ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5話

 ウル近郊を舞台とした防衛戦は終結したが、それで全てが終わったわけでもない。

 被害者の治療、建築物の修繕、畑の浄化、魔物の死骸の撤去等々……やるべきことは山の様にある。

 必然、光輝たちは後始末に追われ、ウルへの逗留を余儀なくされていた。ここで後始末すらせずに次の目的地へ向かうようでは重度のイメージダウンは免れない。それではこの町を訪れた本来の意味がない。

 無論、面々の性格的にその様な打算がなくとも後始末には進んで参加していたが、今の光輝はそういった打算をどこかで働かせていたのもまた事実であった。――そして、光輝自身がそれを自覚し、嫌悪していることも。

 そうして何日か経った。

 残った魔物の死体は全てフューレンに運び込まれ、紆余曲折あったが資金へと交換された。消し炭と化した魔物も少なくはないが、そもそもの数が数だ。そして山向こうの魔物とあって素材の希少性も高い。合計すれば十分すぎる資金となった。

 しかし、ここでトラブルが発生した。冒険者ギルド・フューレン支部だけでは換金が追い付かなかったのである。同じくステータスプレートも不足した。

 それも無理はない。フューレンは確かに“中立商業都市”を冠に掲げ、その名に恥じないほどに金が廻っているが、それがフューレン支部の予算とイコールで結ばれるわけではない。むしろギルド本部よりフューレン支部に与えられる予算は他と比べて少ない方だ。少なくとも、近辺に七大迷宮が存在するホルアドやブルック、アンカジの支部に比べれば確実に低い。フューレンの近くには一獲千金を狙える稼ぎ場がないからだ。精々がウルの北山脈くらいのものだが、それとていくらか山を越えなければならない。稼ぎと労力が見合わないとされていた。

 無理に山脈に挑むよりだったら、普段から張り出されるような依頼を数回熟した方がよっぽどいい。それがギルドと冒険者の双方で一致した結論だったのである。

 そんなわけで、フューレン支部には普段の業務が問題なく廻せる程度にしか予算が与えられず、実際にそれで廻っていたのだ。

 そこでこの突発事態である。

 急遽ウルの町の商人連合やフューレンの冒険者ギルド支部長であるイルワ・チャング、ウィルの両親やリリアーナを始めとした者たちの連名によって“ウルの町防衛依頼”が張り出されたが、報酬をどうするかで多少紛糾した。

 北山脈の調査に赴いた際、魔人族から数日後にウルへと魔物を嗾ける旨を告げられた。……真実は微妙に異なれど、一般にはこれで通っている。そして、どちらにせよ実際にどれだけの魔物が攻めてくるかは予想もつかなかったのが実情だ。

 結果、ランク指定やら何やらにかかる最低限の報酬だけ用意し、後は攻めてきた魔物の最終的な換金額のうち半分を報酬とすることで決着がついた。

 これならば、魔物が少なかろうと多かろうと、実際に働く冒険者は不満が少ないだろう……と。

 ランクが上がるほど指定金も高くなる以上、魔物が少なければ楽して儲かる。ウルまでの馬車代も依頼者側で用意するので懐も痛まない。楽に終われば物見遊山と捉えればいい。逆に魔物が多ければ、仕事がキツい分だけ稼ぎも大きくなる。

 魔物が少なかった場合は依頼者側の損が大きいが、逆の場合、被る損はこの比ではない。……諸々を鑑みた上での内容だった。

 目論見は半ば上手くいったが、予想外だったのは攻めてきた魔物の数だ。想定外に多すぎて、賄いきれなかったのである。

 フューレンは金の廻る都市だけあって冒険者ギルド以外でなら換金も出来たが、当然ながらその場合は買取料の上乗せ金が付かない。結果、参戦した冒険者たちは揃いも揃って、時間がかかってもいいから冒険者ギルドでの買取を希望した。

 ステータスプレートは魔物に対して使う分だ。

 今回の魔物が棲息する北山脈は未だ全容が知られていない。必然、踏破された部分ならまだしも、その奥となれば魔物のデータだってある筈がない。

 その穴を埋めるのがステータスプレートだ。血を垂らすことでその者のステータスを表示する。その機能は魔物にも十全に働く。たとえそれが死骸であったとしても、名前や元となった動物、主なステータス値や固有魔法が判別出来るのだ。

 未知の魔物に対しては、これによって得られたデータや棲息地を考慮して値段が付けられるのである。

 全容が解明されていないのはステータスプレートも同じであった。とはいえ普段使いする分に便利であることに違いはない。特に問題も見られないとあって、よほどの好事家でもなければステータスプレートの解明に力を注いでいないのが実情である。

 フューレンにもいくらかの予備はあるが、その重要性もあってステータスプレートを紛失する者は早々いない。複製でいくらでも用意できるとはいえ、複製用のアーティファクトは神代の遺産である。必然として、永い歴史を残す王都や【神山】にしか残されてはいない。基本的には年初めに一定数が複製され、それが各地に分配されているに過ぎないのだ。

 申請すれば普通にもらうことも出来るが、その機会とて早々ない。今回の件で持ち込まれた新種の魔物に対して用いられる分が、予備だけで足りる筈もなかった。

 こちらからは同じに見えても、色が違うだけでそれはもはや別の魔物である。数が数、種類も種類だ。正に塵も積もれば、というやつであった。

 そして今回持ち込まれた魔物は、主に中陣から後陣まで到達した魔物に限られている。最前線で消し炭となり、持ち込まれていない魔物もいるのだ。……今回の件で、冒険者たちの目は俄かに北山脈へと向けられている。ウルの復興が終わった暁には北山脈へと赴く冒険者の数も増えるだろうと思われた。

 如何にてんやわんやしている状況でも、肝心の者物がなければ終わりに向かうはずもない。

 そんなわけで、龍真を御者に恵里とイルワで錬成馬車を用いて王都に向かうこととなった。フューレンの支部長であるイルワがこの状況で抜け出すのは問題だが、手続き内容が手続き内容だ。“支部長”という肩書がなければ、如何に王都に赴いてとて追加金を受け取れる筈もない。問題解決のためにはイルワが出向くしかなかったのだ。

 恵里はウルに残って汗水たらして働くのを嫌がったためだ。

 最低限の仕事はしてやったんだ。後はそちらで何とかしろ。……これが恵里の本音である。とはいえ、ウルは恵里の知る限りトータスで唯一の米の産地だ。完全に放置するのも後味が悪い。畑自体は愛子の力で浄化出来るだろうが、復興作業が落ち着かなければ収穫とて覚束ないだろう。可能な限り、米が早く食べられるようになってほしい。

 心情や状況を鑑みて比較的楽な仕事を探した結果、恵里は王宮から増援を連れてくることにしたのだ。

 肉体労働の担当には事欠かなくとも、書類仕事はその限りではない。なにせコトの規模が規模である。ウルの町長が普段行うような書類仕事とは雲泥の差があるのは否定しようのない事実だ。

 目下のところはリリアーナが陣頭指揮と書類仕事の両方を熟している。メルドはその補佐であるが、彼はそのステータス値を活かした肉体労働に駆り出されることも少なくない。必然として、リリアーナの負担が大きかった。

 光輝は光輝で肉体労働に当たり、愛子は畑の浄化である。ティオは愛子の護衛も兼ねて浄化の手伝いに廻っていた。

 重ねた歳月もあり、ティオは高水準の万能選手である。それぞれの分野で特化型には及ばなくとも、補佐をする分には十分に有用であった。しかし今まで身を置いていた環境が環境であり、そもそもにして種族が違う。書類仕事に当たるにはやはり心許なかった。

 一例を挙げれば瓦礫の撤去だ。竜人族であれば竜化することでちょちょいと終わる。わざわざ費用に計上する必要もない。――しかして、人間族であればそうもいかない。どれだけの人手を用いたか、作業内容的にどれだけ支払うのが相応かを、きちんと書類に残しておかねばならぬのだ。それとは別に、報酬を求めることなく自発的に手伝う者たちだっている。彼らの分だって書類には残しておかねばならない。そうでなければ、報酬を払うべき相手が分からなくなってしまう。Aという区画には雇った者たちを、Bという区画にはボランティアを……そんな感じで書き残さねばならず、作業内容でそれとて細分化する。

 根本の部分で異なる以上、人間族という種そのものへの理解が浅い状態で自発的に何かをすれば、逆に足を引っ張りかねないのがティオの実情であった。

 ならば、見知った相手から言われたことをやっていた方が遥かに楽でいい。心情的には歯がゆいが、すぐにどうこう出来るものでもないのだから。

 当初は龍真と恵里もそれぞれに働いていたが、そんな折にイルワがやって来たのだ。

 

「あなた方の馬車を使わせてもらいたい」

 

 錬成馬車の速度と乗り心地は一般的なソレとは一線を隔す。ゲイルたちからの報告でその存在を知ったイルワは、即座に頼み込んできたのである。

 それに対し、一も二もなく頷いたのは恵里だ。

 早く米が大っぴらに食べられるようになりたい。その一心で外面を取り繕って働いていたが、恵里としてはいい加減に我慢も限界に近かったのだ。これ幸いとお題目を並べ挙げてウルから離れることに成功したのである。

 とはいえ、錬成馬車は“魔力操作”の技能がないと動かせない。さりとて外聞的に“現人神”にそんな真似をさせるわけにもいかない。必然、龍真が御者をすることとなった。

 御者候補としてはティオもいるが、そもそもにして彼女は本来関係ない立場だ。今現在手伝ってくれているのも成り行きからくる善意に過ぎない。必要以上に何かを頼むのは気が引けたし、正体を隠す都合もある。結果として龍真にお鉢が廻ったのだ。 

 イルワはギルド本部から追加金を貰い、恵里は王宮から文官を派遣してもらった。同時に大量のステータスプレートも受け取る。……また事態が事態であったため、エリヒドは復興費用として文官に国庫から幾らか持たせてもくれた。

 錬成馬車だけあって流石に速い。通常の馬車とは比較にならぬほどに早く王都との往復をやってのけた。 

 約定通りに冒険者たちは換金額の半分を参加者で分け合った。後腐れがないように完全な均等割りである。それを承知の上で依頼を受けたのだから文句などあろう筈もない。ここでヘタに文句を言えばランク査定に響く。

 残る半分はウルの復興費用へと充てられた。王宮から用意された分も合わせればかなりの額となる。

 防衛戦に参加した大半の冒険者は既にウルの町から去っているが、代わりに多数の人足を雇うことで対応している。むしろ人足の方がこの手の作業には慣れているのでありがたい。

 同時にフューレンには“ウルの町復興支援依頼”も張り出している。それを受ける冒険者も少なくはなかった。何せ雇われている間は簡素ながらも食と住が保証される。仕事は地味でキツくもあるが、平和的な依頼としては報酬も高い。無理をして冒険者登録料を出すだけの価値はあったのだ。

 結果、ウルの復興は思いの外早く進んでいる。

 更に何日か経って、未だ仕事は無くならぬがある程度の自由時間は得られるようになった頃。

 

「すまないが、もう一度言ってくれるかな?」

「はい。私をティオさんに同行させていただきたいのです」

 

 ウルの町は“水妖精の宿”の一室にて。

 確認する光輝にウィルは頭を下げて頼み込んでいた。

 光輝としては願ってもない申し出だ。

 第一目的である“地球への帰還”を果たそうと思えば、その途上にてエヒトとそれに連なる神を討つのはほぼ絶対条件だ。結果として、トータスは否応なく神の支配から脱却することになる。

 仕方のないことではあるが、今まで“神ありき”で生きてきた人たちのその後を鑑みれば、不安に駆られるのは否めない。

 だが、トータスに生きる者たちの中から“神への決別”を果たす者が現れるならば、その不安もいくらかは薄れる。

 同時に、エヒトへの信仰が薄れればそれだけ洗脳も効きづらくなるだろうし、エヒトに注がれる力も減衰する。

 その点において、今回の防衛戦はうってつけだった。レイスの提案を光輝が受けたのは、その提案がありがたかったのも事実だが、打算を働かせたからでもあったのだ。

 それは初手で放った方陣技の三連発にも表れていた。三つの方陣技にはそれぞれ“勇者”、“王女”、“現人神”、“豊穣の女神”が参加している。

 直接防衛戦に参加して目の当たりにした者たちの中には、エヒトよりもそれぞれへの想いを強める者が少なからず現れるだろう……と。

 また結果次第ではあったが、ウルの住人もその想いをエヒトよりも自分たちに寄せるだろう……と。

 そんな打算を働かせる自分が内心で嫌にもなるが、綺麗事だけでは何も変わらないのである。

 いつかは“勇星”の見せた夢の如くに、自分の中での“大”を選んで“小”を切り捨てる時が訪れるだろう。しかし本音としては“大”も“小”も切り捨てたくないのだ。ならば、いざという時のためにも常日頃からその布石は打っておかなければならない。……そのために、護りたいものこそをこうして危険にさらしている。

 

(全く以て酷い矛盾だ。何が勇者か、我ながら反吐が出る)

 

 内心で自分を嘲笑いながらも、やはり光輝は打算を働かせる。

 ティオはレオンに率いられた“七大迷宮攻略組”に参加することで話がついた。

 表向き滅んだとされる竜人族だが、その高貴さ誠実さは今もって人々に語り継がれている。中にはその亡びに疑問を覚える者も少なからず存在する。

 そんな竜人族の彼女が七大迷宮を攻略することで知名度を上げ、その挙句に正体とエヒトの真実を明かせばどうなるか? 旅する上では直接にティオの為人を知る者も増える。そこに語り継がれる竜人族の人柄も加われば、間違いなくエヒトに疑問を覚える者が現れる。場合によってはエヒトを否定する者も。

 また攻略組にはハイリヒ王国王子、既に滅び去った吸血鬼国最後の女王、虐げられる亜人族の少女、そして他ならぬエヒトが召喚した“神の使徒”が存在するのだ。皮算用でしかないが、レイスの協力次第ではそこに魔人族も加わるだろう。

 文字通りの“異種族連合”だ。直接の数は少なかれど、その繋がりは力になる。それぞれを直接に知る者ならば、まずエヒトよりも彼らこそを信じるだろう。

 メルドが良い例だ。その素晴らしさが語られるだけで直接にその姿を見せたこともないエヒトより、その信仰年数に比べれば短くも行動を共にした仲間を信じたのだから。

 そういった者たちが増えることで、エヒトは確実にその力を削がれる。支配脱却後の世界も――当初は混乱こそあれ――上手く廻るだろう。

 だからこそ、己自身でエヒトの真実を確認する者が増えるのはありがたい。

 しかし、光輝はウィルの実力の程を知らない。氣に目醒めたことは知っているが、逆に言えばそれだけしか知らないのだ。

 裏では打算を働かせる一方で、ウィルの身を案じるのも光輝の本音である。

 よって、光輝はウィルの実力を目の当たりにした者へと確認を取る。

 

「……どう思う?」

「良いんじゃないかい。正直、今はまだ実力不足の面が目立つが、誰しも最初はそんなものだ。今でも最低限の働きは出来るし、何よりその根が善性だ。そういった者は己が利よりも情を取る。人付き合いではよほど上手くいくだろうさ。それによって足を掬われる部分も出てくるだろうが――そんなのは周りがフォローすればいい。……出来るだろう?」

 

 賛成の声を上げたのは、中陣にてウィルに指示を出していた恵里だ。

 状況が状況ゆえに直接の戦闘こそ見てはいないが、言われたことは熟していた。またゲイルの言もある。最低限動けることは実際に保証されているのだ。

 同時にその人柄だ。冒険者を目指すに至っては多くの者から心配され、その成長を示した暁には先輩であるゲイルをして素直に称賛して応援した。……いざエヒトの真実を公表した際の説得力が違う。それは単純な実力以上の強さだ。

 それゆえの欠点も、言った通りに周りがフォローすればどうとでもなるだろう。

 

「まったく、簡単に言ってくれるのう……。妾は単純だから、挑発には乗ってしまうぞ?」

 

 そして、この中からは唯一攻略組への合流が確定しているティオもまた賛成した。

 

「この中で唯一ウィルの働きを目にした恵里と、彼を連れて行く他ならぬティオ殿が賛成しているのです。……いまさら他の者がどうこう言う必要もないでしょう」

 

 言って、リリアーナがお茶を口に含んだ。澄ました態度だが、目元の隈がひどい。

 王族という、ウルの町にいる王国に属する者の中では最上位の立場だ。必然、重要度の高い書類仕事は彼女が処理せねばならない。現在は文官が届いたため多少マシになったが、やはり捌かねばならぬ書類は多い。……それゆえの隈だ。

 ともあれ、リリアーナの言は正しい。他の者たちも賛成し、ウィルの攻略組合流が決定となった――

 

「とはいえじゃ、その前に一つウィルに確認しておきたいことがある」

 

 ――かと思いきや、他ならぬティオがウィルへと視線を向けてそう言った。

 

「冒険者を続けるだけなら、フューレンに残ってても十分に出来る。――にも拘わらず妾への同行を希望する、その理由を訊いておきたいんだがのう?」

 

 七大迷宮の攻略は死と隣り合わせだ。むしろ死ぬ可能性の方が遥かに大きい。それを理解した上で“新米”が挑む理由を聞かせろ。

 ティオの問いかけは至って真っ当なものだ。如何に仲間のフォローがあれど、最終的に頼れるのは自分のみだ。運やら何やら諸々と絡んでくるが、生きあがくに足る理由――“芯”とも言えるそれが有ると無いとでは大きく違う。

 無論、理由が占める比率など人によって大きく違う。周りの者にとってはショボく感じようと、当の本人がそう感じないのであればそれは立派な理由となる。実際、ティオとて里を出た当初は物見遊山の心地が強かった。

 だからこそ、理由そのものについてどうこう言うつもりなどティオにはない。ただ、理由を持っているかどうかだけが知りたかった。

 

「分かりました。上手く言葉に出来るかは分かりませんが……」

 

 ウィルはそう前置きして口を開いた。

 つい最近思い出したことだが、ウィルが冒険者を志したそもそものきっかけは“親に恥じない自分でありたい”という、幼心に抱いた想いだった。

 時間が経つにつれて忘れてしまっていたが、思い出した以上はやはりそういう自分でありたい。

 では、そのためにどうするか? そう聞かれると明確な答えは返せない。

 ただ、先日の防衛戦を経て、冒険者ギルドの現状を放っておけない、と改めて思った。

 

「恵里さんなら分かるでしょうが、金に物を言わせた役立たずたちが幅を利かせているのが現状です。無論、彼らの金によって助かっている者たちがいることも理解はしているつもりです。――ただ、そう、感情が納得できないんです。“冒険者”はあんなヤツらがなっていいものじゃない! イルワさんだって、本来なら顔を立てる必要がない筈なんだ! ……って。

 けれど、やっぱり物事を動かすには途方もない金が必要で。その金がないから現状に繋がってしまっている。そして金があったからといって、どう変えるべきかも今の私には分かりません。

 そこで思ったんです。フューレンという広くも狭い舞台を飛び出して、文字通りに“世界”を廻れば、何かしら見えてくるものがあるんじゃないか……って」

 

 これが、私がティオさんとの同行を希望する理由です。――ウィルはそう言って口を閉ざした。

 

(うわぁ、十分すぎる立派な理由じゃないか……。打算だらけの俺とは大違いだ)

 

 その理由を聞き、光輝は表情には出さず内心でヘコんだ。

 実際、光輝とてやっていることは十分に立派である。今回の襲撃だって、その規模に反して死者は誰一人として出ていない。彼一人だけの成果とは言わないが、旗頭を務めあげ、自身も前線で奮闘すればこその結果でもあるのだ。――ただ、元々の性格と“勇者”という立場もあって、光輝は打算を働かせる度にネガることが多かった。

 

「ふむ、そういうことなら十分じゃろ。とはいえ、状況が状況じゃ。すぐには動けん。少なくとも、もう少し余裕が出来んことにはのう……。ま、それならそれで空き時間に稽古をつけてやる。厳しくいくが、七大迷宮の攻略に同行しようというんじゃ。挫けるでないぞ?」

「ティオさん……。はい、よろしくお願いします!」

 

 そんな光輝には気付かず、その横で爽やかなやりとりをするティオとウィルであった。

 翌日から、ウィルの苦難が始まった。

 日中は主に光輝と共に肉体労働に汗を流す。……なお、この間のウィルはボランティアである。仕事という形で手伝うと、復興が終わるまで抜け出せないからだ。幸いにして――ゲイルたちの“北山脈調査依頼”に同行していたため――特例で防衛依頼を受けることが許可されたこともあり、その報酬ももらっている。ボランティアするだけの元手は十分にあった。

 ゲイルたちが受けた“北山脈調査依頼”への同行から始まった“勇者”たちとの出逢いだが、本来であれば在り得ないことだ。しかし、幾つもの偶然が重なった結果、在り得てしまったのだ。そして、偶然も複数重なれば必然である。

 そう、ウィルにとって今回の出来事は“宿星の導き”に他ならない。――たとえ彼自身は知らずとしても。

 そして宿星の声に応えた以上、ウィルの辿る道は苦難の連続である。その先も“栄光”か“破滅”の二つに一つだ。

 

「遅い遅いッ! 剣を持ったからとて剣だけを頼るでないわ! 実戦では正々堂々など通用せぬ、使える物は何でも使えいッ!」

「うぐッ!? ……ぐはッ!? ……うわぁッ!?」

 

 夜にはティオとの稽古である。

 月と星、そして家々から漏れ出る僅かな明かりのみが光源である。当然、日中とは視界の利きが比較にならない。おまけにティオは黒髪で服装も黒を基調としている。夜闇の中では姿を捉えるのも一苦労だ。

 一度ティオに動かれれば、ウィルはその姿を求めて視線を彷徨わせることとなる。当然ながらそんなのは隙でしかなく、ティオがその隙を見逃す理由はない。ウィルは何度となく拳打蹴撃をその身に受けて倒れ伏す。断じて寸止めなどは行われない。

 

「う、うぇッ…………はぁ……はぁ……」

 

 それでもウィルは立ち上がる。

 確かに身体は痛い。だが、それが何だというのか? これほど攻撃を受ければ、実戦では既に死んでいたとておかしくない。けれどこうして生きているのだ。……である以上、確かな加減に他ならない。ならば立ち上がらなければ。この程度の痛みで根を上げる様では、“両親に恥じない自分”になどなれやしない。

 

(ほお、まだ立ち上がるか。根性は十分じゃの)

 

 それを見て微笑を浮かべるティオであった。

 死なない様に加減はしているが、言ってみればその程度にしか加減をしていないのだ。ウィルの身を襲うダメージはかなりのものの筈である。

 その事実を証明するかの様にウィルの顔は腫れあがっている。服で隠れているが、身体の各所には青あざも出来ているだろう。先ほどは文字通りに血反吐も吐いた。

 

「そら、立ち上がるだけでは意味がないぞ! 反撃をせんか!」

 

 さりとて、それでティオが攻撃を緩める理由もない。加減はすれど、容赦なく痛打を叩き込む。短時間で相応以上の成果を出そうと思えば、その分だけ質を上げるしかないのだ。寸止めや生温い攻撃では効果が薄い。

 結局、その日のウィルは攻撃を食らっては立ち上がるだけで終わった。最後は立ったままの気絶である。

 酷い有り様ではあったが、寝ているところを叩き起こされた愛子の治癒もあり翌日まで痛みが残ることもない。朝から問題なく動くことが出来る。

 そして動ける以上、ウィルが文句を言うこともなかった。光輝と並び立って肉体労働に汗を流す。

 夜になれば、再びティオとの稽古だ。

 一日二日では目に見えた成長は見られなかった。初日と変わらず、結局一撃も与えることが出来ぬままに気絶して終わりを迎えた。

 そもそも、ウィルに飛び抜けた剣才はない。頑張れば“一流”には届き得る。されど、決して“超一流”には届かない。……常識的に見てもそうだし、ティオからしてもそう見える。冒険者に向かない、と方々から言われたのも納得だ。

 

(そんな常識なぞお呼びでないのでなッ!)

 

 その上で、ティオはそう判断する。

 ウィルは氣を――精霊力を扱うことが出来る。ティオからすれば、その時点で常識などアテにならない。

 それに、正道で届かないなら邪道を織り交ぜればいい。杓子定規に囚われる必要などない。徒手格闘を織り交ぜようが、常では考えられぬ使い方をしようが、メインウェポンを剣とするなら、それは間違いなく“剣士”である。

 大体にしてウィルは“冒険者”なのだ。お行儀ぶった戦い方に拘る理由もない。最終的には、総合的な“実力”がモノを言うのである。

 そうして更に数日が経った。

 

「はあッ、烈砕衝破! 牙狼撃!

 

 隙ありと見て接近したティオに対し、ウィルは地面に剣を突き刺して周囲に衝撃波を発生させる。……連日連夜に殴られ続けていれば、目が見えなくても気配を捉えることは可能になっていた。

 当然にして気付いたティオは攻撃を取り止めバックステップでの回避に移る。……が、そこに突きの一撃が襲い来る。それも軽く捌いてのけるが、影から更に拳が迫っていた。

 バックステップという動きが制限された状態への二段構えの攻撃である。先に放った烈砕衝破は、身を護ると同時に躱されることを前提にした囮でもあったのだ。

 普通に考えるなら、これを防ぐことは難しい。

 

(これなら……ッ!)

 

 始めてまともな一撃を与えられる。……無理もないことだが、ウィルはそう判断した。――判断してしまった。

 

「最後まで気を抜くでないわ、戯け!」

 

 最初の突きを捌く際、ティオは片腕しか使っていない。そして人体である以上、手は二つあるのだ。

 もう片方の手で迫りくる拳を捌き、ティオはそのままカウンターを仕掛けた。

 拳が届くということは、それだけ密着しているということでもある。ティオからすれば、いくらでも逆撃のやりようがあった。

 一瞬の気の緩み。たかが一瞬、されど一瞬。それはそのまま隙へと繋がる。

 そして意図せぬ隙を突かれた以上、ウィルにその逆撃を防ぐ術はない。

 油断の代価は殊の外大きく、そのままウィルは気を失った。

 

「いやいや、割と驚かされたわ。まったく、総じて寿命が短い分、人間の成長速度には恐れ入るの……」

  

 一喝したものの、言葉通りに驚くべき成長速度だ。ティオは思わず笑みを浮かべた。

 この稽古において、ティオは主に格闘術しか使っていない。ウィルに魔法の才は無いと見て取ったためだ。選択肢を増やすのは大事だが、幅を広げ過ぎても意味はない。限られた時間、切り捨てるべき部分は切り捨てるのも大切だ。

 その反面というべきか、甲斐あってというべきか、ウィルは攻撃に格闘を混ぜ込んできた。剣だけを頼りにはしなくなったのだ。

 正に“門前の小僧、習わぬ経を読む”である。ウィルは徒手格闘など学んだことはない。普段を見ていればそれくらいは分かる。されどティオという使い手の動作を――短期間ではあるが――連日連夜、見、感じ、受けてきたのだ。結果、細かな理論など関係なく、文字通りに身体で覚えてのけたのだ。

 仕込みは上々である。後は実戦で磨きをかけていけばいい。  

 

「さて、この分だと出発までそう時はないかのう……?」

 

 ウルの復興とウィルの成長。どちらも順調に進んでいる。

 気絶したウィルを両手に抱えたティオは、夜空を見上げて呟いた。 




再び書き溜め中です。
次はBルートの投稿です。5章は同時間軸帯でのそれぞれの動きを書きます。
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