1話
「平和ですね。こうして各町村を廻っていると、先生は今が戦時中とはとても思えないんですよ。――でも、確かに戦争をやっているんですよね。檜山くんと近藤くんは無事でしょうか……。
魔人族に寝返った、と皆さんは言いますが、全然信じられません。――いえ、違いますね。信じたくないんです。……はは、弱いですね私。先生なのに……」
ハジメ作の馬車の中、愛子が言う。この道中、最早珍しくはない光景だった。ふとした拍子に、彼女はこうやって落ち込んでいる。
しかして、同乗する誰もがそれを咎めることはない。どうしてそのようなことを出来ようか? そんなことをしてしまえば、高確率で愛子が潰れてしまうだろう。
現在この馬車は落ち込んだ士気の回復、民衆の慰撫、愛子の天職:作農師を活かした農地の改善と開拓……と諸々を行うためにハイリヒ王国内の町村を廻っている最中だった。
その内容上、メンバーも厳選されている。
まずはハイリヒ王国の王女にして“聖女”の天職を持つリリアーナ・S・B・ハイリヒ。
そしてエヒトに召喚された、人族の救いたる張本人、勇者――天之河光輝。
聖教教会によって流された情報により、上位世界よりやって来た現人神と認識されている比良坂恵里。
オルクスを攻略した王国きっての実力者にして、
それらの護衛として緋勇龍真。……なお、龍真の天職は基本的に秘匿されている。流石に“救世主”など大仰に過ぎて公表出来るわけもなかった。町村に入る際にステータスプレートの提示を求められる以上、秘匿するにも限度はあるが、そのために戒厳令も出されているのだ。
これに愛子を加えた六人で行っている。――あくまでも主要メンバーなだけであり、護衛の騎士はきちんと用意されている。教会と王国からなる混合だが、十二人の三個小隊だ。元々王国と教会は密に接しているため、共同作業は特に珍しくもなかった。
そして仕事の際、愛子は決して弱みを見せなかった。不安がる民衆へと笑顔を振りまき、作物を育て、それにつられて民衆も笑顔を取り戻す。
それらを繰り返した結果、王都近郊において愛子は“豊穣の女神”の二つ名で呼ばれる程になっていた。――いや、何も王都近郊に限った話ではない。出立点が王都近郊だっただけであり、商人等々を通じて“豊穣の女神”の名は各地へと広がりを見せている。初めて訪れた場所で『女神さま』と声をかけられることも少なくはない。
それは多大なプレッシャーだ。年齢に反比例したその小さな身体では尚更に。威厳はなく、親しみに溢れているからこそ、より圧し掛かってくるのだ。
弱音くらい、吐き出せる場所で吐き出させてやらないと、肉体よりも先に心が死んでしまう。
御者台に座る龍真とメルドにも、愛子の声は聞こえてくる。――しかし、どう声をかけていいのか分からない。彼らは割り切ることに慣れてしまった。割り切るとは現実を現実として受け止めることに他ならない。そうしてこそ、次への行動の芽が見えてくる。
だからこそ、割り切る前段階で落ち込まれると弱い。
それは光輝も変わらない。
トータスに召喚される前の――ただ綺麗事だけを信じていた頃ならば、慰めの言葉をかけていたに違いない。
だが、そんなものは所詮その場限りの誤魔化しに過ぎないのだ。ふとした拍子に破綻するのは目に見えている。そして張りぼてでも希望が目の前で砕け散ることに違いはないので、その際の苦しみは今以上だ。
現実と向き合うことの大切さを知った以上、気軽にそんなことは出来なくなっていた。
そも、龍真、光輝、メルドの三人と愛子では置かれた状況が違う。
王国と教会の要請に応え、愛子が近隣の町村を廻っているうちに生徒たちはホルアドへ出発。――ばかりか実戦訓練と称して迷宮に潜り、挙句の果てには何人かが消息不明となる始末だ。その果てには、引率の騎士のみならず生徒たちまでもが、最奥まで辿り着かないことには脱出も出来ない地獄へと捜索に赴いたときた。
王宮へ戻ってきた愛子がそれを聞かされた時など、本当にどうかなりそうだった。食事もろくに喉を通らず、只々無事を祈る日々。日毎にやつれ、体重も幾らか減った。
全員ではないにせよ、メルドと共に消息不明になった生徒たちと捜索に赴いた生徒たちが帰って来た時など本当に安堵したものだ。姿の見えない生徒たちも、ケガこそすれど生きていると聞き知って、その日は久しぶりに枕を高くして眠りにつくことが出来たのである。
しかしそれから間もなくして、今度は中村と斎藤が意識不明となり、檜山と近藤は魔人族に寝返ったときた。
そしてそのどちらにも、愛子は直接に関わってはいないのだ。
その場にいたとして、愛子に何が出来たとも思えない。そんなことは愛子自身も理解している。――だが、理性と感情は別物なのだ。
常日頃から生徒想いで知られる愛子だ。その心痛など想像を絶して余りある。
それを理解すればこそ、龍真たちもかける言葉が浮かばないのだ。
恵里はそもそも輪の外に興味がない。死のうが生きようが、壊れようが壊れまいが、そんなことはどうでもいいのだ。
ただ、それを正面切って表に出すと生活に支障が出る。逸脱者は孤立するのが世の常だ。元より壊れている以上、それでどうにかなる精神構造もしていないが、輪の中の者にまで波が及びかねないのもまた事実。恵里もそれは本意ではない。だから輪の外には本性を隠して生活しているのだ。
しかし、それゆえにその場その場で誤魔化しが効けばいい程度のものでしかない。
三年を共に過ごす同級生とはいえ、所詮は学校だけの付き合い。ましてや年度が替わればクラスも別となる可能性があるのだ。そう簡単にプライベートに踏み込むつもりもなければ、踏み込ませるつもりもない。
クラスメイトにすらそんな対応なのだ。担任でもない、社会という授業でのみ接する教師など気に掛ける必要もない。――本来ならば。
そしてそういう人間だからこそ、恵里は愛子に言葉をかけるに何の躊躇もしなかった。
「愛子先生……いい加減ウザい」
「うぐ……ッ! すみません」
恵里から言い放たれた言葉で更に落ち込む愛子。――しかし、それを遮るように恵里は続けた。
「答えの分かり切ったことでいつまでも悩まないでくれる? 愛子先生が生徒を見捨てられる筈がないんだ。そのしつこさには一種の敬意さえ抱いているんだから――あまり失望させないでくれ」
「……え?」
冷たく淡々と。――反し、その中身には熱いモノを秘めて告げられたその言葉。
愛子は顔を上げて恵里を見る。そっぽを向くその頬には微かな赤みが窺えた。
「そうですよ、愛子。生徒を想わない愛子など愛子ではありません。公私混同をするな、とはよく言われますが――人間である以上、完全にしないことは不可能です。
出逢いの切欠こそ“教師”と“生徒”という“公”でしょうが、向ける感情は貴女個人のものでしょう?
寝返ったことが信じられない。結構じゃないですか。こと生徒に関するものであるならば、周りなど気にする必要はありません。どこまでも生徒を信じ、想い抜きなさい。……少なくとも、それが私の知る“畑山愛子”という人間なのですから」
畳みかけるようにリリアーナも続けた。
愛子とは十ほども年下のリリアーナだが、その言葉には確かな説得力が感じられた。それは天職によるものなのか、それとも王族という立場からくるものなのか……。
「生徒を見捨てられる筈がない。どこまでも生徒を信じ、想い抜く。……それが私」
瞳を閉じ、愛子は恵里とリリアーナから告げられた言葉を復唱する。
そうして瞑目すること暫し。
「ありがとうございます、比良坂さん、リリアーナさん。私はもう迷いません。それが生徒に関することならば、周りなど気にしません。
確かに檜山くんと近藤くんは魔人族について行ったのかもしれませんが、寝返ったとは思いません。エゴで結構。どこまでも信じ、想い抜いてみせます。……それが私――畑山愛子です!」
カッと目を見開き、愛子は力強く宣言した。
瞬間、その言葉が愛子に響く。“目醒めよ――”という宿星の言葉が。
(与えてください。私のエゴを貫き通す、その一歩となる力を!)
身体に熱が奔り、視界を眩しき光が覆う。抗い様もなく、愛子は意識を失った。
愛子の総身を氣が奔り、
氣の目醒めに伴う決まり切った現象である。――しかしてその氣に、龍真はどうしようもなく親近感を抱くのだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
やがて一つの町に辿り着いた。名前は【ウル】という。“湖畔の町”という冠を付けて知られていた。
一同は早速にそれぞれの仕事に取り掛かった。
リリアーナは町人の慰撫を行い、恵里とメルドも同行する。
光輝もまた似たような内容だが、どちらかといえば警備兵と接する。本来ならばメルドが行うべきなのであろうが、今の彼は王族親衛隊だ。リリアーナが行動する内は彼女の身を優先せねばならなかった。まして恵里もリリアーナと行動を共にするとあっては尚更である。
救世主、勇者、現人神、作農師、王女、王族親衛隊とあって、この面子は方向性こそ違えど誰しも重要性が高い。
しかし、現時点で最も重要なのが誰かと問われるならば、多数決で恵里となるだろう。彼女へ向けられる信仰を糧として、いま以てエヒトを封じているのだ。
それとて万全ではない。そもそもの力の差が段違いである以上、彼女の身に何かあれば時間を置かずしてエヒトの封印は解かれることとなる。
魔人族と彼らが信仰する神だけでも厄介なのだ。これでエヒトにまで介入されたら一気に形勢は逆転する。
『異邦の神の言葉に容易く踊らされる民衆など、我が愛する民ではない』
とか何とか言って、魔人族と手を組んで“真なる神の使徒”を嗾けてきたとしても不思議はないのだ。
それを防ぐためにも、やはり恵里の安全には気を配らねばならない。彼女とて場慣れはしているが、後衛タイプであることに違いはない。接近戦ではどうしても不利となる。
かといって他のことをおざなりにするわけにもいかない。あくまで度合いと即効性の問題でしかないのだ。
リリアーナは結界魔法や回復魔法が使える分まだマシだが、愛子は完全に戦闘能力がない。攻撃魔法も防御魔法も使えないのだ。したがって誰かが愛子に付かなくてはならない。
道中、馬車の中で氣に目醒めてはいるものの、その能力はいまだ不明である。そんな状態で戦力と数えるには抵抗があった。――龍真だけは愛子の宿星に感づいており、必然として戦闘能力にも問題がないことを分かっていたが、愛子の身を案ずるあまりに黙っていた。
メルドがリリアーナと恵里の身を護る以上、残る仕事は兵の士気高揚と農作業の手伝いだ。
結果、光輝がメルドの仕事を肩代わりすることとなった。勇者であるならばその資格は十分にある。
必然的に龍真は愛子の護衛である。
これで接近戦に対する備えはなった。遠距離攻撃も、それが線や点であるなら問題はない。龍真、光輝、メルドの誰しもが一種の探知領域を展開している。この領域内に入ったなら、意識を割かずとも最低限の防御行動は取ることが出来る。
唯一の弱点は面による範囲攻撃だ。その範囲次第では、場合によって護衛騎士を始め、諦めねばならぬ生命も出てくるだろう。……これに限っては仕方のないことだった。
愛子と龍真に神殿騎士も続く。デビッド・ザーラー、チェイス・ドミノ、ジョシュア・オキーズ、ジェイド・ハットの四名だ。デビッドが小隊長、チェイスが副隊長となる。
全員見た目が良く、元は愛子を篭絡するために用意されたものと思われるが、逆に愛子に堕とされていた。ミイラ取りがミイラである。この四人に取っての信仰対象は
呆れる反面、喜ばしいのもまた事実だ。エヒトを信仰する者が減れば、その分だけエヒトの力も下がる。僅かなりとてありがたい。
地球とトータスではそもそも神へとかかる縛りが異なる。
地球において神は既に否定されているのだ。信仰する者は未だいるが、全体的に見て少数となることは否定しようのない事実。神自体は位相を隔てた世界に存在こそしているものの、人界に姿を現すことはまず不可能と言っていい。仮に顕現したところで、弱き神は人の目に姿を見せることすら出来ず、強き神も相応の縛りを受ける。――まあ、それでも人間に認識される程の神である以上は存在規格が桁外れであることを示しており、縛りを受けてもその力は軽く人間を凌駕するのだが。
その点、エヒトにかかる縛りは弱い。元の肉体こそ既に失っているようだが、その力は別だ。普段から居るという【神界】は言わずもがな。依り代さえ用意してしまえば、こちらでも十全に力を振るえるだろう。……縛りらしい縛りは依り代となる肉体を見つけることくらいである。
地球の環境が神にとっての毒層であるのなら、エヒトの場合は、水泳をするのに水着が見つからない、といったところか。スキーをするのにスキー板でも可。
魂魄のままでも干渉自体は出来る。召喚された直後に観られていたことがそれを証明している。そして想像通りならば、直接やって来ることも不可能ではないのだろう。……負担を度外視すれば。
肉体を失ったということは、かつてそれだけの何かが起こったということだ。
そしてエヒトはその二の舞となることを警戒している。既にその“何か”自体は起こらずとも、似たようなことは起こり得るということだ。
エヒトが盤上の遊戯に耽るのは、実益と暇つぶしを兼ねてのものなのだろう。
戦争となれば、自ずと綺羅星の如き実力者が浮かび上がる。神の依り代としては最低限それだけの実力は必要で、そして候補が狭まれば探し出すのもそれだけ容易となる。
そう考えれば、一つの存在が浮かび上がる。
そう、アレーティアだ。
当代最強と謳われるだけの実力を持つことから、素質は十分。天職:神子の表記がそれを上乗せする。同時に、複数の七大迷宮を攻略するほどの実力者が“封印”という形で隠し逃がすことしか出来なかったという事実。……相手がエヒトならばそれも止む無しだろう。
だが、アレーティアほどの人材がそう簡単に見つかる筈もない。
エヒトは時間に縛られぬ神だ。それゆえに神代からの永き時間も気長に探すことが出来ていたのだろう。しかし、一度でも見つかった以上、欲が出るのは当然だ。欲した
それから約三百年である。ついに我慢も限界にきたのだろう。エヒトは強硬手段に打って出た。それこそが“勇者召喚”だ。そう考えれば長き歴史で“勇者召喚”の前例がないのも頷ける。
すなわち“勇者”とはエヒトの依り代候補に他ならない。エヒトの視線にあれほどまでの粘着性が伴った理由にも納得がいく。
そういった諸々の厄介さがあるゆえに、信仰対象をエヒトから鞍替えするのは喜ばしい事実なのだ。……たとえ動機がどうであれ。
「さて、頑張りますよー。おー!」
そんな思惑など露ほども知らない愛子である。いざ仕事に取り掛かるに当たり、気合を入れて拳を掲げた。
ほっこりとした表情でそれを見守る龍真と四名の神殿騎士たちだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
ウルに到着して10日ほどが経った。
その間の逗留拠点は“水妖精の宿”という、ウルの町で一番の高級宿だった。一階部分がレストランになっており、ウル名物の米料理が多数取り揃えられている。落ち着いた空気と、こだわりの見える内装。歴史を感じさせるその様は、正しく“老舗”というに相応しい。
日本人の四人にとってはトータスに召喚されて初めての米料理だ。自然、仕事にかける意気込みも常以上のものとなった。恵里ですら見事な笑顔で住人に接している。僅かでも本性を知っている者ならばとても信じられない光景だ。米が日本人のソウルフードといわれる一端を見事に表していた。
そんなわけで、一番手間取ると思われていた農作業が思いの外早く終わった次第である。
ウルの警備兵も日々光輝と打ち合うことで、その実力を飛躍的に上昇させていた。常日頃から訓練を怠ってはいないが、やはり強者との手合わせは得られるものが段違いだ。身に纏う空気、その剣速、様々な要素が普段の訓練とは異なっている。特にプレッシャーへの対抗訓練が大きい。
警備兵たる彼らの相手は大きく分けて三種類だ。罪人、魔人族、そして魔物である。中でも魔物は元が動物なだけあって、その攻撃本能がより強化されている。それが重圧として獲物には常に向けられるのだ。強力な魔物と相対するとき、その重圧に呑まれ身動きが取れなくなり、結果食い殺される……なんてのはよくある話だ。
彼らとて休みはあるのだから、休みの日には北の山脈地帯に山菜や香辛料を取りに出かけることもなくはない。魔物は出なくもないが、山を越えるごとに強力な魔物となる。なので、山を越えない限りは比較的安全なのだ。……が、やはり例外は存在する。時折山向こうの魔物が現れるのだ。
気付かれなければ逃げることも出来ようが、気付かれた場合まず生命はない。山向こうの魔物は――そのプレッシャーはそれだけ強大なのだ。彼らの中にも、命からがら逃げおおせた者が何人か存在する。
そんな彼らからしても、光輝の放つプレッシャーは――訓練であることを差し引いても――山向こうの魔物を優に超えていた。それはとても恐ろしく、同時に頼もしい。未だ年若き少年でありながら、人類の救いたる“勇者”の称号を背負うに足る相応しさを感じさせる。
もしやこの少年ならば……そう思わせて仕方がないのだ。
更に頼もしいのが、共に訪れた勇者の仲間――“神の使徒”の少年だ。普段は“豊穣の女神”の護衛をしているが、仕事が早く終わった時などは勇者や王族親衛隊と手合わせを行っている。そして警備兵たちにとっては雲の上の実力者である二人を軽くあしらっているのだ。優れているのは戦闘能力だけの可能性もあるが、希望を感じさせることに違いはない。
その姿を目にした警備兵は、徒手空拳のスタイルと女神の護衛をしていることから“女神の拳”と呼称していた。
そんなことは露知らぬ龍真たちがこれからについて話している時である。
南の中立商業都市フューレンから一組の冒険者がやって来たのだ。彼らは別の宿に泊まったが、“水妖精の宿”のオーナーであるフォス・セルオが事情を知っていた。
暫く前から北山脈が不穏であるらしい。それにより山脈へと香辛料や山菜を取りに行く者が減っているのだ。備蓄はあるので今すぐどうこうという事態ではないが、流石に材料が無くなれば商売あがったりである。よって、主に山脈の食材を扱う店がギルドへ調査を依頼したそうだ。
ただ、“不穏”の内容が内容である。山向こうの魔物がこちらへ姿を現すのを例外とするならば、いま起こっているのは例外中の例外だ。単体ではなく群れで現れているのだから。
よって新米では荷が重いとして、高ランクであることを条件に依頼した。
やって来たのはその依頼を受けた冒険者であるだろう、との事だった。……なおフォスがそのことを知っていたのは、件の食材店との付き合いが長いからだ。仕入れの際、世間話がてらに聞かされたのだとか。
「さて、どうしますか?」
食事を終えた後、一行はそのまま話し合っていた。議題は山脈地帯についてである。
常とは異なる行動を取る魔物。彼らはそれについて心当たりがあった。
闇魔法によるものか、神代魔法によるものか……どちらにせよ魔人族の暗躍を思わせる。まあ、本当に自然現象なりで北の山脈に何かがあった結果、山向こうの魔物が姿を見せた理由も決して否定は出来ないのだが、過日のホルアド急襲を鑑みれば楽観視はすべきでない。
やはり、ここは魔人族が行動を起こしていると捉えてこちらも動くべきだろう。
頭が痛いことに違いはないが、食材店店主の判断は妥当なものだ。
魔人族の攻勢が強まっている。民衆にその事実は広まっていても、詳しい方法までは広まっていないのが現状だ。前線から離れていることも一因として挙げられる。
ヘタに詳細を広めてしまうと魔物への疑心が深まり、普段の生活にすら支障が生じかねない。後方がそうなってしまえば、前線への支援が滞る。直接に魔人族と対峙しているのは騎士や兵士、雇われた傭兵や冒険者だが、供給される食料や武具を生産しているのは主に後方の民衆に他ならないのである。
こうなる可能性を加味した上でも、前線のバランスを考えれば詳細を広めるわけにはいかなかったのだ。――実際に起こってしまえば、ここまで頭の痛くなるものだとは思いもしなかったが。
幸いにしてウルでの仕事はほとんど終了している。山脈地帯に赴くことも不可能ではない。
しかしこの場の面子が面子だ。特に愛子とリリアーナである。実戦経験のない二人を伴って異変の起こっているだろう山へ向かうのは気が咎める。
かといって、ウルに置いていくのも危険が大きい。魔人族の暗躍が考えられる以上、離れた瞬間を狙われたら目も当てられない。
護衛を一緒に残しておくと、今度は調査班の戦力が心許ない。
神代魔法――つまりは七大迷宮攻略者の関与が疑われる以上、同行の騎士たちだけでは荷が重いのだ。そして同じ七大迷宮攻略者でも、アレーティアのような例外でもない限り接近戦担当者は必須である。この場合、龍真、光輝、メルドの何れかだ。
恵里を連れて行くにしても、山に向かえるのは三人しかいなくなる。
魔人族の暗躍が疑われ、数多の魔物が徘徊し、挙句の果てには一度も行ったことのない山だ。六人で向かっても手が足りない可能性の方が大きいのに、たった三人で何が出来るというのか。
いや、切り捨てる部分を切り捨てれば、三人でも出来ることはある。しかし問題なのは、何を切り捨てるか、だ。その切り捨てるべき部分が未だ見当たらないからこそ悩むのだ。
単純な戦闘であればこうも悩む必要はないのだが、生憎と今行っているのは戦争だ。如何に思考を巡らせても、やはりどこかしらでボロが出る。
そもそも、ウルの町近郊は大陸一の稲作地帯である。食料生産における重要地点だ。――にも拘らず、常駐戦力が少なすぎるのが何よりの問題だった。
まあ前線でもあるまいに戦力過多にするのはどうしても抵抗する部分があるのだろう。戦力にも限りがある上に、北山脈の魔物も普段から山に引き籠っているとなれば尚更である。実際、今まではそれで問題がなかったのだ。
結果、ここに来て尾を引いている。
そもそもの前提が質の魔人族、量の人間族なのだ。暗躍しているのがたとえ一人だけであったとしても、そして神代魔法の使い手でなかろうと、魔物を支配下に置かれれば飛躍的に戦力差が広がってしまう。
ここまで後手に回ってしまった以上、今更暗躍中の魔人族を仕留めたところで効果は薄い。そもそもにして魔物は知能が低い。従えたところで複雑な命令は受け付けない。――が、単純な命令であればその限りではない。群れのリーダーを支配下に置き、いついつに山より南の町を襲え、とでも命令すればそれだけで十分な効果を発するのだ。
「私たちも冒険者たちに同行させてもらいましょう。無論、愛子にも同行してもらいますよ? 彼らも仕事で来ているので横やりは好い顔をしないでしょうが――事態が事態です。考えすぎであれば構いませんが、その確証がない以上、彼らには我慢をしてもらいます。幸いにして冒険者の中には見知った顔がありましたので、思うところはあれど向こうも否とは言えないでしょう。
また、手遅れ感は否めませんが打てる手は打っておきます。確証がない以上、避難誘導は出来ないにしても、王都なり近隣の町に増援を手配することは可能です。真に想定通りの事態が進行している場合を鑑みれば、天秤は傾きます。多数は無理でも少数は寄越すでしょう。いざコトが起こった場合、避難誘導の足しにすることも出来ます」
「分かりました。同行したところで私に何が出来るとも思えませんが、檜山くんと近藤くんを連れ帰るためにも鉄火場に慣れる必要があります。足を引っ張ると思いますが、よろしくお願いしますね?」
リリアーナが宣言し、愛子もまた同意した。
それからの行動は速かった。リリアーナは冒険者と折衝に向かい、光輝は警備兵たち、メルドは同行の騎士たちへと増援を手配するように伝え、愛子と龍真はいざという場合には町から避難してもらう可能性があることを伝えて廻った。
誰しも困惑は隠せなかったが、それぞれの肩書が肩書である。頭から否定するのは躊躇われた。それにあくまでも可能性である。
最低限の準備と心構えをすませた後、町はいつも通りの日常へと戻っていった。
5章は複数のルートを投稿予定です。
このAルートは原作のウルを舞台にした話になります。
感想・評価お願いします。