そうだ、先生になろう。   作:鳩胸な鴨

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サブタイトル通りです。


芸術に隠れた狂気

「折角だから、皆で展覧会に行きません?」という緑谷くんの一言で、腹の膨れた僕たちは、展覧会場へと訪れていた。

サイン会の会場から、そこそこ人が流れているのでは、と思っていたが、そんなことはなく。そこだけ世界が違うかのように、人っ子一人見当たらない空間が広がっていた。

 

「…こりゃまた。パンチの強い作品が多いようで」

 

視界に広がるのは、地獄絵図を具現化したような作品群。何を思えば、こんな残虐な絵面を表現しようと思えるのか。

僕が呆れ半分、感心半分のため息を吐いていると、つづみさんが青い顔をしたミコトちゃんの手を取った。

 

「ミコトちゃん限界そうだし、私は一緒に出てるわ」

「あ、すみません。ミコトちゃんは無理ですもんね、こういうの」

 

アンパンマンのホラーマンで泡吹いて倒れていた頃に比べれば、まだ免疫はついた方なのだろうけど。

ここにある作品群は、慣れている人でも思わず嫌悪感を抱いてしまうようなものばかり。ミコトちゃんからすれば、夢に出てきそうなものである。

 

「…つづみさん、ありがとう…」

「戸籍上はアナタの母よ。『お母さん』ね」

「……あ、ありがとう、お母さん」

 

つづみさんが迫ったことにより、ミコトちゃんが恥ずかしそうに言う。その答えに満足したのか、つづみさんは笑みを浮かべ、「それでよし」と彼女と共に踵を返した。

 

「ミコトに無理させちまったな…。あとで謝んねェと」

「怖くはないけど…、なんだろう?気持ち悪いって言うのかな?」

「そうだね。恐怖を煽ると言うより、嫌悪感を煽るような形だ」

 

ボロクソに言われる彫刻を前に、僕はふと、ある違和感を覚える。

目の前にあるのは、幾つもの手首が蝶をかたどった彫刻。一つ一つの手首の形が違うのもそうだが、よくよく見ると、左手首の部分に指輪をしているものもある。

中には赤ん坊くらいの大きさの手もあり、えもいわれぬ気味の悪さに、毛穴から熱が逃げ出すような薄寒さを感じた。

 

「飯田くんたちは大丈夫ですか?」

「う、うむ…。少し面食らいましたが、ここまでこだわった作品を幾つも生み出す作者の根気は評価できます…。

…作った人には悪いですが、見ていてあまり気分の良いものではないのも事実です」

 

それはそうだ。手首なんて皺の一つ一つ違うし、目のオブジェも、それぞれに何かしら特徴がある。

見た目の不気味さはとにかく、その苦労はひしひしと感じることができた。

 

「作者は…『ナル』…、どう見ても源氏名ですね」

「そらさん、知ってます?」

「いえ…。私も初めて聞きました。こんな大掛かりな作品……も…………」

 

僕がそらさんに話を振ると、ある彫刻の前でメモを取っていた彼女が大きく見開く。

息をするのも忘れたように、微動だにしない彼女に疑問を持ったその時。僕はようやく、その理由に気がついた。

 

「…緑谷くん。一つ、お願いできますか?」

「なんでしょう?」

 

────そこの彫刻に彫られている指輪を、分析してほしいんです。

 

その指輪は、僕の知る限りでは、彼女の両親しか持っていないものであった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

フードコートに訪れると、やけにテラス席に人が集まっているのが見えた。従業員らも手を止めて、わらわらと人の集まる場所の様子を見ようと、さらに群がる。

こんな中で、いくら変装しているとはいえ、音街が見つかれば大変なことになる。

俺は音街を麗日に「任せた」と託して、人の集まる場所へと向かう。

なんとか人をすり避け、そこへ辿り着くと。神妙な面持ちをした切島とポンコツが、あるものに視線を向けていた。

 

「爆豪、来てくれたか。見てくれ、コレ」

「……ンだ、こりゃあ…?」

 

転がっているソレに目を向けて、俺は眉を顰める。

音街を連れてこなくてよかった、という安堵が少しばかり湧いてくるが、それ以上に俺の心中を支配していたのは、得体の知れない恐怖だった。

 

そこにあるのは、残骸。人を象った『彫刻』が、落下の衝撃でバラバラになっている。

ソレも一つじゃない。数える限りで言えば、八つは落ちていた。

 

「コイツは…、また悪趣味な…」

「…あの展覧会で飾られてたのとテイストは似てるけどよ…。ここまで気味悪いと食欲失せるっての…」

 

食欲が失せるような光景だ。

味気ない食事になるだろうな、と思いつつ、この彫刻を対処してくれるスタッフを待っていると。

人混みをかき分けて、小柄な女が姿を現した。

 

「あ、ごめんなさい。スタッフさんが屋上で用意してた彫刻を落としちゃって…」

 

その女は、エプロンに石片を大量に付着させ、瓶底メガネをかけた、いかにも冴えない風貌をしていた。

コイツが件の彫刻家だろうか。そんなことを思いつつ、女が彫刻を片付けるのを見守る。

切島が「たすけて」と言ったのは、この不気味な現象のことだろうか。俺が切島に視線を送ると、軽く頷いた。

ジェスチャーを見るに、どうやら座ろうとした席にコレが落ちてきたらしい。

 

「取り敢えず、邪魔になりそォだから、さっさと別の席探そォや」

「え?俺、聴取とか受けなくて良いの?」

「この席の近くにいたか?」

「や、テラスの入り口に居たぞ。近づこうとはしたけどよ」

「ならいいだろ。他のやつが証言する」

 

俺は切島を引っ張り出し、昼頃だというのに、野次馬のせいでガラガラなフードコートを見渡す。

目立ちにくい端っこの席が空いていることを確認すると、俺は音街たちを手招きして、その席へと座った。

 

「……調べた方がいいかもな」

 

俺は靴の中にあるものを取り出し、まじまじと見つめる。

手に収まっているのは、先ほど落下した彫刻の「かけら」だった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「んー…。豚骨はやっぱこの店やな。

次はバリカタ麺で…」

 

その頃、とあるチェーン店にて。

ピラミッドに侵入して中を漁りに漁ったため、歴代最速でタルタロスにぶち込まれた茜は、これまた数分で脱獄を果たし、メリッサと共にラーメンを啜っていた。

尚、タルタロスを管理している責任者も、エジプト政府も「知ってた」と口を揃え、ヤケ酒を呷っているらしい。

そんなこととはつゆしらず。茜は替え玉を注文するため、呼び鈴を鳴らす。

 

「この赤いスパイスって、何で出来てるのかしら?」

「そこはロマンやで、ロマン。調べりゃわかるけど、調べちゃあかん。

そういうロマンが、食にはあるんや」

「雰囲気は大事だものね。

あーあ、i・アイランドでもこのチェーン店、展開してくれたらいいのに」

 

パパに頼もうかしら、と付けたし、追加のチャーシューをスープに浸して食うメリッサ。

ニンニクがそこそこ入っているラーメンを、こうも豪快にかっ喰らう姿は、どう見ても淑女や乙女の類ではない。

増して、二人は性別こそ同じであるが、恋人同士。デート先にラーメン屋に入るなんぞ、普通に考えれば自殺行為にも等しいだろう。

しかし、この二人。ニンニクの匂いは寧ろ大好きであった。これだけで白米3合はイケると豪語するくらいには好きであった。

そんな芳しさのカケラもない香りが口臭となろうが、接吻を躊躇わぬくらいには、仲睦まじいのだが。

 

「ね、ね?そういえば、武装『オーディン』って、アカネは何か手を貸してるの?

凄かったじゃない、あの時。世界中の空に赫い稲光が走ったってニュースになったし」

「いんや?ぜーんぶあの子が作っとるよー。

ウチの基本理論ぜーんぶ取っ替えて、全く新しいモン作ってもぉたしなぁ」

 

自信あったんやけどなぁ、と呟き、スープを吸ったチャーシューにかぶりつく。

そんな雑談がダラダラと続いていたが、それに水を差すように、着信音が響く。

 

「お、コウくんから紹介された子ぉやな」

「いいの?ピラミッドのこと調べなくて」

「後回しや後回し。ウチらのモットーは?」

「『まずは人助け』よね」

 

そのモットーで、軽く日本社会が崩壊寸前まで追い詰められているが、彼らはその選択を責めはしない。

箸を置き、茜はポケットから携帯を取り出すと、通話ボタンを押した。

 

「はい、もしもーしっ!

コウくんから紹介されたと思うけど、ウチがアンタのお悩み、無料でなんでも解決したるでー?」

『あ、えっと…、私、桜乃そらと申します』

 

大人びた声だが、やけに弱々しい。精神的に相当参っているのが、通話越しにひしひしと伝わってくる。

油で滑りそうな口内を整えるべく、軽く冷やで油分を流す。

 

「はいはい。相談はなんや?どんな無茶でも口にしてみてみ?」

『無茶というか…。その…』

 

────行方不明になった私の両親の行方を探してほしいんです。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……全く。どいつもこいつも、私のことをわからないクズばかり」

 

たん、とローファーを鳴らし、ショッピングモールから去る、エプロン姿の少女。

その手は台車を押しており、先ほど落下した彫刻の残骸が無造作に乗せられている。

砕けたとは言え、彫刻は彫刻。それを作った人間ならば本来、多少なりとも丁重に積み、運ぶものなのであろう。

しかし、この少女にとって、積み上がったこの彫刻らは、「作品」ではなかった。

 

「思わず『使っちゃった』けど、今回は八つもあって中々粒揃い…!

心配しなくてもいいわ…。『綺麗なところだけ』は、何億年経とうが、永遠に残るのよ…」

 

あどけなさが残る顔で、邪悪な笑みを浮かべる少女。砕けた彫刻の断面図には、よく見ると血管や神経と見られる、細かな差異があった。

 

「くふ、ふひっ、ひひひっ…!

ひひっ、ひははははっ…!!ああ、待っててね…。もうすぐ、もうすぐよ…。『あなた』を永遠に…、最高に綺麗にしてあげるぅ…!!」

 

彼女の胸元には、不気味な装飾品が鎮座していた。




もう正月まで一週間もないんだぜ?この間までオリンピックやったばかりだと思ってたのに。

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