ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5話

「ようこそ、ここが【ハルツィナ樹海】だ。この奥に我らの故郷――【フェアベルゲン】がある」

 

 ここまで乗ってきた馬車から降り両手を広げて誇らしげにそう言ったのは、雫と浩介に世話役として買われた亜人族の男性だ。虎人族で名前をグルという。

 あれから既に一月余りが経っている。それだけの期間を共に過ごしたこともあり、相応に親しくなっていた。

 亜人族の集落はフェアベルゲン以外にもいくつかあるのだが、グルたちは揃ってフェアベルゲン所属らしい。

 

「案内と仲介、よろしく頼むぜ?」

 

 御者台から降りつつそう言ったのは幸利だ。一度は別行動を取り王宮へと行った彼だが、増援要請に応え再度合流したのである。

 今しがた幸利が降りた馬車もただの馬車ではない。移動手段としてハジメが作成したものである。その証拠に車体を牽く馬は金属性だ。

 ハジメが移動手段を完成させられたのも幸利の合流に依る部分が大きい。

 天職こそ傀儡師であるが、元々幸利は人形師としてのスキルも持っている。そして精緻な人型人形を創ろうと思えば、自然と人体に精通するものだ。種族の違いもあり、合流して当初は義手義足の作成も捗々しくなかったが、それも当初のみ。間もなくして精緻精密なそれらを創り上げたのだ。

 使っている素材が素材ゆえに頑丈さも十分。時世で考えてもオーバースペックな代物だ。それを幸利は全員分創り上げ、惜しみなく与えたのである。更には義眼まで創り上げたのだから脱帽ものだ。加え、人形師としてのスキルを駆使し、その氣糸で以て神経系も繋げてあるのだ。極端に頑丈になった部分を除けば、元の手足と何ら遜色はない。

 人数が人数ゆえ、そして経過観察の必要もありここまで時間がかかってしまったが、最早普通に生活する分には問題などなくなっていた。

 幸利が義手義足義眼の用意を全面的に受け持ったからこそ、ハジメは移動手段の作成に専念出来たのである。

 馬車型なのは、やはり時世を考えてのものだ。

 現代地球人として身近な乗り物で真っ先に思い浮かぶのは自動車やバイクの類だ。学生であることを鑑みれば自転車になるが、自力で漕がなくてはならないため疲弊する。――疲弊することを防ぐための移動手段なので、自転車は自ずと候補から外れる。

 電車の類もまた却下だ。乗る分には疲弊しないが、前準備が手間過ぎる。いちいちレールなど敷いていられない。

 よって候補は自動車やバイクとなるのだが、トータスでは流石に目立つ。目立ち過ぎればそれだけ邪魔が多くなる。それゆえ馬車型に落ち着いた。これならパッと見は目立ちにくい。――とはいえ、動力源は魔力であり、魔力操作がなくては自在に動かすことは出来ない。オーバースペックな代物であることに違いはなかった。無論、それだけではなく随所に様々なギミックが仕込まれている。最初はまだしも遠からず目立つのは確定しているので、その分だけスペックを追及してあるのだ。

 ハジメとしては氣も動力源として用いたかったのだが、如何せん時間が足りなかった。如何に“生成魔法”が神代魔法といえども、体系化された技術であることに違いはない。魔力を用いねば発動出来ず、それによって付与された技能も基本的には発動に魔力を要するのだ。

 ここで疑問に浮かぶのが“金剛”を始めとした身体強化の技である。あれは氣でも発動が可能だからだ。――しかし、正確には氣で発動しているのは別物だ。限りなく酷似した効果の別物なのである。

 氣と魔力を動力源とした併用馬車も、創れる可能性だけならあった。

 そう、氣を用い最初から最後まで己の手で創り上げれば可能性はあったのだ。しかし、流石に現実的ではない。いちいち己が手で彫刻刀を片手に鉱物を削っていては、どこまで時間がかかるか分かったものではないのだ。まして可能性に過ぎないとあれば、試す余裕などありはしない。

 魔力と氣が似て非なるモノである以上、仕方がないといえた。

 ともあれ、亜人族の治療が終わった以上、樹海に帰さないわけにはいかない。

 折よく移動手段も完成したため、その試運転も兼ねて運んできたのである。

 ハジメが創り上げた馬車は一台だけではない。一度完成まで漕ぎ着けた以上、最早手順は分かっているのだ。素材と集中さえ切らさなければ、複数を創り上げることも問題なかった。――その一方で潜水艇は未だ手付かずだ。まあ色々とあったので無理はない。それでも馬車創りで得たノウハウを生かせば、遠からず創り上げることが出来るだろう。

 二台三台と金属馬車が到着し、御者を務めた待機組と荷台に座る亜人族が続々と降り立つ。

 それを横目にグルが幸利へと答えた。

 

「勿論です。清水殿を始め皆様には大変世話になりましたからな」

 

 御者を務めたのは総勢六人。ハジメ、幸利、浩介、重吾、雫、香織である。一台につき二人ずつの搭乗だ。

 人選にも当然ながら理由が存在する。亜人族は四神の宿星を宿す者へ――特に重吾と香織へ畏敬の念を抱いたのだ。

 亜人族は種族様々なれど、その中にはグルを始めとした虎人族や翼人族もいる。虎と鳥の神格たる白虎と朱雀。その加護篤き二人へ畏敬の念を抱いたとして不思議はない。

 そんなわけで四神の四人は確定。大半の亜人族が一番信用信頼を寄せているのは幸利ということもあり彼も同行。浩介は消去法かつ彼自身と雫の推薦によるものだ。

 グルたちが待機組へと親しみを抱いたように、待機組もまたグルたちへと親しみを抱いた。

 いま以て低い亜人族の立場、そして自分たちが帰ってからのことを想像すれば、何かしらの手伝いをしてやりたくもなる。

 そこで白羽の矢が立ったのが兎人族だ。樹海に住むのはハウリア族というらしい。揃って青い髪を持つ、ウサミミを生やした心優しい一族。臆病で争いごとが苦手だが――それゆえに気配察知と隠形には目を見張るものがある。

 事実、世話役として購入されたハウリア族の女性――ラナも例に漏れなかった。

 彼女の隠形は浩介と雫をして感心するものがあったのだ。覚悟さえ決まればこれほど頼りになる戦力もあるまい。

 その特性上、向いた戦法は不意打ち特化。暗殺者たる浩介と忍びたる雫の十八番である。

 初期に義肢を着けられた者から順に世話役に廻ることが出来るようになったこともあり、次第にグルとラナの時間も空いていった。

 帝国に捕えられたこともあるのだろうが、その空き時間を彼らは自主鍛錬に当て、それを見た待機組も手隙の時間で付き合うようになった。グルには虎繋がりで重吾が、ラナには浩介と雫が主に当たった。

 短い期間ながら二人はラナを鍛え上げた。ラナもまた二人に感化されたこともあり、装備を整えた上でかつ不意打ちを仕掛ければ【ライセン大峡谷】の魔物を一人で狩れるようにもなっていた。

 必然というべきか――

 

「邪妖滅殺」

 

 ――だの――

 

「これがアナタの鎮魂歌(レクイエム)よ」

 

 ――だのと言うようになってしまったが。

 ともあれ、ラナが実証して見せた以上、ハウリア族にはそれだけのポテンシャルがあることは確かだった。

 グルとしても歓迎だった。樹海の護りとなり得る者は多ければ多いほど良い。彼自身も重吾に鍛えられた結果、今では単独で大峡谷の魔物を相手取れるに至っていた。

 フェアベルゲンを超えた更なる深部に樹海の象徴たる大樹はある。七大迷宮として数えられている【ハルツィナ樹海】だが、聞いた話が正しければ樹海そのものは真なる迷宮たり得ない。他の迷宮同様、おそらくは前座でしかないのだ。……である以上、樹海で真なる迷宮として考えられるのは大樹しかない。朧げな記憶でしかないが、大樹の下にはオルクスの紋章もあったように思えるので尚更だ。

 しかし、大樹の周囲は特に霧が濃い。亜人族でも方角を見失ってしまうほどだ。一定周期で霧が弱まる時でないと、亜人族でも大樹の下へは行けないのだ。

 長らく樹海から離れていたこともあり、グルも樹海へ入らなければ周期が分からなくなっていた。

 それらを伝えた結果、折よく仲介が叶った暁には待機期間でハウリア族を鍛えるよう話がついているのだ。――なお、当然ながら当のハウリア族は知らない。

 

「では行きましょう。はぐれるといけませんので――何だ……?」

 

 言葉を途中で止め、グルは樹海を注視した。

 前衛もまた各々に樹海を警戒し、後衛は“宝物庫”に馬車をしまいつつ、亜人族の護りにつく。

 樹海が騒がしい。――待機組は普段の様子こそ知らぬものの、それだけで警戒に値した。

 

「ぬぅ……ッ!? 先回りされていたかッ!」

「カム殿か!?」

「族長!?」

 

 樹海から飛び出してきたのはハウリア族だった。それも一人や二人どころではない。続々と樹海から飛び出してくる。

 族長――カムの言葉を鑑みるに、どうやらハウリア族は追われているらしい。

 

「カム殿、いったいどうされたのだ?」

「そうよ族長。何かあったの?」

「どうも何も――ムッ、よく見ればグル殿とラナか。それに他の者たちも……。

 そうか。帝国に囚われたと聞いたゆえ命はもうないものと思っておったが、無事だったのだな。……良かった」

 

 グルとラナに問い質され、カムはようやく周りが見えるようになったらしい。

 ハウリア族の前評判に偽りなく、追われているだろうにも拘らずグルたちの無事に安堵して見せた。

 

「族長、早く!」

「追い付いたぞ、面汚しどもが!」

 

 一緒に飛び出てきたハウリア族がカムを急かすも、僅かに遅かった。剣呑なる言葉と共に、他の亜人族も続々と樹海の入り口へ姿を現したのだ。

 

「おいおい、勘弁してくれよ。また面倒事か……」

「どうやらそうみたいだね……」

 

 頭を抑え、呆れたように幸利が言い。

 ハジメもまた溜息を吐いて同意した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 樹海の境界で睨み合いを続けるハウリア族と追ってきた亜人たち。そしてそれに巻き込まれかねないハジメたち。

 状況は一触即発である。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

 取り敢えず状況が分からなければ動きようがないとして、ハジメは風にザっとした経緯を聞いた。

 

(「シア……魔力操作……忌み子……」)

 

 返ってくるのは流暢な言葉ではなく単語と単語が精々だが、取り敢えずの状況を知るに不足はない。

 

「シアって名前に心当たりは?」

「族長の娘よ。……そっか、とうとうバレたのね」

 

 ラナに聞けば返ってきたのはそんな言葉。

 どうやらハウリア族自体はシアが“魔力操作”の技能を持っていることを知っていたらしい。ただ、亜人族の里では忌み子として扱われるから黙っていたみたいである。そして今になってバレたので追われている……とこういう話のようだ。

 

(さて、どうするかな?)

 

 ハジメとしてはどちらにも理解を示せる。――が、心情的にはハウリア族に傾く。

 しかし心情のままに樹海の亜人族と事を構えるわけにはいかない。今までの苦労が水の泡になってしまう。

 悩むハジメの心に妙案が浮かんだ。

 

「あ~、取り敢えずハウリア族の皆さんは安心して良いですよ。そこにいる限りは僕たちが護りますので」

「人間族だと!? それにグル!? いやそれ以外にも……」

 

 声を上げ、ハジメは一同の前に出ていった。当然亜人族は警戒を示すが、共にいるグルたちに驚愕の目を開く。

 

「さて、貴方たちがどこまで情報を入手しているかは分かりませんが、ここを含めた【ライセン大峡谷】一帯は――期限付ではありますが――正式に僕たちの領土となっています。名称は勇者領。

 領内においては一つを除き特に制限はありません。……そう、人族以外も人として扱うこと以外は。

 ハウリア族の皆さんは樹海を出た瞬間に我らの領内へと入られました。そして僕たちはそれを知った。特に犯罪者でもない以上、彼らの安全は僕たちが護ります」

「勇者領……? それに亜人族も人として扱う……?」

 

 状況を認識しきれぬ亜人族へハジメは更に叩き込む。

 

「また、それゆえに僕たちはグルを始めとした皆さんを樹海に帰しに来ました。――それだけでなく、僕たちは樹海の奥にあるという大樹に用があります。グルたちにも案内の了承は得ています。そういうわけで入れてほしいのですが?」

「……暫し待たれよ。俺の独断で決めていい範疇を超えている」

「その必要はない。私の名の下に許可を出そう。手出しはさせないのでハウリア族もついてくると良い。――さて、私はフェアベルゲン長老衆の一人でマオという。まずは礼を言わせてもらおう。我らの同胞を救出ばかりか治療までしていただき、感謝の念に絶えぬ。ありがとう、勇者の仲間よ」

 

 現れるなりそう言って頭を下げたのは翼人族の女性だ。

 同時に周辺がざわめく。言葉が正しければ亜人族トップの一人である。それが人間に頭を下げたとあれば無理もない。

 

「不思議かな? 樹海の外のことは鳥を介して聞いている。全てではないが、そちらのお二人が帝国に捕えられていた我らの同胞を買ったこと、そしてここら辺が勇者領として認められたことくらいは知っているのだよ。また、帝国における同胞たちの扱いと状態もな。……そんな同胞たちが動くに支障ない姿で現れたのだ。こちらとて相応の礼を尽くさねばなるまいよ。――さあ、ついてきてくれ」

 

 頭を上げたマオはそう言って歩き出した。皆がそれに続いていく。

 

「歩きながらですまないが、詰められるところは詰めておくとしよう。……よろしいかな?」

「ええ」

「先に謝っておくが、我らは歴史が歴史、立場が立場だったゆえに人間族及び魔人族への憎悪は根深い。長老衆とてそれは変わらん。貴方たちへの感謝はあれど、それを素直に認められる者ばかりではあるまい」

 

 マオの言葉によると現在の長老衆はマオの他に五人。森人族のアルフレリック、狐人族のルア、熊人族のジン、虎人族のゼル、土人族のグゼだ。そして後者三名――中でもジンが危ういらしい。

 ジンとゼルは樹海の護り手として見る分には問題ないが、それだけに森の中に人間が姿を現した際には一層苛烈に当たっている。魔物目当ての冒険者であれ、亜人狩りであれ構わずだ。

 樹海を自由に歩くには亜人族の協力が不可欠。そして樹海の外における亜人族の立場は奴隷である。当然の行動とも思えるが、冒険者は人格もまた求められる以上、その奴隷は大切に扱われていることの方が多い。それを知ったゼルは冒険者の方には寛容さを見せるようにもなったが、ジンの方は変わらずだ。……これでは融和の芽が開くこともない。

 グゼは戦闘力こそ高くはないが、ジンと仲が良い。それゆえに同調してくる可能性が高い。

 マオを含めた残り三人は比較的穏健派の部類に入る。感情よりも理性を優先させる傾向が高い。

 フェアベルゲンにおいて“魔力操作”を持つ者は掟により忌み子として扱われる。魔物と同じ性質を持つがためだ。――しかし、言ってみればそれだけでしかない。“魔力操作”に対して納得出来るだけの利点を解けば、アルフレリックとルアはハウリアを庇う可能性がある。

 掟とて元は亜人族の祖先によって定められたこと。誤りが無いとはいえないのだ。時に情勢を鑑みて手を入れていかねばならない。

 

「鳥を介して外の情報が入るからかな? 私は里の閉鎖的な環境を何とかしたいのだよ。無論、今の環境が我らを護ってきたことは分かる。――しかし、それゆえに諦めてきた生命があるのもまた事実。

 亜人族内でそれぞれが異なるように、人間族もそれは同じ。仲間を捕える者もいれば、こうして救ってくれる者もいる。……いい加減“人間族”と一括りで見るのは終わらせるべきなのだ。

 それはとても難しいことではあるが、同時に今はまたとないチャンスでもある。あなた方の存在ゆえにな。

 量より質、質より量……個は集団に埋没するのが基本だが――時として集団を凌駕する。立場であったり実力であったり、要因は様々だがな。そしてそれゆえに影響力は自然と大きくなる。

 あなた方のような強力な“個”と繋がりを持つことが、将来的には亜人族そのものの安寧に繋がる。……私はそう思っているのだよ」

 

 マオは自らの思いを述べた後、ハジメたちについて訊ねてきた。

 相手が胸襟を開いた以上、こちらもまたそうすべきだ。本当に重要な部分のみを伏せ、経緯と目的を語っていく。七大迷宮攻略についても語り、攻略の証も見せた。

 それだけではなく、忌み子――すなわち“魔力操作”持ちについても所感を語っておいた。

 

「あくまで僕自身の考えですが、“魔力操作”持ちはよりこの世界に適応した存在だと思ってます。魔物にのみ目が行きがちですが、歴史を紐解けば“魔力操作”に目覚めたと思しき者は何名か見受けられます。国自体は既に滅んでいますが、吸血鬼国最後の女王など最たるものでしょう。魔法を使うのに陣も用いず、当代最強戦力の一人として数えられたとか……。

 人と魔物との違いは知恵を持つかどうかです。本能のまま力を振るうのであれば害でしょうが、知恵の下に振るわれるのであれば必ずしもそうとは限りません」

「なるほど、参考にさせてもらうよ。――ここで暫く待っていてくれ」

 

 語っているうちにどうやら目的地に着いたようだ。

 グルによると会議堂として使われているらしい。広いのも頷ける。

 ハジメたちが連れてきた亜人族にハウリア族、そしてハウリア族を追っていた亜人族。一同揃って中に入る。

 

(さて、どうなるかな……?)

 

 これからを想像しつつ、ハジメは時が来るのを待った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 何やかやとありながらもフェアベルゲンとの対話もなり、樹海の迷宮についても情報を得られた。

 長老衆の間に口伝でのみ伝わる掟に助けられた形である。

 七大迷宮の紋章を持つ者が現れたら、如何なる者であれ敵対しないこと。そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くこと。……こんな内容の掟だ。

 帝国より多数の亜人族を助け、連れて行ったのが大きかったのだろう。好戦的な長老も思うところはあれどその気持ちを飲み込み、素直にこちらの頼みを聞いてくれた。

 ハウリア族についても、マオに述べた仮説、グルの申し立てと上昇したラナの実力、そのほか諸々が重なった結果、修練を絶やさず里の護りとなることを条件にそのまま居住を許された。シアもすぐに認められることこそなかったものの、年に何度かの帰参は許された。行く場所もなく、各地で亜人族への理解を深めてもらうためにも今はハジメたちと行動を共にしている。

 対話が終わった後、大樹を訪れるにも待機する必要があったので、その間に可能な限りハウリア族を鍛えておいた。完全ではないが、あとはラナが上手くやってくれるだろう。

 そして、やはり大樹が真なる迷宮の入り口の様だった。

 大樹の根元には石板があった。七角形を形作っており、頂点にはそれぞれ異なる紋章が刻まれていた。

 石板の裏には表の紋章に対応するように小さな窪みがあり、そこに攻略の証を入れることで石板にメッセージが現れたのだ。

 

『四つの証。再生の力。紡がれた絆の道標。全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』

 

 単純に考えれば、七大迷宮攻略の証が最低でも四つは必要ということだ。

 再生の力は、何らかの神代魔法だろう。仮に“再生魔法”とでもしておく。

 紡がれた絆の道標は、案内用の亜人族と捉えて間違いあるまい。

 ここに来た時点で三つ目は達成済み。――しかし前情報なしに亜人族と仲良くする必要があるため、世情を考えれば困難なことこの上ない。もしかしたら、他の迷宮やどこかしらにはこれを示唆する情報があるのかもしれなかった。……時の経過とともに無くなった可能性もあるが。

 どうであれ、挑むのは相当後になりそうだ。

 元よりこの面子だけで攻略に挑むつもりなどなかったので、全体的にプラスと見て良いだろう。

 オルクスを攻略してからだいたい二ヶ月が経ったことになる。特に馬車の問題も見られなかった以上、動き出すには良い頃合いだ。王宮組の方も、流石にある程度までは詰めているだろう。

 そんなわけで隠れ家の面々と合流し、王宮へ出発。

 なお、留守中の隠れ家は何名かの亜人族が見てくれることとなった。

 更生してきたとはいえ元罪人だけにしておくわけにはいかない。治療した亜人族には家族を亡くした者もいる。そして亜人族は亜人族で、今のうちに人族と上手く付き合っておかなければならない。でなければいつまで経っても亜人族の状況は変わらないからだ。……諸々の利害が一致した結果である。

 近隣の町であるブルックへとキャサリン越しに話を通し、まとめ人たるグルにステータスプレートを発行してもらった。出入りに必要なため、余分なオルクス攻略の指輪もグルとキャサリンに預けてある。少しでも融和が進んでくれれば喜ばしい限りだ。

 後顧の憂いも絶ち、意気揚々とやってきたハジメたちを待っていたのは――しかし暗い雰囲気の王宮だった。

 

「ホルアドに魔人族が単騎で襲来した。民こそ無事だったものの、騎士団の多くが痛手を負い中野と斎藤も同様だ。――そして檜山と近藤が魔人族へと寝返った」

「それは本当に?」

「事実だ。嘘をつく理由がない」

 

 出迎えに現れた天誡から聞かされたのは、予期せぬ出来事だった。

 落ちた面々の無事も分かった以上、帝国が帰った後クラスメイト達は再びオルクスで実戦訓練を積んでいたそうだ。

 そして彼らが潜っている間にコトは起きた。

 檜山は未だホルアドの宿屋に軟禁中だった。立場が立場ゆえ表立って裁くことが出来ない。そして七大迷宮攻略組について詰めていたこともあり、王宮もまた後回しにしてしまっていた。

 その判断も無理はない。檜山で問題なのは“勇者の仲間”という立場だけなのだ。表立って知られておらず、軟禁以降特に問題も起きていないとあっては後に回すのも当然といえる。

 魔人族が【雪原洞窟】を攻略したのがほぼ確定となった今、攻略組を重視するのは当然だ。一つでも攻略を成功させた以上、二つ目三つ目を求めるのが妥当だろう。ならば、迷宮攻略を進める過程で遠からずぶつかる可能性は高い。それも攻略の実績を持つだろう実力者とだ。

 戦争は個人でするわけではない。集団で対峙する以上、士気が関わってくる。そして実力者を倒せば相手の士気は大きく下がる。

 戦時である以上、魔人族の行動がそれだけの筈もないが、ほぼ確定で実力者を倒せるだろう機会を見逃すわけにもいかない。

 

「ものの見事に裏目に出た形だよ。宿屋が拠点となっていることは簡単に分かる。タイミングを狙ったのかそうでないかは分からないが、人目に付かぬ迷宮内と異なり白昼堂々だ。これでは隠しようがない。挙句の果てに『勇者、恐るるに足らず!』と声高に叫び、竜に乗って去って行ったらしい。……兵の士気は下がり、民の間にも不安は広がっている」

 

 同じく出迎えに現れたレオンが言う。

 加えて言えば、コトが起こってから既にそこそこの日数が経っている。冒険者ギルドが寄越した早馬によりコトの起こり自体は早期に判明していたが、詳細が分かったのはごく最近なのだ。

 無論、早馬が届き次第に戒厳令は手配した。その甲斐あって情報の拡散はホルアドや王都近郊の町村で留められている。――しかし、その町村に情報が行き渡ってしまったのは否定しようのない事実なのだ。

 詳細の判明に時間がかかったのにも当然ながら理由がある。

 留守居の騎士たち、及び中野と斎藤の両名が意識を取り戻すのに時間がかかったこともそうだが、何よりも意思疎通が出来なくなっていたことに由来する。その手は人のものをかけ離れ、言葉も要領を得なくなっていたのだ。どうやら襲撃者によって何らかの呪詛をかけられたようだ。

 結局、生徒たちに付き合って迷宮に潜っていた御門先生が戻りその呪詛を解くまで、詳しいことは何も分からなかったのである。そして凄腕の陰陽師である御門先生が呪詛を解くのに苦戦したことからも、相手の実力の高さが浮き彫りになっている。

 呪詛の原因。その可能性として浮かび上がるのは、魔人族が手にしたであろう神代魔法だ。今まで魔物にのみ使われていたソレだが、もしかしたら魔物に限らず生物であれば対象と出来るのかもしれない。

 想像通りなら非常に厄介だ。適性にもよるだろうが、人間に化けられ撹乱でもされたら打つ手がない。

 なるほど、確かに状況は悪い。王宮の雰囲気が暗くなるのも頷ける。

 

「けれど、まだ最悪ではない。……そうでしょう、殿下?」

 

 不敵な笑みを浮かべ、凛とそう言うのはアレーティアだ。

 

「確かにね。実際には留守を狙われたようなものだし、勇者ともぶつかってはいない。士気向上のやり様はある」

「ええ、その通りです。……ですが、襲撃をかけてきた魔人を貶すのは避けた方が賢明でしょう。聞くに、その者は直接に民へと危害を加えてはいないとのこと。戦時中となれば敵国の民など無下に扱う者も珍しくはないのです。それを鑑みるに一廉の誇りを持つ武人に間違いありません。敵であれそのような者は貴重です。加え、実力者とあれば尚更に。――その誇りを傷付けるような真似をしてしまえば、それこそどうなるか分かりません」

 

 静かに語るその言葉には確かな重みがあった。

 滅びたとはいえ、元は一国の女王。アレーティアが直接間接を問わず戦争に関わった回数は多いだろう。

 その経験からくる言葉は、正しく金言といっていい。

 

「まったく……。僕にとっては、貴女を仲間に出来たことの方が神代魔法より遥かな価値を持つよ。――さて、予定が崩れた以上、急いで再編しなければならない。貴女にもご協力を願いたい」

「微力を尽くさせていただきます」

「俺も手伝おう」

 

 足早に三人が去り、ハジメたちもそれに続く。

 暗雲立ち込める中、一条の光は確かに存在していたのだった。    




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