そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


邪悪なるもの

「……きりちゃん。…怪我だらけ、か」

「赦さねェ…!!あんなガキに手ェあげるなんざ、男の風上にも置けねぇ…!!!」

「落ち着け。変に殺気出す方が見つかりやすい。堪えろ切島」

「ふんじばっておきなさい。知り合いに男色の方が数十名いるので」

「先生は1番落ち着いてくれ」

 

現在。僕たちは即席のギリースーツと、緑谷くんが用意していた双眼鏡で、東北家を覗いていた。

中にはずん子さんたちしかおらず、他はどこか別の座敷牢に捕まっているらしい。その救出には、爆豪くんと小春さんが喧嘩しながら向かっていた。

東北さんは現在、里長の不興を買ったらしく、嫌と言うほど痛ぶられている。正直、見てられない。

僕は生徒に手を出されて黙ってられるほど、人が出来てない。だから、色情魔には1番嫌な方法で報いを受けてもらおうか。

そんなことを考えながら、僕は携帯を操作して知り合いにメッセージを送った。

 

「…で、どうするよ?

あの家に潜入するったって、ガスマスクつけた見張りが結構いるぞ」

「気配の殺し方は師匠に習ったろ。

即効で殲滅する」

「アレはどうする?」

「中に入ってからな。外だと目立つ」

 

皆で作戦を立てると、揃って頷き、気配を殺す。つづみさんも目の前で消えることがあるから、特に驚きはしないが。

にしても、まさか生身の…それも衆愚に振り回されているだけの人間相手にスーツを持ち出すとは。

切島くんに関しては…アレはスーツって言うよりはほぼ裸体だし。「漢らしいから俺は大好きだ!!」って興奮気味に言ってたなぁ。

 

「……僕たち、どうしましょうか?」

『どうしようと言われても、私は六花のサポートロボだ。武器を出すくらいしかやることがない。そして、その武器は既に六花が持っている。

つまり、全くの役立たずなのだ、今の私』

「それ自分で言います?…僕もどっこいですけど」

 

荒事に関しては、僕は非力もいいところだ。

小学校襲撃とかあったら、多分、生徒たちの肉壁になって死ぬ。僕は存外、入れ込みやすいタイプみたいだし。

役に立たないなりに頑張ろうと月並みな使命感で下手に動けば、普通に捕まる。

どうやって時間を潰そうか、と考えていると、副長さんが口を開いた。

 

「私は…、少しやることがあるので、この場を離れます。また会いましょう」

「気をつけてくださいね。また捕まっても助け出せるとは限りませんので」

「肝に銘じておきますよ」

 

去り行く副長さんを見送り、ラキストンと目を合わせた。

 

「…取り敢えず、里が半壊しないことを祈るばかりですね」

『流石に弁えてはいるだろう。約一名の安全は保証しないが』

「殺したりはしないでしょうよ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……ふむ。傷口から染み込めば、よく効くんだがな」

「きりちゃん!!」

 

現在、私は傷だらけで倒れ伏していた。

こんなに傷ついたのは、去年以来だっけ。

経緯としては、私たち家族に、ご自慢の媚薬が通じないことに苛立ったようだ。引き連れていた女は、あんなに乱れていたのに。

それもそのはず。私は無断で、家族全員に緑谷先輩の発明したナノマシンを投与しているのだから。

両親や祖父母は兎に角、私たち三人は無個性という欠陥を持って生まれた、凡人以下の存在。だから、常に失う怖さを抱かなければならなかった。その怖さから解放されたのは、緑谷先輩が、先生が立ち向かい方を教えてくれたから。

先輩たちが、先生が背中を押してくれたから、私は理不尽と戦う決意ができた。

だけど、ずん姉様は違う。「アイドルになって、ずんだカフェを開く」という夢のために、無個性なのに雄英の普通科に入って、名を売ろうと足掻き続けているけど…。

 

私は東北きりたんとしては紛い物だ。紛い物だけど、この東北ずん子の…私だけのずん姉様の家族である私にはわかる。

その瞳の奥には「諦め」があったことを。

凡人以下にしかなれない無個性であることを、雄英に通うからこそ自覚してしまったのだろう。

私は残酷にも、姉を諦めの世界へと連れていくことを拒否したのだ。

 

「…薬で言うこと聞かそうなんて、見下げ果てた男ですね。ウチのボンバーマンの方がまだ紳士的ですよ」

「………さっきから、キミの妹は、随分と生意気なようだ…なっ!!」

 

瞬間。私の腹に、里長の蹴りが入る。

胃液が出そうになるが、こんなのなんて、大したことない。

もう二度と、屈しないって決めたから。

 

「きりちゃん…、もう…」

「狭い世界で踏ん反り返ってるだけの小物に、屈してやるもんですか…」

「っ、煩いっ!!ここは俺の里だ!!俺の国なんだ!!」

 

里長の踏みつけるような蹴りが、私の体を傷つける。こんなの、大したことない。

先輩たちは、もっと痛い攻撃を受けていた。もっと痛い思いをしていた。

私はあの人の手助けをするって決めたから、この程度で泣き喚くことはしない。

再生が追いつかないほどに怪我をするから、今の私はアザだらけだ。

 

「死ね、死ね、死ねっ!!お前がこの家で1番気に入らなかった!!

俺の純子の肌を引っ掻いて傷つけた赤子のクソガキがぁ!!俺の純子を連れて逃げていったお前は、存在価値すらないんだよ!!!詫びろ、オラっ!!今すぐ死んで俺に詫びろ!!!!」

「……バーーーーーーーカ…!!

テメェが社会的に死ね……!!」

 

私が中指を立て、舌を出す。

里長が声にならない絶叫をあげて、私を蹴ろうとした、まさにその時だった。

 

「おい。ウチの可愛い後輩とその家族に、なにしとんや?」

 

怒気で髪が揺れ動く、修羅の影が姿を表したのは。

家の中は冷え込んでいないというのに、吐く息が煙のように見える。爛々と光る目が、里長を捉える。

里長がそれに気づくも、もう遅い。床を蹴って飛び上がったその影は、ありったけの声を振り絞り、蹴りを放った。

 

「ミーティアァァァァアアア!!ツインストラァァァァアアアイクッ!!!」

「ぐほおぉおっっ!?!?」

 

影…麗日先輩の蹴りが、里長の顔面を見事に捉える。

鼻血を吹いて仰反る里長の顎をもう一度蹴り上げ、麗日先輩は手を払う。

 

「一回目はきりちゃんの分、二回目はお気にの服盗られたウチの分や」

 

ピクピクと痙攣する里長。

麗日先輩は私の前まで歩み寄ってしゃがみ込むと、笑みを浮かべた。

 

「死なんで良かったわ…。よぉ頑張ったな、きりちゃん…」

「………先輩たちみたいに、いきませんでしたけど…ね」

「……ううん。かっこ良かったよ」

 

30分も殴られ、蹴られ。

私の体が限界に達していたのか、安堵と共に力が抜けていく。立ち向かう決意をしたのはいいけれど、まだまだ体は子供…か。

早く、先輩たちみたいになりたいな。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…終わってたな」

「ね」

「おっ、麗日、無事だった…、なんか服変わってね?」

 

僕たちが現場に到達した頃には、麗日さんによって全てが終わっていた。

トレンチコートを着こなす麗日さんの姿を見て、部屋に入った切島くんが訝しげに首を傾げる。確か、彼女は簡素なタートルネックとジーパンを着ていたくらいで、上着は家の中に放置していた筈。

それがこんなオシャンティになるなんて、何かあったとしか思えない。

僕たちが疑問に思っていると、麗日さんは淡々と答えた。

 

「逆バニーにされてたからあかりちゃんに作ってもろた」

「ぎゃっ…!?!?」

「逆バニーってなんだ?」

「轟くん聞かなくていいから!!」

 

中学生になんてモン着せてんだ!?

あかりさんも似たような格好だったのだろうか。果てしなく心配だ。

きりちゃんがこの状態な上、他の女性陣にも妙なことを仕出かしていないとも限らない。

僕は倒れ伏す里長に目を向け、死体蹴りしたい気分になったが、やめておいた。流石にそれはヒーロー云々より、人としてやっちゃいけない気がする。

 

「…おっ、これが里長の神器か」

「錫杖…ねぇ。煩悩を除く仏具のはずなのに、なんでこんな欲望まみれのやつの手に渡っていたのか…」

 

僕は拾い上げた錫杖を、イズクテレフォンで浮遊大陸へと送り込む。

しょうもない目的で使われていたとはいえ、人工個性の貴重なサンプルの一つだ。人工個性による細胞の破壊を止める薬の開発に、役に立つかも知れない。

 

「神器…。あっ、ずんだもんは!?ずんだもんは無事ですか!?」

 

倒れ伏したきりちゃんの看病をしていたずん子さんが、慌ててあたりを見渡す。

面倒見のいい彼女のことだ。自身の神器となったずんだもんのことを、新しい妹のように思っているのだろう。

ずん子さんに、麗日さんが笑みを浮かべて答える。

 

「大丈夫や。ウチが全力疾走して置いてきてしもたけど、もうすぐ着くはず…」

 

と。彼女がそう言い放った時だった。

 

「助けてなのだァァァァアアアっ!!!」

 

ずんだもんの甲高い悲鳴が聞こえたのは。

怒ったきりちゃんに対して放った、緊張が抜けるような悲鳴じゃなく、緊迫感と悲痛がこもった悲鳴。

僕たちが慌ててその場を飛び出そうとしようとした、まさにその時。里長の体と壁が真っ二つに引き裂かれ、噴水のように血液が噴き出た。

 

「きゃああああああっ!?!?!?」

「ずん子さん、見ちゃあかん!!」

「っ…、そ、即死だ…」

「ッソ、誰だ!?」

 

明らかに手の施しようのない死体を前に、皆に戦慄が走る。

助けられなかったのは、もう仕方がない。どうしようもない相手でも、命は命だ。悔やむより前に、これ以上奪われることのないように、今出来ることをしないと。

僕たちがスーツを換装しようとすると、続け様に壁が引き裂かれる。

切島くんが一歩前に出て、両腕を硬化させ、その斬撃を受け止めた。

 

「っ…、だぁああっ…!!

コイツ、簡単に…、骨を…絶てるくらいに…、強ェぞ…ッ!!」

「切島くん…っ!?ほ、骨まで…」

 

硬化していても、受け止めきれなかったのだろう。切島くんの切り傷は深く、骨だろう乳白色の物体までもが顔を出す。

慌てて緊急治療用のナノマシンを投与し、切島くんの傷を慌てて塞ぐ。

轟くんはというと、射線が見えないように氷で防壁を作り、倒れたきりちゃんを背負った。

 

「取り敢えず、壁際はまずい!!イタコさん、隠し部屋に案内してくれ!!」

「わ、分かりましたわ…!」

 

今の今まで呆然としていたイタコさんが、慌てて部屋を出ようとする。

と。誰かにぶつかったのか、「きゃっ」と短い悲鳴をあげ、その場に尻餅をついた。

僕たちが身構えていると、その奥から姿を表したのは…。

 

「ふ、副長さん…?」

「危ないぞ、アンタ!!今、ここは攻撃されてる!!」

 

切島くんが叫ぶも、副長さんは表情を変えずに、そのまま歩みを進める。

 

「ええ、知ってますよ」

 

ぞくり。体が芯から冷えてしまうほどに、低く平坦な声が響く。

もしかして、僕たちは何か重大な見落としをしていたのではなかろうか。そんな考えが頭をよぎるも、もう遅い。

副長…いや、米原は口の端を吊り上げ、告げた。

 

「何故なら、私が君たちの前でこのバカを殺しましたからね」

「副長…!?な、なんで…?」

「……地下のあの死体も、お前の仕業か…!」

 

困惑を露わにする切島くんを下げ、轟くんが臨戦態勢で問い詰める。

米原は薄寒い笑みを浮かべながら、里長の死骸の頭部を踏み潰した。脳漿が散乱し、僕たちの足元まで広がる。

ずん子はその凄惨な光景を目の当たりにし、カチカチと歯を鳴らした。

 

「ええ、そうですよ。私の計画に乗らず、里長から出る甘い汁を啜るだけのヘタレなんで、つい殺してしまいました。

苦労しましたよ?あの座敷牢に隠すのは」

「僕らが散策した時、死体があったのは…、里長もあの座敷牢の存在を知らなかったのか…!!」

「ええ、そうです。私だけは狸寝入りをしただけでしてね。

あなたたちを私の場所で監視しておくと、その身柄を運び込んだのですよ。…まぁ、只者ではなさそうだったので、利用することを思いつき、私も牢に入ったわけですが」

 

冥土の土産とばかりに暴露する米原。

僕たちの怒りが爆発する中、米原は更に歪な笑みを浮かべ、告げる。

 

「私は里長殺しをなすりつけ、東北純子を抹殺できればなんでも良かったのですが…。

あなたたちが来てくれて助かりました。罪をなすりつける相手ができて」

「…ちょっと待て。なんでそこでずん子さんが出てくる?」

 

ずん子さんが呆然と米原を見るのを庇うように、僕が軽く前に出る。

それに対し、彼もまた一歩前に出て、息がかかるほどの距離で僕の顔を見つめた。

 

「そりゃあ出ますよ。私の狙いは、最初から『純那弓』なのですから」

 

言って、彼が取り出したのは、紛れもなく『純那弓』だった。




つづみさんが副長の正体が分からなかった理由は、次回判明します。

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