「それじゃあまあ、ごゆっくり」
そう言って、一同をここまで案内してきたその少女――クラスメイトの一人、園部優花――はその場を離れていった。
現在一同がいるのは優花の実家でもある洋食レストラン“ウィステリア”だ。天誡を12時の位置として時計回りに幸利、ハジメ、龍真、京弥、雫、香織、鈴、恵里、浩介の順にテーブルに着いている。位置的には雫が6時に当たる。
龍真はここまでの経緯を振り返る。
あの時、ホームルームが終わり、すぐに教室を出ていった者たちもいただろうが、当然の如く残っていた者たちもいる。そんな中でちょっとした口論もどき――一定の理解は示せても納得が出来ないことに対して乱暴な言葉で応酬するからこそ口論や口喧嘩と言われるのであり、そもそも理解する気がないのであれば口論とは言えないだろう――が起こり、険悪な雰囲気が漂ったのだ。もしや喧嘩になるのでは、と危惧し、関わり合いになりたくない、とすぐにその場を離れる者もいれば、もしもの場合には何かしらの対処をしよう、と状況の推移を見守る者もいた。優花は後者の一人である。
幸利の行動によって喧嘩にはならなかったが、悪い意味で注目の的となり――一般的な感性を持っている以上――非常に居辛くなったのは至極当然の帰結だろう。
自己紹介の続きをするという前提がある以上、昼食を取るにしてもある程度落ち着いた場所が好ましいし、この人数を許容できるキャパシティも必要だ。本当ならば教室に残って場所の目星をつけてから出発したかったのだが、この状況ではそうも言っていられない。残っている者たちに一言謝り、とりあえず教室から離れるか、となったところで声をかけてきたのが優花である。
「貴方たち、お昼ご飯を食べるところを探してるんでしょう? 私の実家洋食屋なんだけど、もし良かったらウチにこない? 今日は私の入学式だから店は休みにしてるし、長時間居座っても構わないわ。……ああ、休みだからって気にする必要はないわよ。こっちにも思惑があって言ってるんだから」
若干気になる部分はあったが、ありがたい誘いであることに違いはない。満場一致で頷いたのだ。
道中、気になった部分――つまりは思惑――を訊いてみた。差し障りがなければ教えてくれないか、と。
「一に――実際にそう呼べる関係であるかはとりあえず置いといて――友人を連れて行けば両親が喜ぶ。二に私は将来店を継ぎたくて料理の勉強をしてるし、実際に両親から一定の評価は得ているけど、お店をやっている以上まだお客さんに出すことは出来ないわ。ただ、友人に御馳走する分にはその限りではない。三、早い話が私の作る料理に対して感想をちょうだいってこと。おいしかったまずかっただけでも構わないっちゃ構わないけど、この料理はこういった味付けの方が良いんじゃないかとか言ってくれると勉強になるわ。辛党だからとかいった理由の場合にはそれも添えてくれると助かるわね。ああ勿論お代は頂かないわよ。私の練習に付き合ってもらうわけだしね。四に今後もお客さんとしてウチを利用してくれたら嬉しいわ。……こんなところかしら」
彼女は実にアッサリと答えてくれた。
「そうか。ではありがたく馳走になろう。そして、今後とも出来る限り其方の店を利用させてもらおう。……俺もまた夢追い人だ。別種とは言え、同じく夢を追う者として同胞の応援はさせてもらうさ」
対し、天誡もまたアッサリと答えた。……そう、難しく考える必要はない。応援したいと思ったのなら、出来る範囲で応援すればいいだけなのである。俺も私も、と次から次へと同意する声が上がった。
「さて、では園部の料理が届くまで自己紹介の続きを行うとしよう。……まずは俺からさせてもらおうか」
天誡の声が龍真の意識を現実に戻す。
耳に入る情報を整理していく。
九角天誡。家族は両親のみ。出身は山中にある村で、鬼が哭く村と書いて鬼哭村と読む。麓からの道中では霧が多く慣れた者でなければ村に辿り着けず迷うことが多い。
何か困ったことが起こったら隣近所で助け合いと言った感じで、最近ではめっきり減ってしまった人と人との身近な付き合いが残っている田舎だが誇らしい村。
田舎であるが故に村から出ていく者もいるが――都会の人付き合いに慣れずに戻ってくる者もいれば、仕事で成功した者もいる――村との連絡を完全に切らす者はそういないため、その繋がりが村の力にもなっている。
村のある辺りの割と広い一帯は天誡の家が保有しており、代々村の長も務めている家柄である。
元は武士の家系であるため代々家伝の剣術を継承しており、天誡もまた修めている。
なお、中学まではそうでもなかったが、高校は鬼哭村から毎日通うには距離がありすぎるため、現在はこの町の別邸で生活している。
「んじゃ、若の次は俺がさせてもらおうか」
清水幸利。両親の他に兄弟がいる。出身はこの町。ただ、ルーツとしては鬼哭村に繋がる。また谷口鈴とはどこかしらで別れた系譜であり、血筋的には祖先を同じくする。
鬼哭村に残されていた手記によると、元は精緻な人形を創り巧みに操る一族の末裔に行き着くとの事。この一族には水や氷を連想させる名前を付ける風習があったそうで、二人の名字はその名残。
元来内向的な性格で友人も出来ず、アニメや漫画で無聊を慰める日々。両親はそんな自分を気遣ってくれたが、兄弟には鬱陶しく思われていた。
そんな自分を危惧してだろう、ある日鬼哭村へと連れて行かれた。村の人柄は若の言った通りだ。そこでなら、と両親は思ったんだろうな。
鬼哭村の家に行った際、偶然か必然か絡繰り仕掛けの隠し部屋を発見。なお、知る限り今まで誰もその隠し部屋に気付かなかったそうなので、幸利は必然だと思っている。そこには件の人物が残した絡繰り人形や、一族の絡繰り知識を収めた書物が残されていた。
試しに読んだところハマってしまい、間もなくして自分でも人形を創ろうと試みた。人形創りに使う道具は幸いにして隠し部屋にあったが、どのような装飾にするかは自分の感性一つである。出来るだけ出費を抑えようとフリーマーケットの類を回っているときに、手作りだという細工物を売っているハジメと出会った。一目で惹かれて連絡先を交換し、以後現在までちょくちょく作ってもらっている。
「順番的に次は僕かな」
南雲ハジメ。ゲーム会社を経営する父と少女漫画家の母がいる。兄弟姉妹はいない。
幼い頃、母が漫画の題材で細工物の取材へと赴いた際にやむを得ない事情からついていった。そこでは実際に物作りの体験をすることが可能で、取材の間ハジメも体験させてもらった。……運命の分岐点というなら正にその瞬間だった。初めてにして粗削りながら見事な一品を作り、その出来栄えは店主が手放しで褒める程だった。
そこから物作りにハマってしまい、今では独自に勉強して細工物だけではなく他にも手を出している。
将来はこれで生活したいらしく、フリーマーケットに参加していたのは顧客作りの一環。ある程度までは希望を聞くが、作りたいように作ったものを買って喜んでくれる人がお客としては望ましい。既にその点を理解しているお得意様も何名かいる。幸利や件の店主はその筆頭。
今はフリーマーケットには参加せず、店主の厚意もあり代理販売を頼んでいる。ハジメの作品だけでなく幸利の人形も販売しており、売れ行きも悪くない。店主から聞いた話でしかないが、幕末から明治における天才芸術家“弥勒万斎”にも匹敵するとしてハジメのことを“弥勒の再来”と呼ぶお客もいるとか。
「では、次は俺か」
緋勇龍真。母親は自分が生まれて間もなく亡くなったと聞いている。それ故父親に男手一つで育てられた。それでも――父の人脈、と言うものか――色々な人が周囲にいたため、その事で寂しいと感じたことはない。
無手による古武術を伝える家系であり、幼い頃から修業は欠かしていない。修業中だったこともあり、中学までは父親に付き合う形で転校が多かった。国外に行ったこともある。その関係で割と広範囲に知人は多い。
厳密には異なるかもしれないが、浩介とはいわゆる同門にして好敵手。門派の縁で、現在は風祭の家に下宿させてもらっている。
「へへッ、俺の番だな」
神夷京弥。家族は父、京士浪と母、深雪。雫とは母方の従妹の関係。
まだ京弥が生まれる前、根無し草だった父と家出をしていた母が出会って意気投合。その後紆余曲折あって八重樫の家に戻り、現在もそのまま離れに暮らしている。
八重樫家は道場を開いており、その関係で天之河と知り合うことになってしまい、白崎は度々雫と遊びに来るので自然と知り合った。
法神流剣術を父から継承している。門派の継承者としてはどうしても後継問題に目を向けなければならず、将来は雫と結婚予定。ほぼほぼ家族として育ってきたので、恋愛感情があるかは怪しいが間違いなく親愛感情はあり、雫共々結婚に対する忌避感はない。実際に結婚した場合、流派の名前は変わるかもしれないが、技を残すのが第一であり、型名としてでも残せば問題ないとして話がついている。
「はい、お待たせしました。人数が人数なんで、大皿から取り分ける形にさせてもらったわ。何品か作ったから足りないってことはないと思うけど……」
人数的にちょうど半分まで進んだところで、優花が料理を運んできた。どうやら大分時間が経っていたようだ。
彼女の言葉通り、カートの上には大皿に盛られた料理が何点か載っている。知っているものもあればそうでないものあるが、どれも共通して見るからに美味しそうだ。
「ありがとう、園部さん。……それじゃ、いただきましょうか」
「うむ。会話しながらの食事も楽しいものだが、此度それをしては礼儀知らずになってしまう。ありがたく馳走になり、感想を述べるとしよう」
雫と天誡が代表して礼を告げ、皆が黙々と箸を進めた。
その後の感想は色々だった。美味かったで済ます者、味付けについて言及する者、料理の工程について確認する者、盛り付けについて述べる者、と実に様々である。
また――気付いた者は――誰も言葉にはしなかったが、優花の料理には氣が込められていた。無自覚の産物だろうが、それによって料理には疲労や体調の回復といった付加要素がついていたのである。それだけ食べる者のことを考えて作っているからだろう。
(やはり、“龍脈”の影響か……)
龍真は心中で独り言ちた。
確かに無自覚ながら氣を使う者がいないわけではない。……が、普通ならここまで簡単に出会えるわけでもない。
では自覚して氣を扱う者はどうなのか、と言うとそれも同じである。龍真を含め、クラスメートだけで京弥、浩介、雫、天誡、幸利、恵里、鈴――あくまで気付けた相手というだけなので、もしかしたら他にもいるかもしれない――ときた。……正直に言えば異常である。
だが、この町にはその異常を異常足らしめない要因があった。それこそが世界の大地を網の目の如く巡る氣の通り道、龍脈だ。この町は龍脈の通り道であり、入学した高校に至っては“龍穴”の上に位置していた。
龍穴とは早い話が龍脈の凝縮点かつ湧出点だ。大きさこそまちまちだが国内だけでも何か所かは存在が確認されている。一番強大かつ有名な場所は富士山だろうか。
世界の氣は当然ながら人とは比べ物にならない程に強力だ。しかもただ通っているだけではなく、近くには龍穴があるときた。……そんな場所で生活していれば、その影響を受ける者が現れるのは必然であり、無自覚に氣を扱う者こそがそれに該当する。
また龍穴に近ければ近いほど、その恩恵を受けることが出来る。流石に世界を流れる強大な氣を人の身で使いこなすことなど出来るはずはない。そんなことが出来るとすれば、伝説に語られる“黄龍の器”くらいなものだろう。
だが使いこなすことは出来ずとも、多少の干渉なら可能だ。それを利用し、氣の使い手たちは龍穴の近くに危険だが有用な修行場を作っているのだ。
氣の操作を修めたとて、定期的に使わねば自然と錆びるのが道理だ。しかし、基本的に氣は表立って使うわけにはいかない。そんなことをしてしまえば世の中のバランスが崩れてしまう。氣の担い手の戦闘力は常人と一線を隔すのが現実だ。武術家であれば銃弾程度軽く躱せるし防げる。武術家でなくとも、扱い方によっては可能だろう。その身一つで建物を倒壊可能な者すらいる。
氣の隠匿を忘れてしまえば、それを利用しようとする者が現れる。……いや、隠匿を心掛けている今でさえ、少ないがそういう者がいるのだ。その数が増えれば平和な世から動乱の世に逆戻りである。今の平和は危ういバランスの上で成り立っているのだ。
それを防ぐための修行場だ。
龍脈の通り道であり、その近くには龍穴があるとくれば、それだけでその土地は霊的な力を持つ。その土地に対し言霊を用いて名前を付けたものを、一般に“霊場”と呼ぶ。名前を付ける――つまりは一種の限定化をする――ことで、力の恩恵をより受けやすくした、とも言えるだろう。……反対に何の力もない土地に対して、言霊を以て霊場と同じ名前を付けると、時間の経過によりその土地も霊的な力を帯びる。
一種の陰陽関係だ。
前提として、強力な氣は指向性を与えると簡単に物理干渉を引き起こすが、指向性を与えられなければただ在るだけの無色の力に過ぎない。そして引き起こされる物理干渉も、与えられる指向性によってその形を千差万別に変える。
その性質を利用して指向性を与えたのが霊場であり、その霊場の一種が修行場――一括りに霊場と呼ばれることの方が多いが――となる。
一般人が簡単には近寄れぬように結界を張り、結界内には更に何層にも及ぶ亜空間を作る。その亜空間内には――雪の降り積もる場所や溶岩の流れる場所など――様々な環境が用意され、妖の類が生み出される。……棲み付いた野生動物が適応していることもあるが。
平時では縁のない環境で行動せねばならず、また生み出された妖――虚像の様で虚像でなく、実像がある様で実像がない、いわゆる虚実同体――を倒すには氣を用いて攻撃しなければならない。大抵の霊場は五層でワンセットにされることが多く、進み切らねば戻ることも出来ない。そしてセットの最後にはより強力な妖――いわゆるボス――が用意されている。
修行場とは言えそれだけの縛りが用意されていることもあり、妖を倒せば――武器や道具に金銭など――何かしらの報酬が手に入る。便宜上奥と呼ぶが、奥に進めば進むほど妖も強力になり、手に入る報酬もより上等の物になる。
普通に考えれば――何だそのゲームは、と――ツッコミしかないが、それが可能であるからこその霊場だ。何せ利用しているのが龍脈の力だ。その程度のことは容易く出来る。……無論、言霊の括り具合によってその出来も様々になるだろうが。
そのような事情のもと、比較的一般常識を持つ氣の使い手たちは龍穴の近くに住まうことが多く、この町のように集まるところには集まるのだ。
それはともかく。
やがて感想を聞き終えた優花が皿を下げにこの場を離れ、それに伴い雫が口を開いた。
「さて、続きといきましょうか」
八重樫雫。八重樫流の一人娘。家族は祖父、父、母。
開いている道場は剣道を教えているが、条件を満たした者には刀術、体術、投擲術などを始めとした実戦的な術理を教えている。曰く『ごった煮』流派。自身も八重樫流だけでなく法神流も学んでいる。
初恋は京士浪。八重樫流を学ぶと決めたのは自分でありそこに不満はないが、幼い身には家族や門下生の期待が重くもあった。そんな時に気晴らしに連れて行ってくれたり、色々買ってくれたりと何くれと無く力になってくれたため、気付けば好きになっていた。自覚した途端に失恋となったわけだが。
雫が八重樫流を学ぶのと時を同じくして天之河が道場に入門。……小学生の頃、それが問題を引き起こした。
天之河は自覚なき自分本位だが、そこを除けば容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人である。……もっとも、美点を殺すほどに欠点が大きすぎるのだが。
ともあれ、きちんと見てればすぐに気付くような欠点にも気付かないミーハー女子によって、雫は学校でやっかみや嫌がらせを受けるようになった。道場で度々京弥に突っかかる天之河の態度を見て欠点に気付いていたこともあり、対処としてはそのまま放置を選択。悲しくはあるが、それくらいしか選択肢がなかったのである。なにせ人数が違った。雫一人に対し、ミーハー女子はクラス外にもいたのである。
イジメに気付いた者がいても、自分が標的にされることを恐れて見て見ぬフリをする者が大半を占める。また、天之河に気付かれぬようにイジメてくるだけの狡猾さが相手にはあり、こちらは一人。暴力に訴えることは可能だったが、間違いなくケガ人が出る。下手をすればケガでは済まない。それでも構わないと行動に移したとして、その現場を写真なりビデオに撮られればそれまでである。こちらからすれば相手が悪いが、それを証明できない以上、客観的に見ればこちらが悪くなってしまう。
そんな折に助けてくれたのが香織と京弥だった。
「以後、香織とは親友として、京弥には愛情を抱いて日々を過ごし今日に至る……と。『あのなぁ雫、苦しけりゃ救けを呼べよ。我慢してるだけじゃ潰れちまうだろうが。確かにお前は他のヤツらに比べりゃ強いが、可愛い女の子であることに違いはないんだからよ』……あの時の京弥の言葉は今も胸に残ってるわ。そしてあの瞬間から、私の王子様は京弥ってわけね」
「お、おう。そうか……」
惚気るように雫は言った。京弥は照れたのか赤くなった顔で明後日の方向を向いている。
「ごめーん、園部さーん、ブラックコーヒーちょうだーい! ……壮大な前振りの惚気話じゃん! 聞いているだけで口の中が甘くなってきたよ! 飲まなきゃやってられないよ!」
鈴に至ってはブラックコーヒーを頼み、雫へ向かって叫びたてている。
一同、程なくして運ばれてきたブラックコーヒーで口内を潤す。その美味さに感心する者もいれば、苦さに顔を顰める者もいた。
「……ごほん。それじゃあ、次は私だね」
白崎香織。家族構成は父と母。ごくありふれた一般家庭。
小学生の頃に雫と親しくなって以降、道場で弓を習っている。これは武を通して少しでも雫のことを理解しようとしたため。……残念ながら剣は向いていないと断言されてしまったが。
中学生の時、偶然にハジメを見かけたことがある。不良たちに絡まれているお婆ちゃんとその孫を庇う場面だった。自分を始め他にも通行人はたくさんいたけど、その誰もが見て見ぬフリをしていた。少なくとも自分は心中でアレコレと言い訳して行動に移すことが出来なかった。そんな中で迷いなく割って入ったその姿に惹かれた。
「代わりに殴られることになっても手を出さず、ただ黙って相手を見るだけだった。やがて相手の方が罪悪感を覚えたのか走り去っていった」
そこまで言った香織は静かにハジメを見つめた。
「あの日から、あなたを探していました。どうしてもこの思いを伝えたかったから。着ている制服で学校は分かったから行ったこともあるけど、結局会えることはありませんでした。……だから、この機会を逃したくはありません。……南雲ハジメさん、まずはありがとうございます。あの日の貴方の姿が私に自覚させてくれました。弓とは言え武を習っておきながら立ち向かえなかった自分の情けなさと勇気の無さを」
そう言って香織は頭を下げた。
「あ、うん。……ありがとう。頭を上げてもらっていいかな? 正直、自分では礼を言われるような事じゃないと思うから心苦しいというか何というか……」
ハジメは頬を掻きながら言う。
「ありがとうございます。……それともう一つ。南雲ハジメさん、あの日からあなたが好きです。いきなり彼女とは言いません。まずは友達として付き合ってください!」
告白とともに、再度香織は頭を下げた。
ハジメを見やれば、告白は想定外だったのか目を点にして固まっている。
「おい、ハジメ。衝撃は分かるが、答えてやれよ」
「……ッ! あ、ああ、ありがとう」
幸利がハジメを正気に戻す。
「白崎さん、頭を上げてください。……正直、僕は白崎さんのことをよく知りません。だから、友達として付き合ってみよう。その中で、互いのことや、自分の知らない自分のことを知っていこう」
ハジメもまた香織を見つめ、静かに応えた。
「……ハイッ、南雲くん! これからよろしくね!」
「うん、こちらこそよろしく、白崎さん」
涙を浮かべ、それでも笑顔で香織が手を差し出す。ハジメもまた笑顔でその手を握り返した。
「……けッ、何だよこれ、告白大会かよ! 鈴だけ独り身かよ。やさぐれなきゃやってられないよ!」
その光景を見て、鈴は不貞腐れていた。順番的に次は鈴だが、復活まで暫く時間がかかると思われる。
まぁ、それも無理はないだろう。雫は京弥、香織はハジメ、恵里は浩介、とこの場では鈴以外の女子全員にお相手がいるのだ。ハジメと香織はまだ友人だが、それは些細なことだろう。
「ハハッ、なら俺と付き合うか、鈴?」
「おいおい、勘弁してくれよ若。若に鈴を取られたら、俺の相手がいなくなっちまうよ」
「……え、なにこれ? 鈴、まさかの逆ハー状態!? 鈴の春が来たッ!?」
流石の仲と言うべきか。天誡と幸利がすかさず持ち上げ、それにより鈴も気を取り直した。
「……それじゃあ次は鈴の番だね」
谷口鈴。家族は両親のみ。家はいわゆる豪邸でお手伝いさんも何人かいる。
そこまで告げたところで何事かを考えるように瞳を閉じ――
「……ん~、これから先、この面子での付き合いは長くなりそうだから素で話すね」
――次の瞬間にはその雰囲気を一変させた。そこには先ほどまでの天真爛漫な様子はどこにもない。どこか冷たい、まるで氷を思わせる。
「一人称が鈴の明るい女の子は、ただの仮面。作り上げられたキャラクターに過ぎないのさ」
初めにそう言って、鈴は自己紹介の続きを話す。
幼少の頃から、両親は仕事で家にいることが少なかった。こんな豪邸で暮らしていられる以上、両親は多忙を極めた。幼い身では眠りにつくのも早く、両親が帰ってくる頃には夢の中にいるのが普通だった。愛されていることは感じていたが、顔を合わせる機会はほとんどなかった。身の回りのお世話をするお手伝いさんも、仕事上そうしていることが簡単に見て取れた。だからこちらもそういうものとして割り切った。
そんな日々の中で生まれた疑問。両親は本当に自分を愛しているのか? そもそも自分は両親を愛しているのか? それ以外の人物については? 疑問が疑問を呼び、けれど答えは出ない。
そんな時、テレビだったか本だったかで、そういう
ただ、世の中受動的でばかりはいられない。時には能動的に動かなければならない時もある。……それが今であったという話。
仮面をつけるのは最早常態化しており、てんで苦にもならない。けれど、自分に向き合ってくれた、踏み込んできてくれた相手にまで仮面をつけて相対するのは失礼千万であり、自分で自分を許せなくなってしまう。……そんな中での折り合いが学校だ。学校にいる間は仮面をつけ、学校が終われば――自分たちだけになれば――仮面を外す。そう決めたのだ。
「高校だけの浅い付き合いになりそうな相手だったら、仮面をつけたままお別れしたんだけど……そうはなりそうにないんだよね~」
悲しそうな、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべながら、鈴は口を閉ざした。
仮面に気付き踏み込んでくる相手が大切だというのなら、その逆も然り。自分から仮面を外して踏み込んでいく相手もまた大切になり得る、とそういう事だろう。
「はーい、鈴の衝撃の告白だったけど……度合いでいうならボクも負けてないよ? 自分でいうのもアレだけど、かなり悲惨な生い立ちさ。ありがちっちゃありがちだけどね」
どうする、と恵里は歪んだ笑みを浮かべた。
恵里を知る面々は同意するように頷いている。
「ボクの世界は狭い範囲で完結してるんだ。輪の外にいる人たちにどう思われようと気にもならない。無理に近づこうとも思わない。近づいてくる者を否定する気もないけどね。……だから選択肢は君たちに委ねるよ」
上辺を聞くだけですませるか、詳しい話を聞くか。
「僕は詳しく聞きたいな。比良坂さんの首飾り、それは以前――と言っても数年前だけど――幸利に頼まれて僕が作ったものだ。友人の誕生日プレゼントだってね。それを今もこうして身に着けている。……自分が物作りをしているからか、物を大切に扱う人に悪い人はいないって思うんだ」
迫られた選択に対しハジメが口火を切った。触発されるように他も続く。
呆れたように恵里も答えた。
「やれやれ……物好きだね。嫌な気分になっても知らないよ」
比良坂恵里。家族は義父と義母で、母方の祖父と祖母に当たる。旧姓は中村恵里。実母は生きているが、実父は幼少期に死亡。
比良坂家はいわゆる名家であり、鬼哭村にも大きな家がある。父に惚れた母が家を飛び出した経緯がある。
実父の死因は交通事故で自分を庇ったこと。結果、父と引き換えに自分は傷一つ負わなかった。……が、母は壊れてしまった。いや、元から壊れていたのかもしれない。
当時は分からなかったが、母にとって家族とは父ありきのものだった。父がいたからこそ、娘として自分を愛することが出来たのだ。そんな父が、家を飛び出すほどに惚れた相手が死に、その理由が――娘とはいえ――他人を庇ったこと。
父がいない以上、娘を愛する必要も育てる必要もない。繰り返される悪罵雑言。父の死因と言う負い目もあり、自分もまた、これは罰だ、と納得した。そんな日々が数年続いた。やがて母が一人の男を連れ込み同居することになった。流石に再婚はしなかったけどね。
その頃には母が自分を愛していない事にも気付いていたが、それでも生みの親だ。気のせいだと自分を誤魔化していた。また父とは違えど愛する人と一緒になれば優しい母に戻るんじゃないか。たとえそれが一目見て分かるほどのクズだったとしても。……そんな僅かな希望もあり、母のすることに対して何も言うことはしなかった。
そんな日々の中、母の居ない隙を見計らった男に襲われた。幸い心構えは出来ていたから、人任せだけど対策も練っていた。……実際にもたらされた救いの手は全くの別物だったけど。
「ねぇ、
蠱惑的な流し目で浩介を見やる恵里。そこを救ったのが浩介という事だろう。
「……ここからは俺の紹介に移らせてもらう。恵里の補完にもなるし、その方が分かりやすいだろう」
遠藤浩介。家族は両親のみ。体質として、生まれつき影が薄い。時に存在を忘れられるほどに。
「まぁ、これくらいには」
言って、浩介は身体に巡らせていた氣の運用を止めた。先述した龍脈や龍穴のように、人の体も脈に沿って氣が流れ、目に見えぬ孔から放出されている。氣の担い手たちは、この流れる量を調整してムラがないようにしているのだ。
この氣は基本的に――その時々の状態によって――陰陽どちらにもなり得る。明るければ陽の氣、暗ければ陰の氣、といった具合だ。
生氣あふれる、と表現されるのは陽の氣の放出量が大きい者。生氣漲る、と表現されるのは陽の氣を体に巡らせている者とも言えよう。前者が天之河、後者が京弥と言えば分かりやすいか。
浩介の場合、体質的に生氣を発することはないが、陰氣であればその限りではない。暗いヤツや薄気味悪いヤツ、と言われる者たちがいるが、それは生氣よりも陰氣の方を多く発しているからこそだ。
浩介はそれを意図的に止めることで周りに気付かれなくしたのだ。これこそが気配を殺す技、氣殺である。
結果はどうなるか?
途端に浩介が認識出来なくなる。龍真たちならば浩介を知っている前提もあり、注意すれば辛うじて――非常に薄っすらとだが――その姿が見える。
「あれ、消えた?」
「え、さっきまでそこにいたよね?」
だが、氣を知らぬハジメと香織は御覧の通りだ。目に見えて狼狽えている。
再び氣を体に巡らせて浩介は続ける。
「幼少期、偶然から風祭流の門下生と出会った。俺の体質に疑問を持ったんだろうな。代表に紹介され、代表もまた入門を勧めてきた。俺の体質を危惧したらしく、直接教えるとまで言ってきた。……当然異例のことだ」
代表から直接手ほどきを受けることに羨む声はあったが、やっかみを受けることはなかった。そも羨望の声が上がったのも暫く経ってからだったしな。それまでは気付かれていなかったらしい。
そうしてある程度学び、中伝の技を学び始めた頃だったか。代表経由で一つの頼みごとをされた。
風祭流もまた鬼哭村に縁がある。そこを通じての依頼だった。依頼主は比良坂家。……そう、恵里の祖父と祖母だ。
家を飛び出していき勘当したとは言え、やはり一人娘のこと。表立った交流こそしなかったが、それとなく様子は探らせていたそうだ。
そんなある日、孫を庇って義息が死亡。それから日増しに暗くなっていく孫娘。家族仲が良かったとの報告を受けていたから、初めのうちはショックによるものと思っていた。――が、それにしては明るくなる予兆がない。数年も続くとなれば、もはや異常でしかない。
無論のこと孫娘を放っておけるわけもなく、時間を見つけては何度か直接訪ねたこともある。ここにきて勘当云々と言ってはいられない。しかし訪ねる度に不在だったのだ。
自分たちが動いては察知される。そう結論付けて、故郷たる鬼哭村に事情を説明し応援を頼んだ。村長は快く応じ即座に動いた。その動きの一つとして、伝手を使い方々に手を伸ばしたのだ。その一つが風祭流であり、白羽の矢が浩介に刺さったのである。
そうこう動いているうちにも時間は流れた。やがて、一人の男が中村家に住み始めた、と報告が入る。ガラが悪く、横柄な態度の大男だ。
それからの浩介は、陰ながら恵里を護衛していた。朝は恵里の家の前で張り込み――通う学校が異なっていたため――登校を見届けてから自分の学校へと急ぐ。出席確認をすませたら恵里の学校へと取って返す。授業は何食わぬ顔をして恵里の教室で受ける日々。当然ながら誰にも気づかれることはなかった。……影の薄さ故の芸当である。
小学生の身ではあるが、実力は十分だった。既に風祭流の中伝に手をかけている腕利きである。そんじょそこらの輩など相手にならない。少なくとも、恵里の家に住み始めた男など容易く倒せる。
そんな日々を送る内、とうとう男が行動を起こした。浩介は慌てず比良坂家へと一報を入れ、同時に――比良坂家から証拠集めに借り受けた――ビデオカメラを起動。問題行為を十分映像に収めたら、男の首筋に手をあてがい殺気とともに脅しつける。男が恵里を襲うために覆い被さっていたからこそ可能なことだった。
「「動くな。黙れ。こちらの指示以外の行動をしたら潰す」」
突然、そんな声が聞こえた。声の主の姿は見えなかったけど、その声に従うようにアイツが私の上からどいた。……かと思えば、とりあえず動けなくなってもらおうか、と声が聞こえてアイツが崩れ落ちた。
「すぐ助けに入れなくてすまなかった」
謝られ、そこで初めて姿を確認できた。非常に薄っすらとしていたけど、自分と変わらないくらいの少年だったんだ。すごく驚いたね。
少年はロープでアイツを拘束し、何処かへ電話をかけた。それから間もなくして現れたのが――父が生きてた頃、母に内緒で何度か会ったことのある――比良坂家の祖父と祖母だった。
祖父母からも謝られ、説明を受け、最後に母の愛を確認した。男に襲われた事実を告げ、母がどう反応するのか。
「まぁ、結果は分かり切ったものだったよ。張り手が飛んできて、次には『あの人を誑かすなんて』ときた。……希望は錯覚だった。母には愛などなかった。罰だと思っていたものは、ただの八つ当たりでしかなかった。そう理解した途端、最後の一線で残っていた母への愛は失せた。愛してくれない母を切り捨て、愛してくれる祖父母を選んだ」
そこからは割とトントン拍子に話が進んだよ。祖父母に引き取られ、母とアイツは檻の中。学校も浩介と同じところに転校した。……有体に言って、幸せな日々、ってやつだね。
そう言って浩介に抱き着き、最後に恵里は純粋な笑顔を見せた。