機動戦士ガンダム ーRebuild Generationー 作:イング・ディライド
人間は戦いの中で進化を重ね、歴史を紡いできた。だから、戦争に関わる話は古今東西事実創作問わず掃いて捨てるほどある。戦争の中で生まれた英雄、戦争を引き起こす黒幕の存在、戦争から逃れられない平和主義者。
第三者たる私たちの視点からすればエンターテイメントの一種に過ぎない文字の羅列の中で、数でしか記されない命がある。それは戦場で一人の兵士として戦った者かもしれないし、いきなり頭の上に爆弾を落とされた民間人かもしれない。
「数などあてにするな。人の感情ほど頼りになるものはないのだから」
幼少からの父の教えは、未成熟な子どもの脳裏に深く刻みつけられる。将来のジオン公国を背負って立つ身と期待を寄せられた彼にとって、国の中枢で働く政治家の父は絶対的な存在だった。
ムンゾ自治圏の誕生からジオン公国の崩壊までを渦中のただ中で体験した「アクシズの御意見番」の異名を取る元共和国財務大臣ゾルフ・アルフレッド、そしてその息子ソル・アルフレッド。
この物語に主役がいるとするのなら、それはこの親子なのだろう。
※※
目を覚ましてカーテンを開けると、まだ夜は明けていなかった。時計は午前三時を示している。普段よりほんの少し早い朝に、少年は口角を上げた。
冷たいシャワーで頭をすっきりさせて身支度を整え、菓子パンで朝食を済ませて家を出る。すっかり習慣になったリズムは目を覚ましてから十五分足らずの早技である。
街灯のぼんやりとした光が申し訳程度の視界を確保してくれる深夜のコロニーは、それほど静かなわけでもない。人が生きていくために昼夜を徹して行う仕事が存在するのはコロニー内での生活に限った話ではないが、密閉された空間の中ですべてをまかなうのだから必然的に夜中働く人間の割合は増える。まして宇宙空間に人が住める環境を浮かべ続けるために必要な労力は半端なものではなく、大半が自動化されていてもコロニーのそこかしこで奮闘する公社の作業員は相当な数である。
そして少年がこれほど早起きする理由は、新聞配達のアルバイトがあるからだ。改暦から半世紀以上が過ぎてそこかしこで技術革新が起こり、古いモノが廃れていくなかでレトロにも程がある新聞などがなぜ残っているのかは知らないし興味もない少年だったが、自分の食いぶちを稼ぐ仕事として感謝はしていた。
「相変わらず早いねぇ。アンタが来てから評判いいんだよ、今日も頑張ってくんな」
「ありがと、おねーちゃん。今日はメロンパンかい? 」
「いや、クリームパン頼むよ。・・・年寄りからかうのはやめときな」
「いい年なんだから糖分は気にしなよ? ま、楽しみに待ってて」
机の上の新聞をまとめて抱え込んで、少年は自転車に飛び乗った。後続がやって来たのを確認した先輩がすぐに辞めてしまったためコロニー“ケンロクエン”内の配達は少年が一人で担っている。とはいえ購読しているのはせいぜい全世帯の二十分の一程度だからさほどの負担にはならなかった。
早朝のコロニーの空気は好きだ。常に快適に保たれている環境の中で行われるかりそめのサイクルだとしても、それは人間の生態を熟知した人たちがコロニーという地球から離れた環境で暮らす人々に最大限の配慮をした結果なのだから。このコロニーの建設に直接携わった人だけではなく、企画開発段階から計画に参加した数多の人間に感謝するべきなのだと少年は思う。スペースノイドの不遇を語り棄民政策と批判する論調が強いなか、少年はスペースノイドであることに誇りを抱いていた。
「ありがとうシェイル、朝早く目が覚めちまう年寄りの唯一の楽しみなんだ。これからもよろしく頼むよ」
お礼を言われるというのは、とても気持ちのいいことだ。仕事だから、社交辞令だからと割りきれるようなつまらない大人にはなりたくないな。シェイル・テストラータは冷たい風を受けている顔で笑った。
「嫌だ、もう嫌だ」
ずん、と身体が引っ張られた。
予期せぬ衝撃によろけたシェイルは自転車ごと転ぶ。老婦人が慌てて近寄ってくる光景がモニター越しの別世界のように感じた。何もわからない理解が追いつかない中で唯一、本能が悟った。これはヤバい。
「何でこんなことしてるの、どうして私はいつも、いつもいつも・・・」
手近な塀に寄り掛かってなんとか立ち上がったシェイルを二度めの頭痛が襲う。
ぎりぎり踏みとどまったものの、あまりの激痛に意識が薄れて思考が進まない。周りを見渡しても普段とは何も変わらない日常が過ぎているだけで、どうやらおかしいのは自分だけなのだというところまでは理解ができた。だが老婦人の呼びかけに応える余裕すらない今のシェイルにとって、それは気休めにすらならなかった。
「嫌、嫌なのに・・・。どこなの、ボスタ」
「お前は誰だ!! 」
三度めの声に、シェイルは反射的に怒鳴り返した。まだ日も昇らない静まり返った早朝のコロニーに獣のような声が響く。
きらり、と視界の端に光の点が映った。これまでのようなあやふやな感覚ではない、瞳を刺す鋭い刺激が確かにある。
「聞こえているんだね、誰だかわからないけど・・・。せめて君だけでも、逃げて!! 」
それ以上の問答をしている暇はなかった。とても強大なエネルギーの塊が近づいてくるのを感じた。頭の奥が痺れるような恐ろしい感覚に支配されたシェイルは、無我夢中で塀を飛び越えて身体を伏せた。直後、身体が揺れた。いや違う。地面が、世界そのものが震動したのだ。怖くてずっと下を向いていたから、何が起きたのかはわからない。だがこのコロニーの存亡を揺るがすほどの何かが起きたことは間違いなかった。
爆笑している膝をぶっ叩いてそっと身を起こす。頭をかすめて飛んでいった植木鉢に悪態をつきながらゆっくりと、ゆっくりと・・・。あれ、植木鉢が飛ぶような強風なんて吹いていたっけ?
塀の向こうには、シェイルがよく知った光景が広がっているはずの場所には、シェイルの知らない景色が広がっていた。暗い、怖い、おぞましい、そしてどこか・・・厳かで神々しい。無限の広がりを感じさせる暗闇は、のぞき込めば身体が押し潰されてしまいそうな威圧を放っていた。事実だけを切り取るならば、コロニーの外壁が壊れ穴が空いたと言うのが正しい。厚さ数キロにも及ぶ合金製の板が溶け、ねじれ、ひしゃげて大穴が空いている。地盤、足場、大地そのものがえぐられているのだ。当然、その上に在ったものは跡形もなく消し飛んだ。数件の民家と電柱、敷き詰められたアスファルトにマンホール、ブロック塀。そして、まだ寝ていた何人かの命も。
「シェイル・・・っ」
「メグモさん、しっかりしてください!! 」
轟音が空気を震わせる中、シェイルは自分に言い聞かせるように怒鳴る。しかし、老婦人は倒壊した建物の下敷きになって血溜まりの中にいる。生存は絶望的だった。
「歳を取って、いつ死ぬかなんて少し楽しみにもしてたんだ・・・けどやっぱり、死ぬってのは『怖い』ことなんだねぇ・・・」
乱れていた呼吸が落ち着いてくる。それは状況が改善する訳などなく、一番悪い方向へ進んでいるのだと直感したシェイルだが自分一人では何もできない。「無駄だ」「やめておけ」心の中で叫ぶ自分の声に蓋をして、必死に瓦礫を押しのける。持ち上げて放り投げて、蹴飛ばして、神様に頼んで、祈って、願って、もうどうしようもない気持ちになってなんとかメグモの身体が見えるようになった時、シェイルは喉が張り裂けるほどの悲鳴を上げた。
「おやおや、こんなみっともない姿見ないでおくれよ。私だって、女なんだからさ」
また一人、犠牲が増えた。少しひねくれていて憎まれ口も言われてかわいがってもらってたくさんの笑顔と「ありがとう」をくれた善良な一市民の命が逝った。
許さない、認めない。戦争も紛争も兵器も兵士も嘘も偽りも何もかも、そして自分自身の無力さも。
自分でも訳がわからないほどの激情が思考回路を侵食する。律しきれなくなるほどの憤りが身体を動かす。理性を保ったいつものシェイルが薄れていって、真っ赤な炎のなかで鬼の形相を浮かべる少年が大きく、熱く濃くなっていく。
オレが、全部戦って壊して守り抜く。そのための力・・・MS。唐突に悟った。ただの量産型とは違う、唯一無二にして希望と反逆と革命の象徴、その名前を。
「出ろぉぉっ!!ガンダァァム!! 」
神々しい眼差しがシェイルを見下ろす。いつ現れたのか、どうでもいい。どうやってここにたどり着いたのか、どうだっていい。どこから来たのか、わからないのはオレと同じだ。
暖かく目を灼く光を身体中から放つガンダムは、ゆっくりと地面に跪いてコクピットのハッチを開いた。誘われているのではない、命令を待つ忠犬のように見えた。その姿はどこかかわいらしく、それでいて雄々しく猛々しい。
「使うぞ、お前の力」
思い切りハンマーで殴られたような衝撃を受けて、シェイルの意識は吹っ飛んだ。
※※
海。これほど万人が抱くイメージが共通しない言葉もない。
アースノイドに言わせれば巨大な水溜まり、青く輝く生命の故郷。スペースノイドに言わせれば無辺の虚空、黒く呑み込む生命の墓場。そして彼ら海兵にとっては・・・良質な獲物が選り取りみどりの狩り場である。
「さァ、捉えた・・・。離すんじゃねぇぞ、野郎ども」
モニター上に輝く光点を見ずとも目視できる距離に近づいた獲物、もとい貨物船。宇宙世紀が百年を越え、連邦軍が時代に嵐を起こしたジオン系勢力の根絶を宣言してからはコロニー間の移動に護衛をつける風習もなくなりつつあった。
海兵たちにとっては仲間が次々と減っていることの象徴であるともいえたが、そうなってくると自分たちの心配で手一杯になってしまうものだ。宇宙移民計画も廃れて久しく、戦乱の過ぎた時代にあってはコロニー間での人、物の移動も少ない。連邦政府が宇宙への意識を失いつつある中で、各コロニー群の間で結束が強まりつつあることも逆風だ。連邦が廃止した貨物船のMS随伴制度をスペースノイド主導で復活させようとしているというのも噂に聞く。そうなればティターンズ系の旧式が就いていた連邦時代よりも事態は悪化しかねない。
だからこそ、海兵は今を生きることに全力を尽くす。否、今にしか意識を向けないように注力している。
「ヅダM、発艦。続けてガ・ゾウム、マリーネ・ズール。MS隊射出後、本艦は最大船速で目標の前に出ます」
貨物船は中型サイズの比較的スタンダードなタイプで、いってしまえば大手の企業がそこら中にばらまいている量産品だ。しかし船体に記された所有会社のロゴにはとても興味をそそられる。ロンデニオン重工、その名の通り、サイド1のロンデニオンに本社を置く会社だ。連邦軍の外郭もとい実動部隊ロンド・ベルの拠点となっていたことで悪名高いコロニーだが、そのロンド・ベルのお膝元となったお陰で近隣コロニーを巻き込んで工業が飛躍的に発達していった。その渦中、もはや火付け役ともいえるこの会社は、アナハイムやブッホのようにMS本体を作る技術までは持たないものの、ビーム・ライフルに始まるMS携行火器のシェアが業界トップクラスの大企業。さぞ豪勢な荷物を載せていることだろう。
私自ら出て、確実に仕留めてくれようか。
部隊を率いる身としてあるまじき愚行と分かっていても、そうやって部下をついて来させるのが海兵隊の、ジオン公国時代に基づく風習だ。そんなもの今さら関係ないのだとしても、何よりそういうのが一番自分の気性に合っているのだと、もはや原型をとどめないほどの改修と改造を施されたザンジバル級機動巡洋艦“アイオライト”の艦長サディン・キャディンは自覚している。
「私も出る。ドワッジαの準備は出来ているな? 」
ヅダ、ガ・ゾウム、ギラ・ズール、ドワッジと博物館行きのMSを騙し騙し運用している海兵にとってロンデニオン重工の積み荷は十分、賭ける価値がある。艦の指揮を副長のシャンティ・オルキュイに任せてブリッジを出ようとした、その時だった。
貨物船のコンテナを突き破って、一機のMSが飛び出した――どこか神々しさを感じる暖かい光を見た気がしたのも一瞬、常識では考えられない速度でそのMSは飛び去った。
「貨物船の確保を最優先。MSのことはいったん忘れて、目の前の仕事に集中するんだ。いいね」
呆けた顔でスラスターの残光を見つめる一同に、いち早く我に返ったサディンが喝を入れた。得体の知れない感情に支配されそうになる、自分の心に向けて。