ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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2話

 現在、ガハルドとアステルはブルックの町に着いていた。

 隠れ家にてオルクスの遺産品を手にした途端に気絶したアステルだったが、心配する周囲を余所に朝方には目を覚ました。特に問題らしい問題も見られなかったが、動く、見る、聞く、話す、書くなどといったこの先に使いそうな機能を一通り確認するためにも、念のために一日二日様子を見ることとなった。快く滞在を許可してくれたグルには感謝の限りである。

 馬車に揺られ、門番に止められ、町に入った二人が目指すのは冒険者ギルドだ。宿も捨てがたいが、それは依頼を確認してからでも遅くはない。

 ホルアドを目指すに当たって手頃な護衛依頼でもあれば良い。あったとして、出発のタイミングも重要だ。それ次第で町への逗留期間が変わってくる。

 帝国を発ってからの道中――【ハルツィナ樹海】や【ライセン大峡谷】――でそこそこ魔物を仕留めているため、それを換金する必要もあった。

 また、冒険者ギルドなら“神の使徒”に関する情報が何かしら手に入るかもしれない、という期待もある。

 ガハルドの最優先目標は実力の向上であり、そのための手段が七大迷宮の攻略だ。その目標を達する上で有力そうな情報を入手しようと思えば、やはり“神の使徒”に接触するのが手っ取り早い。全員が全員、勇者ほどの力量を持っているとは思わないが、比肩するヤツがいないとも思わない。

 

「よお、邪魔するぜ? 換金と、ちょいとばかし“神の使徒”について訊きたいんだが? ――ああ、お前は手頃な依頼がないか探しておいてくれ」

「アンタッ!? ……ゴホン。アンタのようなVIP、こんなところで相手取れるわけもありません。ちょいと奥に来てくださいな?」

 

 何食わぬ顔で受付に話しかけたガハルドだが、相手はガハルドを知っていたらしい。

 受付の女性は驚愕の表情を浮かべた。さりとて、プロ意識に依るものかそれも一瞬。咳払いしてガハルドを奥へと促した。

 ガハルドは頷きで返し、アステルに一言残して後へとついていく。

 

(まあ、無理もないか)

 

 その対応にアステルは納得を示す。ガハルドが皇帝を辞めてからそれほど日は経ってない。特に隣国の情報だ。国許では色々と錯綜している状態だろうし、冒険者ギルドを介して情報が入るにしてもまだまだ先になると思われる。……である以上、その事実を知らず、かつガハルドを知っている者にとっては、ガハルドは未だ帝国皇帝なのだ。VIPと認識するのも無理はない。

 VIP相手にしてはざっくばらんな態度だが、最初にそういった態度で臨んだのはこちらだ。相手は相応の態度で返したに過ぎない。……いや、まあ、ただ単に取り繕いきれなかっただけかもしれないが。

 

「さて、何かめぼしい依頼は――“募金箱”、何だこれ?」

 

 言い残された通り依頼を探そうと掲示板へ向かうアステルの目にそれは映った。

 シンプルな造りの箱で、簡単に開かぬよう鍵が付いている。名前も聞き覚えはない。ついつい目を奪われた。

 世界を見て廻るのが主目的であるアステルだ。見知らぬ物に対して気を取られるのは無理もないといえるだろう。

 

「そいつが気になるか?」

 

 話しかけてきたのはレストランルームで食事を取っていた冒険者だ。

 

「いつだったか、お前さんと同じ年頃の少年少女――二人組の冒険者が訪れてな。それを機に設置されたもんだ。あんときは凄かったぜ? まあ、それはおいとくか。

 聞いた話じゃ――俺たち“冒険者”なり依頼者なり――とにかくこの施設を使う者たちが『設備の修繕なり何なりに役立ててくれ』と善意で金を投資する仕組みらしい。

 あくまで“善意”によるものだから金額もそいつの自由だし、入れたところでランク査定には一切の関係もない。

 さりとて、額が溜まった範囲でやれるところから手を付けていくわけだから、金を入れる方にも確かなメリットはあるって寸法だ。小さなとこからコツコツとってやつだな」

 

 男の話は分かり易く、かつ帝国では考えられない方法だった。……それを機に、と言うからにはおそらく王国も同じはずだ。

 考え方が突飛に過ぎるが、こうして話を聞けば試してみる価値は確かにある。何せかかる実費は箱の用意くらいのものだ。ギルドの金とて限りがあるのだ。上手くいくならこれほどありがたいものはあるまい。それを証明するかのように、箱内にはかなりの影が見える。

 そして、それを齎したという二人組の少年少女。自分と同じ年頃、かつ明らかに異なる――と言うよりかは一歩も二歩も進んだ思考形態。確証はないが“神の使徒”の可能性が高い。

 

「その二人組の名前とかは分かるか?」

「あ~、たしかハジメと雫だったかな……?」

「ありがとう、情報感謝する。俺も幾らか入れさせてもらうとしよう」

 

 ビンゴだ。雫はともかくハジメという名はグルの話にも出ていた。

 追う上で一つの足掛かりが出来た。“明らかに進んだ思考形態”の代物。時間が経つにつれ、そういった話は出回る筈である。

 人間族の救い手たる“勇者”の仲間、“神の使徒”。その肩書に偽りなし、と言ったところか。

 こういった細かい部分の変化が積み重なることで、確かに救われる者は増えるだろう。代わりに痛手を受ける者も確かに存在するだろうが、重要なのは総合的に見てどちらに天秤が傾くかだ。救われる者の方が多いなら、それは確かに“救い”である。

 

(親父殿が言ったのはこういうことか……)

 

 同時に、ガハルドの言葉の意味が分かった気がした。

 自らの天職:破界者。その意味を素直に捉えるなら、“世界を破る者”、“世の理を破壊する者”といった感じになると思われる。

 今まではマイナス方面にばかり考えていたが、見方によってはこの“募金箱”とてそうなるだろう。旧態依然としたルールの破壊。進歩、進化を果たす上で避けては通れぬ痛み。

 言ってみれば、それが世界規模に広がっただけとも取れる。

 自らの存在とて、世情に真っ向から逆らった結果に他ならない。“亜人族は人間以下の存在”……これが現時点における世界のルールなのだ。

 アステルとしても、“亜人族の子”というだけで侮蔑の視線を受ける帝国はウンザリだったのだ。

 国土では帝国の追随を許さぬ王国である。全てが全てではないだろうし、確かに自分を侮蔑の目で見る相手には未だお目にかかっていない。だが、そういった視線を向けてくる相手は少なからず存在する筈なのも間違いないだろう。総本山もあることから、教会の影響力は王国の方が強いこともその考えを後押しする。

 だからといって泣き寝入りをするつもりなどアステルにはない。これでもれっきとしたガハルドの子だ。気に入らないことは力尽くでも変えてみせる。

 すぐに出来る筈もないが、諦めるつもりもない。そしてそれを果たした暁には、なるほど、確かに自分は破界者だろう。

 

「さて、手頃な依頼は……これでいいか」

 

 思いがけなくスッキリとした気持ちになったアステルは、改めて依頼を張り出している掲示板を確認した。

 目についたのは一つの依頼。

 ホルアドまでの護衛依頼だ。依頼主は“ユンケル商会”。人間族の領土である北大陸に限定されるが、北大陸内であるならば文字通りに大陸中を股にかけて手広くやっている商会だ。それで成功していることから、実績、信用、共に十分。報酬の払いも良い。

 距離が距離だからか“中堅”からのランク指定こそされているものの、アステルのランクは紫――中堅下位だ。依頼を受ける資格は十分にある。ガハルドのランクは知らないが、その実力は証明されている。受けるに不足はないだろう。

 出発は明後日の早朝。そのくらいならばこの町に留まっても問題はない。

 あとはガハルドの判断次第である。今現在、奥の部屋で得ている情報次第ではそれすら惜しむ可能性もなくはないのだから。

 

「取り敢えず、何か飲んで時間を潰すか……」

 

 依頼札を取り、併設のレストランへと足を運ぶ。

 基本的に依頼は二つに分けられる。1グループのみのものと、複数グループのものだ。

 近辺からの採集依頼などが前者には多い。大抵は掲示板から紙を剥がし受付に持って行くことでそのまま受けることが出来る。

 そして、今回目星を付けた護衛依頼。こちらは大概が複数グループだ。日を跨いで行動することが多い以上、護衛は昼夜に及ぶ。それを鑑みれば、複数に依頼を出すのは頷ける。

 こちらの場合は紙を剥がすのではなく、その依頼番号が書かれた札を受付に持って行く。複数が希望されている以上、紙を剥がして持って行ったのでは都度貼りなおすのが手間だからである。

 依頼主の希望数より多くのグループが依頼を受けた場合、最終的には冒険者ギルドの方でランクなどを加味して受けるグループを決定する。その都合上、大抵は出発の前日などに結果を確認しにギルドを訪れなければならない。

 また出発日の調整などそう簡単に出来ることではないのだから、場合によっては受けたのが1グループのみでも仕事を果たさなければならない。

 そのため護衛依頼とは割とギャンブル性の高い依頼でもある。その分、リスク相応にリターンも大きいが。

 当然ながら聞きかじりの知識である。生まれと国柄も相俟って、基本的にアステルはソロでの仕事が多かった。如何に実力があろうとも、如何にガハルドの子であろうとも、共に引く亜人の血がそれを帳消しして余りある。それだけ帝国での亜人蔑視は酷かった。帝国生まれの者でアステルと組もうなどという輩は、アステルを囮以外の何とも思っていないのが実情だ。

 まともな意味でアステルと組もうなどという奇特な者は、王国からやって来た者に限られたのだ。それとて仕事の都合で訪れたに過ぎず、あまり長居をすることもない。ただ、そういう者たちがアステルの救いになっていたことも紛れもない事実なのである。冒険者稼業に対するアステルの知識は、主に彼らやガハルドから齎されたものなのだ。

 また、採集依頼の類も受けられることは稀だった。採集ということは主に薬草や果実、キノコの類である。どれにしろ身体の中に入る物だ。汚らわしい亜人の触れた者など……そう言って依頼を断られるパターンなど珍しくも何ともない。

 必然、アステルが受けられる依頼は討伐依頼が多かった。それも組んでくれる者などいないので基本的にソロである。例外はそれこそ王国からやって来た者たちくらいだ。それとて、逗留中の僅かな間に限られる。

 アステルが冒険者になってから数年である。その間に青から赤、赤から黄、黄から紫とランクを上げていったのだ。それを順調と見るか遅いと見るかは人によるだろうが、実情を知る者なら誰もが前者と捉えるだろう。

 基本的にソロで、受ける依頼も限られ、かつ行動領域も限定される。――にも拘らず、たった数年で下位とはいえ中堅ランクに到達したのだ。無論のこと、依頼を失敗すればランク査定に響く。それを加味すれば十分過ぎるほどに順調である。

 

「すまない、俺は今まで帝国から出たことがなかったんだが、王国で有力な冒険者といえば誰になるだろうか?」

 

 ただ待っているのも暇だ。アステルは同じくレストランで屯している冒険者に話しかけることにした。先ほど募金箱について教えてくれた男の姿もあった。

 

「あん、王国で有力な冒険者だあ? そうだなあ……幾つか浮かぶが、筆頭はレオンハルト殿下だろうな。王国の仕事そっちのけの放蕩王子との話もあるが、王国中を股にかけ冒険者として確かな実績を残している。以前に組んだ時は俺たちも随分と世話になった。実力と人柄は保証するぜ。そのランクは若くして既に金に達している。噂に過ぎんが、勇者たちと組んで【オルクス大迷宮】を攻略したって話もあるな」

「後はそうだなあ……こっちは本当に噂止まりだが“閃刃”のアベルか? こっちは基本的に王都で仕事をしてるらしいから俺たちも詳しくは知らんが、言った通りに二つ名持ちで、レオンと同じくランクは金に達していると聞く」

「おいおい、肝心なヤツを忘れてるぜ? この町を起点としたあの男をよお?」

「おお、そういや“深淵(アビスゲート)卿”がいたな。確かに、一度目にしたらあの男は忘れられねえ」

「深淵卿……だって?」

 

 けったいな名前にアステルも訊き返さずにはいられなかった。

 

「おうよ。暗殺者を天職とする男でな? めちゃくちゃ気配が薄いんだ。傍らに立たれても気付かねえほどにな。

 これ以上はねえってくらいに天職を体現してるんだが、それじゃあ普段の生活も差し障るってんで目を覆う仮面を着けてやがるんだ。しかもソイツがピカピカと光りやがるのさ。俺たちもその光でようやく気付けるぐらいだ」

「冒険者デビューはこの町でな。確証はないが、さっき言ったハジメたちの仲間だと俺らは見てる。ハジメたちもそうだが【ライセン大峡谷】の魔物を持って現れてな、換金と同時に冒険者登録をしていったのさ。

 そんなわけでランク自体は未だ低いんだがよ、“有力”ってんなら外せねえ。

 本名は聞けずじまいだったが、あんときは三人組で現れてたな。深淵卿を含めて男が二人に女が一人。どっちもそう変わらぬ年頃だったぜ。……ああ、いや、背丈的に女の方はもしかしたらもっと下かもしれん」 

「んでまあ、そんときキャサリンさん――ああ、さっきの受付の女性な? ――に自分から頼んでたんだよ。深淵卿の名前と天職をセットで広めてくれ……ってな。ま、恰好が格好だ。流石に本名が広まるのは恥ずかしいんだろうよ」 

「そのまま初仕事を受けたんだが、それが国から出された“カマセー盗賊団討伐依頼”だったんだよ。

 ここら辺を悩ませる大規模盗賊団だったんだが、仲間の男と憲兵団と一緒にねぐらと目される洞窟に出向いたアイツは頭目やら幹部格やらを単独で始末して見せたらしいぜ? 

 あまりの恐怖に下っ端どもはおとなしくなり、素直に憲兵団に捕まったって話だ。中には暗闇の中に浮かぶ仮面の光を恐れるあまり、夜な夜な魘されてるヤツもいるらしい」

「もっと詳しく知りたけりゃ、“マサカの宿”の看板娘――ソーナちゃんに話を訊きな? 

 親父さんの手伝いで隣町に赴いた帰りに囚われたらしくてな。あわや、というところを救われて以来、ソーナちゃんは深淵卿にゾッコンなのさ。深淵卿のことは色々と調べてるらしいぜ。……ってもまあ、惚気話とドッコイドッコイって聞くけどな?」

「分かった。情報、感謝する」

 

 二つ名と同じく装いもけったいらしい。

 だが、話が本当ならその実力は本物だ。【ライセン大峡谷】の魔物を狩れる時点で一定の実力は保証される。それでいて大規模盗賊団の単独壊滅ときた。

 推測を信じるなら“ハジメ”の仲間。つまりは【オルクス大迷宮】の攻略者。

 実力の物差しが一つ増えた。少なくとも、単独で大規模盗賊団の壊滅程度はやってみせないとダメ、ということだ。暗殺者としての特性もあるのだろうが、“気配遮断”に関してはこちらとて一廉の自負はある。分かり易い目安が出来たのはありがたい。

 礼を告げて話を切り上げたところで、タイミングよくガハルドが姿を現した。

 

「よお、待たせたな。……んで、何かめぼしい依頼はあったか?」

「コレとかどうだ?」

 

 依頼札を渡す。後の判断はガハルド次第だ。

 ガハルドは掲示板に向かい、依頼札を元に内容を確認する。それを尻目にアステルはグラスの中身を飲み干した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「深淵卿についてのお話ですか! もちろん構いませんよ! あ、ただ大っぴらにする話でもないので、後ほどお部屋に伺わせていただきますね?」

 

 今夜の寝泊りを“マサカの宿”に決め、受付時に深淵卿についての確認をした際の返答がこれである。

 それから数時間。風呂に入って汗を流し、夕食もすませた。最早いつソーナが訊ねてきてもおかしくはあるまい。……無論のことだが、親子で部屋を分ける必要もないので二人部屋である。

 

(中々に愛嬌のある女の子だったが、さしもの親父殿もいきなり襲いやしないだろう)

 

 ガハルドの女癖の悪さを知っているアステルとしては一抹の不安が無いでもなかったが、同時に信頼もある。

 そもそもが皇帝という窮屈な立場からくる抑圧と、それでもたまにある実戦の機会が悉く期待外れの様相であったればこそだ。中途半端に昂った血の滾りや諸々をぶつける相手が必要になり、それゆえに側室や愛人が増えていったのである。現に皇帝になる前、一介の冒険者であった頃は特定の女を作らずに商売女ですませていたと聞く。

 アステルが冒険者になる際にガハルドからその話を聞かされた時は――

 

(自分の子供に何を話しているんだ、この酔っぱらいは……)

 

 ――などと思ったりもしたものだったが、実際に依頼を受けて実戦を経れば、なるほど、と頷かざるを得ない部分もあった。

 囮に使われ窮地に陥り、否応なく訪れた死の恐怖からくるストレス。紙一重で生き残った際の高揚にも似た安堵。そして自分を囮に使い高みの見物を決め込んでいた奴らを、不意打ちして殺めた際の気持ち悪さと心地良さ。……あれらの感覚を収めるのに女を求めるのは、子供であった自分にもなんとなく理解出来たのだ。

 なおギルドからのお咎めは無しだった。自分を囮に使って油断しているところを討たれていた、と報告すれば自然と納得されたのだ。その時だけは国柄と自分の血に感謝したものである。

 実際、あそこでこちらが殺さなければ、逆にこちらが殺されていただろう。ランク的にはこちらの言い分など通るまいが、ガハルドの子であることもまた事実。向こうとしては万一がなくもない。ならば不利な事実を語られる前に殺した方が手っ取り早く、あとは適当な事実をでっち上げればいい。

 死人に口なし。ガハルドがいくら不審に思っても、生命のかかる戦場のことだ。向こうの語る事実を頭から否定は出来ない。

 まあ、それでも“降霊術師”によって真実が明らかになる可能性はあるのだが、同時に降霊術師はレア天職だ。腕もピンキリなので、露見する可能性は限りなく低い。

 アステルがお咎めなしだったのは、ギルドの方で裏側を汲んだからでもある。

 大陸全体に根を張る冒険者ギルドは、その性質上、基本的には中立を保つ。なればこそ王国、公国、中立都市に帝国と、国の垣根を越えて存在しているのだ。

 その一方で、根を張った地域に縛られるのもまた事実。一種の商売である以上、どこかしら地域に寄せなければならない部分が出てくるものだ。

 帝国のギルドであれば、声高にアステルを庇うことは出来ない。個人としては思うところがあっても、それが帝国全体の空気なのだ。

 仕事中の彼らは公人であることを鑑みれば、手助けするにも限りがある。特にギルド支部長ともなれば、王都のギルド本部で一廉の経験を積みその辣腕を認められた者が大半を占めるので尚更だ。

 しかし、だからこそ帝国の空気に譲る部分はあっても、染まりきる筈もなかった。声高に叫ぶ帝国生まれの冒険者に対し、一喝して黙らせたのだ。

 そも冒険者ギルドは仲介業だ。実際に依頼を果たすのはギルドに加盟した冒険者に他ならない。その危険性を鑑みればこそ、様々な手当てを施しているのだ。その分、冒険者の質が悪ければそれだけギルドにも響いてくる。

 そして帝国生まれの冒険者は国柄もあって実力は文句なしだが、人柄は“最低近い”の一言に尽きる。それが揃いも揃ってだ。……いい加減、帝国支部長の我慢も限界に来ようというものだ。

 前述の通り冒険者ギルドは中立であり、大陸中に根を張っている。幾らでも、は言い過ぎだが他国の冒険者に助力を頼むのは不可能ではなかった。

 それらを懇々と語って脅したのだ。お前ら少しは真人間になれ! ……と。

 実行されれば、それは一種の戦争に他ならない。折しも、当時は魔人族との戦線も落ち着いていた。可能性はゼロではない。

 無論、上等だ! と意気込む冒険者もいなくはない。だが、大半はおとなしく身を引いた。彼らは己の実力に自信を持ってはいるが、それはあくまで切った張ったの現場のみだ。戦争となれば諸々が絡む。頼りのギルドが敵に廻るとあっては、彼らだけでどうこう出来る筈もない。

 そしてあくまでも“雇い主と従業員”間の争いでしかないのだから、国が口を挿んでくることもない。……実行されれば、その時点で彼らの敗北が決定するのだ。

 冒険者を首になるばかりか、二度となることも出来ない。そうなれば賊の類に身を窶すしかない。それを嫌がればこそ冒険者になったのだ。保身と感情を天秤に乗せれば、保身を取る者が大半だったのである。

 まあ、それでアステルへの態度が根本的に変わることもなかったが、多少はマシになったのもまた事実であった。

 ともあれ、アステルは戦闘後の何とも表現出来ぬ不可思議な感覚を実体験として知っている。

 当時は性衝動もそれほど強くなく、以後も何だかんだと理由を付けては女を抱かず今に至っているが、やはり何かしらで発散したのは紛れもない事実。……アステルの場合は主に鍛錬だったが。

 そんなわけで、ガハルドが女を抱く理由に一定の理解はあるつもりだった。

 ドアがノックされたのは、そんな風にアステルが父親の行いを心配しつつも過去を思い返している時だった。

 

「ソーナです。今はご都合よろしいでしょうか?」

 

 次いで、ドアの向こうより聞こえる声。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 答えつつドアを開ける。情報を求めているのはこちらだ。この程度はするべきだろう。

 

「失礼します」

 

 一礼して入ってきたソーナに椅子を勧め、自分たちはベッドに座る。

 

「ありがとうございます。――さて、それでは早速ですが語らせていただきますね?」

 

 早速に語りだしたソーナだが、いきなりのろけから始まった。しかしその程度は想定済みだ。覚悟をしておけば我慢は出来る――

 

「あ、もう朝ですね。それでは私は失礼させていただきます。いや~、ここまで存分に語れたのは久しぶりです。ありがとうございますね!」

「あ、ああ……。こちらも有力な情報得られた。感謝するよ」

 

 ――などと思っていた自分を殴りたい気分だ。

 窓の外が白み、小鳥の声が聞こえることからしてソーナの言葉通り朝になったのは間違いない。

 ガハルドは話の途中で眠りについていた。全く以て羨ましい限りである。正直、アステルとて眠くてたまらない。だが情報を求めた手前、礼儀として気力で起きていたのだ。

 必然、ソーナを見送った途端、ベッドに倒れ伏す。

 ただ、そこまでした甲斐はあったように思う。――が、このまま眠ってしまっては起きたときに覚えているか不安が残る。

 

「仕方ない……」

 

 眠りへ誘う衝動を抑え、アステルは気力を尽くして立ち上がり――

 

「おら、起きろ!」

 

 ――高イビキをかく父親へ渾身の蹴りをぶちかました。

 

「ぐおッ……!? ってえな! 何しやがる!?」

「やかましい! 俺も眠いんだ。端的に聞いたことを言うから覚えろ、分かったな!」

「お、おう……」

 

 両手を出して後ずさるガハルドを気にも留めずアステルは語り――

 

「よお、起きたか」

 

 ――そこから先の記憶はない。

 

「俺は……?」

「嬢ちゃんから聞いた話を言い終えた途端にバッタリよ。……悪かったな、だいぶ無理をさせたらしい。――もう昼だ。とにかく顔を洗ってきな」 

「……ああ」

 

 覚束ない足取りでアステルは部屋を後にする。

 よほどの高級宿でもなければ個室に洗面所などついてはいない。顔を洗う際には共用の洗い場へ行く必要があるのだ。

 

「……ふう」

 

 顔を洗ったおかげか頭がスッキリとしてきた。部屋に戻りながらアステルは聞いた話を反芻する。

 深淵卿――本名は遠藤浩介。基本スタイルは徒手格闘。ただ、時折“村正”という名の剣を用いる。故郷独自の製法で作られており、剣種としては“日本刀”に分類される。

 仲間はそこそこ多く性別も問わないが、その何れもが同年代。

 冒険者登録自体は仲間全員がしているものの、実際に冒険者として依頼を受けているのは深淵卿に限られる。他の面々は精々が素材を持ち込むのみ。とはいえ、その素材が【ライセン大迷宮】の魔物なので十分に重宝している。

 始めてブルックを訪れた際の仲間は、神夷京弥という少年と谷口鈴という少女。以後は永岡重吾という少年や八重樫雫という少女と連れ立つことが多い。

 初回こそ盗賊の討伐依頼を受けたものの、依頼自体に選り好みはない模様。採集依頼や護衛依頼も何度となく受けている。ただ、一日二日――長くても三日四日――程度ならともかく長期間に亘って町を離れる依頼を受けたことはない。

 そして、現在は仲間たちと共に拠点をブルックから他へ移した。

 朝方までかかって、得られた結果はこれだけである。

 

(だが、十分だ)

 

 やはり深淵卿は“神の使徒”にして【オルクス大迷宮】の踏破者だった。……その確証が得られただけでもありがたい。

 ガハルドから聞いた勇者たちの名前と、深淵卿の本名やその仲間たちの名前は響きが似通っている。アステルが知る限りのトータス式ではない。トータス式はファミリーネームが後に来るが、勇者たちはその逆だ。

 

(“神の使徒”でなければ、そんなのがこの短時間でポンポンと出てきてたまるか……!)

 

 そして深淵卿を【オルクス大迷宮】と結び付けるのが“ハジメ”と“雫”に“重吾”だ。

 グルから聞いたハジメと重吾の名。冒険者から聞いたハジメと雫の名。そしてソーナから聞いた情報。

 グルの証言から踏破者としてハジメと重吾は確定。ソーナの証言から重吾と深淵卿がイコールで結ばれる。

 これだけではまだ弱いが、冒険者の証言がそれを補完する。ハジメ=雫=深淵卿となるのだ。

 そして、京弥と鈴も踏破者に違いあるまい。……グルが預かった指輪がそれを物語る。“七大迷宮攻略の証”という貴重品を簡単に預けるのだ。それだけ多く手に入れたことを暗に示している。

 

(京弥と鈴を踏破者に含めるなら、この時点で六個。確証はないが、勇者本人やその近辺も含めれば更に増える。グルの証言から、少なくとも“清水”は確定だ。それだけあるなら、他者に預けても不足はないだろう)

 

 当然の事実として“神の使徒”は複数だ。自然、力量にも差があるだろう。誰彼構わず追ったところで意味はない。七大迷宮を攻略出来るほどの実力者でなければならないのだ。そうでなければ七大迷宮攻略の試金石にはなり得ないのだから。……まあ、未だ格下の身で用いる表現ではなかろうが。

 その点において、ソーナから得られた情報は大きすぎる。

 単に“神の使徒”というだけなら、今でも多かれ少なかれ情報は手に入る。ホルアドを目指しているのもそれゆえだ。

 その一方で、その先が行き当たりばったりなのもまた事実。ホルアドにいる“神の使徒”が踏破者である保証はどこにもない。だがソーナから得られた名前があれば、多少なりとも穴埋めは出来る。

 その結果、ホルアドにいれば良し。いなくても取り得る選択肢が増える。

 

「まあ、後はホルアドに着いてからでもいいか。あまり先まで考えすぎても意味はない」

 

 差し当たっては腹が減った。

 部屋に戻ったアステルはガハルドを伴って昼食に繰り出した。

 その後は特に何事もなく時間が過ぎ行き。

 

「皆さん、私が今回依頼させていただいたモットー・ユンケルです。ホルアドまでの長旅ですが、よろしくお願いいたします」

 

 迎えた翌朝。

 荷馬車の数は十台にも及ぶ。それぞれの荷台には二、三人が積み荷の見張りに就いている。御者も含めて何れもがユンケル商会の商隊員である。

 この威容を誇りながらも、商会としては僅かな一端だけでしかない。これだけでもユンケル商会の強大さが窺えるというものだった。

 それらを後ろに従えたモットーの挨拶を皮切りに、ホルアドへの旅路が始まった。 

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