そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


自慢のお姉ちゃん

「ず、ずんだもん…!!」

「この弓はそんな間抜けな名前じゃないんですよ。お前たちは知らないでしょうが」

 

ずんだもんの意識は、すでに途切れているのだろうか。あの小うるさい声が聞こえない。

先ほどの悲鳴は、ずんだもんが米原に襲われたものだったのか。

あんな小さな子供相手に手をあげるとは、この男も、里長と同じ類だ。自分以外の人間を、心底どうでもいいと思っている、救いようのない人間。

この場で倒してもいいが、ずんだもんが人質に取られているのが痛い。それに、何をしてくるか分からないのも、警戒を引き上げる要因となっている。

 

「ずんだもんの何を知っている…!?」

「あなたたちも、東北家に来たのだから、伝承は聞いているでしょう?

私の家にも伝承がそこそこ残っていてね。その中には、純那弓の『真の力』が残されていたんですよ」

 

────射抜いたものを持ち主の気質に『染め上げる』異能を込めることができるとね。

 

染め上げる…。それが事実なら、コイツがやろうとしていることはなんだ?

僕らが身構えていると、米原は突然涙を零す。

 

「ああ…。あと一歩だ。あとは、この小娘を殺すだけで…!!

どれだけ夢見ただろう…!嗚呼、嗚呼…!!二十年の時を経て、漸く…この終わりに向かうだけの里を救える…!!」

 

…話が少し見えてきた。分からないところはあるものの、取り敢えずヤツの目的は、「ずん子さんの神器を使って里を救おうとしているらしい。

目的は共感する。この里は、はっきりいうと限界集落の中でもひどい部類だ。若い女は里長が独占しているし、若い男はそもそも姿を見ない。

なんとかしようと動くのは、良いことだと思う。だけど、犠牲の出るこのやり方だけは、間違っている。

 

「神器を使うんなら、ずん子さんを殺す必要はないだろ」

「……いや。ずんたもんが言うとったんやけどな、神器は認めた人間しか使えへんっちゅう誓約があるらしいんや。

要するに、ずん子さん殺して、自分が次の使い手に選ばれようって魂胆なんやろ?」

 

浅はかやな、と付け足し、ずん子さんの前に立つ麗日さんと切島くん。

米原はその言葉を鼻で笑うと、手袋をした手を徐に見せた。

 

「コレが私の神器でしてね。『簒奪者ノ手』とでも呼びましょうか。

殺した人間の神器の使い手を『上書き』できる異能が備わっています。

この短剣…『旋風』は、私の親を殺して手に入れた神器なんですよ?

…まぁ、里長には把握されていたので、下手に動けませんでしたが」

「………っ、この、ゲスが…!!!!」

 

親を嫌っているとはいえ、その凶行だけは犯さなかった轟くんが、地の底から響く声で怒りを露わにする。

 

「さてと…。時間稼ぎも終わりましたし、お喋りはここまでにしましょうか」

 

米原の姿が掻き消える。

奴の個性か、神器かの判別はつかないが、気配はまだこの部屋にある。

このままでは危ない。僕たちはスーツに換装し、ずん子さんたちを守るべく陣形をとる。

 

「…思うけど、俺半裸だけど大丈夫だよな?

今さっき骨見えるくらい切られたんだけど」

「粒子状のイズクメタルが個性の発動に反応して、細胞と結合して頑丈になるから、大丈夫だよ」

「そのメカニズムは分かんねーけど、お前が大丈夫って言うなら大丈夫か!!」

 

切島くんが言うや否や、斬撃が四方八方から襲いくる。

頭を伏せるずん子さんを守るように、僕たちはその斬撃を受け止め、衝撃に声を漏らした。

 

「…っ、再生が追いついてない…!

流石は人工個性…!」

「斬撃の方向から場所を特定しようと思ったが…、ここまでやられると無理だな…!!」

「そういや、アイツ…っ、さっき室内なのに靴履いてたぞ…!!」

「高速移動もお手のものってかぁ…!?」

 

どれだけ人の血を吸えば気がすむ…!!

ふつふつと怒りが湧き上がってくる。

救うための犠牲なんて、必要ない。それを認めてしまったら、なんのためにヒーローは…僕たちは居るんだ。

これ以上、失わせないためにも、今ここでヤツを止めなければ。

しかし、相手は生身。下手に攻撃すれば、余裕で死んでしまう。

こうして悩んでいる間にも削られる鎧に焦燥感を覚えながら、思考を巡らせた。

 

「…緑谷。この斬撃、ただガムシャラに撃ってるだけだ」

「轟くん、本当?」

 

斬撃に耐えている傍、轟くんが耳打ちする。

斬撃が着弾する音で聞こえないくらいの声音だが、僕たちにははっきりと聞こえた。

 

「鎧が再生してくのは目に見えてるはずなのに、重ねて斬撃を撃ってこない。床を見る限り、狙いもバラバラだ」

「………僕たちがこの場から動けないことを分かってるだけの状態…あ、成る程」

「要するに、アイツがあの速さに慣れてねェんだろ…!」

 

動きが速くなったからと言って、相手がその速度に慣れているとは限らない。そして、相手は場所を悟られないよう、動き回って斬撃を放っている。

それらを加味すると、僕たちが取るべき行動は、たった一つ。

 

「轟くん、お願い」

「コキュートス・スパイダー」

 

轟くんが掌を握るとともに、氷が蜘蛛の巣のように広がっていく。

その途中にある氷が砕けると共に、何かが落ちる音が響いた。

 

「っし、まかせろォ!!」

 

切島くんがいち早く駆け出し、音の方向へと迫る。あんな雑な斬撃を繰り返していたヤツが、立て直しまでも素早く行える訳がない。

腕を硬化させると共に、粒子状のイズクメタルが切島くんの腕と結合し、より攻撃的に鋭くなる。

切島くんは強く踏み込むと、咆哮しながら拳を放った。

 

「いっぱァァァァァァッつ!!!!」

「ぐはぁっ!?」

 

直撃した米原は、そのまま数回バウンドして、棚に突っ込む。

その際、純那弓が吹き飛び、ずん子さんの足元に転がった。

…きりちゃんたちには、後で謝っておこう。

流石に気絶したかな、と思っていると、再び斬撃が飛んできた。

 

「………何故、どいつもコイツも理解しないんだ…!!」

 

飛び散る埃が払われ、その姿が露わになる。

鎧なのだろうか。やけに禍々しいオーラを放つ鎧に身を包み、武装する米原。

先ほどの理知的な態度は見えず、ただ激昂する怪物が、こちらを睨みつけていた。

 

「誰も、理解するわけないだろ…。

犠牲が出る方法を悩みもせず、進んで選ぶようなお前の理想なんか…!!」

「黙れェ!!この陸の孤島で暮らしていない貴様らが、『オレ』の事を分かったように語るんじゃねェ!!!!」

 

先ほどの知性は何処へやら、ただ激情を振り撒くだけの声に、僕たちは思わず肩を震わせる。

ひたすらに隠し続けていた、本性とでも言うのだろうか。副長だった仮面はすっかり剥がれ落ち、ただ暴威を振るうだけの獣が、咆哮するように捲し立てる。

 

「この里は世界の縮図だ!!一部の力あるものが好き勝手にのさばり!!その他大勢は最低限の自由さえ与えられない!!

個性という力を持たずに生まれたオレが、誰よりもこの世界の残酷さを知っている!!オレが力によって終わりに向かうだけの世界を救う…!!オレこそが、世界から個性を消し去り、平和な世界を築き上げる救世主!!

だから、オレの救済の邪魔をするなァァァァァァアアッ!!!!!」

 

世界から個性を消し去る。まずい。それだけはさせてはならない。

あかりちゃんのいたという、戦禍が人の体と心を壊していく未来。

その未来がより残酷になって訪れたきっかけは、個性の消失。

あかりちゃんをあれだけ追い詰めた世界になんか、させるものか。僕がこれから救う未来を、誰にも奪わせてなるものか。

彼の気持ちに共感は抱くが、理解はできない。したくもない。

 

「それで死人を出してもか…。アンタが、力で人から自由どころじゃない、もっと大事なものを奪ってもか……!」

「ンなモン知るかァァアアッ!!!

このカスが支配してた頃に比べりゃ、何億倍もマシだろォが!!!」

「テメェ、マジでいい加減にしろよ…?」

 

既に原型も残らぬほどにグチャグチャになった死体を、米原が強く踏み潰す。

飛び散る血肉に、切島くんがギリっ、と奥歯を噛み締め、ありったけの怒りを込めて睨みつけた。

コイツは、僕たち無個性が中途半端な心持ちで力を持った末路なんだろう。僕が先生に生き方を教えてもらったのとは違い、誰にもそれを教えてもらえなかった末に行き着いた、狂気の救済欲。

親を殺したことでタガが外れたのか、完全に暴走している、救いようのない敵。

こうなればもう、倒してふん縛るしか方法がない。

 

「取り敢えず、ずん子さんたちから引き剥がさなきゃ…!」

「……情けないお姉さんで、ごめんね」

「何言ってんや、こんなん怖くて当たり前や。情けないことないで」

「…………」

 

麗日さんは言うと、一気に間合いを詰め攻撃に参加する。

轟くんが避難を促すと、ずん子さんは多少渋りながらも、弓を回収してその場を去っていった。

 

「待てェェェエエエッ!!!」

 

瞬間。その怒号が発せられると共に、斬撃が押し寄せた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

情けない。情けなくて、涙が出てくる。

私…東北純子は、何の力も持たないどころか、一般人なら誰でも持っている個性すら持たずに生まれてきてしまった。

姉のように、神職の才に恵まれているわけでもなく、恵まれていたのは容姿だけ。アイドルになれば、自分の武器が増えて、普通に生きていけるんじゃないかと思って志し、一度だけオーディションを受けたことがある。

…言いたくはないが、「映える個性じゃなきゃね」という理由で落とされた。それ以外は完璧だったね、と慰めのように褒められて、悔しくて三日間寝込んだ。

アイドルになって、ずんだカフェを開く。この夢は、私が好きなことをするために必要な肩書きが欲しいからという、可愛さのかけらもない理由から出てきた。唯一、家族や近所の人たちから褒められて、自信を持てた容姿でさえ、個性の前ではゴミクズ同然だった。

 

少しして、妹が生まれてきた。目に入れても痛くない、甘えん坊な女の子。

この子には、私や姉様のように、苦労の多い人生を歩んでほしくない。そんな願いを抱いて、毎日のように神棚に祈った。妹を普通に生きていける体にしてください、と。

 

だけど、現実はそんな祈りを容易くへし折るほどに残酷だった。

妹も、無個性だった。少し達観したところはあると思っていたけれど、今思えば、それは一種の諦めだったんじゃないかと思う。

妹は、私が襲われたことをきっかけに、引っ越しについて来てしまったが故に、より広い世界の悪意を受けることになってしまった。

毎日のように病院に通って、「子供の個性の暴走もありますし」と宥められた。個性のない人間は、普通に生きることさえ許されないことに、妹は何も感じていなかった。

よく笑う子だったのに、少しも笑みを浮かべなくなった。私のせいだ、と毎日のように、自分を責めた。

 

そんな妹が変わったのは、去年、新学年になったばかりの頃。

担任の先生と同じ無個性として仲良くなり、毎日のように彼の家に入り浸るようになった。その中には、卒業した無個性の先輩も居るとかで、楽しくやっていると花が咲くような笑みで語ってくれたのを、今でも覚えている。

 

夏休み頃。妹が決定的に変わり始めたことを、私は妹の口から聞くことになった。

嬉しさ半分、劣等感半分だろうか。今でも甘えてくる妹を相手に、その劣等感を吐露する勇気は、私には微塵もなかった。

 

無個性という劣等を隠すためだけに、雄英普通科の枠を一つ潰して入学した私には、妹を取り巻く全てが眩しく見えた。

普通科に入ったのは、進学に有利だったからという、夢への諦めを込めた理由から。

無個性は、夢を見ることさえ許さないと思い込んでいたのに。その定説を、妹たちは呆気なく覆していった。

 

誇らしいと同時に、妬ましかった。

私はあんな風に輝けないと思えたから。私を守ってくれたこの子に誇れる姉になんて、もうなれないと思ったから。

抱き上げたこの子は、前に抱っこしてあげた時も、少し重くなっていた。

例え、由緒正しい神器を受け継いでも、私が出来損ないなのには変わりないから。

 

「……ずん子さん。アンタ今、相当酷い顔してるぞ」

「轟くん、思っても言わないでほしいな」

 

駆ける中で、轟くんが指摘する。

私が胸中を隠すように苦笑を浮かべごまかすも、轟くんは核心をつくように、私の瞳を仮面越しに見つめた。

 

「『アレ』を自分と重ねてるンじゃねェだろォな?」

 

アレ。副長…米原カズト。

無個性に生まれ、力無きゆえに奪われ続け、憤りで我を忘れ。挙句は、愛を注いでくれた親さえ手にかけた、狂い果ててしまった獣。

アレは多分、私の末路だと、私は無意識に思っていたのだろう。

轟くんの言葉に、胸が詰まるのを感じる。

 

「…与えられた愛を拒否するのは、すっげェ簡単なんだ」

「……?」

 

轟くんの顔は見えないけど。

悲しさ故か、声が少し、震えていた。

 

「…俺には、1番上の兄が居た。

…コレは、親父に最近聞いた話なんだがな。事の顛末は話さねェけど、兄は親父の愛と答えられない期待に押しつぶされて、壊れちまったんだよ。親父も同じように壊れてた。

だから、お互いにお互いの愛を拒否して…死んじまった」

 

轟くんはそれだけ言うと、私の瞳を覗き込むように迫った。

 

「頼む。俺の後輩に、俺の家族みたいな思いをさせないでくれ。

コイツの愛で、潰れないでくれ。コイツは、アンタがいなくなることを考えられるほど、大人じゃない。

俺みたいに、家族に無関心じゃない。自分の家族を、世界で一番愛してるんだ」

 

…そうだ。この子の弱さは、嫌ってほど見てきたじゃないか。

この子は、弱さを克服したわけじゃない。大阪から帰ってきたあの日。私に隠れて、嗚咽を堪えながら、ただ泣いていたあの日。

ただ、強がり方を覚えただけの、まだ小さな子供なんだ。

 

「だから、諦めないでくれ。下を向いて歩くんじゃなくて、前を見てくれ。

コイツが大好きな姉ちゃんを自慢できるように、少しでもいいから、強がってみてくれ。

コイツを守るためにも」

 

強がり方なんて、私は知らない。

だって、強がる前に諦めてきたから。争うことを捨てて、逃げてきたから。

きりちゃんの顔を見る。今更、何をやっても遅いとは思うけど。

いるはずのない神様。もう一度だけ、祈らせてください。私に、強がる勇気をください。

 

「ずん子さん!!危ない!!」

 

憤怒の獣が、私に凶刃を向ける。

私はきりちゃんを地面に下ろして弓を手に取り、その弦を引いた。

 

「未来の平和のために!!東北純子ォ!!犠牲となって死ねェェェエエエッ!!!」

「………捨てられない」

 

黄緑の閃光が、肌を焦す。風が辺りを薙ぎ、雲さえも形を変える。

捨てたものは沢山ある。諦めたものは、今更数え切れない。

でも、これだけは捨ててなるものか。

 

「お姉ちゃんであることだけは、絶対に」

 

一条の光が、辺りを黄緑に染め上げていく。

迫り来る凶刃すらも掻き消すその光景を前に、きりちゃんの声が聞こえた気がした。

 

────さすが、ずん姉様。




副長さん数十人は殺してる。
ずん子さん、劣等感まみれだった。そりゃそうだよ。この人、無個性で雄英普通科なんだし。

余談:きりたんは今の家族が大好きです。前世では物心つく頃には家庭崩壊していたので、前の自分は別人だと考えています。精神が肉体に引っ張られるのと同時に、本質もどちらかというと幼いので、余計に家族大好きっ子になってます。
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