ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5話

 ホルアドに戻ってきた幸利たちは、取り敢えず汗を流すべく大衆浴場へと向かった。

 彼らがホルアドでの拠点としている宿屋には浴室などない。部屋の質だって悪くはないが上等とも言い難いレベルだ。……まあ普通に使う分には問題ないし、元々が一般庶民だった身からすればその方が落ち着くのだが。

 王国直営ではあるが、利用するのは主に新兵訓練の際のみである。利用者も期間も限られるのに大層な設備など望むべくもない、ということだ。

 ホルアドはオルクスの攻略を目指す冒険者が集まり、彼らを客とするべく商人たちも集まり、その結果として出来た宿場町だ。当然ながら宿の数も多く、中には王国直営の宿より上等な物もある。……が、必然的に値段も高い。

 その経緯からして、ホルアドには汗を流すための施設も相応に多い。

 迷宮に潜って汗やら魔物の血やらで汚れた輩をそのまま店に迎え入れるほど、商人たちは呑気ではない。

 一例として、血をぶっかぶりながら食事をする冒険者がいたとする。そんな有様の輩を視界に入れて取る食事など美味しい筈もない。血の臭いだって店に移る。平たく言えば苦情の嵐である。

 それを防ごうと思えば、血やら汗やらを流すための施設を商人たちが用意するのは当然であった。

 町はずれには川がある――むしろ水源が近くにあるからこそ、ここに町が出来上がった面もある――ので、そちらを利用する冒険者もいなくはない。……が、温かい時期ならまだしも寒い時期まで利用する者はごく少数だ。

 主に懐の具合でどちらを利用するかが分かれていた。新米の内は川を利用するのが大半であるが、やはり寒くなれば暖を求めるのが自然である。

 そういった事情のほか、当初は冒険者を対象として用意されても、人が増えれば利用客はそれだけに留まらないことから、施設だってピンからキリまで様々だ。……主なターゲットとしている客層が異なるのだから当然である。

 前述した川の近くには蒸し風呂オンリーの店が多く、町の至る所にはシャワーのみの施設や浴槽付きの施設、それら全てを備えた施設が軒を連ねている。例を挙げれば枚挙に暇がないほどだ。

 大分トータスに染まってきてはいるものの、その根は純然たる日本人だ。一行が利用するのは最低でも浴槽&シャワー付きの施設であり、数回に一度は全部付きも利用する。

 必然、それらの経営者にとって幸利らは遠からず上客になった。

 多くの場合、冒険者の金の使い道としては己の装備が第一だ。次いで薬類である。生命に直結するのだから当然だが、そのためには節約を余儀なくされる。宿代だってあるのだから尚更だ。

 そうしてある程度の稼ぎが見込めるようになると、今度は宿の質や食事の質を繰り上げる。次なる装備へ手が届くのは遠くなるが、馬小屋に簡素な食事といった底辺生活では、その前に身体や気力が保てなくなる。

 そうした諸々を加味すれば、冒険者が汗を流すのに利用する金はより低くなる。見栄えや何かもあるのでいつまでも川を利用することはないが、中堅ランクでもシャワー利用が精々。上級ランクになってようやく浴槽付きを利用し始めるのが大半なのである。

 設備が上等であればこそ、その維持管理にも金がかかる。利用客がいないわけではないが、やはり“苦しい”のが経営者の本音だった。特に高級宿ともなれば、部屋の管理に浴室の維持とかかる費用は並ならない。当初は泊り客にのみ提供していた浴室を、今では泊まらずとも提供していること。それに伴い、泊り客にも浴室利用代を強制しなくなったことからも明らかだ。

 創設された当時と今では、全体的に冒険者の質が下がってきていることも一因である。百年以上前はオルクス表層の六十五階層到達を成し遂げた冒険者がいるのに対し、今では四十階層越えで“超一流”と評されることからもそれは明らかだ。

 そこに現れた“救い”が“神の使徒”である。“神の使徒”ゆえのステータス、王宮の宝物庫から与えられた上等な装備。そして何より日本人。

 前提が他の冒険者と大きく違うこともあるが、自分たちで金を稼ぎ始めてからの“神の使徒”は専ら浴場施設へと金を落としたのだ。光輝や御門も例に漏れない。

 そして目の前に現れた“救い”を経営者が逃す筈はない。彼らは“神の使徒”と交渉に当たり、その結果として用意されたのが年間や月間のフリーパスだ。……と言っても実体の在る物ではない。施設側の管理する上客リストに専用の物が用意され、フリーパス購入者の名前が記載される。利用する際にステータスプレートを提示すれば照会が行われる。フリーパス購入の際にまとめて金を払っているので、確認の結果パスの期限内であれば利用可能という寸法だ。

 基本的には利用の都度に金を払うシステムである。その点で考えれば、日に何度も利用されるのは施設としても痛手である。

 その一方で、施設を利用しない日の分もフリーパスの値段には含まれている。

 総合的に見ればWin-Winの関係だ。

 基本的には特にこれといった金の使い道があるわけでもない“神の使徒”である。一行は揃ってフリーパスを購入していた。大抵は全部付きが月間、浴槽&シャワー付きが年間だ。……一部、後者のみを購入する者もいたが。

 全部付きは流石にお高い。月間ならまだしも、年間分を支払うのは躊躇われたのだ。ランクが下がる分、浴槽&シャワー付きは年間でもそれほど躊躇いを覚えなかった。

 スタッフの顔触れだってそう代わり映えするものではない。初めの内は手間取っても、何度も利用すれば互いに顔を覚えるのが道理だ。今や顔パスも同然である。

 幸利らが利用するのは、常に男女両方が分かれて利用出来る施設である。施設によっては時間帯で同じ風呂を男女切り替え、常に利用可能だが混浴に限られるなどといった例も少なくはないのだ。

 まあ清掃やら何やらで利用出来ない場合もあるが、だからこそ異なる施設のフリーパスを購入したともいえる。

 一方、運よく上客を手にした経営陣も互いに話し合い、清掃の時間が被らないようにずらしていた。元々客が減少傾向にあったこともあり、その程度の都合をつけることは施設側も可能だった。

 

「んじゃ、また後でな」

「ええ、また後で」

 

 受付をすませたら、男性陣と女性陣に別れて浴室への扉を潜る。外靴のままであり、扉を潜ればそのまま浴室だ。

 そもそもの対象が冒険者であり、身体だけでなく装備の汚れを落とすこともその目的には含まれている。片隅に内着を置くスペースが用意されているが、脱衣所と呼べるのは精々がそれくらいだ。日本人としては慣れないが、システム的には仕方がない。

 それに置き引きの類は日本でもままある事だった。日本以上に死が溢れているトータスの現実を鑑みれば、装備品から目を離したくない冒険者の気持ちも分かる。

 

「んで、あの商隊と何を話してたんだ、清水?」

「大したことじゃねえよ。向こうがホルアドに着いたら食事がてら話をしたいってさ」

「ふぅん。ユンケル商会の名は轟いてるからな。商人とコネが出来るのはこっちとしても願ったりだ」

 

 湯船に浸かりながらの他愛もない会話。こういった時は日常を感じられる。

 商隊とは二、三会話をしてすぐに別れた。そもそもの優先事項が違うのだから当然だ。

 幸利らにとっては賊や魔物の討伐による周辺の治安維持が第一。あのまま商隊をホルアドまで護送するのは依頼違反に他ならない。他にも危機に陥っているかもしれない者がいないとは限らないのだから。

 心情はともかく、それを受け入れて行動しているのが現実だ。

 

「……染まっちまったな、俺ら。たまに不安になるよ。日本に帰れたとして、それから上手くやっていくことが出来るのか? ってな」

 

 風呂に浸かることで気が安らいだからだろうか? 淳史が不安げに零した。

 

「確かにな。人を殺すのは怖いと思いながらも、自分の手で人を傷付けている事実に変わりはない。一体その“違い”は何だろうな? 許容出来る要素はどこにある? 

 それに、今はまだ考えた手法が通用しているが、それが通用しなかった――実際に殺しちまったその時は、自分でもどうなるかが分からない。戦えなくなるのか、すんなりと受け入れるのか、それとも狂っちまうのか。……何れにせよ“まとも”とは言い難いだろうな」

「……言うなよ。俺は――俺以外にも実際に殺人をやっちまったヤツはいるんだ。その上でこうしてつるんで生活してるんだ。まともじゃないなんて思いたくもない」

 

 仁村と相川も続く。“宿星”に選ばれただの“神の使徒”だのと言ったところで、未だ年若き少年に過ぎない。

 普段は気が張っているからこそ弱音を零さない。――零せない。

 だがこういう、召喚前の、元々の生活を思い出させるような状況になれば自然と緊張もほどける。自らの行い、未来の不安、そういった諸々に駆られて弱音を吐いても無理はない。

 

「その気持ちは分からんでもないがな。人の底力ってのは案外とバカに出来ねえモンだ。必要とあれば容赦なく環境に適応してのける。こっちに染まったなら、あっちに染まるのだってわけはねえよ。むしろ元々が向こうで暮らしてたんだから遥かに楽だろうさ。

 実際、俺たちの異常性にも気付かなかっただろ? 何の因果か、俺たちの間じゃ自分たちをこう呼称してるんだ、“魔人”ってな……。その本質は“社会”という周囲に配慮しつつも、場合によってはそれを否定する行動も辞さない姿勢にある。毒を以て毒を制すの言葉然り、世の中綺麗事だけでは廻らないこともある。そんな時、必要とあれば俺たちは自分の“力”を振るうことを躊躇わない。

 理性と狂気の同居人。人間の姿をとった一種の怪物。しかして“人”に他ならない。ゆえの“魔人”だ。……そうやって悩むことが出来るなら、お前たちは間違いなく“魔人”という“人”だよ」

 

 幸利の言葉を、淳史らはすんなり受け止めることが出来た。

 もはや純然たる人間ではない。そう言われたに等しいのにショックを受けないのは、淳史らがそれを自分のどこかで認めていたからに他ならなかった。

 身体能力は日本にいた頃とは比べ物にならないほど高い。いざともなれば人を傷つけるのも躊躇わない。……中には殺人を犯した者もいる。

 日本の常識に照らし合わせれば、前者だけなら“超人”ですませられるかもしれない。後者だけなら“社会不適合者”の烙印ですめば御の字だ。

 どちらにせよ、この時点で“一般”の範疇には収まらない。片方だけでもそうなのだ。両方が揃ったのなら、それはもはや“化け物”ではないのか?

 心か、それとも頭か、とにかく各々の片隅にはそういった思いが渦巻いていたのだ。

 それを受け止めた上で、なお“人”で在りたい。その想いゆえの弱音だったのだ。

 幸利の言葉は『人間ではない』と告げる一方で『お前たちは人だ』と告げている。……注意点こそあるものの、淳史らにとってそれは確かな“救い”となった。

 

「……そうか。そうだな」

 

 ほんの一時かもしれないが三人は心の安寧を取り戻し、幸利と共にその後も暫く湯の温かさを堪能した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 モットーの食事会に招かれた“神の使徒”――直接会った面子だけでなく、現在ホルアドにいる全員である――は、そこでガハルドとアステル、ネイビー、サルファー、ピーチを紹介された。……なお、ゲイルを始めとした護衛たちは『堅苦しいのは苦手だ』と辞退している。

 互いに自己紹介をすませ、取り留めのない会話をしながら料理に舌鼓を打つ。流石のユンケル商会というべきか? モットーの用意した料理は美味ばかりであった。

 流れの中でガハルドらの事やグルが村づくりをしている事など、新しく知れた事は相応に多い。

 ホルアドの冒険者ギルド支部長――ロア・バワビスが“神の使徒”を訊ねてきたのは、十分に場も温まった頃合いである。

 

「ちょいと迷宮に潜ったヤツらから妙な報告が入ったんでな。お前たちの判断を訊きたい」

 

 人払いをモットーに頼んだ上でロアは語った。

 ギルド支部長ともなれば魔人族の動きについても、より詳しい情報が入る。幸利らもウル襲撃から続く懸念事項の一つとして話を通していた。

 それを聞けばロアも迷宮の見張りを強めたかったが、如何せん状況がそれを許さない。

 ウルの件で慌ただしく商人たちが動き、それに釣られて多くの賊も動き出した。一斉討伐のまたとないチャンスであるが、生半な冒険者では力不足だ。揃って高い実力を有する“神の使徒”を遊ばせて置く余裕などどこにもない。

 結果、“神の使徒”を始め中級ランク以上の冒険者は全員が賊の討伐に駆り出され、迷宮に対する警戒は“力不足”と判断された冒険者たちの挙げる報告が頼りとなった。

 冒険者ギルドのスタッフも受付として入り口前に常駐しているが、流石に迷宮内のことなど分かるわけがない。それに受付の能力値は一般人の枠を出ない。手練れの冒険者たちは揃って賊討伐に駆り出されている現状を加味すれば、目を誤魔化して迷宮に侵入することなど一定以上の実力者には簡単なことだ。

 よって、報告の際は普段よりも事細かに迷宮での詳細を聞いている。

 そして齎された幾つかの報告の中、全てではないにせよ共通点が含まれるものがあったのだ。

 

「魔物に全然出くわさない階層があった」

 

 冒険者の挙げる階層はそれぞれに異なれど、この一点のみは共通している。

 たまたま先行した冒険者が片付けた直後だった。……無論、その可能性もなくはない。

 しかし、報告される階層の数がとても偶然では片付けられない。加えて手練れの出払っている今の状況だ。下級ランクの冒険者に果たしてその様な真似が可能なのか? それも複数の階層に亘ってだ。

 先の話と合わせ、ロアの懸念が晴れないのも無理はない。

 話を聞いた幸利たちの判断もロアと同じだった。すなわち、【オルクス大迷宮】に魔人族が入り込んでいる。

 そうと判断したなら悠長に食事などしていられない。非礼を詫びて席を辞す。

 状況が状況だ、またの機会を約束した上でモットーも快く受け入れた。

 ガハルドとアステルが同行を願い出たのはその時だ。彼らの目的は聞いているし、何よりも時間が惜しい。

 遅れたら置いていく。……そう前置きして同行を許可した。

 

「杞憂でありゃあ良いんだがなッ!」

「どっちでも良いさ。モノの見方によってはチャンスでもある!」

「おいおい、どういうこったよ、そりゃあ!?」   

 

 そして現在、ホルアド残留組にガハルドとアステルを加えた面々は【オルクス大迷宮】を駆けていた。

 

「ここは表層でしかない。……それを知ってもらう、またとないチャンスということだ。

 百層を降りた上で、更に百層が待っている。そして深層は攻略しない限り抜け出せない。その事実を知れば、魔人族の動きにも停滞が生まれる筈だ。

 少なくとも、オルクスの攻略は後廻しにされるに違いない。二百層分の食料とそれを運ぶ人員だ。犠牲も加味しなければならないとなれば、間違いなく準備に時間が掛かる」

「御名答だ! 親父とは頭の出来が違うようだな!」

 

 そんな会話をしながらも只管に下層を目指す。最近はご無沙汰だったが以前は度々来ていた場所だ。罠や階段の位置はまだ覚えている。

 時折現れる魔物も鎧袖一触。障害にもなり得ない。

 そうして辿り着いた三十階層のとある部屋。本来この部屋には七十階層への転移魔法陣があるのだが――

 

「あん、どういうこった……?」

 

 ――綺麗サッパリと消えていた。影も形もない。

 その一方で、魔法陣のものと思しき魔力自体は確かに感じられる。何も知らぬ者がこの部屋を目にすれば“罠”と誤認するだろう。

 幸利が戸惑うのも無理はなかった。

 

「あ~、ちょっとゴメンね?」

 

 そこで前に進み出る影が一つ。パーティーにおける縁の下の力持ち、付与術師の真央だ。

 

「擬装解除!」

 

 地面に手をつき宣言一つ。それだけで魔法陣は再び姿を現した。

 

「話は聞いてたから、一応こっちでも保険をかけておいたのよ。“視覚阻害”やら“感覚阻害”やらを色々と“付与”してね。――さ、行こう」

 

 気楽に言ってのける真央だが、それで済ませられないのは実際にオルクスを攻略した面々だ。

 確かに真央は付与術師だ。こと“付与”の精密さ緻密さにかけてはこちらの想像を遥かに超えても不思議はない。

 今しがた己が目で見たのだから、“付与”を重ねて擬装をやってのける力量は既にある。――しかし、ただの“付与”では説明のつかない部分がある。すなわち“時間”と“陣”だ。

 たとえ隠蔽が可能であっても、今の魔法ではどうしても時間に縛られる。ここ最近の真央は常に自分たちと行動を共にしていた。十日以上は迷宮を訪れていない筈なのだ。

 それだけの長時間効果が切れない事実を説明しようとすれば、自ずと“生成魔法”が思い浮かぶ。この部屋自体を一種のアーティファクトに見立てているのだ。

 そして解除の際、真央は陣を出していなかった。魔法の発動に必要な前口上も述べていない。後者だけなら適性次第でおかしくないが、前者は適性ではどうしようもない。“魔力操作”の技能が必要となる。

 転移した後は周囲の確認をより重視しながら歩を進める。四十階層分にかかる時間はかなりのものだ。魔人族が実際にいるとして、いちいち魔物を始末していることから迷宮に詳しくないのは簡単に想像がつく。

 地図も得られていないだろうから当然だが、だからこそショートカットしたこちらが追い越していたとしても不思議はない。

 どちらかの確信が得られるまで、必然的に足取りはゆっくりとしたものになる。階層が階層なので余人の目を気にする必要もない。……真央に確認をするなら絶好の機会である。

 

「ねえ、真央? 貴女いつの間に“生成魔法”を手に入れたの? それに“魔力操作”も……」

「あ、やっぱ分かっちゃうもん?」

 

 綾子が真央に訊ね、真央も特に隠さない。

 

「私も正確には分からないよ。気付いたらいつの間にかだったし。大まかには言えるけどね。

 綾子が私を庇って暗闇へ落ちて、そこからの私は付与術の常識なんて知ったことじゃなかった。綾子の生存を願えば、自分が助けに行きたければ、けれどそれは不可能で自分の無力さに歯噛みすればこそ、自分の武器を鍛え上げることにした。

 そうして何でもかんでも“付与”を試みた。そんな日々を過ごしてたらいつの間にか覚えてた」

 

 最初は軽い口調で。途中からは茫洋とした視線で何処かを見つめながらも淡々と。……同一人物とは思えないほどの落差である。

 

「……ありがとう。私には勿体ないくらいの親友ね」

「やっぱそうだよね~。“親友”だよね~。はぁ……」

 

 その想いを真っ向から受け止めて綾子は礼を言う。……礼を言われた真央は何故か落ち込んでいたが。

 

(こいつ、もしかしたらと思っちゃいたが……百合か!?)

(まさか……ライバル!?)

 

 その光景にこんなことを考える者たちもいたが。

 

「そっか。そういや、今の魔法って神代魔法の劣化版なんだっけか……。そりゃあ習熟次第で遡れてもおかしくないよな……」

「んじゃ、俺らも一つ目指してみるか。モチベーションは大事だしな」

「……だな」

 

 相川と仁村は真央が神代魔法と“魔力操作”を手にした経緯に納得を示した。

 常識を受け入れた上での否定。加えての弛まぬ研鑽。結果的に真央は、文字通りに『無理を通して道理をぶっ飛ばした』のだ。

 確かに簡単ではないだろうが、目の前に“前例”がいるのだ。やってやれないことはない筈である。

 一口に“魔法”と言っても、その範疇は幅広い。たとえ“弓術”と“騎乗”でも、どこかしら引っ掛かる神代魔法はあるに違いない。

 相川と仁村は新たな目標を立てた。

 

「習熟の果ての遡り……か。良いことを聞かせてもらったぜ。これだけでもついてきた甲斐はあったな」

 

 そう零すのはガハルドだ。彼の目的は“実力の向上”に尽きる。七大迷宮攻略やらはそれに付随する要素でしかない。

 生死のかかった局面でしか得られぬ境地があり、それを得ればこそ確かな強さに繋がる。年の割には若く見えてもガハルドは五十近い。未だ限界を迎えてはいない以上、成長を続ける余地はある。……が、若い時分には及ぶべくもない。

 ならばこそ、ここから起死回生を目指すには並みならぬ危険に身を晒すしかない。その点において七大迷宮は正にうってつけだ。――勇者に負けたままではいられない、というのも大きいが。

 だがそれはそれとして、他にも強くなれる手段があるなら試す価値はある。

 ガハルドの天職は剣士だ。剣を武器とする天職の中でもレア度は高い。短剣、長剣、細剣に大剣……と剣の類であれば見境なく適性を持つがゆえだ。

 その反面、個々の習熟には特化型以上に時間を要する。

 

(まったく、灯台下暗しとはよく言ったもんだ。こと天職の傾向に限って見るのなら、俺とネイビーの嬢ちゃんとの違いは戦闘系か非戦系かでしかないってのに……)

 

 若い頃は生き残るため雑多に剣を使った。敵の死体からも味方の死体からも、そこらから拝借しては剣を振るった。そうして数々の戦いを生き延び、その果てに大抵の剣は過不足なく使いこなせるようになったのだ。

 自分が愛用している両刃剣だって、贔屓の鍛冶師に無理を言って創ってもらった物だ。今でこそ“元”ヘルシャー帝国皇帝(ガハルド)愛用の武器として世に広まっているが、当時では正に“異色”な代物だったのだ。

 皇帝になってからは危険な戦場に出る機会が減り、それに伴い“熱意”や“我武者羅さ”も減っていたことを、ここまでの旅路でガハルドは痛感させられていた。

 戦への意欲はあったが、それだけでは足りない。剣への熱意、生き残る事への我武者羅さを取り戻さねばならない。

 そう思っていたところに、コレだ。

 戦場で、ただ生き残るために剣を振るう。普段の鍛錬も、それに繋がるようにする。……それで十分だと思っていた。

 だが、戦場であれ鍛錬であれ、何か果てなき目標を持ち、それに向けて“武器”を鍛え上げる。そうすることで至れる領域があることを己が目で見せてもらった。

 武器が“剣”か“術”かの違いはあるが、そんなものは些細なことだ。肝心なのは、成し遂げる“意思”を絶やさぬことなのだから。

 ガハルドもまた、新たな道を見出した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「よお、追い付いたぜ。初めましてだな、魔人族」

 

 ショートカットしてから降りること数階層。一行は魔人族との対面を果たしていた。

 人数は僅かに二人。しかし周りには見たこともない魔物を従えており、その数は十を超える。間違いなく神代魔法の産物だろう。

 

「あら、バレていたのね?」

「さもありなん。何度か道中の魔物を全滅させたからな。バレない様に死体は片付けたが、目敏い者は異常に気付くだろう」

 

 振り返った魔人族はそう言いながらフードを取り払った。男と女である。

 

「目的は神代魔法だと思うがどうだ? ……ってか、ここに潜ってる時点でそれしかねえだろ?」

「ご明察。ところで貴方たちはそれを知ってどうするのかしら?」

 

 その問いに、ニヤリと笑みを浮かべて幸利は答えた。

 

「百層までエスコートしてやるよ」

「……は?」

「……何だと?」

 

 目を点にする二人に構わず幸利は続ける。

 

「こっちにも都合があってな。言ってみりゃあ、ここは表層でしかない。真の【オルクス大迷宮】は百層の更に先。こちらも百階層からなる、攻略しないことには抜け出せない地獄の底だ。百層にはそれを示すオルクスのメッセージもある。

 つっても、こっちの言葉だけじゃあ信じられないだろ? こっちだって信じてもらえるとは思っちゃいない。だが、自分の目で確認すれば否が応でも信じざるを得ない筈だ。

 こっちとしてはアンタたちを放置した結果、百層に辿り着いて事実を確認する前にくたばられたり帰られたりするのが一番困る。……エスコートはそのためだ。理解したか?」

「……確かに、そう言われれば理解は出来るわね。

 こうして私たちが来た以上、他にも来る者がいないとは限らない。けれどその言葉が真実正しければ、私たちが情報を持ち帰ることによりその動きを制限することが出来る。攻略には諸々の準備が必要となり、必然的にここは後廻しとせざるを得ない。

 そうすれば、貴方たちもここを離れることが可能となる。……違うかしら?」

「御名答。……で、どうだ? 提案に乗るか?」

「エスコート、と言うからには、道中の魔物はそちらが相手をするという認識で構わないのか?」

「ああ。もちろん戦うのは全員じゃないけどな。こっちだって手の内を明かしてばかりもいられない。そこら辺は分かるだろう?」

「……少し相談させてもらいたい。構わないか?」

「お好きにどうぞ」

 

 魔人族が距離を取る。それでも目の届く範囲だ。

 その間にこちらも提案に同意された際に戦う人選を決める。

 互いが互いを視界の片隅に捉え続けて暫しの時間が経った。

 

「提案を飲ませてもらおう。ただ、無理を承知で一つ頼みがある」

「内容次第だな」

「エスコートにはこちらの指定する人物にも参加していただきたい」

「……そうきたか」

 

 幸利は僅かに思案する。

 話し合いの結果、エスコートは重吾、龍太郎、淳史、相川、仁村、ガハルド、アステルの七名である。

 実力の低さ的に相川、仁村、ガハルド、アステルは確定。実力の低さでいえば真央もどっこいだが、彼女は“魔力操作”と“生成魔法”を自力で会得済みだ。また、その戦闘方法も常識の埒外にある。必要以上に塩を送る必要はない。

 龍太郎はその脳筋思考によりじっとしていられまい。よって彼も確定となる。

 淳史は相川、仁村と友人であるためかコンビネーションが良い。元より迷宮内では騎乗師の相川は本領を発揮しきれない。それを補う意味でも淳史は入れておきたい。

 重吾は龍太郎の抑え役だ。その一点だけで外せない。

 

「……OKだ。ただし一人だけとさせてもらう。……こっちは既にエスコート役を七人に決めてある。そっちの指定した人物が元から含まれていれば七人のまま。含まれていなければ八人になる。分かり易いだろう?」

「フッ、言ってみるものだ。……では、お前を指名させていただく」

「チッ、運のいいヤツだ。んじゃ、八人でエスコートをさせてもらうぜ」

 

 その後、お前だのアンタだの言い合うのは面倒臭いとして互いに自己紹介をすませた。

 男の方はミハイル、女の方はカトレアである。恋人同士であるらしい。

 

「ガハルド。……そうか、どこかで見た顔だとは思っていたが帝国の皇帝か」

「元、皇帝だ。今はしがない冒険者だよ」

 

 ガハルドの名前を聞けば、ミハイルは驚きを以て頷き。それに対してガハルドは“元”を強調した。 

 道行は順調に進んだ。重吾、龍太郎、淳史は全力こそ出さないものの本気では臨む。他の面々だって――上との差が激しいだけで――その実力は確かである。順調に進まない方がおかしい。

 特に問題もなく百層に辿り着き、オルクスのメッセージを確認したカトレアが大きなため息を吐いた。

 

「やれやれ、まさか本当だったとは……。借りが出来ちまったね。今度何かしらの形で返させてもらうとするよ」

「期待しないで待たせてもらうさ。お互いに立場がある。お返しが望むものとは限らないんでな」

「おかしなヤツらだ。“異教の使徒”とは皆がこういう存在なのか?」

「俺たち召喚された面々に限っては、な。……常識も何もかもこことは違う世界から無理やり連れて来られたんだ。生きていくためには染まらざるを得ない部分もあるが、そうでない部分だって相応にある。

 そんなもんだから、最優先目標は元の世界に帰ることだ。そのために必要とあればエヒトだって討ち滅ぼす。むしろ後顧の憂いを断つためにも生かしてはおけないな。……まあ、表立っては言えないが」

「ッ!? 本当に不思議なヤツらだ。……異教の神を討つためならば、こちらも出来る限りに協力しよう。とはいえ、どこまで出来るかは分からんので期待せずに待っていてくれ」

 

 そう言って、ミハイルとカトレアは魔物を引き連れて去っていく。一行に後ろ姿を晒した上でだ。

 二人が幸利たちに一定の信頼を抱いた証左に他ならない。

 

(さて、魔人族にも楔は打てたか……。は~、しんど。ガラじゃねえよな、まったく……)

 

 それを見送った幸利は内心で大きなため息を吐くのだった。 




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