「みなさん、初めまして。春空改め、本名『桜乃そら』です。
『桜乃』って書いて、『はるの』って読むんですよぉ」
間伸びした口調で自己紹介を済ませるそらさんに、生徒たちが軽く頭を下げる。
そらさんの隣に座るのは、生徒たちと同い年の少年。メガネに整った髪、しゃっきりとした姿勢からして、真面目な子なのだろう。
この子が「会わせたい人」なのだろうか。少しばかり申し訳なさそうにしながらも、真っ直ぐに僕たちを見つめる。
「で、こちらが…幼馴染…って言うのかな?親ぐるみの付き合いがある、飯田天哉くん。
先生がよく話題に出す『緑谷くん』と同い年の子なの」
「どうも、初めまして」
「どうも、水奈瀬コウです。小学校の教師をしています。初めまして」
丁寧なお辞儀に、僕もまたお辞儀を返す。一等星のメンバーに足りないのは、こういう真面目さだと僕は思う。
そんなことを思っていながら、僕は生徒たちに視線を送り、自己紹介をするように促す。
「緑谷出久です。えっと…、好物はカツ丼」
「轟焦凍です。好物はざる蕎麦」
「鳴花ヒメでーすっ!好きなのは梅干し!」
「鳴花ミコト…です。好きなのは、梅サイダーです…」
「紲星あかりです。好物は食べ物です」
「鈴木つづみ。コウくんの妻で、好物はミルフィーユミルク鍋」
あるある。自己紹介で何を付け足すか迷って、結局無難な着地点になるの。
飯田くんはと言うと、暫し考え込んだのち、「ボクの好物はビーフシチューだ」と付け足した。そらさんまでもが「私は桜餅が好き」と言い出す始末。…これは、僕も言った方が良いのだろうか。
僕がタイミングを伺うも、口を開く暇もなく飯田くんが緑谷くんに迫った。
「君が、あの緑谷出久くんか…!」
「……あの…、って言うと…?」
「謙遜せずともいい。君は周囲から『世界一の努力家』と呼ばれるほどに勤勉な人だと聞いている。全国模試の輝かしい功績と言い、君が積み重ねてきた努力は、ボクには想像も出来ない…!!」
「せ、世界一の努力家って…。努力くらいなら誰でも出来るんだし…」
誰でも出来てたまるか。
頻繁に倒れたり顔中から血を噴き出したりしながら、気を失っても根性で起きてノートに向かうなんて、普通の人間に出来るわけがない。それこそ、緑谷くん並みにブレーキが壊れているタチでなくては。
皆も薄々そう思っているのか、遠い目をしながら、お冷やを呷る。
飯田くんはと言うと、「努力は誰でも出来る」という言葉に感銘を受けたのか、打ち震えていた。
「コレは参考にしない方がいいわよ。自分の体なんてお構いなしなんだし」
「お、奥さん…、辛辣…」
ナノマシンのお陰で無茶が出来る体になっているとはいえ、その無茶は今でも続いている。流石に顔中から血を噴き出すことや、知恵熱で突然ぶっ倒れることは無くなったが。
それでも、ノート五十冊をたった半日で、計算やら設計やらの用途で使い尽くし。浮遊大陸の一角を爆発させる事故を数回にわたって起こしても、即座に机に向かう姿は、依然変わらず狂気的だ。
「自身の体さえ顧みぬ努力…!?
一体、どんな…!?」
「んー…。特別なことは何もしてないし、ただ問題に向き合ってるだけ。普通の勉強に変わりないよ」
「顔中から血ィ噴き出すくれェ脳を酷使する行為を勉強って言い張るコイツの根性が未だに分からん」
あー…。轟くん、思ったことをそのまま口にしてしまったのだろうな。
覆水盆に返らず。口をついて出た言葉に気づいて、轟くんが思わず手を口に当てるが、もう遅い。
飯田くんが目をパチクリと丸くしながら、テーブル越しに緑谷くんに詰め寄った。
「顔中から血!?それは勉強というのか!?一体何を…」
「ノート見る?今、一冊だけ持ってるけど」
「み、見せてくれないか…?」
怖いもの見たさなのか、飯田くんが言うと、緑谷くんは快くリュックサックからノートを一冊取り出し、差し出す。
アレ、確か今使ってる、新装備開発の設計図じゃなかったろうか。渡していいの、アレ?
僕がそんなことを思っていると、ノートを開いた飯田くんが何度も緑谷くんとノートを見比べる。
「…なっ、…え…、……はっ…!?」
「………あ゛」
渡すノート間違えた、って顔が言ってる。
ダラダラと冷や汗を流す緑谷くんに、言葉を失う飯田くん。そらさんもノートを覗き込むと、「まぁ」と声を上げた。
「あ、それ…、あの、勉強用じゃないやつですハイ…。その、返してください…」
「……この数式、以前見学した雄英のサポート科で見たことがあるような…」
「確か、難問指定されて、まだ解かれていなかったよね。すごいのねぇ、緑谷くん。答え出しちゃってる」
「…………ハイ、恐縮デス…」
小説のネタとして逐一情報を仕入れている彼女からすれば、知らぬ筈がなかったわけか。
「なんでそんな数式書いてんだお前」と言いたげに轟くんが睨め付けると、緑谷くんは「しょうがないじゃん!ソレ使うしかないんだから!」と反論するように視線を返す。
「……成る程。ボクがしてきた努力は、まだまだだったと言うわけか…!!」
「いや、あの…。僕、無個性だから必死に勉強してるだけだからね?」
「いや、努力に無個性も個性も関係ない!
ありがとう、緑谷くん!」
「あ、えと、……何かしたっけ、僕…?」
真面目な気質だから、緑谷くんの努力の一端を感じ取って、気を引き締めたんだろうな。
手のかからなさそうな生徒だが、いろいろなものを背追い込みすぎて、いずれ潰れるようなタイプと見た。そらさんと非常に良く似た生徒だ。
「君と似た子ですね」
「あら、そうですか?私、もうちょっと不真面目だったような気がしますよ?」
くすり、と笑うそらさんに、僕は呆れを込めたため息をつく。
ふと、僕は彼女の両親のことが頭をチラつき、口を開いた。
「そういえば、ご両親の話題をここ一年聞きませんが…」
「っ……」
一瞬。ほんの一瞬だけ、朗らかな笑みが崩れ、悲しげな瞳が露わになる。即座に彼女は笑みで繕ったが、この話題についての追及はしない方が良さそうだ。
…ただ、僕の周りに座る生徒たちが黙ってるかどうかと言えば、首を横に振るが。
彼女に追及はしないだろう。ただ、勝手に周りを調べ上げ、勝手に解決して、勝手に助けるだけだ。…黙っているだけの筈だったのに、いつの間にか彼らを認めていた僕も、ソレに加担してしまっていることになるのだろうか。なるのだろうな。
バレたら後が怖いな、と思いつつ、注文した料理が運ばれてくるのを待つ。
「話したくなさそうなので、追及はしません。相談してもらったところで、一介の教師が出来ることなんてたかが知れてますし。
…ただ、弱音の受け皿にはなりますよ」
「……先生は相変わらず、出来ないことは出来ないってきちんと言ってくれるのね」
「裏切られた時の絶望は、抱いていた期待や信頼に比例しますから」
…少しばかりカッコつけてはみたが、僕という人間は基本的に何の力も持たない一般人である。
誰かと繋がることで、僕という存在は初めて役に立つことができる。緑谷くんも、僕は少しばかり背中を押した程度で、彼の知識の大元は茜さんだ。
だから、僕に困り事を相談されても、僕が解決に導くわけではない。答えを知り得る人間を紹介することしかできないのだ。
こんな他力本願もいいところな一般人を、世間を容易く掻き乱すような超人たちが先生と慕ってくれる。居心地の良さもあるが、自分がつくづく、一人では何もなし得ないただの教師だという現実が突きつけられる。
…まぁ。そんな教師を演じることに人生をかけてきた僕からすれば、なんの苦にもならないのだが。
「…教師ならば、嘘でも『助けになる』と言って聞き出すものではないか?」
そんな思考に浸っていると、飯田くんが僕に問うた。
少し怒っているのか、それとも呆れているのか、険しい表情だ。無理もない。教師という存在は、誰かに寄り添って当たり前という生ぬるい風潮がこの世の真理としてある。
本来、教師は寄り添うことが仕事ではない。どんなに叩きのめされようが、立ち上がることを教えるのが役目なのだ。寄り添うことなど、そこらの子供でも出来る。
僕はお冷やを呷り、口を開いた。
「それはヒーローの仕事です。僕の言葉で現状が何か変わりますか?僕の言葉で、そらさんのご両親を助けることは出来ますか?
なんの積み重ねも持たない、解決するための知恵もなければ力もない人間が吐き出す言葉ほど、軽いものはありません。
そんな軽い言葉で、そらさんを傷つけるくらいなら、『傷を抉らない』ことだけ伝えて、自分には出来ないと伝える方が何倍もマシです」
前は、軽い言葉ばかりを吐き捨てた。
言葉に篭る重みは、言葉を発する人間の覚悟と、今まで何を積み重ねたかで決まる。
僕は非力ではあるが、無力ではないつもりだ。故に、軽はずみな発言が引き起こす悲劇を知っている。
ここまで全て、飯田くんに伝える気はない。これは、ヒーロー云々関わらず、人として生きる限り付き纏う問題なのだ。
僕の発言を聞いた飯田くんは、少しばかり考えたのち、頭を下げた。
「……申し訳ありません。考えなしに言ってしまって」
「いえ、君の意見はもっともですよ。ただ、僕がソレに答えられるほど強くなかっただけの話です。
…ただ、僕の代わりに解決に導けそうな人は紹介しますよ」
僕はすらすらとメモ帳にある番号を書くと、そらさんに渡す。
「あー…。確かに、適任ではありますよね」
「諸々に目を瞑れば…ですが」
そこにある番号は、「世界一の自由人」が持つ連絡網が書かれている。
そらさんは笑みを浮かべると、「ありがとうございます」とそのメモをカバンの中へとしまう。
…なにも、その人だけが動くとは言ってませんけどね。
爛々と輝く瞳の『ヒーロー』たちに、僕はため息をついた。妖怪にでも取り憑かれてるような気分だった。
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「姉ちゃん、あの、人によって向き不向きはあるから…」
「……どォいう状況だ」
ゲームセンターにて。
四つん這いになって本気で落ち込んでいる麗日を尻目に、俺はなんとか宥めようと試みる如月に声をかける。
その手にはクレーンゲームの景品用だろうバケツサイズの菓子が抱えられており、先ほどまでゲームに興じていたのが見て取れた。
「あ、あの…。お茶子の姉ちゃんが…」
「カッコつけようとしたは良いけどクレーンゲームに散財して一個も取れず、如月があっさり取っちまったとかか?」
「爆豪の兄ちゃんよぉわかるなぁ」
「言わんといて!!堪忍や、堪忍してぇや言わんといてぇ!!」
「うるせぇ騒ぐな死ね」
投擲のコントロールは寸分違わぬ腕を見せるというのに、クレーンゲームはこの有様か。
呆れながらも、「おら立てや近くにいる俺らが恥ずかしいだろォが」と説教して、麗日を立ち上がらせる。
切島はというと、ポンコツと一緒にフードコートに行かせて席を確保してもらっている。
食欲が無くなりそうなモンを見たが、それでも腹は減るものだ。なんでも良いから腹に入れておきたかった。
何を食おうか、と考えていると、おぶっている音街が俺の肩から顔を出し、如月に問うた。
「ねぇ、ついなちゃん。もう平気なの?」
「うん。あそこから離れたら、気ィ楽んなったわ」
「…血筋の関係で、なんか感じたのかもな」
「……やろぉなぁ…。なんや、『こっちくんな』って怒っとる感じがしたわ」
……ん?ああいう手合いは、寧ろこちらを手招きするんじゃなかったか?
以前、イタコの仕事にたまたま出会した時、そんな説明をされた覚えがある。俺が疑問に思っていると、切島からメッセージの着信が来た。
「………あン?」
メッセージには、端的に「たすけて」とある。一体なんだ、と思いながら、俺は携帯をしまい、踵を返した。
「さっさとフードコート行くぞ。切島が面倒ごとに巻き込まれてるってよ」
「面倒ごとってなんなん?」
「俺ァ知らん聞くな死ね」
願わくば、ポンコツのやらかしが軽微なものであってほしいが。
そんなことを思いながら、俺は足早にゲームセンターを駆け抜けた。
某ウイルスのせいで目立たないけど、インフルエンザも季節なのよね。この人らかかるかどうかって言われたら、多分かからないけど。