そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


韋駄天、芸術に足を止める
春空は曇り


あの魔窟から帰ってきたのは、新学期が始まって一週間後だった。

なにせ、数えきれないほどに大量の死体が発見されたのだ。加えて、違法性のある媚薬を焚いていたことや、何人も廃人と化した女性も発見されたことで、里の異常性が大々的に報道されることとなってしまった。

 

無論、僕たちも事情聴取を受けることとなり、今度こそバレるかと思ったが、口裏を合わせていたのに重ね、副長さんが廃人同然に受け答えが出来なくなったらしく、緑谷くんたちの正体がバレることはなかった。

神器は純那弓とあの錫杖…そして、東北家が有するものを除き、大半が消えたか、ずん子さんによってずんだ餅にされてしまった。

消えたものに関しては、ずんだもん曰く、「神器が里に愛想尽かして永遠咲に帰った」とのこと。

 

ずんだ餅に関しては、緑谷くんが全てを回収し、付着した土やら菌やらを払い、十分に食べられる状態にして、食糧問題で困っている場所に配り歩くことにしたらしい。

その量は、あのあかりさんでさえも全体の半分だけを食い尽くし、「もう無理です」と白旗を上げる始末。胃袋の容量というより、ずんだ餅の味に飽きたようだったが。…いくら美味でも、アレだけ食べればそうなるか、と妙な納得を覚えた。

それでも相当な数が残っているので、配り歩き、少し前になってようやく全てを消費できたところなのだ。

 

座敷牢に閉じ込められていた人たちはというと、外の人もいれば、里の人もいたらしい。なんにせよ、僕たち以外の人間は揃って入院することとなったようだ。何人か、死んでしまった里長の子を産んだ、または身籠った人も居たらしいが、子供の処遇に関しては、音街家が責任を持って里親を探してくれたらしい。無事に全員引き取られたと聞いた。

ただ、捕まっていた男連中は僕たちを除き、全滅していたとのこと。どれも真っ二つに切られた形跡があり、あの副長が処理を行なっていたことが窺える。

 

悪習と衆愚に振り回された被害者として、東北家の皆様は世間からの同情を向けられ、折寺へと越してきた。

永遠咲は緑谷くんのラボに運び込まれ、東北家はすっかり「普通の家族」としての生活を送っている…というのを、その家の近くでテント暮らしをしている少女…四国めたんから聞いた。

情報料は商店街の肉屋のコロッケだった。僕に扶養されてるのは覆しようのない事実なのだから、いい加減家に入ってきて欲しいのだが。

 

そして、緑谷くんがクソみたいな集会で絶叫したのを最後に、一月は既に終わり。

今は不安を抱えたまま迎えた2月末。冬場の寒さが和らぎもせず、学年の終わりが見える中。僕は一枚の招待券をまじまじと見つめていた。

 

「先生、どうかしました?」

「……六年前、バイトで世話した子供から、こんなものが届きまして」

 

相変わらず、僕の家に入り浸るクソガキと緑谷くんが、僕の持つ招待券を覗き込む。

この二人、こういうのに興味なさそうだが。

 

「えっと…、サイン会?『春空』…?」

「これで『はる うつほ』というペンネームらしいです。現在17で、一年前から小説家をしてるんですよ、その子」

 

この子の親が、「中学受験をさせたい」と希望し、塾に入れたことから、この子との関係は始まった。

その塾は、将来の心配全てが終わった僕が、暇を持て余して入った、最初で最後のバイト先だ。しかし、この塾は受験期の高校生も多く通っており、必然的に受験生でない小学生への優先順位が低かった故に、その一年だけは、もっぱら僕が面倒を見ていたのである。

今でも連絡を取り合う中であり、聡明中を卒業し、普通科ではあるが、雄英に受かったと聞いた。無個性だし、仕方ないとは思うが。

…二年連続でずん子さんのクラスメイトだったらしい。「ずんだ餅が好きな子が今年もいた。ずんだ餅そのものに嫁ぎそうな勢いの狂気じみた愛を感じる」と文体からも戦慄していた。

 

「17の高校生が小説家でサイン会ですか。世の中わからないもんですね」

「ラノベ…はタイトルと出版社からしてなさそう。純文学ですか?」

「ええ。ちょっとファンタジックでセンシティブですが」

 

まぁ、あの文体なら分かりそうにはないが。

出版されるたびにいただいて、暇つぶしのために読んだことがある。

恋に恋する純愛モノから、母を求めて源氏物語ばりの歪んだ努力を繰り返すレズビアン作品など、愛の描き方には余念がないように感じた。

18の女が母に似た幼稚園児に赤ちゃんプレイ…18の方が赤ちゃん側…をかます表現には物議を醸したらしいが、中にはもっと攻めた表現があったからと通ったらしい。それを差し引いても、美しい言葉遣いではあったが。

と。緑谷くんが何かに気づいたようにあたりを見渡すと、「うぉっ」と声を漏らした。

僕も同じようにそちらを向くと。かつてないほどに目をかっ開いてこちらを見つめている轟くんの姿があった。

 

「うぉおっ…」

 

ビビった。

普段ダウナー気味な彼が、ここまで興味を示したのは初めてだ。…その眼光は、死ぬほど怖いが。

 

「先生。春先生と知り合いってのはマジか?」

「……え、ええ。まぁ…」

 

食いつきがすごい。息がかかるほどに近づくに彼に、僕は思わず身を引く。純文学を嗜むことは知っていたが、ここまでとは思わなかった。

 

「…一緒に行きます?ヒメちゃんたちも」

「行く」

「本は苦手だけど行くー!」

「わ、私も…」

 

コレは、何人か連れていかなきゃダメなパターンじゃなかろうか。

僕はそれに戦慄しながらも、ため息を吐いた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

私立聡明中。摩天楼が揃い並ぶ東京の中、最新の設備を導入して、生徒の学びに力を注ぐ日本有数の進学校。

雄英ヒーロー科への進学率も高く、毎年一人は聡明中出身の生徒が居るという逸話があるほど。無論、逸話などではなく、創設以来学校に携わっている教師からは、「毎年一人、多い時は三人は合格者が出る」という話が聞ける。

 

そんな誉れある学校故に、中学受験とは言え、倍率は驚異の60倍。推薦もハードルが高く、まずもらえないと考えた方がいい。それに勝ち抜いたとしても、ハイスピードかつ難解な授業に根を上げて、公立に戻っていく人間もしばしば居る。

 

そんな激動の一年を終える目前。学年末試験も抜かりなく対策し、ボクこと「飯田天哉」は、学年一位の称号を冠した結果表を手に、軽く拳を握る。

この調子ならば、模試の判定も明るいのではなかろうか。そんな考えが頭をよぎるも、その油断はいけないと気を引き締める。

ボクの手には、もう一つ紙がある。そこには、全国模試の結果が書かれている。

今度こそ、と願うように、僕は勢いよく紙を開いた。

 

「…緑谷出久、爆豪勝己、轟焦凍、八百万百…、飯田…」

 

五位。以前までは三位だったというのに、急激に落ちたように感じる。

特に満点続きで、監視を幾人も用意された部屋で解いていたと言う緑谷出久。今回もまた、彼の名の横には、これ以上付け足しようのない点数が刻まれている。

一方で自分の点数を見る。そこには、緑谷出久の点数から五点だけ落とした数字が刻まれていた。

 

「………はぁ」

 

家族は「十位以内なら落ち込むことはない」と慰めてくれるが。それでも、この結果には、自分自身が納得ができない。

ヒーローというのは、皆の模範となる者の称号。模範となることを目指すのであれば、向上心を捨ててはいけない。

その最大の壁と言えるのが、この「緑谷出久」であった。どんな人物かはわからないが、さぞ向上心に溢れた、勤勉な人物なのだろう。ボクも見習わなければ。

次の全国模試に備え、春休みの間は今回の反省を活かそうと心機一転すると。

見覚えのある人間が、こちらに近づいてくるのが見えた。

 

「桜乃先輩、こんにちは!」

「はい、こんにちは」

 

桜乃そら。文学に傾倒したが故に著しく視力を損なったメガネが映える、おっとりした性格の先輩。

無個性の苦悩を描いた「畜生の慟哭」という作品で、純文学界に電撃デビューを果たし。多種多様な作品を脅威的な速筆で生み出してきた経歴を持つ小説家。

ボクと彼女の出会いは、互いの両親が友人であるという、ありふれたドラマチックさのカケラもないものだった。一番古い記憶で言えば、幼少期の頃、何度か世話をしてもらった覚えがある。

普通は進学と共に疎遠になっていくが、はからずしも、彼女の軌跡を追いかけるような形で進学した今でも、まだ関係は続いている。

 

「今日、雄英も試験期間ですか?」

「んー…。普通科は違うけど、ヒーロー科とかサポート科とかがね」

 

基本的に、雄英が教育に力を入れるのは、ヒーロー社会を支える人間たちだ。教師が揃ってプロヒーローであることにも、その教育方針に起因したものである。

それ故に、普通科の授業はせいぜい「進学校」の範疇を出ないと聞く。それでも、ヒーロー科移籍に加え、国立大学はおろか、海外の有名大学ですらも視野に入れる事ができるネームバリューと教育内容から、普通科を受験する人間は星の数ほどいる。

しかし、普通科に受かったとて、そのまま三年間を過ごす人間は、実は少ない。何故なら、ヒーロー科やサポート科など、花のあるコースへの「劣等感」という、抗い難い敵が潜んでいるから。

 

目の前の桜乃先輩は、そこに無個性というハンディキャップを背負いながらも、注目される小説家として名を馳せている。

模範となるべき存在とはまた違った、努力の結晶。

因みに、ボクは彼女の著書を愛読している。

多用されるセンシティブな表現ですらも官能的とは思えず、ただただ流麗な言葉遣いに感嘆の息を漏らしていたことを思い出す。

ボクは、困難を踏み越えていった彼女に、一種の憧れを抱いていた。

 

「飯田くんは、今日やけに浮かない顔ねぇ。どうかしたの?」

 

桜乃先輩が顔を覗き込んでくる。

ふわり、と香るシャンプーの香りにドギマギしながら、詰まった返事をする。

 

「…ああ、いや。自分が情けなくて。少し、悔しさに浸ってました」

「……そんなに点数悪かったの?」

「悪くはありません。決して悪くは…、ないのですが」

 

ボクは言うと、結果用紙を彼女に見せる。

まじまじとそれを見つめると、桜乃先輩は「あっ」と短く声を上げた。

 

「……緑谷って、もしかして」

「知り合いなのですか?」

 

ボクが問うと、桜乃先輩は首を横に振った。

 

「直接会ったことはないけど…。

お世話になった人の元生徒さんで、よく名前が出てくるの。

なかなか人を褒めないあの人が、『世界一の努力家』って、自慢してた」

「世界一の…努力家…」

 

どんな人間なのだろう。

同い年でどれほどの努力を積み上げて、「世界一の努力家」という賞賛を受けるに至ったのだろう。

会ったこともないのに、興味は尽きない。

そんなボクの態度に気がついたのか、桜乃先輩は、優しげに笑みを浮かべた。

 

「今週の土曜日、あそこのモールでサイン会があって。先生も誘ってるの。

緑谷くんに会わせてって頼んだら、連れてきてくれるかもよ?」

「え…?あ、いやっ。その、会ったことのない彼に迷惑かもしれないし…」

「じゃあ、世界一の努力家を育て上げた先生に興味はない?」

「………それは、まぁ」

 

ボクは軽く頷くと、桜乃先輩は「じゃあ、決まりね」と言って、右手にチケットを握らせる。

そのまま去ろうとする先輩に、ボクは深々と頭を下げた。

 

「ご両親のことで大変なのに、ありがとうございます」

「…ううん。私がやりたいことだったから」

 

去り行く先輩の顔は、浮かないものだった。

 

彼女の両親が行方不明になって、ちょうど一年。未だに、影すら発見されていない。




聡明中はクソエリートらしいので、クソエリートらしく書きました。
ちょい役めたんちゃん。これからも度々出てきて焚き火とかバイトとかしてると思う。ちなみにバイト先はセイカさんと同じスーパーでバイトリーダー。

…ゆかりさんとマキちゃんまで遠いなぁ。いくらこの二人を後回しにしてるとは言っても、ボイロの二次創作で、ここまでこの二人が出ないとかある?

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