何を躊躇うこともなく、一同は封印されている少女へと近付いてく。
目の前で見れば、なるほど、少女の美しさは際立っていた。
時の経過によるものだろう。豊かな金の髪は薄汚れているし、その身体もやつれている。――しかし、その事実を踏まえてなお少女は美しかったのだ。元来の美しさを取り戻したのなら、冠に絶世の字を戴いても不足はあるまい。
「さて、先ほど誰かと訊いたな? 見ての通りの人数でな。それぞれに立場も違うが、敢えて言うなら、ハイリヒ王国の関係者、といったところだ」
上着を脱いで少女に被せつつ、天誡は言った。
「……そう」
天誡の答えはどうやら少女のお目当てではなかったらしい。答えるまでの間と、微かな表情の変化がそれを知らしめる。
「スマンな。どうやら目当ての人物ではなかったらしい。――ここから出たいか?」
「出たい。……助けて……くれるの?」
「そのつもりがあるから訊いているのだよ。……が、その前に確認させてもらう。お前はいつからここにいる? ――いや、質問を替えよう。お前は何者だ? 種族と名前を答えてほしい」
「種族は……吸血鬼族。……名前は……言いたくない。……覚えていたくない。……捨てたい」
天誡の問いかけに、少女は答えた。種族は素直に。――対して、名前は頑なに拒否をして。
「フッ。まあ、今はそれで良かろう。吸血鬼の王国は三百年ほど前に滅びたと聞く。そうも長い間封印されていれば、そうなるのも無理はあるまい。――だが忘れるな? いくら名前を変えたところで過去は消えん。お前が吸血鬼であることを変えられんようにな。いずれ必ず、過去と向き合う時が来る」
天誡はそう言って、少女を捕える立方体に手を――
「俺がやるよ。たぶん、本当の門番はこの後だ。君は温存しててくれ」
――置こうとしたところで、光輝が止めた。
その言葉は極めて妥当だった。
この部屋の門番は門番たり得なかった。力と防御力には目を見張るものがあったし、まともに食らったなら龍真や天誡たちとて無傷ではすむまい。だが、言ってみればそれだけでしかない。階層の魔物それぞれが備えている、こちらの不意を突くような固有能力の類を持っていなかった。攻撃力や防御力を上げたりはしてきたが、肝心の速度が上がらないのであれば躱すは容易い。確かに基本を突き詰めればそれだけで十分だとも言われるが、どうにもチグハグでその域には遠く及んでいない。
つまり、考えられるのは心理的な罠。門番を倒したのだから、この部屋を守る者はもういないだろう。……そう思わせるための罠だ。
そして、その考えを後押しするのが少女に対する処置だ。数百年を封印されて、確かに衰弱しているものの、なお少女は生きている。
しかして、場所が場所だ。このまま誰にも見つけられず、いずれ衰弱死していたとしてもおかしくはない。少女にとって、それは真綿で首を絞められるが如き恐怖だろう。
だが、少女を封印した者にとってはどうだろうか? 少女の死を受け入れ――それでもなお少女の生存を願うが故の行為ではないだろうか?
そう考えれば、この中間層での封印にも納得がいく。この【オルクス真迷宮】は危険極まりないが、少女にとっての安全地帯となっていたのは確かだ。封印されてはいたが、魔物の被害には一切あっていないのだから。
おそらく、少女は自身に覚えのないところで何かに狙われているのだろう。それも、途方もない実力者に。――そしてその実力者は、何故かここには近寄れない。
この迷宮をここまで乗り越えてきた探索者であるならば、最低限少女を託すに足るだけの実力は証明された。同時に、七大迷宮に挑む以上、遠からず他の迷宮にも足を踏み入れるだろうことは確実だ。
しかし、それだけでは足りない。真に少女の生存を願うならば、少女にも強くなってもらわねばならない。それ故の中間層への封印だ。
この迷宮を踏破しようというのなら、他の七大迷宮を踏破しようというのなら、封印解除による疲労と衰弱した少女――それらのハンデを背負ってなお試練から生き延びて見せろ。そしてこの迷宮を踏破して見せろ。……生き延びられずに死ぬのなら、それはそれで少女の救いになる。
封印者のそんな思惑が、光輝には透けて見えた。
自分の実力は、未だ遠く天誡たちには及んでいない。
また、この階層を鑑みれば、少女を封印した者が複数の七大迷宮を攻略したことは想像に難くない。自分たちの知る限りの情報において、魔物への干渉からして【雪原洞窟】を攻略したことは確実だ。同時に、ここを攻略していることも間違いない。この【オルクス真迷宮】は最奥まで辿り着かねば脱出出来ない。そんなところに封印している以上、ここの攻略は絶対条件だ。
そのような者が齎す試練とは、果たしてどれほどのものか? 少なくとも、そこらの地獄が生温く感じることは間違いあるまい。
ならばこそ、それほどの強敵に対し実力者を温存するのは必然だ。
かといって、封印解放を行う人物も重要になる。ここまで来ての封印がそう簡単に解ける筈もあるまい。そして、おそらく試練にして真の門番の最優先ターゲットは少女と封印解放者だ。両者共に疲弊したところを狙われることになり、自然、揃って危地へ踏み込むことになる。
そのような危険な役割を他の者にやらせるわけにはいくまい。曲がりなりにも自分は勇者だ。そして真に勇者たらんとするならば――その程度の危地、乗り越えて見せねばなるまい。
「……そうか。では、任せよう」
他の皆が入り口付近まで下がるのを認めてから、光輝は立方体に手を置いた。
そして、同時に置かれる手がもう一つ。
「水臭いな光輝。僕にも一枚噛ませてくれよ」
レオンである。……どうやら、後ろには下がらず気配を消していたらしい。
「……はい。では、やりましょう!」
「ああ!」
勇者と騎士王。世にも稀な天職を持つ二人の魔力が立方体へと注がれていく。――しかして、流石は七大迷宮踏破者の仕掛けた封印というべきか。既に注がれた魔力は最上級魔法数発分に達しているというのに、未だ何の変化も見せない。
「ううぅぅおおおおおッ!」
「はあぁぁあああああッ!」
咆哮を上げ、更に魔力を流し込む。多少苦しくもあるが、二人の魔力はまだまだ余裕がある。パワーレベリングの効果だ。――魔物肉を食らいステータス値を底上げしていなければ、とっくの昔に魔力は底を尽いていただろう。
ピシリ。
注がれる魔力に耐えられなくなったのか、少女を捕える石に亀裂が入る。
それはほんの僅かな――だが、確実に起こった結果だ。そしてそれさえ確認出来たなら、二人にとっては十分だ。
ニヤリ。
普段からは考えられぬ獰猛な笑みを浮かべ、全霊を以て魔力を放出する。
それに伴い、亀裂は広がりを見せ、所々から砕け落ちていく。当然、二人にも破片が降り注ぐ。魔力が注ぎ込まれるにつれ、小さな破片から大きな破片へと変わっていくのも自明の理だ。
だが、それがいったい何だというのか。二人はそれを意にも介さない。片手は石に触れて魔力を流しているために使えないが――もう片方の手を使う分には問題ない。先の門番を通して鍛え上げられた見切りの技。それは己の周囲に一種の領域を展開するに等しい。二人はそれを行使し、自由な手で領域内に入った邪魔な破片を振り払う。
少女の身から枷が外れたのは間もなくのことだ。しかし呆けている暇はない。破片は今もなお降り注いでいる。
アイコンタクト。視線が交わった一瞬のうちに、光輝とレオンは意思の疎通を果たす。
すかさずにレオンが少女を抱きかかえ、それを護るように光輝が続く。瓦礫の雨の中を二人の戦士が駆け抜ける。
当然ながら、降り注ぐのは軽く払えるような破片ばかりとは限らない。一際巨大な、身の丈以上の破片も降ってくる。
そして少女を抱える以上、どうしてもレオンの動きは制限される。だがそのための護衛役――光輝だ。
「翔星刃!」
高速で前方へと跳躍しながら、光輝はその手の聖剣を振り上げる。過たず破片は真っ二つに切り裂かれ、レオンたちの左右に落ちた。
地へと降りることなく、光輝はそのまま空力を用いて空を駆ける。その方が対応しやすい。
ゾクリ。
瞬間、全身が粟立つ。今までにない危機感が光輝を襲う。すかさずに気配感知を使用した。――魔物によっては感知出来ないし、頼りきりになると逆に窮地を招くため、普段は使用していないのだ。……そんなものよりも己の感覚を鍛え上げた方が良い、という理由もある。
だが、こういう場合は助かる。気配感知に魔物が引っ掛かったのだ。それは取りも直さず、魔物の正確な位置が判明したという事。より上空にその身を潜ませる魔物へと、光輝は恐れることなくこちらから攻撃を仕掛ける。
「奔れ光よッ! 空裂閃!」
光輝はその場に居ながらにして魔物へと聖剣を突く。距離があるために普通ならムダな行為だ。だが覚醒した勇者が――少なくともその一歩を踏み出した者が、そのようなムダな行為をする筈もない。言葉通りに聖剣から光が奔り、一条の閃光となって魔物へと急襲する。
堪らないのはその魔物――真の門番だ。奇襲しようとした矢先に、逆に奇襲をされたのだから。
幸いにしてか、門番にとって然したるダメージはない。だがその間に、獲物は他の仲間と合流を果たしてしまった。
「キシャァァァァア!」
与えられた命令を効率よく果たすことが出来なかった門番は、怒りを表して咆哮を上げた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「よくやってくれた。……さて、次は俺たちの番だな」
「ヘッ、みっともねぇとこは見せらんねぇよな」
光輝とレオンへと労いの言葉をかけ、真の実力者たちが進み出る。すなわち、龍真、京弥、天誡、浩介、雫である。――ハジメたち他の実力者は前衛タイプではないために、その場を動かず支援と護衛に当たる。
真の門番はサソリ型の魔物だった。体長は五メートルほど。四本の腕は長く、手の部分は巨大なハサミと化している。足は八本。わしゃわしゃと動かすさまは、正直に言って気色悪い。尻尾は二本。その先端には鋭い針。
サソリ型ということを鑑みれば、十中八九に毒持ちだろう。一言に毒と言ってもその種類は様々である。耐性技能を得たとはいっても、食らわない方が賢明だ。――元より、そう簡単に食らうつもりもないが。
「お前へと鎮魂歌を贈ろう。――耐えられるかッ!? 四霊・麒麟!」
「貫け水よッ! 飛水流奥義・水流尖の術!」
先制攻撃を仕掛けたのは、浩介と雫。いつの間に接近したのか、その姿はサソリの両脇にあった。
浩介が繰り出すのは風間流古武術における四霊が一、麒麟の型の最秘奥。一度捕えた敵は倒しきるまで打ち込み続ける、突きと蹴りの連続技だ。同時に、風間流において麒麟の型は水行に割り当てられている。歳月の積み重ねもあり、その攻撃は確かな水氣を宿す。
その連撃が、一際厄介な尻尾――そのうちの一つへと叩き込まれた。四霊の名を冠する以上、その威力の高さは考えるまでもない。見る間にひしゃげ、尻尾は千切れ飛んだ。当然毒が溢れるが、込められた水氣によって薄められる。更には耐性技能もあって、然したる効果はない。
もう一つの尻尾は、雫の忍術によって縫い留められていた。その名の通り、先端が鋭く尖った幾重もの水によって。
「キシャァァァァア!?」
二種の攻撃によって、サソリは絶叫を上げてその場をのたうち回る。――だが、それがよりサソリを痛めつけることとなった。千切れ飛んだ尻尾はともかく、もう片方の尻尾は幾重にも縫い付けられているのだ。そんな状態で動き回ればどうなるかなど、考えるまでもない。
ブチリ。
嫌な音を立てて、尻尾と動体は泣き別れた。
「ピィピィやかましいんだよッ! 食らいな、
そこに京弥が追い打ちをかける。繰り出すは法神流独自の技だ。荒い言葉とは裏腹に、舞い散る桜の如き華麗な剣捌き。剣閃は片側の腕を鋭く切り裂く。それが幾重にも重なれば、到底、耐えられる筈もない。
尻尾に続き、サソリは片腕をも無くしたのだ。――そして、もう片方の腕もほぼ同時に失った。
追い打ちをかけていたのは、何も京弥だけではないのだ。
「
京弥が動くと同時、天誡は見るも鋭き連続切りを繰り出していた。陰氣を込められた剣の連撃によりその腕は絶たれ、サソリは言葉通りに血を華と咲かせる結果になる。
腕と尻尾を失くしたサソリだが、与えられた命令により逃走も叶わない。残された攻撃など、最早その巨体を活かした体当たりぐらいなものだ。
龍真は真っ向から受けて立つ、と構えを取る。選択肢などそう多くはない。すなわち、緋勇流の奥義たる何れかだ。
「錬成! ――さようなら、ファイアーストーム!」
しかして、龍真の意とは逆に、それが放たれることはなかった。
サソリへと降り立ったハジメがその外殻へと錬成を行使。柔らかな肉が見えたところへ銃撃を見舞ったのだ。放たれた氣弾は火行と木行の合わせ技。文字通りの火の嵐。
全身をこんがりと焼かれた結果、サソリはそれで死んでしまったのだ。
「………………ええ~?」
予期せぬ結末に、意気を潰された龍真は情けない声を上げた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
封印されていた少女を気遣い、その場を離れた一行は再度小休止を取ることにした。大概の面子にとっては必要ないが、魔力を振り絞った光輝とレオン、そして少女にとっては必要だ。
少女には密林で取得した果物を絞ったジュース――いきなり肉では、流石に胃が受け付けないだろう――が配られ、それ以外の面々には今しがた狩ったばかりのサソリの肉だ。
躊躇なく魔物の肉を食らう一同に少女が驚くものの、自分なりに納得したらしい。特に説明を求めてくることもなかった。
そんな中、天誡が口を開いた。
「さて、いい機会だから伝えておきたいことがある。七大迷宮の真実についてだ。――とはいえ、これは聞いた話にすぎぬがな」
「聞いた話? 誰から?」
「ミレディ・ライセン――【ライセン大迷宮】の主だよ」
問う声に答えたのはハジメだった。
その瞬間、一同に緊張が走る。天誡とハジメが【ライセン大迷宮】を攻略したのは、この中では周知の事実だ。少女は未だ事情が分からぬものの、【ライセン大迷宮】が七大迷宮の一つであることは流石に知っている。その主が語った内容であるならば、少なくとも一側面において信憑性は高い筈だ。
天誡とハジメは語る。
世間一般において“反逆者”として語られている彼らだが、彼ら自身は“解放者”を呼称している。その目的は、狂える神――エヒトの滅殺。
「エヒト様の滅殺だとッ!? ――いや、すまん。続けてくれ」
内容が内容だけに、思わずメルドが口を荒げる。彼自身はそこまで信心深くはないが、それでもトータスの人間がエヒトを信仰しているのは間違いない。思わず口を挿むのも無理はないだろう。
それを示すように、すぐさまメルドは一言謝罪を入れて続きを促す。
「ああ。この世界の戦争の理由――様々にあれど――その最たるものは“神敵”だからだ」
そして神は――少なくとも現存している神々は神同士で繋がっている。トップに立つのは創造神と崇められるエヒトに間違いないが、今現在戦争をしている魔人族の神はエヒトの部下だ。
すなわち、今起こっている戦争も、人々をトータスという盤上の駒に見立てた神同士の遊戯に他ならない。そして勇者召喚は、それを盛り上げるための余興にすぎないのだ。――エヒトはそこを噛みつかれたわけだが。
解放者とは神々――エヒトの敵味方を問わず――の直系の子孫だ。神代魔法を使えるのもそれに起因する。
そして彼らは、ひょんなことから神々の真意を知った。同時に、知った以上は耐えられなかった。ゆえに志を同じくする者を集めて神へ反旗を翻したのだ。――だが、その目論見は神へ刃を振り翳す前に破綻してしまった。神々は人々を巧みに操り、解放者を神敵である反逆者として認識させたのだ。元より神に疑問を抱いた者の多くが解放者へと合流していた。残るは信心深い者ばかり。必然、操るのも容易だったわけだ。
結果、救おうとしている者たちに力を振るうわけにもいかず、解放者の多くは次々と討たれていった。最後に残ったのは中心人物の七人。彼らは念のために創っておいたそれぞれの拠点に逃げ帰ることになった。
僅かな例外を除けば、基本的に負けるつもりで戦う者などいる筈はない。しかして、世の中に絶対は存在しない。保険を用意するのは当然だった。
その保険にして拠点こそが七大迷宮に他ならない。自分たちが敗れた場合に、それでもいつかその願いを継ぐ者が現れることを願って創られたものだ。――とはいえ、想いだけでは何も成せない。想いを遂げるには相応の力が必要になる。そして神を討ち果たすに必要な力など、想像するのもバカらしいほどに桁違いになることは必然だ。死を厭わぬ迷宮の危険さはそれ故のものだ。
「神は……我々を愛してはおられぬのか?」
「愛してはいるだろうさ。――ただし、人が人に向けるそれではない。言うなれば、おもちゃに向けるそれだろう」
思いもよらぬ一面の真実。解放者側に寄った内容ではあるが、ゴーレムに魂を移すまでして長きに亘って残したメッセージだ。信憑性は高いだろう。
信心深くはないメルドでも、落ち込むのは当然だ。――いや、信心深くはないからこそ、
その心の機微を捉えられない天誡ではない。しかし、だからこそ冷然と現実を告げる。
「さて、次だ」
天誡の視線が向くのは少女だ。
「今の話、似ているとは思わんか? 自分が敗れた場合の保険。死をも厭わぬ悪辣さ。しかして、その根底にあるのは確かな愛に他ならぬ。――そしてここに、長きに亘り囚われながらも、未だ生きている少女が一人」
鋭き視線に見据えられて語られた内容に、少女はその身を震わせた。
幼き身体の少女だが、その齢は二十を数える。そうまで言われて気付かぬほど愚鈍ではない。
少女の中で、罅割れていた思い出が修復されていく。
真実とは限らない。都合の良い幻想かもしれない。けれど、その可能性は決して否定出来ないのだ。
「……うう……ぐす……おじさま……」
自分にとってただ一人の味方だった、優しかった叔父の、突然の豹変。裏切られたと思った。――しかし、そうでない可能性もあるのだ。
理由は見当も付かない。だが、叔父にはそうするだけの――せざるを得ない理由があったとするならば。
人が生きるに当たり、最も力になるのは一般に憎悪と言われる。希望は長続きしないからだ。
叔父が自分に封印する理由を告げ、自分がそれに納得したとして。それで叔父が迎えに来なかったら? 自分が辿る可能性は二つ。先までの様に、裏切られた、と叔父を憎むか。或いは希望が砕けたことにより生きる気力を失うかだろう。
叔父が後者になることを恐れたとするならば。自分が恨まれても私の生存を願ったとするならば。今現在の様に、他の誰かに救われることを夢見たのならば。……それは、叔父の確かな愛に他ならない。
所詮は可能性に過ぎない。だが、状況証拠だけで叔父の真意を決めつけるには、どちらにせよまだ早いのだ。
それが愛ゆえの行動だったのか。それとも本当に裏切っていたのか。これからの行動でいくらでも調べようはある。
ならば、名前を捨てるのはまだ早いだろう。……少なくとも、その真意を知るまでは。
「……失礼しました。私は吸血鬼族の王――アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタールです。どうぞ、アレーティアと呼んでください」
涙を拭い、決然とした瞳で、少女――アレーティアは名乗りを上げた。
「この出逢いと、あなた方の行動に対し、深く感謝いたします。……ありがとう。――すみません。本来ならば、深く頭を下げるべきなのでしょうが……」
「構いませんよ。聞くに貴方は王であり、王たる者が封印されていた以上、国の滅びにも立ち会っていないのは明白です。
名を捨てたならまだしも、そうでないのなら、その誇りは大切にすべきものです。国が亡くなったという事実を、現実として受け止められるまでは……」
感謝しつつも目礼ですませ、その事を恥じ入るアレーティア。
それに対してレオンが告げる。彼もまた王族の端くれだ。王たる者の抱く心の機微は、僅かなりとて分かっているつもりである。
「重ね重ね、ありがとう。――どうか、私もあなた方とご一緒させてください。無論、あなた方が構わなければ、の話ですが……」
「この場で放り出すくらいなら、元より助けたりはせんよ。――こちらこそよろしく頼む」
この奈落にて、一人の仲間が増えた瞬間だった。
というわけでユエにはなりませんでした。
想い出は大切にしたいですしね。
原作はハジメがドアを開けた瞬間に出て行こうとしたので、出るためには自分から縋らざるを得ませんでした。
本作ではそんなこともなく、相手の方が自発的に近付いて来たこと、出たいか確認してきたこと等もあり、原作よりはまだ心の余裕があります。
そんな状態で、可能性にしかすぎなくとも聞こえの良いことを言われたら、意見を翻して名前を捨てない可能性もあるだろう、という判断です。
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