自己紹介をすませ、互いに何が出来るかを簡単に確認し終えたら、探索の続きである。衰弱していたアレーティアも今は動くに支障はない。
アレーティアの希望により血を呑ませたところ、それで彼女は問題なく行動出来るようになったからだ。
当初は魔物の毒のこともあり――
(いくら吸血鬼とはいえ自分たちの血を呑むのは拙いのでは?)
――と思った一行はそれを却下した。
説明に次ぐ説明をし、それでも、と頑としてアレーティアが譲らなかったこともあり、一同は結局根負けした。
アレーティアの気持ちも分からないではない。憶測通りならば、彼女をここに封印した当の人物――彼女の叔父は、最低限二つの七大迷宮を攻略した実力者であるにも拘らず、生きて帰れなかったのだ。ならば彼女としても今以上の実力を求めるのは至極当然であり、そのためにはまず動けるようにならなくてはならない。
だからこその、血だ。長きの封印による衰弱で固形物を食べるのは未だ無理でも、液体ならばその限りではない。現に果実のジュースは問題なく飲めた。ならば吸血鬼である彼女が、手っ取り早く動けるようになるために血を所望するのは無理からぬ話だ。
そんなわけで、まず白羽の矢が立ったのは綾子だった。彼女は治癒師であり、すなわち後衛だ。常識においては飛びぬけているステータス値も、伸びの傾向としては魔法を得手とするアレーティアと大差ないと思われた。
ステータスプレートがないため判断の目安となるアレーティアの数値が分からないのが不安要素ではあるが、最悪でも苦しみはすれ死ぬことはあるまい。……それが一同の至った結論であり、了承した上でアレーティアは血を呑んだ。
「あ……ああッ……あんッ……」
血を呑まれている綾子の喘ぎ声に、一部頬を赤らめたり股間を抑えたりする青少年もいたが。
それはさておき。
血を呑んだアレーティアに別段これといった問題は見られなかった。もしかしたら、吸血鬼であるがゆえに吸血に限っては何かしらの耐性が働くのかもしれない。実際、吸血鬼の誰しもが血に対する味の感想を持つことはあっても、吸血することで身体を壊したことはないらしい。
回復機能として働くのは一長だが、強者や強い魔物の血を呑んでもステータスが上がらないのは一短だ。……まあ、血を呑むだけでなく肉も食べれば問題あるまいが。
そうして。
かれこれ十階層ほど降りた現在、アレーティアの背ははっきり分かるほどに伸びていた。驚きの成長率――というわけではない。
ここまで降りてくる中で、当然ながら何度か小休止を取っている。その際に簡単ながらアレーティアの身の上話が語られたのだ。
曰く。
十二歳の時に先祖返りを果たし、魔力操作と自動再生の先天技能に目醒めた。
自動再生は一種の固有魔法に分類され、その影響か歳もとらず、魔力が続く限りは一瞬で塵にでもされない限り死ぬこともない。ケガ程度なら言うに及ばず、首が落とされてもその内に治る。――反面、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らない。同時に、伸ばす必要がなかったため、治癒魔法や結界魔法の類は苦手。
また先祖返りを果たした結果、全属性の魔法に適性を持つようにもなった。とはいえ接近戦は苦手なため、基本は魔力に物を言わせた砲台役。一人だと身体強化で逃げ回りながらの魔法連射が関の山。
この様に弱点が無いわけではないが、魔力操作と自動再生のシナジーが強力なため、弱点が弱点となっていない。
基本的にトータスの人間は魔力操作を持っていないため、魔法一つ発動するのに相応の手間がかかる。適性を持っていてもそれは変わらない。――対し、アレーティアはその手間がかからないのだ。挙句の果てには全属性適正である。魔法勝負では普通に勝つ。
仮に接近されたところで、魔力さえ残っていればケガを負っても問題ない。絨毯爆撃を乗り越えてきた以上、相手も相応に弱っているので、魔力配分さえ間違えなければ結局は勝つ。
そんなわけで、先祖返りを果たしてから僅か数年で当時最強の一角に数えられた。吸血鬼族の王位に就いたのはそれから間もなくで、十七歳の時。
そして二十歳の時、親身になってくれていた叔父が突然に裏切った。王位に目が眩み、周囲に化け物として浸透させ、大義名分を以て殺そうとしたのだ。結局は殺しきれず、封印することになったが。――アレーティアはアレーティアで、裏切りによるショックで混乱し、そのまま封印されてしまった。
「まあ、今ならそのおかしさにも普通に気付きますが。
聞けば、この迷宮は攻略しない限り抜け出せないとのこと。……そんなことをやってのけた叔父が、いくら自動再生を持っていたとしても私を殺しきれない筈がありません。私は混乱してたのだから尚のことです。――にも拘らず、私は封印されるに留まり、結果、こうして今も生きている。……叔父に、そうせざるを得ない何かしらの理由があったことは明白です。
改めて、ありがとうございます。皆さんのおかげで、私は叔父を憎み切らずにすみました。想い出を殺さずにすみました」
そうして身の上話は終わったのだが、そこでハジメが疑問を口にしたのだ。
「自動再生の解釈についてなんだけど――それっておかしいんじゃない? だって年をとらないってことは固定化されてるってことであり成長もしないってことでしょ?
先祖返りを果たしてから僅か数年で最強の一角に数えられたってことは、その間も――少なくても魔力は成長を続けてなきゃおかしい。いくら便利な技能を手に入れたって、上限が小さければたかが知れてるんだから。そして魔力が成長するのなら、他も成長して然るべきだ。
それに
以上の事から、君は間違いなく先祖返りした後も成長を続けている。
つまり君の外見が変わっていないのは、目覚めた時点が復元の対象としてデフォルト設定されているからだと思うよ? たぶん封印される前――普通に生活してた二十歳までなら、設定変更することで肉体も成長するんじゃないかな? 魔力操作の練度次第かもしれないけど……」
思ってもいなかった考えに驚きのあまり目をパチクリさせながらも、納得を見せたアレーティアが実践した結果、その身長は急成長を遂げたのだ。今の彼女は大半の周りに合わせて、高校生相当の外見だ。……おかげで、鈴の小ささがより際立つこととなった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
樹海の如き階層を一行は黙々と進む。鬱蒼と木々が茂っており、漂う空気はどこか湿っぽい。いつかの熱帯林と違ってそれほど暑くないのは救いだが、会話に花を咲かせる雰囲気ではない。
無論、理由はそれだけではない。
「しかしまぁ、鬱陶しいなッ!」
ハジメ謹製の曲刀を手に、襲い来る恐竜型の魔物を狩りながら淳史がぼやく。
いったい今ので何度目か。狩っても狩っても、次から次へと襲ってくる。挙句の果てには寄生されているらしい。その何れもが頭に花を咲かせていた。
試しに花を刈ってみれば、魔物は自由を取り戻した。最初は憎々しげに花を踏みつけた魔物だが、こちらに気付くや襲いかかってきた。
花を刈っても刈らなくても、結局魔物に襲われるのだ。そして操っている当の本体は、何処かで高みの見物である。
単体の強さはそれほどでもないが、如何せん数が多すぎる。狩りつくすのも一つの手だが――迷宮の魔物は一定間隔で復活するのが常だ――とても現実的ではない。
そんなわけで、現在は寄生主を目指して進んでいる最中だ。やはり魔物だけあって知能はそれほど高くないらしい。ある方向を向いた時だけ魔物の動きが激しくなるとあれば、何かがあると伝えているようなものだ。……この場合、自分の居場所に他あるまい。
樹海を超えると、今度は草むらが見えてきた。しかしてその長さは異常だ。百六十センチは優にある。
「風よッ!」
このままでは――特に鈴が――動くも儘ならぬので、すかさずハジメが風に命じた。嵐帝の命を受けた風は嬉々として奔り、一行の向かう先を刈り飛ばす。
すると、その先――迷宮の壁に縦割れの洞窟らしきものが見えた。
「当たりのようだ、急ぐぞ!」
メルドの檄が飛ぶ。言われるまでもない、と一行は速度を上げた。
疾走すること暫し。
数多の魔物を引き連れた一行は殿となるハジメと鈴を残して洞窟へと飛び込んだ。僅かに遅れて二人も入る。
「光絶!」
同時に鈴が入り口に障壁を展開。初級の防御魔法ながらも、結界師たる鈴が使えばその堅さはバカに出来ない。しかと魔物の追撃を防ぐ。
「錬成!」
その間にハジメが錬成を行使。割れ目を塞いだ。……これで後方の憂いは絶てたことになる。
とはいえ、先に飛び込んだ面々はひどい有様だった。洞窟は大の大人が二人並べば窮屈さを感じる狭さだ。そんなところに飛び込めば然もありなん。もみくちゃ状態著しい。
何とかかんとか態勢を整えた一同は、薄暗く狭い洞窟を道なりに進む。
やがて大きな広間が見えた。入ることなく足を止め、周囲を探る。
見える範囲に元凶らしい存在はなく、気配感知の技能にも反応はない。――が、元々大してアテにはしていない。見える範囲には限りがあるし、技能を誤魔化す相手などわんさかといる。
広間の奥には更に縦割れの道があるので、もしかしたらその奥にいるのかもしれないが、広間にいる可能性も否定出来ない。素通りするのは危険すぎる。この面子の誰かしらが操られてしまえば、それだけでコトだ。
「どうするのです?」
「こうするさ。――香織?」
「うん、ハジメくん」
この中では経験の少ないアレーティアが疑問の声を上げる。
答えたのはハジメ。香織を誘い、一同の前に出る。そこには何の緊張もない。
「風よ……」
「炎よ……」
『合わさりて、灰燼と化す嵐となれッ! アッシュストーム!!』
答えは焼却処分である。わざわざ正面切って相手をするのもバカらしい。
害なすモノを灰燼と化すべく、炎の暴風が広場の中に荒れ狂う。魔物に咲いた花からして、相手は植物型に相違あるまい。真実広間にいるのなら、よく燃えてくれるだろう。
そしてその中を悠然と進む。炎の対象は害なすモノのみ。一行には何の支障もない。
「この中にもやっておこうか。迸れ、
広場奥の縦割れ前に到達すると、その中に香織が炎を放つ。神の最も近くに座すとされる熾天使の名を冠する以上、その威力は並みならぬ。合わせ技たる方陣技ほどではないが、単体の放つ火力としては最上級だ。
「じゃ、行こっか」
目論見は上手くいったらしい。やはり広場か今いる洞窟のどちらかに元凶がおり、燃え尽きたのだろう。以降は何の障害もなく奥の階段へと辿り着いた。
「確かに楽だけど……何か釈然としないわね」
あまりの力技に、アレーティアは首を傾げて呟く。その言葉に常から心掛けている礼節さは現れていなかった。
「いいんだよ。だって階層の攻略に明確な解は用意されていないんだぜ?」
「そりゃあ、迷宮を用意した解放者にはそれぞれの思惑があるのかもしれないけどね。
言ってしまえばそんなものはどうでも良い。要は確かな実力と、それに呑まれない理性の強さ――すなわち人格を示せばいいのさ。たとえ解放者の意に沿わない力尽くの方法でも、それで乗り切れるなら問題はない。解放者の思惑の上をいった、意表を突いたってことに他ならないんだから。
そも、最終的な目標は、どうあれ解放者が負けた相手なんだぜ? 自分の上をいかれるのは、むしろ大歓迎だろうさ。
人格に問題があるなら、力を託すに値しない、と判断されるのかもしれないけどね? 人格に問題がないのなら、これは心強い、と喜んで託してくれる筈だよ」
その呟きが耳に入った幸利と恵里が、小休止の間に自論を述べる。
「……なるほど。そういう考えもあるのですね。勉強になりました」
理解を示したアレーティアは、憂いを失くして階段を下りていった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
そして、とうとう百層へ辿り着いた。
一同の前には広大な空間が広がる。天井は高く、地面は真っ平。力強い柱が一定間隔で無数に並んでいる様も相俟って、どこか荘厳さを感じさせる。
階層に一歩足を踏み入れた瞬間、柱が淡く輝き始め、奥へと順次輝いていく。
「美しいものだね。思わず、ここが迷宮だということを忘れてしまいそうになる」
歩きながら、レオンが階層に対する感想を呟く。しかして、その言葉とは裏腹に氣の緩みは見られない。
「確かにそうですな。ですが、油断は禁物ですぞ、殿下?」
同意するのはメルドだ。忠言通り、彼にもまた油断はない。
そうして進むこと、二百メートルほどだろうか。前方に行き止まり――巨大な両開きの扉が見えた。
扉の全長は十メートルはあるだろう。林立する柱同様、美しい彫刻が彫られている。特に目を惹くのは、七角形の頂点に描かれた文様だ。
そして、最奥の柱から扉へは三十メートルほどの空間がある。一歩を踏み出した途端、最後の門番と相対するのは想像に難くない。上の【オルクス大迷宮】で遭遇したいつかの階層同様、おそらくは魔法陣によって召喚されるのだろう。
「……うん。今日はここまでにして寝るとしようか」
それを見て、図太くもそう言ったのは龍真だ。
階段を下りる前には小休止を取っているが、それでも全体的に強行軍だったことは否めない。そも階層によっては小休止をとれない場所もあったのだ。大丈夫な様でも、疲労が蓄積しているのは否定しようがない事実である。
そんな状態で最後の門番を相手にするのは、自殺行為以外のなにものでもない。最後だけあって、今までに遭遇した魔物の強さなど何のアテにもならないからだ。
今までの魔物は、階層あっての固有の能力を持っていた。しかし、この階層は平和なものだ。魔物の能力に目途が付けられない。姿も見せていないので尚更だ。――アレーティアの封印されていた階層も平和だったが、一つ目巨人はこれ見よがしなこともあり簡単に想定出来た。
「そうしましょうか」
真っ先に同意したのはアレーティアである。一行に加わって五十階層ほども降りる内、すっかりと染まってしまったようだ。
以前の彼女であれば疑問を覚えていたであろう。だが、今の彼女にそんな様子は見られない。
『常識に囚われるのは、常識の通用する場所だけで良い』
という一種の真理に、アレーティアは至っていた。
他の者たちも銘々に頷いていく。
間違っても寝ぼけて最後の柱から飛び出さない様に、少しばかり戻る。
『おやすみなさい』
口々に言って、何れもがアッサリと夢の世界に旅立った。やはり疲労は溜まっていた様だ。
場所が場所ゆえに雑魚寝も雑魚寝である。一応、中央から右が男性陣、左が女性陣で別れているようだが、そこには仕切りも何もない。
とはいえ、特に何事も起こらず数時間。
『おはよう』
誰ともなしに起きだして、順次に挨拶。
洗顔と食事を始め、最後の準備を整えたらいよいよ本番である。
最後の柱から一歩を踏み出す。
瞬間。
柱と扉の間にある空間に巨大な魔法陣が現れる。大きさといい式の精密さといい、いつぞやのベヒモス亜種の物とは比べ物にならない。
魔法陣は赤黒い光を放ち、まるで脈打つような音を響かせる。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
京弥が不敵な笑みを浮かべて呟いた。
刹那。
魔法陣は輝きを強め、弾けるように光を放った。
アレーティアの身長を伸ばしました。普通に考えて、小さいままだとメリットよりもデメリット方が大きいでしょうし。
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