そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。女キャラ六花ちゃん以外出ません。


暗い檻の中で

「………んっ」

 

刺すような冷たさが、意識の覚醒を促す。

ゆっくりと目を開けると、空間を仕切るような鉄格子に、床に倒れ伏す生徒たちの姿が見えた。

作りからして、座敷牢の類だろう。鉄を使っているあたり、そこそこに文明が発展した時期のものと考えて良さそうだ。

そんなことを思いながら、徐々に何が起きたかを整理し、冷や汗を流す。

まずい。このままでは、女性陣が危ない。強かな女性たちだが、手を出されないとは限らないのだ。

とは言え、何の力も持たない一般人の僕が何をやろうと、ヤツを止めることは叶わないだろう。連絡機器が取り外されていないかを確認するものの、そんな淡い期待は木っ端微塵に打ち砕かれた。

 

「…彼らのイズクテレフォンまで取り上げられてしまいましたか…」

 

コレは非常にまずい。緑谷くんらがスーツを装着するには、イズクテレフォンが必要不可欠なのだ。

要するに、仮面ライダーから変身ベルトを取り上げたような展開になっている。

しかし、緑谷くんの頭脳はスーツや発明品が無くとも活かせる場面は多いし、爆豪くんや轟くん、切島くんには個性がある。早く起こして損はないだろう。

 

「緑谷くん、起きなさい。あかりさんがピンチですよ」

「あかりちゃん!?!?」

 

あ、起きた。好意を向けられ続けて半年近く経つが、緑谷くんも一途なあかりさんに好意を抱いてはいたらしい。名前を出すだけで飛び起きるとは。

緑谷くんはあたりを見渡すと、何が起きたか悟ったのか、悔しそうに顔を歪ませる。

 

「おはようございます、緑谷くん。最悪の目覚めでしょう?」

「人生最悪のね」

「これからヒーローになるなら、コレを超える最低はあると思いますがね」

「僕にとっては今が最低ですよ…!!」

 

あかりさんも果報者だな。想い人にここまで言われるとは。

そんなことを考えながら、僕たちは爆豪くんたちを起こしていく。座敷牢に倒れていたのは、東北家と副長除く男性陣のみ。女性陣はどこか別の場所に運び込まれたのだろう。

起きた彼らは、それぞれ悔しさと不甲斐なさに唇を噛み、拳を握る。

 

「くそッ、油断した…!」

「あの野郎、音街に手ェ出してみろ…!!

俺……諸共、小春のアホに殺されるわ…!!」

「誰だよ小春って」

 

爆豪くん、照れ隠しが独特過ぎるぞ。音街さんところのメイドさんを盾に使うな。

しかし、見張りの一人も付けないとは、相当油断しているのか、それとも神器を有する故の余裕なのか。どちらかは分からないが、好都合だ。

 

「これ誰か目立たずに壊せます?」

「誰にモノ言ってンだ、クソ教師。朝飯前だわ」

「……マジに朝飯前なんだよなぁ」

「言うなよ轟…。余計に腹減る…」

 

轟くんの余計な一言に、ツッコミを入れる切島くん。

それを無視し、爆豪くんは赤熱化させた掌で鉄格子を融解させ、完全にその意味を失わせた。どうして眠らされたかの考察や雑談は後でもできるし、迅速な行動だ。

デロデロに溶け、轟くんの冷気によって冷え固まった鉄格子を跨いだ爆豪くんは、ある一点に視線を向け、即座にその足を止める。

 

「爆豪、止まってないで早く出ようぜ。喉までカビちまいそうだ」

「………進みたいのは山々なンだがなァ。

切島。アレ見て行けそうだったら、そのまま進め。無理そうだったら一回引き返せ」

「何言ってんだ…よ………っ…!?」

 

切島くんが言われるがままに前に進み、爆豪くんの指差す方向を見やる。

瞬間。彼は息を飲み、顔を真っ青にして何かが漏れ出そうとする口元を押さえる。

一体なんだ、と僕たちが思っていると、爆豪くんが告げた。

 

「縦に真っ二つにされた死体がある。

身なりからしてプロヒーローだな」

 

その声は、いつものような力強さはあまり感じられず、少し震えている。

この子たちがマトモな人の死体を目の当たりにするのは、今思えば初めてか。

僕は中、高と呪われてるんじゃないかってくらい敵が襲来して虐殺のかぎりを尽くしてきたから、嫌でも慣れてるのだが。酷いぞ。合計で五回は来たからな。

緑谷くんに関しては、勝手に警察のデータベースの魚拓を取ったりしてるので、まず心配ない。…いや、警察のデータベースに侵入してあまつさえ魚拓取るとか、やらかしてること半端なくヤバいけど。

轟くんもエンデヴァーの修行の一環として、幼い頃からグロ写真を見て育ったというため、問題ないだろう。情操教育どうなってるんだ、エンデヴァー。

切島くんの反応が1番健全なのだ。…プロヒーローになるのならば、慣れなければいけないのだが。

 

「…すいません、助けらンなくって…」

 

切島くんはそれだけ言って手を合わせると、そのまま進んでいく。

僕たちも続くように死体に合掌し、出口を探し始めた。

 

「…プロヒーローが五日で逃げるっての、アレが理由かもな」

「他にも犠牲になったヤツがいンのか…。

つくづくなんつー場所で産まれてんだあのガキァよ」

「逃げ出して正解だったかもね」

「かもじゃねぇよ…。神器とか受け取りに行かなくても良かったろ…」

 

切島くん、さっきから冷静にツッコミが出来てるあたり、常識人だな。この子たちの面倒を見ていると、このような反応が余計に新鮮に思えてくる。

…おっといけない、思考がそれた。

 

「風習というのは、なかなか抜けないモノですよ。こんな時に話すのも何ですが、日本人は、死者を『仏さん』と言うでしょう?

あれは他の国ではあり得ないことなのです」

「……初耳」

「日本では、『先祖崇拝』という思想が根付いてます。霊は盆行事の繰り返しによって、神に近い性質になっていく…と、民俗学界では語られています。

宗教学を取るとわかるのですが、他の宗教にはこの手合いはほぼ無いんですよ。何故だか分かりますか?」

 

歩きながら、切島くんが悶々と唸る。

僕も初めて聞いた時、謎の納得と共に疑問に思ったモノだ。

民俗学は1900年代にある学者が開いていた郷土研究会から発足した学問というのに加え、超常黎明期時代の大混乱を経て、郷土風習が風化し始めていたから、知らない人も多そうだが。

因みに、僕が語ったのは、民俗学、宗教学においては常識のようなものである。コレを専門家の前で得意げに話していたら、まず死ぬほどバカにされる。

 

「…三大宗教じゃ、祈る神や仏は唯一の存在だからだろ。

日本は神道っつー、神様仏様が八百万いる宗教を信仰してっからな。今更何人増えようが関係ねェってこった」

「……そういうことです。日本は誰かが死ぬたびに神様を生み出してるんですよ。

それこそ…、一千年近くの間、この風習は抜けてませんね」

「爆豪、よく知ってるな」

「宗教習えば嫌でも知る」

 

爆豪くんは音街さんのお祖父さんに扱いてもらっているんだったか。人心掌握のために、宗教を学ぶ。彼らしい発想だ。

 

「そう考えると、オールマイトも一種の宗教かもな。神様みてェに思えるし」

「でも、彼は人間だよ。神様みたいに永久に見守ってくれてるわけじゃ無い。

ヒーローとしての彼が居なくなった後、今いるヒーローが代わりを務めなきゃ」

「荷が重いだろ。トップ…50までか?そっから下、ほぼ向上心ない端役の塊だぞ」

 

いつの間にか、現代のヒーローたちへの愚痴大会になってる。

いや、たしかにトップ50以下はやる気のないヒーローをちらほら見るけれど。

切島くんは切島くんで、「紅頼雄斗も負けてない」と張り合うし。切島くん、その人もう先祖として崇拝される側なんだけど。

…まぁ、先祖霊の定義からしたら、まだ崇拝する者じゃなくて、荒ぶるから鎮めなきゃいけない霊だとは思うが。

 

「……って、ンなこと話してる場合じゃねェよ先生ェ!!早く助けねェと…」

「騒ぐな・アホ・ブッ殺すぞ」

「相手がアホだからって、赤ちゃんに言い聞かせるように言いやがって…!」

 

切島くんのこめかみが凄いことになってる。

と。そんな雑談で気を紛らわせていた、その時だった。

 

「そ、その声…!今日、里に来ていたお客様ですよね!?」

 

曲がり角の奥から、声が聞こえたのは。

その声が副長のものだとわかると、僕たちは一斉に駆け出す。

走った先にあったのは、座敷牢の一つ。同じように捕まり、幽閉されたのだろう。副長が鉄格子を掴み、助けを求めるように視線を動かしていた。

 

「副長さんまで…!!」

「爆豪、出番だ。溶かせ」

「テメェ一人で全部出来るだろ」

「お前みたいな体力オバケと違って、消耗がないわけじゃねェんだよ」

「………戦闘時に役に立たねェとブッ殺すぞ」

 

爆豪くんは赤熱化させた掌で、鉄格子を破壊し、溶けた鉄を轟くんが冷やす。

副長は流れるようなその一連の光景に、目をパチクリと丸くする。

 

「た、助かりました…」

「個性の無断使用に関しては、目を瞑ってもらえるとありがてェっす。こんな状況だし」

「も、勿論です!このまま捕まっていたら、どうなっていたことか…」

 

ホッと胸を撫で下ろす副長。ここに捕まっている時点で、彼は味方としてカウントして良さそうだ。

この座敷牢について、構造を知っているかと聞いたところ、「いえ、私も初めての場所でして…」との答えが返ってきた。構造に関しては、緑谷くんが通ってきた道を記憶しているから心配はないが、問題はここの構造じゃない。

 

「…あの時、僕たちが眠りに落ちたのには、何か理由がありますね?」

「……ええ。里長の神器です。誤差はありますが、対象を30分眠らせるものでして」

「やっぱりか」

「30分か。起きてからの時間から換算すると…僕らが眠らされてから約36分25秒…」

「ンな細かく言わンくていいわデク」

 

30分くらいなら、まだ手は出されていないだろうな。しかし、モタモタしていたら危険なのも事実。

神器についての対策を考えながら、僕たちは座敷牢を出るべく、手当たり次第に進んでいく。

 

「神器ってなんか対策できるか?」

「いえ…。私も『眠らせる』ということしか知らず…」

「寝起きの俺らでも効果抜群なんだ。効果に関して、縛りはほぼ無ェと考えていいだろ」

「人工個性だから、対策は…ほぼ無理か」

 

皆が手詰まりな状況を口に出すたびに、空気が死んでいく。

どうしたものか、と皆が悩んでいると、切島くんが口を開いた。

 

「………なぁ。アレ、一人ずつ寝てたよな?」

「ん?…確かにそうだけど」

「アレってさ、纏めて全員眠らせる…なーんて芸当、出来ねェんじゃねェの?」

「「「「あ」」」」

 

切島くんの鋭い考察に、全員が固まる。

確かに、範囲内の者を眠らせることが可能なら、あの時侵入していた全員が寝ていなければおかしい。

僕が最後に見た光景は、幾つもの人影と、あの男の笑みだ。切島くんの言うことは当たっているだろう。

 

「…よく見てましたね、切島くん」

「範囲内を全員眠らせる機能を、あのクズが隠してたら終わりっすけどね」

「…やっぱり、イズクテレフォンを取り戻さないと。

スーツさえあれば、僕たちが寝てもAIが戦ってくれるし」

「第一目標はスーツの奪還か」

 

そうと決まれば、善は急げだ。

まずはここの出口を探して、イズクテレフォンを取り戻す。

僕たちは互いに頷くと、再び散策を開始した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「ラキストン、なーんでここに出久クンと爆豪のアホ、その他諸々の携帯やら貴重品が置いてる?」

『十中八九、捕まったのだろう。不意打ちの類と考えた方が自然だ』

「ふーん…。会ったら返すか。カスの爆豪以外」

 

一方、彼らが取り戻そうと考えていた貴重品の類はというと。

猛スピードで木々を薙ぎ倒しながら山を駆け上がり、気配を殺して潜入していた小春六花が回収していた。




民俗学って、意外とここ百年も経たないくらいに発足した学問なんだよね。詳しくは民俗学の父、柳田國男という方について調べてみてください。
彼の論文が民俗学そのものレベルなので、民俗学を小説で書きたい人は、彼の論文読んで引用しとけば大体専門家ぶれるぞ!ただし、専門家にはそんな浅知恵なんて3秒でバレるぞ!!

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