機動戦士ガンダム ーRebuild Generationー 作:イング・ディライド
ケンロクエンを巡るトラブル、あるいはアクシデント、あるいはパニック。一連の出来事のなかでの死者は数百人と報道された。管理運営を担うコロニー公社が危機管理能力を問われ連日ワイドショーを賑わせたのもせいぜい一週間、どこかの俳優が不倫をしただのどこぞの企業が脱税していただのというどうでもいいニュースが民衆の認識を上書きしていった。
もちろん、名前も知らないそこらの有象無象のメディアに限った話である。その遥か上をいくアルフレッド家の情報網は逐一状況を伝え続けてくれていたが、こちらも一か月ほどが経過した辺りでゾルフの興味も失せ、必然ソルが得られる情報もなくなった。幼い子どもに同情して職務外のことをするほどアルフレッド家の執事は暇ではないし、その程度で気持ちが揺らぐような人材なら面接どころか書類選考で落とされている。
父からは一言「気にするな」とだけ言われたが、数日とて散々マスコミが騒ぎ立てて不安を煽ったショッキングなニュースを簡単に忘れられるほどソルは大人になっていなかった。デマの掃き溜めと承知のうえでインターネット上を漁ったりもしてみたが、まともな情報などゼロだった。他人の不幸に嬉々として、悪意にまみれた偽情報をたれ流す世界の闇を知ったことが唯一の収穫だろうか。
あてにするな、と言われた数の点から見るなら死者は225人、重軽傷者多数。初弾で犠牲になったのが二世帯6人、復旧作業にあたったコロニー公社員が3人で残りは避難時のパニックに押し潰された人たち。感情の点から見るなら特定された襲撃犯はジオン残党を名乗る海賊の類いで、コロニー公社と連邦軍と襲撃犯とをメディアがこぞって煽り立てた結果、特に何も変わりはしなかった。連邦政府はもはやコロニー公社を裁くほどの権限を持たず、かといってコロニー公社が連邦を裁けるはずはない。そして信用の欠片もない連邦は躍起になって海賊の追跡にあたったけれど今や大した力もないのだからできることなんてたかが知れている。
数少ない目撃証言から海賊が使用していた機体がドム系列だったことは判明したけれど、今どきのジオン残党が使っている機体なんてどれも型落ちの旧式を無理矢理レストアした中古のものばかり、何を使っていようとさほどの問題ではなかった。
あくまでもソル・アルフレッドという第三者の観点からの見解である。
※※
全天周モニターに囲まれたシートに座ると宙に浮いているようで身体がむずむずした。しかし不快感がなかったのは、まるでここが自分が本来いるべき場所であるかのような安心感が感覚を支配していたうえ、非日常の連続した展開から一時的に解放されて腰を落ち着けることができた安堵があったからだろう。
先ほどの声はもう聞こえないが、軽い頭痛はずっと続いていた。頭をぶんぶんと振って痛みをごまかしたシェイルの視界に、ふと正面のモニターが映る。見えていなかったのではない、廃墟と真空の背景に気を取られて小さく表示されたその文字に意識が向かなかっただけだ。核融合炉の出力や各部にかかる圧力の値、加えて外気温に風向き風速天候とMSの操縦にあたって不可欠な情報が次々更新されてスクロールしていくなかでただひとつ、その一番上に記されたそれは異質だった。データの更新がない、すなわち不変の値。だからこそモニターにデジタルで表示されるのではなく、全天周モニターを構成するディスプレイ画面そのものに物理的に「刻印」されていた。
「Eガンダム・・・? 」
RX-78E。少しミリタリー系に興味があればすぐにわかることだ。一年戦争で悪魔的とまで称されるほどの戦果をあげたRX-78、いわゆるファーストガンダム。そして付け加えられている何を示すのかわからない一文字。
偶然だとしても、自分がその“ガンダム”の系譜に連なる機体に搭乗しているという事実はシェイルの身体を震わせた。ガンダムといえば圧倒的な性能を持つMSの証であるとともに「英雄」の称号をも持つ。残虐非道な手段で以て地球連邦を脅かしたジオンをたった数か月で崩壊に導いたRX-78。既に滅んだ公国の名を騙るテロリストの鎮圧を成したGP01及びGP03、連邦軍増長の象徴ティターンズの魔の手から連邦軍のあるべき姿を取り戻したMSZ-006。その後三度にわたってジオンの亡霊を打ち負かしたのも全てガンダム系列の機体である。
そして、パイロットの共通点――戦闘訓練など受けたこともないごく普通の少年が乗り込んで、鮮やかに操ってみせたこと。
「当たらないでっ!! 」
「当たるもんか」
ひどくクリアになった視界がスローの世界を映し出す。コロニー外壁の向こうから迫るビームの色までしっかりと知覚したシェイルは、軽やかにその一射を避けてみせた。
ガンダムの刻む鼓動がコクピットを震わせる。それはまるで優しく暖かい母の腕の中にあるような、それでいて力強く背中を押してくれる父の言葉であるような気がした。ジェネレータの出力が飛躍的に上昇し、機体が放つ緑色の光がより明るくはっきりと辺りを照らし出す。
瞬間、モニターに映り込んでしまった。道端に倒れた一人の青年、歳はシェイルと大差ないくらいだろうか、その腹に深々と鉄筋が突き刺さっている様子が。真っ黒な瞳、乱れた衣服、どくどくと溢れる血液。強風に巻き上げられたそれがメインカメラに付着し、モニター全体が真っ赤に染まる。
「う、ぐ、あ・・・」
言葉にも、悲鳴にもならないうめき声。猛烈な吐き気の襲うままに腹の中のものをすべて出し切った直後、シェイルは気を失った。
※※
アイオライト。かつてジオン共和国軍で使用され、共和国解体の後にサイド3の最奥でゴミ山に埋もれていたザンジバル改級の改修型。対空砲の増設による火力の上昇と最新型のロケット・ブースターへの換装、プロペラント・タンクの設置による速力と航続距離の飛躍的な上昇。端的に言うなれば、ザンジバルの皮を被った化け物である。
生活必需品の買い出しへ、と最寄りのコロニーまで一日の航行。それはあのMSが飛び去っていったのと同じ方向だったが、乗組員にそれを気にしている者は少なかった。
ロンデニオン重工の貨物船に乗り込んだ途端、船長が降伏の意思を伝えた。お陰で積み荷も互いの乗組員も無傷、これまでの中で一番楽で一番割りのいい仕事だった。挙げ句、今は貨物船の乗組員と一緒に酒盛りをしているというのだから気楽なものだ。
「サイド6へ向かってくれ」
「はぁ? 」
単身でアイオライトの艦長室を訪ねサディンと話す貨物船の船長の焦りようは尋常ではない。
「この船なら2日とかからないだろう。私たちの船では遅すぎる、事が起こってからでは取り返しがつかないんだ。頼む」
当然、サディンは困惑していた。自分たちの船の積み荷を奪った海賊に頼みごと? まともな神経では考えられない。しかし船長の態度に打算や謀略の面影は見えず、むしろ誠実に懇願されているように思う。
「悪いんだが、オレたちの財布はスカスカなんだ。たかが往復4日の燃料代だって馬鹿にならない。今どきの海賊がどんな状況にあるのか宇宙船を操縦する身ならわかるだろう、大人しく部屋に戻って・・・」
「君もあれを見ただろう!! 」
『あれ』――恐らくは、謎の光を纏って飛んでいったあのMS。一瞬の出来事に動転していて考えてもみなかったが、落ち着いて思い出せばそのシルエットには明確な特徴があった。額にV字、人間を模した2つの瞳。
「まさか・・・」
待て、それだけで断言するのは早すぎる。あの機体が今の時代に現れるはずがない。幾度となく武装蜂起したサディンの生まれ故郷をすべて完膚なきまでに叩き潰し、反乱の芽を根っこまで枯らし、名前そのものを歴史から消滅させた恐怖の大王。あるいは人類滅亡の恐怖を、地球が死の星になる絶望を退けた最高最強の英雄。
「そうだ、私たちの積み荷は最新鋭の・・・」
「『ガンダム』かっ!!」
カップが落ち、コーヒーが床に散る。安物のプラスチック容器だったお陰で割れなかったことを喜んでいる場合ではない。
「わかった、サイド6へ向かおう。道中ですべて聞かせてもらうぞ、有無は言わせん」
船長は諦めたような、悟ったような達観した表情でサディンを見つめる。
「まあ当然、そうなるのだろうな・・・」
そうつぶやいて一瞬だけ、相当に無理をしている事がわかる下手くそな作り笑いを浮かべた。