ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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3話

「調子はどう、捗ってる?」

「正直に言えば芳しくないですね。三百年にも及ぶ時間の壁、その永さを実感しているところです」

 

 オスカーの隠れ家。そのリビングのテーブルに広げられた数多の書物と格闘していたアレーティアは、振り向きながらそう答えた。

 視線の先にいたのは鈴だ。手にはカップとティーポット。一息つけ、ということだろう。

 

「ありがとう」

 

 礼を言い、アレーティアはありがたくいただいた。

 今現在彼女が行っているのは勉強だ。教材として使用しているのは、先日ハジメと雫がブルックから買い漁ってきた物である。出版元はハイリヒ王国だけでなくヘルシャー帝国にアンカジ公国の物も存在した。――とはいえ、高度な印刷技術が望めない以上、その出来はピンキリだ。

 神代の頃には複製用のアーティファクトを始めとした、今では考えられないような代物も数多く存在していた様だが、その多くは時の流れの中で紛失してしまっているのだ。印刷技術もその一つで、基本的に今現在新しく出版される書物は書士の天職持ちや文士の天職持ちと画家の天職持ちとの共作に依るものなのだ。

 しかし、仕事には書類の類が必須とあって書士は引く手数多なのが現状である。文士や画家も需要が高い。加え、天職は誰もが持っているわけではない。必然的に正規品を買うとなれば相応に値段が高くなってしまう。

 それでも勉強は誰もがしなければならない。最低限の読み書き計算が出来なければ、生活するも儘ならないからだ。だからといって、誰しもがポンポンと買えるお金を持っているわけがない。

 よって、国ではその代替手段として図書館を開放しているのだ。一般層や貧困層は図書館の本を模写し、それを勉強に使うのが通例となっている。

 そして使い終わった後は、模写した本を中古品として売るわけだ。それが繰り返された結果、海賊品が後を絶たないのが現状である。

 さて、永い時間を封印されていたアレーティアにとって、その間の埋め合わせを行うのは避けて通れない事柄だ。

 それゆえの勉強なのだが、言葉通りに難航していた。

 トータスには確かに共通語が存在している。――しかし文字にしろ言葉にしろ、国があるからにはその国独自の言語が栄えておかしくはない。むしろ機密の類を鑑みれば存在して然るべきだ。

 また、たとえ共通語でも、言い回しや使い回しなど時間の流れの中で変化した部分は相応にある。

 そして変化した部分は、何も言語だけに限らない。

 常識、情勢、国々の存亡……三百年という時間は、それらの変化が或いは常識と化し、或いは歴史へと化するに十分だ。

 無論のこと変わらない部分もあるのだが――だからこそ、アレーティアは苦戦していた。擦り合わせが面倒なのである。

 これが召喚された者たちの様に真っ新な状態であれば特に問題はなかった。詰め込めば良いだけだからだ。

 しかし、アレーティアは一国の王だったのだ。自然、他国の事も頭に入る。――それでいて自国ほどには詳しくない。

 そして肝心の自国は、既に滅んでいるときた。これでは取っ掛かりとすることも出来ない。

 他国のことなど、元より中途半端な知識しかないのに、ここが変わってあちらは変わらず、それでいながらあそこは変わって……とややこしいことこの上ないのだ。更には本の出来が均一でないのも相俟って、余計にややこしいことになっている。

 ここに引き籠る生活を送るのであれば、最悪覚えなくとも問題はないのだろうが――彼女は叔父の真意を求めてあちらこちらを巡る予定なのだ。否が応でも覚えなくてはいけない。

 だが、たった一つだけ逃げ道がある。

 

「よっぽど誘惑に負けてしまいそうになります」

 

 溜め息を吐いてアレーティアが手に取ったのは一つの指輪だ。

 攻略証明の指輪でも宝物庫でもない。ハジメが創った物である。この指輪には“言語理解”の技能が付与されているのだ。

 これを付けるだけでも大分違うだろう。彼女が苦戦しているのは、言語の擦り合わせとそれ以外の擦り合わせを並行して行っているからだ。片方だけでもスッキリするのであれば、もう片方を片付けるのは遥かに楽となるだろう。

 しかし彼女の場合、それが外付けの手段となることが問題だ。技能をその身に刻まれた者たちとは異なり、指輪が無くなればそれでお終いなのである。

 単純明快ながら強力な技能なので、付与するにも相応の素材が求められるのだ。

 その事実を知ってしまえば、安易に量産を頼めるわけもない。やはり、時間の許す限りは努力するしかないだろう。指輪に頼るのは最終手段だ。

 

「お茶、ありがとうございました。私は勉強の続きを行いますので――」

「ちょっと失礼」

 

 アレーティアの声を遮り、鈴は教材を手に取った。そして一通りパラパラとめくる。

 

「うん、たぶん教材が悪いね。単に抜けてただけなのか、それとも気を使ったのか……。どちらにせよ、これじゃあやるだけ時間のムダだ。――頭も疲れてるだろうし、今日はもう休んで良いよ」

 

 言うだけ言って、鈴は去って行った。

 すみませんがこれで、と続けることも出来ず、アレーティアは呆と見送った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「さて、やって来ましたブルックの町っと」

「誰に言ってんだよ、お前は? ったく、いきなり引っ張りやがって……」

「まあ、俺たちも近い内に訪れる予定ではあったからな。いい機会だろうさ」

 

 町の外、審査待ちの時間で漫才じみたことをやっているのは鈴と京弥に浩介だ。揃ってバッグを背負っており、中には【ライセン大峡谷】で狩った魔物の素材が入っている。

 

「てか、お前も何だよ、その仮面はッ!?」

「今更か? 隠れ家を出た時から付けていたんだが……」

 

 京弥の言葉通り、浩介は仮面を着けていた。目元を隠すタイプのそれであり、正体バレバレな正体不明キャラのシンボルだ。

 仮面には魔力を通すことでピカピカ光る機能が搭載されていた。実際、今も光っている。如何に浩介自身の気配が薄かろうと、こうもピカピカ光れば流石に気付かないわけがない。

 

「あー、お前たちは入らんのか? 漫才をするのは構わんが、町に入らんのなら邪魔になるので離れた場所でやってほしいのだが……」

「おっと失礼、入りますよ。……はい、ステータスプレート」

 

 どうやら順番が来たようで門番から声がかけられた。

 すかさず鈴がステータスプレートを提示する。浩介と京弥もそれに続く。

 

「結界師と暗殺者に剣聖……ッ!? これまた非常に珍しい天職が出てきたな、お伽話の中でしか聞いたことがないぞ……」

 

 門番は驚きを露わに言葉を零した。次いで浩介へと訊ねる。

 

「差し支えなければ仮面を外してもらいたいのだが、構わんか?」

「別に構いませんが……」

「消えたッ!? ――いや、そう思えるだけか。お前、随分と気配が薄いんだな? 納得の天職というべきか……」

「俺は生来気配が薄いので、気付いてもらうためにこれを付けることにしたんですよ」

 

 そんなやりとりを交わした後、三人は問題なしとして町に入ることを許可された。

 先日の騎士団長と王子に勇者一行、その少し後に来た少年少女の二人組、そして今の三人組。ここ最近のレアな天職持ちは、共通してトータスとは異なった名前の響きをしていることに門番が気付いたからだ。

 メルドの言を鑑みれば、この三人組はおそらく勇者の仲間であろうと察しが付く。今になって思えば、あの二人組もそうだったに違いない。如何に攻略に成功したとはいえ、場所が【オルクス大迷宮】である。ケガ人や死人が出ておかしくないのだ。むしろ出るのが当然の場所だ。あの二人組もそれを思わせることを言っていた。メルドと同行していた少女たちとてステータスプレートを紛失している。

 同時に、勇者一行が【オルクス大迷宮】に潜って実戦経験を積んでいる、という話はこちらにも届いている。噂話とは異なり、国の情報網によるものなのでこちらは確かだ。

 メルドも二人組も肝心な部分ははぐらかしていたが、トラップが発動したことは聞き届けている。それが直接の原因となったのか、その後に何かが起こったのかは分からないが、結果として何人かが動けなくなり、出口も【ライセン大峡谷】になってしまったのだろう。

 七大迷宮はその全容が明らかになっておらず、未だその謎も多い。そんなことが起こってもおかしくはないのだ。騎士団長というメルドの立場がその憶測を後押しする。

 その事実を吹聴しないのは、魔人族の警戒もそうだが、信じてもらう術がないからだろう。王都なら分からないが、大々的にお披露目されたわけでもないのだ。王国なり教会なりの立場ある人物と一緒でなければ、到底信じてはもらえまい。権威という信用・信頼を通して、初めて民衆はその事実を信じることが出来るのだ。門番とてそれは変わらない。直接メルドに言われたからこそ、こうも推測し、信じることが出来ているのだ。

 門番は閑職と思われがちだが、町を護る第一の防波堤なのだ。相応の信用と信頼がなければ、まず廻されることはないのである。――まあ、多くはそれに気付かず次第に不貞腐れてしまうのだが。

 先日のメルドによる叱責もあり、門番は心機一転していたのだ。ならば、その程度の頭を働かせることくらいは十分に可能である。

 

「んで、まずは冒険者ギルドか?」

「だね。換金と登録をすませないことには話が始まらない」

「では行こう」

 

 ざっとした町の概要は既にハジメと雫から聞き及んでいる。特に街並みを眺めることもなく、三人はとっとと冒険者ギルドへと向かった。

 

「換金と冒険者登録を三人分お願いします。――それとキャサリンさんはいますか? 少し調べたいことがあるんですが、友人から『ブルックのことを訊くならキャサリンさんが一番だ』と聞いたもので……」

「あたしがそのキャサリンだよ。話は後で聞いてあげるから、まずは換金と登録をすましちまおうか。さ、素材とステータスプレートを」

 

 促され、三人は素材とステータスプレートを渡した。

 

「おやおや、また大峡谷の素材かい。……ひょっとしてアンタたち、錬成師の坊やとその連れの少女の仲間かい?」

「ご明察の通りですね」

 

 先日ハジメたちの対応をしたこともあり、おばちゃん――キャサリンは今度はそう驚かなかった。

 ハジメたちとこの三人は年齢が似たり寄ったりだ。いや、自分と応対しているこの少女ばかりは身長的にそう言い切れないが、他二人の男子は同じ年頃だ。片割れは仮面がピカピカ光って眩しいことこの上ないが。

 持ち込む素材も同じく【ライセン大峡谷】の魔物ときた。ハジメも仲間がいると言っていたし、名前の響きも加味すれば、結び付けることは不可能じゃない。

 

「しっかしアンタ、その光止められないのかい? 眩しいし気になってしょうがないんだけど……」

「ふむ、もう十分か」

 

 キャサリンにつっこまれ、浩介は仮面の機能を停止した。

 

「……驚いた。アンタ相当に気配が薄いね。光るのを止めた途端、一気に気付きにくくなったよ。なるほどね、それならその機能も止む無しか……」

 

 キャサリンは驚きつつも浩介の奇行に理解を示した。

 ここまで存在感がないのは一種の奇跡だ。キャサリンとて、さっきまでやかましいくらいに光っていたからこそ今以て気付けている点が大きい。光を消された状態で近づかれたら、流石に気付くことは出来ないだろう。

 

「アンタ……遠藤浩介か。浩介のことを周りに知らせても構わないかい? さっきのは流石に奇行と言って差し支えないんでね。やむを得ないこととはいえ、周知しておかないとヘタすりゃ取っ捕まるよ?」

「こちらからもお願いしたいところです。――ただ、本名を広げられるのは流石に困ります。なので深淵(アビスゲート)卿の名で広めていただきたい」

「深淵卿? これまた突飛な名前だね。別に構わないけど、その名前に何か理由でもあるのかい?」

「ええ。突飛な名前と奇行の組み合わせです。嫌でも目立つ。目立てばその分だけ名も広がりやすい。俺としても助かります。……ああ、それと天職も込みでお願いしたい」

「そんなもんかい。さて、諸々すませちまうんで、ちょいと待っとっとくれ。――アンタたち、暇ならひとっ走り町に知らせてきてくんな!」

 

 手続きに取り掛かる傍ら、キャサリンは飲食スペースで屯している冒険者たちに声をかけた。

 書面で周知させるにしても、すぐには出来ない。今は査定と登録を優先せねばならない。――だが、その時間をムダにするのも勿体ない。結果、暇を持て余す冒険者たちに白羽の矢が立ったのである。

 何の偶然か、この冒険者たちは先日ハジメたちが訪れた時にいた面子である。キャサリンとハジメのおかげで御馳走にありつけたのだ。

 そんなキャサリンの頼みなら――そして漏れ聞こえる話からするに、この三人はあの二人の仲間らしいとあって――冒険者たちも使いに出るのは吝かじゃない。

 この日より、光る仮面を着けた暗殺者“深淵卿”の名が徐々に広まっていくことになる。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「たっだいまー! はいこれお土産」

 

 声高らかに隠れ家へと帰ってきた鈴は、バッグから本を取り出してアレーティアへと渡した。

 キャサリンに聞いた店で買ってきた勉強用の本である。どれもハイリヒ王国が出版した正規品だ。

 それを子供向けの物から、国への士官希望者が使う物まで、ステップ順に一通り揃えてきたのである。自然、学べる内容はハイリヒ王国のものが中心となるが、それで十分だ。一般的な事柄ならヘルシャー帝国やアンカジ公国、中立商業都市のことも載っている。旅をする上で支障はない。

 より専門的なことが知りたいのなら、寄った際に都度調べればいいのだ。

 

「聞いた話だと、ここまで覚えれば旅をする上での支障はないってさ。こっちからは専門性が上がるから蛇足みたいなものだって」

「ありがとう、鈴。お手数をおかけしました」

「気にしなくていいよ。私のためでもあるし」

 

 謙遜する鈴にアレーティアは何かを感じ取った。

 

「……訊かせていただいても?」

 

 そして気付けば訊ねていた。

 

「私の家はお金持ちでね。幼い頃から両親は仕事仕事で顔を合わせることが少なかった。代わりにお手伝いさんがいたけど、義務的に接していることが見え見えだった。そんな日々を過ごしているうちに、私は愛ってものが分からなくなった。両親は自分を愛しているのか? こんなことを考える私は両親を愛しているのか? 両親以外はどうだ? こんな感じにね。

 答えの出ない疑問に対し、私は一つの解を得た。仮面を着けるっていうね。……ああ、仮面っていっても本当の仮面じゃないからね。そこは勘違いしない様に。

 仮面で騙されるような相手ならその程度。気付き、踏み込んできた相手こそが確かな愛を持っている。――ただ、こんなのは受け身でしかない。臆病さを誤魔化しているだけなのさ。

 ここの――最下層の戦いでそれを叩き付けられてね。変わろうと思っていたのに、ほとんど行動に移せていなかったんだ。改めて自分の心の弱さに愕然としたよ。

 だからまあ、今は鋭意努力中なのさ。進んで自分から他人に向き合っていくためのね。……足手纏いになるのはゴメンなんだよ」

 

 その言葉に、アレーティアはどことなく自分を重ねていた。 

 

「難しいですね、お互いに……。私は両親と不仲でした。ただ、それを補うかのように叔父が愛情を注いでくれました。幼い頃から、ずっと。

 そうして、次第に私は叔父に懐いていきました。叔父の言葉に疑いを持つことはありませんでした。気付いた時には、両親のことなどどうとも思わなくなっていました。

 依存、していたのでしょうね。叔父が私を封印したのは、それを危ぶんだ面もあると思います。

 歪な関係は一応の終わりを見ましたが、私は未だに叔父の影を追っています。それを知らないことには、私は前に進めないのだと思います。

 ただ、その時が来たら真実前に進めるように、私は今ここにある現実と向き合い、確たるものを積み重ねて行かねばなりません。

 そのためにも、互いに協力しよう、鈴。私と友人になってちょうだい」

 

 王としての顔を捨て、個人としての顔でアレーティアは鈴に向き合いその手を差し出す。

 

「はは、ありがたいね、まったく。……私と友人になってほしい、アレーティア」

 

 対し、鈴もまたその手を差し出した。

 

『ええ、喜んで』

 

 互いに手を握り合い、答える言葉もまた同じ。

 言ってみればただの儀式にしか過ぎない。互いの間で積み重ねていくものがなければ、真の友人にはなり得ない。

 しかし、この二人の少女にとっては、確かな一歩であることに間違いはなかった。

 

「うわ、百合の空気感が凄い……」

 

 そこにかけられる声が一つ。

 香織だ。台所の方からやって来たらしい。エプロンを着けているところからして、料理か下拵えの最中だったのだろう。声で鈴が帰ってきたことに気付き姿を見せた、といったところか。

 その顔にはどことなくいたたまれなさが浮かんでいる。ハジメと付き合っていることもあり、どうやらそういう知識も豊富のようだ。

 とはいえ、いつまでもそうしてはいられない。咳ばらいを一つして、香織は聞くべきことを訊いた。

 

「ゴホン、京弥くんと浩介くんはどうしたのかな? 一緒に出掛けてたと思うんだけど……」

「あー、そうだった。あの二人なら暫く帰ってこないよ」

「どういうこと? 私はまだブルックに行ったことがないから距離とか直接は分からないけど、それでも二人の身体能力ならそこまで時間はかからないと思うんだけど……」

「ん? 人材登用」

 

 鈴によるとこうだ。

 ここには家畜小屋や畑が存在するものの、未だ種や家畜は持ち込めてない。そして仮に持ち込んだとしても、自分たちには育てるためのノウハウがない。

 いつまでここにいるかは分からないが、ここは拠点として最適だ。買い出しには多少の不便こそあるが、それ以外では文句なしだ。外敵の心配をせずにすむのもありがたい。

 迷宮攻略のために離れたとしても、こっちに戻ってきたときには再度使うことは十分にあり得る。

 それでなくともアレーティアがいるのだ。既に滅んだとされる吸血鬼族であり、その寿命は人族を優に超える。旅で立ち寄る程度ならともかく、表立った場所に居を構えるわけにはいかないだろう。ステータスプレートを手に入れ身分の証明が出来たとしても、そんな真似をすれば面倒事が起こるのはありありと想像出来る。

 その点においても、ここならば問題がない。

 以上の事から、ここのライフラインを整えることはやって損することじゃない。それゆえの人材登用だ。

 しかし、自分たちにとってはどうという事もないが、一般にはここが出入り難儀な危険地帯であることに間違いはない。正規の手段ではオルクスを踏破せねばならず、裏口でも大峡谷に足を踏み入れねばならぬのだ。

 留守を重ねることが多発する以上、安易にそこらの町人や村人をスカウトするわけにはいかない。里帰りすら出来なくなってしまう。

 その問題を埋めるのが、いわゆる山賊や盗賊、強盗の類である。

 国の方でも検挙討伐はしているが、手が回り切るわけもない。必然、冒険者にも討伐や検挙の依頼が届く。

 そして小規模集団ならともかく、大規模集団になれば“生死問わず(デッド・オア・アライブ)”が条件に加味されることは珍しくも何ともない。

 そこが狙いとなる。

 大規模集団となれば、国としても個人個人をいちいち識別出来るわけがない。良くて首領や幹部格が精々だ。

 そして賊に身を窶す者は、大半が食うに困ってのことだ。中には高確率で農家の〇男坊や牧場の〇男坊が存在する。

 技術があっても、耕す畑や飼育する動物を得られなければ意味がない。格別のスキルを持っているならばまだしも、大概は長男から割り振られることだろう。規模と子供の数が釣り合っていない場合、下にいけば下にいくほど必ずあぶれることになる。

 早い内から見切りをつけて行動していれば話は別だろうが、誰も彼もがそう出来る筈もない。中には隣近所の養子となって難を逃れる者もいるだろうが、そんなのは例外と言っていい。気付いたら時すでに遅しだ。多くはそこで真面目に生活することから脱落(ドロップアウト)する。

 浩介と京弥は討伐がてらそういった者たちをスカウトしに行ったのだ。流石に首領や幹部格は始末せねばなるまいが、犯した罪の薄い者ならば多少ちょろまかしたところで問題はない。真面目に汗水流して働くことで、それを償いとしてもらう。

 ここでの生活に耐えきれずに逃げ出そうとも、それは不可能と言っていい。裏口を使うためにはオスカーの指輪が必須であり、それはオルクスを攻略せねば入手不可能。そこらの賊程度ではオルクスを攻略することも自分たちから指輪を奪うことも出来ない。

 つまり、ここでの生活自体が賊にとって一種の罰となるのだ。

 無論、理念を捨てたわけではない。命を殺めるのは外道、かつ我欲のままに“人ならざる力”を行使する者のみ。

 捨てたわけではないが、如何せん地球とトータスでは前提が違いすぎる。

 基本的に“人ならざる力”の隠匿が義務付けられている地球と異なり、トータスにおける魔法は体系化され多くに広まっている。よって、誰しもが“魔法”という“人ならざる力”を行使しうるのだ。相手が魔法を使えるのかどうかをいちいち判別出来る筈もなく、そもそも社会不適合者に対して判別し終えるまで待ってやるほど優しくもない。

 挙句の果てには魔人族との戦争中だ。ヘタな不殺は味方の生命で贖うことに繋がりかねない。

 トータスにおいては、どうしても生命に対するボーダーラインを下げざるを得ないのだ。

 よって命を殺めるのはあくまでも外道。それ以外にしても、大義名分に則った上で。……仲間内での話し合いの結果、そのように決着がついていた。

 

「国は賊が減る、賊は生き永らえることが出来る、私たちはライフラインが整う。……正にWin-Winの関係だね」

 

 ティーカップを片手に、鈴は話を締めくくった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 拠点としたとある洞窟内。

 その盗賊団は、今日も仕事が上手くいった、と成果を見せびらかしあい酒と飯を楽しんでいる最中だった。成果とは、言うまでもなく女と金目の物だ。

 とはいえ、金目の物はまだしも、そう毎度毎度都合よく女が手に入る筈もない。愉しむためには、やはり相応の見目も求められるからである。

 その点において、今回の仕事は大成功といっていいだろう。未だ幼さを残しているが、中々の上玉だ。

 親分は上機嫌に後ろ手に縛った少女の――未だ発展途上ながらも確かなふくらみを示す――乳房を服の上から揉みしだく。猿轡も噛まされているため、少女は抗議の声を上げることも、怒りに任せて罵倒することも出来ない。精々が身じろぐ程度だ。

 余りの惨めさとこれから訪れるだろう事態への恐怖に、少女の瞳から雫が零れ落ちる。

 少女の名はソーナ・マサカ。ブルックに門を構える“マサカの宿”の看板娘である。

 親の仕事の手伝いで隣町に赴いた、その帰り道。彼女は敢え無く盗賊団の手に落ちてしまったのだ。無論のこと、護衛として冒険者を付けていた。しかし赤ランク――新米の域を超えたばかり――の彼らに、王国も手を焼く盗賊団の相手は荷が勝ち過ぎた。抵抗空しく冒険者たちは全て討ち取られ、遺品たるその武具も戦利品として扱われているのが現状だ。

 ソーナの視界が閉ざされたのはそんな時だった。しかして、それは抑え付けると言うよりは、そっと抱くような感じで。

 

目を瞑っておいた方が良い。これからの光景は酷すぎる

 

 次いで、囁く声が耳朶を打つ。優しさを感じられる、青少年と思しき声だ。

 何が、と思う暇もない。 

 

「……うぐッ!?」

 

 うめき声を上げ、親分が突然に倒れ伏したのだ。ゆっくりと、前のめりに。

 視界が闇に閉ざされたソーナには正確なことが分かる筈もないが、鼻に届く血の臭いが事態を想像させるには十分すぎた。しかし、不思議と恐怖心は湧かなかった。むしろ安堵の方が強い。

 これも一種の現実逃避なのだろうか? ソーナは言われたままに瞳を閉じて、その身を任せた。

 

「……親分?」

 

 訝しげに見やった幹部格のその男は、そこで初めて親分が血だまりに沈んでいることに気付いた。――しかしそこまで。

 

「……がッ!?」

 

 次の瞬間には彼もまた同じ末路を辿る。いや、その男だけではない。幹部格の男は、誰も彼もが次々と同じ末路を迎えた。

 間を置かず洞窟内に木霊する複数の断末魔。

 突然の事態。

 過たず盗賊団の中に恐慌が広がる――

 

「静かにしてもらおう」

 

 ――その刹那。

 静かな、しかしよく響くその声が、盗賊団の動きを封じ込めた。

 闇の中に光が灯る。光は一定範囲でのみ輝いている。

 その光を注視した盗賊団は、そこに佇む一人の男に漸く気付いた。

 男の正体はいわずもがな。浩介である。――いや、冒険者にして暗殺者として振る舞う今の彼は“深淵卿”だ。

 

「お前たちの検挙依頼を受けた冒険者だ。首領と幹部格は御覧の通りだ。お前たちの検挙に対しては“生死問わず”となっている。おとなしく捕まるのなら、命は奪わん。――しかし刃を向けるのなら、覚悟をしてもらうこととなる」

 

 告げられる言葉。同時の警告。

 しかしそこに殺気はなかった。

 その冒険者にとって、自分たちを殺すことなど造作もない。気を向ける必要もない。……その事実を、盗賊たちは否応なく叩き込まれたのだ。

 結果、盗賊たちは一人残らず捕まることを選んだ。

 やってきたことがやってきたことだ。遠からず処断されることは目に見えている。――だが、もしかしたら殺されるまではいかないかもしれない。

 それは現実逃避に等しい。それでいて間違いのない希望ではあった。少なくとも、ここで歯向かえば確実に死を迎えるのだから。

 

「ああ、この中で農家の出や家畜の育て方にノウハウのある者はいるか? いたら手を挙げてくれ」

 

 恐怖に震える盗賊団の中から、おずおずと何人かの手が挙がる。

 血の臭いがついていないか――命を殺めたことのある者は、自ずとそういった空気を纏う――を確認し、問題ないとしてから“深淵卿”は言った。

 

「そうか。お前たちは俺についてきてもらう。――それ以外は、ここの入り口でブルックの憲兵団が待っているのでおとなしく身を任せてもらう」

 

 その言葉を皮切りに、盗賊たちは続々と入り口へ歩を進める。その空気はまるで通夜のようだ。

 待っていた憲兵団に盗賊団を差し出す。盗賊たちは抵抗することもなく、促されるままに粛々と馬車に乗り込んでいく。――しかし、挙手をした者たちだけは別の馬車だ。御者台には京弥と憲兵の姿。

 

「では、約束通りこちらの者たちの身は俺の方で預からせていただきます。――それと、この娘もお願いします。コイツ等に捕まっていました」

「ソーナ嬢ちゃんか、よもや捕まっていたとは……。確かに預かった、感謝する。――だが、それはそれとして間違っても手放してくれるなよ? 冒険者としては新米でも、その実力を認めればこそ頷いたことでもあるのだ。違えれば容赦なく手配させていただく」

「御尤もです。ですが心配はいりませんよ。直接に首輪をつけることこそしませんが、現在俺たちが身を置いているのは【ライセン大峡谷】です。その環境こそが首輪となります」

 

 それを横目に浩介と憲兵団長との間で言葉が交わされる。

 その間にも、憲兵たちは洞窟の奥から亡骸を運び込む。人里離れた場所とはいえ、流石に放置しておくわけにもいかないからだ。

 憲兵団長にとって浩介の言葉が真実である保証はない。――しかし、一面における信憑性はあった。

 持ち込まれる素材はどれもこれもが【ライセン大峡谷】の魔物。仮面を光らせなければ気付くのは至難。ここに至るまでの道中で魔物を狩ってもらい、その実力も見せてもらった。そして何よりも、キャサリンが浩介の人となりを認めている。

 キャサリンの人を見る目は確かだ。ブルックに住む者であれば誰でも知っている。

 そういった諸々が後押しとなり、憲兵団長と浩介の間で約定が交わされたのだ。……憲兵団だけでは、徴発しようにも多かれ少なかれ取り逃がしていただろう事も理由の一つだ。

 

「では、行きましょうか」

「うむ。……出立する! ブルックへ戻るぞ!」

 

 盗賊団を詰め込んだのとは別の馬車にソーナを寝かせた後、憲兵団長の合図で馬車が動き出す。

 予定では道中で一時休止し、その間に貰い受けた盗賊を隠れ家に放り込む。その後、報告もあるのでブルックに再出発となる。

 そして問題なく予定は消化された。

 冒険者にして暗殺者――“深淵卿”の名が実績として刻まれた出来事であった。 

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