ああ、愛しの勇者さま -TS転生して勇者に惚れたのでどんな手を使ってでも落そうと思う- 作:ちいたまがわ
「レイさん」
「はい、なんでしょうユウマさん」
「一体全体あなたはどうしてナース服を着ているんでしょうか」
「……お注射天使レイ! ただいま参上!」
「そうではなく」
「はい」
ドアを蹴り破って部屋に入って来たレイは、ベッドの横で正座をしていた。
当然だ。病人の部屋にコスプレをして強襲をかけるなど正気の沙汰ではない。少し問い詰める必要を感じたのだ。……こいつが狂気に憑りつかれているのはいつものことではあるが。
「で、なんでお前はそんなわけ分からんカッコしてんだ」
「やーその、お前の看病するーってみんなに言ったらさ、『せっかくならこれ着たらどうですか!』って、フェリアにもらっちゃってさー。どう? 可愛いっしょー?」
立ち上がり、その場でバレリーナの様にくるくると回転するレイ。
……まあ、こいつが可愛らしいことは否定はしない。黙ってさえいれば、レイは一般的に美少女と言われる見た目だろう。こいつが露店なんかで、気の良さそうな店主から
俺がレイにそう伝えることは絶対にないが。もしそんなことを口走ってしまえば、一体どれ程調子に乗るのか分かったものじゃない。考えたくもない。
回っている内にテンションが上がって来たのか、トリプルアクセル、などとつぶやきながら空中きりもみ回転を始めるレイ。ふわりと浮き上がるスカートからチラチラ覗く下着を視界に入れないよう、さりげなく目を逸らしてそんなことを思っていると、ふと疑問が浮かんだ。
「……うん? その服フェリアさんにもらったって? あの人はお前を止めてくれるはずじゃ……」
「え? ……あ、やべっ」
レイはぴたりと回転を止め、明後日の方向を向きながら、だらだらと冷や汗をかき始める。よくもまあそんなに感情が顔に出るものだと、何やら無駄に感心してしまう。
しかしフェリアさんが裏切っていたとしても、こいつがこんなに元気モリモリで俺の部屋までたどり着くことなどありえないだろう。つまり残っている可能性はひとつしかない。
「……なあ、ひょっとしてフェリアさんだけじゃなくて他の二人もグルか?」
「えー、あー、そのですねー。……~~~♪」
「ぴーぴー口笛吹いて誤魔化せると思うなよお前」
「……三人とも協力してくれました! いやあ! 仲間ってのは素晴らしいな! ユウマ!」
「なるほどな、このパーティに俺の仲間は一人もいなかったってことか。友達がたくさんいるお前がうらやましいよ」
「安心しろい、オレはいつでもお前の味方だぞ!」
「お前が俺にとって目下最大の敵だが」
「えぇ……しょんなぁ……」
バカでかい注射器を抱いてしょぼくれるレイ。いや落ち込みたいのはこっちなんだが?
というかそもそもなんだそれは。デカすぎて針が親指くらいあるし、人間に使う大きさじゃないだろう。中に入ってる虹色の薬液もなんかボコボコ泡立ってるし、何考えてそんなもの持ってきたんだお前は。
とはいえあえて聞きはしない。ロクでもない回答が返って来ることなど分かり切っている。認めたくはないが、レイの奇行などもう慣れたものなのだ。……本当に認めたくはないが。
注射器を睨みつけながら思案していると、気を取り直したのかレイが口を開く。
「ま、オレが敵だなんて言う、お前の笑えない冗談は置いといてだな」
勝手に人の言葉を冗談にしないで欲しい。俺が死ぬとしたら魔物や魔族に殺されるより、どっちかというとお前に殺される確率の方が高いと割と本気で思っているのだが。
そう言い返そうとした俺の胸を、珍しく優しい声をしたレイがとんと押した。
「病人なんだし、おとなしく寝てろよユウマ」
油断していた俺はあっさりとベッドに倒れこむ。そしてレイは笑みを浮かべながら俺に覆いかぶさるようにベッドに上ってきて……そのまま俺に布団をかけ、ベッドから降りた。……あれ。
「……お前、『今ならユウマを食い放題だぜぐへへへへ』、とか言いながら襲ってくるもんだと思ってたが。……どうした?」
「え? いいの? ……ゴホン、今ならy」
「やめろやめろ。いいわけないだろ」
「えー、なんだよけちー。今の完全にフリじゃんよー。……ま、愛に生きるレイちゃんだって、いくらなんでも病人の寝込みは襲いませんぜ。ちゃんと普通に看病してやるから、安心して寝てな」
レイはそう言いながら、ベッド脇に引っ張ってきた椅子にぽんと飛び乗った。床に届かない両足をぷらぷらと前後させる。
……まあ、たまにはレイの事を信用してやろうか。こいつが本気で俺を襲うつもりなら、今のタイミングで襲われていただろう。そうしなかったということは、たぶん今日はそのつもりは無いのだ。たぶん。きっと。……頼むぞ?
「そうそう、抵抗せずにオレの愛を受け入れな?」
「……その言い方やめろ。怖いんだが」
「だがだが」
「……?」
大人しく布団にくるまれた俺を見て、レイがうんうんと腕を組んで頷く。
正直こいつの気まぐれに俺の運命が委ねられていることはあまりにも恐ろしいが、考えないことにする。
「で、何して欲しい? 子守歌? 飯? このやべぇ色したゲーミング風邪薬ぶち込んで欲しい? それともらぶらぶちゅっちゅしながら添い寝しちゃろうか? オレのおすすめはもちろん添・い・n」
「飯で」
「……口移し?」
「張っ倒すぞ」
「(´・ω・`)」
イカれたやり取りの後、レイは懐からリンゴを取り出した。そしてちゅっちゅちゅっちゅと全体にくまなくキスをする。……もうどうでもいい。今日の俺はこいつを信じると決めたのだ。ぶっちゃけこの程度で済むのなら御の字だろう。
彼女は一通りリンゴにキスの雨を降らせたあと、二、三度お手玉をしてから小さなナイフを表面に滑らせ始めた。しゅりしゅりと心地よい音を経てながら、赤い皮がきれいに剥けていく。
器用なもんだ、と少し感心しながらそんな様子を眺めていると、レイの顔にどことなく嬉しそうな、柔らかな笑みが浮かんでいることに気づいた。
「……なんか嬉しいことでもあったのか? レイ」
「え? ……や、そういうわけじゃなくて。……その、オレが熱出すと、母さんがいっつもリンゴ食わせてくれたなーって。なんかちょっと、そんなこと思い出しちゃって」
「……ふーん」
「なんつーのかな、嬉しいじゃなくて、さみしいけどそれだけじゃなくて、懐かしい? ちょっと違うな、なんだろ」
「……ノスタルジー?」
「あーそうそれ、ノスタルジーよ。思い出して来た、思い出して来た。そういや、すりリンゴがいいー、なんてワガママ言ってたっけなー。ちっちゃい頃は病院の帰りにコンビニでカード買ってもらったりもしたなあ。……いやむしろわたくし今のが体は小さい気もしますけど。愛はおっきいけどね! あ、ユウマもすりリンゴのがいい? すってやろうか?」
「いや、そのままでいい。……なんか、妙に優しくないか?」
「だーかーらー。オレだってやんちゃするのは時と場合を選ぶんだって。……そういやユウマさあ、こっち来て熱出した事あったっけ?」
「……言われてみると、初めてかもしれない。お前も熱出したこと、なかったよな」
「うん。……別にオレがバカだからじゃないですよ?」
「まだなんも言ってないだろ……」
……今日はレイのやつは、本当に俺に何もするつもりはないらしい。こいつとこんな風に落ち着いて話をするのは、ずいぶん久しぶりだった。
緩やかな空気にどこかまだ力んでいた力が抜け、深く息を吐いた。体が重く感じる。
「で、何だっけ。えー、そうだそうだ、ユウマが熱出したのはさ、多分、疲れてんだよ」
「……そうか?」
「そうそ、楽勝とはいえ、ここんとこ毎日戦ってばっかだしな」
「それは、ほら、俺、勇者だし」
「じゃあ今日くらいは、勇者なんてやめちまいな。なんかあったらレイちゃんが守ってやっから」
お前がそう呼んでくれたから、俺は頑張っているのだが。そう思いはするものの口には出さない。
「……じゃあ、頼む」
「うむ」
体が重いのは、単純にレイの言う通り疲れがたまっているのだろう。そう自覚した途端、全身が柔らかなベッドに沈み込む。抗い難い眠気が襲ってくる。……レイには悪いが、もう眠ってしまおうか。
「……すまん、もう寝ていいか」
「おーおーさっさと寝ろ寝ろ。寝て治せ。オレにお前のだらしない寝顔を見させろ」
「……見んな」
「嫌です」
目を閉じると、暗闇が広がる。すぐに眠れそうだった。体も心も休息を望んでいたのだろう。頭がぼんやりして、意識はもう、夢うつつに落ちかけていた。
いつも騒がしいレイもようやく口を閉じ、会話が無くなる。静けさに満たされる。耳に入ってくるのは鳥の鳴き声に、遠くから聞こえるかすかな喧騒の音。レイが再びリンゴを剥き始めた音と、時計の秒針がかちかちと動く音。……それらに混じって、かすかな声が、歌が聞こえる。
半分眠った意識でレイの方に顔を向ける。目を閉じたままでも、彼女の姿は鮮明に脳裏に浮かんだ。
いつかのように、目をつむって柔らかな薄い笑みを浮かべた顔で、白銀のナイフに押し当てた真っ赤なリンゴをくるくると回すレイ。……そんな彼女の喉が、かすかに震えている。
聞こえているのは、調子はずれの鼻歌。あの日の歌。古いアニメのOP曲。この世界で、きっと、俺とレイしか知らない歌。
……。
……恋というものについて、俺の考えは半分正解で、半分間違っていたらしい。恋は確かに、何か特別な理由と共に始まるものではなかった。
ただ、俺はきっとこの瞬間のことを、……レイの事を好きになった瞬間を、一生忘れはしないだろう。
彼女も俺を好きになった瞬間を覚えているのだろうか。後で聞いてみても良いかもしれない。……俺とレイが、恋人同士になった後で。
―――だけど今は。
意識が深く深く沈んでいく。どんよりと暗くて、だけど暖かいところに。
―――とりあえず、寝てしまおう。
心地よい静けさと、ぬくもりの中、
―――頬になにか、やわらかいものが触れた気がした。
◇
目が覚めると、体調はすっかり元に戻っていた。窓の外は夕日に赤く染まっている。たった半日で全快した自分の頑丈さに少し苦笑する。
部屋を見回してもレイはどこにもいない。俺が眠るまで見届けたら、飽きてどこかにいってしまったのだろうか。少し寂しくなる。起きたら、気持ちを伝えようと思っていたのに。
机の上には茶色くなってしまったリンゴが七切れ。たぶんレイが一つ食べたのだろう。俺も一つつまんで口に放り込む。まずくはないが、ぬるい。
何はともあれ、風邪が治ったことを誰かに伝えないと。そう思いながら一階のリビングに降りると、彼女はそこにいた。
……正座をさせられ、目隠しをつけられ、猿ぐつわを噛まされ、上半身を縄でぐるぐる巻きにされ、太ももの上には長方形の石板を積まれたレイが。首に『わたしは病人の寝込みを襲おうとしました』と書かれた看板をさげたレイが。
もがもがと呻き声を漏らす彼女を無言で見つめていると、夕食の支度をしていたこのお屋敷のメイドさん、マーレさん(56)に声をかけられた。
「あーユウマちゃん。アンタの様子見に行ったら、あのアホガキがよだれ垂らしてグヘグヘ言いながら、アンタのズボン下ろしてパンツにまで手かけてたから、ふん縛っといたよ」
「……ありがとうございます」
今日の夕食は積まれた石の上に座って食べた。
何か苦悶の声が聞こえた気がするが、気のせいだと思う。