ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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3話

「よお」

「久しぶりだな!」

 

 ホルアドの宿屋にて、彼らは久しぶりの再会を果たしていた。

 永山重吾、野村健太郎、玉井淳史、辻綾子の四名である。オルクスの表階層で落下して以来、実に数ヶ月ぶりの再会だ。

 それは助けられた――彼らを身代わりにしてしまった方にとっても同じである。淳史に助けられた相川昇、綾子に助けられた吉野真央にとっては喜びも一入だ。

 件の帝国使節団来訪の際に、一足早く帰還した光輝たちから生存を教えられてはいた。……が、直接に助けられた身としては、やはり己が目でじかに無事を確認したかったのだ。

 檜山と近藤の裏切り、世話になった騎士団員たちや中野と斎藤の負傷……と再開までの間に不幸なことはあったが、この時ばかりは互いにそれを忘れられた。

 

「はいはい、感動の再会はそこまでにしてくれ。喜びも分からんではないが、こうしている間にも他の面子はそれぞれに頑張ってるんだ。それにこっちだってやることはある。……続きは夜、寝る前にでもやってくれや」

 

 しかし、それもほんの僅かな間。遅れて入ってきたその男――清水幸利が手を打ち叩いて注目を集めるまでだった。

 

「そうだったな、スマン、清水」

「いや、謝る必要はねえよ。さっきも言ったが、喜ぶ気持ちは分かるんだ。それに檜山たちの件があってから間もないなら尚更だ。嫌なことから目を逸らすのだって一種の防衛本能だしな。

 日本にいた頃、俺やハジメが“オタク”と呼ばれる類の人間だったのだって、上辺だけの煩わしい人間関係からの逃避に他ならなかったんだ。アニメやゲーム、趣味に没頭することで慰めとしてたのさ。

 だから、その点については本当にどうこう言うつもりはねえよ」

 

 謝る重吾に対し、片手を振りつつ幸利は答えた。……その様子からして、本当に気にしていないように見受けられた。

 しかし、すぐさま表情を変えて続けた。

 

「……が、生憎と状況がそれを許さねえ。目を逸らしてばかりもいられないのさ。

 そして、俺がここに来たのもそのためだ」

 

 ここまで告げ、幸利はこの場のクラスメイト一同を見廻した。

 

「お前らがオルクス表層のどこまで降りられるようになったのかは、俺も正直いって把握してない。だが、そこらのヤツに負けない程度の実力はついたはずだ。

 ここらで次のステップに移ってもらう」

「次のステップ?」

「ああ。そもそも俺たちが召喚されたのは何のためだ?」

「何のためって、そりゃあ魔人族に……対抗……する……ため……」

 

 幸利の言葉に答える相川の言葉は、しかし後半が途切れ途切れだ。……そう、召喚されてからこれまで深く考えていなかった事柄を改めて考えさせられたためだ。

 召喚された時点では困惑し理解が追い付いていなかった。その後もトータスという環境に慣れることを優先した結果、ある意味で流され続けて来たこともあり魔人族について深く考えることはなかった。

 積み重ねた実戦訓練。命の危険はあれど、迷宮に出没する相手は魔物ばかり。人型の魔物はいても、形相から何から明らかに“人”ではなかった。

 だから、耐えられた――気楽に捉えて来られた面もある。

 しかし、幸利の言葉がその状況に矢となって突き刺さった。

 召喚当初のイシュタルの話では、魔人族とは魔物の上位種ということだった。

 そんな筈はないだろう、と今なら判断出来る。

 そも本当に魔物の上位種というのであれば“悪魔”とでも呼称すればいい。わざわざ“人”の字を付けて呼ぶ必要もあるまい。――にも拘らず“魔人”と呼んでいるのが現状だ。“人”の字を冠する以上、そこには相応の理由が存在する。

 人と魔物の違いは何か? 数々にあれど、最も大きい部分は知性や理性、感情が複雑に絡み合っている点だろう。

 感情に囚われてしまえば人も獣と変わりあるまいが、大概の場合は歯止めがかかる。知性に理性、友人、家族……要因は様々だが、そこが本能に特化した魔物との最も大きな違いであろう。

 すなわち、魔人族とは“人”である。純粋な人間ではないにせよ、知性と理性、そして感情に縛られるのであれば、それは“人”と同義である。

 ならば、イシュタルの言葉などアテにならない。実際、彼はこうも言っていたではないか。

 

「魔人族が魔物を使役するようになり、人間族が劣勢になった」

 

 この時点で矛盾している。魔人族が本当に魔物の上位種なら、魔物の使役など行えて当然だ。人間が動物を飼いならすのと同じである。全てが全てではないにせよ、その道のスペシャリストがいて然るべきなのだ。

 魔人族自体が生まれて間もない種族であれば、その言葉も納得出来る。だが数百年と戦い続けている相手だ。

 それに闇術師という天職もある。魔物の使役自体は思いつく手段なのだ。

 数百年という、言葉では短いが実際には永い期間だ。魔物の使役を試みるならばとっくに結果が出て、それと共にノウハウが出来ていておかしくないのである。

 強力な魔物を使役出来るようになったのが最近だった。……それなら分からなくもない。

 しかし、それならそれで今まで魔物を引き連れて前線に出て来なかった理由に説明がつかなくなる。

 個の力が弱くとも数は力だ。質の魔人族に数で対抗しているのが人間族の現状だ。弱くとも魔物を引き連れればそれだけで戦線のバランスは崩れ、魔人族が有利となる。

 まあ、今までその矛盾に気付かなかったこちらもこちらだが、では、なぜイシュタルはそんな分かり易い矛盾を放置したのか? 

 教会は真実魔人族を魔物の上位種と捉えている。……これもあるだろう。

 だが最も大きな点は、こちらが魔人族について深く考えることはないと踏んだからだ。現に、こうして指摘されるまで矛盾に気付いてもいなかったのだ。

 気付かぬままにいれば、いざ魔人族と相対した時にはなし崩しに刃を交えるしかなかっただろう。

 土壇場で相手が“人”であると知ったところで最早手遅れ。何を言っても意味はない。何せこちらは相手のことを何一つとして知らないのだから。聞いた話で満足して何も知ろうとしなかった相手だ。そんな輩の言うことを、魔人族がどうして信じられようか。言葉は虚しく響くばかりなのが目に見える。

 そうして、互いに血と血を流しあえば退くことなど出来やしない。個人の意思は狂気に呑まれ、“神の使徒”として最後まで魔人族と戦うしかなかった筈だ。

 在り得た未来を想像し、悪寒が相川の背を駆け巡る。

 誰も彼もが似たような想像を浮かべたのだろう。次から次へと静まり返り、周囲は静寂に包まれた。

 

「気付いたようだな。俺たちは“神の使徒”という立場上、遅かれ早かれ何れは魔人族と戦うことになる。そこに個人の意思は関係ない。

 実際、今まで何だかんだと立場による恩恵も受けて来たんだしな。王宮では一流ホテルのロイヤルスイートの様な部屋。出される料理も負けず劣らず。おまけに指導官は一騎士団長や宮廷魔術師だ。……並大抵の待遇じゃない。

 それもこれも、俺たちが魔人族との戦いで結果を出すのを期待されればこそだ。……そう、どんなに足掻いたところで、遅かれ早かれ魔人族とは戦わざるを得ないのさ。

 だが、魔人族との戦いは避けられないにしても、何もせずに手を拱いている必要はない。いざ相対した時に取り得る手段を増やすためにも、お前たちには対人戦闘を積んでもらう。――でなきゃ、中野や斎藤のようになるぜ?」

「対人……戦闘……」

「中野に斎藤……」

 

 件の魔人族による襲撃。その詳細は知らされずとも、同じ“神の使徒”ということもあり、檜山たちが寝返ったと判断された理由は一同にも齎されている。

 檜山と近藤、二人の裏切りを示唆するのがケガの要因だ。騎士たちは漏れなく打撃による負傷だったが、中野と斎藤はそれぞれ刺し傷と切り傷だったのだ。軽戦士の天職により短剣を得物とする檜山、槍術師の天職通り鎗を武器とする近藤。以降、二人の姿が認められないことからも裏切りは確定と判断されたのだ。

 魔人族の襲撃で見張りがいなくなった際に近藤が檜山を解放。宿屋から抜け出す際に魔人族の襲撃と知る。騎士はもれなく返り討ち、中野と斎藤は魔人族が“人”と何ら変わらぬ姿であることにショックを受けて行動不可能。このままでは自分たちもやられると判断した檜山と近藤は魔人族に取引を持ち掛け、その結果として中野と斎藤に刃を向けた。……あくまで状況判断でしかないが、これが王宮の見出した筋書きである。

 実際、檜山には――自業自得であれど――魔人族に寝返ってもおかしくない理由が存在するのだ。近藤は友情を取り、中野と斎藤は国やクラスメイトへの義理を取ったと判断すれば、この結果も理解は出来る。

 

「こういった時勢と環境だ。ドラマやら映画やらを始めとしたフィクションの例に漏れず、トータスでは盗賊やら何やらが跳梁跋扈してんのさ。

 今度は“冒険者”としてそいつら相手に対人経験を重ねてもらう。……報酬が手に入る分、ただ戦うよりはよっぽどマシだぜ?」

 

 偽悪的な笑みを浮かべて幸利は言葉を閉めた。

 

「だいじょぶだいじょぶ! そこらの賊程度が相手なら死にはしないからさ!」

「そうそう! 後はこっちの“覚悟”だけ!」

 

 軽やかに声をかけるのは奈々と妙子だ。その顔には笑みさえ浮かべているが――眼だけは冷たい輝きを放っている。

 

「えっと……どうかしたの二人とも? 何だか雰囲気が……」

「ああ、言い忘れてた。その二人と天之河はそれぞれ処女(ヴァージン)童貞(チェリー)を卒業してっから」

「ッ!?」

 

 奈々と妙子の二人へと気丈に声をかけた真央に齎されたのは、より残酷な現実であった。

 この場合の意味は文字通りのそれではあるまい。正確には頭に殺人(マーダー)がつく筈だ。つまり、この二人と光輝は既に人を殺めたことになる。

 日本の法律において殺人はご法度だ。トータスでは完全に適用されることはなくとも、今まで育った環境ゆえにその意識は根強く息づいている。……二人の雰囲気の変化は理性と感情が鬩ぎ合い、折り合いをつけた結果なのだ。

 

「あ~、俺も聞いた話でしかねえが簡単に教えとくか」

 

 重吾たちと異なり、幸利や奈々たちが一足早く迷宮から抜け出しながらも今まで合流を果たさなかったのには――一同がホルアドに戻る際に合流を果たした龍太郎のような例外もいるが――無論のこと理由が存在する。

 その理由はそれぞれに異なるが、奈々と妙子は光輝や愛子たちと行動を共にしていた。……風土料理を目的とした優花にくっつく形で。

 そんな折に訪れた農村でのことだ。

 如何に王都近郊とはいえ、立地やら何やらによっては発展していなくても不思議はない。そんな、いわゆる“都会の中の田舎”とでもいう村は、一行が訪れた当時、山賊に悩まされていた。

 付近に小山があり、そこには郷土料理に欠かせぬ材料があるのだが、近頃になって山賊が棲み付いてしまい取りに行けない。村にも狩を生業とする者は少数いるが、血気に逸った者が果敢に挑み敢え無く返り討ちとなってしまった。冒険者に頼もうにも、ギルドがある町まではかなりの距離がある。一縷の希望を託して走らせてみたが、その後戻って来ることはなかった。……村人の話を総合すればこんな内容だった。

 そして、それを聞いて見て見ぬ振りが出来る光輝たちではなかった。一行の中にはリリアーナもいる。彼女は己が護衛としてついてきていたメルドに山賊の討伐を命じた。

 当時の面子は龍真、光輝、メルド、恵里、優花、奈々、妙子、愛子、リリアーナである。他にも護衛の騎士たちが何名か。

 愛子とリリアーナは村に残り、戦闘系の天職ではないが戦闘能力自体は高い優花と賊討伐にはヤル気の湧かない恵里もまた護衛として村に残った。あとはお付きの騎士たちである。

 これにて村の護りは整い、他の面々は小山へと向かった。小さくとも山ではあるが、名高いウルの北山脈ほどではない。村人の話では迷うほどのものではないし、一行のステータスがステータスである。特に問題はないと思われた。

 

「まあ、緋勇君に天之河君、メルドさんは揃って私と妙子の同行には気を良くしなかったんだけどね」

 

 ここで奈々が口を挿んだ。

 

「私と妙子は戦闘系の天職だし、ステータスも“規格外”と言えるほどには高い。

 何より村の人たちは余所者の私たちにも優しかったからね。無理やりついていったさ」

「ただ、私たちは理解してなかった。――ううん、理解が足りなかったのよ。自分たちのステータスの異常さについてもそうだし、人と戦うっていうのがどういうことなのかも……」

「労せずして山賊は見付かり、懲らしめるつもりで杖を打った。結果、その山賊は容易く吹っ飛んで二度と目を開くことはなかった」

「私も同じようなものね。放った鞭は勢いもあって容易く腕を切断。それだけに留まらず横合いから吹っ飛ばした」

「私たちの手に持つそれが、武器であるという認識はしてた。けど“凶器”だという認識は薄かったんだ。

 想定外の結果に揃って頭が真っ白になり、その後は何の役にも立たなかった。動こうにも動けず、終わるまで突っ立っているだけだった」

「天之河君は元々剣を習っていたこともあり、そこら辺の“覚悟”が私たちとは違っていたんでしょうね。嗚咽を上げながらも最後まで戦っていたわ」

 

 淡々と二人は語る。……その姿は一同の知る奈々と妙子からはかけ離れていた。

 

「だから言っとく。“覚悟”はしておいた方が良い。皆のステータスだって、私たちほどじゃなくても十分に高い。予期せぬ一撃が簡単に人を殺め得るんだ」

 

 その言葉に、一同は沈黙を以て返すことしか出来なかった。

 それは二人同様オルクス深層を乗り越えた重吾たちも同じであった。……いや、であればこそ、より深刻に捉えざるを得なかったのだ。

 その後、暫くは沈黙のみが空間を支配した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 時間の経過と共に各々なりに受け止めた一同は、二つのグループに分かれて賊の討伐を行うこととなった。片方を率いるのは御門、もう片方を率いるのは幸利だ。そしてそれぞれに補佐として奈々と妙子がつく。

 御門自身、教師としては対人戦闘を推奨することに思うところが無いわけではないが、より優先するべきことがあるのもまた事実。

 元より御門が教師となったのも、より大きな“公”の命令によるものである。

 すなわち御門グループ。

 名前だけなら誰もが知るそのグループの実態は現代に生きる陰陽師の総本山だ。そして御門の姓が示す通り、彼はその一門に名を連ねる。

 教師:御門亮とは作られた仮面に過ぎない。その学校の真下にある龍穴を監視する上で、教師という職業が最も都合が良かっただけなのだ。

 そんなわけで、御門は必要以上に生徒や同僚教師の肩を持たないようドライに接してきた。

 とはいえ、根が誠実な御門である。勤務時間内であれば教師の業務は手抜かりなく行うし、質問されればきちんと答える。廊下を走る生徒に注意もすれば、不登校児を登校させるために万事を尽くす。……こういった普段の姿もあって本人が思ったほどの効果は出なかったのが実情である。

 無論のこと煙たがって離れていく人物は多かった。しかし、好意的に捉えて接してくる人物もまた多い。特に後者に至っては校長や教頭、生徒会長に風紀委員長など、いわゆる“権力者”が含まれていた。

 定時退勤を旨とするその姿も、公私のメリハリを付けていると思えば問題にもならない。

 退勤した後は龍穴の悪影響がどこかしらに出ていないか自主的に見廻りをする。……この部分は捉え方が半々だったが、これにより問題が見つかることも少なからずあった。――というよりは、龍穴の悪影響が不登校児と結ばれることが割と多い。

 龍穴の影響を受ける。→氣を自覚する。→自分自身に困惑する。→不登校。→御門が解決という流れである。

 御門としては陰陽師としての務めを果たしているに過ぎないが、それを知らぬ一般人にとっては『御門のおかげで解決した』となるのも無理からぬことだ。

 結果、多少のことはお目こぼしされ、何より不登校児たちも御門を慕う。未熟なりとも氣の使い手となり、かつ生徒だ。教師である御門の目が届かぬ部分も、生徒であればその限りではない。それにより、また問題が見つかっては御門が解決する。……これが一種の流れとなっていた。

 まあ、そんなこんなで“陰陽師”としての面が強い御門であるが、“教師”であることも間違いない。トータスでは第一目的である“龍穴の監視”が出来ぬ以上、優先すべきは召喚された一同の無事な帰還となる。

 そしてそのために必要となれば、生徒たちが血を流し、血を流させるのも認める所存だ。後悔であれ何であれ生きていればこその特権であり、死んでしまっては何にも出来ないのだから。

 

「さて、ここが依頼にあった盗賊団のアジトの様ですね。名前はシュレーン盗賊団。

 規模自体は小規模ですが、冒険者崩れや傭兵崩れで構成されていることもあり、個々の実力は相応にあるようです。今までに依頼を受けた冒険者は悉くが返り討ちとなりました。油断せずに臨みましょう。

 油断すれば自身か仲間の血が流れ、最悪の場合は命を落とします。それが嫌ならば確実に仕留めるなり昏倒させるなりしてください」

 

 先陣を切るのは重吾と健太郎。綾子と真央がこれに続く。……ひどく偏ったパーティーである。天職で見れば前衛は一人だけ、それ以外は全員後衛である。

 

「おりゃあッ!」

 

 しかし、必ずしも天職と戦闘能力は直結しない。土術師である健太郎は“泰山”としての前世に目醒めている。その影響を受けた肉体強度は、とても後衛の域には収まらない。繰り出す剛拳は傭兵崩れの剣を砕いてその身を吹き飛ばす。そして相手はそのまま事切れた。

 自分が躊躇うことで仲間が――何より綾子がケガを負い死ぬ可能性があるのなら、そのような躊躇いなどいらない。自分は“鬼”ともなろう。……それが綾子に惚れている健太郎の“決意”であった。

 

「うおおおッ!」

 

 一方の重吾も繰り出す攻撃に容赦はない。だが、その攻撃のどれもこれもに一点の共通点があった。食らった相手は――まともに動くことこそ出来ないものの――全員が生きているのだ。

 そも日本にいた頃の彼は柔道部に在籍していた。単なる勝利至上主義ではなく、身体・精神の鍛錬こそが柔道の理念。無暗に命を殺めることはその本意ではない。しかし躊躇えば自分のみならず周りに被害が行くこともまた事実。

 ヘタに攻撃を直撃させれば命を奪う可能性が高い。だが、柔道には投げと固め技もある。当身技だけではないのだ。

 自分の攻撃で軽く地面が砕ける以上、地面に当てた方が威力は低い。その判断の下、重吾は容赦なく地面へと叩き付ける。固い大地に勢いよく叩き付けられればまともに動ける筈もない。

 命を奪わずに無力化する。……それが重吾の選んだ“道”だ。

 

「やあッ!」

 

 自分が戦闘職でないからといって、男たちに任せてばかりでは女のプライドが廃る。……綾子と真央は自分たちが直接戦闘に向かないことを自覚した上で尚も相手に向かっていく。

 綾子の脳裏に浮かぶのは、オルクス深層で二尾狼に襲われた際の記憶だ。あのとき自分は健太郎を護るに当たり我が身を盾とすることしか出来なかった。結果として、意識を取り戻した健太郎に助けられた形となる。

 以後も何くれとなく健太郎は自分を護ってくれる。それは正直言ってありがたい。だが、自分とて健太郎を護りたいのだ。護られてばかりじゃ嫌なのだ。

 そのための綾子の選択が、自分も戦えることを健太郎に見せることである。必要以上に自分に注意を払わなくなれば、それは健太郎の自己防衛にも直結する。その一心で綾子は杖を振り払う。

 我が身を危険に晒しても健太郎の無事を願う。……それは綾子の“愛”に他ならない。

 

「はい、残念!」

 

 掛け声と共に、真央は十八番となった“付与”を発動する。言葉の響きからバフを想像されることが多いが、与えるのは何もバフに限らない。デバフ効果を与えることも十分に可能である。

 あの日、親友である綾子が自分を庇って地の底へと落下して以降、彼女の無事が知らされるまで、真央が自分を――世界を呪わぬ日はなかった。

 トータスに召喚されたとはいえ、有体に言って“平穏”とすら呼べる日常だった。それが一瞬で絶望を叩き付けられたのだ。

 底すら見えない場所への“落下”だけに、その死の瞬間をじかに見たわけではない。

 それが一筋の救いにして希望ではあるが、そんなもの信じ切れないのが人の弱さである。そこに“常識”が追い打ちをかける。

 多くは諦観と共に“死”を現実として受け入れ――たとえ“死”そのものは認めなくとも、その要因となった事実だけで塞ぎ込む。

 それは相川昇も仁村明人も、中野信治に斎藤良樹……同じようにクラスメイトに庇われることで命を長らえた者たち――彼ら視点では身代わりとしてしまった――も変わらない。

 しかし、その中にあって真央は違った。綾子の死を受け入れなかった。認めなかった。状況証拠だけで判断するなど、到底出来なかった。

 光輝たちが救出に赴いた際、本当ならば自分もついていきたかった。だが、真央にはその実力がなかった。……その事実を受け入れざるを得なかった。

 それでただ部屋に閉じ籠るのではなく、真央は現状を変えるべく奮起した。 

 世界の理不尽さを認め、自分の実力の無さを認め、その上で――

 

(私が世界を変える! 屈服させてやる!) 

 

 ――飽くなき意思の下に“付与”の研鑽を重ねた。

 真央は付与術師だ。日本にいた頃は特に運動部に所属していたわけでもない彼女には、そのための手段となれば“付与”しか思い至らなかった。

 教わった前提に囚われず、思い付きでも何でも試した。幾重もの“たられば”が浮かんではそれを実践していく毎日。

 起床して食事を取り、他の落ち込む面々を余所に――上層に留めてはおいたが――進んで迷宮に潜っては、魔物に鉱石と対象を問わずに様々な“付与”を刻んでは反応を確かめる日々。

 そんな日々を重ねた結果、いつしか彼女の“付与”は目に見えて上達していった。

 そしてある日、何の気なしにステータスプレートを確認した際に増えた技能の数々が発覚した。ほとんどは“付与”の“派生技能”だったが、その中に異常な技能が二つあった。それこそが“魔力操作”と“生成魔法”である。

 怪訝に思ったものの、真央はこれ幸いと更に研鑽を重ねた。いちいち陣を描く必要がないから楽でいい。……これが“魔力操作”に対する彼女の感想だった。

 一方で、“生成魔法”は手付かずだった。劣化した魔法である“付与”を研鑽した果てに神代の領域である“生成魔法”に至った真央には、そのメカニズムが分からなかったのである。

 ステータスプレートに簡単な説明は出るが、一言コメント的な物が多く大概は役に立たない。多くは名前から内容をイメージするしかないのだ。

 神代魔法であることは分かったし、“生成”というからには何かを創る魔法なのだろう。では、何を? それが“生成魔法”に対する彼女の感想であった。

 そも魔法とは一種の学問だ。今でこそ劣化し数々の情報が失われているものの、それこそ神代では“生成魔法”とやらも一般的であったに違いない。各地に残る神代の遺産――アーティファクトの量と種類がそれを証明する。

 そんな時代であれば情報は山のようにあっただろうし、ステータスプレートに表示される説明が“神代魔法”の一言であってもおかしくはない。

 そも“神代”と一口に言っても、その詳細な期間は分からないのだ。

 自分たちの捉える“神代”の終わりに生きる者にしてみれば、自分たちの時代を“神代”とは捉えておらず、その始まりこそを“神代”と評していた可能性だって否定出来ない。

 ステータスプレートに、より詳細な説明が表示されるのは新しく発見されたものだとすればある程度の説明は付く。

 一定期間でアップデートが繰り返され、それに伴いステータスプレートも更新される。そして今現在において普及しているステータスプレートは、その最後のバージョンなのだ。

 各種の情報を統括する大元があり、ステータスプレートはそれにアクセスするための端末。身分証明機能が付いているのは違法なアクセスを防ぐため。……真央はそう仮定した。

 実際、ステータスプレートその物が日本の技術を遥かに上回っている。登録者と同期し、登録者すら分からぬことを逐一反映しているのだ。技能だって能力値だって、ステータスプレートを確認すれば即座に判明する。

 ゲームではないのだ、この世界は。如何に魔法が存在するとはいえ、そのような途轍もない物を現実に創り上げるとなればどれだけの技術が必要なのか真央には想像も出来ない。表立って魔法の存在しない地球では、それこそ実現など夢物語に等しい。

 現在の技術が日本に比べて不便とはいえ、その過去までも同じように捉えるのは早計に過ぎるのは明らかなのだ。

 当時の真央はある意味で壊れていた。狂人といってもいい。だからこそ、普段は考えもしない細かいことまで頭を働かせていた。

 一方で、普段の生活リズムが変わらないからこそ余計に異様さが際立っていた。――が、そんな彼女の行動も周囲に埋没した。

 普段と変わらぬ行動を取りながらもどこかおかしい。……庇われた者たちはその点で共通していたからである。

 無理をして平常を装っているからこそ。……周囲は真央たちから醸し出される異様さをそう認識したのだ。

 その後、救出に赴いた光輝たちとの再会を果たし、綾子たちの生存を聞かされたことで一応の安堵を得た。

 それにより狂気は治まっていったものの、真央が研鑽を止めることはなかった。

 己が目で綾子の無事を確認したわけではないし、何よりいつまた同じようなことが起こるとも分からない。自分の取り得る手が“付与”しかないとなれば、その探求を怠るわけにはいかない。

 同時に、“生成魔法”の詳細もその時に知った。

 

「簡単に言えばアーティファクトを創る魔法」

 

 光輝らの口から“生成魔法”の説明を聞いた真央は、自身の装備にこれでもかと“生成魔法”で“付与”を刻み込んでアーティファクトとした。

 一時的効果のバフから永続的効果のバフへ早変わりだ。元がバッファーである真央が行えば、費用対効果はバカにならない。

 例えば“攻撃力上昇”のバフを刻むとする。一口にそう言っても“切れ味上昇”とか“打撃力上昇”とか多岐に渡る。大元で指定すれば全体的に効果は出るが、それぞれの効果は微小なものとなる。魔力の消費も大きい。

 反面、より細かく指定すればその点では極めて大きな効果は出るが、他の部分は望めない。しかし効果が限られている分だけ魔力の消費も少なくなる。

 そして付与術師は“付与”に天性の才を持つ。それが期限付きから期限なしへと変わったのだ。

 その効果がここに示される。

 自分へと振り落とされる剣を、真央はその手で――手袋を装着済みである――真正面から受けた。

 真央の装備には“耐刃性上昇”だの“耐衝撃力上昇”だの、考えつく限りありとあらゆる“付与”が永続的に刻まれている。

 手袋なら“握力上昇”に“打撃力上昇”の効果、靴なら“脚力上昇”に“蹴撃力上昇”といった具合に部分部分で変えている効果もあるが、ほぼ全身に何らかのバフがかかっていることは確かだ。

 そして“魔力操作”を発現した真央は、それによりステータス以上の能力を発揮する。

 諸々の効果が合わさった結果、一廉の実力者が繰り出す剣撃を受けた割に真央のダメージは全くない。むしろ柔らかい何かを受け止めた感じだ。

 だが防ぐだけでは意味がない。殺すにしろ昏倒させるにしろ、とにかく相手の意思を、こちらへと立ち向かう気力を、根こそぎ奪わなければならないのだ。

 今の真央であれば、適当に攻撃するだけでも相手の意識を奪うなり殺すなりは出来るだろう。

 しかし、盗賊なんぞするバカにそれでは生温い。簡単な死はある意味で“救い”だ。そんな救いを齎してやるほど、真央は慈悲深くもない。これから来る現実は自らの行いの結果であるということを、その心に刻み付けねばならない。……二度とバカが出来なくなるように。

 一方でバカはそう簡単に学ばない。身近な脳筋(りゅうたろう)を見ていればそれがよく分かる。

 結果、真央の見出した対人戦法はとにかくカウンター特化である。相手の攻撃を敢えて受けたところで、その武器にデバフを刻み込むのだ。相手を束縛する類であれば刻む“付与”は何でもいい。腐食でも鈍重でも熔解でも。

 剣士が剣を失くしたなら、その技量は大きく下がるのが一般的だ。稀に例外がいるにせよ、稀だから例外なのである。

 とはいえ、武器を失った程度で敗北を認めるほどこの手のバカは素直じゃない。案の定、目の前の男も諦め悪く掴みかかってきた。

 男と女だ。ステータスの差が分からない以上、抑え込めれば勝てると男が判断するのも至極妥当だ。真央は敢えてそれを受け、男の下敷きとなって地面に倒れ伏す。

 勝機を見出した男が歓喜に顔を歪め、仲間たちが真央の危機に近付いてくる。綾子の顔までが歪んでいることに真央は反省した。

 抑え込まれたとて身体が完全に動かなくなるわけじゃない。しかも男が重点的に抑え込んでいるのは“付与”の基点となった真央の手だ。身体全体で圧し掛かるのも一つの手だが、回転することで一気に体勢は逆転することになる。男は真央の腰の上に座り込んで真央の両手を抑え込んでいた。必然的に足は動く。反撃のしようはあった。

 そも諸々を加味すれば真央の身体能力は男以上だ。簡単に状況を覆せる。

 

「せーのッ!」

 

 掛け声と共に振り上げた足を勢いよく降ろす。それだけで状況は一転する。

 轟音を立てて震動が奔る。訪れる結果を予想していた真央に対し、男には完全に想定外だ。いとも簡単に姿勢を崩す。

 

「……で、次はどうする?」

 

 男を仕留めるには決定的なチャンス。――にも拘らず、真央は男の下から抜け出すだけで何もしなかった。剰え笑みを浮かべてそんなことを宣う始末。

 そこまでされれば男も否応なく気付く。先ほど男が得た勝機は、その実勝機でも何でもなかった。ただ与えられたものに過ぎなかったのだ。自分がどうするのかを観察されていたに過ぎないのだ。真綿で首を絞めるが如く、少女に弄ばれていただけだったのだ。

 男は切った張ったには自信があった。傭兵として確かな実績も出したことがある。傭兵は楽しかったが、自分の思うように戦えないことが不満でもあった。それゆえに男は傭兵を辞し、流れに流れてここで盗賊となった。仲間たちは男と似たタイプであり、自然とウマが合った。規模こそ小さかったが、それに見合わぬ成果を出していた。

 討伐依頼が出されたのもそのためだと理解している。だがそれは、言い換えれば依頼者の“敗北宣言”と同義だ。自分たちではどうしようもないから他に頼るのだ。

 男たちはその事実に気を良くし、送り込まれた冒険者たちを返り討ちにすることでより意気を高めた。今回も同じである。……そう認識して止まなかった。

 だが、そうして今まで培ってきた自信と自負は夢想に過ぎなかった。

 たかだか付与術師。戦闘職でもない、それでいて十代半ばの少女に良いようにしてやり込められれば、男は否応なくその事実を認めざるを得ない。

 

「ああああああッッ!?」

 

 アイデンティティーの崩壊を起こした男は、叫びを上げて倒れ伏した。

 

「目が覚めたら、少しはマシになるんだね」

 

 それを見下ろし、真央は冷たく言い放つ。

 今までに存在した付与術師は例外なく支援役だった。支援のために前線まで出向いても、自らが直接戦う者はいなかった。――その事実を真央は覆した。抱いた意思の下、たとえ戦場が小さくとも、確かに付与術師の在り方を変えて見せた。

 そう、付与術師の常識を屈服させたのだ。……それは“克己心”の賜物である。

 それぞれに異なれど、対人戦闘における己が意思を、覚悟を、彼らはここに示して見せた。

 シュレーン盗賊団の討伐が終わったのは、それから間もなくのことだった。 

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