ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5章Bルート:対人戦闘と新たな邂逅
1話


 ヘルシャー帝国の首都。その一角には現皇帝、ガハルドの側室館が立ち並ぶ。

 皇帝としては異例のことだが、ガハルドは正室を持っていない。何よりも“強さ”を標榜する性質ゆえである。彼が皇帝になったのだって、その国是によるものだ。ヘルシャー帝国の皇帝=帝国内最強である。強い相手を求めて先代皇帝に勝負を吹っ掛け、勝利したがために皇帝となったのだ。

 そんなわけで、ガハルドは皇帝という立場に固執していない。なった以上は最低限の責務こそ果たしているものの、むしろ面倒とすら思っているのが正直なところだ。……であるからして、正室を持つのだって面倒がったのだ。その国是ゆえ、子供が出来たところで皇帝になれるとも限らない。ならば、わざわざ正妃を迎える必要もない。

 とはいえ、ガハルドも一廉の男だ。戦いに臨めば血も滾り、性欲だって持て余す。発散相手は必要だった。

 その発散相手が、或いは側室であり、或いは愛人である。

 色街の女であれば愛人でも構うまいが、有力商人の娘など、相手の立場によっては角が立つ。よって後者は側室となり、そのために用意されたのが側室館だ。

 ガハルドを弁護するならば、彼にも心底から惚れた女が一人だけいた。

 だが、その相手は“人”とは見做されていなかった。……そう、奴隷として捕らえられた亜人族。中でも愛玩奴隷として人気の高い兎人族の女性こそが、ガハルドが唯一正室として希望した相手だったのである。

 しかし、如何に一国の皇帝とて世情からそれは不可能だった。諸々の無茶を押し通して側室として迎えるのが精々だった。――まあ、側室として迎え入れることが出来ただけでも十分に凄いのだが……。

 そんな側室館領域の片隅に、その“家”は建っていた。――断じて“館”ではなかった。

 如何なガハルドとて無茶を押し通すにも限りがあった、ということだ。人と認められていない相手を側室として迎えた上に館まで用意すれば反発が並ならない。ヘタをすれば国が亡びる原因にもなり得る。

 別にガハルドとしてはそれでも構わなかったのだが、惚れた女がそれを望まなかった。元来、兎人族は争いを好まない。自分を捕えた国を良く思ってはいなかったが、それでも沢山の人が亡くなることは嫌だった。

 また、奴隷の身で皇帝の側室にまで迎えられたのだ。それだけで十分すぎる待遇である。同時に、元々の暮らしを想えば館など与えられても持て余すのは目に見えていた。

 以上のことから、その兎人族の女性には家が用意されたのだ。とはいえ、普段暮らすのが亜人族であっても側室である。ガハルドも訪れるとあって、十分に立派な拵えであった。門もあり、小さくはあるが裏庭もある。

 

「よお、息子はいるか?」

 

 その家に入るなり、ガハルドはそう言った。

 

「これはガハルド様。……アステル様なら裏庭で鍛錬中かと思われますが?」

 

 出迎えたのはこれまた亜人族――森人族の女性だ。この家には“使用人”という名目で何人かの亜人族が買い与えられていた。規模が規模ゆえに他の館ほどの人数はいないが、それでも十人ほどはいる。……亜人族に対する、ガハルドなりの救済だった。

 如何に側室とはいえ、今まで下に見ていた亜人族に仕えるのを良しとする人間などいる筈もない。帝国の世情を鑑みれば尚更だ。

 とはいえ側室である以上、建前だけでも世話係は必要である。必然として亜人族にお鉢が回ったのだ。

 買われた彼女たちもこの国では上等過ぎる待遇に当初は戸惑っていたが、時間の経過と共に受け入れていった。

 誰しも多面性があるものだ。種族や立場が異なろうとも、そこは変わらないのだろう……と。

 

「そうか。俺は声をかけに行くが、その間にミラを含め使用人を全員集めておいてくれるか? ちょいとばかし忙しなくなるぜ」

 

 疑問符を浮かべながらも了承の言葉を返す使用人を尻目にガハルドは裏庭へと向かった。

 何度か曲がるものの基本は一本道だ。ガハルドの足ならすぐにでも裏庭へのドアに着く。

 ドアを開ければ二人の人物が目に入る。

 一人は青い髪が映える女性だ。しゃがみ込み、小さな花壇の世話をしている。その頭から飛び出るウサミミが、兎人族であることを証明していた。この家の主にしてガハルドの側室――ミラである。

 もう一人は男だ。年の頃は十五、六。髪は蒼銀。鞘に込められたままの剣を振り、時には拳や蹴りも繰り出している。シャドートレーニングだ。どれだけの時間そうしていたのか、流れる汗の量が物語っている。ガハルドとミラの息子――アステルに他ならなかった。ちなみにウサミミではない。

 

「なんだ、お前もここにいたのか? まあいいや、ちょいと全員に話があるんだ。リビングに集まってくれるか?」

「あらガハルド、お帰りなさい」

「帰ったのか、親父殿」

 

 各々に返事をするアステルとミラ。

 いらっしゃい、来た、ではなく“お帰り”。豪放磊落なガハルドをして、この素朴な一言が堪らなく嬉しかった。

 

「おう、ただいま」

 

 だからこそ、ガハルドもこう返す。生家を飛び出したガハルドにとって、ここは――この家族の許こそが、帰るべきもう一つの“家”だった。

 それから一時間ほどの間をおいて、リビングにはこの家の全員が揃っていた。

 

「どうした親父殿、とうとう国を出る決心でもついたか?」

 

 誰よりも先に言葉を発したのはアステルだった。

 

「ほう、よく分かったな?」

「分からいでか。機会は少なかれど、過日に王国に赴いてから親父殿が悩んでいたのは目にしていたからな。おまけに、俺とそう変わらぬ年頃の少年に手も足も出ずに負けた、と――嬉しそうなのか悔しそうなのか判別は付かなかったが――愚痴交じりに絡まれれば嫌でも分かる。母さんだって分かってたさ」

 

 コクリと頷くミラである。

 

「なら話が早い。面倒な立場に納まっちゃいるが、俺は根っから“戦士”だったってこった。実際にあれほどの強者と見えれば、この歳でも血が騒ぐ。そこに“勇者”がどうのといった建前はいらねえ。同じ人間だ。なら、俺だって至れねえ道理はないだろうし、何より“お山の大将”で満足なぞしてられねえ。

 お前らのことを想えば我慢すべきなんだろうが――スマンな、どうしても我慢しきれなかった」

 

 その言葉の意味を理解出来ぬ面々ではない。

 皇帝という立場は確かに一個の力である。それによって出来ることもある。ミラを側室として迎えたのだって“皇帝”という力あってのものだ。

 その一方で、その立場ゆえに出来なくなることも増える。前線へ赴くなどは最たるものだろう。

 確かにヘルシャー帝国はその国是からして、皇帝がいなくとも最低限国が廻るようには出来ている。いわば皇帝とは国の気風を示す象徴でしかないのだから。

 しかし象徴であればこそ、その身の安全に気を付けねばならぬのもまた確か。

 国内で勝負を挑まれ、その結果として敗北するのは良い。より強い者が上に立つだけだからだ。

 だが安易に前線に赴いたりなどして、そこらの流れ矢でくたばったりなどしてしまったら目も当てられない。その程度の人物がトップなのか、と嘲笑を受けること必至である。さりとて戦場では誰しもにあり得る以上、防ぐには“戦場にいかない”という手段を取るしかないのもまた事実。

 権威としての力が強まる反面、一己の生命としては成長の停滞が余儀なくされるのだ。

 今まではそれでも何とかやってこれたが、ガハルドは光輝という劇薬を口にしてしまったのだ。公よりも私に傾くのは必然といえた。

 

「そうですか……。国が荒れますね。それにこの国ともお別れとなります」

 

 ミラが呟いた。

 彼女たちが亜人族ながらもこの国で平穏な暮らしが出来ているのは、ガハルドという“皇帝”の後ろ盾があったればこそだ。ガハルドが皇帝を辞めるのであれば、必然として奴隷の身に逆戻りとなる。

 長く居ついたこの国ではあるが、さりとて愛着などはない。側室という立場上、ミラが帝宮に赴くこともないではないが、その度に向けられる侮蔑の視線。街に行ってもそれは同じだ。皇帝一番の“お気に入り”であればこそ面と向かって言われることもないが、それはあくまで当人に向けてのみ。子であるアステルや使用人はその限りではない。

 この国にいる限り、ミラが心底から安らげるのはこの家くらいのもの。文字通りの箱庭だ。……ミラはガハルドによって護られながらも、この国に縛られてきたのである。

 そしてこの家が安らげるのも、周りの人物あったればこそだ。家だけがあっても意味はない。

 諸々を鑑みるならば、ガハルドが皇帝を辞める以上、ミラたちがこの家に――ヘルシャー帝国に居続ける道理はない。未だ奴隷として市場に残される同胞が心配ではあるが、残ったところでミラには何をすることも出来ないのである。

 

「ま、そんなわけで近い内にこの国を出る。何を残す必要もなし、市場の亜人族も買えるだけ買い漁っていくから準備は怠るなよ?」

 

 それだけ告げてガハルドは家を出ていった。

 辞めるつもりであろうと、未だガハルドは皇帝である。如何に象徴に過ぎずとはいえ、仕事はあるのだ。やれるだけはやっておかねばならない。

 出ていく以上、この国がどうなろうと最早ガハルドの知ったことではない。荒れようと、滅びようと、隆盛しようと。

 それは何も国に限ったことではない。他の側室たちも、その子供たち――他ならぬ実子であろうとも変わらない。その強さに目をかけている子がいないわけでもないが、母親の立場的に自分がどうこうする必要もない。

 側近たるベスタにも暇を出す。自らが信頼を寄せるだけあって、その実力は確かなものだ。自分がいなくなったところでどうとでもやれるだろう。

 例外はミラとアステルだけである。だからこそ、ガハルドは時間を縫って報告に来たのだ。

 帝宮への道を歩くガハルドは思いの外にスッキリとした表情を浮かべていた。その足取りもどことなく軽い。

 時としては、ホルアドが魔人族の急襲を受けるより少し前の頃であった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 より強きを目指す以上、目標は七大迷宮の攻略である。必然として、ガハルドたちが最初に向かったのは【ハルツィナ樹海】であった。ミラを始めとして案内役たる亜人族には事欠かない以上、人を惑わす樹海の霧も問題にはならない。

 門番に止められてひと悶着こそあったものの、結果的にはミラの故郷であるフェアベルゲンに招かれた。

 話を聞くところによると、入れ替わりで勇者の仲間たちが多くの亜人族を連れて訪れていたらしい。それによって閉鎖的な亜人族の中にも他種族への融和を図る動きがあるそうだ。それらを加味した上でもガハルドを招くのは抵抗があったそうだが、アステルの存在が“待った”をかけた。

 人間族と兎人族の間に生まれたアステルだ。融和を目指すにおいて、これ以上の旗頭はない。……その片親がガハルドであるのが頭の痛い部分ではあったが。

 そういった諸々と、現状では【ハルツィナ樹海】の真の大迷宮である――と目されている――大樹へと挑むことが出来ないことをガハルドたちは知らされた。

 ガハルドは証拠を求めたが、フェアベルゲン側も現状ではそれを示せない。精々がここを訪れた勇者の仲間に聞かされた話と、長老衆に伝わる口伝、大樹の石板に表示された文言を伝えるくらいだ。

 勇者の仲間が訪れた七大迷宮からの推測でしかないが、それぞれが前座と真打の二段構えとなっている。

【オルクス大迷宮】は百層まで攻略すると、そこから更に百層からなる迷宮がある。そこに足を踏み入れれば、攻略しない限りは脱出できない。魔物の強さも前座とは比較にならないほどに強力で、正に地獄と言っていい。

【ライセン大峡谷】はそのどこかに真なる迷宮の入り口が存在する。魔法を使えぬ状況で、広範囲から探さねばならぬのだ。

【ハルツィナ樹海】は御覧の通り。樹海の霧が道を迷わせ侵入を阻む。挑むためには世情を無視して亜人族と親しくする必要がある。そしてその奥に真なる大迷宮たる大樹がある。

 七大迷宮を攻略すると、その証明として“神代魔法”とその迷宮の創造者の紋章が刻まれた物品を入手出来る。それらの物品がないと証拠の提示すら出来ないのだ。大樹の根元にある石板にそれらを差し込むと、文字が浮かび上がる。……ちなみに【オルクス大迷宮】攻略の証は指輪であった。

 

『四つの証。再生の力。紡がれた絆の道標。全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』

 

 勇者の仲間が齎した情報、加えてこの文言と長老衆に伝わる口伝を聞かされては、如何なガハルドとて納得せざるを得ない。作り話にしては手が込み過ぎているし、自分を軽くあしらった勇者の実力がそれを後押しする。

 挑めないのであれば仕方がない。再び訪れた際は――歓迎とまではいかずとも――迎え入れると言質を取れば、樹海に留まる意義は薄い。ミラと使用人、買い漁った奴隷たちをフェアベルゲンに置いて、ガハルドとアステルは樹海を後にした。

 ミラの子供であるゆえか、アステルもまた樹海の霧に惑わされることもなかった。

 そしてガハルドの子供であるゆえか、アステルは兎人族の特性を受け継ぐ割に戦闘への忌避感が薄い。――正確には、ミラにもその素養はあった。ガハルドがミラを見初めたのも、他の亜人族を護るために単身で奮闘する姿を見ればこそだ。兎人族の特性たる“気配遮断”と“気配察知”を活用し、一瞬の隙を見つけては兵に攻撃を食らわせるその姿。結果として、数の不利もあり自分自身は捕まってしまったが、共にいた亜人族は樹海に逃げおおせた。……正に亜人族にとっては“英雄”ともいえる姿であり、その兎人族らしからぬ姿にガハルドは惚れたのである。

 まあ、そんな両者の子供であることに加えて育った環境が環境である。アステルをフェアベルゲンで暮らさせるにはハウリア族への刺激が強すぎたのだ。

 一方、アステルはアステルで広い世界を見て廻りたい“欲”の方が強い。

 両者の思惑が一致した結果、アステルも樹海を出ることにしたのだ。

 

「さて、こっからどうするよ?」

「ホルアドへ行こう。聞けば勇者の仲間たちも七大迷宮の攻略を目指し、中には実際に果たしている者もいるそうじゃないか。ここから近いのは【ライセン大峡谷】だが、正直に言って二人だけではお手上げだ。攻略するには相応の戦力が――仲間が必要だ」

「んで、俺らも仲間に加えてください、って頭を下げて頼むのか?」

「さて、それは分からない。今の俺たちの実力では戦力外の可能性も否定出来ないからな。実際、親父殿だって“勇者”には手も足も出なかったんだろう?」

「お前、人が気にしてることをズバッと言うのな……。まったく、誰に似たんだか……」

「親父殿しかおるまいよ。ともあれ、仲間云々はさておいても情報を得ることは出来る筈だ。……勇者意外とも面識はあるんだろう?」

「っても、俺ぁそんときアーティファクトで姿を変えていたからなぁ。そう上手くいくかどうか……」

「仮に上手くいかなくても、彼らが求めるに足る実力を示せばその限りではない筈だ。ならば、最低限【オルクス大迷宮】の前座部分の攻略ぐらいは成し遂げて見せなければならないだろう」

「やっぱ、そんくらいしか浮かばねえか……」

 

 馬車を繰りながら、これからについて話し合う。

 さりとて目標自体が“七大迷宮の攻略”という大雑把なものだ。

 全容は知られておらず、危険性のみが声高に叫ばれている。……それが七大迷宮だ。その攻略を成し遂げようとするならば、今の二人には色々と不足に過ぎる。仲間然り、情報然り、実力然りである。

 路銀だって心許ない。特に帝国に戻るつもりもないとあって、蓄えてあった金は奴隷の購入に費やしてしまった。暫く生活するだけの金はあるが、世界を巡るにはやはり足りない。

 

「ま、気ままな冒険者稼業も悪くない。昔を思い出すぜ」

 

 帝国はその成り立ちからして、荒事を好む冒険者や傭兵が集う。ガハルドとて皇帝になる前は冒険者をやっていたのだ。

 冒険者をやっていたのはアステルも変わらない。

 ガハルドの息子であると同時に兎人族の子でもあるのだ。国の気風もあり、アステルを見る目には侮蔑が伴う。そんな状況下で割かしまともだったのが冒険者ギルドであり、そこに所属する冒険者だったのだ。……正確には“王国から訪れた”の冠が付くが。

 兎人族の特性である“気配察知”と“気配遮断”能力。そこにガハルド譲りの武力も相俟って、アステルはすぐに頭角を現した。

 

「取り敢えずはブルックで何かしらの依頼でも探すとしよう。護衛依頼でもあれば良いんだがな……」

「そうだな」

 

 ガハルドが頷く。

 焦ったところで仕方がない。七大迷宮の攻略は文字通りの長丁場だ。目標を叶えるに当たって魔人族の攻勢が気がかりではあるが、それによるトラブルも言ってみれば“冒険の華”である。何事も順風満帆では面白みがないというものだ。

 コトが戦争である以上、そんなすぐに終わる筈もない。実際にもう何百年とやりあっているのだ。よくも飽きずに、と呆れる部分もあるが、職業によっては貴重な飯のタネであることもまた事実。

 此度に限っては“勇者召喚”といった例外があるにせよ、真実それだけでどうにかなるとも思えなかった。まあ、あれだけの実力だ。魔人族のトップを倒すくらいはやってのけるかもしれない。しかし、これは“めでたしめでたし”で終わる物語ではない。れっきとした現実なのだ。……である以上、後始末なり何なりと現実は続いていく。

 

「しかし、人間族の救い手たる“勇者”か……。俺とは正反対だな」

 

 ステータスプレートを弄びながら、アステルが何とはなしに呟いた。

 アステルの天職は破界者である。

 破壊者ならば、珍しくもいなくはない。しかし“破界者”となるとガハルドすら他にお目にかかったことがない。

 初見の者には訝しがられること必須だが、大概はその生まれを聞くと納得を示した。人間と亜人族の間に子が生まれることは、歴史を紐解けば珍しくもなくはない。だが、それが一国の頂点に立つ皇帝との間に生まれたとあれば、歴史を紐解いても前例がないゆえである。

 さりとて、教会の総本山に知られれば面倒なことに違いはない。場合によっては“教敵”認定を受ける可能性すらある。なので王国領内には赴いても、現状は王都にまで行くつもりはなかった。

 子が生まれた際は、誰しもが教会に報告することになる。それだけ北大陸ではエヒトの――その意を受けて行動していると称す教会の権勢が強いのだ。本来であれば、アステルが生まれた瞬間に処刑されていてもおかしくはなかった。

 アステルがその存在を認められたのには『皇帝の子』という立場も否定出来ないだろう。

 場合によっては一国と戦争になり得る可能性を鑑みると、処刑するのは流石に教会も躊躇するに違いない。

 そんな考えがガハルドにはあったのだが、当時帝国に在留していた教会の責任者はとても風変わりな人物であった。教会所属の司祭にも拘らず、彼は亜人族に何ら偏見を持っていなかったのだ。

 私費を用いて亜人族を買い、自宅で細々とした仕事に就かせてもいた。いつまた異動になるか分からぬゆえに精々が一人二人であったが、総本山から派遣されてきた人物であることを加味すれば異例である。――ガハルドにとっては願ってもない人物だった。彼の尽力もあり、アステルは“人間”として法的に認められたのである。

 一度法的に認められれば、気付いたところで後の祭り。教会には成す術もない。それが“エヒトの意思”として周知したようなものだからだ。あくまでエヒトの威光あっての教会なのである。総本山から離れれば離れるほど、通せる無理にも限りが出てくるのは必然だった。

 その後、ガハルドはその人物への礼として教会に多額の寄付金を納めた。……ガハルドなりの教会への睨みであった。

 

「どうかねぇ? なんだかんだ気は合いそうな感じがしたがな……」

 

 ガハルドの脳裏に光輝の姿が浮かび上がる。

 綺麗事を信じ、現実に打ちのめされながらも理想へと突き進む。そしてその陰で現実のやるせなさに苦悩する。……ガハルドから見た光輝はそんな印象だ。

 例えば、過日の折に光輝が要求した勇者領。

 人間族以外も“人”として扱う。何とも立派なお題目だ。端から聞くだけでは涙も出よう。

 しかし、現実として勇者領には何もないのだ。住まう人も、住むべき家も。

 人と家が集まることで集落ができ、やがては村に町へと発展していく。

 第一歩たる土地を手に入れても、それだけで保護は成り立たない。

 君たちは勇者の名の下に保護する。その代わり自分たちの家は自分たちで用意してくれ。……そんなのが成り立つ筈がない。規模が膨れ上がったならともかく、手始めに保護する者たちの分は自分たちで用意しなければなるまい。

 管理人とて必須だろう。土地だけあっても管理する者がいなければ、やはり成り立つ筈もない。

 しかし確かな、小さくとも大きな一歩であることには変わりない。このまま挫けることなく突き進めるのであれば、それは周囲に伝播していき、やがて世界は変わるだろう。……少なくとも、ガハルドはそう思う。

 

「そういや、ここらも“勇者領”だったっけか……」

 

 視線を横に移せば、眼下には深い谷――【ライセン大峡谷】だ。

 呟いたガハルドの耳に音が響いた。

 

「あん?」

「金槌の音だな」

 

 アステルが呟く。どうやら空耳ではなかったらしい。

 よもや。いや、あり得ない。

 想像と相俟ってガハルドの身に衝撃が奔る。だが否定しながらも気にはなる。確認せずにはいられない。

 

「行ってもいいか?」

「ああ、俺も気になる」

 

 向かった先には人間と亜人族の姿が複数。しかして、その立ち位置がおかしい。人間の方が亜人族の言うことを聞いているのである。……世情を鑑みるなら――特に帝国では――あり得ないことであった。 

 

「よお、突然スマンな。コイツは一体何の集まりだ?」

 

 馬車を降り、ガハルドが訊ねた。

 

「ああ、見ての通りの村づくりだ。まあ、まだ着手したばかりだがな……」

 

 答えたのは虎人族の男だった。

 佇まいを見るだけで分かる。一廉の実力者だ。戦った場合、負けるとも思わないが、勝てるとも断言出来ない。……ガハルドはそう判断した。

 

「俺はグルってんだがな。俺たちは勇者のお仲間に救われたのさ。特に清水殿には礼をしきれないぐらいだ。

 彼らは人間と亜人族の融和に心を砕いてくださった。なら、こちらとしても向き合わないわけにはいかないだろう? んでどうするか考えた結果、村づくりってわけだ」

「ほう、そいつは立派だ。しかし村づくりとなると大量の金は必要だろう? こんな僻地ともなれば尚更だ。護衛代だってバカになるまい」

「確かにな。まあ、そこら辺はやりよう次第だ。この下には勇者殿らの隠れ家への入り口がある。俺は留守を預かってるんだ。元はオルクスの遺産だけあって――ヘタに動き回らない限り――安全性は保障済みだ。寝食にはそこを利用してもらえばいい。それだけで大分金は浮く」

 

 清水、その名は確かに聞き覚えがある。王宮で紹介された“勇者”の仲間たち。その中において、“勇者”と同じく自分が力量を読み切れなかった相手の一人だ。

 大半の“神の使徒”については名前も覚えていないガハルドだが、当然の如く例外もいる。名前は憶えていなくとも顔は覚えている相手もいれば、名前と顔をセットで覚えている相手もいた。

 清水幸利はセットで覚えている人物の一人だ。他には自分を打ち負かした勇者である天之河光輝を筆頭に緋勇龍真、九角天誡、比良坂恵里、御門亮がいる。後は園部優花くらいか。……優花については本当に分からない。力量を読み切れなくとも佇まいから実力者と判断出来る他の面々と違い、彼女にはそんな雰囲気は感じられない。実力者とは思えないのだが、それでいて勝てるイメージが浮かばないのだ。

 

「この下、ねえ……」

 

 記憶を漁りつつ、ガハルドは峡谷へと視線を向けた。

 見れば、峡谷に梯子がかけられている。見るからに頑丈だ。どうやら固定されているらしい。

 

「そいつは同じく錬成師のハジメ殿が用意してくださったものだ。【オルクス大迷宮】深部の素材を使っているから、頑丈性もお墨付きだ。少なくともここらの魔物では欠けさせることも出来やしない。

 俺以外にも留守を預かる者はいるが、身体能力はそれほど高くないんでな。元はそいつらのために用意されたものだ。重宝してるよ」

 

 そしてコイツだ、とグルは懐から木片を取り出した。

 

「ただの木片と思うなよ? コイツはハジメ殿が手ずから木を削って作られたものだ。数に限りはあるが、コイツを隠れ家とブルックの冒険者ギルドに幾らか置いてある。

 天職とどう関係があるのかは分からんが、ハジメ殿は風を支配下におけるようでな? これを持っている限り、風が護ってくれるのさ。一つで周囲数人くらいなら余裕だ。実用性のあるお守り――一種のアーティファクトだな」

「おいおい、そんな簡単に言っちまっていいのかよ? 技能ってのは基本的に隠すもんだぜ。勇者のお仲間ってんなら尚のことだろうよ?」

 

 ポンポンと出てくる重要事項に、さしものガハルドも苦言を呈さずにはいられない。

 

「別に構わんさ。知ったところでどうこう出来るものではないし、ハジメ殿から許可は頂戴している。『それで安全性が買えるなら安いものだよ』とな」

「ハジメってヤツの力に頼りすぎな気もするが、言っちまえば適材適所か。安全性も割と考えられている」

「ま、そういうことだ。むしろ彼らの恩恵に頼りすぎな分、せめて報酬くらいは自分で用意しないとこちらの立つ瀬がない。

 流石は七大迷宮攻略者だ。俺も重吾殿に鍛えて頂いたおかげでここらの魔物なら容易く狩れるようになったんでな。ソイツを報酬に当てている。――っと、そろそろ日が暮れるな。

 アンタたち、見たところ旅の途中だろう? 良かったら一泊していかないか? 食事も出すぜ?」

「助かるが、良いのか?」

「別に構わんさ。流石にアンタだけなら提案する気もなかったが、連れの少年には同胞の気配も感じるんでな。はい、さよならも寝覚めが悪い。……アンタの子か、ガハルド皇帝?」

「ああ。俺と兎人族はミラの子だ。……それと一つ訂正だが、俺はもう皇帝じゃない。今はただの冒険者だ。やったことが消えるとは思わんが、皇帝と呼ぶのだけはやめてくれ」

「……そうかい。んじゃあガハルド殿、馬車は向こうの方に一纏めにしてくれ。夜間は雇った冒険者が面倒を見てくれるからな」

 

 言葉に従い馬車を停め、グルの先導で梯子を下りる。上からでは気付かなかったが、その先には一つの洞窟があった。

 洞窟に入ると、進んで間もなく行き止まりにぶつかった。

 

「それじゃ、遅れずついて来いよ?」

 

 そう言ってグルは指輪をかざした。その瞬間、音を立てて道が開く。

 疑問を抱くも、それを訊ねる間もなかった。

 

「こいつは……」

 

 ガハルドの脳裏にフェアベルゲンで聞かされた話が蘇る。よもや、これこそが?

 

「この指輪も預かり物だ。何でも【オルクス大迷宮】攻略の証らしい。攻略者一人につき一つ用意される様でな? 留守を預かるに当たり、この指輪を渡されたわけだ。コイツがなければ先に進めず、無理に進もうとすれば罠の嵐だ」

 

 その予想は正しかったようだ。そして図らずも長老衆に聞かされた話の信憑性が増してしまった。

 行き着いた先には魔法陣。これまたグルが指輪をかざすことで起動した。

 

「さあ、魔法陣の中に入ってくれ」

 

 素直に入る。全員が入るのを確認したグルも続く。

 光が奔り、次の瞬間には全く別の場所にいた。……確認した限り、どこかの部屋の中らしい。

 

「さあ、着いたぞ。ここが勇者殿たちの隠れ家――オルクスの遺産だ」

 

 グルの先導で部屋を出て、廊下を進み階段を下りていく。

 一階には、これまた多種多様な亜人族の姿があった。

 それを横目にグルは更に歩を進める。

 

「二人はこっちとこっちの部屋を使ってくれ。造りはシンプルだがベッドもあるから寝る分には困らない。

 向こうを真っ直ぐ行けば風呂もあるが、時間交代制だから使用の際は気を付けてくれ。

 隠れ家を見るも外を見るも自由だが、一つだけ注意点がある。外には洞窟があるんだが、そこを進むと大迷宮に続いているらしい。そっちに行かれるとこちらではどうしようもない。死んだものとして扱わせてもらう」

 

 食事が出来たら呼ぶのでリビングに来てくれ。……そう言い残してグルは去って行った。

 

「どうする?」

「とりあえず、風呂でも行くか」

 

 驚きの連続で未だ理解しきれない。……が、身体が汚れていることは分かる。まずはサッパリしたかった。

 旅の疲れを取ってリラックスすれば、今よりは頭も働くだろう。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 夕食の後、アステルは一人で隠れ家の廊下を歩いていた。特に目的などはない。始めて存在を知った場所なのだ。これである方がおかしいだろう。むしろ散策することこそが目的と言えた。

 

(その筈、なんだけどな……)

 

 不思議とアステルの足は止まらなかった。明確な目的などない筈なのに、何かに導かれるかのようにその足は進み続ける。

 そうして。

 やがて一つの部屋に辿り着いた。――しかしドアは開かない。

 

「まあ、当たり前だよな……」

 

 七大迷宮創設者の一人、オルクスの遺産なのだ。防犯とて整っていよう。それこそ、ここに招かれたときのように指輪が必要である可能性が高い。持たざる自分には開けられる道理がない。

 当然の結果に自嘲しながらも納得していると声をかけられた。

 

「どうした? たしか、アステルでよかったか?」

 

 振り向けば、そこには虎人族の男性。自分たちをここへ招いた者だ。

 おそらくは見回りか何かだろう。留守を預かるというからにはおかしなことではない。あまりにタイミングが良すぎる気もするが、そういうこともあるだろう。

 

「グルさん、でしたか? 特に目的はないんですが、不思議と足が向きまして……」

 

 誤魔化す理由もない。アステルは正直に答えた。

 

「はは、楽に話してくれて構わないさ。……入ってみるか? 二階は主にオルクスの資料室や素材を纏めた保管庫でな。ここも素材室の筈だ」

 

 言って、グルは指輪をかざした。自動でドアが開く。

 入ってみると、幾つかある壁の棚に整然と素材が並べられている。……所々に空白部分も目立つが。

 

「ああ、ハジメ殿たちが色々と使っていたからな。空白が目立つのはそのためだろう」

 

 納得する一方で、やはり足は進み続ける。

 止まったのは、一つの素材棚の前。

 そこに収められた一つの球体がひどく気にかかる。全体的に透明で、中に稲妻が奔っているかのような印象を受けた。

 思わず手に取る。

 

「ぐッ……ぐあッ……!?」

 

 手に持った瞬間、脳内にイメージが奔った。見たことのない筈の映像が次々と浮かび上がっては消えていく。

 

「こ、この感覚、俺は……覚えがある……のか……?」

 

 痛みに耐えて記憶を探る。

 

(そう、たしか、数年前に親父殿から土産と称して渡された物。アレを手にした時もこんな感じじゃなかったか……?)

 

 思い返せば、自分の実力が飛躍的に上昇を始めたのもその頃からだ。

 

(そして、俺が不思議な力を使えるようになったのも……)

 

 アステルが思い出せたのはそこまでだった。痛みのあまり、気絶してしまったからである。

 焦るグルの叫びが虚しく部屋に木霊した。    




第二のオリ主、アステル君登場。
今更ですがトータス側のキャラは『ありふれ』と『テイルズ』の術技を主に使用します。
地球側は『ありふれ』と『魔人』の術技ですね。
光輝君はあくまで例外。中の人効果でもあります。あと方陣技も例外ですね。
グローランサーシリーズをモチーフにする以上、拠点造りも欠かせません。
むしろ“神の使徒”の立ち位置はあくまで“協力者”なので、独自の拠点がないと何れ詰みます。
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