「何て言えばいいのかな? まだ、上手く言葉にならないや」
「うん、そうだね……」
優花の家でもある洋食店ウィステリアの帰り道、ハジメと香織は連れ立って歩いていた。他の面々の姿はなく、二人の表情もどことなく暗い。
初めは穏やかに進んだ自己紹介。だがそれは、人に言いたくないようなことは言わなかったからでもあるのだろう。何故なら二人ともそうだからだ。今日出会ったばかりで、未だ距離も測りかねている相手が大半なのだ。知られたくないことは言わず、知られても構わないことしか口にしなかった。
それがズレたのはどこだったのか。
改めて振り返れば、雫もかなり悲惨な身の上である。イジメを受けていたことなど、普通なら語ろうとはしないだろう。少なくとも、出会ったばかりの相手に告げるような内容ではない。最終的に惚気話に持っていかれたから、それに流されてしまったが。
重要なのは、そんなことを口にした、その理由。
それこそが京弥への告白だったのだろう。
傍で聞いているだけで、京弥と雫が腐れ縁の仲だという事は分かった。その一方で、片や恋愛感情を抱き、片や恋愛感情があるかは分からない。
いずれ結婚する予定と言っても、雫としてはやはり恋愛感情を抱いた上で向き合ってほしかったのだろう。だが、生まれた時から続く腐れ縁の関係だ。それを変更しようと思えば生半なことでは無理だろうことは想像に難くない。下手をすれば関係が壊れてしまうのだ。
しかし、このまま待っていてもその願いが叶うか分からないことは、数年間と言う時間が証明している。イジメから救われた結果、自分が愛を抱いたように、向こうが愛を抱くのにも何らかの切欠が必要だ。
一番簡単なのは自分の想いを告げることだろう。ちゃらんぽらんなところもあるが、向き合うべきところにはきちんと向き合うのが京弥だ。剣を続け、修めた事実がそれを証明している。――が、自分一人ではその一番簡単なことを出来ないのも時間が証明してしまっている。
結果、言い方は悪いが雫は自己紹介を――自分を追い込むために――利用したのだろう。
京弥の答えはまだ分からないが、切欠になったことは間違いない。後はそれこそ時間が解決してくれるだろう。
(愛は強しってやつなのかな?)
そう考えてみれば、自分の隣を歩く少女もまた同じようなものだ。
状況の後押しもあっただろう。それに加えての一言だ。
(あの状況で『友達から始めてくれませんか?』なんて言われたら、断る方が無理だ)
よく知りもしない相手から告白され、付き合ってください、なんて言われたところで断るのが普通だ。――よっぽど飢えてたり、舞い上がったりすれば話は別だろうが。
そこに、友達から、の一言を加えることで心理的ハードルを下げた。集団心理も働く。友達として付き合うくらい構わないだろう、と。
だが、そう考えながらもハジメは香織に対して負の感情は抱かなかった。
ハジメとて男だ。必然と異性に対して興味がある。いずれは結婚もするだろう。……が、自分が誰かに想いを告げる姿が想像出来ない。今まで生きてきて可愛いと思う相手はいたが、好きかと問われると分からないのが実情だ。
物作りという、やりたいことを優先した弊害と言えるだろう。ハジメはいわゆる趣味人だ。幸利という同類こそいたものの、他に友人らしい友人も思い浮かばない。
その現実を思えば、香織の告白は渡りに船と言えなくもない。性格はまだ分からないが、外見で判断するなら香織は掛け値なしに美少女だ。そんな相手が告白してきたのだ。しかも最初は友達からでいいときた。……断れない状況でもあったが、それと同時に断る必要もなかったのだ。
基本的に人間とは利己的な生き物だ。自覚の有無はともかく、どこかしらに己の利を求めてこういった駆け引きが働いているものなのである。
それで言えば、雫と香織の利については――当たっているかはともかくとして――想像出来る。納得も出来る。理解も出来ているだろう。
しかし、鈴と恵里については違う。想像も納得も出来るが、理解が及ばないのだ。――その点で言えば浩介についてもそうなのだが、そこまで悲壮感を感じられなかったことが起因している。存在を忘れられる程に影が薄いことは分かったが、あたかもそれを利点のように語られては、悲しいとも思えない。
「環境の違い、と言われたらそれまでなんだろうけど……」
お金持ちの家に生まれたからこその苦悩。愛が壊れた家庭故の苦しみ。……そんなもの理解出来るはずがない。
なるほど、確かに恵里の言っていた通り、ありがちではあるのだろう。ドラマや小説など、
異なったのは、当人だからこその生々しさだ。そればかりは
描写や演者によって真に近づくことは出来ても、作り話は作り話でしかない、ということを嫌でも実感させられた。
「覚悟したつもりだったんだけどなぁ……」
結局は、つもり、でしかなかったという事だろう。圧倒させられ、気付けばそれぞれに別れ帰路についていた。
ここで、気付く。先ほどから香織の声が聞こえない。足音も自分のものだけだ。
考え事に集中していたとはいえ、置いてきてしまったのだろうか?
「白崎さん?」
振り向く。いない。
途中で家に着いた? いや、違う。彼女であれば、一言別れの挨拶を告げるだろう。如何に思考に集中していたとはいえ、間違いなく気付く。
焦燥がハジメを襲う。
普段ならば、何をバカな、と気にも留めない。しかし今は別だ。なにせ作り話めいた実話を聞いたばかりなのだ。ならば
「焦るな、落ち着け、僕」
家庭環境故に自然と慣れ親しんだ知識を下敷きに、ハジメは自分に言い聞かせる。
まずはスマートホンを取り出して現在時刻を確認する。次いで十分後に
「さて、仮にこれが神秘めいた出来事だとして、どうして僕はそれを知覚出来ているのか?」
ハジメは声に出して自問し、次第に思考に集中していく。
現代において、神秘とは『隠されたもの』という意味合いを持つ。……そう、隠匿されているのだ。つまりこれは人為的な現象。言うならば、この静けさは“隔離空間”や“結界空間”などと呼称されるものだろう。
それを知覚できる条件とは?
(考えられるのは
前者の場合で考える。
自分が目標であった場合、現在の状況は、恐怖を煽るため、と考えるのが現実的だろう。神秘なんぞ生まれてこの方縁のない身だ。気付いたところで――今こうしているように知識を基に考えることはできるが、それが通用するかも分からないのだ――対処など出来るはずもない。
こうまでして恐怖を煽るような恨みを誰かに買った覚えもないが、それはあくまで自分視点でしかない。客の中には自分の態度に腹を立てる人も間違いなくいたし、何なら、自分のような見た目平凡なヤツが香織のような美少女と歩いていることにムカついた、なんて可能性もある。
正直、可能性が多すぎて考えるだけキリがない。
ただまぁ、自分が目標だった方がある意味では助かる。
(反面、白崎さんの安全が高まるからね。……けど、この様子じゃどうやら違うかな?)
さっきからこうして突っ立っているだけなのだ。自分が目標であれば、実行者が何らかの
つまり、犯人の目標は香織であり、自分は近くにいたために巻き込まれた。……が、何らかの要因により知らずと対抗した。
香織は掛け値なしの美少女だ。それだけで襲われる理由になる。
自分が放置されている理由として考えられるのは、眼中にない場合が第一。或いはそもそも巻き込んだことに気付いていない、といったところか。
だとしても闇雲に動くわけにはいかない。まず間違いなく危険がある。
時間の猶予は無いにせよ、多少はあるはずだ。三十分は無いとしても、十分は取っていいと期待する。むしろその位は取らないとどうにもならない。
(まず、対抗した要因は?)
自分そのものにあるのか。持ち物にあるのか。……どちらにせよ心当たりはない。第一こんなことが起こったのは今日が初めてだ。
そもそも今日は入学式であり所持品も少ない。精々が財布やスマホなどいつも持ち歩く物や、自分の作った小物が数点ぐらいだ。
(それらしい物はないか……)
一通り所持品を確認してみたが、やはり変な持ち物はない。変わり種として、幸利に頼まれて作成中――と言ってもほぼ出来上がり、あとは塗装するだけだ――である人形用のおもちゃの銃と盾くらいだ。
(考えられるのは一つ。いつも通りである以上、対抗要因は僕に起因する)
そう結論付ける。……が、今度は別の問題が出てくる。
自分が何らかの“力”を持っているとして、それがどんな力なのかが分からない。
それでも知識を基に都合よく考えれば、一つの可能性が思い浮かぶ。
強い思いはそれだけで力になる、なんてのはよく言われることだ。……自分であれば物作りになるだろう。
故に対抗要因は自分の作成物だと仮定する。その場合、特定の効果を持つ道具を作る、というのが自分の力になるだろう。非常に便利だ。正に千差万別であり、あらゆる状況に対応できる。場合によっては複数の効果を持たせることも出来るかもしれない。
欠点は一つ。この状況下では役に立たない可能性が濃厚だ。今は偶々そういう効果を持つ物を持っていただけの話であり、他の物に香織を見つける効果や犯人をどうにかする効果を期待するのは、流石に虫がよすぎるだろう。……仮にそういう効果を持っていたとして、どれがどういう効果を持っているのか判別出来なければ意味がない。
とりあえず問題点を水に流し、何らかの力が込められていると信じて作成物に目を凝らす。信じる者は救われる、だ。
瞬間だった。どこからか声が聞こえた。場所は判然としない。自分の中から響いているようにも、外から轟いているようにも聞こえる。
声は告げる。“
(……これはッ!?)
体が熱い。とてもじゃないが耐えられそうにない。おまけに視界いっぱいに光が迫る。
(……く、気絶していたのか? どれくらい経ったんだ?)
気付けばその場に横たわっていた。体を起こし時間を確認する。セットした目覚ましが鳴るまであと三分。……気を失っていたことを考えれば幸いだろう。
改めて所持品を見やると、件の銃と盾に靄のようなものが見えた。目の錯覚か、と思いまばたきするも変わらない。目をこすっても変わらない。
一筋の光明だ。どうやら力を持つ道具が分かるようになったらしい。
次に考えるべきはその効果。自分の力が仮定通りのものであるならば、どんなことを思いながら作っていたのかが重要だ。
自分は形状からして作りたいように物を作るが、サイズだのといった大枠は依頼主の希望を反映する。特に幸利が依頼してくるのは大半が人形用だ。少しのズレが人間用の比ではなく致命的になってしまう。だから念入りに確認している。その度に幸利は、これはこれこれこういうので、とイメージも一緒に伝えてくるのだ。
自分はそのイメージを下地に作っているはずだし、それは込められた力を判別する一助になる。
(幸利はどう言っていたッ!? 思い出せ、僕ッ!)
そう、確か。
「『害意を防ぐ盾』に『風放つ銃』だったっけか」
自分がこうしていられる以上、盾の効果は実証済みだ。次は銃を試してみなければならない。
周囲を見渡す。何か試すに丁度いいものはないだろうか? 特にない。
(とりあえず銃の確認は後回しだ。道中にでもすればいい。今は場所の見当をつけないと……)
頭を振り、思考を次へ回す。闇雲に探して見つかるものじゃないのだ。
場所の推測は、自然と犯人の推測へと繋がる。
第一に香織もそうだが犯人の姿もないことから、推察できる能力は一定空間内の他者への干渉。自分が巻き込まれている事実から、シミュレーションゲームでいうマップ兵器型。それも操作系の能力。意識誘導辺りだろうか。目標を自分の巣へと誘い込むわけだ。
当然、巣だって目立つよりは目立たない場所の方がいい。後片付けだってあるはずだし、普段から人目のない方が望ましいだろう。
単独犯か複数犯かは分からない。単独犯が最良だが、より悪い方を考えておく。
能力者は結界担当者と操作担当者の二人。いや、邪魔が入った際の武力行使係も一人か二人はいるだろう。
最悪、能力者以外の姿も想定出来る。マップ兵器であるなら、毎回都合よく目標のみを誘い込めるはずもない。現に自分が巻き込まれている。
目標となる女を誘い込んで愉しむとして、巻き込まれた者への対処が必要になるのだ。それが女であれば一緒に愉しめばいいだろう。……が、自分のように巻き込まれたのが男だった場合、それを片付ける必要がある。まさか愉しみ終わるまで放置もないだろう。いわゆる賢者タイムに入る際には、かけた能力が解ける可能性だってあるのだ。
ここ最近、この近辺で行方不明者が出たとか入院者が出たとかいうニュースや噂は聞いた覚えがない。
おそらくは神秘現象を行使するにあたり、何かしらの
だとすれば、穏便な方の担当者が数人は必要になる。報酬は女を宛がえばいい。こんなことに加担するようなヤツらだ。良心など期待出来ないし、それで十分に働くだろう。
(ここから一定範囲内にあり、そうそう人目につかず、それでいてそこそこの人数を収容可能な場所)
一つの候補が思い浮かぶ。数年前に廃校となった、近辺でも有名な不良校だった場所。
廃校の決定打はよく覚えていないが、不良校というだけでも好き好んで近づく者はいないだろう。
また不良校というレッテルからの想像でしかないが、開校時は下手に目を向けているといつどんな因縁を付けられるか分かったものじゃなかったはずだ。自然、近所に住む人たちは、触らぬ神に祟りなし、とばかりに目を背けていただろう。そして事実そうならば、廃校した今でも変わらないはずだ。
そう思い至った瞬間だった。
視界が高速で件の廃校へと進む。身体はその場を動いていない。
どちらかと言えば俯瞰視点に近いか。高さは一軒家の屋根程だ。……自分が動いていない以上、この視界は自分のものではない。
この状況下において、尚不可思議な現象。だが、不思議と恐怖は覚えない。むしろ当然のものとして受け入れられる。
(誰かが教えてくれている? でも誰が? ……これは風? 風が教えてくれているのか?)
視界は尚も進み、やがて今にも校舎敷地内へと入ろうとする香織の姿を捉えた。その歩みは夢遊病者のようにゆっくりだ。
そこまでを映し、視界は自分のものへと戻った。……同時に、セットした目覚ましが鳴り響く。
(よし、行こうッ! 待っていてくれ白崎さんッ!)
確証は得た。銃の効果――使い方、射程、威力――も、今は何の問題もなく分かる。
ここから校舎までそこそこの距離はあるが、それもまた問題にならない。風が自分の後押しをしてくれる。不思議とそれが分かる。
こちらは一人。相手の数は分からない。全くもって気が滅入る。しかし、最早躊躇はしていられない。
ハジメは一気呵成に駆け出す。その身は見る者が見れば――どこか龍を連想させる――風に包まれていた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
廃校舎内、三階の一室。本来なら静かな空間に音が響く。パンパンと何かを叩き合わせるような音と、くぐもった声。
見れば、人の姿が数人ほど。女を捕らえ、前後から腰を振る男たち。そして椅子に腰かけ、我関せず、とばかりに本を読む男。
やがて音が止み、腰を振っていた男の片割れが読書中の男へと口を開いた。
「なぁ黒田? コイツ、もう飽きちまったよ。そろそろ他の女連れ込まねぇ?」
乱雑に女を払いながらのその言葉。
黒田と呼ばれた男はそれを一切気にせず、言われたことについて吟味する。
確かに、と思わなくもない。次いで、それが可能であるかを考える。
黒田は成功と挫折を経験している。その経験上、どうしても思考を回す。
元はいわゆる“お偉いさん”の家に生まれた黒田。親の敷いた
不良校とはいえ、高校を卒業するのとしないのでは大きな違いがある。大学もまた然り。しかし黒田の両親にとっては違った。
学費こそ払ってくれるものの、家を追い出され一人暮らしを余儀なくされた。実家の敷地に足を踏み入れることさえ許されない。
黒田にとって初めての挫折であり、そこからも続く。
不良校に通う中、黒田はそれを通じて暴力の世界を身をもって体感した。そこでは今までの常識など通用しない。正論は通じず、理不尽な理由で殴られる。
見下していたヤツに見下される。それはこの上ない屈辱だった。屈辱は憎悪を呼び、憎悪はただ一度の失敗で自分を捨てた両親にも向けられた。
次第に憎悪は反骨心となり、いつしか黒田は普通に殴り返すようになっていた。そしてそこからは簡単だった。
実家住まいの頃は暴力など振るったことはない。しかし教えられた勉強の中には武道の類も入っていた。ただの力任せと、体の動かし方を知る者。その違いは劇的だった。
相手はアッサリと倒れ、それが何度か続き、いつしか自分から平伏する相手の方が多くなった。
幸か不幸か、黒田はそれだけの
何をするにも自分次第。それは辛くもあるが、これ以上ない自由と同義。
実家にいた頃には感じられなかったその自由をこそ、黒田は貴んだ。
そんな日々の中、黒田は己の能力に気付いた。言うなれば催眠術。他人の意識に干渉し、その思考性を誘導出来たのだ。
しかし、黒田はそこで満足せずに慎重に実験を繰り返した。……下手に使い自由が無くなってしまうことを恐れたのである。
そうして己の能力を把握し、選りすぐりの部下を作り、デモンストレーションとして自分の力を見せたりもした。その試みは上手くいき、部下の中からも黒田同様力を自覚する者が現れた。数こそ少ないが、その能力は有用だった。
今後も続く自由のために、黒田は入念な下準備を行い、やがて高校卒業を契機に盛大な花火を打ち上げた。教師生徒を問わずの大乱交である。無論、そこに自分と部下は表向き関与しない。
いくら不良校とは言え、許容するにも限界がある。結果として、黒田の思惑通りに高校は廃校となった。
一方で、騒ぎが落ち着くまでの間に、それぞれがそれぞれの方法で資金を蓄えることにした。高校を自由の家として棲みやすくするにも金は必要だ。
塵が積もり山となった頃、黒田は部下に声をかけた。慎重に、けれども大胆に力を使い続ける内に、能力の幅が広がっていたのだ。精密性は下がるが、遠距離からでも意識に干渉することが出来るようになっていたのである。
廃校に荷物を運びこみ、以後は自由を謳歌する日々。離れた場所に居ながらにして、電話もメールもなしに目を付けた女を連れ込むことが出来るのだ。怪しまれる可能性は格段に減っていた。
勿論、何の対策もしないままではいずれバレるだろうが、部下の力がそれを助けた。
認識を逸らして人を寄せ付けなくさせる、一種の結界を作るのが部下の能力だった。……当然、それ以外にも使い道はあるが、そんなものは邪魔にしかならない。黒田は部下の意識に干渉することで、自分の補助程度にしか役に立たない力だと思い込ませていたのだ。不良校に相応しいお頭の出来だったからこそ、非常に容易だった。
そのままでは長続きしない欠点もあるが、下準備次第でどうとでもなる。一定範囲内の電柱や掲示板などに内容を書いた紙を貼っておけば、それだけで大分違う。目にした者にとって一種の刷り込みとなる。
元々、ここは件の問題が起こったこともあり人通りが少ない。興味本位で訪れる者もいないではないが、臭い物には蓋、とばかりに敢えて目を逸らし近づかない者の方が大半を占める。そんな心理も働いてか、結界はほぼほぼ問題なく機能した。
連れ込んだ女が拘束する前に意識を取り戻し逃げ出すこともあったが、それはそれでいいスパイスになった。逃げたところで結界の方は問題なく機能しているし、なにより数の差が大きい。大した抵抗も出来ず――反抗的な目はそのままだったが――再び捕まえるのに大した時間はかからなかった。
同時に、黒田にとって勉強にもなった。意識を操るだけでは安心出来ない。そもそも、無意識に体が動いた、なんてのは昔から言われてきたことだ。今回は助かったが、もし武道の心得があったならばどうだったか。実力によっては意識が無くとも対処されていたかもしれない。武力担当ならばどうとでも出来ただろうが、自由の危機であったことに違いはない。
意識があっても無くても問題ないよう、身体も――少なくとも自分で動けなくなる程度には――操れるようになる必要がある。ならなければならない。
以後、黒田は引き寄せた相手を練習台にして、身体の自由を奪う訓練を重ねた。
今現在は操る人数にもよるが――校舎内にさえ入れてしまえば――意識がありつつも身体の自由を奪うことが可能な程にはその実力を上げていた。
「お、あの娘なんて良いんじゃね? 高校生か?」
「いやいや、向こうの娘の方が良いって? あ~、そういや今日は世間で入学式だったか」
「あっちにはグループがいるな。……男が三に女が二か?」
思考に耽る黒田の耳に、双眼鏡を覗く部下――便宜上、順にABCとする――の声が次々と届いた。双眼鏡を受け取り、自身でも確認する。文句なしの上玉だ。全員が全員男連れであり片付ける数も多くなるが、数だけはいる手下に任せればいい。
「よし、いつも通りに呼び寄せる。金魚の糞も多いから兵隊に伝えておいてくれ」
武力行使担当であるAとBに言って、黒田と結界担当Cは能力を行使した。