ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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4話

 ホルアド残留組が賊討伐による対人戦闘を始めてからそこそこの日数が経った。

 ピンからキリまで含めれば、討伐依頼自体は数多い。とはいえ、それを毎日受けられる筈もない。

 賊の根城が判明している依頼もあれば、大まかな出現位置しか分からない依頼もある。往復に掛かる時間も合わせれば至極当然のことだ。

 場合によっては錬成馬車を駆使することもあるが、基本的には通常の馬車である。

 小規模依頼の場合、生きてるにせよ死んでるにせよ賊を持ち帰らねばならない。或いは賊の得た戦利品をだ。それによって目当ての賊かどうかを判断するのである。

 その都合上、徒歩では難しいし、他の冒険者が受けた討伐対象だったりも珍しくはない。

 必然、熟せるのは数日に一回のペースとなっていた。

 討伐時の組み合わせも毎回変わる。いつ、なんどき、何が起こるか分からないのが現実だ。毎度毎度こちらに都合の良いメンバーで当たれるわけもない。不安を減らそうと思えば当たり前のことだった。

 そうして数回も討伐を行えば、全員が全員何かしらの“覚悟”を決めるに至っていた。

 相手は魔物ではなく人間であり、ケンカでもない。その事実により最初は攻撃する事すら出来なかった相川と仁村もそれは変わらない。

 順調といえば順調に意識改革が進んでいる。

 幸利の持つ“宝物庫”を介して、光輝から衝撃が齎されたのはそんな最中のことである。

 離れた相手と大して間を置かずに情報のやり取りが出来る貴重な代物が“宝物庫”だ。本来は文字通りに物品を保管するための道具である。用途通りの使い方もしているが、やはり幸利らにとっては情報交換ツールとしての面が強かった。

 便利な“宝物庫”だが、発見総数はたったの七個。貴重品だが使わないのも勿体ないとして各グループに分配されていた。内訳は七大迷宮攻略組に二個、士気高揚組に二個、そしてホルアド残留組に二個である。残る一個はオスカーの隠れ家に予備として残してあった。

 グルに使わせる意見もあったが、そも“宝物庫”の使用には魔力を必要とする。そして基本的に亜人族は魔力を有していない。……使わせたくても使わせられないのが実情だった。

 ともあれ、情報の内容によっては周知しなければならない。

 夜半、幸利は重吾、龍太郎、健太郎、淳史、御門、綾子、奈々、妙子と話し合った。……本来は知る者以外には秘匿すべき“宝物庫”だが、御門はそもそもが“裏”に関わっている。実力者にして引率者ということもあり御門も呼んだ次第である。

 結果、他の者にも知らせるべきということになった。

 

「あ~、食事時で悪いが話しておくことがある」

 

 翌朝。朝食時に全員が集まった頃合いを見て幸利が口を開いた。

 必然、周りは視線を幸利に向ける。中には食べる手を止めない者もいる。

 

「オルクスを攻略した際に手に入れた貴重品を通じ、昨日天之河から情報が入った。

 まず、現在天之河たちは中立商業都市フューレンの北にあるウルって町にいるそうだ。んでウルの北には山脈があるんだが、成り行きでそこの調査に行ったんだと。そこで魔人族と遭遇し、『数日後に山脈の魔物にウルを襲撃させる』と布告されたってことだ」

「モグモグ、ゴクン。………………おいおい、それって大変じゃねえか!? すぐにでも助けに行かねえと! どうする、“絶影”ならすぐにでも出せるぞ!?」

 

 咀嚼し、嚥下し、そして数秒。理解するのにそれだけ有したのだろう。堰を切ったように相川が口を開いた。

 元々がバイク好きということも関係があったのだろうか? 相川の天職は騎乗師だった。文字通り、乗り物を操るのに天賦の才を有している。

 賊の討伐に当たりその才を有効活用するためにも、迷宮探索で貯めた金を用いて自前の馬を買っていた。お高かっただけあって中々の良馬である。相川も気に入っており“絶影”と名付けている。……無論のこと元ネタは三国志である。

 

「落ち着けよ、昇。お前の馬が速いのは認めるが、単騎で行ってどれだけのことが出来るってんだ? ――それに、話はまだ終わってない」

「それは……、分かった」

 

 逸る相川を友人である淳史が窘めた。

 気が逸ろうと友人の言葉を無視するほどではない。相川も取り敢えずは落ち着きを取り戻す。

 

「まあそういった意見が出るのは想定済みだが、結論から言うと援軍には行かない。――行けない、と言った方が正しいか。

 情報が不明瞭すぎるんだよ。なるほど、確かに魔人族に布告されたのかもしれない。だが、肝心の嗾ける魔物の数は? 膨大な数であれば、間違いなくウルの町は壊滅の危機だ。その反面、たとえ片手の指で足りる程度でも魔物を差し向けられたのなら魔人族の言葉にも嘘はない。

 しかし、それ以外にも魔人族が動いていないと誰が言える? ホルアドを魔人族が単騎襲撃してからそう時間だって経ってないんだぜ? ウルの町近郊は大陸一の稲作地帯だ。そこが襲われるってんなら周りの目は自然とそこに集中する。陽動にはもってこいだろうよ」

 

 そう言われれば相川に反論する術はない。現代っ子の一人として、彼も名作と言われる作品や人気の高い作品には――媒体を問わず――多少なりとも手を出している。

 トータスは確かにRPGじみた環境ではあるが、れっきとした現実だ。断じて、ゲームのように主人公が到達してからイベントが始まるわけではない。急行したところで間に合う保証などないのである。

 仮に間に合ったところで、ご都合主義よろしく勝利が確定しているわけでもない。敗北する可能性は決して否定出来ない。

 その一方で、ゲームの知識が完全に使えないわけでもない。

 この国を取り巻いているのは戦争だ。日本では戦争など過去の出来事である。授業でも学びはするが、その内容など触り程度のものに過ぎない。ハッキリ言えば縁遠い出来事なのである。――にも拘わらず曲がりなりにも想像を働かせることが出来るのは、ゲームを始めとする娯楽品から知識を得ているからに他ならない。

 その知識を下地にすれば『食料供給地点に目を向けさせて他の場所を狙う』なんてのは確かに可能性として否定出来なかった。

 魔人族の領土から考えれば、ここまで北側になると間違いなく飛び地である。維持やら何やらと込みで順当に考えれば狙う意義は薄い。――が、身も蓋もないことを言ってしまえば大元を落としさえすれば勝ちなのだ。

 普通はそれが出来ないからこそ少しずつ領土を広げていくのだが、多少なりとも可能性があるのであれば試すだけの価値はある。なにせ相手には七大迷宮の攻略者がいるのだから。

 魔人族との戦争からは安全圏であるがゆえに、北側になるほど警戒は下がる。その証明はホルアドへの単騎襲撃で既にされている。

 結果、士気は下がりつつも北側の警戒意識は強まった。だが、“飛び地”であることがここで問題になる。隣接していないがゆえに、いつ、どこから来るのか想定しきれないのだ。

 生きている以上、常に警戒を絶やさぬことなど物理的に不可能である。時間であれ方角であれ、緩む箇所が現れるのは必然だ。

 そんな中、魔人族が行動を起こせば自ずと視線はそこを向く。その瞬間、他の護りは間違いなく弱まる。それを連鎖的に起こされたのなら、王国なり教会なりが落とされる可能性は決して否定出来ないのだ。

 

「まだあるぜ? たとえ嗾けられたのが膨大な数であろうと、現在ウルには龍真たちが滞在してるんだ。

 あいつらの戦闘力は文字通りに“一騎当千”や“万夫不当”が当てはまる。住人の避難さえ済んだなら、町に被害が出ようと最終的には返り討ちにしてのけるだろうさ。

 だが、その後に待ち受けるのは当然ながら復興作業だ。そうすりゃ各地から資材や商人が挙って集まる。……賊に取っちゃ狙い時だろうよ」

 

 ま、ゲームやアニメを下地にした考えだけどな。……幸利はそう自嘲した。

 そう、人間族はその数が数ゆえに必要以上に食料生産を滞らせるわけにはいかない。その点においてもウルは狙い目だ。大陸一の稲作地帯であるからこそ、必ず復興させなければならない。そうしなければ魔人族に滅ぼされるより先に中から滅ぶ。

 戦争の勝敗は幾重もの可能性がある。相手を鏖殺するのもそうだし、経済破綻だってそうだ。戦争に勝利しても自分たちが生きていけないのであれば意味はないのだ。

 だからこそ停戦を挿みこそすれ永きに亘って戦争は終わらず、その行方についても幾重もの考えを持つ者が現れる。

 

「そう言われるとゲームやアニメもバカに出来ないものね……。日本に帰ったら私もやってみようかしら……?」

「ハッ、俺らみたいな人種の理解が深まるのは大賛成だ。歓迎するぜ」

 

 真央が零せば幸利が笑みを浮かべた。

 

「現状、私たちの行動に変わりはない。想定される被害を減らすためにも賊の討伐を続ける。……つまりはそういうことね? まあ、Gみたいなヤツらなんでどこまで効果があるかは分からないけど……」

「そういうこった。ついでに言えばオルクスにも目を向けることになる。魔人族が七大迷宮を攻略してるのは事実だしな。

 七大迷宮の攻略者はそこらの“超一流”とも雲泥の実力を持つ。条件次第じゃ単騎で町だって破壊出来る。……そう簡単にオルクスを攻略出来るとも思えんが、誰かしら監視役を残す必要はあるだろう」

 

 そういう結論でこの場は解散となった。 

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ハッ、潜身脚! 裂震虎砲!

 

 襲い来る賊へとアステルは帯刀状態の剣を突き当て、怯んだ隙に足払いからの蹴り上げで迎え撃つ。態勢を崩した相手へすかさずに虎の咆哮の如く練り上げた氣を叩き込んで吹っ飛ばした。――まあ、アステルはそれを“氣”であると認識していないわけだが。彼にとってはある日から使えるようになった“不思議な力”でしかない。

 

「おらよッ、虎牙破斬! 崩爆華!

 

 一方、ガハルドもまた同じように賊を迎え撃っていた。

 ガハルドがその手に持つのは両端に刃のついた、中央で分割可能な剣――両刃剣だ。

 結合状態のまま賊を斬り付け、すかさずにジャンプ斬りへと繋げる。それで終わりではなく空中で更なる一撃を叩き込んだ。地に降り立ったら踏み込んで突きを繰り出す。突きが相手に当たった瞬間、刻まれた陣に従い魔力が爆発を起こす。

 

「ったく、次から次へとキリがねえ! なあおいモットーさんよ、なんか情報はねえのか? 言いたかねえが賊の数が多すぎる。フューレンまではともかく、それ以降は割に合わんぜ?」

 

 目に見える最後の賊を仕留めたところでガハルドがボヤいた。

 現在、ガハルドら“ユンケル商会護衛依頼”を受けた冒険者たちと、当の依頼主であるモットー・ユンケルを始めとする商隊一行はホルアドへの途上にある。ブルックからスタートし、かれこれ二週間以上の長旅だ。

 ブルックからフューレンまでの距離は馬車で六日ほどである。その事実を鑑みれば必要以上に時間が掛かっている様にも感じるが、規模を考えれば無理もない。

 己が身一つの行商人や馬車一台で済むような商人ならいざ知らず、文字通りの商会である。おまけに大陸中を股にかけるユンケル商会ともなれば運ぶ荷の量も膨大だ。

 今回の主な荷物はブルックで大量に仕入れた【ライセン大峡谷】に棲息する魔物の素材だが、当然それだけの筈もない。便利な“宝物庫”の類など持っているわけもない以上、必然的に荷馬車の数は増え、割れ物もあるとなれば――如何に梱包していようと――更に足取りは鈍る。

 しかし、それらを加味しても行程速度はやや鈍り始めていた。ガハルドの言葉通り、賊の襲撃が要因だ。

 万事何事もなく上手くいく保証はない。魔物や賊による商隊襲撃は予想の範疇である。なればこそ、護衛として冒険者を多数雇っているのだから。

 だが、些か以上に賊の襲撃が多すぎる。商隊の規模が規模だ。襲いかかる賊の規模も相応のものになる。普通に考えれば、五、六人程度の小規模で襲いかかったところで成功などする筈もない。その程度は賊だって理解しているだろう。

 タイミング次第では小規模の賊同士が結託することもないではないが、やはり早々あり得ることではない。

 確かに偶然の可能性も否定は出来ない。とはいえ、こうも襲撃が続く以上、賊は自分たちの与り知らぬ“何か”を掴んでいると考えた方が筋が通る。

 

「……いえ、申し訳ありませんが心当たりはとんと。

 数日前にフューレンを発った時には、精々がウルの町に“勇者”と“現人神”に“豊穣の女神”がリリアーナ王女と共に滞在しているくらいでした」 

「あ、マジで? ウルに勇者たちがいたのか?」

 

 頭を悩ませながら答えるモットーに目を点にしながら訊き返すガハルド。

 

「何だ、親父殿は気付いてなかったのか? そこらで噂になっていたが……」

 

 そこに実の息子からの追い打ちがかかる。

 

「グハッ! 部屋で酒を掻っ食らって寝てたんだよ、ワリィか!」

 

 フューレンへの滞在も一泊程度。仕事途中であることも相俟って、情報を仕入れたところですぐには動けない。

 以上のことから――

 

「町に出るのも面倒臭い」

 

 ――とガハルドは割り当てられた部屋で呑んだくれていたのだ。

 呆れながらも、ガハルドの判断は分からないでもないアステルだ。

 情報は大切だが、時と場合によっては気ばかりが急くハメになりかねない。無論、それで仕事を投げ出すこともあるまいが、テンションに影響が出るのは避けられない。特に今回みたいな仕事はこちらが頑張ったところで早く終わるわけでもない。あくまで速度は荷馬車に合わせる必要がある。

 

「ともあれ、確かにそれ以外に目立った情報はなかった」

「ってことは、何かが起こったならその後か……」

「そうなります。詳細こそ分かりませんが状況が状況です。ホルアドに着いた際には皆さんの報酬を上乗せさせていただきます」

「……だとよ、お前ら! 報酬ほしけりゃ気張れよ!」

 

 ガハルドの言葉に、そこらに座り込む他の冒険者から銘々に声が上がる。

 とはいえ、その声に張りはない。彼らとて冒険者だ。中には以前にも護衛依頼を受けたことのある者もいる。その際も確かに賊の類は襲ってきた。――だが、今回の仕事はその比ではない。異常なまでに賊の襲撃が多かった。

 フューレンを出て数日間は問題がなかったが、昨日今日になっていきなり賊が増えだしたのだ。疲労が抜け切れていなくとも無理はない。

 

「そういえば、最近は誰とも遭遇しないな。少し前は旅人や馬車を数多く見かけたものだが……」

「ッ!? 言われてみれば、確かに……。フューレンは言わずと知れた“中立商業都市”――国の垣根はございません。商人に限らず冒険者なり吟遊詩人なりがあらゆる方向へと行き交うのが道理です。

 加えて言えば、軽足ならばまだしも我々はこの移動速度です。外れ道でもあるまいし、誰かとすれ違うのが自然でございます」

「にも拘らず、出逢うのは賊ばかり……か。かぁー、やれやれ。やっぱり何事か起こったかね、こりゃ……」

 

 何とはなしに零したアステルの疑問。それに対し、今気づいたとばかりにモットーが相槌を打つ。その内容とそこから思い至る結果にガハルドが顔を顰める。

 自分たちですらこれだけ賊と遭遇しているのだ。他にフューレンを目指す者なりフューレンから出る者なりがいたとして、その者たちが賊に襲われない道理はない。

 全員が全員死んだとまでは言わないが、馬や荷物、護衛など何かしらに損害が出た結果、旅程を断念するなり足取りが鈍るなりは考えられる事態だ。……賊としても、殺すよりは生かしておいた方が再び獲物とすることが出来る。

 

「とはいえ、ここで立ち往生もしていられません。相次ぐ賊の出現に当初の予測よりも足が鈍っております。

 商談の期日にはまだ幾ばくかの余裕もございますが、胡坐をかいていられないのもまた事実。苦しいでしょうが、皆様にはもう少し頑張っていただきます。

 この事態、国や冒険者ギルドとて何かしらの手を打っている筈です。もう少しホルアドに近付けば、幾らかはマシになると思われます」

 

 

 とは言ったものの、モットーは未だに悩んでいた。すなわち、このままの速度で行くか、それとも速めるか。

 確かに異常ではあるが、言ってみれば状況判断でしかない。

 フューレンを出て僅かに数日。それでこれほどの賊に見舞われるのであれば、何かしらの兆候があって然るべきだ。

 フューレンに寄った際にモットーが仕入れた情報にはこの状況に繋がり得るものはない。精々が勇者たちのウル滞在と、ウルの北山脈を原産とする食材が僅かに値上がりしているといった程度である。

 前者は確かに珍しいが、後者はままあることだ。山の天候は平野以上に不安定だ。山で雨が降った日には食材を取るのも滞るだろう。

 

「アステルさんはフューレンで冒険者ギルドを覗かれましたか? もしそうなら何か心当たりはないでしょうか?」

「……すまないが、特には。受注された依頼は掲示板から剥がされるから、もしかしたらその中にはあったかもしれないが……」

「そうですか……」

 

 歩を進めながらのモットーの問いかけ。アステルは暫し記憶を漁り否と答えた。

 その答えに、モットーは目に見えて肩を下げる。

 判断がつかない。このままの速度でも間に合うには間に合う。――が、前言通りにそれほどの余裕もない。

 かといって、足を速めるのもまた迷う。梱包してあるとはいえ荷物の中には割れ物もある。足を速めればそれらに損害が出る可能性が大きい。

 モットーは商人だ。時にリスクを背負うこともあるが、それは――有形にしろ無形にしろ――確たるリターンを見込めればこそ。

 今のままではリターンの目星がつかない。報酬の増額も宣言してしまっている以上、余計な出費は避けたいのが本音だ。

 期日に間に合わせるのは確かに大事だが、このままの速度に賊の出現率を加味しても、もう一日二日様子を見るだけの余裕はある。……その後が限りない強行軍になるだろうが。

 

「判断に迷います。せめてもう一つ、後押しとなる情報が欲しい」

 

 モットーが呟いた瞬間だった。

 後方から迫る馬が一頭。それは速度を緩めてモットーに並ぶ。騎手は馬から降り、驚きを隠せない様子で口を開いた。

 

「おいおい、マジで居やがったぜ。……久しぶりだな、モットーさん。ちょいとウチの依頼人から話があるんだがいいかい?」

「貴方は……たしかゲイルさんでしたか。お久しぶりです、以前はお世話になりました。

 して、依頼人からお話……ですか?」 

「ああ。依頼人の話じゃあ、アンタたちはいま判断に迷ってる筈だってことでな。もしそうなら、聞いてみる価値はあると思うぜ?」

「……お話を聞きましょう。こちらから向かった方がよろしいですか?」

「いや、その必要はない。こっちは徒歩だが、アンタたちより荷が軽いし人数も少ない。厄介な賊も大半はアンタたちが片付けてくれた。……このまま進んでもらっても数時間で追い付くはずだ」

「了解しました。では速度はこのままに、私は最後尾でお待ちしております」

 

 それじゃあ数時間後に。……そう言い残してゲイルは後方へと馬を返した。

 

「どうやら、情報がやって来たようです」

「その様だが、心当たりは?」

「それがとんと。私も手広くやってますからね。知った顔から知らぬ顔まで、心当たりが多すぎて逆に判断がつきません」

 

 話し込むアステルとモットーの脇を荷馬車が進んで行く。

 ちなみにガハルドは最前方だ。他の冒険者たちの疲弊が大きいため、ガハルドが前半分、アステルが後ろ半分をカバーすることにしたのである。

 そうして歩を進めながら数時間が経った。

 その間、やはり賊が襲ってきたが問題なく撃退には成功している。他の冒険者には自分と輸送車の防御に専念させ、ガハルドとアステルが只管に突撃したのだ。

 賊の狙いは輸送品だが、護りを固めた冒険者を容易く突破できる筈もない。輸送台は勿論、荷を引く馬を狙うのも論外だ。そんなことをしてしまえば、そもそもにして荷を奪えなくなる。一台ならばそれもありだが、流石のユンケル商会だけあって荷馬車は十台にも及ぶ。それらを丸ごと奪おうとすれば、やはり馬は必須である。

 よって賊の狙いは護衛の冒険者、乃至は馬を操る御者になる。それらを仕留めた後で輸送車を強奪するのが賊の目論見だった。

 しかし、大半の冒険者は反撃を一切考えずに防御に専念している。この依頼を受けるだけあって何れもが中堅ランクの冒険者だ。攻撃を捨て只管防御に専念すれば、如何に疲弊していようとも攻撃を防ぐくらい訳はない。

 その間にガハルドとアステルが飛び込んで暴れまわれば、もはや賊には成す術がない。片や実力至上主義で知られるヘルシャー帝国の元皇帝。片やその息子にして、同国の冒険者ギルドで早々に頭角を現した若手最高峰である。基本的には落伍者の集団である賊が真正面から戦って敵うわけがないのだ。

 幾ら討伐しても跋扈する賊の数が減らないのは――社会システムも理由にあるが――彼らが身の安全を第一にしているからだ。

 賊は自分たち個々の実力を過信してはいない。むしろ低く見積もっている。当然、獲物を狙う際にも自分たちの安全を心掛ける。血気に逸って死んでしまえばそこまでだ。

 生きるためとはいえ表立って人様に迷惑をかけるような最底辺にまで身を窶した以上、卑怯卑劣も辞さない。……場数を踏むにつれ卑屈さは自信に変わり、勢いよく攻めかかる者も増えるが。

 基本的に攻撃は弓や投石などによる遠距離に徹し護衛側の攻撃範囲にはまず近付かない。そこらの石とて当たり所が悪ければ人が死ぬ。立派な武器であり凶器なのだ。

 護衛側が魔法で仕留めようにも、発動までには陣の構築に詠唱と幾らかのプロセスを経る。そこを狙われれば魔法が発動することもなく魔力は霧散する。

 護衛である以上、優先すべきは護衛対象。賊に攻めかかろうにも上限がある。状況にもよるが、精々が一人か二人となるのが大半だ。

 質より量。……それは紛うことなき真理の一つ。

 幾ら落伍者であろうと、よほどに隔絶した力量差がなければ冒険者が相手でも返り討ちにするのは可能である。――が、だからこそ“よほどに隔絶した力量差”があれば目論見は泡と消える。

 量より質もまた紛うことなき真理なのだから。

 そうして賊を撃退して間もなく。

 ゲイルが告げた“依頼人”が姿を現した。

 

「いや~、お初にお目にかかります。自分、サルファーいいまして、こっちの――」

「ネイビーです。よろしくお願いします」

「ピーチで~す。初めまして~」

「――と組んで行商なんかをやっとります」

 

 依頼人は三人の少女だった。年はアステルと同じ頃か。それぞれに方向性は違えど、揃って見目が良い。

 しかし疑問点が一つ。行商という割に、彼女たちはそれらしい荷物を抱えていない。精々が旅装の範疇である。

 

「これはご丁寧に。知っておられる様ですが、私はモットー・ユンケル。ユンケル商会に籍を置く商人でございます」

 

 決まりきった挨拶の後、早々に本題に入った。

 

「今より数日前、魔人族が北山脈の魔物をウルに嗾けました。聞いた話ですが、その数は正に“軍勢”だったそうです。

 勇者を筆頭にその仲間や騎士たち、兵に冒険者……と諸々に手を取り合い撃退には成功したようです。

 幸いにして死者も出なかったようですが、畑や建築物はその限りではありません。よって、現在ウルでは復興作業の真っ最中です」

「なんと、それは……」

 

 ネイビーの口から語られる想像以上の事態に、モットーは呻くしか出来なかった。

 とはいえ、酸いも甘いも経験している商人だ。持ち直すのも相応に早い。

 自分たちが都市を出たその直後。正にタッチの差でフューレンに情報が届いたのだろう。……そう見当を付けられるほどには。

 

「貴重なお話をありがとうございました。そういうことであれば異常なまでの賊の出現率にも納得がいくというものです。――が、それでもなお分からないことが一つ」

「と言いますと?」

「あなた方の意図です。見たところ、あなた方は商売道具を持っていない。……とても行商とは思えません」

「ま、当然の疑問ですわ。……が、行商というのは嘘じゃありませんよ? 単にフューレンであらかた手放して、それを元手に馬を買って護衛を雇っただけですんで」

「ふむ、余計に分かりませんな。そのおかげで我々はあなた方からお話を聞くことが出来たので助かりましたが、あなた方には得がないでしょう?」

「いま、ご自分で仰られたことが答えですよ。ユンケル商会に恩が売れる。……これはちょっとやそっとの実利以上に価値があります」

 

 その言葉にモットーは眉を動かした。

 損して得取れ。……商人の鉄則ではあるが、思いの外これを実践出来る者は少ない。

 人間である以上は欲を持つ。心掛けていても、欲に負けて金に流される者が後を絶たないのが実情だ。

 若い身空でそれを実践してのける。紛れもない有望株だが、先の見通しが立っていなければ暴挙や蛮勇でしかない。

 さて、彼女たちは果たしてどうか? 

 

「それに商売品は何も物に限りません。歌や情報といった無形のものでもお金になりますので……。

 流石にすぐにも稼ぐのは無理でしょうが、馬を売れば贅沢しない限り当面の生活費にも問題ありません」

 

 モットーの考えを見越したかのようにネイビーが言う。

 タイミングもそうだが、言葉の内容に恐れ入る。日頃に町で見かける商人の印象ゆえか、商いの対象を“実体の在る物”として捉える者が割と多いのだ。同じ商人でもそういった固定観念に囚われている者は少なくない。

 同時に、それで成果を出すまでの間、どう生活するかにも考えを持っている。

 

「いやはや、参りましたな。お若いのに大したものだ。……よろしい! 一度だけそちらの望むタイミングで此度のご恩をお返しすることを、ユンケル商会の名に懸けて約束しましょう!」

「言質は取りましたで?」

 

 ニヤリ、とモットーとサルファーが嗤い合う。ネイビーとピーチも微笑んでいる。……挨拶以降、ピーチは一切会話に参加して来なかったが。

 その後、道程にはネイビーたち――ネイビーがリーダーであるとのこと――とゲイルたちも加わった。

 同時に、旅路も格段と楽になった。戦闘力としてゲイルたちが加わったこともあるが、何よりネイビーの予測である。

 道中、ネイビーが示した場所の大半にこちらを狙う賊が潜んでいたのである。

 断言は出来ませんが、とか八割の確率で……とか前置きをされれば――いい加減、賊にはウンザリしていたこともあって――ダメ元で確認してみる気にもなろうというものだ。

 結果、その的中率は実に七割を超える。

 アステルとガハルドのどちらかに加えてゲイルパーティーの何名かを向かわせれば、賊の始末は容易である。如何に足が鈍かろうとも、前もって賊を始末出来るのならそれ以上に足が鈍ることもない。

 一転して順調な道行きに一行の気分は上向きとなっていた。

 

「しかし見事なもんだな。なんか秘訣でもあんのか、嬢ちゃん?」

「前もって多種多様な情報を集めているだけですよ。あとは技能任せです。私の天職は予測士なので……」

 

 ガハルドの問いかけにネイビーはそう答えた。

 予測士は文字通り予測することに天稟を持つ。一応非戦系の天職ではレアに分類されるのだが、その評価は今一つだ。

 同じ予測でも、こと戦に限っていうのなら軍師の方が遥かに実績を持つし、天気ならば天候予測士の方が当たる確率は高い。

 ぶっちゃければ“中途半端”。……それが大多数が持つ、予測士への印象だった。

 だからこそ、その返答は俄かに信じがたい。自然、ガハルドは追求する。

 

「だが、俺の知ってる予測士はこれほどの的中率を持っちゃいなかったぞ? むしろ三割当たれば良い方だった」

「たぶん、予測元となる情報が少なかったからだと思います。

 例えば戦場の予測だからといって、その場の敵軍や戦地のことばかりあれば良いわけでもありませんので。似た様な地形で行われた過去の戦闘。その際に用いられた戦術。或いは近時の噂話なんかも捨て置けません。全く関係ないであろう情報なんかも時としては繋がります。実際に自分の目で場所を確認することも重要ですね。

 予測士の本領はこの様に雑多な情報があってこそなんですよ。情報さえあればどの方面にも通用しますが、軍師を始めとした特化型には必要とする情報量で遥かに負けます」

 

 そう言われればガハルドには返す言葉もなかった。

 万遍なく学ぶよりは、どれかに絞った方が――他の方面が疎かになるものの――遥かに結果を出しやすい。それは天職にも現れるようで、言わば万能型よりは特化型の方が現れやすいのだ。必然として、特化型の方に仕事が優先的に廻るのが常だ。

 よほどの道楽人でもなければ、大器晩成の万能型よりは即戦力の特化型を取るのが普通である。

 結果、予測士の評価が覆ることはなかったのだ。――今までは。

 立場が変われば見方も変わる。皇帝時代にはいくら本人から言われても大言壮語としか捉えられなかった。しかし気ままな冒険者として見ればどうだろうか? 万能性はこの上ない武器だ。パーティーに欲しいくらいである。

 まあ、そんな感じに予測士への評価を塗り替えながらも道程を進み、彼らの速度でもホルアドまであと二日ほどの距離へ迫る。

 ここまで来れば逆に外れる可能性が高いとしてネイビーは予測を言わなくなった。

 

「ウルの復興作業に伴い、商人の行き来が増えるのは目に見えています。そしてそれを狙う賊が増えるだろう事も……。

 必然、国や町でもいつも以上に見廻りやら何やらを強化する筈です。考えられるのは一日二日の距離ですが、それらのデータがこちらにはありません。

 今までは町から離れた距離でしたので予測もまだ成り立ちましたが、ここから先は裏目に出る可能性の方が高いです」

 

 そう言われてしまえば、後は都度に対応するしかない。

 幸いにして冒険者たちの疲労も回復している。それに運次第では見廻りをしている者の援護も期待出来るということだ。

 そもネイビーたちの同行と、それにより齎された結果こそが願ってもない僥倖だったのだ。言い換えれば元に戻っただけに過ぎない。

 特に気落ちすることもなく、商隊はホルアドへの歩を進めた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 推測は現実に変わり、ここ最近になり賊は活発に動き出した。

 目端の利く商人であれば、ウル襲撃の結末が分かる前から動き出す。そしてフューレンに拠点を持てるだけの商人であれば相応の能力はある。必然、彼らは精力的に動く。或いは地元から、或いは付近の町村から復興に必要と思われる資材やら食材やらを買い付ける。

 襲撃の結果次第でその時点ではムダになる。……が、あくまで“その時点では”である。

 ウルで重要なのは稲作地帯ゆえの米である。村自体はおまけに過ぎない。作物が採れないのであればウルの価値は激減するが、採れるのであればその限りではない。ウルに滞在している“豊穣の女神”。話に聞くその能力を鑑みれば、畑自体の回復は可能だ。それも通常より早く。ならば遅かれ早かれ必ず復興は行われる。その間はフューレンの倉庫にでも置いておけば、結局はムダにならない。

 そういった裏事情を知らなくても、商人たちが活発に動き出せば賊だってそれに釣られて動き出す。

 そして、すぐさまそれは現実のものとなったのだ。

 必然として、個々の討伐から町周辺の治安維持へと依頼も移り変わる。動きが読めぬゆえの個々の討伐も、動きが予想出来るのならその限りではない。むしろ一網打尽にするチャンスである。

 

「いやはや、次から次へと一向に減らないねー」

 

 そう零したのは奈々である。現在は幸利をリーダーに淳史、相川、仁村、妙子と組んでいた。

 

「まあ、基本的に賊とはそういうものだ。どうにかしたいとは思っても、根本が天職優遇社会の現状にあるからな。そう簡単には変えられん。

 天職を持っていない者が圧倒的に多いからこそ、天職持ちはやはり優遇される。その分野に限っては成果が見込めるとあれば当然だろう。時間もミスも、削減出来るならば削減したいのが人の性だ。

 名のある貴族や商会、それこそ王宮だって無限に金があるわけじゃない。雇われる者もいればあぶれる者もやはりいる。その場限りの日雇い仕事もなくはないが、常日頃からあるわけでもない。最後の駆け込み寺が冒険者なんだが、その割に装備やら登録料やらを加味すれば金がかかる。

 金がないから仕事を探しているのに、そこで金を取られるときた。結果、やけっぱちになって賊になる者が後を絶たないってわけだな」

 

 奈々の言葉に返したのはハルヴァン。王国騎士の一人で、今回は御者を買って出ている。

 依頼である以上は成果を確認しなければならない。

 その一方で流動的に動かなければならないため、悠長に死体を回収している余裕はない。……まあ、生き残った賊がいたなら流石に回収するが。実際、奈々の言葉通り既に何度か賊を蹴散らしているので、荷台には拘束された賊が転がっている。

 可能な限り流動的に動くには現場に事実確認をする者がいた方が都合が良い。ハルヴァンはその確認役だ。

 小規模の賊討伐は町村や商人が依頼主となるのが大半だが、今回みたいな仕事は王国が依頼主となる。ならばこそ、確認役を現場に連れ回すといった無茶も可能となるわけだ。

 

「ちょっと止まってくれ!」

 

 そこに荷台の上から声がかかった。

 仁村である。彼の天職は弓術士。技能の効果もあり、その視野に視力は素のままでも常人の上を行く。高所に陣取れば、それはより顕著となる。荷台の中ではなく上にいるのはそのためだ。

 

「……商隊が襲われてるみたいだ! 距離は約五キロ! 護衛も多いが賊も多い! 先行する!」

「よっしゃ、乗れ、明人! ――頼むぜ、絶影!」

 

 言うなり荷台から飛び降りる仁村。その手を相川が掴み取り絶影で受け止める。相川は片眼が潰れた絶影を撫で上げて一気に駆け出した。

 絶影の目は元から潰れていたわけではない。相川が購入した時点では両の瞳に輝きを持っていた。

 それが潰れたのは初依頼の時である。意気揚々と買ったはいいが、人間相手に相川は動くことが出来なかった。馬に乗ったまま何の指示を出すことも出来なかったのだ。この上ない隙である。狙われない方がおかしい。

 当時のリーダーは幸利。彼は前もって言っていた。

 

「致死性の攻撃以外、助ける気はないからな。自らの痛みか仲間の痛みか、それを以て向き合い方の結論を出せ」

 

 その前言通り、幸利は相川が狙われても動くことはなかった。補佐役の妙子が動こうとしたがそれも止めた。他の面々も初の対人戦とあってそこまで気が廻らない。

 狙われた相川を庇ったのが絶影だった。己を護った代償に片眼を失った愛馬――乗った時間は短いが――の姿を見て、相川は覚悟を決めたのだ。

 一方、仁村もまた覚悟を決めている。覚悟を決めるまで、こと対人戦では足を引っ張ってばかりだった。

 人を撃つのは――人を殺めるのは怖い。

 どうにかしなくてはと思いながらも、その根幹には殺人への恐怖が付きまとう。

 結果、彼は開き直った。

 

「当たっても人が死ななければいいんだ」

 

 その考えの下、仁村は買えるだけの矢を購入し、その矢じりの殺傷性を限りなく低くした。

 仁村の弓は王宮の宝物庫から頂戴したアーティファクトだ。使い手の魔力を矢と弓弦に変換する機能が備わっている。ばかりか、矢への属性付与も可能である。その分だけ魔力消費も激しくなるが、弾数に悩まされるのが常の弓矢としてはこれ以上ない逸品である。素の頑強性も十分だ。

 一方で、その機能ゆえに魔力が威力に直結する。使い手の魔力が上昇すれば、その分だけ威力も上昇するのだ。どこまでも使い手に左右される、“使い手と共に成長する武器”と言えるだろう。その特性もあって、初期は威力の低さに困り、後期は威力の高さに困ることとなる。

 魔物を相手取る分にはありがたいが、自らの手で人を殺す覚悟が持てない仁村にとって、人相手に使うには向かないのもまた事実。

 仁村が開き直ったのも、悩みに悩んだ末なのだ。 

 

「そもそも一方的に呼びつけられた挙句に殺人を強制されるのがおかしいんだ。

 恩もあるし戦うのも防げないが、要は戦闘力を奪えばいいんだろ。結果を出せばいいんだ。文句は言わせねえ」

 

 そうして、次に賊討伐に赴いた際には見事に結果を出して見せたのだ。

 

「ッし、見えた。……狙い撃つぜ!」

 

 馬上に立ち、仁村は狙いを定める。そして言葉と共に矢を放った。

 未だ距離はキロが付くほど開いている。とても弓の射程ではない。普通ならば放ったところで矢のムダだ。不安定な状態もそれを助長する。

 しかし仁村は普通ではない。弓術士の天職。“神の使徒”ゆえのステータス。得物とて王宮の宝物庫から頂戴した逸品だ。そして何より迷いがない。

 加え、足場となる絶影を駆るのは親友たる相川だ。阿吽の呼吸と騎乗師の天職が重なれば、この程度はどうということもない。

 一矢、二矢、三矢……距離を縮める間にも矢は次々と放たれる。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「……なんだあ!?」

 

 賊相手に大立ち回りを演じていたガハルドは思わず驚きの声を上げた。

 何もしていないのにいきなり賊が倒れたのだから無理もない。それが連鎖的に続いていく。

 

「こいつぁ……矢か?」

 

 チラリと倒れた賊に目をやれば、付近には矢と思しき物体。疑問調なのは矢じりに何かがグルグルと巻き付けられているからだ。

 これでは殺傷力など望むべくもない。一体どれほどの威力があればこのようなことが可能なのか? 威力を出すには距離だって相応に必要だろう。

 

「ッ!? おいおい、マジかよ……」

 

 思い至った結論。瞬間、ガハルドは身体ごと向き直っていた。……矢の飛来源と思しき方向へ。

 視線の彼方には一頭の馬。その後方には更に一台の馬車。

 必然的に射手はどちらかに乗っていると思われるが、どちらにせよ尋常ではない。

 刹那、馬から矢が放たれ、自分の脇を通り抜け後ろの賊が地に沈む。……それが矢だと気付いたのも結果論に過ぎない。ガハルドにとっては“点”でしかなかった。

 信じがたい光景だが、実際に己が目で見てしまえばさしものガハルドも信じざるを得ない。

 

「援軍が来たぞ! 気張れ、野郎共ッ!」

 

 同時に、声を張り上げ護衛たちの士気を上げる。

 道中最大規模の賊に護衛たちの士気が下がっていたからだ。個々の実力では何れも賊を圧倒するが、護衛という縛りゆえに全力が出せない。少数相手ならばまだ大丈夫だが、数が増えればその限りではない。……士気が下がるのも無理はなかった。

 ガハルドの声で気を取り直した護衛たちに、その姿は映った。

 

「駆けろ絶影ッ!」

 

 片や馬を駆り、或いはその馬体で賊を轢き、或いはその手に持った棍を賊にぶち当てる。その姿は正しく“人馬一体”だ。

 

「さあ、乱れ撃つぜ!」

 

 片や跳躍し、空中から魔力の矢を雨と降らせる。その何れもが賊に命中し、他には一切の被害がない。……一度に複数の矢を形成することで魔力は分散され、自ずと一矢辺りの威力も低くなる。乱戦における仁村の見出した対処法だった。

 地に降りた仁村は、今度は矢を放つでなく接近戦を繰り広げる。弓術士の天職と国宝ならではの荒技だ。時には弓を打撃武器として、時には足元に矢を撃つ事で相手の体勢を崩す。

 後者はともかく、前者はトータスの常識では埒外の使い方だ。しかし、仁村にとってはその限りではない。

 日本においては矢を放つ以外に弓を使用する娯楽作品だってある。弓の両端を刃として斬りかかったり、弓から剣を放ったりなどだ。それを知っている仁村にとっては、これも間違いなく弓の使い方であった。

 僅かに二人の増援。――だが、齎した効果はその比ではない。

 騎手の極致と射手の絶技。それらを目の当たりにした護衛は意気を大いに上げ、逆に賊は意気消沈した。

 士気が逆転したなら、状況の逆転もまた早い。

 結局のところ、馬車が到達する前に勝負はついたのだった。




ネイビー、サルファー、ピーチの元ネタはデレマスのニューウェーブ。
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