ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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4章:準備期間
1話


「なぜにございますかッ!?」

 

 広間に男の怒号が響いた。

 しかして、部屋の広さとは正反対にその場にいるのは僅かに二人。今しがた怒声を発した地に膝を着けた男と、その視線の向く先――御簾の向こうで椅子に腰かける存在のみ。

 地に膝を着けた男の髪は真紅、肌は浅黒く顔立ちは精悍。体勢とは裏腹に、纏う空気は威風堂々たるものがある。

 それもその筈。

 男の名はフリード・バグアー。魔人族の将軍であり、七大迷宮の一つ、【シュネー雪原】は【雪原洞窟】を攻略した魔人族きっての実力者である。

 現在の情勢における魔人族の攻勢は、この男が【雪原洞窟】を攻略し、神代魔法の一つである“変成魔法”の技能を手にしたことに端を発している。

 それほどの男が膝を着く相手など一人しか在り得ない。自然、場所も明らかとなる。

 そう。

 ここは魔人族の国であり、王の居城は謁見の間である。

 

「確かに、人間どもは上位世界より勇者を――のみならず、その世界の神をも召喚したとの噂にございます。

 ですが! 噂は所詮噂にすぎませぬ。如何ほどの信憑性がございましょうか。

 真実噂が正しく勇者が召喚されていたとして、その実力は懐疑の一言に尽きます。……人族に優れた者がいることは私も認めるところであります。――しかし、我ら魔人族が総合的に優れていることは、他ならぬ歴史が証明してあるのです!

 何も、今すぐに我らも“勇者召喚”をする必要はございませぬ。それでは我らが、姿も見たことのない者に怯えていることとなります。そんなことをしてしまえば、こうしている今現在も人間どもを攻めるべく作戦を展開している兵士諸君が哀れでなりませぬ。――少なくとも、一度じかに当たり、直接その実力を確認してからでも遅くないと愚考いたします!」

 

 フリードは懸命に、今しがた発せられた命令の撤回を求める。

 端から見れば不忠もいいところだが、フリードには諦めるつもりなどなかった。先の命令を実行してしまえば、多くの兵士たちが戦う意欲を失くしてしまう。それでは待っているのは敗北だ。

 たった一人で出来ることなどたかが知れている。それはフリードもそうだし、勇者も変わるまい。基本、単騎で出来るのは戦術的勝利が精々だ。戦闘であればそれも構うまい。――しかし、今現在おこなっているのは、戦闘ではなく戦争なのだ。そして戦争では、戦略的勝利を重ねた方が最終的な勝者となる。

 たとえいま一時不敬を買おうと、勝利を迎えるために進言を厭わないのが真の忠誠である。……フリードはそう信じ、それを実行しているにすぎないのだ。

 

「――――――――」

「ハッ、ありがとうございます! このフリード・バグアー、己が身を以て勇者どもの実力を確認して参ります!」

 

 フリードの願いは通じたようだ。

 新たな命を受けたフリードは立ち上がり、意気も新たに部屋の出口へと踵を返した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ここは……【ライセン大峡谷】か」

 

 周囲を確認し、そう言ったのはハジメである。

 オスカーの隠れ家にある魔法陣で転移、移動先の洞窟を抜けての事だった。

 

「ああ、重力魔法を手に入れたっていう……。それで、ここから町は近いのかしら?」

 

 相槌を打ちながらも質問を返したのは雫だ。

 王国帰還組を見送ってから数時間といった頃合いである。

 本来、ハジメはオスカーの隠れ家にあった資料を読み漁り、今後のために錬成に精を出す予定であった。雫もその手伝いで各種素材を迷宮から調達する筈だった。

 それがなぜ迷宮を抜け出しているのか? 何のことはない。

 

「ちょっと町まで行って食料を調達してきてくれないかな?」

 

 隠れ家残留組の料理係である、香織の鶴の一声によるものだ。

 魔物肉から解放されるとはいえ、隠れ家にあるまともな食材は川を泳ぐ魚だけ。料理係とはいえ香織はプロの料理人でも何でもない。ちょっと料理が得意な一介の女子高生に過ぎないのである。当然ながらレパートリーなどそう多くない。――遠からず飽きが来るのは目に見えている。

 ならば食材の調達は必須である。

 幸いにして隠れ家の一角には畑もあれば家畜小屋もあった。トータスの生育が分からない以上、もしかしたら植えてそう時間を取らずに回収できるものもあるかもしれない。そして鶏くらいなら町で買えるかもしれない。

 望みの物があるかはともかく、一度は町に行かなければならない。そしてこういった行動は早ければ早いほどいいのだ。

 未だ以てトータスでの通貨を持っていない残留組だが、そこはレオンの言葉を信じるしかない。

 そこらの魔物を狩って冒険者ギルドへ持って行き、冒険者登録をしつつ買い取ってもらうのだ。身分証明はステータスプレートで事足りるし、異常なステータスも隠蔽することが出来る。

 それだけなら態々ハジメたちがする必要もないのだが――如何せん候補がハジメ、浩介、京弥、雫の四人しかいなかったのだ。

 魔法陣の出口が分からないことに起因した。

 言い訳までつけて隠れ家に残留しているのだ。意気揚々と迷宮を抜け出し、近くにあるのが王国近郊の町だったら目も当てられない。情報などどう伝わっていくか分からないし、彼らの名前が名前である。地球の日本から召喚された彼らの名前は、トータスのそれとは明らかに響きが違う。

 少し大きな町であれば、入る際にステータスプレートの提示を求められる。勇者召喚が広く知れ渡っている以上、門番が多少でも目端の利く人物であれば名前の報告を上げる可能性は否めない。その名前が療養介護で迷宮に残留している筈の者であった場合、遠からず面倒事が起こるのは避けられなくなってしまう。

 それを防ぐにはハジメたち四人の何れかが動くしかないのだが、ここで必然的に浩介が外れることになる。彼の存在感の無さは筋金入りだ。買い出しなど望むべくもない。やってやれないことはないだろうが、通常よりも時間がかかることは否めない。

 もう一方の京弥は普段の言動の荒さが問題となる。

 好き好んでケンカを売る人物ではないし、冒険者とて人格面がランクの査定に響く以上、早々ケンカを売ってくることも無いとは思う。――が、それを望めるのはあくまで一定ランク以上の相手になるだろう。低ランクで燻ぶっているような人物には望むべくもない。

 確かに京弥はケンカを売ることは少ないが、売られたケンカは嬉々として買う男なのである。

 よって、あらゆる意味で問題が起こるのを防ごうと思えば、候補はハジメと雫しかいないのだ。何れは浩介と京弥にも冒険者登録をしてもらう必要はあるだろうが、それは無理にいま行う必要はない。少なくとも、実際に町の様子を確認してからで十分だ。

 まあ、雫も雫でその見目麗しさから絡まれる可能性は否定出来ないのだが、それを言い出したら限が無くなってしまう。

 起こり得る問題を頭を振って追い出し、ハジメは雫の質問に答えた。

 

「この近くだと……【ブルック】になるかな?」

 

 以前に来た際を思い出し、頭の中に地図を浮かべる。

 大きな街としてはブルックの西、【グリューエン大砂漠】方面へ向かえばその途中に中立商業都市【フューレン】があり、更にその西へ進めばホルアドがあった筈だ。……まあ、以前は馬車を使って駆け通しの強行軍だったから大雑把でしかないのだが。

 

「そ、じゃあ行きましょう」

「そうだね」

 

 と呑気な会話をしている二人だが、ここは【ライセン大峡谷】の谷底である。一般に危険地帯と言われるだけあって、すっかりと魔物に囲まれていた。

 

「ま、予定通りっちゃ予定通りだけどね」

 

 何ら気にすることなく、そう言ってハジメが腰から抜いたのは一振りの日本刀だった。その刀身は虹の如く多色に煌めいている。一見しただけでは、変わった日本刀にしか見えない。――だが、彼自身が使うべく創った物が、普通な代物のわけがない。

 刀身の反対側、柄の先端部分は魔力操作による開閉が可能となっている。普段は安全のためにも閉じているが、開けばそこにも刃が付いているのだ。それだけでなく、何と射出も可能ときた。そして本体とは、同じく魔力操作で伸縮可能なワイヤーで結ばれている。

 分類としては撃剣になるだろう。……そう、三國で無双な作品に登場する某軍師の武器をモデルとしたものだ。

 ハジメのメイン武器は銃だが、やはり近接戦にも憧れはある。ステータスが上がり近接戦にも耐えられるようになったのだから尚更だ。

 オタクであるハジメ的にガンカタは垂涎の的である。――しかして、今ある霊銃は青龍一丁のみだ。これではガンカタが出来ない。

 悩みに悩んだ末、ハジメの至った結論が――

 

(よし、僕個人のガンカタを完成させよう!)

 

 ――であった。

 幸いにしてここはトータス。銃に至っては存在すらしていない以上、何も元ネタに拘る必要はないのだ。銃の型ではなく、銃と刀という意味合いでのガンカタを用いればいい。

 とはいえ、普通の刀では物足りない。スタイリッシュアクションはガンカタの必須要素である。これを捨ててしまえばガンカタではない。

 妙な拘りの下、ハジメの頭に浮かんだのが撃剣である。あれならばスタイリッシュなことこの上ない。

 しかし、撃剣はその仕様上、どうしても両手が塞がってしまう。片手に銃、片手に刀のスタイルでなければ、新たなガンカタにもならない。

 結果として創られたのが、錬成の技能に物を言わせたギミック搭載のコレである。――だが、溢れる欲求だけで創ったわけでは断じてない。

 今現在こうして魔物に絡まれている様に、戦闘は何も迷宮のような人目に付かない場所だけで起こるわけじゃない。

 そして前述の通り、トータスに銃は存在していない。

 ならば、よほどの相手ならばともかく、そこらの相手に銃を使うわけにはいかない。そして人目に付きやすい場所で使うわけにもいかない。敵に知られてしまうばかりか、味方に分類される相手からも絡まれるのは目に見えている。

 機構は複雑極まりないが、究極的には量産可能な武器なのだ。早々作れるとも思えないが、可能性は否定出来ない。……である以上、おいそれと銃を使うわけにはいかない。

 仮名文字くらいならまだしも、こんな物をトータスに広めるわけにはいかないのだ。戦場の在り様が一変してしまう。少なくとも魔法使いを仕留めるに当たっては、弓矢よりも遥かに便利だろう。

 銃が使えないとなれば、ハジメに残された武器は風しかない。それだけでも大概はどうにかなる自負はある。――が、これから先、何れ向かうであろう【グリューエン大火山】の存在が、風だけを武器とするのを躊躇わせる。

 火山である以上、相対する魔物の属性として考えられるのは当然火だ。だとしても、肉体の在る魔物であれば、風だけでも何とか出来るとは思う。だが、火そのもので創られた魔物であれば、正直言って自信はない。

 銃を使ってもそれは同じだ。青龍の名の通り、氣弾の基本属性は木行となる。実弾を使えばその限りではないが、やはり弾数が心許ない。

 普段の移動手段に潜水艇と、ハジメが創らなければいけない物は多いのだ。この先の状況次第で更に増える可能性もある。実弾作成も慣れてはきたが、かけられる時間が不明瞭なのはネックだ。

 そういった理由もあり、遠からずハジメは新たな戦闘法を模索する必要があったのだ。

 この撃剣自体は迷宮で淳史の曲刀を創る際、一緒に創っていた物である。――ただし、刀身部分は多頭龍を混ぜ合わせて創った物と交換してある。

 解体時に気付いたのだが、実は多頭龍は六頭ではなく七頭だったのだ。白頭龍が回復と体当たりしか行ってないので妙だとは思っていたのだが、胴体部分に銀頭龍が隠れていたのである。おそらくはこの銀頭龍が攻撃担当の光属性だったのだろう。……まあ、潜んでいたからこそ浩介の一刀でアッサリと仕留められてしまったわけだが。

 現時点で浩介のみが保有する技能“死神”の効果である。

 

『不意打ち成功時、如何なる相手に対しても確率で致死へと誘う。知名度の高さで成功率に補正がかかる。――暗殺者の頂点へ立つに値する者へと与えられる称号』

 

 これがステータスプレートに表示された“死神”の説明である。浩介の特性も相俟って、これほど単純明快にして強力無比なものもそうはあるまい。

 おそらくはこちらへと不意打ちを仕掛けるべく身を潜めていた銀頭龍は、だからこそ逆に不意を打たれる形となり、この効果によってそのまま仕留められてしまったのだろう。

 ともあれ、多頭龍は【オルクス真迷宮】最後の試練だけあって相応に手強かった。トータスにおける全属性である光、闇、火、水、風、土を一体で全て兼ね備えているのだから、当然といえば当然だ。

 そんな魔物だけあって、素材としても一級品である。これを使わないなど勿体ない。

 上記の理由もあったハジメは、これを均等に混ぜ合わせることで全ての戦場に対応出来るようにしたのである。この撃剣の刀身は、文字通りに全ての属性を帯びているのだ。 

 創ったはいいものの、危険な【オルクス真迷宮】では使う余裕のなかった撃剣の刀身部分と交換。実戦で使用出来るように仕立て上げた。

 王国帰還組を見送ってから数時間経過しているのには、これの作成に用いたからでもある。

 普通の鍛冶と違い叩き等がない分、錬成は風情がない。――しかして、普通の鍛冶より時間がかからないのは有難い。

 まあ、何事も一長一短である。

 

「よっと」

 

 柄の刃を射出する。これが相手に刺さったらワイヤーを伸縮させ、相手の方へ自分が向かうか、或いは相手を引き寄せるかの二通りだ。

 ハジメの脳裏にスタイリッシュな動きをする自分が浮かび、思わず笑みを浮かべる。

 

「……え?」

 

 その期待は一瞬で裏切られた。

 何と刃は相手に刺さるどころかその頭部をアッサリと貫通――どころか粉砕し、そのまま飛んでいく始末である。重量的にはハジメの方が上なのでそのうち自然落下したが。

 

「……残念。想像以上に相手が弱すぎたみたいね」

 

 雫がハジメの肩をポンと叩く。端的なその言葉が、何よりも事実を表していた。

 

「ちっくしょおおおッ!」

 

 慟哭しながらも、ハジメは刀を振り廻して周りの魔物に八つ当たりした。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「止まってくれ。ステータスプレートの提示と町に来た目的を」

 

 八つ当たりのまま襲ってきた魔物を狩りつくし、その素材を回収。一路駆け抜け、現在はブルックの入り口である。

 ステータスの恩恵か。最早二人の走行速度はそこらの馬車など及びもつかない。体力もあるので早々疲れることもない。結果、そう時間を経ずに辿り着いた。

 

「食料の調達がメインですね。ある迷宮を攻略したはいいんですけど、仲間が何人か動けなくなってしまって。こうして個人個人でならともかく、まとまっては暫くそこを動けないんですよ」

 

 門番へと如才なく理由を述べ、ハジメと雫は数値と技能欄を隠蔽した上でステータスプレートを提示する。

 ある程度まで語っているのも、仮にこの先調べられた際、突っ込まれるのを防ぐためだ。これなら王国へ挙げた理由とも合致する。また、何も迷宮名や仲間の個人情報まで告げる必要もない。

 

「錬成師と……トリックスター? 聞いたことのない天職だな?」

「ああ、私は剣士とかみたいにコレ一本って戦闘スタイルじゃないのよ。それで以て修めたモノはどれもこれも高純度で出来るし、自然と相手によって術理を変えることになるわ。……だからじゃないかしら?」

 

 雫もまた如才なく答えた。戦闘スタイルを言うのは好ましくないが、この程度ならまだ許容範囲だ。

 

「なるほどなぁ。まあ、錬成師もある程度のグループになればいてもおかしくないからな。

 ん? 冒険者登録をしてないようだが?」

 

 門番は雫の説明に納得するも、更に目敏く突っ込んできた。

 二人の説明から冒険者グループの一員だろうと想像するのはおかしくない。だからこそ、職業欄が空白であれば確認せざるを得ないだろう。

 

「ほら、冒険者登録をするのにも手数料がかかるじゃないですか。人数が人数なんで、それを稼ぐためにも安全な迷宮で稼いでたんですよ。そしたら、何の因果かトラップが発動してしまって……」

「ハハッ、そいつは災難だったな。――いや、スマンスマン。笑い事じゃないんだが、新米なら得てして誰もが通る道だ。察するに誰も死んではいないんだろう? なら一つの教訓として受け止め、精進を重ねてくれ」

 

 ありがちだろうと思われる理由を説明したハジメだが、真実その通りだったのだろう。訝しげだった門番も、今はその表情を親しみあるものに変えている。……実際、その理由も完全な嘘ではない。クラスメイトが迷宮に潜り、実戦経験を積みがてら魔物の素材を集めていたのは本当だし、トラップを発動させてしまったのも本当だ。そしてハジメと雫が迷宮に潜ることになったのも、それに端を発するのだから。

 まあ、門番が表情を変えた最たるものはハジメと雫に邪気がないことに起因するのだが、二人にはそれを知る術はない。

 

「ゴホン。……通っていいぞ。ようこそ、ブルックへ」

「ありがとう。……ここの冒険者ギルドってどこだったかしら?」

「それなら中央の道を真っ直ぐだ。簡単な街の地図をくれるから、食料の調達はそれを参考にしてくれ」

「重ね重ねどうも。そうさせてもらいます」

 

 門番に礼を告げ、ハジメと雫はブルックの町へと入った。

 

「割と活気があるね」

 

 道を歩きながら、ハジメが町への感想を零す。

 現在は昼をとうに過ぎ、夜にはまだ早い時間帯である。

 それもあってか露店も結構出てるし、呼び込みの声、値切り交渉の喧騒は止むことがない。……かつて自分も商品を出したフリーマーケットをハジメは思い出した。

 

「確かにそうね。換金したら、全体的に見て廻りましょうか?」

「そうだね」

 

 会話しつつも歩を休むことなく進み。

 間もなく、一本の大剣が描かれた看板が目についた。その看板はホルアドでも見たことがあった。

 念のため、看板脇の文字も確認する。

 

「冒険者ギルド・ブルック支部。ご飲食も可能です。……ここで間違いないようだね」

「それじゃあ、入りましょうか」

 

 ギルド内は正面に受付カウンター、左側には飲食店が併設されており、飲食用の受付カウンターとテーブルに椅子がある。何人かが腰かけ、或いは雑談をし、或いは食事を取っていた。

 正面のカウンターにいるのは、笑顔を浮かべた恰幅のいいおばちゃんである。

 

(デキるね……ッ!)

 

 ハジメはそのおばちゃんに並みならぬものを感じ取った。自分も付き合いのある、細工店の店主を彷彿とさせる。

 

「褒めてくれるのは嬉しいけどね。そんなとこに突っ立ってないで早く来なさいな。――それとも、食事の方かい?」

「……いえ。すみません、いま行きます」

 

 やはり油断は禁物だ。デキる人は相応に勘も働くものであり、実際におばちゃんはそれを証明して見せた。――が、だからこそ信用出来る。

 

「改めて、冒険者ギルド・ブルック支部へようこそ。ご用件は何かしら?」

「素材の買取と二人分の冒険者登録をお願いします。登録料は買い取り額から引いてください」

「そりゃ構わないけど、その言い分じゃあアンタたち新米かい? 先に素材を出してもらって構わないかい? 登録を先にして、足りなかったらコトなんでね」

「まあ、当然ですね。……素材はこれです」

 

 言いつつ、ハジメはオスカーの隠れ家にあったバッグから素材を取り出す。【ライセン大峡谷】で狩った魔物のそれである。一般に危険地帯という認識なので、十分に足りるだろう。

 人目に付く場所で“宝物庫”を使うのは流石に躊躇われた。

 宝物庫とはオスカーが作成したと思しきアーティファクトである。隠れ家を漁ったところ、一つは三階、残りは一階の客室から計七個が見つかった。指輪に腕輪、首飾りなど形状は様々だが、共通して一センチほどの紅い宝石が取り付けられている。

 無機物に限り、宝石を通して用意された空間に物を保管しておけるという代物だ。早い話がRPGに登場する道具袋である。指輪に入れた物が腕輪や首飾りから取り出せたことを鑑みると、大元は別に用意されているのだろう。

 その数からして解放者の中心人物用だと思われるが、生憎と中身は空っぽだった。まあ、最終決戦に際し最大戦力が別行動をする必要もない。オスカーの分だけがあれば十分だったということだろう。一つだけ別の場所にあったのも納得出来る。

 

「コレは!?」

 

 素材を見たおばちゃんは驚愕の表情を浮かべる。

 その後、隅から隅まで丹念に確認。深呼吸を一つしてハジメたちへと視線を転じた。

 

「ふぅー。……ハイベリアにダイヘドア――【ライセン大峡谷】の魔物なんて早々お目にかかれる物じゃない。

 アンタたち、本当に新米なのかい?」

「冒険者登録をするのは本当に初めてですよ? ――ですが、それが直接の実力に繋がるとは限りません」

 

 おばちゃんとハジメの視線が真っ向から交わる。やりとりを丸投げしている雫も、その視線を外すことはない。

 言えない――というよりは、言いたくないことではあるが、疚しいことではないからだ。

 おばちゃんもそれを感じ取ったのだろう。両目を閉じて数秒ほど瞑目したのち、改めて話しかけてきた。

 

「解せない部分はあるが――疚しい部分は感じられない。

 大峡谷の素材は良質な物が多いからね。ありがたく買い取らせてもらうよ。手数料も買い取り額で問題なしだ。

 それじゃ、冒険者登録をさせてもらうからステータスプレートを出しとくれ。……これだけの物品だ。初回だけど一割増にしとくよ」

「ありがとうございます」

「良いって良いって。……じゃあ、暫く待っとっておくれよ?」

 

 二人分のステータスプレートを差し出し、待つこと暫し。

 

「はいよ、お待たせしました。買い取り額はこうなるけど問題ないかい? 中央ならもう少し高くなると思うけど……」

 

 戻ってきたステータスプレートを確認する。天職欄の横には職業欄が出来ており、冒険者の表記と青色の点。……色は冒険者のランクを示している。一番下が青で、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金とランクの上昇に合わせて色も変化するのだ。

 買い取り額は総計で四十万を少し超えていた。当場を凌ぐには十分な額だ。

 

「ええ、大丈夫です。仲間がケガをして療養している都合上、暫くこの近辺を離れられないので……」

「おや、そうなのかい? 不謹慎だけど、こっちとしては助かるね。良ければ、また素材を持ってきておくれ。

 その若さでその実力だ。アンタたちなら、もしかしたら金ランクまで行くかもしれないね?」

「ご期待に添えるよう頑張りますよ。――ところで、門番の方からこの町の簡単な地図がもらえると聞いたんですが……」

「ああ、ちょっと待っとくれ。……はい、オススメの宿や店も書いてあるから参考にしてちょうだい」

 

 手渡された地図は素晴らしい物だった。精巧かつ有用な情報が簡潔に記載されている。手書きであることも含め、無料とするには惜しい代物だ。

 

「本当に良いんですか、こんな立派な地図が無料で?」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるし、落書きみたいなもんさ」

 

 改めて確認するも、おばちゃんの返事はすげない。――しかし、おばちゃんが良くても、この地図にお金を出さないのはハジメが許せない。

 作成物の価値を決めるのは、何も本人だけではない。それを求める他人もまた価値を付けるのだ。手に職を持つ端くれとして、ハジメはこの地図にお金を出さずにはいられない。

 だが、おばちゃんが断る以上、お金は渡せない。仕事柄、無理に渡せば賄賂となって迷惑をかけてしまう。そして募金箱の類も見当たらない。

 こうなると、ハジメに思いつく手段は一つだけだ。

 

「雫、ちょっといいかな?」

 

 ハジメは自分の考えを雫に告げた。こればかりはハジメの一存では決められない。

 

「別に構わないわよ。足りなくなったらまた稼げばいいんだし、この程度ならすぐに稼げることも分かったしね」

「ありがとう」

 

 雫の許可を得たハジメは飲食スペースの中央へと向かい、叫んだ。

 

「今この場にいる客とスタッフ全員分の食事代、十万までボクが持つ! 余った分はこの建物の維持管理なり修繕なりの足しにしてほしい! コレはおばちゃんの地図に僕が価値を認めたからだ! おばちゃんへの感謝の形だ! 冒険者諸君もまた今この場にいる幸運とおばちゃんに感謝し、一層仕事に励んでくれ! 僕が望むのはそれだけだ!」

 

 そして今しがた受け取ったばかりの金から十万を飲食カウンターへと渡した。

 実際、地図自体には十万も出す価値はない。だが、言葉通りに無料ですませるのも気がすまない。そして否応なく地図へのお金を出そうとすれば、最早周囲を巻き込むしかないのだ。

 客だけへの奢りなら五万も出せば十分かもしれないが、それでは肝心のおばちゃんが食べられない。スタッフだけへの奢りもまた賄賂ととられかねない。――だが、客もスタッフも関係なく奢るのであれば、賄賂とは言い切れない。

 そして十万もあれば、この人数でも流石に幾らかは余るだろう。その分を維持管理・修繕費の足しにしてほしいと願うのなら、賄賂と結び付けるのは難しい。余る保証もないし、建物自体は冒険者も利用するからだ。

 おばちゃん個人ではなく、人や物も含めた冒険者ギルドという全体へ矛先を向けることで、目を眩ませよう。……そういう判断だ。

 

「………………」

 

 僅かな静寂。

 

「ちょっと、アンタ――」

『うおおおぉぉぉぉッ!』

 

 おばちゃんの声は歓声に掻き消された。

 

「まったく、アンタって子は……。でも、ありがとうよ」

「ちょっと大それた形になっちゃいましたが、この地図に価値を見出す者は僕以外にもいる筈です。その思いは受け取ってほしいんです。――直接に受け取れないのなら、募金箱でも設置することを勧めますよ?」

 

 食後。

 おばちゃんは呆れたような、嬉しいような、何とも言えない表情でハジメに礼を言ってきた。

 ハジメもちょっとした苦笑を浮かべ、自分の考えを述べつつ募金箱の説明もした。

 

「そうかい。それじゃあ、あとでギルド支部長にでも掛け合ってみるとするよ。――またこんな真似をされたら堪らないしね?」

「ええ、是非そうして下さい。――それじゃあ、僕たちはこれで」

「また何れ、素材を持って伺います」

 

 別れの挨拶を告げ、ハジメたちは建物を出た。

 

「すっかりと時間を取られちゃったね。今日は宿に泊まろうか?」

「その方が良いでしょうね。待っている皆には悪いけど、どっちみち今から買い物をしたところで……ね」

 

 時間的にはまだ夕方を多少廻った程度だとは思うが、店を畳んでいる露店も少なくはない。掘り出し物の類を見つけるのなら、露店の方が頼もしいだろう。

 

「それじゃあ、早速地図のお世話になろうか」

「オススメは――【マサカの宿】ね。……行きましょう?」

 

 ハジメと雫は、連れ立って本日の宿へと足を向けた。 

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