「皆、少し相談があるんだが良いだろうか?」
そう言ったのは光輝だ。鎧の類を脱ぎ捨て、今はすっかりラフな格好である。
危険蠢く大迷宮においては自殺行為甚だしいが、現在一同がいる場所に限ってはその心配もない。
多頭龍を倒した後、独りでに扉が開き、その奥にあったのがここ――解放者の一人、オスカー・オルクスの住処である。……隠れ家の方が正しいかもしれないが。
広大な空間を持つ、住み心地の良さそうな住居だ。
空間の頭上には太陽の様にも月の様にも変わる人工の球体と星の如く煌めく数多の明かり。……長時間迷宮に潜ったことで昼夜の感覚が無くなっていた一同には、これが殊の外ありがたかった。
一角では天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、滝の様相を示している。落ちた水は川へと合流して、奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の齎す清涼な風が心地良く、川には魚も泳いでいた。
川から少し離れれば大きな畑が広がっている。その周囲には家畜小屋。現在は何も植えられておらず、動物の姿もないが、その割に清掃は行き届いている。種を植え、動物を連れ込めば、今からでも十分に機能するだろうことは想像に難くない。
外だというのに天蓋付きのベッドが用意された区画もあった。おそらくは涼しい時期に美しい星空を眺めながら眠るためだろう。
住居の一階にはリビング、台所、トイレが用意され、他にも多くの個室があった。その何れにもベッドが用意されていたことから、同じ解放者の仲間用だと思われる。最後には七人しか残らなかったそうだが、その前にも仲間はいたのだからおかしくはない。
廊下を進むと奥には一つの扉があり、それを開けば露天の浴場である。暫くぶりの風呂を一行が堪能したのは言うまでもない。
二階に広がるのは書斎と工房である。書斎には住居の施設設計図やオスカーの手記があり、工房にはオスカーの作成したアーティファクトや素材類が保管されていたほか、一室には維持管理用の自律型ゴーレムの姿があった。
三階にあったのは一室のみ。中央の床には七、八メートルほどの精緻繊細な魔法陣が広がり、その奥には豪奢な椅子に腰かけた躯が一つ。既に白骨化しているが、神代から経た歳月のわりには見事に原型を留めている。纏っているローブも同様だ。……ゴーレムによる維持管理の賜物だろう。
魔法陣の中央に入れば仕掛けが発動し、オスカー自身の記録映像によるメッセージが流れた。感覚からして迷宮に入ってからのことを精査されたのだろう。試練というだけあって、資格なしと判断された者にはメッセージが流れないのだろうと思われる。……その仕掛け上、一人ずつ入る必要があったのは難点だが。同じメッセージを何度も語るオスカーは非常にシュールだった。
その後に魔法陣を通して神代魔法の一つ“生成魔法”の先天技能を刻み込まれた。魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法である。一言でいえばアーティファクトを創る魔法だ。
向き不向きはあれど、全員が得られた時には思わず安堵したものだ。
この中ではハジメと幸利が格段の適性を示した。それも当然だろう。錬成師と人形師だ。どちらも物作りを生業とする者ゆえにおかしくはない。
部屋の机には指輪の置かれたケースがあり、魔法陣と連動しているようだった。何もなかったはずなのに、オスカーのメッセージが流れる度に指輪が出てくるのだからそうとしか思えない。
「なるほど、オスカーはこの様に攻略の証を残したか」
それを見て感心したように言ったのは天誡である。
聞けば、どの迷宮にも攻略の証として、神代魔法の他にそれぞれを模った指輪が用意されているらしい。そして迷宮の中には指輪がないとそもそも挑めない場所もあるとか。【ライセン大迷宮】では説明と共にミレディから直接渡されたため、オスカーの躯を見た際にはどうやって渡すのか気になっていたそうだ。
そんなこんなで時間が過ぎ、安全な場所で一泊。心身共に休息をとり、風呂にも入ってリフレッシュ。
住居に残されていた衣服に着替え、朝食を堪能した。メニューは多頭龍の肉と魚、いつかの階層で獲得した果物である。久しぶりの魔物肉以外の食料に、中には涙を流す者までいた。
光輝が先のセリフを発したのはそんな時だった。
「相談って?」
「俺から話そう」
光輝の代わりに口を開いたのはメルドだ。
仲間を救出し神代魔法を得た以上、メルド等にとって長居をする理由はない。時間制限もあるので尚更だ。
まあ、時間の感覚が曖昧なので、最早過ぎてる可能性も否めないが。……なおハジメのスマートホンも既に充電が切れている。【ライセン大迷宮】を攻略後、ほぼそのままでここに挑むことになったのだから当然だ。充電ケーブルと変換器は安全なホルアドの宿の中である。
そんなわけで、すぐにも光輝、龍太郎、メルド、レオンの四人はここを出るつもりである。
「王宮に報告もせねばならんのでな。その際、少数精鋭による七大迷宮攻略の組織を上奏するつもりだ。……こうして七大迷宮と神代魔法が繋がった以上、魔人族の攻勢もあり間違いなく許可は下りる筈だ」
「だが、ここで一つ問題がある。俺たちは王国の世話にはなっているものの、その功績は直接王国に帰依しない。攻略組を組織したとして、まず間違いなく王国の人間が同行するだろう」
「ここを攻略した者の一人として言わせてもらうなら、僕やメルドならともかく、それ以外はほぼほぼ足手纏いと言っていいだろう。
それに立地上、うちの国にはエヒトの信奉者も多い。その点でも迷宮攻略には向いていない。……解放者側の視点とはいえ、迷宮を攻略すると必ずエヒトの真実に直面するわけだからね。場合によっては狂乱してこちらに刃を向けかねない」
「それを防ぐためにも、俺か殿下のどちらかが同行出来るように働きかけるつもりだ。まあ、十中八九殿下が同行することになると思うがな。
ここにいて言うのもなんだが、俺は立場上、長く国を空けられんのでな。――だからこそ、今の立場から外される可能性もまた否定出来んのだが……」
その言い分は理解出来る。
世界各地に散らばる大迷宮だ。個人個人で挑むよりは、王国の支援を受けられる方が遥かに良い。
そしてスマートに王国の支援を受けようとするなら、やはり王国縁の者の同行は否めない。
現状を加味すれば、魔族への対抗手段、というだけでも支援に値するかもしれないが、それでは国が成り立たない。危機感はあれど、未だ危急存亡の秋ではないからだ。何よりも、勇者一同の生活費を今以て賄っている実情がある。それも王宮にいる間は最高級の待遇だ。国庫にも未だ余裕はあろうが、流石に度の過ぎた出費ばかりもしていられまい。
王国としても将来性を考えるならば、自国の者が攻略をなした、という事実がほしいはずだ。それならば支援する名目が立つ。
七大迷宮の攻略者。たとえ一角でもそれを成したなら、確かな偉業に他ならないのだ。全てを攻略したのなら、その評価は如何ばかりか。
攻略の一員が自国の者であるならば、民の求心に他国への牽制と得られる効果は計り知れない。目途が立たないのであれば支援するのも乗り気にはなるまいが、既にメルドとレオンがこうして実績を出している。まず間違いなく、王国は支援してくれるだろう。
その一方で、世界各地に赴く以上、大人数での行動は向かない。行動速度に遅れが出るのもそうだが、何より王国が支援するにも限りがある。
各街や村に協力するよう便宜を図ったり、数人程度の宿代や薬代、食事代を持つ程度なら問題はないだろうが――人数が増えればそれとてバカにならないのだ。
「そしてここからが本題だ」
相談とは、報告に何名か同行してほしい、というものだった。具体的には落下組と救出組から数名ずつである。特に天誡には必ず同行してほしいようだ。
「迷宮からの落下に加えて真なる迷宮の攻略だ。自分でいうのもどうかと思うが、如何に勇者の仲間とはいえケガを負って動けない可能性は王宮としても否定出来ない。――だが一人も連れて行かないのでは、報告に信憑性が生まれない。
いや、ステータスプレートに生成魔法の記載がある以上、結果への信憑性はあるだろう。――しかし、その過程への信憑性が生まれないんだ」
「アレーティアが仲間になった以上、これからのためにも彼女のステータスプレートは必要になる。――が、アーティファクトだけあって相応の手続きが必要になる。加えて、そのステータス値だ。物がないので確かなことは言えんが、それでも他の面子を参考に仮定することぐらいは出来る。……バカ正直に入手しようとすれば、間違いなくひと悶着はあるだろう」
「それを防ぐための、落下組の同行だ。同行する者たちには、ステータスプレートを隠し持ってもらう。状況を加味すれば落下の際に失くしたとしても不思議はないし、勇者の仲間だけあって身元は確かだ。なにせエヒトが召喚したんだからね。自然、再発行にも大した手間はかからない」
「そうやって余分に手に入れた分を、アレーティアや今後仲間になるかもしれない者たちに渡す。……こうして彼女が仲間になったんだ。迷宮攻略を進める上で仲間が増えないとも限らない」
「救出組が全員同行しないのも同じ理由だ。落下組の療養介護に廻ってると思わせることで、報告の信憑性を増すためだな」
「九角の同行は【ライセン大迷宮】を攻略した事実に由来する。報告の場に初の七大迷宮攻略をなした者の姿があって――既にその一角を攻略した者の姿が無いのは流石におかしい。実力が知れ渡っている分、尚更にな。
その点、南雲はその天職もあって、迷宮攻略に向けた準備をしている、と思わせることが可能だからな。同行しなくても特に問題はない」
その言い分にも、やはり筋は通っている。
そして天誡としても同行するのは望むところだった。
「俺は構わん。――【神山】にも用があるのでな」
「それは助かるが、【神山】に?」
「ああ。ミレディから聞いた話だが、【神山】もまた七大迷宮の一つらしい。……灯台下暗しとは正にこのことだな」
その言葉に驚かない面々はいなかった。
だが、言われてみれば納得は出来る。神への反旗を翻そうというのだ。信仰者の総本山にして、聖教教会のお膝元たる【神山】に楔を打ち込もうというのは別段おかしな話ではない。むしろ理に適っている。
「【神山】か……。俺も同行させてもらうぜ。――今なら、あの人形のことも分かりそうだしな」
「僕は遠慮させてもらうよ。移動手段を始め、創る物が多すぎる。潜水艇も含めてどれだけかかるか分かったもんじゃない」
『潜水艇!?』
「そう。七大迷宮の一つ、【メルジーネ海底遺跡】は文字通り海底にあるらしいからね。必要でしょ?」
まずは幸利が同行を願い出て、ハジメは残留を希望した。……残留理由に他の面々は揃って驚愕の声を上げたが。
「ボクはどうするかな……? 戻ってもいいんだけど、試してみたいこともあるんだよね。ただ、清水君の協力が必須だし、かといって戻れば自由行動も早々出来なさそうだし……」
迷いの声を上げるのは恵里だ。
ここにはオスカーの遺骨が存在する。それもほぼ十全な形で。
降霊術の触媒としてこれ以上はない代物だ。これを用いることで、まず間違いなくオスカーを降ろすことは出来る。――だが、それだけでは足りない。降ろしたところで器がないのでは、その能力を十全に発揮することは出来ない。
そこで幸利の出番だ。彼にオスカーを模した人形を創ってもらい、骨を埋め込む。その上で降霊を行えば、それはオスカー・オルクスに相違ない。
解放者の中心的人物ともなれば、その戦力は計り知れない。ここにあるアーティファクトの類を見てもそれは明らかだ。
たとえ協力を得られなくても、それならそれで構わない。敵になりさえしなければいいのだ。
こちら側に恵里がいるように、相手側にも降霊術師がいて不思議はない。そして降霊術師の真価は、実在した実力者を降ろせることに他ならない。
一般に魔人族は人族や亜人族を見下しているらしいが、それが全ての筈もない。少し目端の利く者ならば、七大迷宮の創設者を降ろさない筈はないのだ。その強さは縛り具合にも左右されるが、仮に実行されたなら厄介なことこの上ない。
それを防ぐためにも、やはりオスカーの降霊はやっておきたい。――が、即戦力を求めるならすぐには出来ない。
そして恵里の立場上、王宮に戻ったら再度ここに来るのは厳しい。イシュタルを通して流布させた話により、彼女は神の一柱で通っているのだ。こちらに来てそれほど経っていなかったこともありホルアドへの同行は出来たが、現在は既に結構な時間が経っている。
勇者たる光輝もそうだが、その活動には民への慰撫も求められる。それが求心に繋がるからだ。
いま恵里が王国へ戻れば、リリアーナ、光輝、愛子辺りと組んで慰撫活動を求められること請け合いだ。
「うん、ボクも戻るよ。どっちみちすぐには降霊出来ないし、機会が無いわけじゃない。――心構えさえしておけば、敵に回られてもどうにかなるだろうしね」
暫く悩んだ後、こうして恵里の同行も決まった。
その後は然程時間がかかることもなく、順次決まっていった。
落下組で残るのは重吾、淳史、健太郎、綾子の四人。戻るのは龍真、優花、妙子、奈々の四人である。
救出組で残るのはハジメ、浩介、京弥、香織、雫、鈴の六人。戻るのは天誡、幸利、光輝、龍太郎、メルド、レオン、恵里の七人である。
ステータスプレートを持たないアレーティアは、面倒事を防ぐためにも、迷宮攻略組が再度ここを訪れるまで自然と残留である。
人選の理由は天職と実力にある。
重吾と淳史は前衛職であり、その実力は未だ途上にある――と王国には思われている。女性陣を護る中でケガを負ってもおかしくはない。
健太郎は後衛の土術師だが、同時に男でもあるのだ。同じく少女を護って傷を負っても不思議はない。
同じ男だが、龍真の実力は落下組の中でも飛びぬけている。そも自分から進んで飛び降りたのだ。それらを加味すれば、療養組に回すのは不自然極まりない。
療養介護という理由から、治癒師の綾子が残るのは当然だ。
同じ理由で救出組から治癒師の香織と結界師の鈴が残る。
ハジメは既に述べた通りだ。
浩介、京弥、雫の三人は、平たく言えばパシリである。
ハジメは錬成に精を出さねばならず、素材調達まで手が回らないのだ。
移動手段や潜水艇を創るに当たり、何がどれだけ必要になるかなど今の時点で分かる筈もない。自然、素材を求めて各階層を行ったり来たりすることになる。――しかしてハジメにはその余裕がない。それを補うための三人なのだ。
優花については最後まで紛糾したが、結局は戻ることになった。この隠れ家には魚もあるため、必ずしも優花がいなければ食事が出来ないわけではないからだ。どのみち魔物肉には飽きが来ているし、普通の食事が出来るのならそれに越したことはない。……優花が残る意義は薄いのだ。
「では、また会おう。――まあ、現状では再会にどれだけかかるか分からんがな」
「合流自体は無理に急がなくてもいいけど、余裕があったら種や動物なんかは早めに持ってきてもらいたいかな? 魚だけじゃ、そのうち飽きるだろうしね」
「だったら、冒険者登録をすればいいよ。この魔法陣がどこに出るかはまだ分からないけど、近辺には街か村がある筈だ。……解放者がここを利用していた頃は、食材補給の必要もあったろうしね。時の流れと共に消えた可能性も否定は出来ないけど、そも町や村は立地が良いから出来るのが大半だ。形を変えて残っている可能性の方が高い。
そして今は大概の町や村に冒険者ギルドが存在する。登録に手数料はかかるけど、そこらの魔物を狩って素材を持っていくだけで十分な筈だ」
「参考にさせてもらうぜ。――またな!」
別れと再会を願う挨拶を交わし、王国帰還組は魔法陣の中へと消えていった。
再び書き溜めに入ります。
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