ビヨンドジェネレーションズ面白かったです。
「………んっ」
肌につく違和感で、薄く目を開ける。
視界に飛び込むのは、檻だろうか。等間隔に並ぶ鉄格子が、私…紲星あかりの眼中を支配する。
ゆっくりと起き上がると、私はその違和感の正体に気がついた。
「ぴゃあっ!?」
着ていたはずのお気に入りの服は、そこにはなく。在ったのは、情欲揺さぶる、なんとも恥ずかしい民族衣装であった。砂漠の踊り子みたいな服だ。
お茶子ちゃんは…スーツがあんなのだから、「なんぼのもんじゃい」と言って動き回るのだろうが、私はあそこまで女を捨ててない。
加えて、この季節にこの格好は、普通に風邪を引く。人とは言えない体だけど、病気はそんなもの関係なく、平等に感染するのだ。勘弁してほしい。
恨み節を言っても仕方がない。とりあえず、引き裂いて新しい服を作る。服を作る個性は、未来で需要が高かったのもあって、最初に覚えた個性だ。
それにしても、お気に入りの服はどこに行ったのだろうか?アレ、イズクくんに買ってもらったヤツだったのに。
「…全員分の服、作らなきゃダメかな」
そんなことを思いながら、鉄格子に手をかける。父様が偶に来てくれた、あの部屋。
その壁に比べれば、こんなもの、障子紙にもならない。ぐにゃり、とひん曲がる鉄格子を潜り抜け、通路に出る。
…なんか変な匂いがする。
薬の類は一通り耐性付けているが…。香りからして、媚薬の類だろうか。それにしては、酸っぱい香りもあるような…。
「…考えても仕方ありませんね。皆を助けに行きましょう」
誰もいないと虚しいな。一等星に入ってから、一人になる暇なんて無かったから。…正確には、一人になるのが怖かったから。
連絡機器の類は、着替えさせられていたことから、多分外されている。イズクくん以外に裸を見られるなんて…。あの男、五回は殺したくなった。
皆、イズクくん特製のナノマシンが体を巡っているから、薬は害を成すとして分解してくれるだろう。前後不覚になってその場を動けない…なんてことは、まず無いと思う。
「…しかし、大掛かりな座敷牢ですね。
………なーんか見覚えのあるような…?」
悶々と唸り、記憶の引き出しを探ってみる。
思い出す個性を作れたらいいのだが、生憎、私の可哀想な頭ではまず無理だ。
思考しながら歩くこと数分。私はふと、視界の隅にある人が鉄格子の奥にて闘志を燃やしているのを見つけた。
「お茶子ちゃん、大丈夫?」
「あかりちゃん。ここの鉄格子って電気とか通っとらん?」
「通ってても私なら平気だから。ちょっと待っててね」
お茶子ちゃんは強かだけど、いかんせん行動することをしぶる傾向がある。
鉄格子に電気が通っていないかを警戒していたらしい。私の鉄格子は握ってもなんとも無かったため、この座敷牢を破られたことがないのだろう。
そんなことを考えながら、お茶子ちゃんの居る鉄格子を曲げ、救出する。
「あンのアホ、顔がトマトみたいになるまではシバかんと気ィ済まん」
「…あの、その格好で?見事なまでに逆バニーだけど…?」
そんな秘部を天下に晒す、服という概念そのものに喧嘩を売るような服装で出歩くんじゃないよ、年頃の乙女が。
…いや、なんか最近妙に逞しいけど。女ってこと忘れかけるけど。
「一回公衆の面前でおっぱい晒しとるんや、今更やがな。こんなんでキャアキャア言うとる暇あるなら、ちゃちゃっとあのアホどもブッ飛ばして帰らんと」
「…服、作るよ?個性で作れるし…」
「………頼むわ」
流石に、物理的にも精神的にも心配になる。
この空間もそうだ。やけに男の欲望をそのまま詰め込んだみたいな作りをしているが、内装からして千年近く遺されているのだろう。何度か建て替えた痕跡はあるものの、支えとなっている部分はそのまま残っている。
余程飢えているのだろうな、と思いつつ、お茶子ちゃんの着替えの終わりを待つ。
お茶子ちゃんがスニーカーに足を入れた、まさにその時だった。
「助けてぇぇええええっ!!なんかめっちゃ追われてるのだァァァァアアア!!!」
なんとも緊張感に欠ける、間の抜けた叫び声が聞こえたのは。
「あの声…、えっと、○ラえもん!」
「ずんだもんなのだァァァァアア!!!」
お茶子ちゃんが小○館に対戦車弾をブチ込まれそうな間違いを言い放ち、ずんだもんのツッコミというには悲鳴に近い叫び声が響く。
私たちがそちらに向かうと、確かにずんだもんが追われていた。
…奇声を上げながら猿もびっくりな狂乱の舞を踊る全裸の男たちに。
「……お茶子ちゃん、勢い余って脳天潰さない程度に」
「分かった」
ばきり、とスニーカーが石畳を砕き、欠片が衝撃で舞う。お茶子ちゃんはその幾つかを手に取ると、個性を付与し、投げ飛ばした。
「解除」
掌を合わせ、個性を解除する。投げた欠片は的確に彼らの脳天を揺らし、意識を刈り取った。
自分を追ってくる人間が居なくなったとわかると、ずんだもんは息を切らしながら、こちらへと歩み寄ってくる。
「た、助かったのだ…。生まれてこの方、経験したことのない危機だったのだ…」
「まぁ、こんな見た目で二十人も追ってきたら、ねぇ…」
伸びている男たちを見やり、ため息を吐く。
ナノマシンで無効化できてるだけで、相当濃い媚薬が漂っているようだ。
…にしても臭い。酸っぱい匂いは、コイツらの体臭か。四日間風呂に入らなかった後のツナギくらい臭い。
「健康に害を及ぼしそうなくらい臭いにおいがしますね…」
「吐くモン胃の中に無いけど吐きそう」
「言わないでください」
そういえば、朝ご飯、食べそびれたなぁ。
…絶対に許さんぞクソ野郎この世に生まれたことを後悔させてやる。
そんな恨み節を心の中で抱いていると、息を整えたずんだもんが声を張り上げた。
「はっ!そうだった!
ボクはずん子たちを助けにきたのだ!」
「…そういや、なんで牢屋から出られてるんです?」
私が問うと、ずんだもんはぺたん、と頭頂部の耳を閉じて、目を伏せた。
「要らんってポイされちゃったのだ」
「由緒正しい神器やのに!?!?」
「使い手ってボクが認めない限り、ボクはただアホみたいに撃ちにくい弓なのだ」
雑すぎやしないだろうか、この子の扱い。
古代人は神器を運用する際、人工個性故の暴走を危惧して、使い手を選ぶ機能を搭載したのだろう。
…この類の考察は、私の仕事ではないか。
それにしても、由緒正しい神器をあっけなく破棄するとは。手元に保管しておくのも、ずん子さんに反撃の芽を与えてしまうから気が引けたのか。…あり得る。あの小物臭い男なら余計に。
「ずん子さんたちの場所ってわかります?」
「んっと…、ずん子が見てるものと同じものを見るとか、聞いてる言葉を聞くくらいしか出来ないのだ」
「それのがいいです」
少なくとも、ずん子さんの状況把握にはなる。奴はずん子さんに異様な執着をしていると聞いた。
ならば、真っ先に手を出すのはずん子さんのはず。おまけに過ぎない私たちは、この欲望の座敷牢にぶち込まれてしまったのだろう。
ずん子さん以外は、別の場所にいると考えた方が自然だ。
「しっかし…、見事に頭脳班と分けられてしもうたなぁ。
男女で偏差値に差があり過ぎるわ」
「きりちゃんが見つかれば、まだ希望はあるんですけどね」
お茶子ちゃんは爆豪くん曰く「死ぬ気でやれ。さもなきゃ落ちろ」らしいので、言わずもがな。
私に関しては、イズクくん曰く「僕と同じくらい必死こいてやれば、雄英一位も夢じゃないよ!」らしい。勉強が死ぬほど嫌いな私には、ちょっと無理な話だ。
「………ちょっと残念なお知らせなのだ」
「え?なに?」
「きりたんもイタコも、ずん子と一緒に捕まってるのだ。
なんか、目の前であの男の人と全くもって知らない女の人たち…十人くらいが…」
「OK分かった先急ごう」
「賛成」
思ったより深刻な事態になってた。
「お前らもこうなるんだぞ」的な演説をしているのだろうな。
早急に助け出さなければ。
「どこか分かる?」
「んっと…、ウチなのだ!」
「自分の実家でいけ好かん男と知らん女がおっ始めてるとか、絶対トラウマなるよな…」
「出口を探そうにも、周りの人は前後不覚だし、下手に壁を壊したりもできませんよ?どうします?」
崩落の可能性もあるし。
私がそう訴えようとすると、麗日さんは指を立てて、不敵な笑みを浮かべた。
「ウチを誰やと思っとんのや。土建屋の娘やで?建築に関してはおとんに一から百まで叩き込まれとるから安心しぃ」
「じゃ、どこ壊していいか教えてください。
壊すのはやります」
「まかしとき!!」
「ボクを置いてかないでなのだ〜!」
こうして、私たちの脱走作戦が始まった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……ふぅ。見張りはこれで片付いた」
「離れにある座敷牢ですか…。通りで見たことがないわけです」
里の入り口が見える場所にて。
僕たちはやっとの思いで這い出た座敷牢に別れを告げ。
申し訳程度に見張りをしていたのだろう。槍を構えていた村人を爆豪くんが気絶させた。
「…しっかし、なーんか妙な匂いがするな。
甘い匂いと…、汗が溜まったみてェな酸っぱい匂いだな」
「……コレ、嗅いだことあるぞ。
たしか、甘いのは前後不覚になるくらいには強烈な媚薬だったかな。
酸っぱいのは…、単純に汗の匂いだね。ただ、強烈に臭ってるだけみたい」
媚薬かぁ…。いい思い出がない。つづみさん相手だと、媚薬=死になりかねないし。
教職者が腹上死なんて、笑い話にもならないぞ。
…というか、媚薬の匂いがここまで漂ってくるとか、絶対に碌なことになってないな。
「…あれ?薬対策してる俺らは兎に角、なんで副長さん平気なの?」
「その…、お恥ずかしながら、あの匂いは定期的に漂っておりまして…。嫌でも耐性ができてしまったのです…」
「なーるほど〜…」
切島くんの疑問に、心底情けないのか、ため息をつきながら答える副長。
不全になってない?大丈夫?
僕たちのは薬対策…というより、緑谷くんのナノマシンが怪しい薬を分解してくれているだけなのだが。女性陣がこの匂いにやられていないことの証明にもなるし、緑谷くん様々だ。
「取り敢えず、イズクテレフォンを探しましょう。この状態で見つかれば、すぐにやられてしまいます」
「それってコレか?」
「そうそう、それそれ」
がさり、と草陰からひょっこりと顔を出すメイドさん。
緑谷くんはその声と共に差し出されたイズクテレフォンを受け取り、「あーよかった」と胸を撫で下ろす。
「………………………………ん???」
緑谷くんは直後、なんとも言えない表情を浮かべた後、前を見やる。
可愛らしいテディベアが、その容姿に見合わぬ渋い声で『出久様、こんにちわ』と軽く礼をする。
緑谷くんが困惑する暇もなく、爆豪くんが派手にすっ転んだ。
「こ、小春テメッ、なんでここに…!?」
「お前が呼んだんだろォがクソの爆豪」
誰が呼んだか、「メイド界の核弾頭」。爆豪くんでさえも、一種の畏怖を覚えるほどの音街家の問題児。
小春六花が、僕たちを木々にぶら下がりながら、見下ろしていた。
恥じらいはヒーローになるために不要と判断し、かなぐり捨てたとのことです。お色気担当ではありますが、これからは微塵も赤面しないと思います。
他の女性陣は現在、バレないように脱獄を図ってるところです。