ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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4話

「よう。少し見ない内に随分と変わったものだな」

 

 オスカーの隠れ家。

 そのリビングに入って来るなりそう言ったのは天誡だ。

 先日に別れてから既に半月が経っている。――しかし、まだ半月でしかない、とも言えた。にも拘らず、既に家畜を揃え、それを世話する者たちまでいるのだ。

 天誡の言葉は尤もである。

 昼食時ということも相俟って、リビングには待機組の全員が揃っていた。ともすれば家畜の世話をしている者や農作業に精を出している者も姿を見せるだろう。

 ともあれ、一同が突然に現れた天誡に驚きを示すのは当然であった。

 

「よお。突然やって来てどうしたんだ? 手紙にゃ書いてなかったが、そっちの準備はもう終わったのか?」

 

 代表して訊ねたのは京弥だ。

 その言葉通り、彼らは“宝物庫”を介して簡単ながら近況を報告しあっていた。

 その利便性もあって“宝物庫”は人目に付く場所でおいそれと使える物ではない。しかし、情報のやりとりをするに当たって現状これほど便利な物もない。

 結果、毎日とはいかないまでも、箇条書き程度の内容を紙に認め交換することにしていたのだ。

 それにより、帝国からの使者が王国にやって来たことを待機組は知っている。

 待機組もまた罪人を農場や家畜の世話係として引き入れたことを知らせていた。

 そんな中で待機組は天誡の来訪を知らされていなかったのだ。天誡もまた知らせていない。一同が準備完了を想像するのはおかしくも何ともなかった。

 

「いや、まだだ。俺が来たのはこれも準備の一環で、かつ面倒事だからだ。手紙で知らせるよりは口頭で伝えた方が良いと判断した」

「準備の一環で面倒事、だあ?」

「ああ。俺も事の経緯は詳しく知らんがな」

 

 前置きして天誡は述べた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「で、王国と勇者の小僧は俺に何を望む?」

 

 時は光輝が模擬戦でガハルドを下した日まで遡る。

 人の寝静まった深夜。

 ハイリヒ王国は王宮の密談部屋に四人の姿があった。

 勇者――天之河光輝。

 ハイリヒ王国国王――エリヒド・S・B・ハイリヒ。

 聖教教会教皇――イシュタル・ランゴバルド。

 そして今しがた言葉を発したヘルシャー帝国皇帝――ガハルド・D・ヘルシャー。

 以上の四名である。

 

「えっと、ところで貴方はいったい?」

 

 だが、問われた光輝としてはこう返すしかなかった。

 ここでこれからの事を話し合うとは聞いているが、目の前の人物を光輝は見たことがない。それでいて先のセリフである。こちらが何かをしただろう事は想像に難くない。

 光輝としては、人物の正体を掴む方が先決だった。

 その言葉を聞き、漸くガハルドも光輝が自分を知らないことに思い至った。

 この密談を提案したのはガハルドである。当人としては、面倒事はとっとと片付けるに限る、といった心地だったため、自分の正体などエリヒドなりイシュタルなりから既に伝わっていると思っていたのだ。

 

「ん? ああ、そうか。お前は知らんのか。俺はお前に模擬戦で負けた護衛だよ。姿を偽装するアーティファクトでちょいとな。――改めて名乗ろう。ヘルシャー帝国皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーだ」

「……なるほど」

 

 言いながら、ガハルドはアーティファクトのイヤリングを着け外しした。これにより護衛時の姿と今の姿を行き来する。その後、改めて光輝へと名乗った。

 目の前で見せられれば、光輝としても納得せざるを得ない。

 同時に、なぜ密談の形式を用しているのかも何となく理解した。

 正体を隠していたとはいえ、如何に模擬戦の形を取っていたとはいえ、そして勇者が相手だったとはいえ――ガハルドは敗北したのだ。それも自国ではなく他国で。考えようによっては醜聞以外の何ものでもない。まして自分から勝負を吹っ掛けた形だ。やむを得ない事情もあったかもしれないが、正体を隠していた点が尚更その印象を強める。

 ガハルドは文字通りに実力主義を謳う帝国の頂点に立つ存在だ。勝敗は兵家の常。敗北を受け入れる気概はある。

 しかし状況がよろしくない。曲がりなりにも今は戦時だ。頂点の敗北は士気を落とす。帝国民の前での敗北であれば、国民もまだ発奮出来たかもしれない。

 だが、同盟国とはいえここは他国である。潜在的には敵国だ。情報操作では及ぶべくもない。国へ帰るにも時間がかかる。その間に情報を広められればなす術もないのだ。

 何から何までガハルドにとっては裏目に出た形である。

 光輝に勝つことが出来ていれば、問題はあれど上手い落としどころは見つかっただろう。――だが、現実には手も足も出ずに敗北してしまったのだ。

 ガハルドとしては早々に口止め料を払うしかない。時間が経てば傷は広がり、どのような形で吹っ掛けられるか分かったものじゃないのである。

 とはいえ、口約束では意味がない。イシュタルがいるのはそのためだ。エヒトに仕える神官。それも教皇の位にある者が認めたとあれば、それだけで確かな効力を持つ。

 

「王国としては、そうだな……光輝殿の意見を聞いてからにさせてもらおう。元より降って湧いた幸運だ。内容次第では立役者である光輝殿の支援をするも吝かではない」

「……少し考えさせてください」

 

 エリヒドの言葉を聞いた光輝は思考を働かせる。

 自分たちの状況と目標。それらを踏まえた上で要望を述べなければならない。

 第一目標は地球への帰還だ。これは間違いないが、すぐに達成出来るものでもない。

 第二目標は七大迷宮の攻略だ。天誡とハジメがミレディから聞いた話では、それを達成することが自分たちの目的に繋がるらしい。

 それ以外は正直に言って横ばいだ。基本的には第二目標達成のために付随する事柄でしかない。

 個人個人での目標はそれぞれにあれど、今は全体の目標に向けて使うべきだろう。

 つまりは七大迷宮の攻略に役立つ要望だ。それでいて度が過ぎてはいけない。

 七大迷宮の内【オルクス大迷宮】、【ライセン大迷宮】、【神山】は問題ない。二つは仲間内でクリアしてるし、【神山】も行こうと思えばすぐに行ける。

 残るは四つ。【ハルツィナ樹海】、【グリューエン大火山】、【メルジーネ海底遺跡】、【雪原洞窟】だ。これらの攻略に役立つ要望を述べねばならない。

 まず【メルジーネ海底遺跡】と【雪原洞窟】は除外される。位置を鑑みれば現状帝国に頼る部分はない。

 残るは【ハルツィナ樹海】と【グリューエン大火山】だ。

 

「決めました。俺たちが元の世界に帰るまで、という期限付きで【ライセン大峡谷】とその近辺――特に【ハルツィナ樹海】の辺りを独立領として貰い受けたい」

「……なるほど、考えましたな光輝殿。ふむ、王国もその意見を支持しましょう」

 

 光輝の言葉に全員が驚く中、真っ先に口を開いたのはエリヒドだ。

 七大迷宮はその危険性もあり、近辺はともかくとして、そのもの自体は正式にはどこの領土にもなっていない。主張するだけなら自由であり、誰の許可を取る必要もない。実際、樹海に住む亜人族とて正式な認可を受けているわけではない。

 それでも敢えてこの場で要望した理由にエリヒドは目星がついたのである。

 王国と勇者たちの共同で七大迷宮攻略組を組織することは決定事項だ。詳細部分はまだ手付かずだが、大枠が決まったことに違いはない。

 そして七大迷宮の中で特に厄介なのが【ハルツィナ樹海】と【雪原洞窟】である。前者には亜人族が暮らし、後者は魔人族の領域下にあるからだ。

 オルクスを攻略した実力を以てすれば、力づくでもどうにかなるだろうとはエリヒドも思う。

 しかし、光輝たちの立場がそれを許さない。戦争中の魔人族はともかく、亜人族に対しては。

 亜人族はその立場と歴史ゆえに、基本的には樹海に引き籠っている。樹海を攻略しようとすれば、亜人族の攻撃を食らうだろう事は想像に難くない。かといって最初から力づくで当たるのでは勇者の所業ではない。その様な存在に人々は希望を寄せない。

 通用するかどうかは分からずとも、まずは誠意を見せる必要があるのだ。

 光輝の要望はそのためのものだとエリヒドは察したのだ。

 上手くいく保証はない。――しかし、成功する確率は高い。

 今まで自分たちを虐げてきた人族が――たとえ一部だけとはいえ――自分たちを認めてくれるのだ。亜人族とて揺らぐだろう事は間違いない。一言に亜人族といっても、その種類は様々だ。一枚岩でない以上、それが必然だ。

 七大迷宮攻略には王国も手を貸すとあって、エリヒドとしても光輝の意見を呑むに問題はない。

 

「ハッ、大峡谷と樹海の素材を独り占めでもするってのか?」

「いえ、独立領といっても税は取りませんし出るも入るも自由です。魔物を狩るのもお好きにどうぞ。場合によっては仲間たちが峡谷を通る際の護衛もします。――ですが、仮名“勇者領”では人族以外も人として扱います」

 

 ガハルドの言葉にも光輝は冷静に答えた。

 

「チッ、そうきたか……」

 

 この場にいて光輝の言葉の意味を理解出来ない者はいない。

 自然、ガハルドは舌を打つ。

  

「俺たちの領地で亜人狩りは許さない」

 

 光輝はこう言ったものとガハルドは捉えたのだ。……まあ、光輝としてはアレーティアのこともあり亜人族以外も対象としているのだが。

 亜人族に人権が認められていないのは王国も帝国も変わらない。

 しかし、積極的に奴隷として扱い、その待遇も劣悪なのは帝国だけなのだ。亜人族を労働力として扱うため、帝国兵は正式な任務として定期的に樹海近辺に赴き亜人狩りを行っている。 

 光輝の要望を呑めば、今後それは出来なくなる。――一方で、現在奴隷として扱っている亜人に対しては何の言及もしていない。

 また、亜人狩りが行えないのも未来永劫ではない。確かな期日は定かでなかれど、一応の期限付きなのだ。エヒトが救いとして齎した以上、魔人族を倒せばそう遠からず勇者たちは元の世界に帰ることになるだろう。その後、亜人狩りを再開したところで何の問題もない。

 ガハルドとしても決して呑めない意見ではなかった。

 イシュタルは口を挿まない。思うところはあれ、今の彼は第三者的立場だ。口を挿めばその位置がズレてしまう。少なくとも、約定が結ばれた後でなければ思いを口には出せない。

 

「……良いだろう、その要望を呑もう」

 

 熟考の後、ガハルドはそう口にした。

 

「ただし、相応の代価をいただく。……本来、そんなことを口に出来る立場じゃないってのは理解してるがな。そうでもせんと帝国民が納得せん。

 知っての通り、俺の国は積極的に亜人を奴隷として扱っている。帝国兵にも亜人狩りを正式な任務として受け持つ者もいるし、奴隷商も大なり小なりいる。そいつらを黙らせるのにも必要だし、何よりも国の気風だ。如何に協会の仲介があったと論ったところで、そして如何に期限付きとはいえ、はい分かりました、と頷いたのでは部下たちがついてこん。

 その意見を呑もうとすれば、やはり代価をいただかねばならんのだ」

「御尤もですね。それは如何ほどで?」

 

 光輝の問いにガハルドは答えた。

 これにて光輝の要望は通り、期日までに帝国へと代価を払うことで契約は履行される。それ以降は勇者領が成り立つのだ。

 だが、話自体はこれで終わりではない。

 イシュタルにも言い訳を用意してやらねばならない。亜人族の立場の弱さにはエヒトも絡んでいる。如何に勇者の言葉とはいえ、言い訳の一つも用意してやらねば教会が煩い。

 

「さて、確認したいのですが、エヒト様はトータスの創造主なのですよね?」

「その通りです」

「では考えてみてください。理由もなしに自分が生み出した存在を認めない者がいますか? いえ、いません。謳われるような神なら尚更です。

 魔人族はエヒト様と異なる神を崇めていると聞きます。これならば魔人族を認めないのも分かります。――ですが、いくら歴史を紐解いても亜人族にその様な事実は認められません。ある日を境に、理由もなく急激に立場が悪くなったことしか分からないんです。

 こうは考えられませんか? 当時の教会が私事で亜人族を貶めた……と。亜人族の誰かがエヒト様の悪口でも言い、それを聞き咎めた結果とするならば別に不思議な事じゃない。

 エヒト様への信仰を第一にしているとはいえ、人間であることに違いはありません。多少のことならば笑って許すか――断固として許さぬか。そればかりは当人次第であり、私事と捉えることも出来ます。後者が相応の立場にあれば、今日の亜人族の結果に繋がってもおかしくはありません。

 所詮は想像でしかありませんが、考えられないことではないでしょう。これならば直接でなくともエヒト様が絡んでいるので、教会が総力を挙げても不思議な事じゃありません。……そうは思いませんか?」

 

 光輝はつらつらと語る。

 光輝が持つエヒトへの印象は最悪でしかないが、それはオルクスを攻略したからでもある。トータスの住人にとっては、度合いはともかく敬う存在であることに違いはない。

 無理にエヒトを貶めずに教会を納得させようとすれば、この程度しか思い浮かばなかった。

 

「然様ですな。……分かりました。教会の者たちは光輝殿の意見で納得させましょう」

「助かります」

 

 イシュタルの言葉に、光輝は安堵の息を吐いた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「――とまあ、こんな具合で帝国の使者と王国、光輝の間で会談が成り立ち、イシュタルがそれを認めたようだ。その履行のため、期日までに大峡谷の魔物の素材を一定量集めて帝国に渡さねばならん」

 

 差し出された昼食を取りながら天誡は告げた。

 

「話は分かった。でも、それなら態々九角が来る必要はなかったんじゃないのか?」

「こっちが良くても、帝国側はそうもいかんだろう。少なくとも、勇者一同として帝国側が紹介を受けた者が渡さないことには話が成り立たん」

「……ああ、言われてみればその通りだな」

「んで、肝心の期日はいつだ?」

「分からん。帝国に帰る道すがら大峡谷の上を通るらしいので、その時に渡すことになっている。予定では近日中に王都を発つとのことだったが、だからこそ余計に分からん。……まあ、早く来たところで受け取るまでは待機してくれるだろうが、こちらに一泡吹かせたいんだろうよ」

 

 天誡の言葉に全員が顔を顰めた。

 普通に考えればおかしなことだが、聞く限りの帝国の気風を考えれば在り得ないことじゃない。

 

「はあ……。その上で、更に稼がなくちゃいけないわけだ。時間もないとあっては文字通りに総当たりだね。――今の手持ちはいくらあったっけ?」

「えっと……だいたい二百万ってところかな。それがどうしたの?」

 

 溜息を吐きながらのハジメの問いかけに、料理番かつ金庫番と化した香織が答える。 

 既に半月が経っていることもあり、アレーティアを除く待機組全員がブルックに冒険所登録をしに赴いていた。その都度に魔物を狩り換金しているのだから当然だ。加え、浩介が“深淵卿”の名を広めるために受けた仕事の稼ぎもある。普通に暮らす分には十分な備蓄といえる。

 人数が人数ゆえに相応の出費もあるが、基本的には衣類と食費くらいのもの。家畜やら本やらは例外だ。

 

「少し心許ないけど、仕方ないか。――浩介と雫はあるだけのお金を持って帝国に行ってきて。それで亜人族の奴隷を買えるだけ買ってきてくれ。出来るだけ五体満足な方が良いけど、選別は二人に任せる。……急いでくれ、これは時間との勝負だ」

「……なるほど。そういうことね」

「では仮面を取ってくる」

 

 ハジメの言葉を聞けば、理解出来ない二人ではない。雫は頷きを示し、浩介は自室へと仮面を取りに行った。

 

「どういうこったよ?」

「帝国は奴隷商が出来るほどに亜人差別が活発だ。だが、商売であるならば何であれ仕入れが必要となる。安定して仕入れることが出来ればこそ、安価で売ることが出来るのだ。――しかし、契約が履行されれば亜人の仕入れが滞る。結果、値が吊り上がる。

 五体不満足であれば値上げしてもたかが知れているだろうが、健常な者であればどこまで上がるか分かったものじゃない」

「そうなる前に先手を打つってことか」

 

 そこまで言われれば京弥も理解が及び相槌を打った。

 

「光輝の結んだ契約が履行されたところで、亜人族がそれを実感出来ないことには意味がない。そのために一番手っ取り早いのは、奴隷を買って樹海へと帰すことだ。……他ならぬ人間であり、勇者一同である俺たちがな」 

「そういうことだな。――では、行ってくる」

 

 浩介と雫が階段を駆け上がっていく。最早奴隷に関しては二人に任せるしかない。

 

「私たちも行きましょう。――貴方たちは仕事の続きをお願いします」

 

 アレーティアの言葉に銘々頷き、或いは階段を上り、或いは外へと出て行った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「……これは酷いわね」

「聞きしに勝る、だな」

 

 帝国の奴隷市場を覗いた雫と浩介の言葉である。

 迫害を受けているとは聞いていた。

 しかし、同時に労働力であるとも聞いていたのだ。

 労働力であれば、最低限の節度は保たれているだろう事を二人は期待していたのだ。――その願いは木っ端微塵に砕かれてしまったが。

 思うところはあれ、二人に出来るのは奴隷を買うことだけである。

 この国がこれで機能している以上、表向きそこには問題などないのだ。

 奴隷への扱いを許せないと思うのは二人の感傷に過ぎない。郷に入っては郷に従え。今はこの気持ちに封をするしかない。

 帝国が実力主義を謳う以上、二人の実力を以て頂点に成り代わることは簡単だ。しかし、この世界に永住する覚悟もなしにそんなことは出来ないのである。

 

「まずは馬車か」

「そうね」

 

 状態が状態であり、五体不満足な亜人は想像以上に安い。五体満足な亜人もそこまで高くはなかった。

 とはいえ長距離を歩かせるわけにはいかない。きちんとした栄養が取れていないのは見ただけで明らかだし、五体不満足な亜人に至っては四肢欠損もザラである。

 目当てが一人や二人でない以上、必然的に輸送手段が必要となる。

 

「手痛い出費だったわね……」

「言うな、必要経費だ」

 

 馬の状態や輸送台の規模など諸々を鑑みた上で購入したのだが、手持ちの約半分が飛んでしまった。

 購入する亜人はより厳選しなければならない。

 

「ハジメ君に頑張ってもらうしかないか……」

「そうなるな」

 

 帰りの馬車の御者台にて、二人は零した。

 手綱を握るのは雫。浩介は魔物を始めとした外敵への備えである。……飛水流を学ぶ過程で乗馬を叩き込まれたことが功を奏した形だ。

 購入した亜人たちは全員輸送台の中である。

 世話役も兼ねた五体満足な亜人を二人、それ以外は五体不満足な亜人を買い漁った。帰路の保存食代も含めれば、最早手持ちは皆無に等しい。

 しかし、手持ちよりもハジメにかかる負担の方が心配だった。

 現在のハジメの忙しさは二人も知っている。材料調達はともかく、移動手段の作成そのものはハジメ任せなのだから無理もない。一発で成功出来るわけもないし、試行錯誤を繰り返している。ワーカーホリックもかくやという有り様だ。

 それを知っている以上、無理にハジメに頼るのは遠慮したいがこればかりはそうもいかない。人形師たる幸利が王宮にいる現状、義手義足の作成はハジメに頼らなければならないのだ。

 ハジメが根の部分で人付き合いを好んでいないだろう事は二人も察している。……幸利もそうだが、仕事人には少なからずそういうところがあるらしい。

 その一方で、ハジメの社交性は特に問題などなく、善意も相応にあることも二人は理解していた。

 この状態の亜人族をハジメが見たなら、進んで義手義足の作成に取り掛かるだろう事は想像に難くない。

 

「清水に一筆認めておくか」

「そうしてちょうだい」

 

 ハジメの倒れる様がありありと想像出来た二人は、顔を引きつらせながらも“宝物庫”を介して幸利へ増援を要請したのだった。

 進むこと暫し。

 そろそろ日が暮れる頃合いだ。

 亜人族の状態を鑑みれば出せる速度にも限りがある。必然、ゆっくりと進むしかないのだ。

 適当な場所で馬を停め、夜明けまで待機だ。夜間の進行は危険なので仕方がない。

 

「はい、食事よ。保存食で悪いけどね」

「いや、構わない。……感謝する」

 

 輸送台の亜人族へも保存食を渡し、向かい合わせで食べる。――ただし雫のみだ。食事時はどうしても警戒意識が弱まる。話をするとなれば尚更である。それゆえ浩介は時間をずらし、この間は変わらず警戒に当たっている。

 

「さて、食べながらで悪いけど今後の話をさせてもらうわ」

「分かった」

 

 世話役として買った亜人族の男性が答える。もう一人の世話役は女性だ。

 

「まず、貴方たちには私たちの拠点まで来てもらう。必然的に樹海を通り過ぎることになるけど、そこは我慢してちょうだい。

 拠点に着いたら貴方たちの治療ね。治せる部分は治し、そうでなくとも仲間に義手や義足を用意してもらうわ。……まあ、一から創ることになるので時間がかかることは覚悟してて。

 そして治療が終わったら樹海へ帰すことを約束するわ」

「……なに? 聞き違いか? 俺たちを樹海へ帰すと聞こえたが?」

 

 流石に聞き咎めたのだろう。男性が言及してくる。

 

「聞き違いじゃないわ。貴方たちは樹海へ帰します。――とはいえ、私たちにも思惑はあります。私たちと仲間は七大迷宮の攻略を目指しています」

「七大迷宮……。なるほど、樹海へ入るためか」

「ええ、そのために貴方たちには協力してもらいたいの。……単純な善意よりはよっぽど信じられるでしょう?」

「たしかにな……。しかし、だとしても度が過ぎている様に感じるが?」

「でしょうね。――貴方たちは勇者召喚の話を知っているかしら?」

「噂話程度にだが。……まさかお前たちが?」

「ええ」

 

 雫は亜人たちへと簡単ながら経緯を語る。

 こことは違う世界から召喚されたこと。

 元の世界へ帰ることを第一に行動していること。

 エヒトなど信じてもいないこと。

 仲間内で数は違うが【オルクス大迷宮】を含めて攻略済みの七大迷宮があること。

 勇者、王国、帝国、の間で会談が行われ、【ライセン大峡谷】及び【ハルツィナ樹海】の周辺を期限付きで独立勇者領として頂戴すること。

 また勇者領では人族以外も人として扱うこと。

 教会もそれを認めたこと等々だ。

 

「まだ正式な履行はされてないけど、近々される予定でね。私たちも寝耳に水な話だったから驚いたわ。

 だからこそ、こうして取り急ぎ貴方たちを購入したってわけ。一度に全員買えれば良かったんだけど、流石に私たちの元手も限りがあるからね。そこは許してちょうだい」

「許すもなにも、期限付きとはいえそれが本当に為されるのなら、こちらとしては感謝しかない。……もし本当に皆を治療していただけたのなら、その時は私の持てる全てで貴方たちに協力しよう」

「期待してて良いわよ。うちの錬成師と人形師は凄腕だから」

 

 こうして、一先ずの約束が結ばれたのだった。    

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