「…人気だとは聞いてましたけど、まさかここまでとは」
「女子高生と合法的に話せるから…とか邪な気持ちで参加してる人も居そうですけど」
サイン会当日。僕たちは訪れた会場に並ぶ長蛇の列に、深いため息を吐く。
今日、僕と同行しているのは、あの子からの頼みでついてきてもらった緑谷くん、その付き添いのあかりさん、轟くん、ヒメちゃんとミコトちゃん、そしてつづみさん。
つづみさんに関しては、最終学歴が中学卒業で終わっているため、なんとか言葉の知識をつけようと愛読しているのが、彼女の小説なのだそう。人と接するのを苦手としているから、言葉の選び方を本から学んでいるらしい。
因みに。僕たちは遠慮なくズバズバと思ったことを言うので、全く参考にならないと言われた。
爆豪くんたちも同じショッピングモールに訪れており、そちらは別の展覧会に行く模様。保護者役にはセイカさんを派遣しているが…まぁ、彼女のフォローを苦痛に思わない切島くんがいるんだし、大丈夫か。
僕がそんなことを思っていると。緑谷くんがパラパラとパンフレットを二つ見比べた。
「んー…。よくブッキングさせようとか思えましたね。片や今話題を掻っ攫う小説家、片や特に話題に上がりそうもない彫刻家…。
彫刻家の人に同情します」
「正直にモノ言いますよね君」
「先生の影響ですよ」
爆豪くんたちが向かうのは、無名の彫刻家が開催すると言う展覧会。
小春さん曰く、相当な金を積んで開いたものらしいが、マイナー故に作品がどんなものかを知る人間はそこまでいないらしい。今回、爆豪くんたちがそれに訪れることになった理由は、審美眼を鍛えるためとのこと。
なんでも、音街さんの祖父が、爆豪くんにテストをするらしく、やれるだけのことはやっておきたいと言っていた。
「展覧会のパンフレットに作品の写真は載ってたりするんですかね?」
「写真はありますね。ただ、興味をそそるためか、全部モザイクにしてあります」
「そんなことしても、全くない興味を煽ることは出来ないでしょうに…。
致命的なレベルで宣伝下手ですね」
マイナーな理由がわかった気がした。
行きもしない展覧会に話題を掻っ攫われたものの、列に動きがあったことで、即座に話題が戻る。
「春空さんって、どんな人なんですか?」
「おっとりしていて、非常に物腰柔らかな女性ですよ。ずん子さんの方がよく知ってると思いますが」
「帰ったら聞いてみようかな」
東北家の面々は、今日は家族で羽を伸ばすために映画鑑賞に向かうと聞いた。一等星最大のクソガキのお守りをしなくてもいいと思うと、寂しい気もするが、それ以上に解放感が胸中を支配する。
今日くらいは普通に羽を伸ばしたい、と思いつつ、列が動くたびに小さく歩みを進める。
そんな中、轟くんがふと、あることを口にした。
「…ん?なんでそこでずん子さんの名前が出てくるんだ?」
「ずん子さんのクラスメイトですからね」
「………雄英普通科か?あそこ、小説書きながら行けるのか…?」
轟くんの問いに、即座に首を横に振る。
僕には雄英高校に通った経歴はないが、その方針は嫌というほど知っている。
「普通なら、勉強に追いつくだけで精一杯なので、まず創作活動とか無理ですね。
部活も同じく、勉強に追いつくためにやらないって人がそこそこいますね」
「雄英が弓道部以外でインターハイ出場とか聞かないのって、人少ないからか」
「そうですね。時間が比較的取れて、人数もいる普通科の生徒が主軸になるのが必然的ですし」
「…ヒーロー科への移籍とか大変だろうな」
「ええ。冗談抜きで過労死しますよ」
まず勉学に追われるため、普通科からヒーロー科へ移籍というのは、かなりハードルが高い。それこそ、普通にヒーロー科を受験した方がまだ可能性が高いという始末。
移籍したとして、遅れを取り戻すべく普通の授業に加えて、特別補習を受け続けて倒れそうな日常を過ごし。
そこまでして漸く「雄英卒業」という称号と共にプロデビューを果たすことを許される。
ヒーローという職業が敷居が高い理由の一つとして、ヒーロー科は「過労死」の三文字がチラつくほどに多忙という致命的な理由がある。それでもなお人気があるのは、給料の良さか、はたまた目立つからだろうか。
そんなヒーロー科の忙しさを抜きにしても、雄英の授業はレベルが高い。
SNSでは「普通の授業」と称されることが多いものの、スピーディなのに加えて、テストが絡め手問題ばかりのため、範囲を正確に覚えぬ限りはまず赤点落ちが確定する。
そのため、勉強にかなりの時間を費やさない限りは、卒業すら危ういという。
「…そんな忙しい中で5冊も本出してるとか、ヤベェな」
「……そうじゃん!こんだけの文字数を量産できるって、どんだけ速筆なの!?」
…しまった。余計なことに気づかせた。
僕と彼女の交流が続いていたのには、少しばかり訳がある。彼女が小説家を志したきっかけが、何を隠そう僕なのだ。
無個性故に、これからの苦労を想定して潰されそうになっていた彼女に、「少しは肩の力を抜くことを覚えると良いですよ」と差し出したのは、僕が当時、卒論のために読み耽っていた「猫町」。少しならば、不思議の世界に逃げても誰も文句は言わない、と諭したところ、彼女はものの見事に純文学に取り憑かれた。
1ヶ月で本の読み過ぎが原因で視力が急激に悪化したものの、それと引き換えに驚異的な速読術を獲得。中学に進学した彼女を受け持つことになった友人曰く、「一時間で学級図書全部読破されてるんだけど、お前あの子に何したの?」と突っ込まれた。
執筆を始めたのは、中学一年生の頃。拙いながらも出来た作品を僕に見せにきた時は、「ありきたりな作品だな」程度にしか思わず、その感想をそのまま伝えた。
異常に気づいたのは、そこから1ヶ月後だった。十万文字にも及ぶ物語を、たった1ヶ月で書き上げ、僕に見せにきたのだ。
緑谷くんのことも相まって、胃痛が酷かった記憶がある。いや、今でも結構大荒れなんだけど。
もしかして、勉学そっちのけで執筆活動に傾倒しているのでは、と思ったが、友人曰く「文系科目に関しては言うことなしだし、理系科目も上位20には入ってる」と返された。
要するに、異常なほどに速筆だったのだ。
内容が空っぽかと言えば、それもなく、寧ろ考え抜かれた流麗な言葉遊びの数々に、思わず悲鳴に似た声が漏れたのを覚えている。
デビュー作…「畜生の慟哭」。あの作品は、書き始めてから三日で出来たという。そんな作品が出版社の目に留まり、果ては受賞しているのだから、彼女の異常性を語るには十分な情報であろう。
無論、彼女にも欠点があるわけだが、それは今語るべきことではない。
「…まぁ、速筆に関しては、彼女の努力の賜物だと思いますよ。
緑谷くんも長期休みのたびに論文を量産してしまうんですから、速筆に関しては人のこと言えないのでは?」
「…あ、そっか。速筆くらいだったら頑張れば出来るもんね」
「『頑張れば』がここまで重い人って中学生の中にいる?」
「コイツくらいだろ」
そんなことを話していると、ようやく先頭が見えてきた。
サインされた本を抱きしめ、愛を熱弁するファンを前に、笑みを浮かべながら真剣に受け答えし、きっかり30秒で会話を終わらせる少女。
背丈や体つきは変わっているが、六年前に世話した彼女が、そこに座って佇んでいた。
「大人の女性ってカンジがする人だね」
「ショート、ああいう人、好み?」
「や、ちょっと抜けてるとことか、子供っぽいトコとかある子が…って何言わせんだ」
轟くんが二人を軽く小突き、笑い合う。どうやら、轟くんの恋愛対象に、あの子は入らないらしい。
ヒメちゃんとミコトちゃんって、誰かと付き合うことになったらどうなるんだろうか。一応は同一存在だけど、戸籍上は二人なのだから、果てしなく面倒なことになりそうだ。
……よし。このことは、轟くんに丸投げしよう。二人とも轟くんにゾッコンだしな。
そんなやり取りをするのも束の間、いつの間にか僕たちの番が回ってきた。
彼女は僕の顔を見つけると、軽く手を振る。
返さないという選択肢を取るほど、人を捨てていない僕は、彼女に手を振り返した。
僕たちは特にサインに興味はないため、大ファンである轟くんが先陣を切って、ギクシャクとした動きで彼女に歩み寄る。
「はい、お名前をどうぞ」
「と、轟…、焦凍です。あ、名前はカタカナで結構です」
「カタカナですね。わかりました…はいっ」
彼女はスラスラと差し出された本にサインを書くと、轟くんに返す。
轟くんはそのサインを確認すると、少しばかり目を見開いたのち、こちらへと戻ってきた。
このまま邪魔をしてしまうのも忍びないな、と思い、僕たちは列から離れる。
ある程度離れて、人気のないベンチに座ると、轟くんはこれ見よがしにサインの書かれた本を開いた。
『13時ごろ、二階にある定食屋で待っていてください。会わせたい人がいます』
サインの下に、読めるか読めないかくらいの小さな文字で、その文言が書かれているのを見つけ、皆で顔を合わせた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……っはぁ〜…。気が滅入るわ…」
「爆豪が言うって、相当だよな…。や、俺も気分良くはねェけど…」
展覧会場にあるソファにて、俺は座り込みながら、深いため息を吐いた。
審美眼を鍛えるために来たは良いが、周りに立ち並ぶ彫刻は、どこのホラー映画のセットだとツッコミたくなるような薄気味悪いものばかり。
それは、人の手首の集合体が蝶を象っている彫刻や、何を表現しているのかはさっぱりわからないが、見ているだけで気分の悪くなるバケモノがこちらを睨みつけている彫刻と、規則はないものの、揃って「不気味」であることは確かだった。
特にひどいのは彫刻の目玉の集合体でオブジェ。あれを見た途端、自分でも情けない悲鳴が喉奥から漏れ出た。
音街はすっかり俺に引っ付くオナモミみたいになっている。ポンコツに至っては、切島を抱きしめなければマトモに動けないくらいにビビり散らしていた。
「夢に出てきそうなくれェ気色悪ィよ…。
…サイン会の方ついてけば良かった…」
「俺ァ作ったやつの顔が見てみてェ」
「やめといた方がいいと思うぞ…」
ここまで気色悪いデザインであれば、二束三文にしかならないだろうが、使われている技術はかなりのものだ。
デザインの傾向さえどうにかすれば、充分値がつく代物は作れるだろうに。
こんなモンばっか作るからマイナーなんだろ、と思いつつ、ソファから立ち上がった。
「おい、音街。もう帰るから、引っ付くのやめろや」
「……むり」
「しゃーねぇ。おぶってやっから、セミみたいに引っ付くな。服が伸びる」
「…………ん」
このまま帰せば、確実に小春に殺される。
お姫様の機嫌取りも楽じゃねェな、とため息を吐き、音街を背負う。
切島はポンコツに抱きしめられたまま、俺の後ろについて回った。
「…そォいや、麗日は?」
「ついなちゃんが展覧会場前で震え始めたから、気晴らしにゲームセンター行くって。
…案外、この作品群、悪霊の類が宿ってたりしてな」
ま、ンなモンいるか知らねーけど、と付け足す切島に、思わず同情の視線を向けた。
「………無知が羨ましいことってあンだな」
「なんか言ったか?」
「なんも。細けェコト気にすンなタコ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
その頃、ゲームセンターでは。
「……だァァァァっ!!また落ちたァ!!」
「あの、姉ちゃん?もうそろそろお金…」
「いやっ、まだや…!そんなモンやないやろ根性見せんかいこの貧弱アームゥゥウウっ!!」
クレーンゲームに惨敗している麗日を宥めるついなの姿があった。
進学校選んで勉強やら部活やらに追われてブッ倒れたって話、結構聞くからね。仕方ないね。