「はぁあっ!?!?崩落事故ぉ!?!?」
次の日の朝。解析を終えて睡眠をとったのち、「ずんだアローと万年開花が同じ存在である」という結果に、考察を繰り広げていた時のこと。
僕たちに知らされたのは、とんでもない事実だった。
切島くんの素っ頓狂な声が、その全てを物語るほどに、僕たちの間で走った衝撃は大きかった。
「は、はい…。どうやら、バスの通り道が塞がれてしまったらしく…。
この豪雪だと暫く…一週間ほどは里から出ることは叶わないかと…」
「冬休み終わるゥゥゥウウウっ!?!?」
「宿題家に置いてきてもォたァァァァアアアア終わったァァァァアアアアっ!!!!」
「どうしましょう、イズクくん。お餅カビちゃいます」
「保存してるから大丈夫だよ」
「…ま、最悪誰かに任せればいいか」
「後半三人余裕だなオイ!!」
阿鼻叫喚に陥る生徒たちの中で、僕は淡々とスマホを取り出し、教員用のチャットに「崩落事故のせいで出先を出られなくなりました」と送っておいた。
流石に事故のせいとあっては、誰も責めることは出来ないだろう。念のため、崩落事故の記事も添付しておこう。
「…ワープ装置でちゃちゃっと帰ろやぁ…。これは仕方がないやろ…」
「入ったところ見られてるんですから、急にいなくなったら怪しまれますって。
ただでさえ目立ってたんですから」
「僕がSAVERとして事故の後始末出来たらいいんだけど…」
「無理に決まってンだろ、デク。
俺らは日本じゃヴィジランテと敵の境界線にいンだぞ?ヒーローの捜査が入る。確実に」
皆であーでもない、こーでもないと議論を重ねて分かったのは、「どうしようもない」という残酷な事実のみだった。
打ちひしがれる生徒たちの傍ら、つづみさんがなんとも言えない顔を浮かべる。
「……やっぱり、嵌められたわね」
「やっぱり、というと?」
「あの男よ。土とプラスチック爆弾の香りがするとは思ったけれど…、まさか、退路を塞ぐために使うとはね」
……それ、相当ヤバくないか?
狙われているずん子さんは勿論、他の女性陣に被害が及ばないとも限らない。
しかし、ここに籠城しようにも、隠し部屋以外は相手に内装や仕掛けが粗方知り尽くされていると考えた方が自然だろう。
「…浮遊大陸に逃げます?」
「いや、ここを留守にするのはまずい。
儀式をした隠し部屋には…」
「あなた、言ってもよろしいので?」
「娘たちがこれだけ信頼するのだ。構わないだろう」
東北さんの父親が、意を決したように口を開く。そこから飛び出した言葉に、僕たちは思わず目を剥いた。
────あそこには、神器を産み出すとされる『永遠咲』という一房の大豆の花がある。
…精霊がいるんだから、その源も勿論在るわけか。
万年開花と同じように、頭脳部を切り離して神器としているのだろう。彼女らの力と同等のものをこの弓が有してるとなると…。
成る程。個性特異点に対しての備えとしては、確かに申し分ないと言える。
「…どォすんだ。余計に詰んだぞ」
「緑谷、その永遠咲って花、万年開花みたいにラボに送…」
と、轟くんが提案した、まさにその時。
弓から人の姿になったずんだもんが、とてとてとずん子さんに歩み寄り、その袖を引っ張った。
「誰か来るのだ」
「応戦準備だ。いつでも攻撃に移れるように、溶け込んどけ」
瞬間。生徒たちが一斉に部屋の各所…、入口から死角になっている場所に隠れる。
ヒーローじゃなくて、暗殺者のような体捌きだな。僕たちも続くように死角へと隠れ、息を潜める。
東北さんの父親が迎えに行くと、聞き慣れない、若い男の声が聞こえた。
「おや、副長どの。如何されたので?」
「この里にお客人が来たと耳に入れまして。挨拶をしておこうかと思い立ち、足を運ばせていただいた所存です。
それと、こんな事態になってしまって立ち往生しているだろう彼らに、不便な里で申し訳ないと謝罪にも…」
…警戒の必要は薄いか。
僕たちは死角から離れ、東北さんの父親に案内される若い男を出迎える。
今時の若者にしては、やけに質素な服装だ。日頃から外で畑仕事をしているのだろう、健康的な焼けた肌に、筋肉質な体躯。しかしながら、威圧感のかけらもない童顔のその男は、部屋に入ると同時に、軽く頭を下げた。
「ミタマの里へようこそ。
私、不肖の身ながら、副長を務めている『米原 カズト』と申します。
此度は、このような崩落事故が起きてしまい、帰るに帰れない貴方たちにどうしても謝罪を…、と思い、挨拶に来ました。
不便な里で…、本当に、申し訳ない…」
「あっ、い、いえっ…。事故は仕方のないことですから…」
ここまで謙られると、どうにもむず痒い。
悪いのはこの人ではなく、あの色情魔とまで揶揄される里長なのだが。
やりたい放題の里長と違い、米原と名乗るこの男ならば、信頼できるだろう。子供たちも警戒を解いているし。
「余所者嫌いが多いって聞いてたけど、本当にそんなことない人にしか会わないよね」
「副長さんが動いてるって聞いてたが、この人となりなら納得だな」
緑谷くんと轟くんが賞賛を送ると、副長は少しばかり頬を赤らめ、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「いっ、いえっ…。私はただ、皆様と話をしただけでして…。
他所から来た人も受け入れないと、この里が終わるかどうかの瀬戸際だと…」
「アンタ、余程この里に入れ込んでンだな」
「ええ。大事な我が故郷ですから」
恥じらいながらも誇らしげに語る彼に、皆の警戒がすっかり解かれる。つづみさんも特に怪しんでいないあたり、危険な様子もなさそうだ。
しかし、依然危険な状況に変わりはない。副長に対する警戒は解いたが、いつ里長が襲来してもおかしくないのだ。
僕たちのその警戒心が漏れ出していたのか、副長も神妙な面持ちで告げる。
「分かっています。里長のことを警戒していらっしゃるのでしょう?
あの暴君は長い間、純子さんに執着し、情欲を募らせていました。こんな絶好のチャンスを狙わないわけがない」
「話が早くて助かります、副長どの」
副長も、里長の危険性を解っているようだ。
後は、何をしてくるかを予測するかだ。あの里長の人柄や立場、そして今いるこの場所の特徴を考えると…。
「………あの、副長さん。里長って、どれくらい信奉者います?」
「ヤツには家柄もありますからね。
東北家と…私の思想に賛同してくれた十数世帯以外は、ほぼヤツの言いなりと考えていいかと」
「………………あれ?それヤバくない???」
僕の言いたいことが分かったのか、緑谷くんがダラダラと冷や汗を流す。
連鎖的に爆豪くんと轟くんも、この状況に気づいたようで、無意識のうちに近くに居た子供たちを抱き寄せる。爆豪くんの周りには羽衣が、轟の周りには冷気と熱気が漂っているあたり、本格的に警戒している。
僕もつづみさんの側に避難しておこう。彼女の側なら、まず安心だ。
「……足音よ。三十はくだらないわね」
「狼藉者め…!!永遠咲在るこの土地を侵すなど、先代が泣くぞ…!!」
「次の里長がガキに薬盛って強姦未遂やらかしてる時点で自殺モンだろ」
切島くんの冷静なツッコミが炸裂した、その時。木製の何かが破壊される音と共に、足音が響いた。
「余所者を出せ!!」
「永遠咲から余所者を引き剥がすのだ!!」
「余所者め、東北さんの家から離れろ!!」
「いや、永遠咲に捧げるのだ!!ここで捕え、即刻生贄の儀式を!!」
「そうか…。それなら、新たな神器を作り出せて、余所者も排除できる…!」
「捕らえろ、捕らえろー!!」
…うわーぉ。排他的って言うか、狂信的って言うか…。
宗教やら伝承やらが根本にある場所は、これだから嫌なんだ。何か一つ大義名分を得ると、人の倫理観は容易く壊れる。それこそ、悍ましい方法で人を殺すことを思いつくくらいには。
無論、緑谷くんたちにもそれを口を酸っぱくして言っている。異能解放軍のように、いい反面教師として働いてくれそうだ。
「神器を作るのに、生贄…?ずんだもん、そんなのいるの?」
「要らないのだ!ボクも永遠咲も人間がボクたちのためにとか言って死んだり、人殺したりしたら罪悪感で死にたくなるのだ!
第一、永遠咲はもう神器を作れないのだ!なにやっても無意味なのだ!!」
アイツら、神器に宿る精霊様からのありがたいお言葉で止まってくれるかなぁ…。
そのくらい単純な信仰心であるなら、まだ良かったのだろうが、残念ながら肝心の精霊がコレである。言って止まるようなことはまずないだろう。
ぎゃあぎゃあと怪鳥のように騒ぎ立てながら、上がり込んでくる足音が聞こえる。
まさか強行策で来るとは。どうしよう。この子たち、手加減できるだろうか。特に僕の嫁さんの方。もう殺気ダダ漏れなんだけど。顔がよく見えないくらいには怒気が溢れてらっしゃいますけど…。
「コウくん、バレないようにすれば殺していいかしら?」
「殺したい気持ちはわかりますけど、我慢してください。それに、アレは衆愚の類です。
敵性国家とは根本的に違う、ただの愚。根本さえ正せば、正気を取り戻せます」
「……わかったわ」
衆愚の行き着いた先が異能解放軍なら、彼らは衆愚に振り回されてるだけの集まり。生徒たちが打ち倒してきた悪よりも遥かに小さく、また小さいがために厄介な存在である。
迫る彼らに怯え、子供たちが緑谷くんたちの裾を掴む。
「……どうします?この様子だと、家中に侵入されてると思いますけど」
「迎え撃つ…というのも難しいですね。相手は神器を使ってくるでしょう。
中には…はにゃあ……」
東北さんが説明する途中で脱力し、床に伏せる。まさか、個性の類だろうか。
緑谷くんが即座に個性遮断プログラムを起動させ、この場にいる全員の個性を打ち消す。例外的に個性因子そのものと同化している爆豪くんの羽衣だけは、消えずに彼の周りを漂っている。
「…ありぇ…?なんか、ねむ…」
「京町さん!?」
「ん…。あかん、もぉ…」
「つ、ついなちゃん…?」
個性遮断プログラムなど関係なく、次々と床に伏せる子供たち。小学生組が全員やられると、間髪入れずに麗日さん、切島くんの二人がその場に倒れる。
僕がその名を叫ぶ暇もなく、轟くんまでもが倒れてしまった。
「…神器と、やらの力…んぅ…」
「つ、つづみさんまで…!?」
次々と倒れ、遂に残ったのは僕だけ。
この場にいる全員を運んで逃げる余裕があるはずもなく、僕はパニックに陥る。
冷静に物事が考えられないほどに焦る僕の思考を蝕むように、眠気が襲いかかった。
「……な、に…が……」
微睡に落ちる視界の中、殺到する人々の中で、邪悪な笑みを浮かべる里長が見えた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「お嬢様…お嬢様…!!うぉおお…ん…!!」
その頃、音街家の屋敷では。
副メイド長兼ウナの世話役を務めている小春六花が、とても他人に見せられたものではない顔で咽び泣いていた。
その様は見ているこちらが気の毒になるレベルで、時たま身悶えする様は痛々しく映る。
最早、音街家の風物詩と化したその光景に、あまり六花と面識のないメイドが、長年勤めているメイドに問うた。
「副メイド長はお嬢様が若旦那様と出かけるたび、なんであの可憐な見た目が台無しになる勢いで咽び泣いてるんですかね?」
「そりゃあ、おしめも変えてきた妹みたいな子だからねぇ…。許嫁ってのが気に食わないんだろ」
ほら、仕事に戻るよ、と本来の業務へと戻るメイド二人。肝心の副メイド長がこんなので頼りにならないのではないか、と疑問に思う者もいるだろう。
しかし、彼女は咳き込むほどに泣きながらも、凄まじい勢いで業務をこなしていた。
と。そこへ、スマホを持ったテディベア…チャームポイントなのか、天使の羽と悪魔のツノが生えている…が、歩み寄る。
「ぉおおおお…!!
………ん?ラキストン、どーした?」
『麗しのウナお嬢様がピンチらしい。爆豪くんからSOSが届いている』
「はぁあああっ!?!?!?」
一大事にも程がある事態に、窓ガラスを拭く手が思わずガラスを握りつぶす。
キラキラと舞う破片を見て、他のメイドたちが何事だと群がる。
「ラキちゃん、どうしたの?」
『ウナお嬢様のピンチだ。乱暴王子が下手に動けないらしい』
「あらま、大変」
「大変ね。副メイド長抑えるのが」
「ね」
メイドたちは、今にも窓から飛び降りそうな副メイド長に目を向ける。
六花はというと、半狂乱になりながら叫び、テディベア…緑谷出久特製のAI搭載型自立ロボ…ラキストンを傍に抱きかかえた。
「ラキストン、今すぐオレをウナお嬢様の元へ連れてけ!!」
『元よりそのつもりだ』
小春六花が騒動の元に着くまで、あと45分。
小春六花…可憐な見た目だがオレっ娘。無個性ではあるが、ウナが絡むと超人的な行動力を見せる。例えば十歳の頃、ウナが「アザラシを見たい」と望むと、わざわざ南極まで泳いで行き、怪我して逸れた子供アザラシを連れて帰ってきたという逸話がある(事実であり、アザラシは音街家で六花のペットとして飼われている)。
その他にも、ウナが人気長寿シリーズに出演する際、シリーズを全くもって知らなかったウナのために、1ヶ月の間一睡もせずそのシリーズをぶっ通しで見続け、ウナのために簡単なまとめ資料を作るくらいにはウナガチ勢。爆豪勝己を目の敵にしている。今回の件に関して一言。「爆豪は一兆回は殺す」とのこと。
ラキストン…見た目に反してダンディな声のAI搭載型自立ロボ。元は六花が考えたマスコットだったが、緑谷出久が遊び半分で作ってしまい、浮遊大陸の管理用としておくのも勿体無いと思ったために音街家の使用人たちに譲渡された。愛称は「ラキちゃん」。死ぬほど口説き上手。