ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5話

 魔法陣から現れたのは多頭龍。首は長く頭は六つ。赤、青、黄、緑、白、そして黒……と色ごとに分かれている。その何れも牙は鋭く、赤黒い眼を光らせる。

 

「数は合わんが――」

 

 天誡が感想を述べようとするも、赤頭龍がその口を開き炎を放つ。……ばかりか、それは手始めだ、と言わんばかりに次々と龍は攻撃を放ってくる。地面が隆起しその身を鋭き槍へと変える間にも、青はツララの如き氷の槍を雨あられに吹き出し、緑は突風を放つ。白と黒はその巨体を以て体当たりだ。

 

「――まるで八岐大蛇だな……ッ!」

 

 今までに得た技能、術理をそれぞれに駆使した一同は直撃をもらうことこそなかったが――結果として分散させられてしまった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「チッ、マズッたわね……」

 

 思わず舌打ちをしたのは雫だ。彼女の前には黄頭の龍。

 先程の攻撃を鑑みるに、トータス式に分ければ、赤は火属性、青は水属性、緑は風属性だ。地面への干渉からして、自然と黄は土属性となる。ならば白は光属性、そして黒は闇属性だろう。完全ではないものの、陰陽五行と共通する。……である以上、その理が働くのは想像に難くない。

 そして五行における理の一つに“相剋”が存在する。一言でいえば優劣の関係だ。

 雫が舌を打ったのは、否応なくこの理が働いてしまうからだ。すなわち土剋水――土は水に剋つ。土が水を濁す働き、あるいは、水を吸ったり堰き止めたりする働きを表している。

 人は誰しも先天的に五行の属性を持っている。トータス風に言えば魔法適性だ。普通ならそこまで意識するものではないが、雫、ハジメ、香織、重吾は例外と言えるだろう。四神という強力な宿星の加護を受ける反面――縛られる部分も相応に大きくなってしまう。

 水を司る玄武を宿星として宿す以上、雫の氣は否応なく水氣となるのだ。

 加えて手持ちの武器である。雫が今現在装備している武器は忍び刀――玄武。

 玄武の宿星を持つ、選ばれし者しか装備することが許されぬ至極の逸品。その威力は折り紙付きだ。普段であれば、正に鬼に金棒である。――しかし、その名の通りに水属性を帯びている。この状況下では不利なことこの上ない。武器本来の切れ味に任せた、氣を用いぬ攻撃が意味をなさないのだ。

 

流槌斬! 飛水八相! ……やっぱ効かないか」

 

 口から放たれる石の飛礫を掻い潜り、物は試しと飛水流刀術をその頭に叩き込む。それ以外にも、氣を流し込まさずに手裏剣を投げ放つ。――そのどちらもが、大した効果は見られない。流槌斬はやはり相剋の理によって。手裏剣は元々の堅さによって。想定内ではあったが、残念なことに違いはない。

 

(近くにいるのは……玉井君だけか)

 

 チラリと視線をやって周囲を確認する。

 近くにいるのは淳史のみ。他の仲間はそれぞれ別の頭と対峙しているようだ。

 淳史が頼りにならないわけではない。この迷宮に入った当初に比べれば、確実に実力を伸ばしている。その攻撃は自分以上に有効だろう。

 だが、通用しなかったとはいえ、攻撃を食らわせたことにより怒らせてしまったようだ。地面の震動範囲、隆起間隔、土槍の発生速度、飛礫の速度、その何れもが先ほどまでの比ではない。苛烈さも相俟って一種の結界だ。――先ほど一撃与えた雫でも、この中を掻い潜って接近するのは無理だ。淳史であれば言わずもがなだ。

 こうなった以上、雫の取り得る手段は少ない。

 一人の戦闘者として、自分の攻撃が通用しない事態も想定している。無論、備えは欠かしていない。そも、雫の戦法は忍術、体術、投擲術、剣術と多岐に渡り、都度それらを入れ替えて対応出来るのが強みなのだ。……である以上、他の得物を用意するのはごく自然なことだ。

 普段忍び刀を使っているのは、小回りが利くことや攻撃がより強力になることに加え、パーティー内に剣の使い手が多いからである。分類としては、刀が京弥と天誡に時折浩介、西洋剣が光輝とメルド、そして曲刀が淳史だ。ここまで揃えば、わざわざ雫まで刀を使う必要はない。

 とはいえ、忍びの常として暗器の類を身に忍ばせていることや体格による制限もあり、何でもかんでも持ち歩けるわけではない。なので、他の得物は札に収納してあるのだ。必然、札から取り出す必要がある。

 然程時間のかかる事ではないが――この状況ではその然程が命取りになりかねない。相手が土属性とあっては尚更だ。こちらの攻撃が効かないだけならまだしも、相手の攻撃はより効くのだ。

 

「まったく、持ち替える暇もない……ッ!」

 

 地面が震動、或いは隆起し足場を乱す。かと思えば円錐の槍として襲いかかり、躱した瞬間に龍の口からショットガンやマシンガンの如くに石の飛礫が吹き出される。

 だが、その全てを欠片も当たることなく躱しきる雫も雫で恐ろしい。その種は空力の技能にあった。地面のみならず空中をも足場として使用できるようになった以上、その動きは自然の理に囚われない。前方に跳躍したとて、何も必ず前方に降り立つ必要がなくなったのだから当然だ。

 元々の速度も相俟って、今の雫は正に縦横無尽であり、動きはトリッキーそのものだ。

 結果、黄頭龍も雫の動きに追随しきれず、その攻撃は点よりも面を重視したものになっている。一発一発の攻撃力はそれほどでもなかろうが――それを防ぐゆえの面攻撃だ。一発でももらってしまえば、二発三発……と続けてもらってしまうのは想像に難くない。

 しかし、全ての攻撃を回避する雫にも実は制限がかかっていた。回避する際、出来るだけ淳史の居る方に行かない様にしているのだ。全部が全部は流石に無理でも、半分以上はそうしている。

 それもあり、武器を持ち替える余裕がないのだ。雫が愚痴を零すのも無理はない。

 

「クソッ、八重樫の動きについていけねえ……ッ!」

 

 悔し気に零すのは淳史だ。礼星の加護を受け、迷宮を潜る内に格段の成長を遂げた彼だが、その敏捷性は遠く雫に及ばない。また、基本的に降りることを最優先にしていたこともあって、その成長も個人の戦闘力に傾いている。――連携はそれほどでもないのだ。

 無論、階層によっては連携をとることもあったが、合わせてもらった面の方が大きい。こちらから合わせるのは未だ不得手なのだ。それでも、宿星の共鳴により里見の八霊珠に呼応する星ならばやってやれないことはない。

 だが、雫の宿星は玄武である。こうなっては彼自身が雫の動きを把握するしかない。――しかし現実として、今の彼は雫の動きを把握しきれていない。

 

「そして悔しがってる余裕もねえ……ッ!」

 

 しかして黄頭龍が狙うのは何も雫だけではない。攻撃範囲内にいる以上、淳史もまたターゲットに他ならないのだ。地面から突き出る槍が、吹き出された飛礫の一端が彼を狙う。

 黄頭龍は黄頭龍で、どちらがより危険か理解しているのだろう。そこに怒りも相俟って攻撃の比重は雫に偏っているが、それでもまだ淳史が危険なことに違いはない。回避するので精一杯だ。

 状況が動いたのはそんな時だ。

 

「玉井君、任せた!」

 

 回避行動を取りながらに叫ぶ雫の声が淳史の耳に入る。

 

(任せたって、何をだよ!?)

 

 雫狙いの攻撃――言わばそのおこぼれにも等しいソレにさえ、自分は回避するので手一杯なのだ。そんな状態で何が出来るというのか?

 その答えはすぐに示された。雫が効かぬと分かっている手裏剣を投げ、黄頭龍のヘイトを更に稼ぎに出たのである。

 そこまでされれば、雫が自分に攻撃を任せようとしていることぐらい流石に察しが付く。――その瞬間、淳史を襲ったのは怒りだ。

 

(何だよ……それ……ッ!)

 

 雫の行動によって、淳史はようやく気付いたのだ。自分が呑まれていたことに、怯えていたことに。

 

(回避するので手一杯? ――そんな筈があるかッ!)

 

 確かに目の前の魔物はかつてないほどに強力だ。――だが、それでも、かつての礼星保持者が戦った相手ほどではない。赤毛の男や北欧の神々に比べれば、この多頭龍は遥かに劣る。

 成長したとはいえ、確かに自分は未熟だ。確かな自分の型すら持たず、模倣するのが精々だ。

 

「だからってなぁ、それで勝てない道理はないんだよ!」

 

 礼星の加護により、遥かな実力者の動きを普通では考えられない確度で模倣出来るのだ。そして彼の人物は中国拳法や仙術のほか、柳葉刀――日本では一般に青龍刀と呼称される、曲刀の一種――をも得手とした。

 そう、天職:曲刀師たる淳史にとって、柳葉刀を用いた動きだけは――模倣と言わず、そのまま自分の動きと言っても構わないのだ。

 重圧を跳ね返し、淳史は前へと駆ける。震動・隆起する地面と、串刺し公《カズィクル・ベイ》の如く地面から生えた槍が接近を阻むために迎え撃つも、その程度ならどうという事もない。隙間を縫うように駆け抜ける。

 淳史の接近にようやく黄頭龍自身が気付くも、なす術はない。今の今まで注意は雫に向けられていたのだ。ここで淳史の邪魔をしようとすれば、それすなわち雫へ大きな隙を晒すことと同義。

 雫と淳史、両者を天秤にかけ、黄頭龍は淳史を素通りさせることを選択。

 今の今まで怯え竦んでいた相手。近づいたところで何が出来るものか。

 

(――なんてことを考えてるのかもしれないけどなあッ!)

 

 その選択、篤と後悔させてやる。……そう言わんばかりに淳史はその技を放つ。

 

「受けてみやがれ! 天吼前刺!

 

 天地を揺るがすが如き強烈な踏み込みの下、勢いよく繰り出される曲刀の一突き。その踏み込みを指して、龍が天に向かって咆哮するようだ、と謳われるのが名の由来である。

 その威力は、黄頭龍の首を貫通し胴体と泣き別れさせたことでしかと示された。

 

「クルァン!」

 

 だが、白頭龍が叫んだ瞬間、その努力は無に帰した。白い光が黄頭龍を包み込み、泣き別れた首が元に戻ったのだ。

 

「回復役ってわけかよ……ッ!」

 

 苦々しげに淳史が零す。――試練はまだ終わらない。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 龍真、ハジメ、香織、重吾、健太郎、綾子、奈々の七人は赤頭龍と緑頭龍の二体を相手にしていた。

 雫と淳史の二人に比べれば圧倒的に楽だが、現在は長期戦の様相を呈している。

 龍真は何の問題もない。黄龍を宿星とすることから基本属性は土行になるが、四神を宿す者たちに比べ縛りは少ない。黄龍は四神の長という面も持つためだ。

 土行を基本属性として持つ者は大きく二つのタイプに分けられる。文字通りの地属性特化型か、万能タイプだ。……これは五行において方位は中央、季節では境目を示すことにも表れている。

 龍真も相生や相剋といった五行の理による縛りは受ける。――だが、彼の攻撃は土行だけに縛られないのだ。そして攻撃が通じるのなら、その高い実力を以てすれば大概どうにかなる。

 次いでハジメ、香織、重吾の三人だ。彼らはその宿星もあり、否応なく強力な縛りを受ける。すなわち木剋土、火剋金、金剋木、或いは木生火、火生土、金生水である。

 ハジメが緑頭龍を攻撃する分には問題ないが、赤頭龍を攻撃する際にはより威力を強めなくてはならない。木行――風属性は火を生かす性質があるので、生半可な威力では強めてしまうだけなのだ。

 香織はこの三人の中で何も問題はない。相生相剋何れの理にも引っ掛からないからだ。

 重吾は極端だ。緑頭龍を攻める分には有利だが、赤頭龍相手には不利となる。

 だが、この三人の中でハジメだけはある種の例外と言えるだろう。そも、元来の彼は金行に位置する。天職:錬成師はその表れだ。――ただ、その数奇な血筋ゆえに青龍の加護を受けることになり、元々の素質もあったことから後天的に木行になってしまったのだ。

 鬼道衆の一人にして、細工物に精通する隻腕の天才面打ち師――弥勒万斎。

 どんな複雑な道具でも触っただけで仕組みを当てられることから“千手”と謳われたからくり職人、支奴洒門として龍閃組に協力し。――その一方で、頭目である九角天戒に忠誠を誓う鬼道衆の一員にして風と鎖鎌の使い手、嵐王であった男。

 そして青龍の宿星を持つ、アメリカよりやって来たガンマン。鬼道衆に協力したクリス。

 ハジメの両親の血筋を辿っていくと、彼らに行き着くのである。そしてそれぞれの才がハジメに凝縮されているのだ。……アレーティアとは異なるが、ハジメも一種の先祖返りと言えるだろう。

 それはともかく。

 さて、健太郎である。彼は氣こそ扱うものの、宿星の加護は受けていない。

 しかし、その天職:土術師が示す通り、彼は特化型の土行属性だ。おまけに目醒めた前世が泰山――鬼道衆の幹部で土行を担った男である。四神の宿星に負けず劣らずで縛りがきつい。

 綾子と奈々は他ほど縛りはきつくない。

 だが、綾子は天職:治癒師で宿星が仁星だ。元より攻撃は得意じゃない。……そこが縛りといえば縛りだろう。

 全体的に見れば、両方に問題なく攻撃出来る者が少ないのだ。

 おまけに綾子の護衛役を自任する健太郎は、その属性が示す通り火には強いが風に弱い。彼の展開する防護壁も例に漏れずだ。

 更には最後の試練だけあって相手の攻撃力は相応に高い。結果として、貴重な攻撃役が護りに廻ることも少なくない。

 他者を回復出来る綾子の護りを優先すれば、最初に仕留めるのは緑頭龍となる。――が、仕留めた時点でこちらの攻撃力も激減する。……ハジメと重吾の分だ。

 とはいえこの面子である。二人分の攻撃力が下がったところで、間髪入れずに赤頭龍を仕留めることなど容易い。実際何度か仕留めている。

 しかし、その度に復活されるのだ。

 原因は分かっている。白頭龍だ。光輝、妙子、優花、レオンの四人を相手取りながら、傷ついた他の龍を回復させているのである。

 攻撃役の光輝とレオンは――武器の効果もあって――光属性に特化している。白頭龍相手には分が悪い。全属性適正を持つ二人だが、武器をメインで戦っていることもあり魔法はそこまで鍛えていない。今は武器攻撃に見切りを付け魔法攻撃をメインに戦っているが、大した効果は出ていないようだ。

 優花にはそもそも攻撃が期待出来ない。死んでしまえば食材としての認識も高まろうが、生きている時点では魔物としての認識の方が濃い。日本で普段から食材として親しまれている牛や豚、鳥や魚ならまだしも、龍とあっては無理もない。

 残るは妙子だが、有用な模倣対象がおらず、自らの型も定まっていないとあって、やはり効果はいまいちだ。それでも、天職:操鞭師に物を言わせた鞭捌きで四名の中では一番ダメージを与えているのだが、一撃で仕留めるには至っていない。結果、ある程度弱らせたところで回復されてしまうのだ。

 龍真ならば白頭龍を仕留めに行くことは出来る。ハジメと香織も、この場にいながら白頭龍を仕留めることは可能だろう。――だが、それは悪手だ。ハジメと香織がここにいながら仕留めようとすれば、それだけ集中しなければならない。龍真が仕留めようとすればこの場を離れなければならない。どちらにせよ護りが疎かになる。

 ここまでくれば、最初の攻撃による分散が多頭龍の意図通りだったことくらい想像がつく。試練とはよく言ったものだ。

 こうなった以上、起死回生の一手はあの男にかかっている。忍び以上の氣殺の達人。死を運ぶ神を先天技能と認められた、生粋の暗殺者――遠藤浩介。

 彼もまたこの戦場のどこかにいることは間違いない。その実力を以てすれば早々に回復役である白頭龍を仕留めることは可能だ。――しかして動きがない以上、その考えも見えてくる。

 そう、これは試練だ。

 雫が危険に身を晒すことで、淳史が恐怖を乗り越え仕留めるに至った黄頭龍。

 味方の安全を第一とすれば、連携と長期戦による忍耐力を試される赤頭龍と緑頭龍。

 攻撃力不足の中、その対応力を試されている白頭龍。

 ならば、残る青頭龍と黒頭龍も何かを試しているのは明白であり――対峙する面々はそれを乗り越えられずにいる。

 だからこそ浩介は動かないのであろう。

 この【オルクス真迷宮】と【ライセン大迷宮】の二つだけでも、七大迷宮の危険さ悪辣さは分かり切っている。そしてミレディの言葉によれば、七大迷宮全ての神代魔法を手に入れることが――帰還の方かエヒトの始末の方か、或いはその両方かもしれないが――自分たちの目的に必要らしい。

 この中の全員が七大迷宮攻略に赴くわけでもあるまいが、今のところ誰が赴くかも定まっておらず、誰しもにその可能性は存在するのだ。……職業柄メルドは厳しいだろうが、やはり可能性は存在する。

 つまるところ、この多頭龍程度の試練は乗り越えられなければ話にならず、乗り越えられると信じていればこそ浩介は機を窺っているのだろう。

 ここまで一緒に迷宮を攻略してきたのだ。仲間を信じているのは浩介だけではない。その瞬間を迎えるまで相手取れば良いだけだ。その瞬間がいつなのか、までは分からないが、明確な答えのない事柄など珍しくもなんともない。しがない高校生だった面々も、迷宮を降りる中で骨身に叩き込まれている。

 挫けることなく、一同は終わりの見えない試練に臨む。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 青頭龍と黒頭龍を相手取るのは八人。京弥、天誡、幸利、恵里、鈴、龍太郎、メルド、アレーティアだ。

 だが現在、その内の何人かは動きを止めていた。……幸利、鈴、アレーティアである。

 それ以外の面々には元から問題なく動いている者もいれば、復帰した者もいる。その中の二人、恵里とメルドは後者だ

 二人の言によると黒頭龍の闇魔法による干渉らしい。恵里の場合はトラウマを刺激されたのだとか。

 過去を聞き知る京弥と天誡にとっては憤慨ものだが、その割に恵里はケロッとしている。何ら異常は見られない。

 

「生温いんだよ。ボクが降霊術(このちから)を手にしてからどれだけ経ったと思っているのさ?

 魂魄乃至は精神に対する干渉はボクの十八番だ。人の優しさも悪辣さも経験した身としては、トラウマをトラウマのまま放っておくなんて有り得ない。夢という形ではあるけど、IF(もしも)の可能性なんて幾重にも亘ってとっくに体験済みだよ」

 

 簡単に言い放った恵里だが、それは常人の行いではない。理解も納得も出来るが――常人であれば――まず実行しようとは思わない。

 普段から狂人を自称する恵里の狂気。……その一端がここに示されたのだ。

 動けるようになったのが遅かったのも、あまりの生温さに呆気に取られたからだというのだから尚更である。

 

「おま……それは……」

 

 その異常性。その悍ましさ。単純な思考形態ゆえに黒頭龍の干渉をものともしなかった龍太郎ですら、思わず言葉を失くす程である。 

 一方のメルドは、エヒトから神敵であると判を下されたらしい。

 アレーティアを救出した際に語られた、エヒトに対するある種の真実。元より信仰心はそれほど高くなかったが――それでも信仰していたことに違いはないのだ。

 揺らぐ心に決着をつけぬまま、攻略を第一と言い訳することで後回しにしていたのである。メルドはそこを揺さぶられてしまったのだ。ト-タスの信仰形態を思えば、動きを止めるのも無理はない。

 だからこそ、誰の助けもなくそこから復帰したメルドの凄さがよく分かる。

 

「俺は人間だ。断じて意思なき人形でなければオモチャでもない。

 相手が統治者であれ支配者であれ、相応の責務を果たすのであればこちらも働きを以て応えよう。その命令にも従おう。

 だがその責務を果たさないのであれば――それは最早、統治者でもなければ支配者でもない。悪逆無道の輩でしかない。神だとてそれは変わらん」

 

 今を生きるトータスの人間が、神への決別を、確かな言葉として発したのだ。

 そして最初は原因が分からなかったゆえに、同時に数の不利もあったがゆえに防戦一方だったとしても、原因が分かったのならその限りではない。

 数の不利は覆り、別格の実力者が問題なく動けるようになった以上、相手取る二頭の龍を仕留めることなど容易いのはまぎれもない事実。――しかして未だそうしていないのには当然の如く理由が存在する。

 

「独力で乗り切るまで放っとこうぜ?」

 

 その理由は端的に言った恵里の言葉からも明らかだ。

 確かに彼らはパーティーを組んでいる。及ばぬ部分をフォローしあうのも大切だろう。――だが、こうして戦場に身を置く以上、同時に彼らは一己の戦士だ。個人の強さも求められる。

 いついかなる時でも援護が出来るわけでもない。似たような状況下、独力で乗り越えなければならない場面が来ないとも言い切れないのだ。

 自分たちだけでも、問題なく相手取れている現状がある。ならば人情的にはどれだけ厳しかろうとも、独力で乗り越えるのを待つべきだ。……それもまた、実力を信用し、人格を信頼していなければ出来ないことなのだから。

 そうして相手取ることどれだけ経ったか。

 やがて鈴とアレーティアも再起した。これで残るは幸利のみ。

 

「チッ、清水のヤツはまだ起きねえのかよッ……!?」

 

 だからこそ不可解だった。

 元より、守るより攻めろ、という氣質な京弥が舌を打つのも無理はない。

 常日頃から、人懐っこい自分、という仮面を被っている鈴だ。積極的な様で――その実臆病。ハジメたちとの出会いを機に改善の努力は見られるが、それほど実ってはいないのが実情だ。

 もう一方のアレーティアは、つい最近まで三百年以上も闇の中で孤独に封印されていたのだ。前向きな覚悟を示したとはいえ――早々すぐに吹っ切れるわけもない。

 よって、この二名の再起に時間がかかるのは分かる。

 確かに幸利も、兄弟との確執、友人に恵まれない、と幼い時分には心の弱さを攻められる隙間がある。――だが、それを加味しても時間がかかりすぎているように思える。

 個人の事だし、所詮、周囲に出来るのは想像でしかない。そして、想像は想像だ。個人の受けた現実とは比べようもない。……そう言われたなら、そこまででしかないのだが。

 

「あん?」

 

 そんな時、黒頭龍の挙動がおかしくなった。その身を停止させ、かと思えば振るわせ、仲間である筈の青頭龍に攻撃をしかけたのである。

 

「悪い、掌握すんのに手間取った」

 

 誰しもが怪訝な表情を浮かべる中――何事もなかったように起き上がった幸利は、開口一番にそう言った。

 何と幸利は精神的な干渉をしてくるのを利用して、逆にこちらからも干渉。ついには黒頭龍を乗っ取ったのだ。

 流石の幸利というべきか。折に付けては――

 

「糸を使って操るのが二流。糸を使わず人をも操るのが一流。そして超一流たる真の傀儡師は糸を使わず人以外をも操る」

 

 ――と持論を述べるだけはある。

 幸利は超一流の傀儡師として、実証して見せたのだ。

 それでも、闇魔法という慣れない分野だけあって、掌握するのに時間がかかってしまったようだ。――いや、総合的に見れば逆に短いと言えるだろう。

 

「待たせたな村正。……我慢は終わりだ。さあ、鎮魂歌を奏でろ。魔神斬!

 

 それぞれが結果を示して見せた以上、最早厄介な回復役である白頭龍を放置する理由もない。浩介は村正に命じその陰氣を解放、自らの氣をも乗せた一刀を繰り出す。

 鬼神の如し、と謳われる剣閃は過たず白頭龍を両断。……ばかりか、全ての首を繋ぐ胴体をも両断せしめた。

 回復役がいなくなっては、最早結末は見えている。

 これまでの鬱憤を晴らすかのように、一分足らずで全ての龍は仕留められたのだった。




魔神斬の神の字は原作では『神の下に人』となってます。変換しても出ないので神で代用してます。
本作のヒュドラは迷宮に入ってからの行動を分析しており、また攻略人数によって強さの上限が上がる設定です。
銀さんの出番はなくなりました。
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