国王陛下付き従者の一日   作:ほしな まつり

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国王陛下付き従者の一日(中編)

「陛下、そろそろお召し替えを」

 

俺の声で陛下から解放されたらしいアスナ様がベッドから起き上がり何事もなかったかのように静かに騎士面(マスク)を装着する。臣下の距離分離れて頭を垂れればいつもは結い上げている栗色の長い髪が騎士面の上にかかり二重にアスナ様の表情を隠した。

前にお尋ねしたことがある……「騎士のお勤めをさっていると長い髪は大変ではないですか?」と。するとアスナ様はなぜか嬉しそうなお声で「陛下がね……切らないでくれ、って」……それを聞いて、確かにそのお言葉には同意できる、と大きく頷いたものだ。窓から差し込む朝日を受けて栗色の髪が黄金のように輝いていて、それを見れば我も忘れて手を伸ばしてしまいそうになる。

だいたいアスナ様が側付き護衛の朝はいつも陛下に髪を解かれてしまうのに、それでも毎回律儀にまとめ髪にして臨むのだから、俺が言うのも何だけど、真面目な方だよな。けどその真面目さを崩す事に楽しさを感じている陛下だから、嬉々としてベッドに抱き寄せるし、髪も好き放題にするし。それを困った顔で受け入れるから陛下がつけ上がるんですよ、って言ってもきっとアスナ様は微笑むだけだろう……だいたい、もし陛下以外の男がアスナ様の腕に触れようとしたら掴む前に避けられるか、逆に締め上げられるかの二択だ。

この分だと朝食の席でも構い倒すんだろうな、と陛下の行動を予測して俺は己の忍耐力の残量を確認したのだった。

 

 

 

 

 

部屋の中央にある大きめのダイニングテーブルに一人分の朝食が用意されている。

陛下のご意向で無駄に広い部屋も晩餐会が開けそうな長テーブルも却下され、料理もすでにスープからデザートまでセッティング済みだ。それでもイスだけ五脚揃っているのは、いつも一人で食事をされる陛下への配慮なのか……俺は将来、そのイスの全てが陛下のご家族で埋まればいいな、と思っている。

そして壁際に控えている近衛騎士がアスナ様の日はすんなりと食事は始まらない。

 

「アスナ、朝食は?」

「公爵家で済ませてまいりました」

 

騎士面(マスク)の下から硬質な声が響く。当然だ、室内には陛下と俺以外にも給仕係や侍従が控えているんだから。王城内には国王を頂点とし、その点を面で支える臣下達という円錐形の組織が出来上がっていて、滑らかな面を構成するためには縦と横の連携が大切なのだ。アスナ様はご自分が一片(ひとひら)の面であるという自覚を必要以上に己に課している。

ただ、この場合……陛下が臣下に朝食事情を尋ねるのはいつもの日課だから……なんて事はもちろんなく、どちらかと言うと場の空気はつれなくされた陛下に同情気味だ。何しろ連日に渡る陛下の不機嫌ぶりはすさまじく、起きた直後から寝る直前まで不機嫌という徹底ぶり。政務に支障はきたしていないが、誰が好き好んですさんだ職場で働きたいものか、終始ピリピリと放電していた陛下に側で仕えていた者達もほとほと困り果てていたのである。

それが起床時にアスナ様が赴いただけで放出されていた電気が花びらに転化したように柔らかで落ち着いたご様子の陛下に皆、胸をなで下ろしていたところなので、この場にいる陛下とアスナ様以外は更なる職場環境の改善を目指し陛下を応援しているに違いない。

ただ、公の場、ではないにしても陛下の私室でもないので公私のけじめがしっかりしているアスナ様の対応は至極まっとうと言えるだろう。

アスナ様から当たり前の答えを聞いて陛下はゆっくりと目の前の料理全てを眺めている。

 

「ならデザートは?、イチゴ、アスナの好物だろう?」

 

うっ、と小さく声を詰まらせるアスナ様のお姿はとても貴重だ。なるほど、それ程までにイチゴがお好きなのか、と内心ふむふむ頷いていると、隣の侍従の顎も微かに上下していて、更にその隣の給仕はメモまでしている。

返答に窮しているアスナ様のご様子にニヤリと口元を緩めた陛下はご自分の隣に置いてあるイスを指した。

 

「ここで食べていいよ」

「いけません、そこは……王妃様のお座りになる場所です」

 

一番可能性が高いのは今日の午後お会いになる婚約予定のご令嬢だろう。

 

「昔は一緒に座ってくれたのに……ならもう少し近くへ。イチゴを下賜するから」

 

下賜って……またイチゴひとつで大仰な、とは思ったが、ここまで言ってアスナ様には丁度良いくらいかもしれない。左右を見て俺達の様子を伺いながら「いいの?」と自分だけの特別扱いを気にしているようなので、俺はもちろん侍従も給仕も笑顔で頷く。

いつもの颯爽とした足取りとは違い、イチゴにつられて小走りに寄っていくアスナ様はまるで黒い子ウサギのようだ。

陛下がイチゴの入ってるデザートボウルを手に取る。

それをボウルごと差し出してもらい、自分は一粒だけつまむおつもりだったのだろう、アスナ様の親指と人差し指が伸びていき、イチゴに辿り着く瞬間、さっ、とボウルをアスナ様から遠ざけた陛下は同時に彼女の腕を引き自分の膝の上に座らせた。

 

「へっ、陛下っ」

 

驚きと羞恥の声を発したのはアスナ様だけで、騎士面(マスク)の下の口にはすぐに陛下がイチゴを押し込んで抗議の声を封じる。

 

「アスナがオレの隣には座れない、って言うからだろ」

 

普通、それなら膝の上に、とはいかないものだけど、しかもその膝は国王陛下の膝だし。ただその光景を見せつけられても、俺達は「なんて不敬な」とは微塵も思わず、強いて言うなら「あーあ、やっぱり捕まった」あたりだ。騎士面(マスク)の下でそれこそ小動物のようにモグモグとイチゴを召し上がっているアスナ様のお顔はきっとイチゴ以上に真っ赤なのだろうが、今は騎士面の存在に俺達も助けられていると言うべきか……恥ずかしそうにしながらもイチゴを頬張るアスナ様のお顔なんて目にしたら最後、冥土の土産になってしまう。

俺達が故意に視線を反らせていると陛下は少し声の量と質を絞って胸に抱いているアスナ様へ話しかけた。

 

「聞いてくれ、アスナ。午後の調印式前の話し合いにはオレと公爵家の令嬢だけ、って事で話はついている。アスナを同席させる事は知らせてないけど、何か言うようなら護衛だと言い張るから気にしなくていい。オレは……オレとダンスを踊るのも、隣で食事をするのも、一緒に民に手を振るのも、アスナと、って決めてるんだ」

「陛下……」

「そこは名前を呼んで欲しかったな……まあ、いい。これからいくらだって機会はあるんだし。とにかく何も心配せずに、ちゃんと午後、オレのところに来いよ」

 

イチゴを食べ終わったアスナ様が小さく頷くと、陛下は彼女が膝から下りるのを少し名残惜しそうに手助けしてからようやくご自分の食事を始めたのだった。

 

 

 

 

 

陛下とアスナ様が出会われたのは、もう十年以上も前だと聞いている。

幼い頃、どうしても王城の中が見てみたい、と駄々をこねたアスナ様はその当時から人外の愛らしさを全身から放っているそれはもう可愛らしいお子様だったらしく、強請られると弱い彼女の父は苦肉の策として彼女に男児の格好をさせ、その当時、騎士見習いだった兄をお目付役として少しの時間だけという約束で城内の散策を許した。

ところが運悪く兄は自分が所属している騎士団の団員に見つかって用事を言いつけられてしまい、仕方なくアスナ様をその場に残し、絶対にここから動かない事、誰かに身分を聞かれたら兄の名を伝え、従者であると告げれば怒られないから、と言い聞かせて彼女を一人にしてしまったらしい。

しばらくは兄の言いつけを守って大人しくしていたアスナ様だったが周囲に誰もいない状況に不安を覚え、初めての城だと言うのに果敢にも、というより無謀にも兄を探しにトコトコと移動を開始したのだ。

一体どうなってる城内の警備っ、と俺は言いたい。

そしてそこで偶然アスナ様を見つけたのが自室からこっそり抜け出してきた陛下、その時は王太子のキリト様だった。

もう一度言おう、どうなってる王族の警護っ。

陛下はご自分と歳の近い子供に興味を持たれ、お気に入りの場所だった野外の騎士団の訓練場へとアスナ様を連れて行ったそうだ。騎士見習いの兄がいるアスナ様だったから臆することなく訓練の様子を興奮気味にご覧になっている間、つい口を滑らせて『カッコイイ、私も騎士になりたい』とおっしゃり……

 

『私?』

『あ、えっと、違うのっ……じゃなかった、ち、違うよっ…あれ?』

『もしかして、女の子?』

 

返答を考えるいとまさえ与えられず髪の毛を押し込んでいた帽子が素早く剥ぎ取られると、そこには絹糸のような艶やかな髪がアスナ様の小さな頬をくすぐりながら流れ落ち、それを見た陛下は唖然としたそうだ。

 

『小さい従者じゃなくて、小さい侍女だったのか……』

 

その場にいなくて良かった。もしいたらオレは未来の国王を後ろからどついていたかもしれない。

 

『確かに、いくら公爵家だからって、こんなに小さい侍女を城内に連れて来るのはマズいよなぁ』

 

困ったように頭を掻く陛下の言葉を聞いたアスナ様はすぐにぷるぷると震え始めた。

 

『公爵、サマ…怒られる?、王様にすっごく、めっ、てされる?』

 

怯えて大きな瞳に涙を浮かべるアスナ様を陛下は思わず抱きしめたそうだ……お小さい頃から随分手の早いお方だったらしい。

 

『オレが上手く言っとくから大丈夫。だからこれからも時々城に来てよ……えっと、名前、教えて。オレはキリト』

『ア、アスナ』

『アスナか。剣もオレが教えてやる』

『女の子でも騎士になれるの?』

『ああ、どの騎士団にも女性騎士がいるから……そうだっ、近衛騎士団にしろよ』

『このえ?……キリト、くんは?、キリトくんもこのえ、の騎士になる?』

 

純粋に期待で満ちた声で聞かれた陛下の眉が困ったように下がって、それでもすぐに力を取り戻す。

 

『オレは騎士にはなれないんだ。オレは騎士に守ってもらう方だから。でも騎士になれなくてもオレはアスナや他の皆を守るよ』

『私がこのえになれば、キリトくんを守れる?』

『うん、アスナがオレを守ってよ。オレもアスナを守るから』

 

そして陛下はアスナ様が近衛騎士になった時はご自分が剣を差し上げる約束をなさったんだと、めでたし、めでたし……って全然めだてくもなければおしまいでもない。

十代前半で一目惚れしたアスナ様を速攻で捕獲しているくせに、肝心なところで関係性をこじらせている陛下が賢王なのか愚王なのか……いや、王としてはちょっとだらしない所もあるけど私利私欲に走ることもないし偏見もない、公明正大な政を為していて国民からの支持も高い。女に溺れて……はいるけど、一人だけだし、溺れるのも仕方ないようなお方だし、溺死の心配はない程しっかりしたお相手だから、溺れているくらいが丁度良いのかもしれない。

俺は午前中の仕事を早めに片付け、他の従者達と昼食を済ませた後、気を引き締める為にもう一度鏡の前で身支度を調える。

これから調印式前、陛下との話し合いをなさるため、まさに溺愛という表現がピッタリの愛情を陛下から一身に受けていらっしゃるアスナ様を出迎える役目を担っているからだ。

調印式が行われる部屋の続き部屋……その扉の前で俺はいつになく緊張しまくっている自分に気付いて大きく息を吸い込んだ、とその時、廊下の曲がり角から音も無く現れた女性に気付き、息を吐き出すタイミングを狂わせて、ぶぇふぉっ、とむせる。

なんとか呼吸を整えている間にその女性は俺の目の前まで到着していて、心配そうに見つめられ、俺は慌てて姿勢を正した。




お読みいただき、有り難うございました。
ごめんなさい、やっぱり前後編だと後編がものすごく
長くなってしまうので「中編」を入れさせていただきました。
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