「……らしいと言えば、らしいけど」
ずん子さんを追いかけていった米原に追いつき、僕は目の前の光景を見て、ピクピクと目尻を動かす。何が起こったのか分からず、目を白黒させている米原。
そして降り注ぐ『ずんだ餅』。
もう一度言おう。ずんだ餅が降り注いでいる。何度でも言おう。ずんだ餅が降り注いでいる。
…どう言う状況?
僕たちが目を白黒させていると、米原が悲鳴に近い声を上げた。
「つ、旋風!?旋風が…、ずんだ餅に!?」
彼が手に握っていた短剣。旋風と呼ばれる、幾人もの人の血を吸った凶刃。
のはずが、彼が握っているのは、短剣の形となったずんだ餅であった。
無論、即座に崩れて、地面に落ちる。勿体ない気もするが、今なおずんだ餅が降り注いでいる以上、今更か。
「……えっ何これめっちゃ美味い」
「…なんだこれどういうメカニズムで無から生まれたずんだ餅が美味くなんの?」
口元だけが空いている麗日さんと切島くんの二人が、降り注ぐずんだ餅の一つをひと齧りして、その美味に驚愕している。
地面を激しく抉り取った矢が生み出すずんだ餅に、皆が戦慄する中。僕はふと、あることを思い出した。
「…もしかして、このずんだ餅がずん子さんの気質ってことじゃない?
いい人ではあるけど、ずんだ狂いだし」
「なおさら、アレの手に渡らせるワケにゃいかねーな」
「あんな爆豪にクズさを足したようなヤツが撃てば、周りの奴全員アレになるぞ」
ずん子さんの放った一撃は、僕たちの気をより引き締める結果になった。
何より、旋風とやらを封じたのは大きい。ずん子さんには悪いけれど、彼女にも少しばかり力を貸してもらおう。
「ずん子さん。相手の神器、片っ端から撃ち落とせますか?」
「……ちょっと待って。
ねぇ、ずんだもん?起きてる?」
『……ん、うぅ、体が痛いのだ…』
ずん子さんの声に呼応してか、苦しげに返答するずんだもん。
どうやら、意識は戻ったようだ。
手にまとわりついたずんだ餅を引き剥がし、狼狽する米原を見て、ずん子さんは問うた。
「能力って、人には効かない?」
『へ?…ずん子が狙ったものにしか、効果はないのだ。
…ずん子とボクの相性が良すぎて、その軌跡からずんだ餅が生まれちゃうけど』
「それはこの際いいよ」
よくないと思う。確実に腐るし。
そうツッコミを入れようとしたが、取り返しのつかない死と比べれば、散乱したずんだ餅は後でどうとでもなる。
ずん子さんは狼狽する米原めがけて、弓を引き絞る。弓道着でも、手に弽があるわけでもないのに、手は一切ぶれることなく正確に相手を捉える。
その姿は、まさしく『狩人』。
「……っ、どこまでもふざけやがって…!!
この世界を平和に導く力で、こんな巫山戯た現象を巻き起こすなど、万死に値する!!!
骨の一片も残さずくたばりやがれ!!!!」
米原が怒号を放ちながら、斧を取り出し、勢いよく振り下ろす。叩きつけた地面が隆起して竜を象り、僕たちにその顎門を向け迫る。
ずん子さんはそれに臆することなく、凛、と口を開いた。
「その平和で、あなた以外の誰かが笑えるって、本当に言えるんですか」
ずん子さんが放った矢が竜を貫き、薄く弧を描くように、米原の靴に着弾する。
米原の高速移動が封じられた。僕はそれと同時に駆け出し、拳を握る。
僕の進む方向上には、ヤツを超えて、拳を硬化させて迫る切島くん。
この調子なら僕の方が速い。強く拳を握りしめて、鎧に覆われた腹を殴る。
「切島くん、おね…がいっ!!」
「かっ…!?」
「任されたァ!!」
受身を取ったのか、派手に吹き飛ぶ米原の腹部めがけて、切島くんの下からの一撃が放たれる。
一瞬の停滞と共に、上方向に吹き飛ぶ米原。
ずん子さんがすかさず矢を放ち、鎧をずんだ餅へと変える。
吹き飛ぶ米原を、険しい顔つきの麗日さんが待ち構えていた。
「こンのエセ救世主!!今まで殺してきた人の分までまとめて食らえや!!!」
麗日さんがいつの間にか両手に持っていた糸を引き、地面の一部を浮遊させる。
それを思いっきり引くと、浮いた地面に叩きつけられた米原を手前で止める。
「っ、な、なにを…」
「ふんっ!!」
米原の声を待たず、麗日さんの蹴りがヤツの顔面に突き刺さる。
それだけでは終わらない。他者の命を顧みない所業の数々には、相当頭に来ていたのだろう。
麗日さんは咆哮と共に、何発もヤツの体に蹴りを浴びせ、確実に戦意をへし折っていく。
最後の一発が原型も残らぬほどに腫れ上がった顔に突き刺さると、地面も砕け散り、辺りに散乱する。
しかし。落下していく米原は、口内に仕込んでいたのだろう。これ見よがしに出した丸薬を噛み砕き、飲み込む。
と。彼の体が即座に再生し、体勢を整えてそのまま着地した。
「残念だったなァ…!お前らと同じように、こっちにも再生手段はあるンだよ!!
しかもこの丸薬は、オレの口の中に仕込んだ神器を取り出さない限り…」
「ねぇ」
と。米原が何かを言おうとする前に、ずん子さんのドスの効いた声が響く。
皆が何事かと彼女の方を見ると。かつてないほどに怒りを露わにしたずん子さんの顔があった。
「その神器。私の幼馴染の家が受け継いでいたはずだよね?」
首筋からこめかみにかけて、血管が浮き出ている。呼吸は心なしか、蒸気のように彼女の怒気を象るように見えた。
そんなずん子さんの怒りに、米原は嘲笑で返した。
「ああ、あのアバズレ…!!一昨日あのカスに捨てられたから殺して埋めてやっ…」
瞬間。ずん子さんは弓を投げ捨て、思いっきり米原の頬を殴り、地面に叩きつける。
あまりに一瞬の出来事だった。
垂れ下がる髪が、ずん子さんの怒りに燃える顔を覆い隠す。
ずん子さんが手を構えると、弓が一人でに動き、その手に収まる。まさか、米原ごとずんだ餅に変える気なのだろうか。
僕たちが一瞬そう思うも、ずん子さんは手にした弓を引くことなく、腕を下げる。
「貴方を殺す気はない。貴方と同じ場所に落ちるなんて、私には無理です。でも、この連鎖を断ち切るのは、この弓を受け継いだ私が、屍の思いを背負ってやるべきこと。
貴方が積み上げてきた屍の象徴全て、私色に染め上げます」
ずん子さんは弓を放ち、ヤツの所持する神器を次々とずんだ餅へと変えていく。
米原は「やめろ」と半狂乱になって暴れ出すが、取り出す神器全てがずんだ餅に変えられて、ダラダラと冷や汗を流す。
軈て。彼が野望の要としていた簒奪者ノ手だけが、彼の手に残った。
「や、やめてくれ…。お願い、これだけは、これだけは…!平和のために…」
「あなたじゃない。この子たちが…。自分を削り、血反吐を吐きながら前に進む『ヒーロー』が、この最低な世界を変えてくれる。
私も、その助けになる。私も、世界を変えていく。この子たちのように、犠牲を強いることなく、自分だけを削って」
ぱすっ、と軽い音が響く。
野望を打ち砕く音。野望が崩れ去る音。
全ての積み重ねが無駄になり、取り戻すことさえ叶わなくなった右手を見て、ワナワナと震える米原。
ずん子さんはその上から退き、告げた。
「お前の救済なんて、誰も求めない」
米原が甲高い絶叫と慟哭を放ち、その場に崩れ落ちる。
全てを失った男を横に、ずん子さんは弓をずんだもんに戻し、その頭を撫でた。
「…ありがとう。私に、力をくれて」
「ありがとうなのだ。ボクを正しく使ってくれて」
爆豪くんたちは救助に成功して、先生のところに引き返しています。
後日談は次回に。
次回から一年生編最後の章…「韋駄天、芸術に足を止める」が始まります。この時点で誰が出るかわかってしまう…。