「見えてきたな、あそこがブルックの町だ。……ひとまずはあそこに寄り、諸々の所用をすませるぞ」
さて、ハジメと雫がブルックの町を訪れる数時間前の事である。
メルドを筆頭とした王宮帰還組もまた、例に漏れずブルックの町を訪れていた。
つい先ほどまで【オルクス真迷宮】に潜っていた彼らは、必然として現在の正確な日付が分からなくなっている。昼夜の分からない状況が長く続いたのだから仕方がない。
オスカーの隠れ家に時計は存在したが、流石に現在でも通じるカレンダーなどある筈もなかった。
メルドによると時刻を知らせるアーティファクトは元々種類別に何台か存在しているそうだ。特定の時間になると音を鳴らして知らせるため、非常に便利だとか。しかして、その何れもが相応に大型らしい。気軽に持ち運べるような代物ではないのだ。基本的には王宮を始めとした重要区画や、民の誰もが分かり得る広場などにしか置かれていない。
それでも国家錬成師の努力の賜物により、時刻が分かるだけでいいのなら、相応に時間はかかれども今では量産可能となっている。各町村に配られているのはこの量産タイプだ。まあ小型化までは叶わなかったそうなので、置かれている場所はやはり限られているのだが。
そんな事情では腕時計の類など望めるべくもない。遠方との連絡が直接に運ぶ文のやりとりなことからしてお察しの通り、連絡手段のレベルも相応だ。
ホルアドで迷宮に潜った冒険者の姿が一定期間内に再度認められなかった場合、冒険者ギルドによって死亡認定が下されるのもやむを得ないことなのだろう。――同時に、その事情ゆえにあくまでも仮判定で留められている。再度ギルドに赴き申請をすることで、容易く撤回出来るレベルでしかない。
ともあれ。
そんな事情もあって、まずは現在の日付を知るところから始めなくてはならない。また、迷宮に潜っている間の状況の推移を知る必要もあれば、食料や野営道具等を揃える必要もある。
急ぎであればこそ、まずは大なり小なり町へと寄る必要があったのだ。それによって更に急がねばならないのか、或いは比較的ゆっくりと出来るのかが分かれてくる。
その点において、魔法陣の出口が【ライセン大峡谷】だったのはありがたい。……まあ、町からそれほど離れておらず、それでいて人目に付かない場所など元より候補は少なかろうが。
一般に危険地帯と呼ばれる大峡谷も、オルクスを攻略した彼らにとっては如何ほどの事もない。ホルアドからの距離はあるが、それでもまだ王国の領土内であることに代わりはない。今の彼らのステータスなら、日数はかかれど走っても馬車よりは早く辿り着くことが出来る。
「止まれ、ステータスプレートの提示を――ん? ロギンス騎士団長閣下!? 失礼しました、どうぞお入りを!」
門番がこちらに気付きステータスプレートの提示を求めてくるも、メルドの姿を認めるや否や敬礼をして町への入場を促した。
メルドは王国の騎士団長であり、門番は王国の兵士だ。早々会えることもない雲の上の人物が相手ともなれば、そのかしこまった態度も分からないではない。
一方、同行するレオンは王子でこそあるものの、常日頃から民への慰撫や視察を行うリリアーナとは違い、王国の仕事を手伝うこともない。本人もまた冒険者として扱われることを望んでいる。……少なくとも、王国内ではそういった事情が広く知れ渡っていることに加え、門番も何度となくレオンには会っていることもあり、あまりかしこまった態度を取らないのだ。
その辺を理解出来ないメルドではないのだが、立場上、それを認めるわけにもいかない。
「バカ者! 騎士団長だの王子だの、相手の立場など関係ない。しっかりとステータスプレートを確認しないか! グループの場合、ステータスプレートを持っている者は全員分を確認し、持っていない者でもその名前を控えることを忘れるな! 言動に怪しい箇所があった場合も必ず問い質せ!
いつ何時、どこでどう魔人族が動いているのかも分からないのだ。普段からそれを心掛けて行動することが、ヤツらに対する抑止となるのだ。――分かったか!?」
「ハッ! 失礼いたしました! しかと確認させていただきます! それではステータスプレートの提示をお願いいたします!」
メルドの怒号がこだまする。
言っていることは尤もであり、門番もそれを理解したようだ。……これにより、数時間後にはハジメと雫が突っつかれることとなるのだが、今のメルドがそれを知る術はない。
「うむ。それで良い。……私と殿下を除いた他の者たちは、召喚された勇者一同だ。オルクスに潜っていたのだが色々とあってな。結果として攻略したは良いものの、その出口が【ライセン大峡谷】だったのだ。私たちがここにいるのもそのためだな。これが攻略の証となる。――ああ、その際の出来事で少女たちのうち三人はステータスプレートを紛失している」
言いつつも、メルドは自身のステータスプレートを提示し、オスカーの指輪を見せた。
「何と!? あの【オルクス大迷宮】をですか!? おめでとうございます、皆様方は我が国の誉れでございますな! ――確認いたしました。お返しいたします」
未だ誰も達成者の知られていない【オルクス大迷宮】だ。如何に騎士団長とはいえ俄かには信じがたい。だが、周りにいるのは金ランク冒険者であるレオンと、召喚された勇者一同であるらしい。勇者たちの正確な実力など定かではないが、エヒトの齎した救いである以上、一定の信用は寄せても良いだろう。広まっている噂も加味すれば、可能性は否定出来ない。見たこともない指輪も示された。
諸々を鑑みた上で、門番は驚きつつも納得し祝いの言葉を告げた。
その後、ステータスプレートに目を走らせる。技能とステータス値が隠蔽されている以上、表示されるのは名前と天職に職業のみ。問題らしい問題はない。
メルドへとステータスプレートを返した後、一同を見渡して門番は言った。
「それでは、他の皆様方もステータスプレートの提示をお願いします。女性の方々はこちらにお名前の記入を願います」
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「お帰りなさいませ、団長! お待ちしておりました! 皆様もご無事で何よりです! ――他の方々は?」
ブルックでのやりとりを経てから数日後、メルドたちはホルアドへと帰り着いていた。無事を知らせるために宿へと入って早々に部下からかけられたのが先の一言である。
「ああ、今戻った。安心しろ。ここにいない面々も全員生きている。ただ、流石に大なり小なりケガを負っている者もいるので、最奥にあった安全地帯で療養介護に努めているのだ。
重吾と健太郎、淳史が療養中で香織と鈴、綾子が介護に当たっている。ハジメを筆頭とした他の者たちは次なる大迷宮攻略のための準備だな。細かな違いなど俺にはよく分からんが、手に入る素材が地上とは雲泥の差であるらしい。
今は動けない面々も、動けるようになったら素材調達を手伝うらしいので、あちらとの再会はまだ先になるな。――ところで、騒がしいようだがどうした?」
メルドはその声に応え、カバーストーリーを語る。
次いで、こちらも疑問を訊ねた。……応えている間に気付いたのだが、今の宿はどこか常以上に騒々しいのだ。
「ああ、そうでした。実は――」
部下の語ったところによると、こうだ。
どういう経緯を経たのか――
『勇者一同は六十五階層を超えて遥かな下階層まで攻略して無事に生還した』
――という内容が噂話として広まっているらしい。
おそらくはギルドへと報告した内容が断片的に漏れ、それが一つの話として繋がった結果だろう、という判断になった。
救出に当たり王国へは黙ったまま出発したとしても、流石に冒険者ギルドにまで黙ったままではいられない。きちんとした経緯を説明する必要があった。
一応、傍聴に気を付けた密室内での報告となったのだが、どこかで漏れてしまったようだ。裏家業の人間であれば、そういった諸々を乗り越えて情報を入手出来る者がいておかしくはない。更には、人の口に戸は立てられぬ、とも言う。
元より完全な隠蔽など不可能なのだ。
当然、その可能性を心得ているメルドは、自分の出発と同時に王宮へも報告の使いを出している。流石に王宮にはきちんとした経緯を報告しなければならないからだ。
ただ、そこでメルド自身が報告に行ってしまうと、或いは救出が打ち切られる可能性も否定出来なかった。
勇者の仲間が五人以上だ。現状は成長途中だが、その成長率は凄まじい。王宮とて救い出せるものなら救い出したいだろう。
無論、メルドには救い出せる見込みがあった。龍真を筆頭に一部の並外れた実力をその身で知っていれば、躊躇する必要はない。――だが、王宮はその強さを情報でしか知らない。実感として認識していないのだ。落ちた面々は常識と照らし合わせれば死亡認定でもおかしくない。この上メルドまでも、となれば救出に踏み出さない可能性は否定出来なかったのだ。
だからこそ、メルドは報告を部下に任せたのだ。当然ながら自筆の文も渡してある。
王宮とホルアドの往復にかかる時間を鑑みれば、止めることなど最早不可能だ。
しかし、この様な重要事項の報告を部下に任せるのは、やはり背信行為と思われてもおかしくはない。メルドが職を辞する覚悟を決めたのもそこにある。
以上の事から、王宮は事の真実をきちんと知っているのだ。
問題なのは、その噂が隣国にして同盟国たる【ヘルシャー帝国】にまで届いたことにある。
真実とは異なれど、勇者一行が六十五階層以降から生還したのは、紛れもない事実なのだ。
ギルドに確認し是の返答をもらった帝国は、その事実を以て勇者一同への使者を出立させたのだという。
早馬を以てその事実を伝えられた王国は、ホルアドへと帰還の使者を遣わした。メルドや勇者が不在なことを知っていても、礼儀上、無視することは出来ぬからである。
だが、ここで問題が発生する。王宮は事の真実を知っているが、王宮から遣わされた使者はその限りではないのだ。
まあ、それも当然だ。この様な重要事項、ヘタに口外出来るわけがない。自ら遣わす使者相手でもそれは同じだ。
そうして使者が辿り着いてみれば、騎士団長たるメルドも、王子たるレオンも、勇者たる光輝も、救世主たる龍真もいなかったのだ。
いくら使者にせっつかれたところで、この場にいない以上は帰ることなど不可能だ。
加えて、一行が潜っているのは【オルクス大迷宮】ではなく、その更に奥にある【オルクス真迷宮】である。騎士を使いに走らせることも出来ない。ダメ元で【ライセン大迷宮】から帰還した騎士を走らせてはみたものの、表を攻略するので精々だった。――表を攻略出来ただけでも十分に凄いのだが。
そうして日が経つこと数日。
ヘルシャー帝国の使者が王宮を訪れるまで最早時間もない。明日か明後日には着くだろう。
一応、ホルアドに残っていた勇者の仲間たちは、一部を除き王宮へと帰らせた。未だ残っているのは檜山大介、近藤礼一、斎藤良樹、中野信治の四人のみ。
流石に事の発端となった檜山を返すのは憚られたのだ。後悔だけで反省の様子が見られないのでは尚更である。結果、檜山と仲の良い三人も残ると言い出した。
そんなわけで一応の面目は立つだろうが――肝心要の勇者がいない以上――やはり一応程度でしかないのだ。場合によっては同盟を打ち切られる可能性も否定出来ない。
困り切っていたところに、メルドたちが姿を見せた次第である。迎えた騎士の喜びも
なお、メルドたちが件の噂に気付かなかったのは、当人たちの姿を見た民衆が口を噤んだからだ。
メルドはその立場上、ブルックの門番と同じく一般庶民にとっては雲の上の人物だ。だが、騎士団の業務には王国領土内の視察も含まれる。決して目にする機会が無いわけではない。
レオンもまた、王国内においては冒険者としての姿が広く知れ渡っている。
そんな二人と一緒にいる以上、勇者かその仲間だろう、と光輝たちの見当を付けるのは民衆にとっても難しいことではない。
噂は所詮噂でしかないのだ。じかに当人に言って聞かせるのは憚られる。万一真実と異なれば、どうなるか分かったものではない。
民衆のそんな思惑もあり、メルドたちの耳には入らなかったのである。
「なるほどな。それは急ぎ王宮へと赴かねばなるまい。――お前たちも問題ないだろうか?」
部下の報告を受けたメルドは、ここまで同行してきた仲間へと訊ねる。
「無論だ」
「問題ないよ」
「大丈夫です」
「OKだ」
細かなニュアンスの違いはあれど、揃って問題はないようだ。ならば、今から向かうに支障なし。
「では、戻ってきて早々で悪いが、俺たちはこのまま王宮へ戻らせてもらう。――檜山たちのことは頼むぞ?」
「馬車がございますが?」
「不要だ。走った方が速い」
部下へと檜山たちのことを念押しし、一同は踵を返す。
使者が馬車の使用を訊ねてきたが、メルドはすげなく断った。言葉通り、走った方が速いからだ。時間がないのなら尚更である。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「お帰りなさいませ。光輝さん、義兄上、メルドに皆さんも、よく無事で戻られました。――あら、他の方々はどうされましたか?」
「ムッ、そうだぞ。香織の姿がないではないか!」
王宮に帰り着いた面々を二人の人物が迎えた。
利発さの窺える少女と、幼さの残る少年。――共にこの国の王女と王子である。王女がリリアーナ、王子がランデルだ。
「ただいま、リリィ、ランデル。そこら辺の経緯も含めて報告したいんだけど、陛下は謁見の間かな? 時間はすぐに取れそうだったかい?」
「すぐ、は流石に難しいと思います。私たちは皆さんの安否が気にかかっていたこともあり、ここ最近は入り口が窺える場所にいることが多いんです。なので、こうしてすぐ迎えに出ることが出来ましたが――父上は仕事がありますので。早くとも一時間は後になるかと……」
レオンの質問に対してリリアーナが答えた。
国王――エリヒドは仕事であるらしい。
「そうか。なら都合が良い。実は汗を流したくて堪らないんだ」
「言われてみれば、皆さん汗の臭いが凄いですね。普段が普段なので言われるまで気付きませんでした」
リリアーナの言葉はどうという事もない。レオンにしろ、メルドにしろ、勇者一行にしろ、鍛錬で汗を掻くのは珍しくもない、ということだ。
いついかなる時も身綺麗な状態で会えるわけもない。公の機会であれば話は別となるが、それ以外では汗を掻いた状態の一行と会うことなどザラである。
「ここ数日、割と走りっぱなしだったからね。野営時に身体を拭くくらいはしてたけど、それ以外はお察しさ」
「走りっぱなしって……馬車はどうしたのですか? ホルアドに迎えの使者を出した筈ですが?」
「可哀想だけど置いてきたよ。時間がないって話だったからね」
それを聞いたリリアーナは驚きに口を開けた。隣で聞いていたランデルも同様である。
「ま、そういうわけで僕らは汗を流しに行かせてもらうよ。――後でまた会おう」
「え、ええ……分かりました」
未だ驚き冷めやらぬまま、リリアーナは答えるのだった。
さて、汗を流した後は報告と上奏である。……当然ながらエヒトの真実やアレーティアについて触れることはない。
「まったく……。何とも難しい話を持ってくる。七大迷宮に神代魔法がな……。しかし、難しい反面――喜ばしいのもまた事実。
一つには、皆が無事に生きていること。
一つには、現実としてお前たちが神代魔法を手に入れたこと。
一つには、魔人族の攻勢――その秘密が明らかとなったこと。
上奏の件、許可するに吝かではない。――だが、細かな部分を詰めるのはまた後日だ。ヘルシャーの使者が来るまで時間がないのでな。まずはそちらを優先せねばならぬ。
いや、待て。一つ、この場で裁可を下すことがあった」
エリヒドはそう言って、ギロリとメルドを見た。その威圧感、歴戦の雄たるメルドをして並々ならぬものがある。
(ついにきたか……)
片膝を着き、頭を垂れながら、メルドは静かにその時を待った。
「ハイリヒ王国騎士団長――メルド・ロギンス!
その方、功と忠節特に篤きを認め、我――エリヒド・S・B・ハイリヒの名の下、ここに“
王族親衛隊。それは字面から想像されるものとは一線を隔す。
そも、王族の護衛だけなら近衛騎士団が存在する。――にも拘らず用意されている以上、その役職は相応の意味を持つ。
文字通りに、王族を護る最後の壁を役目とするのだ。そのために権力も跳ね上がる。
一騎当千の実力者にして、忠節篤き人格者。それが王族親衛隊に就く最低条件なのだ。……その条件の難しさから、ハイリヒ王国の歴史を見ても就いた者は少ない。
クビか、良くても降格を覚悟していたメルドにとって、寝耳に水以外のなにものでもない。
「……ハッ。メルド・ロギンス――王族親衛隊転属の任、謹んで拝命いたします!」
「うむ。これからも我らを支えてくれ」
「我が身命を賭して!」
呆けたままでもいられず、メルドは復唱した。
その後、王からかけられた言葉はメルドにとって歓喜に絶えぬものだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
その翌日にヘルシャーの使者は訪れた。
真迷宮攻略組と王国の重鎮、イシュタル率いる司祭数人、そして他ならぬ帝国の使者とその護衛数人が謁見の間に揃っている。
「使者殿、よくぞ参られた。勇者方の検分、存分にされるがよかろう」
「陛下、この度は急な訪問にも関わらず、お目通りのご許可を下さり誠に感謝いたします。――して、どなたが勇者様にございましょうか?」
「うむ、紹介させていただこう。光輝殿、前へ出てもらえるか?」
「はい」
エリヒドと使者による建前同士の挨拶が終わり、勇者――光輝が紹介された。
次いで、他の面々も紹介されていく。
「ほう、これはまた随分とお若い勇者様だ。聞けば、六十五層を超えてなお下層をも攻略し、生還されたとか。――失礼ですが、本当に攻略されたので? 私には武の心得がないからかもしれませんが、こうして見ても俄かには信じられないのですが……」
使者はそう言って訝しげな視線を光輝に向けた。
言い訳を付けてはいるが、紛うことなき挑発である。――しかし、その程度で光輝が揺らぐことはない。
「失礼ですが、それは護衛の方々も同意見でしょうか?」
光輝は冷静に矛先を護衛に向けた。
実力者は実力者を知る。見ただけでも、それとなく分かるものなのだ。
実力者が相手の実力を見抜けなかった場合、一般にその理由は大別して二つに分けられる。自分が実力者と思っているだけか、その実力に遥かな開きが存在するかだ。
ヘルシャー帝国は実力主義の国として知られている。
国である以上、運営のためには文官が必要であり、使者が文官であってもおかしくはない。ゆえに真実光輝の実力を見抜けなくても不思議はない。――しかし、護衛は別だ。使者の身を護る以上、実力が求められるのは必須。文武官の可能性はあれど、文官の可能性はあり得ない。それでなくとも護衛は数人いるのだ。実力者が含まれているのは間違いない。
実力主義を掲げる国において、同盟国への使者の身を護る任を受けるほどの実力者だ。
先の光輝のセリフは、言わば挑発返しに等しい。
「お前たちは俺の実力を見抜けないのか?」
こう言ったも同じだからだ。
瞬間、護衛たちの視線が俄かに殺気立つ。
「はっはっはっ。いやはや、どうやら我らは井の中の蛙だったようだ。――どうだろう、一手ご教授願えんかな?」
しかし、護衛の一人がそう言ったことで殺気は収められる。
「俺は構いませんが……」
この人物が中心格か。――判断しつつ、光輝は模擬戦を了承する。
「許可しよう。……光輝殿、その実力、存分に示されるがよかろう」
「決まりですな」
場所を移し、光輝と使者の護衛による模擬戦が幕を開く。
「来ないのか?」
「これは異なことを。教授を願ったのはそちらでしょう? どうぞ、存分にかかって来てください」
光輝の対戦相手は、見た目なんとも平凡そうな男だ。刃引きした大型の剣を無造作にぶら下げ、構えらしい構えもとっていない。――しかしてその実力は別だ。真迷宮に挑む前のメルドと同等以上の実力は優にある。
それを見て取った光輝は、相手の言葉に冷静を以て言い返した。
相手がその姿勢で以て挑発を行うのなら――光輝は言葉で以て挑発を返した形となる。
「そいつは失礼……ッ!」
「消えた……ッ!?」
護衛の男が駆け、それに対する外野の反応が上がる。
外野の言うとおりに護衛の動きは速く、空気を通して感じ取れるその意も十分。
男の剣には確かな斬断の意が込められている。模擬戦だからと気を抜けば、今の光輝であっても敗れるだろう。
「遅いッ!」
しかし、それはあくまでも慢心すればの話である。
モノを知らぬチンピラではなく、一介の戦士が相手なのだ。模擬戦だからといって――実力差的に全力で当たるのは無しにしろ――本気で当たらないのは失礼なことこの上ない。曲がりなりにも八重樫流剣道場に籍を置く身だ。その程度の事は心得ている。……である以上、光輝に油断はあり得ない。
光輝は護衛の剣を逆手に握った剣で受け流しつつ、そのままカウンターを叩き込んだ。
その一撃を以て、護衛の男は声を上げることもなく気絶した。元々の速度が速度だ。それに対して綺麗に合わせられたのだから、光輝の一撃には男の速度が上乗せされる。そうなるのもむべなるかな、である。
「八重樫流・音刃流し……の応用ですね。本来は刀で行う技なので。――さて、これで俺の実力は分かってもらえたと思います。暫くは目を覚まさないでしょうし、ゆっくりと休ませてあげてください」
言って、光輝は皆の元まで下がって行った。
「……はい。我が無礼な言葉、謝罪させていただきます。申し訳ございませんでした。――それでは、我らはお言葉に甘えて失礼させていただきます」
使者が光輝と周囲に頭を下げ、他の護衛が気絶した男を丁重に担ぎ上げて、諸共にこの場を去っていく。与えられた部屋へと戻るのだろう。
光輝に知る由はないが、相対した護衛の正体はガハルド・D・ヘルシャー――ヘルシャー帝国当代皇帝その人である。
強行的な面会手順からして、帝国には何かしらの思惑があったのだろう。むしろ思惑なくして一国が動くなど有り得ない。
元よりエリヒドも油断はしていなかったが、護衛が剣を手に取ってその意を発した時点で正体に感づいた。
おそらくは正体を隠すアーティファクトによるものだろう。珍しいアーティファクトだが、今でも手に入らないわけではない。そして、アーティファクトによって変化先が一種類に固定されていることもあり、使い勝手はそんなによろしくない。少なくとも、使い続けるには――諜報活動の類には向かない代物だ。初見の地ならまだしもだが……。
ともあれ、ガハルドを知る者であればこの程度のサプライズは珍しくも何ともないのだ。
しかし、その思惑もここに絶たれた。
それだけではない。
正体を隠した上での模擬戦だったとしても、一国の皇帝が――その国最強の戦士が手も足も出ずに敗北したのだ。向こうとしてもこちらが正体に感づいていることなど察しが付いている筈だ。
つまり、これは大きな貸しなのだ。
「正体黙っておいてやるから、
声なき声でそう言えるに等しい結果となったのだ。
自然、帝国はそれを呑むしかない。
前述通り、ガハルドを知る者にとっては日常茶飯事と言ってもいい行いなのだ。帝国民に流してやれば、勝敗は別にしても、過程自体はまず間違いなく誰もが信じるだろう。その中の少数でもガハルドの敗北を信じれば十分だ。
帝国は実力至上主義を掲げる国だ。たとえ勇者が相手であれ、敗北した者を頂点に据えたままにしておく道理などありはしない。そんなことをすれば国是が蔑ろになってしまう。結果として帝国は崩壊する。崩壊にまで至らなくとも機能はマヒする。
光輝が皇帝に据えられるのを断り、現状維持を望んだところで――その場合は今以上に図る便宜が大きくなってしまう。
どちらにせよ、帝国は断り様がないのだ。
強固な集団の――反面して脆い部分である。
「さて、お疲れ様だな光輝殿。――晩餐まではまだ時間がある。それまでは皆、自由に過ごしてくれ!」
光輝に労いの言葉を一つかけ、エリヒドは宣言した。