機動戦士ガンダム ーRebuild Generationー 作:イング・ディライド
「あーあ、折角の苦労が台無しになっちゃった」
まだ幼い子どもの声、しかしその言葉に一切の感情は感じられない。パイロットスーツのヘルメットを無重力下のMSデッキに放り投げて、心底呆れた顔をしている。その視線の先では、コクピットの中で気を失っている少女がクルーたちに引っ張り出されていた。
「ねぇセルダン、なんでいつまでもアイツと組まなきゃなんないのよ。バックスは何を考えてるの? 」
「そりゃあ、『マグナ』を扱えるパイロットがトオノ一人だけじゃあ正式採用の認可が降りないからな。他にも誰かが使いこなせるってことを見せてやらないといけないのさ」
出撃後は恒例の鬱憤ばらしに付き合っているのは、この『Jヒルトン』で特殊MSの運用を一任される若手技士セルダン・ラム。地球連邦軍軍学校卒業から2年と経たずサイド6自警団旗艦乗組員に抜擢、次代を担うと期待される優等生。10分以上が経過しても勢いが衰える様子のない愚痴を聞き流しながら、手元の端末越しに帰投した2機の『マグナ・マティ』整備の指示を出す辺りに我の強さ、あるいはマイペースさが垣間見える。トオノとて自分の愚痴に付き合ってくれるのはセルダンだけだと分かっているのだから、多少相づちが雑でも文句は言わない。
「どのみちあんなピーキー扱えるのは強化人間だけでしょ。これ以上、都合よくティターンズだのネオ・ジオンだのが私みたいなのを残してると思う? 」
トオノが乗る藍色の『マグナ』はほぼ無傷でハンガーに固定され、レコーダーのデータを抜き取られている。『ティターンズの最高傑作』と謳われるその実力は伊達ではない。本人のやや自信過剰ぎみな態度も当然のことだ。
対して先ほど医務室に搬送された少女、エルフ・アリサスの『マグナ』、その真紅の機体は満身創痍だった。そこら中の装甲がビームの熱で溶け、コクピット前面の装甲は物理的な衝撃で大きくひしゃげている。この惨状を見てエルフを非難するトオノだが、ここまで痛めつけられて生還できたことには感嘆せざるをえない。
「ソフトウェアを作れないのに、ハードウェアだけ作ったってどうしようもないのにね」
仕事の手を止めなかったセルダンがトオノの横顔を見やる。しかしそこにあったのは自分の価値を悲観する寂しい顔などではなく、すべてを受け入れて納得し飲み下しているのだろうと思える感情のないいつものトオノだった。
むしろセルダンの方が肩を落とし、端末を操作する手が遅くなる。トオノの『マグナ』から得られたデータを呼び出して、焦点の合わない呆けた顔で画面を見る。
「どうしようもないっていえば、『マグナ』のコンテナ外してくれないの? ファンネル用のペイロードだって言うけど、うちにサイコミュ関連の技術なんて殆どないのに作れる訳ないじゃない。スラスターついててもアレの重さでどっこいだし、今どきミサイルなんて装備してたって使いどころないのよ。ねえ、聞いてるのセルダン? ・・・セルダン!!」
「ん、ああ・・・。メカニックと相談しておくよ。彼らだって上からデータ収集を頼まれてるんだ、あんまり困らせるなよ」
不承不承ながらふうん、とうなずくトオノ。そういえば、と思い出したように顔を上げる。
「バックスに呼ばれてたんだった。行ってくるわ」
余計に陰鬱になったトオノを見送って、セルダンはもう一度『マグナ』に視線を戻す。並みのパイロットに扱えるとは到底思えない尖ったスペック、それをトオノやエルフのような少女が操っているのを目前にしても、それが現実だとは信じられなかった。
「お帰りトオノ、君が負けるとは珍しいこともあったものだ」
「別に、負けた訳じゃない」
ブリッジルーム入室そうそう嫌味に出迎えられたトオノはあからさまに不機嫌な態度をとった。バックス・ベティア、『Jヒルトン』艦長兼自警団団長。事実上解散したサイド3極右団体『風の会』幹部だった実戦派の男である。六十は越したであろう風格漂う顔つきにぴっちりとしたスーツを着こなし嫌味を連発するさまは、どこの会社にもいる嫌われ者の管理職そのものだった。実際、信頼されてはいるが人望はほとんどない。
「勝ち負けは戦の常と言うし、気にすることはないよ。ただ次に活かすことができればそれでいい。ああ、報告書はなるべく早く回しておいてくれよ」
いつもと変わらない、悪意を感じないほど悪意に満ちた言動はトオノをいら立たせる。バックスはもうトオノへの興味を失くし、手元の画面に上がってくる報告に目を通している。その横顔がしかめ面になった時、溜め込んでいたものが弾けた。
「・・・んだ」
「何? 」
視線を向けようともしない。いっそ銃を向けてやろうかと思いながら、殺意を込めた全力の怒鳴り声。
「何も聞かないんだ!?」
ほう、と短い返事。視線は未だ画面上のままだ。怒号に異変を感じ取ったブリッジクルーは、巻き添えを恐れて一言も喋らない。
「エルフのこと、私のこと、敵のこと、何も聞かなくていいんだ」
「だから報告書を上げろと言ってるだろ、全部あとで確認するさ。軍艦だって一組織なんだから、普通の会社なんかと同じ手続きを踏むこともある。子どもじゃなけりゃ、分かるはずだろう」
「もういいよっ!! 」
「今からサイド1に向かう、到着予定は2日後だ。今回の奴らとの戦闘が予測される、準備しておけ」
艦長席を思い切り蹴りつけて、トオノは自室に戻った。とんでもない轟音を気にもとめず命令を言い切ったバックスは、側面の合金板が凹んでしまったシートの中にあって至って平静でぼそりとつぶやく。
「セルダンにメンタルケアをしっかりやらせなきゃならんか」
それを聞いたブリッジクルーは更に己の不運に辟易するハメになる。当直の交代までまだ5時間はあるというのに。
「おい、聞いたかよ。あの強化人間、任務失敗したんだってよ」
「ああ、片方はMSをボロボロにされたらしいな」
「やっぱりニュータイプだのなんだのってまやかしなんだよ、所詮作り物の紛い物だろうに」
元々クルーからまともな扱いを受けてはいないトオノだったが、この日はいつにも増して陰口が酷い。『マグナ』の惨状を見た整備士が言いふらしたのか、それとも戦況を把握していたブリッジクルーが騒ぎ立てたのか知らないが悪評は一気に艦内に広まり、あからさまに邪険な態度をとる者も1人や2人ではなかった。
足早に廊下を抜けたトオノは自室へ入ると最初にベッドへ飛び込んだ。肌を湿らせる汗の気持ち悪さも構わず、きっちりと襟まで締めた軍服のままで毛布にくるまって縮こまる。
悪評が立つのは自分の態度にも問題があるのだということは自覚している。エルフのように大人しく従順にしていれば波風立つこともないだろう。まあ、それができればこうも苦労はしていないが。
しばらくベッドの中でもぞもぞしていたトオノだったが、結局またセルダンに愚痴を聞いてもらうことにした。彼女にとってのストレス解消はそれしかない。30分後に食堂で、と約束を取り付けると億劫なのを我慢してシャワーを浴びた。ほんの少しだけ気持ちがさっぱりした。
※※
宇宙を身一つで漂っている。地球が見えて、月が見えて、たくさんのコロニーが貝殻みたいにキラキラしていて。学校で先生は言っていた、宇宙は寒いところだと。だから宇宙を映すモニターはCGで多少の調整がかけられているのだと。
とんだ大嘘だ。
はてのない広い空間に身を委ねる心地よさ、ノイズのない快適な世界。ふと目を向けた先に、見慣れた『ケンロクエン』が浮かぶ。ズームアップされていくにつれ、その中心にあるのが『ケンロクエン』ではなく傍らを航行している戦艦だと気付く。意識が収束し続けた先に、一瞬だけ自分を俯瞰した。例えがたい不思議な感覚が覚めないうちに、目が開いた。途端、全身で感じていた心地よさが霧散した。
まず始めに見えたのは、無機質な真っ白い壁・・・ではなくて天井。背中に感じる岩みたいな感触は安物の固いマットレスに薄いシーツを敷いただけの簡易ベッド。腹に被せられているのも薄っぺらいバスタオル1枚。決してまともな扱いとは言えなかったが、お陰で思考がまとまるのも早かった。
『ガンダム』に乗って一瞬で意識が飛んで、なんとか立て直せたと思ったらまた飛ばされて・・・。改めて振り返るととんでもなく情けない。『ガンダム』に乗り込んだ少年は火事場の馬鹿力もといニュータイプの力で軽々と敵を退けてみせるのが通例といえど、自分がその例に倣って活躍できるなどというのは自惚れに過ぎなかったらしい。
「いいタイミングだな」
パイプ椅子が軋む音。連邦の地方議会議員に定められた正装を着崩した男は、サディン・キャディンと名乗った。どこかで聞き覚えのある名前に思考を巡らせたが、すぐに諦めた。他にも考えることが多すぎる。
「早速で悪いが、話を聞かせてもらおうか。君があの機体に乗った経緯、あの戦い方、あとは君のプロフィールも。何せ我々も混乱しているからね、判断材料として、君の感じたままを教えてくれ」
物腰が柔らかく話しやすい印象を与える微笑に、しかしシェイルは寒気を感じた。この顔は本心を覆い隠すための上っ面であると直感する。
「あなたはなんなんです。どう見てもまともな所属とは思えませんが」
自分の状況が何一つ理解できなくとも、ただ強烈な直感が騒ぎ立てる。この男には従うなと。
「簡単に言えば、既に『死んだ人間』だよ」
「はぁ」
真意を図りかねる答えに拍子抜けしたシェイル。疑惑が晴れた訳ではなくとも、ただ反発するだけでは遠からず殺される。というより、生きられない。ケンロクエンのアパートもバイト先も宇宙のもくずになった今、しがない学生にできるのは結局従順であることだけだった。
「僕はシェイル・テストラータ。サイド6生まれ、ケンロクエン内の公立高校の学生です。事の経緯については、上手く言葉にできないのですが・・・」
要求通りに一通り話し終えると、サディンは「まさか、な」と首を振った。
「まあ、ひとまず身体を休めろよ。ケンロクエンに住んでたなら帰るところねぇんだろ、当分はここに居ていい。その分働いてもらうことにはなるがな」
後は任せた、とシェイルの対応を押し付けて、サディンは医務室を後にする。押し付けられた白衣の男は数秒間の気まずい沈黙を経て、にっこりと笑った。
「雑でしょお、あの人。ずっとあんな感じなんだよ、参っちゃうよねぇ」
トルミー・アーキィ、医者。外見からしてまだシェイルとさほど年の変わらない若者に思えるが、ここの医務室を預かる責任者とのことだ。それほど優秀ということなのか、それとも人員配置が雑なだけか。
「『ガンダム』で戦ったってのもそうだけど、“感じた”とか“聞こえた”とかニュータイプっぽくて格好いいねぇ。サディンさんだってあんな態度だけど本当はもっと細かいこと聞きたくて仕方ないんだよ?雑だけどそこら辺の気遣いはできる人だからさ、安心して」
「・・・ありがとうございます」
「素直でいいね、ホント好青年って感じ。ああ、それと言い忘れてたんだけどさぁ」
ガタン、と扉が荒々しく開け放たれた。と同時に10人を越す男たちがどたばたと入ってきて、途端に医務室が騒がしくなる。
「『ガンダム』の開発スタッフの皆さん、あれが動かせる奴がいるなんて思わなかったってさ。じっくり話してあげてよ」
鼻をつく油の臭いに顔をしかめる間もなく、シェイルはメカニックたちからの質問攻めに数時間捕らわれ続けた。
「コンペイトウを迂回することを考えれば、残りの燃料じゃサイド3宙域まで戻れん。サイド1で補給を行うべきだな、艦長」
「お前にそう呼ばれるのはいつになっても慣れないよ、副長どの」
戦闘態勢にないアイオライトのブリッジにはたったの3人。いくら人員が少なくて最低限の機能しか回していないとしても、ここまでの省人員化を行える艦はこのアイオライト以外にないだろう。艦長もといサディンと副長は今後の打ち合わせをしているため、ブリッジの業務は実質1人で行われている。
「ミンクにあれを渡さずに済んだことはこれまでの活動の中で最大の功績だろうな、代償はそれなりにデカいが」
「立ち寄るなら最適なのは『デトロリトル』ってとこか・・・できることなら一生近付きたくない場所だが、文句を言ってられる状況でもねぇ」
サイド1に属するコロニー、デトロリトル。憐れみと侮蔑を込めて『革命の生け贄』と呼ばれる所以は以前、カロッゾ・ロナ主導の貴族主義政党崩壊直後に起こった大規模なデモに対するサイド6自警団の対応である。
「ブリッジは任せたぞ。私は向こうの同志に連絡を取ってくる」
「同志、ねぇ・・・」
言いようのない不快感を押し込めるため、サディンは自分の職務に没頭することにした。
自分で書いててややこしくなったのでメモ程度に・・・
・ケンロクエン→サイド6のコロニー
・Jヒルトン→サイド6自警団(トオノ、バックス等)
・アイオライト→海賊(サディン等)
定期的に見直し(再確認)やって編集していきますが、気にしないでください。