「でええぇぇいやッ!」
咆哮を上げ、メルドはその魔物を一刀両断する。現在地は【オルクス大迷宮】の百階層だ。未だ救出のため迷宮に潜って初日だ。降りることを最優先に道中の魔物をほぼほぼ無視してきているとはいえ、かなりのハイペースである。
理由は様々にあるが、最も大きいのはメルドの存在だろう。見て分かる通り、彼の攻撃がこの下層でも通用しているのだ。当然、それにも理由がある。今のメルドは宿星の加護を受けているのだ。
元来、宿星が新たな人物に声をかける際は年若い人物を選ぶ傾向が高い。年を取り成長すれば、その分だけしがらみも増える。今の生活を守るため、という大前提があっても、そのために犠牲にする部分が出てくるのは否めない。年を取れば、その犠牲にする部分が大きくなるのだ。そんな状態では、いくら支援をしたところでどれほどの役にたつか分かったものではない。それでもなお、その宿星がメルドに声をかけた理由があったのだ。
昨日。五名以上もの少年少女が橋から落ちたことを知ったメルドは、ホルアドに戻ってから様々なことを自問し、答えを出すために様々なものを秤にかけた。だが内容が内容だ。当然ながらすぐに答えが出る筈もない。眠れぬ時間は続き、それは真夜中まで食い込んだ。明日の行動をどうするにせよ、それでも眠らなければならない。行動に支障が出る。そこまで悩みぬいて、彼はようやく答えを出した。――すなわち救出に赴くことを。……それはメルドの立場をすれば王国への背任行為に等しい。報告の義務を果たさず、己の感情を優先したのだから。上手くいった暁には過程を脚色して報告する腹積もりではあるが、それよりも何よりも――
(落ちた仲間を――それも年端もいかない少年少女を放っておけるか!)
――この思いが強かった。
そう、メルドは上手く救出できた場合、結果として職を失っても構わないとすら考えたのだ。
そしてその思いを、その情を、この星は認めたのだ。自らが司る最大要素を。――すなわち、メルドに声をかけたのは情星である。
眠りにつく間際、どことも知れぬ場所から響く声に問われたメルドは――その見当がついたこともあり――一も二もなく応じたのだ。
情星の中にメルドの戦闘方法の参照になるデータはなかった。しかし、当のメルドにとっては問題などない。宿星の後押しを受け、氣の扱い方を覚えただけで十分なのである。騎士団長まで上り詰めたのは、大半がその実力によるものだ。重ねた齢もあり、己が戦闘方法など熟知している。追々覚えることもあろうが、時間がものをいう状況下だ。足手纏いにならなければ、取り敢えずはそれでいい。
結果。メルドの予期せぬ実力向上もあり、当初の予測よりも遥かに早く、一行はその道程を進んだのである。流石に八十階層を超えればその速度も緩んだが、言ってみればそのくらいだ。
「うおおッ! 受けろ、疾風閃! 海連刃!」
そしてもう一人の立役者が光輝だ。今もまた魔物に対して疾風の如き速さでダッシュしながら突きを見舞い、続けて剣撃と振り上げることで発生する衝撃波を食らわせている。
曲がりなりにも勇星の声に応えただけあって、その成長速度は速かった。しかし肝心要となる己が意志――その薄弱さを危惧した勇星によって、完全なる加護は与えられていなかったのだ。代わりにと言うべきか、彼は様々な夢を見させられた。或いはある花火師の勇気を、或いは極限状況下における二択を、否応なく見させられ迫られたのだ。そして、そこにご都合主義は一切働かない。綺麗事は成り立たない。自分だけでは挫けていたかもしれない中で、光輝を救ったのは夢に見た花火師の在り方だった。結果を正しく受け止め、矛盾に苦しみ、それでも尚と力を振りかざすその姿に、どうしようもなく惹かれたのだ。
(あれこそが勇気あるものだ。……本当の勇者だ)
それを認めた光輝は己が過去を振り返り、愕然とした。実に無様そのものだ。仮にも勇者の称号を戴く者として、あってはならない姿だった。しかし、過去は変えられない。正しく受け止め、進まなければならない。……トータスに召喚され間もなくにして勇星の声に応えた光輝には、この様な意識改革が起こっていたのである。
元よりスペック自体は高い光輝だ。そこに意志の強さが追い付けば、その姿は正に勇者そのものだ。それは取りも直さず、勇星の完全な加護を受けると同義。
「行くぞ、光輝! 遅れるなよ!」
「はい、メルドさん!」
『衝破十文字!!』
勇者と騎士、二人の快進撃が止まらない。勇星と情星、響きあう星の効果もあってか、早々にして方陣技をも繰り出している。
二人の突き技が十文字に突き刺さり、その集約点にて氣の爆発が起こる。効果範囲は狭いが、だからこそ単純ながらにしてその威力は高い。
「いや、驚いたな……。あれは本当に天之河か?」
思わず天誡が呟く。言葉通り、疑念の表情も浮かんでいる。……まあ無理もない。【ライセン大峡谷】に赴いていた彼が知る光輝は、二週間以上も前――未だ意識改革の途上にあった姿だ。それと比較すれば、雲泥の差といっていい。
「事実よ。……変われば変わるものよね」
対し、苦笑しながら雫が答える。この短期間で、自分たちの苦労がバカみたいな変わりようだ。付き合うには漏れなく苦難がセットの宿星だが、時折こうした奇跡じみたことをいとも簡単に引き起こす。だから人は、宿星との付き合いを閉ざすことは出来ないのだ。
そうこうしている内にこの場の魔物は片付いた。雫の案内の下、一行は更に歩を進める。
間もなくして辿り着いた。眼前には巨大な扉と、その脇に立つ石碑。石碑にはかつてスマートホンで見た注意書きが、一字一句違わずに記されている。
ゴクリ。
息を呑んだのは、果たしてメルドか光輝か――それ以外か。
ともあれ、ようやくここまで来た。――そしてここからが本番だ。後戻りの出来ぬ、奈落の底への片道切符。生きて戻るには最奥まで辿り着くしかない。
「情けないが、ここから先、俺ではどこまで役に立てるか分からん。……改めて、よろしく頼む」
「フッ、言われるまでもない。――そしてそう自分を卑下するな。貴方は十分頼りになっているよ」
そうして一行は門を開き、その先へと歩を進めた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
門を潜った先は川辺だった。薄暗いが、所々にある緑光石が発光しているため何も見えないほどではない。
周囲を見渡す。後ろにある筈の門は影も形もなくなっていた。本当に後戻りは出来ないらしい。
どうやらここは最上流のようで、道は二つしかない。横に伸びる洞窟に入るか、川沿いに下るかだ。
「ま、川沿い一択だろうな」
言って、早々に歩き始める京弥。否を唱えることなく他の面々もそれに続く。
生きる上で水は必要不可欠だ。この階層がどれほど広いかも分からないし、落ちた者たちが着いているかもわからない。しかし、もし水場に辿り着いているのなら、その利を捨てる筈がない。何かしらの痕跡は発見出来るだろう。運が良ければ早々に再会が叶うかもしれない。
「どうやらビンゴの様だな?」
警戒絶やさず歩くこと暫し。川の中腹に差し掛かった辺りで幸利が口を開いた。視線の先には何の変哲もない岩。――しかしてそこには文字が刻まれている。
『A.T&K.N生存。川沿いに向かう』
文字を目にしたメルドが――
「………………いに……かう。ダメだ、俺には読めん」
――結果、読めずに頭を掻く。
しかし、だからこそメッセージの重要性は高い。他の面々は問題なく読むことが出来たが、メルドが読めなかったことで、落ちたクラスメイトが書いたことが証明されたからである。彼が習ったのはあくまでかな文字。英語に漢字は学習外だ。落ちた面々は何れも召喚された者ばかり。元よりそちらに宛てたメッセージだとすれば、言語理解の技能が働かず、結果としてメルドが読めなくともおかしくはない。
問題は誰を示しているかである。
A.Tの候補は二人――玉井淳史と辻綾子だ。そしてK.Nは野村健太郎一択だ。少なくとも、このうちの二人がここに寄り、川沿いに進んだことをメッセージは示している。上流に痕跡が無かったことを鑑みれば、十中八九向かった先は下流だろう。
「浩介、先行してくれ」
例によって例の如く、天誡の命を受けた浩介が先行する。浩介自身も否はない。一つ頷いて走り出す。
彼らの知るこの三人は、その誰しもが戦闘力に不安が残る。真迷宮の魔物相手に生き残れるか分かったものではないのだ。自分たちがここに到着するまでの時間を加味すれば手遅れ感は否めない。しかし、未だ無事である可能性も否定は出来ないのである。
浩介を先行させる傍ら、メルドに対してメッセージの説明を行う。無論のこと、自分たちも急ぎながらだ。警戒は浅くなるが、状況が状況だ。多少の危険は受け入れる。ここまで来て、間に合うかもしれない仲間の命を諦めるのもバカらしい。
「………………なに?」
だからこそ。
その光景を目にしたとき、天誡は現実を上手く認識出来なかった。期待と不安を抱き急いでみれば、全員が全員共に無事で、挙句の果てには和気藹々と焼肉タイムである。……彼にしては珍しく呆然とするのも無理はない。
「思ったよりも早かったな。――お前たちも食べるか?」
龍真も龍真で呑気にそんなことを宣いながら肉を差し出してくる始末だ。
「ありがたくいただくが、何の肉だ?」
「この階層に出る兎型の魔物の肉だ。中々イケるぞ。――優花の料理前提だが」
差し出された物はありがたく受け取り、口を付ける前に質問をする。天誡が話を聞く限り、彼らはこんな肉など持っていなかったはずだ。……である以上、考えられる可能性は一つだけだが。
返ってきた答えは正しく可能性そのものだった。いや、種別付きだからより細かい。
(まあ、優花が料理したなら問題あるまい)
納得し、天誡は肉を口に運ぶ。一応持てるだけの保存食は持ってきたが、限りがあるのは否めない。何れにせよ、どこかで現地調達する必要はあったはずだ。魔物が食えるなら、それに越したことはない。
天誡が兎の肉を勧められる横で、光輝、龍太郎、メルド、レオンの四人は狼の肉を勧められていた。
「う~む」
「美味しそうだが……」
「魔物の肉、なんだよね……?」
この三人は、やはり常識が邪魔をして中々手を付けられない。
「周りが平気な顔して食ってんだ。大丈夫だろ」
その一方で、龍太郎は特に戸惑いもせず口へと運ぶ。細かいことを気にしないのは彼の長所である。――同時に短所でもあるが。
龍太郎の言葉通り、周りの面々は躊躇なく口に運んでいる。綾子や妙子等、先に落ちた面子もそれは変わらない。……やがて天誡と同じ結論に至り、ままよとばかりに口に運んだ。――瞬間、口に広がる多幸感。先までの躊躇はどこへやら。次から次へと運んでいく。
「う、身体が……熱い……」
そして案の定、レオンが意識を失った。肉を差し出されたときに注意点は聞いていたが、光輝とメルドはそれを見てギョッとする。一歩間違えれば自分たちもああなっていたかもしれないのだ。――龍太郎は特に気にしなかった。覚悟の上で食ったのだ。何を驚くことがあろうか。
光輝は勇星、龍太郎は信星、メルドは情星……と既に宿星の加護を受けているからだろう。急激なステータス上昇の反動か多少身体が痛みはしたが、気絶することはなかった。
「う~む、今までの修練がバカらしく思えてくるな……」
ステータスプレートを確認したメルドが零す。その言葉には寂寥感が含まれていた。
年若い面々よりも齢を重ねているメルドだ。自然、次ぎ込んだ時間も相応のものになる。濃度もあったと自負している。――それが、如何に迷宮の深層とはいえ、魔物の肉を数体分食らうだけで追い付き追い越される程度のものでしかなかったのだ。
そんな事実を叩き込まれれば――この状況ではありがたいと思うものの――どうしても落ち込まずにはいられない。
ステータスの成長を無邪気に喜んでいた面々も、それを見ては鑑みずにいられなかった。自然と口数が少なくなる。
次第に静寂が周囲を支配する。先ほどまでの和気藹々とした空気はどこへやら、だ。
「……スマン、変な雰囲気にさせてしまったな。――さて、これからどうする? 探索は進んでいるのか?」
気付いたメルドが一言謝り、これからの事を話し合う。
「下層への階段は既に見つけています。ただ、救援の可能性があったので様子見がてらこの階層に留まっていました」
返ってきたのはありがたい言葉だ。時間の都合がある以上、さっさと進めるのは喜ばしい。自分の職には諦めを付けているメルドだが、部下に対してはそうじゃない。期限内に戻れなければ、必然と部下にも累が及ぶ。部下もまたそれを覚悟の上で自分を見送ってくれたのだとは思うが、だからこそ期限内には戻ってやりたいのだ。
その心境は一緒に来た面々も理解するところだ。メルドが上を誤魔化すにも期限があることを強調し、先に進むことを促す。
とはいえハイスピードで降りてきたメルドたちだ。今は再会の喜びで気分が高揚しているが、疲労が溜まっていることは否定出来ない。取り敢えずは眠り、体力の回復を努めることとなった。
さて、ここで大活躍したのがハジメである。天職:錬成師に偽りはない。そこら中に錬成をかけまくり、人数分の水筒やら食料の保存容器等を作成。次いでは階段付近の壁に錬成をかけて部屋を作成、安全に寝泊り出来る空間を確保した。人数に反比例して部屋は狭く自然と雑魚寝になるが、一応ながら中央に仕切りを作ることで男性陣と女性陣を分けているのだ。それを見れば周りの面子――特に女性陣も文句は言えない。
それだけに飽き足らず、そこらにある適当な鉱物に対しても錬成。自分の氣と組み合わせることで簡易的ながらも人数分のタリスマンを作り出したのだ。込める効果は状態異常防御。祝福や金剛も捨てがたいが、結局は状態異常防御に傾いた。有り合わせゆえにどうしても効果は低いが、それでも確率で諸々の効果が防げるとあればこの状況では十分だろう。
(ああ、独鈷杵や聖杯が恋しい……)
召喚された状況が状況ゆえに、ここには霊場潜りの際に使う装飾品も道具もない。各々手持ちの物しか持ち込めていないのだ。最低限武器だけでも持ち込めたのはありがたいが、やはり護りの面がどうしても薄い。全ての状態異常を無効化する独鈷杵。常に祝福、孔雀、金剛の効果がかかる聖杯。……この状況下、これらが恋しくなるのも無理はなかった。
先を見据えてのこととはいえ、疲労が溜まっているところにこの行動だ。当然、更に疲労は嵩みハジメは意識を失った。
(独鈷杵持ち込んでること、伝えた方が良かったかしら?)
それを見て冷や汗を流したのは雫である。
忍びとして全身に暗器を隠し持つ彼女だが、その形状ゆえにどうしても隠し持てない物は存在するし、必然的に許容量も限られてくる。その対策として、彼女は主に使うもの以外は口寄せ札に仕込んで持ち歩いているのだ。都合上、取り出す際はどうしても一手間かかるが、諦めるよりはマシである。そのついでと言うべきか。どうせなら、と暗器のみならず武器や装飾品の類も持ち運ぶようにしたのである。……必然、数に限りはあるが。
それもこれも、高校に入学してからの問題多発に端を発する。日常生活もあり諦める部分はスパッと諦めていた彼女だが、ああも雑多な問題が次から次へと起こっては、打てる手を打っておくのはむしろ当然である。手数の多さを売りにしていれば尚のことだ。
だが武器はともかく、持ち込んだ装飾品――独鈷杵、聖杯、五龍符、狼の紋章――のどれもこれもがこの世界ではオーバースペックな代物だ。素の能力でも十分渡り合えたこともあり、結果として封印したままだったのである。
後日、それを知らされたハジメの顔は、正しくムンクの叫びの如しだったとか。
再び書き溜めに入ります。