ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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2話

「なんだとぉッ!?」

 

 現在、勇者一同が宿泊している宿屋。その一室にメルド・ロギンスの怒号が響く。その様は、まるで建物全体を揺らすが如きだ。

 迷宮に潜って行った一同の安全を願いながら、自身は宿屋に居残り書類仕事に励むこと数時間。一息つこうか、というタイミングだった。

 突如、天之河光輝とレオンハルト・ハイリヒの二人が慌ただしく戻ってきたのである。

 その様に良からぬ結果を感じながら訊ねてみれば――

 

「罠にかかり下層域に転移させられた。自分たちが救援に走った時点では全員生きていたし、龍真たちもいる以上、暫くは保つと思うが、一刻も早い救援が望ましい」

 

 ――こう返ってきたのだ。

 正に寝耳に水な事態。メルドが叫ぶのも無理はない。

 飛ばされた先は八十階層かそこらと思われる。何階層か登った先で、起動していない魔法陣を発見。一縷の望みをかけて起動すれば、転移先は三十階層だった。……詳しく聞いて分かったのが、こんな内容だった。

 

「チッ、そうと聞いては事務仕事などしてられんな。雫と浩介も連れて行く。……スマンが、光輝と殿下には二人の代わりをお任せしたい」

 

 聞くことを訊いたメルドの判断は迅速だった。

 転移魔法陣は、通路の脇にある部屋の一室、というどうも正規ルートからは外れた所にあるらしい。慌てていたこともあり、二人はバンバンと扉を開け放ったために発見したが、普通に通路を進む分には気付くまい。そしてそんな余裕もあるまい。

 大半の攻撃は効かぬ上に大人数だ。必然的に、後発の一行は急ぎつつも慎重に進むこととなる筈である。そんな状況で余所に気を配ってなどいられまい。本来ならばその余裕がある龍真等にしても、足手纏いが多い以上、実質不可能と言っていい。周囲を気にしなければその余裕も生まれるだろうが、そんなことをしてしまえば本末転倒だ。彼らが残った意味がない。

 件の魔法陣だが、一度起動させた以上、三十階層からも飛べるようになったらしい。急げばその先で合流出来るだろう。しかし、時間的にそれとて紙一重だ。むしろ、後発組は魔法陣を通り過ぎている可能性の方が濃厚である。

 だが、浩介と雫を連れて行けば、生まれるロスも最小ですむ。何せ一度百層まで降りているのだ。また速度と隠形能力も群を抜いている。この二人ならば、魔法陣から出た先で下層を確認するのにも、大した時間はかかるまい。

 二人が確認している間、メルドたちは魔法陣の部屋で待機する。下層にいればそれで良し。いなければ、揃って上層へ向かえばいい。

 光輝とレオンはお留守番だ。持って回った言い方をしたが、疲れ切っている今の二人は、役立たず以外の何者でもない。

 

「了解したよ。……肝心な時にすまないね?」

「分かりました。皆をお願いします……ッ!」

 

 当の二人もそのことを自覚しているのだろう。片やいつもと変わらぬ微笑を浮かべ、片や絞り出すようにして、メルドの言葉に頷いた。

 

「何やら随分と慌ただしいようだが、どうかしたのか?」

 

 そんな言葉がかけられたのは、今まさにドアを開けて出発せんとしている時だった。

 声の主は九角天誡。調査のため、【ライセン大峡谷】へと赴いていた一人だ。

 そして天誡がいる以上、他の調査組の姿もあった。南雲ハジメと騎士団員である。

 この状況下、これ以上ない援軍だ。

 

「……なるほどな。そういう事なら急ぐとしよう」

「どうやら、手土産もムダにならないみたいだね?」

 

 手短に状況を伝えた結果、二人も即座に踵を返す。一緒に派遣していた騎士たちも続く。

 道中、足を動かしながらも結果を訊くと、思いもよらぬ返事が返ってきた。なんと、天誡たち一行は【ライセン大峡谷】にあるという七大迷宮の一つ、【ライセン大迷宮】を攻略したと言うのである。その結果、色々な事情と神代魔法の一つである“重力魔法”の技能を手に入れたとの事だ。

 件の事情など詳しい内容を話している余裕は流石にないが、それでも何かないかと聞きたくなるのは仕方のないことであろう。

 

「ハジメさん、マジパねえッす!」

「ミレディ、マジウゼえ!」

 

 部下から返ってきたのがこの言葉だ。

 何でも【ライセン大迷宮】の主であるミレディ・ライセンは、神代魔法を使ってゴーレムにその魂を移しているそうだ。件の事情に伴ってのことだそうだが、問題はその人格だ。

 只管にウザいのである。

 【ライセン大迷宮】は罠に満ち溢れた、一歩間違えたら死に直結する何ともイヤらしいダンジョンだ。死なないにしても大怪我は免れない。そんな中で、只管にこちらを煽ってくるのである。平常心を保つことなどほぼ不可能だ。……本来ならば、攻略など出来なかっただろう。

 だが、そこで功を奏したのが人選であった。

 騎士たちは、天誡の命令に応えるだけの、一種の人形になることで対応した。自発的な行動はほぼ取れなくなるが、その分だけ罠を発動させることも減る。

 天誡は若くとも一人の指導者だ。氣の危険性に加えて学んだ鬼道もあり、必要に応じて感情を一時的に封じる術を持っている。

 そしてハジメは、目を閉じることで対応した。いくら文字で煽ったところで、目に入らなければ問題はない。声をかけてきたところで、不要な言葉は風が遮ってくれる。

 罠にしてもそれは同じだった。こと風が存在する限り、そこはハジメの領域と言っても過言ではない。ダンジョンのような閉じられた空間なら尚更だ。揮える力の上限こそ限られてくるものの、その分だけ負担も少なくなるし、取捨選択する情報量も同じである。

 その点において、【ライセン大迷宮】は最適だった。何せ余計な魔物がいない。罠の結果としてしか出て来ないのだ。

 人数が少ないことも幸いした。人数が多ければ、その分だけカバーの手間がかかる。

 その手間が無いに等しい以上、ただ罠の攻略に専念すれば良いのだ。正しいルートも逐一風が教えてくれる。危険な大迷宮も、【ライセン大迷宮】に限ってはハジメの狩場でしかなかったのだ。

 程なくして最奥に至り、一行は重力魔法を伝授された。本来ならば、ミレディと戦うことでその実力を示す必要があるのだが、彼らには必要ないと判断されたらしい。……嫌々ながらに、そうミレディは語ってくれた。

 

「なんとまぁ……」

 

 呆れやら感心やらが入り混じった結果、話を聞いたメルドはそう呟くので精一杯だった。

 しかし、だ。

 期せずして天誡等から齎された喜ばしい気分も長くは続かなかった。

 彼らが後発組と合流したのは六十五階層――結局、行き違いになってしまった――である。両脇には、まるで奈落の底まで続いているかと思わせるような深淵の如き闇が広がる、そんな巨大な橋の上だ。

 その姿を確認して安堵したのも束の間。すぐに様子がおかしいことに気付いた。一体何が、と考察する必要もないほどにその理由は明らかだった。

 

(人数が、少ない……ッ!?)

 

 そう。メルドをして認めたくない事だったが、明らかに本来いるべき人数より少なかった。

 それも、すぐにそうと分かるほどに、減っていたのだ。

 

「ここで、いったい何が起こった……?」

 

 絞り出すようにメルドは訊ねた。

 返ってきた答えはこうだ。

 地獄の如き階層を潜り抜け、何とか一行はここまで辿り着いた。

 そして安堵してしまった。魔物に攻撃が通じる、というその一点に。……特に、今まで攻撃が通じずに苦々しく思っていた者ほど、その傾向は強く現れた。

 最初に飛ばされた際は、攻撃が通じないのは多数を占めていた。だからこそ、逆に氣を保てた側面があった。

 しかし、階層を登れば登るほど、魔物が弱くなれば弱くなるほどに、その割合は逆転する。自らの力不足を、過分なく叩き付けられたのだ。

 その心境は想像するに容易い。特に、トータスでは有数の実力を付けたといえど、子供であることに間違いはないのだから尚更だ。

 そこに齎された、自分も役に立てる、という現実。否応なく生まれてしまった僅かな気の緩みは、これ以上ない牙を剥いて襲いかかったのである。

 

「危ないッ!」

 

 数か所で同時に上がった、その声。

 ここまで上がってくる中での消耗もあったのだろう。氣を緩めた面々に向けられた攻撃から庇った結果、何名かは闇へと落ちてしまったのだ。

 それを確認した龍真もまた――

 

「任せた京弥ッ!」

 

 ――と言い残し、自ら闇へと降りて行った。

 

「……そう、か。……浩介、雫、スマンが百層までの確認を頼む、念入りに、な」

 

 今朝における自分の判断。その迂闊さに呪いたくなるのを抑え、メルドは二人に依頼した。

 

(大丈夫だ。まだ、生きているはずだ)

 

 必死に自分に言い聞かせるメルドの脳裏には、一縷の希望――すなわち緋勇龍真の姿が浮かんでいた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「さて、行くか。……お前たち、スマンが後を頼む」

 

 身支度を整え、部下の騎士へとそう言ったのはメルドだ。

 結局、浩介と雫の二人がかりで百層までを隈なく探したが、落ちた者たちは発見できなかった。

 魔物に食われたとも考えられるが、それは一つの要因によって否定される。すなわち龍真の存在である。その実力は最上級。少なくとも、彼の姿は発見出来ないとおかしい。

 しかし、現実として発見出来なかった。……である以上、考えられるのはただ一つ。あの闇は真の【オルクス大迷宮】まで繋がっている、ということだ。

 本来ならば、王国に戻って報告するのがメルドの義務だ。

 しかし、それをしたところで、落ちて行った面々を助けることなど出来はしない。一般に四十階層越えが超一流とされる現状では、間違いなく死亡認定されてお終いである。

 幸いにして、【オルクス大迷宮】での訓練として申請した期間は、終了日を迎えるまでまだ余裕がある。ならば、その間に真の【オルクス大迷宮】に潜り、一行を発見して、そのまま攻略してしまえばいい。……それがメルドの決断だった。ここにきて、良い意味で吹っ切れたのだ。

 無論、それを現実のものとするべく、救出組は厳選してある。

 天誡たちは当然として、本来ならば中継役として残すのが望ましい浩介と雫も連れて行く。

 

「ふうぅぅ……。よしッ! 俺は――俺たちは必ず皆を助けて戻る! 信じて待っててくれ!」

 

 残って吉報を待つことになる生徒たちへとそう言ったのは光輝だ。

 彼もまた、救出組へと数えられたのだ。

 一般的に考えるのであれば、落ちた面々の命は既にない。以前までの彼ならば、それに同調していただろう。――しかし、留守番組へと声をかける今の姿には、そんな様子は微塵もない。むしろ、生存を絶対視さえしている様に見受けられた。

 

「おう! 俺も続くぜ、光輝!」

 

 拳を打ち鳴らして、意気良く応えるのは龍太郎だ。

 未だ色々と未熟な彼だが、それでも氣を用いた空手技は見事の一言に尽きる。先に落ちた重吾とのコンビネーションも良い。

 そういった諸々を買われ、彼もまた救出組へと迎えられた。

 

「全く、我ながら度し難いな……。仮にも王子である以上、本来なら止めるのが筋だというのに、これ以上なく心が躍っている」

 

 自嘲しつつも、自身の得物である愛鎗を握るのはレオンだ。その言葉を証明するかのように、瞳はギラギラとした光を放っている。

 光輝の聖剣に負けず劣らず、その鎗もまた白銀に輝いていた。……それも当然だ。その鎗に冠された名は聖鎗。光輝の聖剣と同じく、資格無き者には扱えない至極の一振り。

 レオンハルト・ハイリヒ。その天職は騎士王。ただの騎士でも王でもない。文字通りの騎士の中の騎士(ナイト・オブ・ナイト)を冠された、勇者同様、人々の希望と理想を一身に受ける存在だ。

 故にこそ、彼は聖鎗を握ることを許されるのだ。……しかし悲しいかな。現在を生きるトータス人は誰も知らぬことだが、光輝の聖剣にしろレオンの聖鎗にしろ、その真の名は失われてしまっているのだ。長い歴史の中で、その称号のみが語り継がれてきた結果である。必然として、今のままでは真の力を発揮し得ない。

 しかし、いや、だからこそか。

 レオンはずっと――自ら望んだ面もあったが――一種の飼い殺し状態にあった。

 ハイリヒ王国現国王エリヒドにとって、王位を継がせるのは――あまりの愚物ならともかくとして――自らの子供が望ましい。だが、当時における自身の子供は生まれたばかりのリリアーナのみ。その一方で、祖父の遺言で引き取った少年は出来が良すぎたのだ。天職もあって、民衆は自然と彼の戴冠を願うだろう。一応とはいえ王家の血筋ではあるので資格もある。

 エリヒドは危機感を抱きつつも、王の責務として、過分なくレオンに教育を施した。

 そして、それから数年の時が経ち、いよいよ直系男子が生まれたのだ。エリヒドにとっては喜ばしい出来事だったが、問題となったのはレオンの扱いだ。

 直系男子とはいえ、ランデルは生まれたばかり。これから愚物に育たないとも限らない。その際の保険として、レオンは必須だ。幸いにして義兄妹仲は良い。いざともなれば、レオンとリリアーナを結婚させればいい。親等的には従兄妹同士なので問題はない。

 だが、そうやってレオンを大切にし過ぎると、本当にランデルが愚物に育ってしまいかねない。

 親の愛情と国王の責務に、日々エリヒドは苛まれた。

 育ててもらった恩と情もあり、見兼ねたレオンは――

 

「私は冒険者になります。日々王宮に戻らぬ放蕩者相手に、民も王位を望みはしないでしょう」

 

 ――と提案したのだ。

 冒険者がいくら功績を挙げたところで、それは王国の運営には直接寄与しない。

 その一方で、もし本当にランデルが愚物に育った際には、それを止めるため、民衆の後押しを受ける分には十分なほど作用する。

 王族であることを捨てるわけではないので、その行動範囲は本当の冒険者と比べれば非常に限られたものになる。そして暮らしぶりもまた、王族とは思えないものになるだろう。

 王族にして王族にあらず。冒険者にして冒険者にあらず。正に一種の飼い殺し状態だ。

 

「……スマンな」

 

 エリヒドもまた、育て上げる中でレオンに確かな情を抱いていたのだろう。苦し気に、そう一言呟いた。

 そうして。

 レオンが冒険者として活動を始める際に、餞別として与えられたのが聖鎗だったのだ。

 どちらにしろ飼い殺しを免れないのであれば、冒険者としてこれ以上ない功を挙げてくれ。……そんな、エリヒドの言葉なき心遣いを感じられる物だ。

 それに応えるように、レオンは狭い範囲の中で東奔西走して功績を挙げ続け、ついには金ランクへと至ったのだ。

 

(大丈夫。今回も同じさ。苦難を乗り越え功を挙げる。……正に冒険者冥利じゃないか)

 

 だからこそ、レオンには喜びはあれど気負いはない。こういった苦難こそ望むべきものだからだ。

 

「ついていけないのは残念ですが、生徒たちは任せて下さい。落ちた皆さんをお願いしますね、九角君?」

 

 九角へ声をかけたのは御門先生だ。

 実力者、という括りで言えば、御門先生を外せるはずがない。安倍晴明の末裔にして、現代を生きる陰陽師。その実力は天誡をして認めざるを得ない。

 しかし、居残る生徒たちを見守る役も必要だ。メルドが赴き、この場に愛子が居ない以上、それは必然的に御門の役目となる。

 誰か一人でも身近な存在が傍にいないと、残る生徒たちがどんな行動を取るか分かったものではないからだ。特に、攻撃から庇われた――落ちる直接の要因となった者たちからは、目を離せるはずもない。

 そして、もう一人。そもそもの要因――トラップを起動させた檜山からもだ。

 この状況下、彼はいつ私刑を受けてもおかしくないのだ。現在は宿の地下室――いわゆる保存庫だ。これなら窓から逃げられる心配もない――に軟禁し、常に騎士が見張っているが、それも絶対ではない。言葉で言い繕うだけで、真に反省をしない檜山の言動に対し、他ならぬ騎士が私刑をやりかねないのである。

 裏に関わる身として――

 

(正直なところ、檜山君はどうなってもいいのですがね……。もう、救いようがないですし……)

 

 ――というのが御門の考えだった。

 だが、それを見過ごせない理由があった。感情のまま、一度でも私刑を執行してしまえば、最早歯止めは効くまい。かけた生徒たちは見る間に堕ちてしまうだろう。

 そう、他ならぬ未来ある生徒たちを救うためにこそ、御門はこの場に残るのだ。

 

「ええ。先生も、どうか皆をお願いします」

 

 それを察する天誡もまた、礼を以て答える。

 

「さて、往くか……ッ!」

 

 京弥の言葉を皮切りに、一行が足を進める。そこに迷いは感じられない。

 ここに、【オルクス真迷宮】救出行が幕を開けた。  

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