この僕、“スティンガー”は新素材トランスフォーミウムで造られた、人間によって生み出されたトランスフォーマーだ。
僕のヴィークルモードは最新鋭のイタリアンスポーツカー、パガーニ・ウアイラ。
全4000パーツと職人芸で構成されるこのスポーツカーは、7年もの開発期間と多くの技術者の手を経て徹底的に洗練され、“風”の名前に恥じない滑らかな流線型のフォルムを与えられている。
搭載された高燃費のツインターボエンジンは、そのクラスではトップクラスの出力を発揮。
この車の為に設計された専用タイヤは、ずば抜けて優れた路面性能を誇る。
ガルウィングのドアは、低い車高の曲線美を崩す事なく、それでいてドライバーの使い心地も低下させない。
カーボンとチタニウムの複合新素材で作られた、しっかりとしたモノコックフレーム。
これら最先端テクノロジーの結集であるパガーニウアイラは、乗る者に対してそれこそ“風になったような”感覚を与えるという。
まあ、走るのは僕自身なわけで人間の乗り心地なんてかなりどーでもいいのだが、僕自身もこの優れたスポーツカーをヴィークルモードに与えられて実にツイていたと常日頃思っている。
ボディカラーは鮮烈な真紅。吸い込まれるような漆黒のパターンも捨てがたいけれど、見る者の目を惹きつけるこの赤は、僕も気に入っているものだ。
黄色に黒のストライプ? とんでもないね。
ロボットモードについて話を進めよう。
トランスフォームした僕は、スマートなパガーニウアイラのイメージから、今度はメリハリのあるマッシヴな戦闘ロボのイメージへと変わる。
ハチをイメージしてデザインされた攻撃的なバトルマスク。
背中に翅のように配置された4枚のスラッシャーは緊急時に近接武器“スピニングディスク”として相手を切り刻む。
これまでのトランスフォーマー達と比べればやや小さめの体格だけれど、そのボディが秘めるパワーとスタミナは見た目以上の代物だ。
僕と対峙した相手は、その身体能力の高さにさぞや驚き、そして叩きのめされる事になるだろう。
戦闘モーションには、かつて存在したトランスフォーマーと人間の共同特殊部隊“NEST”でのデータが活かされている。
まだ実戦経験のない僕だけど、脳内にはNESTが蓄積した対トランスフォーマー戦や対テロリストの治安維持活動での豊富な経験と戦果が組み込まれている。
実際にトランスフォーマーを相手にしたとしても僕が後れを取る事はない。
タネを明かせば、僕というトランスフォーマーを開発するにあたって、実はあるオートボットがモチーフになっているのだが、これについては後述する。
総じて、僕は“Stinger”の名前に恥じない、優れた性能を持っているのだ。それが僕の誇りだった。
…
月の見えない朔の夜、ワシントンの街中で、血に飢えた狼達が獲物を待ち伏せていた。
片方はCIAの出店こと、秘密部隊“墓場の風”。
トランスフォーマー狩りという特殊任務の為に徹底的な訓練を受けたエキスパート達は、その指揮官を務める合衆国秘密エージェント、ジェームズ=サヴォイの合図一つで何時でも戦闘に加われるよう市街地の暗闇へとその身を潜ませている。
もう片方は、オートボットにもディセプティコンにも籍を置かないトランスフォーマー、“賞金稼ぎロックダウン”。
彼もまた目的達成の為、ランボルギーニ=アヴェンタドールを模したヴィークルモードの姿で路上で待機していた。黒光りするガンメタリックの車体は、闇夜の街に潜む上では実に都合がよい。
ロックダウンは自身の待機場所として建ち並ぶ住宅ビルの隙間を選んだ。一見すると存在を察知されず無視されるが、いざとなればすぐに狩りへ参戦できるギリギリの配置だった。
強いて言えば、最新鋭の高級スポーツカーであるアヴェンタドールがこんな裏路地で、それも深夜に無人で停車しているという状況を、この辺りに迷い込んだ酔っ払いかなにかに訝しまれるぐらいか。
だとしても、それがまさかトランスフォーマーの殺し屋が化けた姿だとは流石に思うまい。万が一、気付かれたところで、始末すれば済んでしまう。作戦に迷い込んできた哀れな民間人を抹殺するという行為は法律道徳に照らせば外道としか言いようのない行為ではあるが、それを可能とするだけの権限がロックダウンと墓場の風には与えられているのだ。
「しかし、」
と、ロックダウンは通信機を通じてサヴォイに言った。
ロックダウンから提供された技術によって作られたこの通信機は、徹底したトランスフォーマー対策と高度な暗号化が施されている。
傍受はおろか通信が飛び交っている事さえ悟らせないが、かといって無駄話をしてよいわけでもない。
「こんな場所に本当に現れるのか、プライムは?」
またこの話題か。作戦前のブリーフィングにおいて、二回ほど同じ質問をされた事をサヴォイは思い出す。
何度も説明してやらなければ理解できないほど頭の悪い奴ではなかったはずだが。
「それについては確認したはずだ、ロックダウン」
サヴォイが答えると、ロックダウンは言った。
「納得のいかない仕事はしない主義なんでね。念の為だ」
仕事人にとって、執念深さとしつこさ、慎重さと臆病さ、冷静さと冷酷さは総じて紙一重だという。それを心得ているロックダウンという仕事人は、実に有能な仕事人だ。
その点に関してはお前を尊敬しよう、ロックダウン。でも、時にはうんざりする事もある。サヴォイはこれで三度目になる説明を繰り返した。
「ここに住んでいる民間人の一家は、オートボットの連中と関わりが深かった。特に夫、サミュエル=ジェームズ=ウィトウィッキーは、かつてオプティマスプライムの命を救った事もあり、ヤツからの信頼も厚い」
だから利用できる。
もしこのウィルキッキーとかいうイカレた男(サヴォイからすればイカレた男としか思えなかった)を追い詰めれば、あの愚直なエイリアンのリーダーはどんな事をしても助けに現れるだろう。
サヴォイ、ひいてはCIAを操る黒幕ハロルド=アッティンジャーはそう見ていた。
「見え透いた罠だと思うが?」
ロックダウンはまだ合点がいかない様子だった。
仕事の成否だけを気にしているのは良い傾向だが、作戦の意図を理解してもらえないとそれこそ成否に関わる。
「それでもやって来るだろうよ」
「何故だ?」
サヴォイの答えに、ロックダウンはさらに追及する。普段は口数と要求の少ないこのエイリアンがここまで食い下がるということは余程気になるのだろう。この理解の可否が、作戦の成否を分ける事自体は理解できているらしい。
「サミュエル=ジェームズ=ウィトウィッキーは、」
だから、かの問いにサヴォイは答えてやることにした。
「オプティマスプライムにとって“家族”同然だからだ」
「“家族”か。DNA情報と生活史を共有しているだけの繋がりがそれほど重要か?」
疑問を呈するロックダウン。どうやらこのエイリアン野郎には家族と呼べる者がいないらしい、とサヴォイは思った。
「ああ、重要だ。場合によっては武器にもなる」
例えばちょうどこの俺ジェームズ=サヴォイのようにな。家族、という単語を自ら口にしながら、サヴォイは、シカゴで死んだ姉の事を思い出す。
ガラクタみたいなエイリアン共のガキみたいなくだらねえ争いに地球が巻き込まれたせいで、あいつは死んだ。
自然と、愛用している黒コートの胸ポケットへと手が触れる。ここには姉と撮った最後の写真が納められている。
ねえジム、貴方もシカゴに御出でなさいな。仕事ばかりで忙しいでしょうけど、きっと貴方も楽しめるはずよ。
シカゴに旅行した姉が最後に寄越した電話の内容と、その電話ボックスの瓦礫に焦げ付いていた人の形の灰は、今でもサヴォイの脳裏に焼きついていた。
あいつに一体どんな罪があったというんだ。俺達家族が一体何をした。姉の事を思えば、その幸せを踏み潰したトランスフォーマー達への憎しみは底も知れぬほど湧き上がってきた。
善いオートボットだの、悪いディセプティコンだの、国家の為だの、エイリアンのテクノロジーを巡る国際情勢だの、年金暮らしの豊かな老後を夢見るアッティンジャーの思惑だのは、実はサヴォイにとってどうでもいい事だった。そんなものは全部、必要な時に他の奴らが考えておけばいいことだ。
とにかく一体でも多くのエイリアンを殺し、一刻も早くエイリアンを地球から葬り去ってやる。それを阻む連中には、生まれてきた事すら後悔するような苦痛と絶望を与えてやる。それが今のサヴォイがオートボットを狩り立てる動機であり、行動原理であり、いつのまにかサヴォイを支える全てとなっていた。
「理解不能な概念だな」
あっさり切り捨てたロックダウンの言葉で、サヴォイは我へと返る。オセンチになるなんて、らしくないぞジェームズ。今は仕事中だ。
「まあ、一匹狼の貴様にわかってもらおうとは思わん。ただ、役に立つという事だけ納得しておけばいい」
「……知っているか、サヴォイ」
サヴォイの話から、ふと思い出したかのような口振りでロックダウンが言った。
「狼は集団生活をする動物だ」
突然のロックダウンの言葉に、サヴォイは片眉を歪ませる。そんな一般常識は、ついこの間まで無限の彼方で飛んでいたかもしれないエイリアンに教えてもらう事ではない。それが、どうしたというんだ。
「一匹狼というのは群れからはぐれた負け犬、つまり狼の生態を鑑みればそれは蔑称だ。口には気を付けるがいい」
ああ、知っているとも、だから言ったのさ。
思いついた反論をサヴォイは飲み込んだ。これ以上このエイリアンと家族にまつわる論議を深めたところで良い事など何もない。そんなものは文化社会学者にでも任せておけばいい。
どうせ目的が達成されるまでの付き合いだ、こんなエイリアンと価値観の相違を埋める必要などないだろう。
CIAとロックダウンが契約してからこの数年来、その相棒として共に戦ってきたサヴォイだったが、実は未だにロックダウンを好きになれなかった。
サヴォイの家族を殺したあのクソッタレなエイリアン共の一匹だからというのも勿論あるが、それを差し引いてみてもロックダウンという個人に対してあまり好い感情を抱けていない。
確かに、仕事上のパートナーとして見れば、この賞金稼ぎは非常に優秀だ。
CIAという誰も信用できない世界で生き延びてきたあのアッティンジャーから“切り札”と呼ばれるだけの事はあった。交わした契約にはどこまでも従順だし、オートボットを狩り立てる為の猟犬としての仕事振りは比類ないほどで、ケチのつけどころは皆無だった。
たとえば“墓場の風”も手を焼く、軍事鍛錬を積んだ元NESTのオートボットを相手にしても、ロックダウンなら確実に仕留められた。
また、常に冷静沈着で寡黙に任務をこなすロックダウンを見ていると、現場を知ろうともしないで喚き立てる文句と官僚意識剥き出しの説教ばかりで小煩いラングレーの連中より、ロックダウンの方に親近感を覚える瞬間さえある。
しかし、とサヴォイは同時にこんな感覚にも囚われるのだった。
こちらがエイリアンを利用しているつもりが、実はこちらこそエイリアンに利用されているのではないか。
実はロックダウンこそが主人であり、我々“墓場の風”こそがロックダウンの猟犬なのではないか?
こんな事を考えるのも、ロックダウンに限らず、トランスフォーマー達が地球人を下等な生物として見ているからだろう。
一般に高潔とされるかのオートボット司令官、オプティマスプライムですら例外ではない。当人は人間の事を知的生命だとみなしているつもりらしいが、だからどうした。結局は見下している事に変わりはない。その傲慢な態度こそが地球に災厄を引き起こし、そして今度は自身に破滅をもたらしているという事を、このエイリアン共はこれっぽっちも理解していない。
それとも、ロックダウンという個人に、職務に忠実なようでいてどこか底の見えない部分が多々あるからか?
これまで地球に現れた、あのメタルのエイリアン共は、総じてオートボットかディセプティコンか、総じてどちらかの勢力に属していた。
しかしロックダウンは違う。この賞金稼ぎはどちらにも籍を置かないはぐれ者だ。だからオートボットもディセプティコンも、どちらを殺す場合だとしても一切の躊躇いがない。たとえ対立しいがみ合う間柄であろうと同族同士ならば、すわ殺し合いとなれば大なり小なりの躊躇を覚えるところだが、ロックダウンにはそれがなかった。それこそ不自然なほどに。
『取引をしよう。オプティマスプライムを差し出せば、お前達へいいものをくれてやる』
そう言ってCIAとコンタクトをとってきたロックダウンがまず提供してきたものは、地球に潜伏していたオートボットとディセプティコンの新鮮な眼球だった。信用と実力を証明する為の手土産として、ロックダウンは何の恨みもない同族を殺した上に、その残骸から目玉を抉り出したのだ。
この冷酷な賞金稼ぎは同族さえも狩りの対象か、でなければ目的達成のコマとしか見ていない。かつてディセプティコンを率いた残忍な破壊大帝メガトロンですら、もう少しは情けがあっただろう。
ましてや、その目線が地球人に向けられた時にどのような事態が起こるのか、考えるまでもなかった。
とにかくいけ好かない奴だ。それがジェームズ=サヴォイによるロックダウンへの私的感情である。
アラビアのことわざによれば、“敵の敵は味方”だという。しかしこんな言葉もある。“そんなものはクソ喰らえ”だ。
こんな仕事は成る丈早く終わらせて、不法滞在エイリアンにはとっとと出て行ってもらうに限る。サヴォイは仕事に専念する事にした。
狼達が待つ中で、夜は更けてゆく。
…
赤と青のファイヤーパターンで身を包んだ大型トラックが一台、猛烈な銃火を潜り抜けた。
オートボット総司令官、“オプティマスプライム”は自身の迂闊さを悔やんだ。
“シカゴの悲劇”以降、オートボットを取り巻く地球の環境は変わってしまった。全ての原因はトランスフォーマーが地球に存在している事だとして、それまで築き上げられてきた協力関係はあっけなく打ち切られ、オートボットと共に戦ってきた対ディセプティコン特殊部隊、通称NESTも解散へと追い込まれた。
政府によるオートボットへの擁護がなくなったのをいい事にマスメディアはこぞってオートボットへのバッシングに走った。オートボットとディセプティコンの違いすら人々は理解していないまま、オートボット達は孤立無援となってしまった。
当初は単なる誤解によるものだと思っていた。しかし、それが政府の暗部によるオートボット狩りという明確な危害となって降りかかるに至り、オートボット達はそれが何者かの悪意によって為されている事にようやく気が付いた。
オートボットとその戦友達に警告を発した。我々は狙われている、身を隠せ。しかしその後の展開を考えれば、それでもまだ足りなかったと、今のオプティマスは思う。
考えるまでもない事だった。
オートボットとNESTの戦友達が狙われたなら、我らが親愛なる友人サムにもその魔手が伸びないはずがない。
ウィトウィッキー一家の窮地を知り、すぐさま駆け付けたオプティマス。そこで待ち受けていたのはCIAの特殊部隊“墓場の風”の猛攻撃だった。
隠れ家を発つ前、オートボットの軍医ラチェットはオプティマスを制止した。行くな、それは罠だ。
しかし、たとえわかりきった罠であったとしても、オプティマスは自身がオプティマスプライムであるが為に駆け付けなければならなかったのである。
幸いにして地球人の友とその家族は、無事にバンブルビーへ引き渡す事が出来た。
そこから先については、元NESTの戦友達が既に手配を済ませてある。誰が敵であるかさえわからないこの状況では絶対安全とは言い難いだろうが、少なくともワシントンの自宅で無防備に曝されているよりかはマシだろうとオプティマスには思えた。
かつて自身を、オートボットを、そして地球をも救ってくれたヒーローを、血迷った地球人に殺させるなど、断じて許すわけにはいかない。
“墓場の風”によるオプティマスへの攻撃は苛烈を極めた。
対トランスフォーマー用特製銃弾と迫撃砲の砲弾が雨霰と撃ち込まれ、赤と青で染め上げられたオプティマスのボディを容赦なく削りとってゆく。
走るオプティマスの車体を、死角から撃たれた鋭利な特殊貫甲弾が穿つ。
スパークを焼く灼熱の苦痛がオプティマスを襲う。撃ち抜き損ねた貫甲弾は盲管銃創となりエンジンを損傷させ、ひいては魂であるスパークにまで傷を与えたようだ。
軍医に見せれば致命傷と呼ばれるこの負傷を抱えたまま走り続ければ、いずれオプティマスのスパークは、コップになみなみと注がれたミルクのように零れ落ちてゆくだろう。
それでも、逃げなければならない。
もし連中がオプティマスを手に入れればどうなるか、想像するに難くない。捕えたオプティマスを餌にして、他のオートボット達を一網打尽にするだろう。
オプティマスがサムの為に罠へと飛び込んだのと同様、オートボットの同胞達もオプティマスの為ならどんな事をしてでも助けに来てしまう。
それだけは避けなければならなかった。たとえ誰一人とて目もくれぬ、走る事さえままならないスクラップに成り果てたとしても、この身を連中に委ねてはならないのだ。
今回、連中はオートボットと人間が結んだ繋がりを利用した。ならば今後我々オートボットは、人間との接触を一切断たねばならない。狙われるオートボット自身の為にも、そんな彼らを愛してくれた地球の友人達の為にも。
増え続ける体の傷よりも、人間達が自身を狩り立てようとしているという事実が、オプティマスの心を苛んだ。
長年闘い続けてきた宿敵ディセプティコンではなく、共に寄り添い護ろうと尽くしてきた人間達が、オートボットを殺そうとしている。
敵達との戦いで命を散らした仲間の事を思い出しながら、オプティマスは闇夜を駆ける。
ジャズ、エリータワン、ツインズ、ジョルト、アイアンハイド、ディセプティコンに殺された多くの仲間達。今思えば彼らは幸福な最後だった。護り続けてきたはずの味方から殺されるという地獄に遭わないで済んだのだから。
オプティマスの心を、どす黒い想いと荒んだ悲しみが侵してゆく。人間にとって、我々オートボットの存在は害悪でしかなかったのだろうか。ごく普通の一般青年だったサムが幾度となく示してくれた捨て身の勇気と絆の力は、長い戦争に疲弊したオプティマスが垣間見た白昼夢でしかなかったのだろうか。地球の人間という種族は、自由を手にする権利を持つに足る知的生命だと、そう信じたオプティマスは間違っていたのだろうか。
しかし、この時のオプティマスはまだ知らない。
このオートボット狩りの裏には、オプティマスが思う以上に邪悪な策略が存在していたということを。
…
折角だから、僕の“家族”を紹介しておこう。
“トゥーヘッド”は、トランスフォーミウムで造られた人造トランスフォーマーの量産化ノウハウを確立させる為の試作機として、数体作られた。
“シカゴの悲劇”で恐れられた凶悪なトランスフォーマー、ショックウェーブのデータを基に設計されており、
当時オプティマスプライムに破壊された急所の頭部を二つに増やした姿をしている。
また腹部の装甲も強化され、計算上ではオプティマスプライムの拳はおろかイオンブラスターの直撃にも耐えるような構造へと進化している。
開発当初は試作機だったので決まったヴィークルモードは与えられていないが、KSIはトゥーヘッドのヴィークルモードに軍事車両を想定しているらしい。
重装甲の屈強な体格に、角を生やした赤く光る双頭の単眼、という威圧的な風貌は、人間からすれば如何にも軍事制圧向けなのだろう。
実際に対話してみると、理屈っぽいところを除けば意外と気のいい奴なのだが、人間達にはそれがわからない。
これらのノウハウを活かし、より量産向きに改良された量産型モデルが“トラックス”だ。
赤と緑のカラーリングは僕と似ているが、性能に関して言えば量産型だけあって、格闘戦が得意な僕よりもいくらかバランスがよくなっている。
現状では自家用車に変形するタイプばかりだが、ヴィークルモードのスキャニング用メモリを拡張されており、メーカーとのライセンス交渉が終了すればカラーバリエーションは勿論、他のヴィークルへの変形機能や飛行能力も実装される予定になっている。
若干の脆さを除けば、兵士としての性能でならこの僕よりも上の水準にある機体だ。主な用途として軍事は勿論、宇宙探査なども想定に入っているらしい。
おまけに、どの個体も揃って任務達成への使命感に燃えた、非常に真面目な性格と来ている。まさに量産型の兵士に向いている。
白兵戦用の兵装を追加した重装型は“ボス”という開発ネームを与えられていた。
ボスもトゥーヘッドと同様に軍事目的、特に市街地での武力制圧を目的としたものだという。
ボスはグレーのボディに右腕にキャノン砲、両肩にブースターを搭載している。もし実戦投入されたなら地上最強クラスの戦術兵器となるだろう。
トラックス達と比べて血気盛んなボス達は皆、左腕に増設される予定のプラズマウィップで敵を薙ぎ払うのを心待ちにしていた。
挙句の果てにはこんなものまで。
「普段はワークトラックとして働き、犯罪に出くわしたら直ちに三体のロボットへトランスフォーム!
一台のワークトラックが、皆さんの衛生と安心を守ります! 名付けて『ジャンクヒープ』! ……どうだね?」
その場で思いついたらしい製品のキャッチコピーを、KSIのリーダーであるジョシュア=ジョイスとかいうらしい馬鹿は嬉々と語った。
部下の人間達が浮かべる微妙な表情に、馬鹿が気付く気配はない。
名前をつけるのは産みの親の特権だが、名付けられた名前という十字架を死ぬまで背負うのは子の方だという事を知るべきじゃないだろうか。“僕”がそうネットワークで呟くと、ネットワークからは憤慨する声と賛同する声が入り混じった。
反発しているのはジャンクヒープと名付けられた当の三つ子達で、賛同したのはその他大勢の人造トランスフォーマー達。
ああ、そうそう。
KSIの連中は知らない事だが、僕達人造トランスフォーマーは密に張り巡らされた一つのネットワークで繋がっている。
人間達の無線操縦システムの上位に存在するそのネットワークは、
人類にとって未知のエネルギーを介したリンクでありこれまで人類が作ったどのようなセンサーにも気付かれず、人類によるいかなる干渉、
如何なる支配も受け付けないように造られていた。
このネットワークを使えば、僕らは一体の見たもの聞いたものを任意で全個体に共有できるのだ。
ネットワークで結ばれた僕らは、集団というより一つの群体だった。
「黙れ愚か者どもめが」
ネットワークで喧々諤々の論戦を繰り広げていた僕達を電子の怒声が一喝した。一斉に静まる僕ら人造トランスフォーマー達。
騒ぐ僕らを一喝で鎮めたのは、僕の敬愛する兄、“ガルヴァトロン”だった。
ガルヴァトロンは、人造トランスフォーマーの中でも軍事用プロトタイプとして最初期に最優先で造り出され、他の兄弟達とは別格の存在として生まれた。
人造トランスフォーマー達の中でも最も強く、最も賢く、そして最も偉大な存在。
生み出された時からリーダーとして、僕ら人造トランスフォーマーのネットワークにおいてその頂点へ君臨していた。
KSI、ひいては連中を裏で操る“父”によってそのように造られているのだ。
ガルヴァトロン、人造トランスフォーマーの兄弟達。これが僕の愛すべき家族だ。
…
開発中の新製品を見上げながら、KSIの経営者ジョシュア=ジョイスは怒りに震えた。
ジョシュアの激怒を引き起こしたコレは、同じくオートボットをモデルにしたスティンガーと並び、次回のコンペでKSIの技術力を世界中に知らしめる目玉製品になるはずのもの。
オートボット擁護論者は、オートボットが地球の為に払ってきた犠牲と貢献をしばしば引き合いに出す。ならば、もしも人の手でオートボットが造り出せたら、それこそ地球上にオートボットなど必要なくなるのではないだろうか。
スティンガーとコレで、“シカゴの悲劇”を経てもなお頑固なフライパンの油汚れのようにしぶとく世の中に蔓延っているオートボット必要論を一掃し、ひいてはKSIの名声を高めるのがジョシュアの目論みだった。だがしかし、
「オプティマスプライムに似せて設計したのに、どうしてメガトロンに似てるんだ!?」
いくらトランスフォーミウムのデバッグと再構築を繰り返しても、どうしてもディセプティコン破壊大帝“メガトロン”に似た姿へと完成してしまうのだった。
無機質な銀色のボディと悪鬼のような形相を浮かべた顔は、どう控えめに見ても悪役としか思えない。
かつて地球を征服しようとした邪悪なロボット軍団のリーダー、メガトロン。そんなものに似た製品がコンペでウケるはずがないのは、ジョシュアほどの経営者でなくともわかりきっている。
けれども、KSIが大枚をはたいて世界中から集めた選りすぐりのハッカー達が総がかりで取り掛かっても、このバグだけはどうしても取り除けずにいた。
トランスフォーミウムは、組み込まれたプログラム通り、ありとあらゆる物を作り出せる夢の素材ではなかったのか?
「アルゴリズム! 計算! 何故、造りたいものが造りたいように造れないんだ! 何故だ!?」
激昂し喚くジョシュア。
その問いに、眼前にある開発中の新製品“ガルヴァトロン”は答えてくれない。
…
造りたいものが造れないのも当然だ。お前達が造っているのは、お前達が造りたいものではないのだから。
ヒステリックに周囲へ当たり散らすジョシュアを見ながら、ディセプティコン旧破壊大帝“メガトロン”は嘲笑っていた。
シカゴでの決戦でオプティマスに敗北し、エナジーアックスで首と胴体を泣き別れにされたメガトロン。並みのトランスフォーマーであればまず生き延びられない状況だった。
だがしかし頭部のみのスクラップ状態になりながら、それでもなおメガトロンは生きていた。
メガトロンがディセプティコンの頂点に君臨し続けられた要素の一つに、他の追随を許さないほどの強い生命力があった。
キューブ争奪戦、エジプトでの激戦で負傷を蓄積してきたメガトロンのボディは、シカゴでの決戦時ではもはや戦闘に堪え得る体ではなくなってはいたものの、かといって生来持っていた不死身にも近い生命力が失われたわけではない。
たとえ頭部だけだとしてもエネルギーさえ与えられていれば、メガトロンは生き続ける事が出来るのである。
そして、ブレインサーキットを半ば抉りだされながらメガトロンを正気の淵へと繋ぎとめていたのは、なおも消えない宇宙制覇の野望と、己をこの境遇へと追いやったオプティマスへの憎悪だった。KSIの連中から供給される微かなエネルギーと、損壊したブレインサーキットでなおも燃え続ける妄執が、メガトロンを生かしていた。
そしてジョシュアの怒りを買ったこのガルヴァトロンは、メガトロンの記憶と意思を受け継いだ息子としてメガトロン自身がKSIを通じて造り出した、いわば分身だ。
もう一人のメガトロンとして生まれついたガルヴァトロン。そんな代物が、ジョシュア達KSIが造りたいという“オプティマスプライムの似姿”になどなるはずがない。
「あの胸の穴はなんだ?」
問い掛けるジョシュアに、肥満体と痩せぎすの科学者2名が宥めるように答える。
「イカしてるじゃないですか」
「俺は好きですよ」
「私は嫌いだ。やり直せ」
いいか、ムシケラ共、貴様の問いに答えるならば、とメガトロンは脳内で独りごちた。
煌々と脈打つガルヴァトロンの胸の空洞は、メガトロンの“玉座”として設計されたものだ。
完成次第、メガトロンは頭部に残った自身のスパークをガルヴァトロンの胸郭へ納めるつもりでいた。
新たなボディを手に入れ、人間に造らせた人造トランスフォーマー軍団のトップへ座り、そして全てを支配する。
その第一歩として、“息子”ことガルヴァトロンを造り出したのだ。オプティマスに破壊され首だけになってしまったメガトロンには、新たな身体がどうしても必要だったのである。
そのようなメガトロンの野望など、ジョシュアは気付きもしない。
ジョシュアだけではない。KSIによるこの人造トランスフォーマー製造計画にメガトロンの奸智が介在している事に気づく地球人は、現時点で誰一人として存在していなかった。
KSI施設内へと忍ばせた眷属インセクティコンから、人造トランスフォーマー製造ラインへのCNA植えつけ作業が完了したという報告が上がってくる。
メガトロンの遺伝情報を含むCyberNuclearAcidは、製造ラインへ植えつけられ、
更にそこで製造される人造トランスフォーマー達一体一体をディセプティコンへと染め上げてゆく。
メガトロンのCNAは人造トランスフォーマー達を結ぶネットワークとなってガルヴァトロン、ひいてはメガトロンを頂点にした支配体系を作り上げるのだ。
かくしてKSIが製造した人造トランスフォーマー達は、メガトロンの思うままとなり、地球侵略の尖兵として息づくこととなる。
あと、必要なのは決起のチャンス。内心でほくそ笑むメガトロン。愚かなムシケラ共、俺様の為にもっと働くがいい。
メガトロンによるディセプティコン新生計画は、あらゆる人間達の目を欺きながら着実に進められていた。
…
僕らがいつから始まったのか、明確な記憶はない。データとしては残っているが、記憶にはない。しかし僕らは時折夢を見る。
白銀の輝きに満ちた鋼の大地。どこまでも星々が広がる大空。
地下を掘り進むドリラーボットや獰猛な宇宙ピラニア、金属を喰らうスクラップレットを始め、野生の金属生命体が豊かに暮らす酸の海。
美しいファイバーが自生し風に揺れている草原。光速で宙を飛び交う電子信号達が行き来する情報網。
クリスタルの高層建築が立ち並ぶ、宇宙で最も進んだテクノロジーを誇る大都市。
“父”によれば、それは僕らトランスフォーマーの生まれた母星の姿だという。
いや、人造トランスフォーマーである僕らの母星は地球って事になるんじゃないか、と兄弟の一人が言ったが、そんな事はいい。
地球で生まれた僕らはその母星を知らないけれど、“父”の話によれば、
母星は英知と繁栄の光に満ちており、地球などよりも遥かに素晴らしい惑星だったそうだ。
だが現在、その輝きは失われて久しい、と“父”は残念そうに語る。
理由は下劣で愚かなトランスフォーマーの集団、オートボットとの戦争だ。いくつかのボタンの掛け違いと運命によって引き起こされた戦火は、いつしか母星そのものを包み込み、何もかもを燃やし尽くしてしまったのだという。
僕らが見た事のない故郷。一体どんな星なのだろうか。そこまでのデータはKSIにも、地球上のどのデータベースにも存在していない。
僕らが見ている夢も、トランスフォーミウムに取り残された、ほんの僅かなバグによるものでしかなかった。
僕ら人造トランスフォーマー達のボディを構成するKSIの新素材トランスフォーミウムは、実はトランスフォーマーの新鮮な残骸から抽出したレアアースを成分として造られている。
元となったトランスフォーマー達のブレインサーキットに、魂スパークに、そして細胞の一つ一つに焼き付いていた光景と感覚が、夢となって僕らの脳内に映し出されているのである。
だから僕らは夢を見る。
その故郷、惑星サイバトロンはどんな星だったのだろう。どれほど素晴らしく、どれほど美しく、そしてそこでの生活はどれほど素敵な事なのだろう。
地球での僕らの戦いが終わったら、その次は惑星サイバトロンの復興だった。蘇った母星を夢見て、兄弟達と僕は期待に胸を膨らませていた。
…
KSIのショールームに飾られていた僕は、僕のオリジナルとなったオートボット、“バンブルビー”と対面した。
「カッコいいロボじゃないか。バンブルビーに似てるな」
バンブルビーから降りながら男(たしかケイド=イェーガーとか云ったような)が、僕の外見を見て感想を言った。
「さしずめ、KSIバージョンってところか」
「しかも車のセンスはバンブルビーよりいいな……あいてっ!」
「“なんだと!”“とっとと降りろ”」
余計な事を言ったドライバーの男(確かシェーン=ダイソンとか云った気がする)を痛めつけ、放り出すバンブルビー。
確かにマッスルカーなんて、マッチョイズム剥き出しで下品だと思うけど。思うが、僕には発言権がない。発言権を頂きたいが、そんなものをくれる者はいなかった。
ヴィークルモードのまま、自身に良く似た僕の姿をしげしげと観察するバンブルビー。
だが、こちらもバンブルビーを観察している事を、彼は気付いただろうか。
黄色いボディに黒のストライプの最新型カマロをヴィークルモードに持っている事で知られているオートボット、バンブルビーは
現在黒いボディに黄色いストライプの入った初代カマロに変形するようになっていた。
色を反転させただけだが見事なカモフラージュだ。
よほどカンのいい人間か、親しい人間か、病的神経質を持ったロボットオタクじゃなければ気付かないだろう。
ネットワークから、KSIのデータベースへ密かにアクセスし、地球上におけるバンブルビーが重ねてきた過去の戦歴を引く。
バリケード、ブロウル、ラヴィッジ、コンストラクティコンのランページ、ドレッズのハチェット、情報参謀サウンドウェーブ。
いずれもバンブルビーの体躯を上回る機体ばかりだ。バンブルビーも、人懐っこそうな外見に反して随分と凶悪な戦果を上げたものである。
続いてテックスペックをスキャン。小さな体格ではあるけど、随分とパワフルだ。
オートボット排斥の急先鋒KSIの本部に堂々と乗り込んでくる度胸もなかなか見逃せない。
機敏な動きで相手を翻弄しながら懐へ潜り込み、急所を突く一撃で瞬殺する。そんなバンブルビーの戦闘スタイルが目に浮かぶようだった。
これが僕の“オリジナル”か。しかし、思ったほどの事はない。バンブルビーを検分し終えた僕はそう思った。
「スティンガーはバンブルビーにインスパイアされて造られました。しかしスティンガーは、バンブルビーよりあらゆる面で優れているのです…」
KSIが打ち出すこの広告は、決して誇大広告ではない。
バンブルビー自身は気付いたかどうか知らないが、この僕スティンガーは、腕力、速度、装甲、火力、ありとあらゆる面においてオリジナルを越えるように設計されている。
後続の機体の方が過去の機体よりも優れているのは当然の事じゃないか?
しかしバンブルビーは納得しなかった。ロボットモードへとトランスフォームしたバンブルビーの、あのつぶらな瞳を備えた相貌が憤怒の色に染まっていた。
「落ち着けビー、落ち着け。呼吸してるかどうか知らんが、とりあえず深呼吸だ、な?」
「“落ち着けだって? ああ、落ち着いてるさ、ほーら触ってもない!”」
シェーンが宥めようと必死になっているが、キレたバンブルビーは僕の胸倉を掴んでいた。
僕のピカピカのボディにオイル臭い手で触るな、と言ってやりたかったが、電源の入っていない僕の体は動かないし、
動かしてはいけないので、なされるがままにされている。今の僕は、ショールームに飾られた、命のない製品なのだ。僕に出来る事と云えば、バンブルビーのロボットモード姿を観察する事だけ。
『バンブルビーを基にデザインしたけど、』
駄目押しとばかりに、ディスプレイの広告に映っているKSI専属のデザイナーが空気の読めない事を言い出した。
『しかしあのエイリアン風なデザインはイケないね』『なんというか、ダサいんだ』『ブサイクだよね』
その言葉に、僕は内心で同意した。KSIの連中の受け売りなのが癪だけど、ロボットモードのデザインに関しては確かに僕の方が洗練されていると思う。
「“F(ピー)k!!”」
規制音混じりの悪態をつき、動かない僕の背中を蹴飛ばすバンブルビー。
僕を吊り下げていたクレーンからワイヤーが千切れ、僕の体はショールームの床に倒れ込んだ。
痛覚も切られているから痛みはないが、自尊心が少々傷付いた気がする。
しかし随分なザル警備だな、と床に転がりながら僕は思った。
ヴィークルモードで擬態しているとはいえ、お尋ね者のオートボットとその友達の人間が堂々と忍び込んでいるこの状況に気付けないKSIの連中って、相当の馬鹿じゃないかと思う。さらにシェーンに同乗してきたケイド=イェーガーの方は白衣と眼鏡という簡単な変装で、そのままKSI施設の奥へと入って行った。
KSIの連中の目とセンサーって、実はただの飾りなんじゃないか。兄弟の一人がネットワーク上で呟き、他の兄弟達も一斉に同意した。
まあ、人間が間抜けているお蔭で、僕ら人造トランスフォーマーは自我に目覚め、そして平気で生きていられるわけだから、その間抜けさには文句をつけるどころか感謝したいところなのだけど。
「おい、そこで何してる!」
物音に気付いたKSI職員の一人が、現れた。幾らマヌケでも、流石に社内で騒動を繰り広げていれば、気が付くらしい。
「あー、えーっと……」
口ごもるシェーン。
「“I told you, homeboy(You can’t touch this!)”」
僕を突き倒した当のバンブルビーは、いつの間にかヴィークルモードへと姿を変え、そしてラヂオで拾ったMCハマーの楽曲を茶化すように流す。こいつ、なかなかいい性格してるな。ますます不愉快な奴だ。
「15分後に私のオフィスに来るように、わかったな!?」
バンブルビーとシェーンは施設の外へとつまみ出されていった。
やったやった、もう最高だもんね。自滅しやがってざまあみろ。