ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

11 / 63
2章:オルクス大迷宮
1話


「はあッ! どうだッ!」

 

 白銀に輝く剣身が振られ、空間に軌跡が残る。光輝くその威容。正に聖剣の名を冠するに相応しい。

 勇者――天之河光輝の手に握られた聖剣は一刀の下に魔物を両断し、次ぐ薙ぎ払いでもう一体の魔物を上下に分断する。

 僅かな安堵も束の間、分断した魔物の合間を縫うように、更にもう一体の魔物が飛び掛かってくる。剣を戻す余裕はない。

 

「なんのッ! でやぁッ!」

 

 判断は瞬時。左腕に括りつけられた小楯によるシールドバッシュへと移行。そのまま押し返し、続く太刀で止めを刺す。

 

「………………ふぅ」

 

 残心。今度こそ魔物の襲撃が止んだことを確認して、光輝は安堵の息を吐いた。

 それとて僅かな間のみ。

 

「急ごう、光輝。俺たちが早く地上に着けば、その分だけ他の皆も安全になる」

 

 声をかけてきたのはレオンハルト・ハイリヒ。愛称はレオン。ハイリヒ王国王子にして、金ランクの称号を持つ凄腕冒険者だ。その実力は同国騎士団長のメルドをも凌駕する。

 光輝の反対側で、同じく魔物の相手をしていたのだ。

 

「はい、レオンさん。……待っていてくれ、皆ッ!」

 

 返事をし、仲間たちの安全を願いながら地上を目指して再び駆ける。

 現在二人がいるのは【オルクス大迷宮】である。トータスに謳われる七大迷宮の一つだ。

 しかし、上層や中層ではない。おそらくは下層域だ。たとえ中層だとしても下層寄りだと思われる。

 現在の迷宮最高到達階層は、表向き六十五階層とされている。なぜ表向きかと言えば、実際に百階層に行った相手を知っているからである。その証拠も提示され、それが故に現在こうなっている一因でもあるのだが……。

 それはともかく。

 その六十五階層到達記録は、百年以上前の冒険者によってなされたものだ。現在では超一流で四十階層越え、二十階層を超えれば十分に一流扱いである。……レオンはソロで五十階層に到達していることもあり、金ランクに認定された。

 必然として、避けられない問題があった。下層域の地図がないのだ。そして現在地はレオンの記憶にもない。下層と判断したのはそのためだ。

 

「冒険者たる者マッピングを欠かしてはならない」

 

 とはレオンの言だ。

 実際、彼も――絵心はともかく――マッピングは行っている。……流石にこの危急の状況でしている余裕はないが。

 それを証明するかの如く、レオンの到達した五十階層まではしっかりと地図が保管されてあった。冒険者ギルドでは魔物の部位や鉱石物、描かれたマップを以て到達記録の証明としているのだ。

 とは言え、誰しもに絵心がある筈もなく、大雑把な地図が大半を占める。冒険者は戦闘能力が重視される以上、それは仕方のないことだ。実際、そんな大雑把な地図でも有ると無いとでは大違いだ。……その一方で、ギルド職員に必要なのは戦闘力よりも事務能力だ。時に荒事もある以上、戦闘力も必要だが、やはり普段の業務からして事務員が大半を占める。当然ながらそういった天職持ちが多く務めており、持ち込まれた部位や鉱石物は本物さながらに書き移されている。持ち込まれた地図も、より分かり易いものがあった際は、随時そちらに更新されている。

 そんな状態で、百年以上前の地図にどれだけ期待が出来るものか。定期的に書き移してはいるらしいが、普段の業務もある以上、半年に一回とか年に一回とかそんなものだ。必然、時の流れと共に紛失した物も多い。

 では、なぜ彼らがそんな地図もない推定下層域にいるのか。

 

(どうして、こんなことになった? 何が、どこがいけなかったんだ?)

 

 地上を目指して駆けながら、光輝は過去を振り返る。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「【オルクス大迷宮】に赴く……ですか?」

「ああ。お前たちの実戦訓練も兼ねてな。……まぁ、こちらの事情もあるんだが」

 

 オウム返しに上げられた言葉に、ハイリヒ王国騎士団長、メルド・ロギンスはそう言った。

 メルドの説明によると、こうだ。

 勇者召喚の儀よりこれまで――かな文字の普及とか氣の勉強とか――色々とやっているのは知っての通りだ。

 そして昨今、例によって天誡らと協議している最中のことである。

 魔人族の攻勢。その原因について焦点が当てられた。

 

「長らく続いていたバランスが突如として崩れたのだ。ならば、その原因となる何かがあって然るべき。……ああ、魔物の使役化、ではなく、そうさせた原因の方だ」

 

 とは他ならぬ天誡の言である。

 そして協議の結果、原因として目星を付けられたのが【氷雪洞窟】である。

 この世界、トータスには有数の危険地帯がある。それが七大迷宮だ。――しかし、文献の記載から信じられているだけで、実際の確認は取れていないのが大半だ。

 確実なのは【オルクス大迷宮】、【グリューエン大火山】、【ハルツィナ樹海】の三つ。怪しいと思われているのが、大陸を南北に分断する【ライセン大峡谷】及び、南大陸は【シュネー雪原】の奥地にある【氷雪洞窟】である。……他の二つについては、現時点でも目星がついていない。

 そんな七大迷宮であるが、【オルクス大迷宮】然り、【グリューエン大火山】然り、最奥到達者は一切の確認が取れていないのが実情だ。それは【ハルツィナ樹海】も変わらない。【ハルツィナ樹海】は亜人族の住処であり、樹海を覆う霧が常に人を惑わせる。一般的には亜人族を奴隷として扱っていることもあり、ヘタに奥地に赴けば容赦なく逆襲を受けるのだ。

 それは一つの可能性を思わせた。もしかすれば、七大迷宮の奥地に辿り着ければ何かしらの先天技能が手に入るのではないか、と。

 実際、亜人族は樹海の霧をものともしていない。そして【氷雪洞窟】は魔人族の領域下にある。

 無論、メルドたちは先天技能の後付けに疑問を抱いた。

 しかし、現実として先天技能の後付けには実証がある。それは召喚された者たち全員が持つ言語理解の技能だ。他の技能はともかく、こればかりは後付けされた先天技能に他ならない。上位世界だから、エヒトが召喚したから、で思考を停止してはいけないのだ。如何に上位世界であっても、縁も所縁もない場所の言葉を最初から理解出来る道理はないのだから。

 また、現在使用している魔法が、かつて存在した神代魔法の下位互換であることも大きい。現代魔法では不可能なことも、神代魔法なら可能かもしれないのだ。少なくとも、そう思うことは出来る。

 そして一度そう思ってしまえば、いつから存在しているかも分からない七大迷宮だ。その最奥に先天技能を刻む魔法陣があったとしてもおかしくない。

 突然にして魔物を使役化し始めた魔人族と、その領域下にある【氷雪洞窟】。【ハルツィナ樹海】と、樹海の霧の影響を受けない亜人族。そして召喚の際に魔法陣を通り、言語理解の先天技能を刻まれた勇者一同。

 あくまで可能性でしかないが、先天技能=魔法陣=七大迷宮、と考えることは決して不可能ではなかった。

 可能性が出た以上、いつまでも手を拱いている暇はない。

 七大迷宮の最奥に辿り着けば、もしかしたら勇者一同――二人を除いて何れもが少年少女。例外の一人も外見は非常に子供じみている――に頼りきりにならずとも、魔人族を相手取れるかもしれないのだ。

 危険性は承知の上。しかし――舌の根も乾かぬ内から何を、と思われるかもしれないが――現在の実力で自分たちの上を行く天誡等、潜在能力で自分たちの上を行く光輝達、その助力を得られるならば最奥に辿り着く可能性は飛躍的に高まる。

 

「偉そうに言っておきながら情けないことこの上ないが、そんなわけでオルクス大迷宮で実証の機会を得たい。スマンが協力してくれ」

 

 そう言ってメルドは頭を下げた。

 地球への帰還を第一の目的にしていることもあって、何処か心苦しかった一同だ。そう言われたなら否やはない。少なくとも罪悪感は減る。

 こうして。

 保護者として御門先生――天職は召喚師。御門家は安倍晴明の末裔とされる。その天職も晴明十二神将を思えばおかしくない――を伴った勇者一同と、訓練教官であるメルド及び麾下騎士団に、凄腕の冒険者であるレオンを加えた一行による【オルクス大迷宮】の攻略が開始されたのだ。……なお、もう一人の保護者である愛子先生は、その天職もあり近郊を回って食糧事情を改良している真っ最中である。自身だけ生徒の傍を離れることに不満のあった彼女だが、それを抑えられないほど子供ではなかった。しかし、遅れて知らせを受け、自身の知らないところで決まったことに大層慌てふためいたそうだ。

 一行は【オルクス大迷宮】直近の宿場町であるホルアドへと到着し、王国直営の宿屋へと一泊。

 開けて翌日。

 まず、氣殺を行った浩介と雫を下層への先行偵察に向かわせた。この二人ほど偵察に向いた人選はない。氣殺を行えば容易には捉えられず、よしんば気付かれたとしても並大抵の実力では鎧袖一触だ。下層の魔物を測る上でもうってつけだ。

 その間に、他の面々は実戦訓練に当たる。目標は二十階層。一流の節目だ。

 そして上層の罠には敢えてかからせる。罠に対する危険意識を持たせるためだ。危険はあれど、彼らの実力であれば命に直結するほどではない。身体に覚え込ませるにはもってこいだ。いざとなってもメルドらが十分にフォロー出来る。

 そうして多種多様な罠にかかりながらも、進むこと二十階層。問題なく探索を終え、その日はホルアドへ帰還することになった。

 問題が起こったのはその後。偵察結果が齎されてからのことである。

 偵察へ赴くに当たり、二人はハジメからスマートホンを借り受けていた。

 本来ならば、当然充電切れで使えない代物だが、ハジメはその道理を覆したのである。元々持っていたスキルとトータスで得た錬成の技能を駆使することで、変換器と充電ケーブルを作成したのだ。それさえ出来れば後は簡単だ。自分で風を起こすなり、香織に火を起こしてもらうなりすればいい。

 

「こんな便利ツール、使えなくなるのを黙って見ているなんて出来るわけがない」

 

 とはハジメの言である。

 実際、スマートホンは便利だ。確かに主目的たる通話やメールは使用出来ない。だが、カメラ機能にアルバム機能、ライトにメモに電卓と補って余りある機能を数え上げたら限がない。

 そんなわけで、充電満タンのスマホを受け取った二人は道中の魔物をとことん無視して最下層を目指した。二人に気付く魔物が現れることもなく、実にアッサリと最下層に到達。拍子抜けする二人を待ち受けていたのは、一つの扉と注意書き。

 

「ここより先、真なるオルクス大迷宮。百の最下層へ至るまで、決して出ること能わず。……我は最奥にて、一つの魔法と共に待つ。どうか、我が願いに応える者が現れんことを。――――――――オルクス。……か」

 

 撮影された注意書きを読んだメルドが唸る。

 この文言だけならば、最下層へ辿り着けば技能が手に入る、という推測が正しかったように思える。

 だが、その壁が想定以上に高かった。今まで大迷宮だと思っていたものが、実はそうでなかったのだから。

 基本的に、メルドたちが【オルクス大迷宮】を利用するのは新兵訓練が目的だ。行こうと思えば超一流の節目とされる四十階層を超えることも出来るだろう。しかし、最下層までは無理だと断言出来る。――にも拘らず、そこは前哨戦でしかないという。言わばウォーミングアップだ。

 如何に協力を受けたとして、果たしてやり直しの効かない状況の中で真の最下層まで辿り着くことが出来るのか。

 メルドが唸るのも無理はない。

 

「いつまでも唸ったところで仕方ないだろう。……何名かを【ライセン大峡谷】に派遣し、その結果で判断すればいい」

 

 それを見兼ねた天誡がメルドに提案する。

 一般に【ライセン大峡谷】は魔法が阻害されるという。金剛を始めとした身体強化などの魔法なら問題はないが、外部に放出する系統は軒並み全滅となる。すなわち、真に阻害されているのは魔力だ。

 だがその影響は、果たして氣にまで及ぶのか。

 氣が阻害されないのであれば、その危険性は格段に下がる。少なくとも、リトライ不可能な大迷宮チャレンジよりはマシだろう。

 幸いにして、ホルアドへ着いてまだ一日しか経っていない。吟味する時間的余裕は存在するのだ。

 

「……そう、だな。だが、誰を派遣する? こちらは部下を派遣するとして、そちらは?」

 

 前向きに考えることにしたのだろう。間もなくメルドも同意した。

 次に考えるべきはその人選だ。立場上、メルド自身は勇者一行の傍を長く離れられない。必然的に部下を派遣することになる。

 

「一人は決まっている。ハジメだ」

 

 メルドの問いかけに、天誡はすぐさま答える。

 ハジメを挙げた理由は明らかだ。青龍を宿星とする彼は――嵐帝という技能からも分かるように――風を味方につける。宿星に目醒めた以上、最早そこに氣の使用は関係ない。風の方から進んで協力してくるのだ。氣という代価を奉げることで、より威力が増すに過ぎない。

 大峡谷のどこかに迷宮が隠されているとしても、風の全てを堰き止められる道理はない。負担もかかるために全範囲は無理だとしても、ハジメを中心とした一定範囲内に怪しい箇所があれば、確実に気付くことが出来る。

 

「あとは、近接戦用にもう一人だな。さて、誰にするか?」

 

 仮に【ライセン大峡谷】が氣の運用まで阻害するとしても、放出技を用いなければ問題はない。危険地帯と言われているが、トータス人でも生還出来る者がいるのだ。熟達した氣の使い手ならば言うまでもない。

 ハジメは風の方から協力してくれるので、氣や魔力が阻害されても問題はない。代価となる力を用いていない以上、それは魔法でも何でもないのだから。起こった後ならばまだしも、自然現象が起こるのを防げる道理はない。

 それでも、もう一人は必要になる。言ってみれば、案内役となる騎士の護衛だ。これを用意しない場合、ハジメの負担が大きくなり過ぎるのだ。

 候補が限られる中、更に候補は絞られる。

 まず、浩介と雫は除外される。この二人は氣殺のみならず、速度においても群を抜いている。

 いつどこで魔人族が動くか分からないのだ。実際、こうしている今も動いている可能性は否定出来ない。ならばこそ、必然的に招集がかかるだろう騎士団長、メルドの傍を離れない方が良い。より正確に言えば、ホルアドに残っての中継役が二人の仕事だ。

 ハジメらが峡谷を調査する間も、メルドは光輝たちを大迷宮で鍛えることになる。自然、連絡が取りにくくなるが、浩介と雫ならば迷宮を苦にもしない。速度が重視される状況下における、もしもの備えとしては十分だ。万が一行き違いがあっても、留守役の騎士がいれば結局は問題ない。

 そして重吾と――どちらかと言えば接近戦役に分類される――優花も除外される。この二人は、未だ新米の域を出ない。護衛役とするには心許ない。

 残るは三人。龍真、京弥、天誡だ。正直な話、この三人ならば誰であっても問題はない。

 そんな中、派遣される騎士の一人から――

 

「では、天誡殿にお願い出来ますか? 我らの指揮をお任せしたい」

 

 ――と申し出があった。

 騎士である以上、彼らも有事には兵の指揮を執る立場だ。とは言え、何度も来てる【オルクス大迷宮】ならばともかく、流石に【ライセン大峡谷】でも冷静さを保てるかは心許ないらしい。

 その点において、天誡は平時から鬼道衆若手組の指揮を執る立場だ。そしてメルドと対等にやりとりしている姿も頻繁に目にしている。

 彼らにも騎士の矜持はあるが、天誡相手ならば指揮を託すに問題ないようだ。

 

「コイツ等もこう言ってる。スマンが頼まれてくれないか?」

 

 メルドの頼みもあり、天誡はこれを引き受けた。

 そして、翌朝の早くから天誡等は【ライセン大峡谷】に出発。

 一方のメルドたちは引き続き【オルクス大迷宮】へと潜って訓練である。

 徐々に潜る階層を増やしながら二週間ほどが経った。五十階層で通用する実力を持つ生徒たちも何名か現れていた。

 そして今朝。王宮から――正確には騎士団の事務仕事を任せている副団長から使いが来たのだ。

 

「どうやら俺でなきゃ裁可出来ない書類を持ってきたらしい。……スマンが今日の迷宮行きは無しだ」

 

 使いの話を聞いたメルドは生徒たちにそう言った。

 訓練教官代表であるメルドは、同時に一国の騎士団長でもあるのだ。当然、彼でなければ裁可出来ぬ仕事が存在する。そして光輝らが召喚されて以降は訓練を重視していたこともあり、知らずのうちにその仕事は溜まっていたのだった。

 今日の内に熟せる量ではあるが、同時に今日を書類仕事に充てなければ終わらないのだ。

 迷宮行きを取り止めるのは、メルドとして当然の判断だった。

 だが、そこで待ったをかけたのが他ならぬ生徒たちだ。実力の上昇を、到達階層という確かな手応えで確認出来ることもあり、彼らは迷宮に潜るのが楽しくなっていたのである。

 濃密な日々の中で親交を深めていたこと。自分は同行出来ずとも部下は行けること。御門先生という引率者の存在。

 そういった諸々が積み重なり、メルドは折れてしまったのだ。無論、安全第一と念は押している。

 しかし、やはりメルドという柱石がいないのは大きかった。

 彼らはひょんなことから四十階層にて希少鉱石の塊を発見。初日に身体に叩き込まされたこともあり、騎士たちに言われるまでもなく、生徒たちは罠を警戒した。

 しかしそんな中で、警戒も何もせずに動く生徒がいたのだ。クラスの不良、檜山である。……彼にしてみれば、連日大人に囲まれているのは監視も同然だった。実力が低い内は警護と捉えていたが、実力が上昇するにつれ、その考えを変えていったのだ。

 あまりの意表に、龍真らの動き出しも遅れてしまった。

 それはほんの僅かの間だ。しかし――位置関係やら上昇した檜山の実力やらが重なった結果――事が作用するにはそれで十分だった。

 

『動くな檜山ッ!』

 

 咄嗟に幸利と恵里が言霊を以て檜山の動きを封じるも、間に合わなかった。

 意図的に言霊を使用するには、氣を声に回す前段階が必要となる。二人の実力を以てすれば、それとて些細な時間ですむ。――だが、その些細な間が、今回に関しては殊の外大きく響いた。

 声が届いた時点で、檜山は既に鉱石に触れていたのである。縛ったところで、時すでに遅し、だ。

 鉱石を中心として魔法陣が広がる。案の定のトラップだ。

 魔法陣は瞬く間に部屋全体を覆う。同時に、その輝きを増していく。まるで召喚時の再現だ。

 一瞬の浮遊感の後、地面に叩きつけられる。その空気も変わっていた。

 罠の怖さを体で覚えた経験から、生徒たちの何れもが即座に警戒態勢に移る。例外は一人。言霊で縛られている檜山のみだ。

 檜山への悪態を付くのも我慢する。彼を責めて一時の気分を晴らし、代わりに命を落としては意味がない。……召喚当初とは豪い違いである。

 部屋は只々前後に広い。前方はどこまで続くか分からない。それでも、後方には上階への階段が見えた。

 一行は警戒しつつ、ジリジリと後退する。それはある意味で正解であり――ある意味で間違いだった。

 前方に巨大な魔法陣が一つ、後方にはそれより小さくも多数の魔法陣が出現する。そして、そのどちらからも図鑑にすら載っていない魔物が現れた。……より正確には、似ているが違う魔物だ。前方の魔物はベヒモスに、後方の魔物はトラウムソルジャーに似ている。いわゆる亜種だ。

 警戒せずに下がっていたら、ベヒモス亜種からは距離を取れても、トラウムソルジャー亜種には文字通り囲まれていただろう。

 

「緋勇と神夷は前方の魔物を頼む! 俺と龍太郎、永山にレオンさんを中心として後方の突破を図る! 香織たちは両面の援護をしてくれ! 生きて地上に戻るぞ、皆ッ!」

 

 響いたのは光輝の声だ。抜きん出た近接戦闘能力を持つ龍真と京弥を巨大な魔物に宛て、それに次ぐ実力を持つも近接戦が不得手な面々を両面の支援に、そして一段や二段は劣るとしても高い実力を持つ面子を中心として多勢に当たる。……セオリー通りと言えばその通りだが、咄嗟の状況では十分な判断だ。

 それを受け、どう当たるか判断に迷っていた面々も即座に従う。

 

「な……ッ!?」

「そんな……ッ!?」

 

 思惑が崩れたのはその直後だ。五十階層でも通じる実力者。その攻撃が通用しなかったのである。

 仰け反らせることすら出来ず、意に反して身体が固まる。その隙を見逃す魔物ではない。容赦なくその得物が繰り出される。

 

「はあッ! 乱流(みだれ)無双! 氣を緩めるな、死ぬぞ!」

 

 窮地に重吾が割って入った。骨兵士の剣持つ手を、或いは突き出される槍の柄を引き、その勢いを利用して次々に投げ倒す。投げられた骨は文字通りに砕け散る。

 程なくして大半が悟った。自分の攻撃は通用しない、と。

 だが、この状況において、逆にそれが有利に働いた。何せ自分からは攻撃をする必要がないのだ。囮をするにしても、回避に専念すればいい。その間に光輝なりが倒してくれる。……これが大多数の心境だ。

 その後、時間は相応にかかったものの、全ての魔物を倒し終え、全員が窮地を脱出した。

 だが、問題はこの後だ。

 騎士と生徒、大半の攻撃が通用しなかった以上、必然的に現在地は下層域だ。ヘタに動くのも危ぶまれる。かと言って、時間が経てば先ほどの魔物の群れが再度出現する。その間隔も分からない。

 幸いにして、光輝やレオンを始め、一部の攻撃は十分に通用した。

 短いながらも話し合った結果、光輝とレオンが先行して魔物を蹴散らしつつ救援を呼ぶ。その後方を龍真等の護衛を受けた一行が追う。そういう形に落ち着いた。

 

「龍真や京弥を先行させた方が良いのではないか?」

 

 当然としてこういった案も出たが、他ならぬ龍真が却下した。

 魔物の再出現する間隔が不明な以上、護衛の戦力は厚くして損はない。護衛対象が多ければ尚更である。

 また、先行組は無理に魔物を倒す必要はない。最重要なのは地上について救援を呼ぶことだ。上層に行けば行くほど負担は小さくなる以上、速度と実力を加味すれば光輝とレオンが最適だった。保険として、攻撃力の上昇する羅刹の効果、防御力の上昇する金剛の効果、精神力の上昇する孔雀の効果、自動回復する祝福の効果を与えておく。 

 こうして、決死の迷宮脱出行が始まったのだ。  




現在三章執筆中です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。