ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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4話

 前線が押し上がったことにより、襲撃当初の最前線は中陣へと変わっていた。

 後陣であるウルの町近辺では愛子とリリアーナが守りを固めている。王国騎士やデビッドら神殿騎士が護衛につき、警備兵や義勇兵がこれに続く。

 とはいえ、言ってみれば戦いはまだ始まったばかり。現時点では後陣まで到達する魔物は少ない。十分に相手取れていた。

 現在、最前線で戦っているのは僅かに四名――龍真、光輝、メルド、ティオである。

 たった四人とは思えぬほどに多大な戦果を上げてはいるが、やはり人数が人数だ。その武技を逃れる魔物も数多くいる。

 よって、それらを受け持つのが中陣にいる面々だ。

 中陣を率いるのは恵里。その他にいるのはウィルやゲイルを始めとした冒険者一同だ。人数だけなら最も多い。

 彼らは何も心意気だけでこの窮地に立ちあがったわけではない。冒険者である以上、当然ながら実利を求める面もあった。今回襲撃をしかけてきた数多の魔物。全てではないにせよ、少なくとも半分は報酬として得られることになっているのだ。……まあ、参加人数での均等割りとなるが。

 普段は山を越えた更にその先に潜む魔物。それらの素材が得られるとなれば、危険に挑む価値はある。

 そしてこの危険依頼を受けることを認められただけあって、この場にいる冒険者は――数少ない例外を除いて――揃いも揃って一定のランク以上である。

 細かく言えば中堅中位――緑色を認められた者たちが最低ランクだ。むしろ、そうでなければ依頼を受けることが認められなかったのだ。

 大半は“勇者”たちが仕留めているので、正に“楽してぼろ儲け”ではあるのだが、それに甘える様では冒険者の矜持が許さない。報酬に見合う危険を冒さなければ、とてもじゃないが冒険者を名乗れない。

 そんなわけで、中陣に立つベテラン冒険者たちは進んで魔物へと挑んでいく。当然、命を秤にかけた上でだ。死んでしまっては元も子もない。それを嗅ぎ分ける嗅覚を持てばこそ、生きてこのランクまで到達することが出来たのだ。

 しかし、全ての冒険者がそうである筈もなかった。

 冒険者には人格も求められることに間違いはない。間違いはないが、彼らを束ねる冒険者ギルドは一種の商売なのだ。そして商売である以上、やはり資金があるに越したことはない。それゆえに貴族や商家を始めとした、金を持っている家の後継者ではない子供を対象に金と引き換えで実際のランクよりも一つ二つ上乗せすることは決して珍しくなどなかった。

 当然、その事実はギルド職員で共有されているので、彼らが実際に身の丈に合わぬ依頼を受けることはない。――その筈だったのだが、今回に限っては彼らの親から横やりが入った。

 自分の子供が勇者と共に戦い、魔物から町を護る。……この事実で得られるモノは大きい。家の名にも箔が付く。家の名が上がれば、より利潤が得られる。――そしてそこに、実際に子供が役に立ったかなど関係ない。最悪、死ななければそれで良い。それゆえに、子供に依頼を受けさせるように圧力をかける家が少なからずあったのだ。

 いわば巻き添えとなった“名ばかり冒険者”――別名“役立たず”――とて死にたくはないので、安全な後陣にいたいのが本音である。

 しかし、他の冒険者たちが揃いも揃って中陣へと上がるのだ。見栄だけは一人前にある以上、ついて行かないわけにはいかなかった。

 必然、身の丈に合わぬ戦場で冷静さを保てるわけもない。家の恩恵に甘えて楽を受け入れてきた子供たちは、戦場の空気に呑まれていた。

 魔物を仕留める。それは確かだ。だがどうやって? ランクに見合った経験がない彼らには、その方法が思いつかない。

 彼――オゴールもそんな一人であった。

 そもそも、彼が最初のランクからの脱却が出来たのだって取り巻きによる部分が大きい。青からの上昇だけは、裏金が通じないからだ。しかし直接には通じなくとも、間接的には通用するものだ。

 冒険者に登録するには千ルタという登録料がかかる。冒険者として働くに当たっては装備だって用立てなければならない。オゴールにとっては端金に等しいが、今を生きるに精一杯の者にとっては異なる。冒険者になる理由は――憧れも勿論あるだろうが――それ以外に生活の糧とするべき仕事がないからだ。どうせ遠からず死ぬなら……とダメで元々、己が命を代価に危険へ挑む者が大半なのである。

 オゴールはそんな彼らに声をかけるのだ。

 

「登録料と装備は用意してやる。その代わりに俺を護れ」

 

 その声に応える者は後を絶たない。登録料と装備を用意してもらった――冒険者として働けるようにしてくれた恩から、決まって彼らは奮戦する。

 無論、そんな彼らとて当座の恩を返したと判断すればオゴールの傍を離れていく。取り巻きを続けても先はないからだ。ランクの上昇には人格面も求められる以上、むしろマイナスでしかない。

 それでオゴールも我が身を振り返れば良かったのだが、そんなことはしなかった。自分の取り巻きになりたいヤツはまだまだいる、と彼はアッサリと他の者たちに声をかけた。そうして、実際に応える者もまた多い。その者たちもまた、折を見ては離れていく。

 それを繰り返した結果、オゴールはランクを上げていったのだ。

 ランクの高い冒険者はそれだけ羨望の的となる。オゴールはその声に満足するだけで修練をしなかった。実情を知る者の中には噛みついてくる者もいたが、所詮は負け犬の遠吠え、と相手にもしなかった。

 かつての取り巻きたちも、袂を分かったとはいえ恩があることに違いはない。何を言うこともしなかった。――出来なかった、の方が正しいだろう。彼らには負い目もある。一度はオゴールにぶら下がったことのある者がいまさら何を言える、と葛藤しつつも噤むしかなかった。

 冒険者ギルドとて彼らの親から金を受け取っている。それで私腹を肥やしているわけではないが、やはり裏金であることに違いはない。

 また、オゴールのような者のおかげで有力な実力者が冒険者ギルドに登録していることは紛れもない事実だ。

 登録料に加え、装備も自分で用立てなければならない。“冒険者”は目指す者に反比例して第一歩の敷居が高すぎるのだ。

 そんな状況をどうにかしようと冒険者ギルドも奮闘しているが、すぐにどうこう出来るわけもない。そのためにはやはり多くの金が必要だ。それを齎してくれるのがオゴールのような者たちの親なのである。

 そんな事情もあり、声高に注意することは出来なかった。

 そんなわけで、プライドは高くとも実力はないオゴールだ。他者に“おんぶに抱っこ”ばかりであった彼には、何をするにも基準が足りない。

 魔物の能力は軽く自分以上だ。それは分かる。だが、そんな相手に武器を当てるためにはどうすればいい? 当てたところで、それで仕留められるのか?

 疑問ばかりが浮かび、それに対する答えは出ない。

 ヘタに動き回らないだけマシといえばマシだが、そんなもの――隙以外の何でもない。魔物が見過ごす道理はなかった。狼型の魔物が食らいつかんと飛び掛かる。

 

「……ヒッ!?」

「はあッ! 虎牙破斬!

 

 襲いかかる魔物に気付くも、最早どうすることも出来ない。オゴールはそのプライドの高さゆえに、遮二無二躱すことすら選択肢には浮かばなかった。――いや、正確には浮かんでも“みっともない”と無意識のうちに却下しているのだ。……己が身で魔物の攻撃を味わったことがないゆえの弊害であった。

 刹那、割って入った人影が一つ。剣を振り上げ、すぐさま振り下ろす。その連撃で以て魔物を両断して見せた。

 オゴールはその人物を知っていた。

 クデタ伯爵家の三男坊――ウィルだ。冒険者に憧れるも、家族と支部長から揃ってダメ出しを食らう“出来損ない”。そして事ある毎に自分へと噛みついてくる“負け犬”。

 だが、これは何だ? なぜそんな出来損ないが、負け犬が、自分が手も足も出ぬ魔物を仕留めることが出来る?

 現実を認めたくないあまりに、オゴールは礼も言わずに思考へと逃避する。

 

「ボケっとするな! 勇者と王女が言っていただろう! 無様でも生き残れと! 動けないなら彼女の許へ下がってろ!」

 

 しかし、ウィルの一喝がそれを妨げる。

 

「……あ? ……彼女?」

「……来い!」

 

 普段は偉ぶっているくせに、ドイツもコイツもこの有り様だ。そしてこんなヤツが冒険者として名乗ることを許されている。その事実が、全く以て嫌になる。しかし、自分にはどうすることも出来ない。現状に憤りを覚えたとて、吼えるだけでは意味がない。自分はまだまだ未熟だ。現状を変えたくても、そのためのヴィジョンが何も浮かばないのだ。だから、今は自分に出来ることをするしかない。

 諸々の感情を胸に秘め、ウィルはオゴールの手を引っ張って走り出す。

 間もなくにして一人の少女の許へと辿り着いた。

 他ならぬ恵里であるが、その出で立ちはこの状況では異様に過ぎた。頭にはヘッドホン型のマイク、手に握るのは武器にあらず楽器である。

 ハジメと幸利共作のギターをかき鳴らし、ハジメ謹製のマイクで歌っているのだ。……ハジメが作成時に前もって風に命じているおかげで、その音は増幅される。

 士気向上の声楽も分からないではないが、この状況ですることではないだろう。――思わず内心でツッコミを入れた際、オゴールは歌声が響いていることに漸く気付いた。

 弦の音は周囲の音によってかき消されているが、その歌声は違ったのだ。

 程なくして歌い終えた恵里は、その手を止めてウィルたちを見やった。

 

「やあ、お疲れ様だねウィル。おかげで助かってるよ」

「いえ、未熟な私に出来るのはこれくらいですから……」

「ハハ、謙遜はいらない。自分に出来ることをする。……それすら出来ない者が、ここには思いの外に多すぎる。やれている君は上出来だよ」

 

 微笑を浮かべてウィルと語り、次いで冷笑を浮かべてオゴールを向いた。

 

「こっちが折角フォローしているのに、それすらムダにする連中だ。ボクの本音としてはどうなっても構わないんだけどね? 無能な味方は百害あって一利なしだ。死んでくれた方が正直言ってありがたい。――ま、現実としてそうはいかない。……分かるかい、キミのことだよ? 天之河クンたちに感謝することだね。彼らが参戦した者たちの生存を第一に願えばこそ、ボクもそれに応えているんだ。

 分かったら身の程を知っておとなしくしているんだね。さもないと、本当に死んでも知らないよ?」

 

 言葉の刃を叩き付けた。

 ここまですれば大概はおとなしくなる。――逆に言えば、ここまでしないとおとなしくならないのだ。

 恵里の周りにはこうして打ちのめされた者の姿がいくらかあった。

 オゴールもまた例に漏れない。

 常の依頼とは比較にならない鉄火場。加え、今しがた生命の危機に及んだばかり。その精神は既に限界に達している。

 そこに“現人神”からの言葉だ。魂魄から揺さぶられ、オゴールは現実の重みに耐えきれず奇声を上げて倒れ伏した。

 精神に異常をきたすかもしれないが、そこまでは恵里の知ったことではない。身の程を弁えぬ自分が悪いのだ。命があっただけ儲けものと思ってもらう。

 恵里はオゴールから視線を外して戦場を一瞥。

 どうやら同じようなのはまだいるらしい。ため息も露わにウィルへと頼んだ。 

 

「はあ……どうやらまだいるらしい。すまないが、次もお願いするよ?」

「分かりました、行ってきます」

 

 ウィルが駆けて行くのを見送り、再度恵里はギターをかき鳴らす。

 その音が風によって増幅され、恵里の耳へと確かに届く。後はリズムに合わせて歌うだけだ。

 マイクを通した歌声は同じく風によって増幅され、恵里を中心とした周囲一帯へと確かに響き渡る。

 夏休み、依頼で行ったバンド活動の成果だ。トータスではこれが思いの外に重宝している。

 恵里は降霊術師だ。必然的に魂魄への干渉は手慣れたものだ。そして魂魄は肉体と密接に関係している。

 歌を聞いて気分が高揚したりするのはよくあることだ。曲によっては物悲しい気分になったりもするだろう。降霊術師たる恵里の場合、歌に氣を込めることでよりハッキリとした効果を及ぼすのだ。

 そう、この場にいる冒険者たち――それも恵里の唄を聞く余裕のある者たちは、その恩恵を受けているのだ。

 日本にいた頃は自分で音楽を奏でる必要もなくスマートホンなりで流した曲に合わせて歌えばよかったのだが、トータスではそうもいかない。

 音楽無しで歌うことも出来なくはないが、浮かび上がるイメージが段違いとなる。それでは氣を込めたところで大した効果は出ない。なので、自分で楽器を奏でることでイメージを補完しているのだ。とはいえ、恵里はプロでも何でもない。弾ける曲には限りがある。

 また生存を第一とするに当たり、恵里は先ほどから二曲しか弾いていない。

 防御力上昇の効果を齎す、防御をイメージした唄。

 そして常時回復効果を齎す、安らぎをイメージした唄だ。

 普段の戦闘とは及びもつかぬ広範囲と大人数ゆえに個々への効果は微々たるものだが、それとて決してバカには出来ない。

 恵里の唄を耳に入れるだけで魂魄が干渉を受け、それぞれの効果が受けられるのだ。受ける者にとってはこれほど利便性の高いものもそうはあるまい。

 しかも冒険者にとっては普段の依頼のような遭遇戦ではない。次から次へと間断なく魔物が現れる長期戦だ。如何なベテランとて流石に勝手が違いすぎる。最初はまだしも何れは戦場の空気と血の匂いに酔う。時間が経つにつれミスが多発するのは目に見えていた。

 それゆえ、恵里は歌うことに専念しているのだ。

 恵里の唄を聞いた冒険者は、否応なく防御重視の行動を取る。空気と血に酔っても、酔いが浅い内ならば安らぎを齎され平常心を取り戻す。結果、驚くことにこれほどの乱戦でありながら未だ誰一人として死者が出ていないのだ。

 その一方で、後方へと抜ける魔物の数が増えているのは紛れもない事実だ。こればかりは仕方がない。戦闘を重ねれば、その分だけ疲労が溜まる。おまけに恵里の唄によって防御を優先しているのだから尚更である。

 

「チィ、往かせるか!」

 

 さて、そんな中陣のどこかだ。

 元々受けた仕事――“北山脈調査依頼”――の成り行きから参加した戦だが、ウルの町を護りたいのもまた事実。ゲイルは脇を通り過ぎようとする魔物へと刃を振り下ろした。過たず魔物を仕留めることには成功したが、それは他の魔物にとっては恰好の的と映る。

 如何に恵里の唄による効果を受けたところで、個々へ齎される効果は微々たるもの。意思次第では容易く撥ね退けられる。この局面で、それが強く現れた。仕事と割り切っている冒険者とゲイルとの違いはそこだろう。――しかし、だからこそ悪手となった。この瞬間、ゲイルは自分の護りを度外視してしまったのだ。

 己へ襲いかかる魔物へ気付くも、完全回避は不可能だ。後方へ抜けようとする魔物が多すぎる。得物を構えている分には襲ってこずに通り過ぎるが、あからさまな隙を見せればその限りではない。遮二無二この魔物の攻撃を躱したところで、今度は他の魔物に狙われるだけだ。

 

(ウィルに偉そうに言っておいてこのザマか……ッ!)

 

 さりとて生き残ることを諦めるつもりはない。内心で舌を打ちながらも、ゲイルは片腕を犠牲にする覚悟を決めた。片腕を犠牲にさえすれば、この場を凌ぐことは出来る。この先“冒険者”を続けることは出来なくなるだろうが、死ぬよりはよっぽどマシだ。

 

「ゲイルさん!? 風よ奔れ、蒼破刃!

 

 しかし、他ならぬウィルがゲイルの窮地を救った。恵里の指示で役立たず回収のために走り回っている際に、ゲイルの危機が目に入ったのである。

 距離があるため走っても間に合わぬと見たウィルは、その場で氣を込めた刃を振るった。風が衝撃波となって奔り、ゲイルに飛び掛かる魔物へと襲い掛かる。

 

「ウィルか!? スマン、助かった」

 

 あわや窮地を脱したゲイルは即座にバックステップ。ウィルも距離を詰めてその横に並ぶ。

 

「生存第一です! 無茶をしないでくださいよ、ゲイルさん!」

「分かっちゃいるんだが、数が数だ。コイツらをこのまま後方に通すのは……」

 

 言いながらも、ゲイルは脇を抜けようとする魔物たちへと刃を振るう。しかして今しがた無様を晒したばかり。今度は守りを重視していた。

 

「大丈夫です。後方にだって戦力はいます。味方を信じてください」

「ッ!? ああ、そうか。そうだな……。俺たちだけが、戦っているわけじゃないからな……」 

 

 ウィルの言葉に、ゲイルは衝撃を受けた。

 基本的に冒険者はパーティーを組む。ソロとていないわけではないが、そんなのはごく少数の例外と言っていい。また依頼によっては軍勢(レイド)を組むこともあるが、やはりその機会は少ない。

 必然、こういった大人数での行動に慣れていないのだ。

 普段受けるような護衛依頼では、間を抜けられると護衛対象に危害が及ぶ。それもあってか、つい必要以上に意識してしまっていた様だ。……後方にも戦力がいることを分かっていたにも拘わらず。

 それを、ウィルの言葉で気付かされたのだ。

 一皮むけたとは思っていたが、それだけにとどまらない。ウィルは今なお成長している。佇まいにもそれが現れている。

 

(これが、あのウィルか……!?)

 

 驚きはある。だがそれ以上に、祝福したい気持ちの方が大きい。

 

「まったく、お前に教えられるとはな……。認めるよ、ウィル。今のお前なら、立派に“冒険者”としてやっていける。きっと、遠からず俺以上にだってなれる」

 

 後進に抜かされる。その事実を、ゲイルは不思議と素直に受け止めることが出来た。きっと相手がウィルだからだろう。

 

「ゲイルさん。……はい! 未だ目指すべき明確なヴィジョンも見えませんが、それを見つけるためにも私は進みます!」

 

 憧れる先達からの応援(エール)。ウィルもまた、それを真正面から受け止めた。ここで謙遜するのは、きっとやってはいけないことだ。

 

「さあ、俺は俺の仕事をやる。――お前もお前の仕事をするんだ、ウィル!」

「……はい! 御武運を!」

 

 僅かな邂逅の後、二人は再び行動を別にした。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「来たぞ、町へと通すなよ!」

 

 迫りくる魔物の軍勢。それを目にした神殿騎士隊小隊長、デビッドの号令が飛ぶ。

 最初に“勇者”たちが出鼻を挫いた後は暫く落ち着いていたが、時間が経つにつれて近付く魔物が増えてきた。そして今は御覧の通りだ。もはや“群れ”を通り越して“軍勢”と化している。

 無事にこの危難を乗り越えられたならば、北山脈に対する警戒を強めるように上奏しなければなるまい。……そう、無事に乗り越えられたなら。

 張り上げた言葉とは裏腹に、デビッドは不可能と見ていた。

 王国騎士と神殿騎士の三個小隊。そしてウルの町の警備兵と義勇兵。他の町から駆け付けてくれた騎士や兵もいる。

 心強いことは確かだが、それにも増して魔物の数が多すぎる。

 無理もない。如何な勇者たち、如何なベテラン揃いの冒険者とはいえ、彼らもまた人間だ。実力は高かろうとも、動くほどに疲労も溜まる。

 おまけに魔物の数が数だ。

 時間が経つほどに取りこぼしが増えることは当初から予想されていたことだった。

 しかし、どこか楽観的だったことは否めないだろう。この状況を見ては、デビッドもそれを認めざるを得ない。

 取りこぼされた魔物の数は予想以上だったのだ。

 デビッドは同じ小隊員と視線を交わし、次いで町の入り口に並び立つ愛子とリリアーナを見やる。

 そして、共にコクリと頷いた。

 

(最悪、後ろ指を指されようとも姫殿下と愛子だけは逃がさねばなるまい……)

 

 悲壮な決意を固めるデビッドたち。状況を見れば当然ともいえるだろう。

 だが、その危惧は現実として起こらなかった。

 

四方を司る大いなる存在よ。故郷を、同胞を護るべく戦う勇士たちに救いの手を差し伸べてください。……ジハード!

 

 愛子の声が響いた瞬間である。

 天空に光輝く存在が現れたのだ。

 

「天使か?」

「いや、鳥だ!」

「何を言っている、ドラゴンだよ!」

 

 辺りからはそんな声が次々と上がる。どうやら見る者によって姿が異なるらしい。デビッドの目には翼を広げた愛子に見えた。正しく“女神”である。

 愛子の呼び声に応えて現れた。……確かなのはそれだけだ。

 そして、光り輝く存在から更に光が放たれた。

 その光は魔物の軍勢へと向けられ、当たった瞬間に大爆発が起こる。

 

「うわッ!?」

 

 その衝撃は凄まじく、未だ距離はあるもののこちらへも襲い掛かる。各々がたまらず腕で顔を庇う。

 距離があってもこれだ。着弾点の衝撃は計り知れない。

 

「まさか……!?」

 

 土煙が晴れた際、その威力の程が証明された。

 あれほどいた軍勢が――もはや“軍勢”ではなくなっていたのだ。

 おまけに大地はそのままだ。今の一撃で特に抉れたりもしていない。

 正に“奇跡”である。

 

「おお、“豊穣の女神”さまの奇跡だ……」

 

 そう思ったのはデビッドだけではないようで、そこかしこから愛子を讃える声が上がる。

 

「……とのことですが、愛子?」

「ここまでの威力があるとは思いませんでした……」

 

 一方、愛子コールが止まない中で言葉を交わすのは当の本人たちだ。 

 宿星の齎すイメージを元に、改変しつつ使ってみたらコレである。使った愛子自身も衝撃が大きい。

 イメージの中では天使を召喚していたが、愛子自身は敬虔なキリシタンでも何でもない。天使についてもそれほど詳しくはない。齎されたイメージのままでは使える気がしなかったのだ。なので、教え子たちが四神の加護を受けていることもあり漠然とそれらのイメージも取り入れた。結果、見る者によって姿が変わるようになったらしい。

 それは良いのだが、威力の程は想定外だ。埒外に高すぎる。流石にコレはないだろう。

 対象を魔物と定めた上での氣による行使。それゆえに他への被害が出ていないのは救いだが、このままでは普段からおいそれと使えるものではない。

 

(次からは威力の調節を心掛けましょう)

 

 自分のしでかした事実に顔を抑えながらも、愛子は次へと向けて決意を新たにした。

 

「さて、皆さん! “豊穣の女神”が奇跡を齎してくれましたが、まだまだ魔物はいるのですよ! 気を抜かずに当たって下さい!」

 

 いつまでも放置するわけにもいかず、リリアーナは湧き上がる“豊穣の女神”の信徒に警戒を促すのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 愛子が行使したジハード。

 その発動は最前線の四人にも届いていた。

 現在、四人は町からかなり離れた場所にいる。町よりは山の方に近い。……遠目ながら山の入り口が見えるほどには。

 ウルの町と山の距離は、馬で丸一日くらいかかる。

 

「うお、何じゃ!? いま後方から凄い力の奔流を感じたぞ!」

 

 それほどの距離がありながらも、発動が分かるほどの力の奔流だ。……驚きのあまりティオが叫ぶのも無理はないだろう。

 ほぼ時を同じくして、間断なく山から姿を見せていた魔物の波が止んだ。どうやらこれで打ち止めらしい。正直言って助かった。

 戦力の逐次投入は下策と言われるが、それも状況によりけりだ。少なくとも、受ける方にとっては相手の総戦力が分からない時ほど怖いのは間違いない。

 山に棲息する魔物の情報は少ない。山を越えるほどに強力な魔物になる。……これくらいしかないのである。

 必然、その総数など分かる筈もない。先の見えない戦いほど精神的にクるものはないのだ。

 魔物の強さとしては未だ【オルクス真迷宮】の上層に棲む二尾狼にも劣る。今の四人にとっては大したこともない。しかし掲げた勝利条件が勝利条件だ。四人だけが生き残れても意味がない。

 だからこそ、明確な終わりをヴィジョンに捉えるため四人はここまで進んできたのだ。終わりが見えたなら、気力を振り絞ることも出来る。

 

星影連波! 昇煌陣! セイッ! ……恵里か?」

 

 剣の軌跡が光の衝撃波となって魔物を襲う。それを三連続で繰り出し、潜り抜けた魔物へは剣を地面に突き刺して周囲に光の衝撃波を展開することで対応。一種の結界に囚われた魔物を斬り捨て、波の終わりを確認しながらも、感じた力の奔流に対して光輝が呟く。

 彼の知り得る限り、氣の担い手は後方に四人。恵里、愛子、リリアーナ、ウィルだ。この中で今ほどの氣を用いた技を使えるとなれば、恵里しか思い浮かばなかった。

 

「他にいるのか!? 言っちゃあ何だが、オリャッ、姫殿下は勿論、フンッ、愛子とウィルにも無理だろう!」

 

 光輝の呟きが耳に入ったのだろう。同じく魔物を斬りながらメルドが言った。

 氣に目醒めたところで、それだけでは意味がない。使いこなすには相応の反復がいる。それによって経験を積まなければならないのだ。

 如何に宿星の加護を受けたところでそれは変わらない。前任者の動きや技を模倣するにも制限がある。最低限、自身にそれだけのスペックが必要だ。スペックが足りなければ、まずは初歩の技や動きくらいしか模倣出来ない。その反復を重ねることで経験を積み、誤差を無くし、スペック不足でも高度な動きや技を模倣することが可能となるのだ。

 以前のオルクスで奈々が氣に目醒めて早々に高レベルの模倣を可能としたのも、事前に魔物肉を食べたことによりスペックが上昇していたからに他ならない。

 それを鑑みれば、光輝とメルドの判断は間違っていない。

 愛子とリリアーナ、ウィルの三人の生活は――まあその立場上、一般的とはいえないが――“普通”の範疇を出ない。召喚された愛子はまだしも、リリアーナとウィルの能力値は“一般的”ですむ領域だ。

 氣による強化は、単に元々の数値を何倍にも跳ね上げているに過ぎない。元が低ければ跳ね上がったところでたかが知れている。

 よって、発動者の候補からリリアーナとウィルは除外される。

 残る候補は恵里と愛子だが、発動した力の強大さを加味すればやはり恵里に軍配が上がるだろう。氣に目醒めてからも愛子は特に生活を変えていない。単独でこれほどの力を扱えるとは思えなかった。

 

「テイッ、いや、間違いなく愛子先生だ!」

 

 しかし、この中では一番氣に詳しい龍真が、やはり魔物を打ち据えながらも二人の言を否定した。

 

「愛子先生の宿星は“菩薩眼”だ! この程度ならやってのける! ――ハッ、螺旋掌!

 普段おとなしいヤツほどキレると怖い、ってよく言うだろう! 菩薩眼はその典型だ。尋常ならざる癒しの力、セヤッ、菩薩の如き慈悲の心、タアッ、そして何よりも龍脈を見極める眼だ。――火杜(かむろ)

 慈悲から外れた者の末路は悲惨だ。個人では不足な力だって、龍脈から汲み上げれば問題は解決する。トイヤッ、全てを扱うことは不可能でも、オオッ、一掬い程度ならその限りじゃない。チェイヤッ、そして世界の氣は伊達じゃない。でぇいッ、一掬いだって強力だ。はあッ、それでも普通なら難しいが、デイヤッ、その眼がそれを可能とする! ――ああもう、キリがないな、大鳳(おおとり)

 

 語りながらも拳撃と蹴撃、掌打に投げ、時には緋勇流の技を繰り出して龍真は魔物を仕留めていく。

 螺旋に練られて放たれた氣が魔物たちを吹き飛ばす。

 炎氣を横一列、壁の如くに発現させて魔物を絡めとる。そこに掌打を撃ち込むことで炎氣は魔物ごと爆発する。

 天高く跳躍し、自らが弾丸となって群れの中心へと襲い掛かる。全身に炎氣を纏ったその姿はさながら鳳凰の如し。蹴りを食らった標的は粉砕され、周りの魔物も炎の翼に焼き尽くされる。

 

「おお、カッコいいな! 正にライ〇ーキックじゃないか! よし、俺も真似してみよう!」

 

 大鳳を目にした光輝が瞳を輝かせた。

 次いで自分も真似するべく跳躍した。とはいえ光輝の武器は剣だ。よって叩き込むのは蹴撃ではなく突きの一撃になる。

 周りから“完璧超人”と持て囃されるのは伊達ではない。過たず、光輝もまた炎を纏って群れの中へと突撃した。

 結果も大差ない。標的が突き殺されるか蹴り殺されるかの違いだけだ。

 

「うん、上手くいった。今の技は“鳳凰天駆”と名付けよう!」

 

 一人盛り上がる光輝を余所に、メルドとティオは納得した。

 自らだけで不足するなら、助力を願うのは自然なことだ。

 今回はその対象が異なるだけである。

 掃除に使う洗剤とかと同じだ。慣れぬ者なら割合が分からなくて、使用するにも多すぎたり少なすぎたりする。また洗剤にも種類があるため、そもそも使用する洗剤を間違えたりもする。

 本来ならそれを経験で補うわけだが、愛子はその限りではないわけだ。まず洗剤の選別自体はクリア出来ている。あとは量の多寡のみだが、それとて他の者よりは条件が緩い。元から洗剤の強力さが分かっているのだ。必要以上に使うわけもない。

 その結果が先の奔流ということだ。

 

「しかし不思議に思っておったが、そなたらは“精霊力”を使えるのじゃな? 成り立ちが成り立ちゆえ、人の世では知る者もいないと思っておったが……。ああいや、そういえば龍真たちは別世界から来たのであったか。ならばおかしくもないのか……?」

 

 龍真と光輝に蹴散らされ、少しの落ち着きが出来た。

 そんな中、ティオがメルドに問いかける。――かと思えば、すぐに自問自答した。

 それで堪らないのはメルドである。聞き覚えのない力の名称。問い返すのは自然といえた。

 

「その“精霊力”というのは?」

「ふむ、神代よりもなお昔に発現したとされる力だ。とはいえ、妾もそう詳しくは知らぬ。精々が竜人族の王家に口伝で伝わる内容と、実際にその力が存在する事のみよ。……こんな風にな?」

 

 言って、ティオはその身に氣を――彼女が言うところの“精霊力”を纏った。体内で巡回させるに収まらず、爆発的な氣が溢れ出している。

 

「まあ、精霊力の話については後にしよう。他に使える者を知らぬゆえに隠しておったが、そうでないなら隠す必要はない。それに後ろとの距離も開いたしのう。これなら無用に突っつかれることもあるまい。……今まで以上に役に立って見せようぞ?」

 

 言葉通り、ティオの動きは先までの比ではなかった。いや、これまでも十分に役立ってはいたのだが、更にとどまることを知らなくなった。一つ一つの攻撃動作がより流麗になっている。

 それに伴って、殲滅速度も上昇していた。隠す必要がなくなったからか、攻撃の際に氣を変換させたりもしているからだ。打撃に乗せるのは勿論として、術を使い始めたのである。

 むしろ術の効果が大きい。単体効果のものから範囲効果のものまで、間髪入れずに次から次へと術を放っている。

 複数の火炎弾を放ち、かと思えば前方に無数の氷の槍を放つ。大地から先の尖った石柱が現れて魔物を貫く。複数からなる風の刃が連続で斬り付ける。魔物の頭上に闇を凝縮したような黒い球体が現れて、付近の敵の動きを束縛する。

 トータスの常識では考えられない光景だ。いや、属性は偏るにせよ香織や恵里など術をメインとする者ならば出来なくはないだろう。氣と魔力の違いはあれど、アレーティアだってやってのける筈だ。――ただ、普段はこれほどの大規模戦闘がないからお目にかからないだけで。

 実際にこれを目にすれば、なるほど、当時のアレーティアがどれだけ恐れられたかがよく分かるというものだ。この力は戦争のような大規模戦闘でこそ役に立つ。 

 

「さて、この状態でいるにも限りがあるのでな。決めさせてもらうとしようぞ! ――少々時間がかかるゆえ、すまぬが妾を護ってくれ!」

 

 思わず呆気に取られていた面々も、その声に合わせてティオの周りに集まりだす。

 

万象をなし得る根源たる力よ! 太古に刻まれしその記憶よ! 我が呼び声に応え、今ここに蘇るがいい! エンシェントカタストロフィ!!」

 

 間髪入れずに術を放っていたティオが、わざわざ詠唱をしてまで行使するその事実。

 その結果がここに示される。

 赤、青、緑、黄、四つの光る球体が魔物の軍勢を取り囲むようにフィールドの四方に出現。それは魔物の動きを束縛しながらも中央へと向かう。そして重なった瞬間、巻き起こる大爆発。……爆煙が収まった時、魔物は肉片すら残っていなかった。

 

「ま、こんなもんじゃな。カッカッカッ」

 

 それを確認したティオは、油断なくも高笑いをかます。

 

「よし、皆は町の方へと戻って援護してくれ。――俺はお眼鏡に適ったかレイスに結果を確認しに行く」

「ああ、気を付けろよ」

「了解した。……油断はするな」

「任せておくがよい。……ふむ、妾は何と声をかけるべきかの?」

「いや、そういうのいいですから。お願いしますよ?」

 

 掛け合いを一つ。

 光輝は単身で山の方へと、他の三人は町へと戻る。

 そうして、“ウルの町防衛戦”は間もなくして終結した。

 畑に甚大な被害を出し、重軽傷を負った者も少なくないが、誰一人として死者は出ていない。

 正に“奇跡”の如き勝利であった。 


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