、どこかに隠し持ってるのかもしれないが。
「タコ姉様の神器は髪紐ですね。
タコ姉様は…特例なんで、ほぼ効果なかったんですけど」
「まぁ、あの人はね…」
顔を合わせて、うんうんと頷く古参の皆に、取り残される切島くん。あの家系は理解しようとすると、逆に謎が増えるから、下手に首を突っ込まない方がいいぞ。
話の軌道を修正するべく、クソガキが咳払いをして、続ける。
「で、私は今から、生家のある集落に行かなきゃダメってことに」
「留守番してたら?」
「家族立ち会いの元で継承の儀をするので、参加の義務があるんですよ」
ふむ。面倒極まりないしきたりだな。
僕たちがそんなことを思っていると、切島くんが意外そうに口を開いた。
「…意外だな。こういうスピリチュアルなのって、信じるタチなのか、お前ら」
「信じる信じねェ以前に、幽霊とか普通にそこらにいるぞ。なァ、爆豪」
「なんで俺に振るンだよ」
「は???」
僕の家は、つづみさんがいるから余計に集まるんだよなぁ。イタコさんが残らず食べ尽くしてくれたから、なんとかなったけど。
理解不能と言いたげな切島くんへの説明をどうしようか、と悩む暇もなく、クソガキが「じゃ、そゆことで」と踵を返す。
と。そこへ音街さんらが手を上げた。
「私、ついて行きたい!」
「あ、ウチも」
「私も〜!」
「……わ、私も」
小学生組は仲がいいからなぁ。クソガキの生家に興味があるのだろう。
しかし、今から行くとなると、結構時間がかかるが。ワープは移動経路のことを突っ込まれると個性の無断使用と見られかねないため、緊急時以外は極力使わない、と制限を課している。普通に向かうとなると、確実に着く頃には日が暮れているだろう。
「新幹線に乗っても、そこから地方線に乗り換えて、バスに乗って…。
めちゃくちゃ時間かかりますよ」
「それ以前に、閉鎖的な集落が、集団を迎え入れてくれますかね?」
「…………さぁ?」
クソガキが肩をすくめ、首を傾げる。
自分の生家のことくらい、もう少し把握していてもいいのではなかろうか。
そんなことを考え、ふと隣を見ると。緑谷くんたちも興味が湧いてきたのか、荷造りを始めていた。
「…ついてくんですねぇ、君たち」
「きりちゃんの生家って今まで頑なに教えてもらえなかったので、もう気になって気になって」
「イズクくんと離れたくないので」
「ヒメとミコトが心配だからな。変に絡まれでもしたら困る」
「音街のボディガード」
「ついなちゃんの面倒任されとるし、一緒に行きゃええかって思って」
「幽霊を見てみたくって」
純粋な好奇心で行くのは、緑谷くんと切島くんだけか。
…しかし、同行する理由の殆どが中学生とは思えないものばかりだな。ここまで達観した生徒を担当するのは、さぞ楽だろう。
感謝しろよ、この子たちの担任。僕の教育の賜物だぞ。裏でめちゃくちゃやらかしてることを除けば優等生だ。…なんだろう、悲しくなってきた。
「先生はどうします?」
「休みのセイカさんとつづみさんとで保護者として同伴します。君たちを野放しにすると『と・て・も』不安なので」
「…………はい。毎度ごめんなさい」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…ミタマの里、ですか。結構大層な名前してますねぇ」
「こう見えても、江戸時代初期までは結構栄えた土地だったらしいんですよ」
「その繁栄、見る影もないね…」
1日に2本しかない地方バスに乗って二時間。
漸く着いた、クソガキの生家があるという集落は、そこそこの発展はあるものの、「田舎」、そして「退廃」という単語をそのまま形にしたようなものであった。
中には数年放置されているのか、植物に覆われた民家の残骸がちらほらと見える。
繁栄の「は」の字もない限界集落。
そんな認識が、僕たちの中で一致していることだろう。
「……可笑しいですわね?」
「イタコさん、どうかしました?」
「ここを去った頃は、ここまで瘴気が強い里ではなかったのですが…。一体、何が…?」
「瘴気…?むしろ、空気が澄んでて気持ちいいくらいだけど」
「タコ姉様のような霊力の強い人間にしか感知できない…、まぁ、『死臭』みたいなモンです」
……そこはかとなく嫌な予感がする。
来た時点で早速不安を感じさせるとは、流石は『そういう家系』。
皆が気を引き締め、里に足を踏み入れる。槍と矢で歓迎されるかと身構えていたが、意外にも、すんなりと入ることができた。
農作業に勤しむ老夫婦に会釈すると、「こんな場所にわざわざ…」と歓迎される始末。なんというか、拍子抜けだ。
「『余所者』って言われて追い出されるかと思ったけど、そうでもないね」
「ったく。瘴気云々はなんだったンだよ、つまんねェ」
「閉鎖的って言う割には、それなりに歓迎してくれてるな」
「なー。…あれ?どしたん、きりちゃん?」
その声にふと、東北さんに目を向ける。
訝しげに眉を顰め、思案に暮れている。その表情は、いつものような余裕綽々といった態度はカケラもなく。不安だけが、その顔を支配していた。
「……私は幼い頃に出ていったので、あまり知りませんが…。それでも、ここまで余所者を歓迎するなんてことは、あり得なかったはずなんです」
「ええ。きりちゃんの言う通りで…、なんというか…、あまりに変わりすぎていて不気味というか。そこまで時間が経っているわけではないのに…」
「……やっぱ帰った方が良いと思う」
「バスもう来ねェぞ。切島、諦めろ」
不安を煽られて、切島くんが帰宅を提案するも、轟くんの一言で撃沈。残念ながら、現実は非常だった。
一抹の不安を胸に歩みを進めると、一際大きい屋敷が、門を構えているのが見えてきた。
「あそこが私たちの生家ですわ」
「デカっ…。え?きりちゃん、もしかして良いとこ生まれ?」
「内弁慶なだけの家ですよ。ウナちゃん家ほどの名家というわけでもないですし」
少しばかり歩いて、屋敷の前に立つ。荘厳な作りの門に、申し訳程度に備え付けられたインターホン。
イタコさんがそのインターホンを押そうとすると、ぎぎぎ、と錆びた鉄を擦るような音と共に、その扉が開いた。
「…おや。久方ぶりですね、純子さん」
そこに居たのは、気品はあるものの、どこか猛禽類のような凶暴さも感じさせる男と、その付き人らしき青年であった。
ずん子さんのことを他人行儀に呼ぶあたり、この家の人ではないのだろう。名を呼ばれたずん子さんは、顔を顰めるのを堪えながら、軽く頭を下げた。
「…………お久しぶり、です」
「つれない態度ですね。将来的に結ばれる仲だというのに」
「触るな、色情魔」
ずん子さんの肩に触れようとした男の手を、イタコさんが冷たく払い除ける。
男は一瞬だけ鋭い目で彼女を睨むも、即座に肩をすくめた。
「おやおや、お義姉さんには随分と嫌われたようだ」
「だれがお義姉さんだずん姉様はテメェと結婚しねェっつってんだろ気色悪ィ単語しか飛びださねェその口に手ェ突っ込んで声帯引き摺り出してブチ殺すぞ」
「……義妹にも嫌われてるとはね」
この子が本気で嫌悪感を露わにするあたり、救いようのない問題児なのだろうか。
今にも噛みつきそうな東北さんを抑え、僕たちは道を譲る。これ以上問答をしていると、東北さんが暴走しかねない。
「ほら、退きますからさっさとお帰りくださいな。これ以上、私たちの前に姿を現さないでくださいまし」
「分かりましたよ。ですが、純子さんはいずれ貰いますがね」
男はずん子さんに向けて、軽くウィンクしてみせる。「本気で生理的に無理」って顔してるぞ、ずん子さん。
男たちが去っていくのを横目で見届け、東北さんが口を開く。
「…アレが私たちが静岡に越した理由です。
ずん姉様に何度も迫って、タコ姉様が私たちを連れ出した…というのが経緯でして」
「…そこまで毛嫌いするような人だった?」
「小学生のずん姉様に薬盛って強姦未遂。尚、アレ里長だから里内は周り全員グル。証拠ぜーんぶこの世にない。ヒーローは排他的なこの里に耐えきれず五日で逃げ出す」
「あ…、あー、あー…」
そりゃ、警戒するか。ずん子さんもそれなりに強かな女性ではあるが、流石にそんな男が牛耳る里で暮らしたくはないだろう。
さっさと儀式とやらを終わらせて、屋敷周辺を緑谷くんたちが警戒しておけば安心かな。
「にしても…、帰るって分かってる今年の正月あたりで張り込んだあたり、まだ諦めてませんね、アレ」
「異能解放軍コースは?」
「アレが証拠を残すなんてまず無いですよ。
個性が『自分の痕跡の消滅』なんですから。すごいですよ?都合の悪い証拠は完全に消えるのなんの」
「………ある意味、最強最悪の個性だな」
「な」
元の閉鎖的だったという風潮も相まって、やりたい放題なんだろうな。
逃げ出すという選択肢を取ったイタコさんを褒め倒したい気持ちが湧いてきたが、流石に子供扱いすると怒られそうなので、黙ることにする。
僕たちが門をくぐろうとすると、ふと、玄関にて立ち往生する少女が目に入った。
「…精霊様?」
「ぴゃあっ!?」
イタコさんが話しかけると、びくり、と肩を震わせ、そちらを向く少女。
見たところ、東北さんたちと同い年だろうか。僕たちがまじまじと見つめる重圧に耐えかねてか、慌ててずん子さんの足元へと駆け寄った。
「へ?」
「……」
「………前代未聞ですわね。継承の前に精霊に懐かれるなんて」
精霊と呼ばれた彼女は、ぺたん、と頭頂部にある耳を閉じ、こちらを伺っていた。
メタンハイドレートを操る没落貧乏お嬢様は静岡の方の東北家前でテントを張って暮らしてます。プライドが邪魔して、頑なに家に入ろうとしませんが、先生たちにガッツリ扶養してもらってます。
ずん子とずんだの妖精(精霊)は、今作では初対面です。
次回の投稿から、感想の返信を再開しようかと思います。過去のものにも、短いながらに返信していこうかなと思っています。
もう一度。感想の返信は次回からです。今回からじゃ無いので、気をつけてください。