ポケットクリーチャー 作:近眼
ご覧いただきありがとうございます。
ポケモン世界ってヤドンの尻尾とか食べてますけど、牛肉とかはケンタロスの肉だったりするのでしょうか。
というわけで、どうぞご覧ください。
「ふーん」
「ひ、ヒロさん…はや、早すぎますって…」
「そんなに急いでなかったと思うけど」
俺たちは今、トキワシティにいる。先日オニスズメの強襲を受けたマサラタウンを北に進んだ先にある、少し大きめの町だ。
途中の道にはそれなりの高低差があったが、多少の段差は飛び越えてきた。ナミエは「そんなとこ飛び越えられませんって!!」とか言って迂回してたから遅れたらしい。
まあ、道中のクリーチャーもポッポやらコラッタやらしかいないから大して危なくはないだろう…いや、やつら小さいから重火器持ちのナミエには辛かったかもしれない。まあ訓練だよ訓練。
「ヒロさん…早速そのノート、読んでるんですね」
「まあね、案外役に立ちそうだし。このページとか」
「…何ですか?この表」
「相性だってさ」
「相性?」
ナミエに見せたページには、碁盤のマス目のような表が載っていた。マス目にはマルやら三角やらバツやらが書いてある。
「クリーチャーには属性みたいなのがあるらしい」
「はあ」
「えーっとね。『ヒトカゲは炎、ゼニガメは水、フシギダネは草、ピカチュウは電気。その他のクリーチャーにも固有の属性があるようだ。私はこれを「タイプ」と呼称し、各クリーチャーのタイプを推測、それぞれの相性を調査した。その結果を表12に示す』だって」
「…はあ」
「『炎は水に弱く、草に強い。草は水に強く、炎に弱い。水は草に弱く、炎に強い。このように一般に考えられる現象におおよそ近い相性が確認できた。端的に言えば、多くの植物型クリーチャーには火器が効き、逆に水棲クリーチャーには効きづらいということだ』だそうだ。シンオウでもあったじゃん、ナミエの火器がロゼリアにはよく効くけどトサキントには微妙とか」
「な、なるほど…ってトサキントは海に住んでるんですからそもそも重火器は悪手な気が…」
「それはそう」
思えば、シンオウにいた頃からナミエの重火器の通りにはバラつきが大きかった。トサキントだけでなく、イシツブテなんかにもあまり効いていなかった記憶がある。このノートにも「岩」タイプに「炎」タイプの攻撃はイマイチ、みたいに書いてあるし、案外正しいのかもしれない。
「で、気になるのはここだよね」
「何でしょう?」
「『ただの体当たりや引っ掻き攻撃などの物理攻撃は、多くのタイプ相性に対して中立であることがわかった。また、クリーチャー自体の性質にも中立の属性を持つものが観察できた(コラッタなど)。これらの中立属性は便宜的に「ノーマル」と呼称する』ってやつ。つまり僕の斬撃はだいたい「ノーマル」タイプになるんじゃないかなって」
「うーん…でも日本刀って玉鋼の刃ですから、「鋼」タイプかもしれませんよ?」
「そう。つまりこの「タイプ」ってのが、何で決まるのかって話。そこはユキナリ君もだいぶ悩んでるみたいだけど、とにかく何で攻撃したら何タイプって判定になるのか…そもそも僕らの攻撃にこのタイプってやつは適応されないのか」
ユキナリ君の考えでは、どうやらクリーチャー同士ではこの「タイプ相性」が必ず適用されるらしい。しかし僕らにもそれが当てはまるかはわからないんだ。そもそもクリーチャーでも、殴ると「格闘」タイプなのに噛みつくと「悪」タイプとか、区分がよくわからない。そもそも悪タイプって何。なんでそんな名前にしたの。
しかし本当によく調べたなぁ。
「で、仮に適用されると考え、ついでに僕らの物理攻撃が軒並み「ノーマル」タイプだと仮定すると」
「仮定すると?」
「極めて厄介なことになるんだよ」
そう言ってナミエに見せたのはこんな文章だ。
「『また、タイプ相性の中には全く攻撃が通らないものが稀に存在することを見出した。例えば、
「そ、そんな!あ、でも「ゴースト」タイプの攻撃も「ノーマル」タイプには効かないそうですし、実質無害なのでは…」
「相手は「ゴースト」タイプ以外の攻撃手段を持ってるかもしれない。そうなったら逃げるしかない」
「うぅ…」
そう、このタイプ相性なるものにはまさかの「無効」が存在するらしい。まあ「地面」タイプの攻撃が「飛行」タイプに当たらないってのは当然として、「ノーマル」と「ゴースト」の関係はよくわかんない。
「となると、ナミエの火炎放射器くらいしか頼りにならないんだよね」
「責任重大すぎますぅ…」
一応ナミエがいるからいいにしても、なんらかの事情で僕が単独行動していたらもう悲惨だ。全力で逃げるしかない。
ナミエは半泣きで情けない顔をしていたが、不意に何かを思いついたような顔をした。
「どうした?」
「あっ…いえ、その」
「ほら報告報告」
「うぅ、あの…ひとつ、解決策を思いついたんですけど…」
「へぇ?言ってみて?」
「………………ゆ、ユキナリさんみたいにクリーチャーと一緒に
「却下」
「うわぁん!そう言われると思いましたぁ!!」
それはない。クリーチャーと共闘とか討伐隊の存在意義に関わる。
「よく親の仇と一緒に戦おうだなんて思えるよね」
「そ、それは…本当の仇はもうヒロさんが討ってくれましたし、私は…全てのクリーチャーが悪い生き物だとは思えなくて」
「…コラッタやポッポくらいの大きさでも人を殺せる力を持つ。十分な脅威だと思うよ」
「それは…そうですけど」
ナミエは基本的に人が良すぎる。人にも、人以外にも。クリーチャーは完全に格上の相手なんだから、慈悲なんて与えてる暇はないというのに。
「まぁ、味方なら戦力として申し分ないかもしれないけどね」
「で、ですよね!」
「でも制御できなかった時、制御できなくなった時の被害が大きすぎる。機械みたいに強制的にフリーズさせることもできない、生物だから尚更ね。制御できなくなった、仕方ないから殺そう、ってのは人道的じゃない」
「はうぅ…」
俺の隣で体育座りをしてしゅんとするナミエ。割とクリーチャーの同行許可を期待してたらしい。
もちろん、奴らの戦力は絶大だと思う。だけどその戦力が僕らを上回るなら、相応のリスクを覚悟しなきゃならない。ハイリスクハイリターンだ。
そんなことにナミエを巻き込むのはよくない。
ただでさえ殺伐とした戦場にいるんだから。
「…パチリスとか可愛いと思うんですけど…」
「ペット飼いなさい」
そんな理由かい。
「カントーは初めて来たから道わかんないけど、とりあえずこの森を抜ければニビシティまでいけるらしいね」
「そこからオツキミ山を抜けてハナダシティへ、更に南下することでやっとクチバシティに到着だそうです」
「遠いなぁ」
ある程度クリーチャーの情報を頭に入れたところで、目的地へ向かうことにする。にしても遠い。マサラタウンにも海はあったのに、ちゃんと船に乗ろうとすると猛烈に遠回りする羽目になる。なんでや。
「森抜けと山越えだなんて大変な道のりになるね」
「ニビシティに着いたらしばらく休憩した方がいいかもしれません」
「そうだね、ナミエにはキツいだろうし」
「何でヒロさんは平気みたいな言い方なんですか…いやヒロさんなら平気かもしれませんけど」
俺は軽装でテンガン山登る人間だからそれくらい平気だよ。
「ちなみに西にはセキエイ高原ってところがあるそうですが」
「ただの標高が高い辺境でしょ。道は険しい、人は住まない。絶対強力なクリーチャーがはびこってるから、僕ら二人で行ったところで即退却する羽目になるよ」
「ふぇえ。ま、まぁ用も無いのでわざわざ行くこともないですね…」
いくらなんでも無謀な戦いは仕掛けないよ。何もない場所なんだから尚更ね。
景色がいいって評判な場所ではあったけど、行くなら平和になってからだね。
「さて、そろそろ行こうか」
「はいっ」
休憩おしまい。結構大きい森らしいから気を引き締めて行こう。
森に入ると急に薄暗くなった感じがする。単純に視界が悪いというのは結構不利だ。加えて、こういうところにはクリーチャーだけでなく原生の動物達や虫も沢山いる。休憩することすら簡単じゃないだろう。
「今は全然人がいないけど、以前使われていた道は残ってる。それを辿ろう」
「ヒロさんがまともに道を行くだなんて!」
「流石に森で迷ったら洒落にならないじゃん」
「山は岩壁を登るのに…」
「山は迷っても平気だし」
「平気じゃないですよ?!」
そりゃもっと小さい森だったら木を薙ぎ倒して直進するけどさ。
どれだけ長い道のりかわからないし、磁場が狂って方位磁針が効かなくなるかもしれない。ここで迷った挙句クリーチャーに喰われるとかはさすがにやってられない。
「こういうところにはケムッソとかコロボーシみたいな虫っぽいのがたくさんいそうだね」
「いますよ」
「早く言いなさい」
ナミエが足元にいる緑色の芋虫をつんつんしている。ケムッソのような毒針もない、ただのでかい芋虫だ。なんかアゲハチョウの幼虫に似ている。
「これは流石に無害じゃ…」
「そうだね。無害なうちに殺しとこう」
「鬼!!」
そりゃ危険は未然に防ぐべきだろう。備あれば憂いなし。
そう思って刀を振りかぶると、芋虫が突然糸を吐き出してきた。芋虫の方向にスライディングして避け、すれ違いざまに横一閃に切り捨てる。
「ケムッソと似たような感じか。やっぱり無害とはいかないね」
「うう…」
シンオウにいる芋虫であるケムッソも、こんな感じで糸を吐き付けてくる。ものすごい粘着質の糸で、こちらの行動がかなり制限される。その隙に大型のクリーチャーなんて来ようものなら死は免れないだろう。
「あっちの芋虫は見るからに危ないですし…クリーチャーとも仲良くとはいかないのですね…」
「相変わらずの博愛主義に尊敬するよ」
もう一種類いる芋虫は頭にデカい針が付いている。毒があろうがなかろうが、腹に刺されば致命傷な代物だ。芋虫のくせに生意気な。
とりあえず両断しておこう。
「キャタピーとビードルね…ユキナリ君が付けたのか討伐隊の誰かが付けたのか、とにかくやたら安直な名前してるな」
「成虫はバタフリーとスピアー、だそうです。バタフリーはともかく、スピアーは危なそうです…」
「人間大の蝶と蜂って感じだね。蜂は恐ろしいな」
クリーチャーといえど、虫っぽいやつは立派に変態する。コロボーシみたいに不完全変態なやつもいるけど、ケムッソなんかは完全変態…だと思う。虫がケムッソしかいないはずの森にアゲハントとドクケイルが両方いるからどっちの幼虫なのかわかんない。そしてもう片方がどこから湧いてるのかもわからない。そりゃ毛虫からは蝶も蛾も生まれそうだけど、まさかどっちにもなるなんてないでしょ。
「十中八九危険生物だけど、蜂といえば群れる生き物だ。視界も悪いし、森林を焼き払うのも忍びないから見つからないのが最善だな」
「警戒しないと…」
「さっきの芋虫の死骸に集まってきたりしないかな。そしたらスケープゴートになるのに」
「ほんとサイコなこと言いますね…」
囮は大事だよ。
しばらく芋虫だらけの森を進んでいると、頭上からガサガサと音がした。
件の蜂か?と思ったけど、現れたのはただの鳩だった。でかいしカラフルだからただの鳩じゃなくてクリーチャーだろうけど。
そしてその鳩…おそらくポッポは、近場にいたキャタピーを拐ってすぐに飛んでいってしまった。
「…クリーチャーってクリーチャーの中でも食物連鎖あるんだね」
「まあ鳥が虫を食べてるのは違和感ないですけど…」
「ムックルとかムクバードってケムッソ食べてた?」
「さ、さあ…??」
そんなお食事風景にはあまり関わらなかったから知らない。
「っていうか、先ほどのポッポ、こちらには見向きもしませんでしたね」
「確かに。大概のクリーチャーは襲ってくるものだと思ってたけど」
「さっきのキャタピーも、ヒロさんが斬ろうとするまでは大人しかったですし?」
「ジト目で見るのやめて?」
俺が悪かったみたいじゃん。相手はクリーチャーだぞ?
「もしかして、彼らにも食性とかあるんでしょうか…?」
「別に肉食じゃないからって人間を襲わないとは限らないでしょ。クリーチャーじゃなくても、イノシシとかは突っ込んでくるんだから」
「まあ…そういうのもいるとは思いますけど…」
「…もしかして、まだクリーチャーと仲良くしようと思ってるの?」
「ぎくっ。い、いえそういうわけでは…」
いつまで経っても生温い子だな。まあそういうところもナミエのいいとこだと思うけど。
「ま、いいけどさ。邪魔はしないでね」
「あうう、わかってま
「伏せ」
ナミエの頭を掴んで伏せさせる。別に意地悪しているわけじゃない。
前方に、手も足も巨大な針と化した明らかにヤバい蜂が数匹見えたのだ。
(あれがスピアーか。あの針で刺されたら死ぬな)
(おおおおお思ってたより大きいんですけど)
そもそも蜂なのかすら微妙なんだけど、とにかくヤバい生き物なのは明白。しかも数匹固まっているあたり、予想通り群で暮しているタイプだ。絶対近づけない。
ミツバチ系の草食な蜂さんだったら嬉しかったけど、今まさにキャタピーをぶっ刺してお持ち帰りしてるから間違いなく肉食、スズメバチ系だろう。勘弁してほしい。
見えないくらい遠ざかってから、やっと俺とナミエのは立ち上がった。
「恐ろしいなんてもんじゃないな。ユキナリ君はここを抜けたのか、武器も持たずに」
「すごい精神力です…。いくらクリーチャーの仲間がいると言ってもスピアーの大群なんて会いたくないです…」
ユキナリ君のノートにはカントー地方の広範囲を調べ回った形跡がある。彼がいたマサラタウンから他の街に行くには、出発前にも行ったけど、トキワシティを通ってこの森を抜け、ニビシティを経由してオツキミ山を越えた先にあるハナダシティに行くのが最低条件だ。しかも彼はその後無事帰ってきているわけだから、見事に往復を達成したことになる。なんらかの方法で海側から回ってきた説もあるけど。
(何にせよ、クリーチャーを味方につけることの優位性を嫌でも感じてしまうな…)
ユキナリ君も単騎で森を抜けようとしたわけじゃないだろう。彼が連れていた、ヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネ、ピカチュウのどれか1匹くらいはいたはずだ。というか連れてなかったならだいぶ命知らずだ。
ヒトカゲならば尻尾が燃えているし、いい牽制にもなるかもしれない。
まあだからといってこんな危険な生き物を連れて歩こうとは思わないけど。
「とにかく急いだ方がいいかも。奴らに見つかると洒落にならない」
「そ、そうですね」
というわけでサクサク行こう。
…と思ったけど、案外道がまっすぐじゃない。道なき道は余計危ないから行きたくないし、たまに好戦的なキャタピーとかが体当たりしてくるのがさらに鬱陶しい。
しばらくは何事もなく進み、結構な距離を歩いたところで出口らしき部分を見つけた。まあまだ最後の長い直進があるけど。
ナミエが喜んで走り出そうとしたけど、それを背中のリュックを引いて押し留める。
行く先にクリーチャーが居座っているのが見えたからだ。しかしスピアーではない。
黄色い体にギザギザの尻尾、細長い耳に赤い頬。間違いなくユキナリ君が連れていたのと同じクリーチャー…ピカチュウだ。ピカチュウ自体はシンオウにもいるし見慣れてるけど、こんな森にいるとは思わなかった。
「…見つからないで通り抜けるのは無理かな」
「襲われないことを祈ってゆっくり行きます?」
「できれば始末しておきたいんだけど」
「やっぱりそうなるのですね…」
そりゃもちろん。
というわけで刀の柄に手をかけ、ゆっくり近づく。居合の圏内に入ったら即斬り捨てる。まあ耳は良さそうだし、電撃を操るクリーチャーだから電磁波か何かでこっちの動きを悟られるかもしれないけど。
しかし、居合圏内に入るよりも遥かに早く状況は動き出す。
ピカチュウが耳をぴくりと震わせ、こっちに振り向いたのだ。
「っ」
「ピッ、ピカッ!!」
相手もすぐに四足歩行の臨戦態勢に入ったのを見て走り出…そうとして、違和感に気づく。ピカチュウの目線がこちらを向いていない。俺よりもっと後ろを見ている。
「ピカッ、ピカピッ!」
それだけじゃない。俺に何かを伝えようと前足を俺の後ろに差し向けている。臨戦態勢なのに敵対の意思が感じられない。
後ろから風の音が聞こえた。同時に別の音も聞こえる。
「ナミエ走れ!!!」
「はっはいぃっ?!」
ナミエは何がなんだかわからないみたいな返事をしながらもちゃんと指示通り走り出す。俺はナミエの前を走る。ピカチュウも踵を返して走り出した。
ナミエの様子を確認するために後ろを向くと、予想通りの地獄絵図が待っていた。
スピアーだ。それも群れ、100匹を優に超える大群だ。
何がトリガーになったかは知らないけど、とにかくものすごい数が追ってくる!!
ナミエの足が遅いわけではないが、相手は空を飛んでいて、こちらは足元の悪い山道を走っている。正直部が悪い。
「ナミエ先行って!森を焼かないように出口から離れて構えッ!!」
「ヒロさんは?!」
「後で行く!!」
一瞬スピードを緩めてナミエを先に行かせる。オニスズメの時もそうだったけど、対集団戦闘では俺よりナミエの方が有利だ。重火器とはそういう時のための装備なのだから。
だから一網打尽にするならナミエが主役だ。俺はナミエのサポートに回る。オニスズメの時と同じだ。
まだスピアーの群れからは若干距離がある。ナミエと前後を入れ替わった瞬間に拳銃を抜き、先頭の1匹の頭に向かって発砲。1匹吹っ飛ばせば後ろもわずかに遅れる。こっちの反撃を予想してないのか、そういう思考回路がないのか、とにかく避けるそぶりも見せず一直線に向かってくるからだ。
まあ銃弾を見てから回避なんてされたら勝ち目ないんだけどね。
とはいえ、先頭の一部だけ下がらせたところで意味は薄い。奴らは群れだ、点ではなく面で襲ってくる。真ん中を凹ませたって左右上下が先頭に変わるだけだ。
出口までまだ少し距離がある。ナミエもまだ出ていない。少しでも時間を稼ぎたいが、足を止めるわけにはいかない。一瞬で囲まれるし、群れの大半は俺をスルーしてナミエに向かうだろう。それじゃ意味がない。
だから足は止めない。振り向きもしない。走りながら、背中から伝わる気配だけを頼りに、
斬るッ!!
ガンッ!という音と重い感触が腕に伝わる。今まさに巨大な針が背中に刺さろうとしていたところだ。本当は胴体を真っ二つにしたかったけど見えないから仕方ない。空振りしなかっただけマシだ。
続け様に走りながら後ろに威嚇射撃。当てる気は無くても大群だから何匹か撃ち抜いた音が聞こえてくる。数匹減ったところで大して楽にはならないけど。
追手を弾いて牽制してを繰り返し、ついにナミエが森を抜ける。すぐに横合から焼き払う準備をしてくれるはずだ、このまま走り抜ける!
ブンっ、という音が真横から聞こえた。
なんてこった、
「くそっ!!」
咄嗟に跳んで突き出された針をを避け、奇襲してきたスピアーを斬り捨てる。
が。
(しまった、浮いた!!)
足が地面から離れた。
幅跳びをしたわけでもなく、咄嗟にブレーキをかけて避けたからスピードも落ちている。
不快な羽音が一気に近づいてくる。
殺人的な針が無数に迫ってくる!!
「舐めるな!!」
思いっきり地面を蹴る。出口に向かって跳びつつ、迫っていた先頭集団の一部に斬撃を見舞う。
ここまできたら多少貫かれても出口まで駆け抜けるしかない。
こんなあっさり死ぬわけにはいかない。
ナミエを1人にするわけにはいかない。
背中の悪寒を刀で斬り飛ばし。
迫る羽音に戰慄しながら走るが。
あと少しが、遠い————。
「ピッ」
俺の足元を何かが走り抜けた。
「カッ」
黄色いよく目立つ体だった。
「チュゥウウ!!!」
そして、背後から轟音と閃光が届いた。
少し遅れて届いた衝撃波に乗って加速し、一気に森を抜ける。
「ひっヒロさん!!今のは一体
「構うな!!ぶっ放せ!!!」
動揺するナミエに檄を飛ばす。その瞬間にスピアーの大群が突き抜けてきた。
ナミエは迷わずトリガーを引いた。オニスズメ戦で使った火焔弾ではなく、炎の壁を作り出す正真正銘の火炎放射器だ。
若干の可燃性液体が噴射された瞬間に着火し、ゴウッ!という音を立てて炎が広がる。
すごい勢いで突っ込んできたスピアーは瞬く間に火だるまになり炭になっていく。これが肉だったらしばらく食事に困らないのにな。
しばらくはスピアーがどんどん突入してきて蜂の丸焼きが積まれていったが、不利と察したのか途中から突っ込んで来なくなり、群れは森の中へと引き返していった。
「ナミエ、もう大丈夫だ」
「は、はい!」
ナミエは火炎放射をやめ、排熱を始めた。ここまで来てやっと気が抜ける。
「…はぁっ、はぁ…危なかった」
「よかったです…外からだと森の中、暗くて見えなくて」
「だろうね。危なかったけど無傷だよ。…まさかまたピカチュウに助けられるとは思わなかったけど」
「そういえばピカチュウいつのまにか居なくなっていましたけど…助けてくれたんですか?」
「うん、多分。少なくとも結果的には」
マサラタウンでもここでも、ピカチュウに窮地を救われるとは全く変な巡り合わせだ。
「…死んじゃったでしょうか」
「あの大群に突っ込んでったんだから多分死んだよ」
「…そうですか」
ナミエは俯いてしまった。まあ、流石に気持ちはわからなくもない。マサラタウンの時のように誰かの指示で助けてくれたわけではなく、野生のクリーチャーが自ら助けてくれたんだ。俺だって感謝の一つくらい言いたかった。
そう思って森の出口を見た時だった。
「……………何か動いてる」
「え?」
暗くてよく見えないが、何かが少しずつこちらに近づいてくる。
いや、何かじゃない。
「…………………ぴ、かっ……………ちゅ」
血塗れでボロボロのピカチュウだ。やつが瀕死になりながらもこっちまで歩いてこようとしている。
「ひ、ヒロさん!!」
その姿でなぜ、わざわざ俺たちの方に向かってきたのか。
ゆっくり顔を上げたピカチュウと目が合った。
何故か、やつが安堵したように見えた、
そして。
そのままピカチュウは、ぐしゃっとその場に崩れ落ちた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この作品のオーキド博士はちゃんとフェアリータイプまで存在を見抜いてくれています。もちろんですとも。初代赤緑の設定に合わせると悪タイプも鋼タイプも無いことになっちゃいますし。