機動戦士ガンダム ーRebuild Generationー   作:イング・ディライド

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真なる恐怖は、足音もなく

 サディン・キャディン。元サイド1自治議会の長、つまりサイド1のトップである。その政治姿勢と悪意あるゴシップ記事によって失脚した後は各地を転々とするも、数年前に海兵隊を立ち上げた。

 

「一度登り詰めた人はランクの低い生活じゃ満足できなくなるってヤツですか? それとも自分を貶めた人たちへの怨恨・・・」

「隊長はそんなに浅い人間じゃない」

 

 所属もわからないMSのパイロットに従ってガンダムを動かす道中、ヅダのパイロットであるトリニト・クリフレッド、ガ・ゾウムに乗るミクタ・クビオン、マリーネ・ズールを操るショウ・ナカジマからある程度の事情を聞いたシェイルの感想がそれだった。なにか核心に相当するものを隠されている気がしてならなかったが、そこまで踏み込めるほどシェイルは先輩パイロットたちと打ち解けてもいなかった。

 

「静かにしてろよ、お前ら。・・・ほら、ボスの所に着いた」

 

 そこはいわゆる「地下」だった。コロニーにおける地表と外壁の間に広がる空間、主にコロニー公社の管理するこの区画は、水や空気の循環システム、発電から送電に至るまでを統括するコロニーの心臓とも言える部分である。しかし最初期に建造されたデトロリトルのようなコロニーでは、往年の威光の衰えたコロニー公社が管理を手放すケースも珍しくない。出資と監査を行う連邦政府そのものが弱体化した今、コロニー公社や引っ越し公社といった宇宙移民初期に隆盛を極めた者らも衰退の一途を辿っていた。

 

「ここでドンパチはもう日常とはいえ、まさかまたガンダムが見られるとはねぇ」

 

 ボス、と呼ばれたのは年配の女性だった。鮮やかな金髪に目を惹かれるが、シワひとつない顔もかなりの美人だとシェイルは感じた。歳を取ってなお妖艶な魅力をもつ、こんな女性は初めて見た。

 薄暗い壁際に目をやると、サディンとシャンティが椅子に座っている。どうやらさほどひどい扱いを受けたわけでもないらしい。

 

「ようこそ、威勢のいい海賊さん。私はエル・ビアンノ、元ガンダム乗りよ」

 

 悪戯っぽい、というには少し狂暴さが過ぎる光を瞳に宿して、エル・ビアンノは静かに笑った。

 

 

「ミンク・ラギッシュの失脚とクシャナ派議員の復権だ」

 

 海賊行為の目的を問われ、サディンはぶっきらぼうに言う。エルは堪えた様子もなく、にこにこと微笑むだけだ。

 

「クシャナ・バルゲナの“人類共栄共存構想”か・・・。まだ根強い人気があるみたいだね。確かにいい話だとは思うけれど」

 

 時代が悪かったのだろうか。地球も宇宙も関係なく、人類がみな手を取り合い共存するという方針は夢物語にしか聞こえない。ましてコスモ貴族主義や完全独立主義が支持を得るような世の中ならなおさらだ。

 

「実現させなければならないんだよ。独裁まがいの貴族主義も他を蹴落とす独立主義も社会の毒だ」

「待って。この場で互いの思想について語らう気はないよ。そんな時間もない」

 

 小刻みに空間が震える。デトロリトルに掃いて捨てるほどいるサディンを快く思わない連中、それらがよってたかってビアンノ・ファミリーをつるし上げようとしているのだ。コロニーが傷つかない程度を知っているぶん、バウやギラ・ドーガの部隊より厄介な相手でもある。

 エルの周りに控えていた連中が各々武器を構える。みすぼらしい格好に似つかわしくない、固い意思を瞳に宿して。

 

「私らは所詮新入りの弱小勢力、アイツ以外によすがのない取るに足らない雑魚なんだ。でも、信じるものがひとつあればそれでいい」

「まだるっこしいことやってないでさぁ」

 

 突然、エルの背後の暗闇から声が響く。しゃがれて少し干からびたような、それでいて芯の強さを失わない角ばった声。

 

「要はお前らの気持ちが本物かどうか、確かめてやろうってこと。たとえ自分ひとりになっても、世界を敵にまわしても、最後まで自分を貫ける、そのくらいの覚悟はあるの? 」

「あるさ。これだけは絶対に譲れない、先生の教えは無駄にしちゃいけないんだ」

「上等だ」

 

 スポットライトが辺りを照らす。途方もなく広い空間の中に悠然と聳える巨漢。その姿を知らない者はない、英雄の顔。

 

「せっかくオレとコイツが揃ってるんだ、派手にやろうぜ!! 」

 

 全長20メートルを越す大型MS、ZZガンダムを背に、ジュドー・アーシタは高く拳を掲げる。

 

「ジュドー、あんたはストレート過ぎるんだよ・・・」

 

 歓声に湧く者らを尻目に、エルは肩をすくめた。

 

 

 

「いつでも出られるようにしておけよ。野蛮な連中は利用こそすれど最後まで好き勝手やらせるわけにもいかん。幕引きは我々で行う」

 

 静観しているだけで都合よく進む状況を見ながら薄く笑うバックス。サディンの引き渡しを求める有象無象の輩どもはそのほとんどが暴徒と化していたが、こちらが本性なのだろうという感覚が先に立つ。極限まで追い詰められた人間がどう考え、どう行動するのかは何度も経験している。トオノは直感と実体験によって、バックスは観測者としての経験によって彼らの心理を悟っていた。

 マグナ・マティアのメンテナンスは完璧に終わっていた。ほぼ無傷だったトオノの機体は背部オプションを丸ごと取り替えられ、以前以上に鈍重なイメージを受ける仕上がりに。エルフの機体もすっかり元通りになり、深紅の輝きがMSデッキを照らしていた。

 

「あんなやつが、『赤』だなんて」

 

 宇宙世紀において、ことMS乗りにとって赤という色は特別な意味を持つ。人類史上屈指の名パイロットにあやかろうとする気持ちは分からなくもないが、実力のない者が見栄を張るのは早死にの元だとトオノは考えていた。

 

「マニュアル、目を通しておいてくれよ」

 

 コクピットに収まってシートの感触を確かめていたトオノに、セルダンがルーズリーフを渡す。コンピュータの扱いが苦手な訳でもないのにほとんどの書類を手書きで用意する彼の姿勢は理解できなかったが、一文字ごとに味がある機械感のないそれを見るとトオノは不思議と心が落ち着くのを感じた。

 

「ビームシールド展開ミサイル? 」

「そう、爆発時に大量のミノフスキー粒子を撒き散らし、機体の制御ユニットを使ってシールドを発生させる。資料通りのスペックを再現できていれば、ミノフスキー粒子が拡散するまでの数十分間、マグナは好きなタイミングで好きな場所にビームシールドを張れるはずだ」

「はずだ、ってねぇ・・・」

 

 文句のひとつも言いたいが、何が起きるか分からない爆弾を抱えて飛ばされるのはいつものことだ。トオノは大人しく従う。帰艦したらまたセルダンに愚痴を聞いてもらおう、と考えながら。

 ちょうどセルダンからのレクチャーが終わったとき、バックスがMS隊の発進を指示した。いつの間にかマグナに乗り込んでいた無表情のエルフが「了解」と死んだ声を出す。

 

「トオノ・ツキミ、出るよ」

「エルフ・アリサス、出ます」

 

 2機の発進を見送って、セルダンはほっと息をつく。エルフの機体に備えられたインコムは主任がやってくれた。自分が手掛けたビームシールド展開ミサイルはできる限りトオノの要求を取り入れ、弾頭発射後は背部ユニットをごっそり切り離せるように手を加えた。技術屋からはデータがどうこうと文句を言われるだろうが、どうだっていい。トオノが無事に帰って来られるのなら。

 

「インコムの整備なんて初めてだよ。サイコミュってのは、どうも肌に合わないね」

 

 主任のぼやきを聞きながら、セルダンはモニター越しにトオノを見守る。

 

 

 コロニー内の暴徒が帯びる熱は時とともに高まっていく。作業用MSがビアンノ・ファミリーの根城を地表から殴りつけ、火炎瓶や爆薬の匂いも漂ってくる。地下のここが丸裸にされるのも時間の問題だった。

 

「ジュドーがああ言ったんだ、お前らのことは信じる」

 

 重い腰を上げ、立ち上がったエル自らサディンとシャンティの縄をほどく。シェイルたちに向けられていた銃口は下ろされ、MSに群がっていた男たちもエルのもとへ駆け寄る。

 

「サディン・キャディン、ここでの自分の立場は分かっているね? 過去の事とはいえ、あんたはこの街を死の寸前まで追い込んだ。ここを出ればジュドー以外にあんたを手助けするやつはいない。でも、本当に人類共栄圏構想なんてものを実現させようとするのなら・・・」

「分かっています」

 

 力強く答えるサディンに目を白黒させたのはエルの方だ。

 

「罪は消えない。でも、新しい罪が生まれるのを防ぐことはできる。そして犯した罪以上の功績を以て、死ぬまで詫び続ける。逃げるつもりなんてない」

「いい度胸してるじゃないの、ますます気に入った」

 

 Eガンダムの背丈を優に凌ぐZZの巨体が動く。エルの合図で天井がゆっくりと開き、太陽の光が差し込む。全身を輝かせたZZがスラスターを吹かし、轟音が空を切り裂いて暴徒の耳を打つ。

 

「『中』は俺たちで抑える。お前らが戦う相手は『外』にいるんだろ? 」

 

 この上なく頼もしい男に背中を預け、シェイルたちはアイオライトで宇宙へ出る。待ち受けていたのは2機のマグナ・マティア。

 

「ショウとトリニトで赤い方の相手をしろ。ミクタとシェイルで青い方を。俺は直接敵艦を叩く」

 

 ドワッジのスカートから噴射された爆炎が尾を引く。その軌跡を辿るマグナを、手慣れた様子で足止めに入るMS隊。しかし、シェイルは遠巻きに眺めるだけで手を出せずにいた。

 

「アポロニアスはサイコフレームだ。つまり、お前さんがEガンダムに乗っている間はお前さんが思ったことを忠実に実現する道具な訳だが、あれにリミッターはついていない。これがどういうことか分かるか? 」

 

 出撃前、アルドネに釘を刺されたのだ。ガンダムのリミッターはかけられている。だがサイコフレームに関わる部分は手付かずだ。開発、実用から40年が経った今でも、サイコフレームの全貌は解明できていない。完全制御など夢のまた夢だ。あるいはフル・フロンタルならば全てを理解しているのかもしれないが、彼はもう存在しない。

 ともかく、アポロニアスの出力に制限はない。それは理論上、コロニーレーザーだろうと核の冬に相当する隕石落としだろうと単機で実行可能ということだ。加えてサイコフレームは登場者の意思を敏感に察知する。第二次ネオ・ジオン戦争時の記録によれば、あのアムロ・レイですらファンネルの暴発という事故を起こしている。

 

「もしお前さんが一瞬でも感情を暴走させたら地球がなくなってもおかしくない。これはそういう兵器だ」

 

 ドワッジを追うのを諦めたマグナがトリニトたちとの交戦に入る。圧倒的に性能が劣る旧式MSで最新鋭の第二期MS相手に渡り合うトリニトたちの腕はもはや神業だ。

 

「じゃあ、アポロニアスを外せばいいじゃないですか」

「無理だな。アポロニアスは機体制御の全てを統括管理するシステムだ。外せばガンダムは動かない。あれを持たずに出たとしても、サイコフレームの共振に物理的距離は無意味だ」

 

 背後の壁にかけられた『アポロニアスの一部』を示しながら、アルドネは忌々しげに言った。

 

「厳しいことは言ったが、正直これを操れるのはお前さんだけだ。これまでに何百人も乗せてテストしてきたがコイツはうんともすんともいわなかった。アポロニアスは思ったことを具現化する力、素人でも操れる。サディンって野郎もお前さんを最前線に放り出す気は更々ないだろう。これは攻める力、殺す力じゃない。守る力だってことを忘れるな」

 

 流れ弾がガンダムの頬を掠め、アポロニアスがガンダム全面を覆う。過敏な防御反応は自分の首を締める。分かっているつもりだった。だがいざ実弾を目の前にして、殺意を向けられれば足がすくむ。攻撃に転じる余裕などなく、背後のアイオライトを気にかけることもできない。

 

「シェイル、こいつは抜かせない。ここにいるだけでいい、戦いの空気に慣れろ」

 

 ミクタの心強い声に促されてようやく落ち着いたシェイルのガンダムが援護射撃を始める。

 

「ガンダム、まさか・・・っ」

 

 エルフが察した何かを、シェイルは気付けない。感情を共にした一瞬はアポロニアスが拡張したサイコフィールドの中での出来事であり、なおかつシェイルはアポロニアスのシステムに取り込まれていた。覚えているのは声と感覚だけだが、今のシェイルにエルフの声は届かない。

 注意が散漫になったエルフがガ・ゾウムに追い詰められる。旧世代機とはいえMA形態の機動力はマグナをも凌ぐのだ。ナックルバスターから放たれるビームの擦過痕がひとつ、またひとつと重ねられてゆくのを目にしながら、シェイルは漠然とした不安を抱いていた。

 

「あれにだって、人が乗っているんだろう? 」

 

 MSならパイロットがいる、当然のことながら。ならば今やっていることは人殺しなんじゃないか。敵? 中立コロニーでぬくぬく育った学生に敵なんかいるものか。せいぜい嫌味な生徒指導の教師がいいとこだ。

 なら止めるか、ガ・ゾウムやヅダ、マリーネ、ドワッジたちを。無理に決まっている。彼らとは身を置いていた環境がまるで違う、自分の言葉が届くはずがない。

 ただ見ているしかない、この惨状を。それはあまりにも絶望的で無力で、悲しい。

 ガ・ゾウムが動きの鈍った藍色のマグナに銃口を向ける。とどめを差す気なのだと直感した。マグナの回避は間に合わない。

 

「させるかぁぁ!! 」

 

 アポロニアスが変形して猛スピードで手元を離れた。上下に長く伸びた連邦の標準シールドに似た形状、それでいて中央付近から羽根のように突き出した装甲が目を引く。シールドの軌跡からは紫色の光が広がり、放射状に広がったそれは止まることを知らず。百キロ以上離れたところで戦っていたトリニトも、Jヒルトンを目視できる距離にいたサディンも、そのブリッジにいたバックスもMSデッキの中で作業していたセルダンでさえも、その光に心を奪われる感覚を味わった。

 

 

 

 

「こりゃあ、まずいぞ」

 

 暴徒もあらかた片づいた足下の、その向こうを見ながらジュドーがつぶやく。第一次ネオ・ジオン戦争以降木星船団にいた、その長い間忘れていた共鳴の感覚。昔に経験したそれとは違い、今回のものは自分の力を持て余して制御しきれていない、暴走状態にある印象だった。

 

「ジュドーっ!! 」

 

 息を切らしたエルがZZを見上げている。その指が指す先に何があるのかを瞬間的に理解して、ジュドーはZZを動かした。

 

 

 

 何が起こったのか。銃口を向けられて覚悟を決めたエルフがそれを理解するまでには、少し時間が必要だった。

 半球状の光に包まれている。緑色の暖かい光に。そのドームの中心にあったのは、蝶のように美しく舞うシールドだった。

 

「なんで・・・? 」

 

 直感と知識から、そのシールドがサイコフレームであること、持ち主があのガンダムであることは理解できた。しかし納得するまでにはさらに時間がかかりそうだった。

 繰り返しビームを放っていたガ・ゾウムもすぐに諦め、今度はクローで直接とどめを差しに来た。力なくショット・ランサーを構えるマグナの前で、シールドが変形を始める。

 4つの砲身を束ねた機関銃。それが回転しながらビームの弾丸を吐き出していく。不意を突かれたガ・ゾウムは咄嗟に身をよじるが間に合わない。肘、肩、膝、股関節、装甲が脆い部位を集中的に狙われてあっという間に機体がバラバラになった。機銃の照準が胸部のコクピットに向けられている。そして再び、毎秒20発のビーム弾の掃射が始まる。

 

「やらせないぜ」

 

 そんな言葉とともに弧を描いて飛んできたのは、赤く分厚い装甲板だった。アポロニアスとガ・ゾウムの間に割り込んだそれは機銃のビーム弾をすべて弾き飛ばして持ち主の元へ戻っていった。

 

「ガンダムかっ!! 」

 

 その姿に反応したのはエルフだった。満身創痍の機体を駆ってZZに襲いかかる。いくら性能差があるといってもマグナのダメージは大きく、歴戦のジュドーには手も足も出ない。

 

「ジュドーさん、中は大丈夫なんですか」

「構わない、後はエルたちが何とかするさ。それよりも先にこっちを止めないとな」

 

 2連装のビーム砲が火を噴く。アポロニアスが瞬時に形態を変えて防御に移る。さらに背中から勢いよくミサイルを放出、数十秒に渡って絶え間なく続けられた圧倒的な火力の砲撃を受けて、それでもなおアポロニアスのシールドは健在だった。

 

「堅いな、クソ」

 

 短くつぶやいてサーベルを抜くと、ジュドーは直接シールドに斬りかかる。変形して応戦するアポロニアスの攻撃を軽やかに避けてあっという間に距離を詰めると、握りしめた長大なビームの刃を叩きつけた。斬ることよりも押し潰すことを重視したかのような質量を持ったサーベルを、再び変形したアポロニアスが受け止める。激しく飛び散る火花をそよ風のように受け流し、ジュドーはさらに力を込める。

 

「邪魔・・・すんなァ!! 」

 

 ZZのパワーを前に、Eガンダムの制御下にあるシェイルの感情がいらだちに変わってゆく。守っているだけでは勝てない、もっと攻撃的に。強い思いに反応したアポロニアスが放つ光の色が紫に変わり、見る者の目を刺す強烈さを抱く。薄く広がっていたシールドが縮まり、明確な輪郭を描き出す。同時に装甲裏面のディテールが鮮明になり、そこに備えられた大口径のビーム砲が現れる。

 

「いつまでもマシンに取り込まれててどうするの、さっさと目を覚ませ!! 」

 

 がくん、とEガンダムがつんのめった。ZZがサーベルに込めていた力を抜いたせいで、自分の推力で体勢を崩したのだ。発射直前だったビームはあらぬ方向へ飛んでいく。「おしまいだぜ」ジュドーの一言とともに機体に強い衝撃が加わって、既視感を抱く間もなくシェイルは意識を失った。

 

「あら、やりすぎたか」

 

 つぶやくジュドーのZZは、負荷に耐えきれなかった関節部がスパークを起こしていた。

 

※※

 

「バックス・ベティア、なんでお前がそこにいる。なぜミンクの思想に賛同する」

「完全独立主義はそもそも国家が本来あるべき姿だろう。連邦政府の庇護のもとで危機感も抱かず脆弱になった地球の国家群も支配されることに慣れたスペースノイドも、今一度考え直す必要があるんじゃないのか?本当に 間違えているのはどちらなのか、と」

「詭弁はいい。『風の会』で最も政治的闘争に興味がないと評判のお前の本心とは思えんな」

 

 Jヒルトンからの対空砲火はなかった。サディンが予告もなしに撃つことはないだろうと、ミンクがバックスに入れ知恵をしたからだ。そして言葉通り、サディンは撃たなかった。出撃できるMSがないJヒルトンを。

 

「お前が知りたいのは私のことではなくミンクのことだろう。不毛なやり取りは必要ない」

「素直に教えてくれるとでも? 」

 

 まさか、と人を嘲るような笑い方をするバックス。Jヒルトンのブリッジクルーのうち数人はこれを聞くだけで鳥肌が立つくらいに彼のことを嫌っている。

 

「お互いこのままなら、遠からず直接言葉を交わすときが来るだろう。そして、俺たちは真に決別するだろう――ってさ。本来ならお前たちを捕らえて任務完了なんだが、少し状況が変わってな。これだけ伝えておいてくれとミンクから頼まれた」

 

 少しの沈黙を経て、サディンが口を開く。馬鹿にされたような、まともに相手をされていないという実感からくる怒りを抑えるように、ゆっくりと。

 

「こちらもそれを望んでいる。そう伝えておけ」

「承ったよ」

 

 結局ドワッジとJヒルトンは互いに砲門を開くことなく背を向けたのだった。しばらくして、2機のマグナもJヒルトンに回収された。途端に騒がしくなるMSデッキのなかで、セルダンはほっと息をつく。トオノは今日も無事に戻ってきてくれた。その結果を見るためだけにここにいるようなものだ。

 さて、また愚痴を聞いてやるか。力を込めたつま先で、軽い金属音が鳴った。

 

※※

 

 車窓から眺めるコロニー内の風景は緑と人工物が程よくミックスされ、いかにもな都会を演出している。繁栄の象徴としてメディアへの露出も多いサイド6の1バンチコロニー“ボナパルト”の街並みに満足げな微笑みを浮かべるのは、ここサイド6自治区の議会長ミンク・ラギッシュである。実年齢よりはかなり歳を食って見えると評判の顔は政治の世界ではまだ若者の部類に入る彼の立場を全く感じさせない風格を漂わせており、ミンク本人も老け顔を誇りをもって自認していた。

 このあとフロンティア・サイドとの貿易条約改訂に向けた電話会談、新進気鋭の民間企業『ロアルス・インダストリアル』の工場誘致に向けたプレゼンを控え、いつも通りに慌ただしいながらも充実した日々を送る予定になっている。そこへバックスからの通信が入ろうと、その内容が旧知の友との再会を仄めかす陰鬱たるものだろうと、この充足感は揺らぐものではない。

 

「残念だが、彼らの追撃は中断して一時ボナパルトへ帰還する。療養していたボルテクスが回復する頃合いだろう。ついでにマグナの武装類とJヒルトンへの補給もやっておきたい。まだしばらくは単艦での運用になるだろうから、無理はさせられん」

「了解だ、自警団はお前にすべて任せている。物資も人員も好きに補充すればいいさ」

 

 感謝する、と無機質な声を残して通信は切れた。どうやらまだ雌伏の時間は続くらしい。ミンクはにやりと口を歪めた。

 

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