北の山脈は思いの外静かだった。一見しただけでは何かしら異変が起こっているようにはとても思えない。
「どうやら、姫殿下の危惧は当たりだったらしい。以前に来た時とは様子が違いすぎる。俺たちだけでは危うかったかもしれないな……」
そう言ったのはゲイル。ウルの町より出された“北山脈調査依頼”を受けた高ランク冒険者パーティーの一人だ。他にナバル、レント、ワスリー、クルトがいる。そして今回に限り、フューレンの町に居を構えるクデタ伯爵家の三男――ウィル・クデタが同行していた。
このウィルこそがリリアーナの“見知った顔”である。見た感じからして“新米”の域にも達していない。
その予想は間違っていなかったらしく、分かりきった疑問を零す。
「それはどういう?」
「静かすぎる、ということだ。魔物以外にも当然生息している筈の小動物や昆虫類。それらの鳴き声が一つとして聞こえない。揃いも揃って息をひそめているんだ。普段から魔物が闊歩する領域でのこの状況……異常にすぎる」
「チッ、支部長の頼みとはいえ、お前を連れてきたのは失敗だったかもしれないな……。こんな仕事だ。元より護りきれる保証もなく、お前だって覚悟の上だろうが――いくら何でも初陣とするには厳しすぎる。
姫殿下、筋が通らないのは重々承知の上ですが、出来る限りで構いませんのでコイツにも気を配っていただきたい。貴女と共にいる戦士たちは、どうやら俺たちなど及びもつかない実力者のようだ。だからこそ、どうかお願いしたい」
メルドがウィルに答える横で、ゲイルがリリアーナへと頭を下げた。
聞くにこういうことだった。
ウィルは冒険者に憧れを持っている。自分もなりたいと思うほどに。
さりとて素質は感じられない。まあ一度実戦を潜り抜けることで化ける可能性は否定出来ないが、潜り抜ける前に死ぬ可能性の方が大きい。
フューレンの冒険者ギルド支部長イルワ・チャングとクデタ家は親交があり、揃ってウィルのことを心配していた。
簡単な依頼を受けさせて一歩ずつ成長させるのも一つの手だったが、憧れが強すぎるあまり自信が過信になりかねなかった。
結果、そこそこ手強い依頼を受ける高ランク冒険者に同行させることで、“冒険者”の現実を認識してもらおう、ということになった。
そこで白羽の矢が立ったのがゲイルのパーティーだ。彼らはフューレンでも腕利きで知られている。
依頼の難度は“そこそこ手強い”レベルを超えている様にも感じたが、他に良さげな依頼もなかった。
常日頃から自分たちにも礼儀正しく接するウィルに対し、ゲイルたちも親愛の情を持っていた。
諸々が重なった結果、今回の仕事にウィルを同行させるのをゲイルたちは受け入れた。
「しかし、どうやら楽観に過ぎたようです。俺たちとて相応の場数を乗り越えてきました。自分たちの実力には自負もあります。
ですが、今回に限っては分が悪い。……俺たちの危険は勘定の内です。仕事を受けた以上は可能な限りやり遂げます。――が、ウィルは違います。だがここまで来てしまった以上、ウィル一人で帰すのも危険が大きい。
ですので、どうかお願いします」
ゲイルは再度頭を下げた。
「勝手に動かず、指示なくボクたちの傍を離れない。あくまで気に掛けるのは彼のみ。……それで良ければボク個人が引き受けよう。どうかな?」
答えたのは恵里だった。
基本的に輪の外はどうでもいい彼女だが、その経験上、誰かを想って行動する姿勢には弱かった。そこに手段の是非も格好の良さも問わない。なぜなら、彼女自身がそうして救われた存在だからだ。
ゲイルは状況を認識した途端、一も二もなく頭を下げて助力を乞うた。それも自分たちではなくウィルの身を想ってだ。失態も素直に認めている。
そうまでされて動かないほど、恵里は人非人ではないつもりだった。彼女もまた自身の実力には自負があるのだ。まして護るのがウィル一人だけならば、どうとでもやりようはある。
見るからに後衛然とした恵里だが、その佇まいだけでもある程度の力量は見て取れる。そして前衛後衛の畑違いではあるが、それを僅かでも理解出来るだけの実力もまたゲイルにはあった。
そんな彼からしてみれば、恵里の申し出はありがたいことこの上ない。
「ありがとう、感謝します! ――ウィルも分かったな?」
「はい! すみませんが、よろしくお願いします!」
ゲイルとウィルが頭を下げた。……都合、これでゲイルは三度目である。
山中に轟音が響き渡ったのはその時だ。
「今のは……ッ!?」
「咆哮……か?」
「行きましょう!」
そう、それは正しく咆哮だった。
誰ともなしに顔を見合わせ、音の発生源たる山奥へ向かう。
龍真、光輝、恵里、メルドの四人は氣で身体能力を強化するまでもない。素の身体能力で問題なく。
ゲイルたちも高ランクを謳われるだけあって、多少遅れるが十分についてこれた。
必然、ネックなのは残りの三人。愛子、リリアーナ、ウィルである。――しかし、現実として遅れを見せているのはウィルのみであった。愛子とリリアーナの身体には氣が巡り、その身体能力が強化されていた。……ウルに至る道中で氣に目醒めた愛子はともかく、いつの間にやらリリアーナも氣に目醒めていたらしい。
結果、遅れを見せているのはウィル一人だけである。
「ああもう、遅いッ!」
「うわッ!?」
苛立たし気に吐き捨て、急ブレーキ。逆走した恵里はウィルの身体をむんずと掴んだ。そのまま華奢な肩に背負う。そして再び走り出す。……高ステータスに物を言わせた芸当である。
自分で引き受ける、そう告げた自身の言葉に偽りはないようだ。
只管に道なき道を駆け抜け、至ったその場所。
真っ先に映ったのは竜だった。一頭の黒い竜である。……咆哮の主は間違いなくコイツだろう。
黒竜の足の下には一人の男。どうやら生きてはいるようで、微かに呻き声が聞こえる。男がタフなのか、それとも黒竜が加減をしているのか。後者だとすれば、その知能はバカに出来ない。
また、黒竜と対峙するように複数人の姿が認められた。フードを被ってはいるものの、僅かに見える肌は揃いも揃って浅黒い。
「やはり魔人族が暗躍していたか! ――だが、この場は一時休戦だ魔人族! 野生の竜種、放置するわけにはいかん!」
メルドが剣を抜き、油断なく構える。しかして、言葉通りに刃の向く先は黒竜である。
竜種はそれだけで危険な存在だ。外皮は硬く、空を飛び、その強さもそこらの魔物を遥かに凌駕する。或いは【オルクス真迷宮】の魔物に比肩、乃至は凌駕するかもしれない。決して片手間に倒せるような相手ではないのだ。そのブレスをまともに食らえば、ゲイルレベル――一般に実力者と呼んで相違ない――でも骨すら残るまい。オルクスを踏破したメルドとて、一人では相手取れる自信もない。
魔人族は敵だ。それは間違いない。しかし飛び抜けた強さを持つ魔物は――文字通りに“災害”と呼んで差し支えない。
災害を前にして悠長なことはしていられないのだ。逃げるにせよ守りを固めるにせよ、全霊を賭さなければ――いや、全霊を賭したところで生き残れるか分からないのが災害なのである。
だが、この災害は自然的なソレではない。それゆえにもう一つの選択肢が生まれるのだ。
つまりは“打倒”。……この一字に尽きる。
オルクスの踏破者が数人だ。如何に相手が竜種とて、十分に可能性はある。
だがそのためには、この場にいる魔人族を敵として扱っている余裕はない。少なくとも、互いに刃を向けあわない、という最低限の協調を取らなくてはならない。
「王国騎士団長メルド・ロギンスかッ!? それに煌びやかな装具を纏った少年、君が噂に聞く“勇者”か。そして同年代と思しき少年少女たちは“勇者”の仲間、“異教の使徒”に相違あるまい。この場にいることからして、女性陣はハイリヒ王国王女に豊穣の女神、そして“上位世界より来たりし神”かな? 他の顔触れは……大方ここの調査依頼でも受けた冒険者といったところか」
竜と対峙しつつも、油断なく視線を寄越す一人の男。立ち位置からして、この男がリーダーなのだろう。
その言葉から、ある程度の情報を掴んでいることが窺える。しかし詳細には知らないようだ。
まあ、それも無理はないだろう。勇者一行もそうだが、愛子にしろリリアーナにしろ魔人族との前線に赴いたことはない。情報を得るにも限度がある。とてもではないが、個人の識別までは叶うまい。
メルドの顔が知られているのは、この中で唯一前線に赴いたことがあるからだろう。
「まったくツイてないな。――しかし、この場はありがたくお言葉に甘えさせてもらおう。
ああ、一応自己紹介をしておこう。私は魔人族の国【ガーランド】にて、フリード・バグアー将軍麾下の特殊部隊に籍を置いている者だ。名をレイスという」
メルドの考えは魔人族にとっても同じだったらしい。そう言ってレイスと名乗った男はフードを取り払った。共闘する以上、一応の礼儀という事なのだろう。
顔立ちは端正といっていい。話に聞く魔人族通りにその耳は人より長い。髪はオールバックに纏めてある。
「いや、まあ、状況だけ見ればその判断は妥当じゃと思うがな? これでも“力なき者の守護者”を自称しておる。その誇りにかけ、大義もなく民衆に牙を剥きはせんよ。――あ、言葉は問題なく通じてるかの? 流石に五百年以上も他種族の関わりを断っておると流石に自信がなくてのう」
空気を破るように黒竜から声が響く。ゴツい見た目とは裏腹に、その声音は可憐な女性のそれだ。
「竜が……しゃべった……?」
驚きを露わに龍真が零す。
召喚される前から氣の使い手として“裏”に関わって来たがゆえに、人に引けを取らぬ知能の高さを有する動物とも出逢ったことはある。しかし、その何れもがあくまで人語を解するが如くに振る舞うだけであり、人語を喋ることはなかったのだ。
召喚されてからもそれは同じだ。“神代魔法”による強化ゆえか、本能のまま行動する魔物とはとても思えぬ、知恵を働かせる個体はいた。結局その本体を確認することはなかったが、オルクスにおける寄生タイプの魔物など最たるものだろう。だが所詮は付け焼刃であり、結果的には自らの居場所を披露する程度でしかなかった。
その点において、この竜は明らかに異なっていた。所作からして知能の高さが窺える。ばかりか、人語を解するのみならず喋っているのだ。そして“言語理解”が機能することから、それは確かな言葉に他ならない。……明らかに魔物ではない。
ではこの竜はいったい? その答えはすぐに知れた。驚いたのは龍真だけではないようで、誰ともなしに言葉を放つ。
「もしや、竜人族か!?」
「既に滅び去ったと思っていたが……」
それを聞いて合点がいった。確かに座学で習った覚えがある。とはいえサラリとした内容だったので、すっかりと忘れてしまっていた。
「どうやら通じるようで何よりじゃ。そこで提案なんじゃが、互いに情報交換といかんかの? 無論のこと、黙秘も騙しもなしでな。
ここに至る道中でも簡単ながら情報収集はしたので、現在人間族と魔人族が戦争状態にあるのは妾も知っておる。しかし折角言葉が通じるのじゃ。刃を向けあうだけでは虚しかろう。現に、状況が状況とはいえ、互いに手を取り合うことを実行して見せたではないか。ならば、言葉を交わして理解を深めあうことが、決して出来ない筈もない。――それに、そうすることで今まで見えなかった部分が見えるようになる可能性もあるぞ? 例えば、互いの信ずる“神”のことなどのう」
竜の表情の機微など分からないが、ニヤリと笑ったような気がした。
また言外に――
「このままでは、ここで三つ巴となるぞ?」
――と脅している様にも見受けられる。
ここはウルの町における料理の食材、その採集場所だ。ここで争えば、勝敗は別にして山に被害が及ぶことは確実である。ここの香辛料や山の幸が取れなくなれば、それだけで王国側にとって痛手である。
たかが料理のバリエーションが減るだけと侮るなかれ。衣食住は生活の基礎だ。今まで普通に食べられた物が急に食べられなくなる。その精神的ダメージは計り知れない。心が満たされなくなれば、人が凶行に走る理由として十分だ。
同時に、魔人族もまた刃を納める理由がある。竜の足下には彼らの仲間がいるのだ。刃を納めなければ、まず生命はない。
仲間の命を諦めたところで、その時はそのまま竜が敵となるばかりか、人間族と共闘する可能性も否定は出来ない。
その言葉から、この竜人族も情報を集めていることが分かる。求めるその内容が分からないことが、この状況下ではネックであり――同時に救いだった。
竜人族もまた判断はついていないのであろう。だから両方に話を持ち掛けている。しかし片方から得られるだけでも十分だし、最悪はこの場で得られなくても構わないのだ。村や町は数多くある。人間形態になれば、少なくとも王国側の町村に入ることは出来る。ならば、時間はかかれども何れ求める情報を得られるだろう事に違いはない。
ただ、やはり得られるのなら早い方が良い。それゆえの提案だ。
かつて竜人族が表立って暮らしていた頃、彼らはその在り様から“調停者”と呼ばれていたらしい。
自らの利を求めるだけでなく、相手にもまたメリットデメリットを考えさせる。……この様を見れば、なるほど、と頷かざるを得ない。
思考を働かせなくなれば、それは最早獣と同義だ。本能ゆえの長所は認めるものの、知恵持つ存在として本能だけの生き物にはなりたくない。
また獣となれば、竜人族も容赦はすまい。獣の言葉など分かる道理が無いのだから。利よりも害が大きい相手を、どうして生かしておく必要があるか?
感情と理性を併せ持つ、知恵ある生命――すなわち“人”が相手ならば、場合によってはその選択肢も取り得るだろう。だが、それはあくまでも“人”であることが前提条件なのだ。種族としてのソレではなく、在り方としてのソレだ。
「良いだろう。ただし貴殿の足下にいる我らの仲間を無事に解放すること、そして参加するのは私のみとするのが条件だ。無論、解放は情報交換が終わった後で構わない。
また、立場上、国にとって致命となることは告げられない」
諸々を鑑みた上で、まずレイスが同意の声を上げた。
「私たちも構いません。同じく、国にとって致命となることは言えません。――ただ、私たちは同じ人間族であり、現在こそ行動を共にしていますが、その所属はそれぞれに異なります。その点についてはどうされますか?」
次に答えたのはリリアーナだ。
「ふむ、具体的には?」
竜人族の問いにそれぞれのグループで別れる。
リリアーナとメルドが王国組。
龍真、光輝、恵里、愛子が勇者組。
ウィル、ゲイル、ナバル、レント、ワスリー、クルトが冒険者組だ。
「それぞれ別として扱おう。情報は単一じゃが、それに付随するものこそを妾は重要視しておるのでな。例えばこの山。山は山じゃ。しかし、『山の幸が豊富』とか『魔物の棲み処』とか、出てくる情報は人によって違うじゃろう? 無論、付随する情報がなくばそう言ってくれて構わない。――どうじゃろうか?」
龍がグルリと見渡し、それぞれが銘々に頷く。
「よかろう。――さて、そうと決まったならまずはコヤツを返すとしよう」
そう言った竜の姿が光に包まれる。
そして光が収まった時、代わりにいたのは妙齢の美女だった。長き髪は烏の濡れ羽色。瞳は金眼。女性にしては長身で、雫ほどはあるだろうか。胸部にはたわわな果実が二つ。如何なる原理か、その身には和服めいた物を着込んでいる。微かに見え隠れする太ももが眩しい。
「まずは順に名前を告げていくとしよう。妾はティオ・クラルスという。良しなに頼む」
ティオの名乗りと共に、三種族による情報交換が始まった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「いや~食べた食べた。ここまで腹いっぱいに食べたのは里を発って以来じゃ。馳走になった。感謝するぞ」
ウルは“水妖精の宿”のレストランにて。
ティオはその言葉通りにたくさんの料理を食べた。美貌が台無しとなっているが、それはそれで愛嬌があった。美人は得とはこのことか。……なお支払いは王国持ちである。
「いや、金を出すと言ったのはこちらだからな。そこは気にしなくてもいい。その分、働きで返してもらうからな。期待していいんだろう?」
「無論じゃ。以降も直接に王国へ協力し続ける、というなら話は別じゃがな。今回限りであるなら我が矜持にも背かん。微力を尽くさせてもらおう」
メルドの言葉にナプキンで口を拭きながら答えるティオ。先までとは異なり、その所作には高貴さが窺える。
魔人族――レイスとの情報交換は思いの外に利点があった。
小さなものから大きなものまで様々だが、敢えていうなら派閥が知れたことだろう。無論、個々の集合体である以上、それは当然といってもいい事柄である。――しかし、現実にはそう思うことも、それを知る事すらなかったのだ。
その事実を聞いた時の納得と驚愕。メルドやリリアーナといった王国民にとって、その衝撃は如何ほどのものか。
永きに亘る因縁。それが生み出す狭窄を予期せぬ形で叩き付けられたのだ。
現在、リリアーナは知恵疲れで寝込んでいる。
衝撃的事実を叩き付けたのは何もレイスだけではない。こちらもまた叩き付けているのだ。
特にエヒトに関するそれらは、龍真、光輝、恵里、メルドが忌憚なく述べている。巷で“勇者”だの“神の使徒”だのいわれている面子に加えて、“王族親衛隊”であるメルドまでもが悪し様に否定したのだ。
王女とはいえ一人の少女であることに違いはない。リリアーナの許容限界を超えたとしても不思議はないだろう。
これから先は否応なく忙しくなるのだ。今は寝かせておいても構うまい。
「よろしく頼む。――あと、これを渡しておこう」
メルドが渡したのはステータスプレートである。いつぞやの件で余分に用意しておいたソレだ。
「おお、これは助かる! 身分証明が出来んと路銀を稼ぐも儘ならぬでな。――いや正直な話、毎度北の山に戻っておったのは“食う”と“寝る”に困った面があったのも事実なのじゃよ」
かんらと笑ってティオが言った。
時間も遅くなりレストランが閉まったので、その後は部屋へと移って続きを話した。当然、この宿泊代も王国持ちである。
「他種族との付き合いを断ったとはいえ、情報やら何やらを鑑みれば完全に出来るわけもなし。人気の少ない辺境に籠って、時折近く――といってもそこそこの距離はあるが――の村と交流は続けておった。辺境ゆえの利点、というべきかのう? 物々交換が可能であったからな。まあ、その分だけ都会の情報も入る頃には鮮度が下がっておったが、別に不都合もなかったゆえな。
ま、実際には里の者がやっておったのじゃがの。一応、妾はこれでも竜人族の“姫”に当たるのでな。――やらせてもらえなかった、という方が正しいか。
そんな折でのこの事態じゃ。危機感もあったが――同時に色々な期待もあった。
まあ、こっちの方に出てきて初っ端から躓いたんじゃがな。……今だから笑い話に出来るが、里から持ち出した貨幣が使えなかったわけよ、これが! 五百年以上も経てば無理もあるまいな。おまけに国が滅んだ際のドタバタでステータスプレートもないから身分証明も出来ないときた。当時は久方振りの人付き合いに割とキョドっておったから、小さな村ならともかく、少し大きい町になると怪しまれて入場を断られる始末よ。ハッハッハッ、はぁ……。
そんなわけで情報取集は思いの外進まんし、金がないから食事と寝床は基本的に魔物の棲み処を使っておった。魔物が多くいればその分だけ人の手が入っとらんから自然の幸には困らんし、竜形態になれば本能に従う魔物ゆえ手出しはしてこんからの。ま、これも場所によりけりじゃが……。本当に困ったときは魔物も食らったからの。いやあ、マジであの時は餓死するかと思ったわ。あの時ほど竜人族であることに感謝したことはないの……」
そこまでを語り、ティオは水を飲んだ。
聞くだけで波乱万丈である。
龍真たちもいきなり異世界に召喚されたり、なし崩しに【オルクス真迷宮】を攻略することになったりで割と波乱万丈だが、それでも“食”と“金”に困ったことはなかった。基本的にお金は王国が払ってくれたし、オルクスでも優花という優れた料理番がいたからである。素材がゲテモノであろうと、美味しければ割と何とかなるものだ。
しかし、だからといって笑い話にはとても出来そうにない。――少なくとも、いまは。
重ねた歳月。その重み。若い見た目とは裏腹に、ティオには確かなソレがあることを感じさせた。
「まあ、妾のことはここまでとして」
言葉を区切り、笑みを消し、ギロリと覇氣を露わにティオは光輝を――エヒトに召喚された、その本命たる“勇者”をねめつけた。
「
「正確には少し違う。俺たちの最終目的は元の世界に帰ることだ。エヒトを討つのはその過程でしかない。……一度こうやって召喚されたんだ。何かしらの対処をしないことには、また召喚されることは目に見えている。――が、今までに得た情報から考えると話し合いで解決するようなタマじゃない。なら討つしかないだろう。
生かすにしても、その心身に刻み付ける必要がある。俺が言えたガラじゃないけど“現実”ってやつを……さ」
光輝も真っ向から見返した。
そうして視線をぶつけ合うこと暫し。
やがてティオが相好を崩した。
「ハッハッハッ、神を討つのが過程に過ぎぬ……か。これはまた大きく出たのう。――されどその意気や良し! 神を討つ事は、引いてはこの世界の民すべてを救うことに繋がる。妾もまた協力させてもらおう。人の救い手、人類の希望たる“勇者”にな!」
「ありがとうございます。……とはいえ、メインで行動するのは俺じゃないんですけどね。前提が“魔人族への対抗手段”として民衆に広まっている以上、俺はどうしてもその様に振る舞わなければならない。それは“現人神”として名の広まった恵里や“豊穣の女神”として掲げられる愛子先生も変わらない。だから似たような仕事を受け持つリリィと共にここにいる。……俺たちは自由に出来る時間が少ないんです」
反対に、光輝は苦笑を浮かべて答えた。
「ほう、では何とする?」
「そのための仲間です。現在、俺たちは別れて行動してます。或いは実戦訓練を積み魔人族と対峙するために、或いは七大迷宮を攻略して俺たちの目的を叶えるために。……ティオさんが協力してくれるというのなら、迷宮攻略組に合流をお願いします。そちらには亡国たる吸血鬼国最後の女王や兎人族の女性もいますので、異種族交流も図れると思いますよ?」
転じ、今度は誇らしげな表情で語った。
「なるほどの。……では、そうさせてもらうとしようかの。――だが、そのためにもまずは」
「ええ、来たる魔物の襲撃を防がなければなりません」
それが目下の目標だった。
情報交換を経て、魔人族たるレイスとも理解を深めることは出来た。
だからといって、はいさようなら、となるわけがない。こちらに立場があるように、向こうにも立場があるのだ。どちらにせよ一戦交えなければならなかった。
幸いにして、レイスは魔人族の神である“アルヴ”よりも、直接の上官であるフリードを信じて戦っている。そしてフリードは“魔人族の民の安寧”を第一にして戦っているらしい。それゆえにこそ、敵国とはいえ直接に民へ危害を加えることを良しとはしていないそうだ。いわゆる穏健派である。
人間族と魔人族による戦争は、数えるのもバカらしいほどに永い間続いているのだ。戦争に飽いた者、疑問を覚える者が出てきてもおかしくはない。将軍たるフリードはその筆頭と評しても過言ではないだろう。
だが、魔人族も一枚岩ではなく、アルヴ神を狂信し“異種族滅ぼすべし”を第一に掲げる強硬派も当然の如く存在している。人間族における教会勢力のようなものだ。厄介なことに、そちらにも将軍が属している。
必然的に両者はソリが合わない。さりとて味方同士でぶつかり合うわけにもかない。結果、一種の冷戦状態となっている。……だからこそ付け入る隙があった。
その目的上、強硬派は真っ向から敵へとぶつかっていく。質では魔人族が勝っているが、量では人間族が勝っているのだ。結果、国境で一進一退を繰り返すことになる。
しかして、いま行っているのは“戦争”だ。そして“戦争”は国と国同士の戦いであるがゆえに“戦争”なのだ。ならば少数精鋭で以て短期間で国を落としてしまえば、最早“戦争”たり得ない。
その判断の下、フリードは麾下の部隊を引き連れて七大迷宮の攻略に乗り出した。そして多大な犠牲を出しながらも、見事に【雪原洞窟】を攻略せしめたのだ。
如何にソリが合わなくとも味方である。フリードは【雪原洞窟】で得た神代魔法を用いて強化した魔物を数体、強硬派へと引き渡した。……極端にはバランスが崩れぬレベルを見透かして。
それによってエヒトによる“勇者召喚”がなされたのは誤算だったが、それはともかく。
穏健派の目的を達するには、搦め手を用いるしかない。それでいて両方の被害が大きすぎてもいけない。
その点に置き、ウルは絶好の場所だった。大陸一の稲作地帯という重要地点でありながら防備が弱い。おまけに北の山には多くの魔物たちが生息している。
フリードから託された魔物の強化種による恫喝と闇魔法による群れのリーダーの洗脳。それによって従えた魔物を用い、ウルを占拠するのがレイスたちの当初の目的だったらしい。
ティオの介入などもあり結果としてそれは果たせなくなったが、それならそれで構わない。なぜなら今の穏健派にとっては必ずしも戦争に勝つ必要がなくなったからだ。……これも情報交換によるものだ。
戦争の終わりとは何も勝敗によるものだけではない。すなわち和平。両者が分かりあうことでも戦争は終わるのだ。
繰り返すが、穏健派の最終目的は“民の安寧”である。それを果たせるのなら、勝敗はどうでもいいのだ。
だが、現実には和平など考えられない。自国では強硬派の、人間族ではエヒト神と、それを狂信する教会の存在によって。
よって、考えるべきは犠牲の少ない勝敗の付け方だ。
レイスもフリードからの又聞きでしかないそうだが、エヒトもアルヴも肉体を持っていない。自由に行動するには依り代が必要なのである。アルヴの場合はそれとて時間制限付きで、時間の楔を無くそうと思えばどれほどの適性を持つ依り代が必要になるか想像もつかないとのことだ。おそらくはエヒトもそう変わらないだろう。
以上のことから、目下一番の障害は教会に他ならない。そして教会の総本山は王国に隣接している。理論上は、王国を滅ぼす=教会を滅ぼす、と出来なくもない。
教会の総本山さえ滅ぼしてしまえば、人間族の抵抗は格段に弱まる見込みが強い。
民衆というものは基本的ことなかれ主義だ。今までと変わりない生活が出来るなら、上が変わろうと特に気にしないと思われる。それは魔人族も人間族も大差ないだろう。
ならば、こちらが上手く人間族を統治出来るなら程なくして戦争は終わる。最悪、強硬派は始末してしまえばいい。
机上の空論と言われてしまえばそれまでだが、そうと信じて行動しなければいつまでも戦争は終わらず犠牲も減らないのだ。
だが、情報交換の結果、ここで新たな選択肢がレイスには生まれた。
不可能と切り捨てた和平の可能性である。
魔人族にとっての最大障害として見られていた、エヒトの意を受ける“勇者”とその仲間たる“神の使徒”。今ここにいる相手だけとはいえ、それらと王国の重鎮が声高にエヒトを罵倒し否定したのである。加え、勇者の目的はエヒトを討つことだという。
差し向かいで話した結果、その人柄は問題ない。ならば、その目的を信ずるに値するかは実力次第である。
よって、レイスは取引を持ち掛けた。
今より数日の後、レイスたちはウルへと魔物を嗾ける。無論のこと今よりも従える数を増やしてだ。
その数日の猶予の内に住人を町より退避させ、その上で魔物を撃退して見せてくれ……と。
神を討つと宣うのであれば、手段は問わぬからその程度は熟して見せてくれ……と。
その結果次第では、陰ながら個人的に協力を約束する、とレイスは宣言したのだ。
「たとえ国を裏切ろうと、その結果として民が安寧に暮らせるようになるのなら、国という形など亡くなっても構わない。……実際、今ですら成長した子供の大半が軍に志願しているからな。安寧とは程遠い有様だ」
決然とした意志を瞳に乗せて語るレイスを、一同は信じた。
たかが個人。――されど個人だ。
神の遊戯盤上というトータスの実情を鑑みれば、彼の申し出は並みならぬ価値を持つ。
町への通達は既にすませている。
山へと調査に赴いた結果、魔人族から宣戦布告された……と。
思いの外混乱は少なかった。今までの慰撫やらが効いているらしい。
時間が時間ゆえに未だ残っている者たちも多いが、大半は明日にでも町から避難する。例外は警備兵や一部の者たちだけだ。兵士上がりの者などは義勇兵として協力を宣言し、フォスもまた――
「食事は必要でしょう? 戦いとなれば尚更に」
――と言って、宣言された前日までは残るそうだ。
ゲイルたちは既にフューレンへと戻った。……
「どこまで出来るか分からんが、増援を連れてくる。ウルの危機となればフューレンも無事ではすまない。必ず誰かしら動くだろう。信じて待っててくれ!」
「私も父上やママに協力をお願いしてみます!」
しかし、立ち去る際にそう言い残していた。
人の輪の心強さを実感した一同である。
約定の下とはいえ、魔物の襲撃だ。必然的に被害は大きいものとなるだろう。――だが、畑であるならば愛子が浄化出来る。建物であるならば、最悪建て直せばいい。
よって、優先すべきは何よりも人。
「俺は――俺たちは決して負けない!」
人が死ぬ可能性を受け入れ――そうはさせまいと意気を燃やす“勇者”の姿がそこにあった。
最新話を投稿する度にお気に入り数が増えたり減ったり……。
評価も目に見えては伸びない。
原作は悪くない筈だし、クロス先を見て感想をくれる人もいる。
やはり改変が著しいからか、そもそも文章が悪いのか……。