「シンオウ!? ず、随分と遠い所から来たのね……」
「まあね。こっちに来たのは事故みたいなものだから、早く帰らないといけないんだけど」
ポケモンセンターに併設されている食堂でもぐもぐと食事を摂りながら向かい合って座るトウコにこれまでの経緯を話す。
ポケモンの力で送られたとか、過去から来たとか、余計なことはオブラートに包んでだが。
流石にそんなオカルトみたいな話をしたら狂人に思われてしまうだろう。まあ、純粋なトウコなら信じてくれそうだが、別に言わなくても問題はないので黙っておく。
「事故……? よくわからないけど、とにかく急いで戻らないといけないのね? よーし、何か私に手伝えることがあるなら手伝わせて! 出来ることなら何でもするから!」
見知らぬ相手にここまで優しくしてくれるとは、流石は主人公。
僕みたいなただのイエスマンとは大違いだ。
「……じゃあ、ご好意に甘えさせて貰おうかな。トウコに聞きたいことがあるんだ」
「よしきた! さあさあ! 私に何でも聞いて!」
人の役に立てるのが余程嬉しいのか、トウコは笑顔で言う。
「うん。あのさ、シンオウに戻るにはどうすればいいかな?」
「シンオウでしょ? うーん……ヒウンから船に乗るか、フキヨセで飛行機に乗るのの二択かなあ……」
聞き覚えのある名前が二つ出て来た。
ヒウンは大きな港町で、フキヨセは飛行場のある町。
なるほど、確かにその二つの町ならシンオウに戻れるかもしれない。
「どっちが早く着く?」
「……わかんない」
「えー……」
「し、仕方ないでしょ。……どっちもテレビで見ただけで、実際には行ったことないんだから」
それもそうか。すっかり忘れていたが、トウコはまだ旅を始めて一週間も経っていないのだ。いくら同じ地方に住んでいるとは言え、行ったことがなければ知っていることの方が珍しい。
下手をすれば、前世でゲームをやった僕の方がイッシュについて詳しく知っているかもしれない。
「そっか。わかった、一先ず近いヒウンを目指してみるよ。そこでどっちが早いか聞いてみる」
お皿に残った食べ物を一気に掻き込み、僕は席を立つ。
既に食べ終わっていたトウコの分の食器も一緒に重ねて、返却口へと持っていった。
「うー……結局何も手伝えなかった……」
食事を終えてポケモンセンターを出た僕に、トウコが残念そうな顔で言う。
「気にしなくていいよ。ここまで色々として貰ったから、トウコには感謝してる」
「か、感謝だなんてそんなあ……えへへ、私は当然のことをしたまでで……」
「そうだ、何かお礼をさせてよ。トレーナーカードも使えるし、欲しい物があるならあげる」
「お、お礼だなんて! いいよ、いい! お礼が欲しくて助けたわけじゃないんだから!」
「そう言うと思ってたよ。でも、借りは返さないと僕の気が済まない。欲しい物がないなら、代わりに僕にして欲しいこととかないかな。何でもするよ」
「……えっと、その……して欲しいことなら、その、あるかも……」
もじもじと恥ずかしそうにしながら、ねだるようにちらちらとこちらを見るトウコ。
「なに? 僕に出来ることならなんでもするよ」
「えっとさ、コウキはポケモントレーナーなんだよね……? じゃあ、さ。……私とバトル、してくれない?」
トウコの言葉に思わずぽかんとしてしまった。
「だ、ダメ?」
「……いや、いいけど。そんなことでいいの?」
「そんなことだなんてとんでもない! 実は私、バトルを挑むのがどうにも恥ずかしくって、友人以外とはまだしたことがないの!」
「まあ、トウコがいいって言うならいいけどさ」
「やった! じゃあ早速そこでやろう!」
勢いで何でもするとか言ってしまい、少し後悔していた僕だが、トウコが優しい子で助かった。
――やっぱり、こんな子が主人公であるべきなんだよな。
早く早く、と催促するトウコの後を追いながら、ぼんやりとそんなことを考えてしまう。
駄目だな、さっきから自虐的になり過ぎだ。
軽く首を振って嫌な考えを掻き消した僕は、トウコに追いつく為に歩調を速めた。
「それじゃあ、勝負は一対一のシングルバトル。使用ポケモンはお互い一匹でいい?」
「もちろんオッケー! さ、早く始めよう!」
見知らぬ人と初めてのバトルをするからか、先ほどからテンションの高いトウコ。
ここは先輩として勝負の厳しさを教えるべきか、わざと負けるか。
いや、わざと負けるなんてトウコに失礼だ。ここは全力で行かせて貰おう。
そんなことを考えながら、僕はボールを留めてあるベルトに手をやる。
「……あれ?」
「……? どうしたの、コウキ? 早く始めようよ!」
「……うん」
気になることがあるが、今はバトルの最中だ。背を向けることは許されない。
「じゃあ、行くよ」
「うん!」
開始の合図をすると同時にお互いにボールを投げる。
投げられたボールは空中で開き、お互いのポケモンが繰り出された。
「……ツタージャ、か」
トウコが繰り出したポケモンはツタージャ。草タイプのポケモンで、BWで最初に博士から貰える三匹の内の一匹だ。
対する僕が繰り出したのは……
「……なに、そのポケモン?」
「……シンオウのポケモンだよ。名前はグレイシア」
「か、かわいい……」
でしょ……じゃなくて、僕が繰り出したポケモンはグレイシア。氷タイプのポケモンだ。
第四世代……つまりDPPtから追加されたイーブイの進化系の一つである。
Ptではヨスガシティの民家でイーブイが貰えるので、手持ちに入れていた人は結構多いのではないだろうか。
僕も例に漏れずミズキさんから貰い、217番道路で進化させた。
「あっ、そうだ! タイプを調べないと……」
しばらくグレイシアに見惚れていたトウコだったが、我に帰ると慌てて図鑑を取り出しグレイシアへと向けた。
ポケモン図鑑はただの図鑑ではなく、様々な便利機能が搭載されている。
例えば今のトウコのようにポケモンに向けると、そのポケモンのタイプが表示されるのだ。
「氷タイプ……? えっと、草は氷に有利何だっけ……?」
逆だと教えようと考えたが、今は勝負の最中だ。余計なことは言わなくてもいいだろう。
しかし、僕が偶然出したポケモンが偶然相性が良いとは、トウコも運がない。
「……もうバトルは始まってる。余所見はよくないよ。グレイシア、れいとうビーム」
「え? わ、わわっ! よ、避けてツタージャ!」
トウコの指示を受け、飛んできたビームを慌ててかわすツタージャ。
「……避けられた?」
おかしい。今のれいとうビームは様子見で手を抜いていたとは言え当てる気で撃ったハズだ。避けろの一言で避けられるような代物じゃない。
「……グレイシア、もう一度れいとうビームだ」
もう一度、今度は外さない為に指示を出す。
「えーっと、えーっと……ツタージャ! 避けてたいあたり!」
トウコが指示を出すと、ツタージャはあっさりとれいとうビームを回避し、グレイシアの懐に迫る。
再び避けられたことに戸惑っていた僕は、思わず指示を出すのを忘れてしまっていた。
「キュッ!」
きゅうしょにあたった。そんな言葉が脳裏を過る。
ツタージャのたいあたりを直撃したグレイシアは鳴き声を上げ、その場に倒れ込みそうになる。
「……っ! 頼むグレイシア、耐えてくれ……!」
僕の指示を受けてくれたグレイシアは、なんとかその場に踏みとどまる。
「そのままこおりのつぶて!」
指示を受けたグレイシアはこおりのつぶてを放ち、それがツタージャに当たる。
「ツタージャ!?」
こおりのつぶてをくらったツタージャはその場で倒れ込み、戦闘不能になった。
「ま、負けちゃった……」
ツタージャへと駆け寄りへなへなとその場に座り込んだトウコに、僕はバッグから取り出したものを渡す。
「……? これは……?」
「……げんきのかけら。使うと瀕死から回復する。ツタージャに使って」
「あ、ありがとう!」
げんきのかけらを受け取ったトウコがそれをツタージャに食べさせると、ツタージャは瀕死から回復して元気になった。
「わ、本当に元気になった」
げんきのかけらを使うのは初めてらしく、トウコはその効果に驚く。
僕にもあんな頃があったな、と懐かしく思うも、僕の頭は別のことで一杯だった。
「あーあ、負けちゃった……コウキって強いんだね」
バトルが終わり、ポケモンセンターを目指す途中、トウコが言った。
「……でしょ?」
「あはは、自分で言わないでよ」
僕の言葉を冗談だと受け取ったのか、トウコは笑って受け流す。
――冗談じゃなく、僕は、強い。
僕は強い。そう、僕は強いハズなんだ。
旅に出て一年でバッジを全て集め、チャンピオンになった。
バトルフロンティアも制覇し、伝説のポケモンやギンガ団のボスとも戦って勝った。
でも、たった今。
たった今、僕は負ける寸前だった。それも、旅を始めて僅か一週間やそこらの子に、だ。
「……僕は、強いんだよね?」
抱きかかえているグレイシアを撫でながら呟いた僕の言葉は、誰にも聞こえることはなかった。
物を書くのって難しい……