ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5章Cルート:グリューエン
1話


 魔王に宣言した手前、すぐにも勇者の実力を確認しなければならない。――が、そう簡単に実行出来る筈もない。ただでさえガーランドにおいてフリードと考えを共にする者は少数派。加えて、その数少ない者たちも【氷雪洞窟】を攻略する際に大半が命を散らしている。

 攻略に成功はしたが、少ない数が更に減ったのだ。攻略に失敗したときの保険としてレイスら腹心を連れて行かなかったことだけが唯一の救いである。将としても戦士としても一廉の実力を持つ腹心が残っていればこそ、まだ行動を起こすことが出来るのだから。

 実行戦力としては――こういった言い方をしたくはないが――【氷雪洞窟】で得た“変成魔法”を使い魔物を強化すれば補える。だが、それを率いる将がいなければ無用の長物。そして将を有効活用するためにも、相応の戦略を立てる必要がある。

 かといって緻密過ぎてもいけない。緻密に過ぎれば外れたときに動けなくなる。臨機応変に動けるだけの余地を残さねばならないのだ。

 敵国の――それも立地的にも内情深くの情報となれば得られるものにも限りがある。信憑性も推して知るべし、だ。

 裏取りをするためにも作戦の穴を出来る限り埋めるためにも、暫くは情報収集に徹する必要がある。

 そも、此度の要因となった人間族の“勇者召喚”とて、前線を介して上がってきた情報に過ぎない。それすらも人間族が声高に喧伝するのみで、未だ“勇者”はその姿を現場に見せてはいないのだ。

 

(普通に考えれば必要以上に恐れる必要などない筈なのだが……。やはり魔王様には我らの与り知らぬことが見えているのか……? それとも――いや、考えるな。所詮は戯言に過ぎぬ。確証はない。可能性でしかないのだ)

 

 必要以上に勇者へと警戒を示した魔王の姿――人間族に対してこちらも“勇者召喚”を行うなど、普段からは想像も出来ない――に、ふとした疑問がフリードの脳裏をよぎる。【氷雪洞窟】で得た、ヴァンドゥル・シュネーからのメッセージ。それを加味すれば自ずと導かれる可能性。すなわち、魔王とエヒトは繋がっている。

 あまりにも不敬な考えに即座に思考を打ち切る。――が、可能性の一つとして認めていることにこの時のフリードは気付いていなかった。

 ともあれ情報だ。

 そして、その情報はフリード一人で得なければならない。“変成魔法”を得たフリードにしか出来ないからだ。

 動物から魔物への強制変化、既存の魔物の更なる強化や従属化など、“変成魔法”は生物に作用する。それは何も動物や魔物に限ったことではない。自分自身――引いては魔人族や他種族とて例に漏れない。とはいえ、その範囲は自ずと適正に左右される。

 魔物相手であれば躊躇する必要もない。幾らでも強化実験を行える。

 自分自身でも簡単な外見変化であれば割と容易だ。肌の色合いを変え、耳の尖りを減らす程度なら何の躊躇もない。それだけで端目からは人間族と見分けがつかなくなり、引いては行動が取りやすくなるのなら楽なものだ。

 しかし、魔物や自分自身ならともかく、部下に試すのは容易ではない。

 外見に内面。目に見える部分と見えない部分の違いが、一人一人で大きすぎる。俗に“個性”と称される部分だ。

 その事実を鑑みれば、人間に化ける程度のことでも今以上に習熟が必要なことは簡単に想像がつく。ヘタに試せば再起不能も否定は出来ない。

 現状、そんな無謀な真似をする意義は薄い。少なくとも、もっと追い詰められてからでも十分だ。

 

「では、行ってくる。お前たちは“強化種”の扱いに慣れておいてくれ」

「ハッ、御武運を!」

 

 そんな諸々の理由から、フリードは一人敵地へ侵入を果たす。とはいえ、いきなり王国への侵入など無謀に過ぎるのは理解している。

 中枢に近付けば近付くほどに情報の信憑性は高まる。それは間違いないが、同時に気を付けるべき部分も自ずと増える。

 永い戦乱の歴史だ。それだけに表立った交流もなく、必然としてフリードが知る他種族のことなどあまりにも限られている。そんな状態で王国へ侵入を果たしても、情報を得る前に怪しまれるのがオチである。

 フリードは魔国でも中枢から離れた場所の生まれだ。かといって辺境というほどでもない。それはレイスら腹心の部下も同じである。

 国境近くの生まれではないから、ある意味で戦争を身近には感じられない。戦争の犠牲となった家族を持つ者たちの悲嘆、憎悪、やるせなさ。……それらを我が事のように感じずに育った。

 王都近辺の生まれではないから、教義にもそれほど染まってはいない。アルヴ神への信仰はあれど、妄信するほどではない。

 その一方で、強硬派は軒並み中枢や外縁の生まれである。……外縁生まれの者は穏健派にも多少存在するが。

 それら諸々が組み合わさった結果、フリードたちは“戦争”そのものへの疑問を抱かざるを得なかった。

 

(おそらく、それは人間族も同じ筈だ)

 

 人間族の崇める神。その信奉者たちの総本山が王国と蜜月の関係にあるのは把握している。

 ゆえにこそ、王国から離れれば離れるほどにその威光が薄まらざるを得ないのもまた確か。自分たちと同じく“人”の字を冠する種族。それを鑑みれば自分たちのような者がいてもおかしくはない。 

 その考えの下、フリードが侵入を目論んだ候補は三つある。アンカジ公国とヘルシャー帝国、そして中立商業都市だ。

 だが、アンカジ公国はその名の通りに公爵が――王国から爵位を授かった者が治めているのだ。国の名を冠してはいるものの、王国の影響下にあるのは否定出来ない。主権を認められた属国と捉えても問題はないだろう。

 中立商業都市は多くの人が行き交う。紛れるのは容易に思えるが、だからこそ警戒は厳しいだろう。“王”という明確なトップがいないからこそ、入場審査は多岐に渡る筈だ。

 結果、まずフリードが侵入したのはヘルシャー帝国である。

 戦地で目にする帝国兵は勇猛揃い。言い換えれば“獰猛な獣”。……それがフリードの主観だった。

 獣ゆえに危険性は高いが――獣ゆえにあしらい様はある。

 帝国の国是――“実力至上主義”はフリードとて耳にしている。ならばこそ、細かな疑問は実力で黙らせることが出来るに違いない。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「よお、やるじゃねえかお前ッ! いっそのことずっといたらどうだ?」

「ありがたい申し出だがな。流石に無理だ。素性が教会にバレれば厄介なことになる。一所にいつまでも留まってはいられんよ」

 

 ヘルシャー帝国内にあるそこそこ大きな町。

 その一つである【ゼノス】という町の酒場にて、フリードは絡んでくる相手を適当にあしらっていた。

 ゼノスは“闘士の町”として知られており、町の中には闘技場もあれば学問所もある。帝国内でも“実力至上主義”が色濃く反映されているが、その反映内容が異質な町だ。

 闘技場で行われる大会で優勝すれば、たとえ亜人族でも奴隷の立場から解放される。ばかりか、この町においては一定の発言権を得ることが出来る。

 学問所で学ぶのも種族による制限はない。金さえ払えば誰でも学べるのだ。優秀な成績を修めれば、やはりこの町での発言権を得られるし、人間族であれば帝宮へ推薦すらされる。

 この町では“実力”を戦闘力とは捉えていないのだ。“闘い”だってまた同じ。一定多数の他人に認められるだけの、何かしらの成果を示せば“実力者”と判断される。己が実力を証明すべく、日頃から何かしらと闘う者たちがこの町には多く集う。それゆえの“闘士の町”だ。

 ヘルシャー帝国を興したのが時の傭兵王であるのは周知の事実だが、戦闘能力だけで国が興せる筈もない。元より傭兵団を運営するにはそういった方面での担い手も必要だ。国を興した後、多くは帝都にて引き続き傭兵王の補佐に廻ったが、何名かの能吏は領地を与えられ町を任せられた。

 ここはそうして出来た町の一つなのだ。中でも傭兵王が義兄弟と認めた男が作り上げた町である。完成の際、その男の名を取ってこの町はゼノスと名付けられた経緯がある。

 この町の異質さはそれゆえだ。元が戦闘能力に依らぬ実力者によって作られた町なのだ。戦闘力以外を認めるのも当然といえるだろう。

 そしてゼノスは片親が吸血鬼族だった。ゼノス当人は吸血鬼国とは何ら関係などなかったが、親に至ってはその限りではない。母国が亡べば当然ゴタつき、その果てに傭兵団に身を寄せた経緯がある。

 そんなゼノスにしてみれば、いちいち種族に拘るのはバカらしい。それでは発展など望むべくもない。――が、亜人族への蔑視は激しい。表立って登用は出来ない。

 その代替手段が“実力を証明しろ”ということである。

 蔑むならばそれに足る実力を示せ。――蔑まれるのが嫌ならば実力で見返せばいい。

 そして実力を示したのならば、この町にいる限りは全力でバックアップしよう。

 そんなゼノスの思想が、この町には根付いているのだ。

 真っ先に訪れたのがこの町だったのは、フリードにとって幸いと言っていいだろう。

 大きな町であるからには冒険者ギルドが存在する。フリードはそこからステータスプレートを入手し、冒険者登録も済ませているのだ。

 ステータスプレートは生まれたら必ず与えられる物である。それを持っていなければ当然ながら怪しまれる。基本的には再発行も面倒な手続きを経て、その上で紛失した経緯に信憑性を得なければならない。

 そして魔国生まれのフリードは、当然ながらステータスプレートを所持していない。――いや、正確には所持しているのだが、人間族の物とは色が異なるのだ。フリードが所持しているのは黒色。人間が所持しているのは銀色だ。町に入るための手続きの際、他の者が自分とは異なるそれを提示したことで発覚した事実である。

 身分証のわりに種族や生国が記載されないのを不思議に思っていたフリードだったが、色で所属国を判断しているであろう事に思い至った瞬間である。実際、ステータスプレートは神代の遺産だ。そのような裏事情があったとしてもおかしくはない。

 運よく提示前に気付くことが出来たフリードは咄嗟にカバーストーリーをでっち上げた。

 

「私は魔人族と人間族のハーフでな。立場違いの恋など“お話”の題材としてはありきたりだろう? その稀有な実例ではあるのだが、情勢もあれば表立っては暮らせない。親も亡くなり、その貯えも尽きた以上、自分で糧を得なければならない。

 この国は“実力至上主義”を掲げていると耳にしてな。私も実力には自信がある。もしかしたら、と思って訪れた次第だ」

 

 前半はほぼほぼ相手の想像任せのデタラメだが、後半はあながち嘘でもない。語っていない部分があるだけだ。

 門番も怪しんだが、確かに想像の出来る事柄である。

 人里離れて暮らすとしても、完全に人付き合いを絶つのは無理難題だ。普段の食事は動物を狩ったりすればいいとしても、寒くなり動物が姿を消せばそれも不可能。薬の類だって野草か何かから得るにも限りがある。家だって服だって、必ずどこかしらで限界が来るのは目に見えている。

 実際に自分がその立場に立ったのなら、この国に一縷の希望を望むのは無理からぬ話だ。

 迷った末、門番はお偉方に判断を投げた。

 そして町長や冒険者ギルド支部長による監視の下、フリードは闘技場でその実力を披露することになった。知識を問われなかったのはカバーストーリーのおかげだろう。人里離れてひっそりと暮らしていたのだ。常識など望むべくもない。

 魔国の将であり、七大迷宮攻略者であるフリードだ。人間族の知識はともかく、戦闘力ならば――例え手加減をしても――十分に実力を示すことが出来る。

 そうして身分証と“冒険者”という立場を得たフリードは、そもそもの目的である情報――ついでに人間族の知識も――を収集するためにも暫しこの町に留まることにしたのである。

 戦場の敵ではなく、同胞として密に接した人間族。その印象は、より戦争への疑念をフリードに齎すこととなった。実際にこうして身近で接すれば、“魔人族”と“人間族”の違いなど如何ほどのこともない。

 正体を隠しているがゆえ。それを忘れてはいないが、その程度で変わるものでしかないのもまた事実。

 

(やはり根底にあるのはそれぞれの教義か……)

 

 それがフリードの至った結論である。

 それはそれとして、いつまでもこの町に留まってはいられない。一か所では得られる情報にも限りがある。翌日には迷いなくゼノスを後にした。

 帝国内から王国内、中立商業都市にアンカジ公国と各地を巡っていれば相応に日々が過ぎる。移動の際には愛竜たる“ウラノス”を使用した分、普通に移動するよりはまだ早い方だ。……が、一から情報を収集するとなればある程度はその地に留まらざるを得ない。

 フリードにはツテもない。精々が冒険者という身分くらいだ。

 町人、商人、冒険者……立場が違えば自ずと重視する情報も異なる。それぞれから上手いこと情報を得ようと思えば、同時に信用なり信頼なりを得なければならない。

 町の治安を上げる、店に金を落とす、実力を披露するなどがその一例だが、あくまで一例でしかない。場合によっては全く別の手法を取らねばならない時もある。

 如何に移動時間を短縮したところで、そういったあれやこれやに時間が取られるのは最早どうしようもない。

 しかしその甲斐あって、時間の割には各種情報を得られたとフリードは自負している。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「作戦を説明する」

 

 ガーランドに戻ったフリードは部下を集めて宣言した。

 魔王に宣言してから既に一月以上が経っている。作戦行動の一環であり何もしていないわけではなかったが、魔王の方針に否を唱えた以上は目に映る成果を見せなければならない。いつまでも猶予はないのだ。

 各国で得た北大陸の地図を広げフリードは説明する。

 作戦はフリードによる“異教の使徒”への単騎襲撃から始まる。位置情報や実力を加味しても、これはフリード以外には出来そうもない。

 

「肝心の位置がハッキリせんのが問題だがな。『勇者は王女や豊穣の女神らと共に王都近辺を慰撫しながら農地改善をして廻っている』だの『“神の使徒”はホルアドに滞留し【オルクス大迷宮】に潜って実戦経験を積んでいる』だの、どちらも頭から否定出来んのが痛い。……なので、分散して事に当たらざるを得ない。

 私は位置のハッキリしているホルアドに襲撃をかける。勇者本人はいなくとも、その仲間はいる筈だ」

 

 一端そこで言葉を切りフリードは周囲を見廻す。全員が頷いたことを確認してから説明を続けた。

 

「そしてレイス、お前はウルに当たれ。ウル一帯は北大陸で最大の稲作地帯だ。その事実から勇者たちが訪れる可能性は否定出来ない。

 ウルの北には全容定かならぬ山脈が存在する。そこには多くの魔物が棲息し、山を越える毎に強力になるようだ。その割に町や山脈の警備は緩いが、我らとの戦争状態にあることを鑑みれば分からんでもない。

 そこを衝け。手勢として闇術師と幾らかの強化種を預ける。それを以て北山脈の魔物を従え襲いかかれ。

 だが、建物はともかく必要以上に村人へ直接危害は与えるなよ? 可能な限り穏便に戦争を終えるには人間族の我らに対する理解が欠かせない。そのためには皆殺しなど以ての外だ。……ある程度の犠牲は止むを得んだろうがな。

 同時に、王女や豊穣の女神も殺すわけにはいかない。そもそもの人数比で我らは人間族に負けている。

 ウルほどの稲作地帯。一時的に機能しない程度ならまだしも、諦めがつくほどに再生不可能になってしまえば一般庶民とて我らへの敵意を跳ね上げざるを得ないだろう。国民一丸となって後先考えずに攻め込まれれば防ぎようはない。

 それを防ぐためにも豊穣の女神の生命は奪えない。噂に聞く豊穣の女神の能力が正しければ、その者さえいれば農地の復興はなる筈だ。

 王女もまた然りだ。日頃から慰撫活動を行っているのであれば、民からの信頼も篤いと思われる。それを殺せばやはり憎悪は跳ね上がる。

 また我らが教会や王家を打倒した暁には、残された王国民を統治するに当たっての相談役も必要だ。人柄次第ではあるが、王女であるならば任せるに不足はないだろう。

 諸々述べたが、要点を抑えるのであればその手段はお前に一任する」

「ハッ、了解しました」

 

 レイスが了解すれば次に移る。

 

「レイスの次はミハイルにカトレア、お前たちの番だ。七大迷宮に当たれ。無理に攻略はしなくてもいい。だが情報は持って帰れ。

 とはいえ、【ライセン大峡谷】は魔法の発動が阻害される特性から、魔法を得手とする我ら魔人族とは相性が悪い。【ハルツィナ樹海】も亜人族の案内なしには霧に惑わされる。私も樹海には赴いていないので魔物の改良も上手くいく保証はない。

 残るは【オルクス大迷宮】と【グリューエン大火山】だが、お前たちが当たるのはオルクスの方だ。私がホルアドを襲い、次いでレイスがウルを襲えば、位置関係的にも心理的にも少なからずホルアドの警戒は下がる。

 そうでなくても、ウル襲撃がなれば結果に限らず周辺はごたつくだろう。ウルを占拠すればその奪還に。失敗しても復興作業にな。

 隠蔽能力を持つ魔物を始め、幾らかの強化種をお前たちにも預ける。町に入るわけでなし。諸々を含めれば迷宮への侵入は容易な筈だ」

「任せて下さい」

「承りました」

 

 それぞれの返事を聞き、フリードは最後の腹心へ命じる。

 

「ローゲンはアンカジ公国近辺に待機だ。状況次第ではあるが、私はホルアド襲撃の後そのまま大火山の攻略に移るつもりだ。その際、国許への伝令役を頼みたい。

 場合によっては挑まずに国へ帰ることも考えられるので無駄足になるかもしれんが、そこを踏まえた上で頼む。魔王様への謁見ともなれば、やはり相応の立場も必要となるのでな。私が直接に報告するのが一番ではあるのだが、状況を考えるとそれも難しい。

 七大迷宮の攻略者は、その時点で実力のケタが他とは異なる。また、噂では勇者たちの何人かもオルクスを攻略して神代魔法を手に入れたとも聞いた。

 すぐ“変成魔法”の詳細に気付くとも思わないが、強化種を前線部隊に分け与えた面もある。遠からずその内容にはアタリを付けられるだろう。……少なくとも、既にこちらが神代魔法を手に入れている事実には気付いていると見た方が良い。

 こちら側で神代魔法を得たのは私のみ。それに引き換え、向こうは複数名が得ているようだ。そう簡単に負けるつもりはないが、やはり不利は否めない。それを覆そうと思えば、新たな神代魔法を得るのは必要不可欠。

 そう考えるのは向こうも同じ筈だ。向こう側とてこちらの詳細を知るわけはない。神代魔法には神代魔法。七大迷宮の攻略に当たる者が現れるのは自明の理。攻略を重ねる過程でぶつかるであろうこともな。

 その際、可能な限り優位に立とうとすれば、如何に早く相手より七大迷宮を攻略するかにかかってくる。七大迷宮の大半は王国の領土内にあることを鑑みれば、やはり挑める機会に挑んでおきたい」

「なるほど、そう言われれば否とは言えますまい。伝令役、了解いたしました。……まあ、まだ未確定ですがな」

 

 ローゲンは笑みを浮かべて皮肉気に応える。

 

「フッ、確かにな。――明後日、作戦を決行する! 皆、準備に移れ!」

 

 フリードもそれを咎めるような真似はしない。鷹揚に認め、作戦実行の命を下した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 そしてフリードはホルアドに入り情報を収集。“異教の使徒”たちが拠点とする宿を見つけた。

 噂は間違いなかったようで日頃から迷宮に潜っているらしい。今も潜っている最中のようだが、何名かは宿に残っているようだ。

 

(好機だな)

 

 七大迷宮攻略者の一人としてそう簡単に負けるつもりもないが、数が増えればそれだけ余裕もなくなってしまう。取りも直さず周囲への被害も増える。それはフリードの望むところではない。

 物事はスマートに運ばねばならない。実際にそう上手くいくことはなくても、その心構えを忘れてはならないのだ。

 ホルアドを出たフリードは町から離れ、人目に付かないところで“変成魔法”による変装を解除。

 ウラノスに跨り気付かれぬようにホルアドの上空へ移動。位置を見計らって降下し、五体満足で宿前へ着地。何食わぬ顔でドアを開け――

 

「ん? 何だ、お前は?」

「ここに“異教の使徒”がいると聞いてなッ!」

 

 ――誰何の声を上げる騎士へと襲い掛かった。

 宿内で常に鎧を装着している筈はない。緊急出動の可能性を鑑みれば装備している者もいるだろうが、全員がそうとはとても思えない。

 推測は当たり、ラフな格好と鎧を身に纏った者が丁度半々。

 

ここに風撃を望む。――風球!

 

 平服の者には初級の風魔法を当て、それ以外へは打撃で臨む。

 理由もあるが殺す気はない。そのためには素手の方が簡単だ。 

 騎士だけあってある程度は鍛え上げられている。ちょっと手加減するだけで誰も死ぬことはなかった。

 

「さて、我ながら運がいいな。……悪く思うなよ」

 

 部下や民であればともかく、敵兵であればそれほど心も痛まない。殺し、殺される覚悟があっての戦士だ。それでもなお敵騎士を生かすように心がけたのは、ひとえに“変成魔法”の実験台とするためである。一人も死ななかったのは何とも運がいい。

 文字を書けぬように手を変化させ、言葉を語れぬように喉元も変化させる。

 

「ま、魔人族ッ!?」

「何でここに!?」

「ん?」

 

 そうして慎重に、かつ急いで実験を繰り返し、それが終わった頃に横合いから上がる声。確認すれば騎士とも思えない少年が二人。

 

「チッ、ここに風撃を望む。――風球!

「クソッ、ここに焼撃を望む。――火球!

 

 判断は素早く、それぞれに舌打ちをしながらも攻撃を仕掛けてきた。

 風と火。属性の違いはあれど共に下級魔法。普通ならどれほどのこともない。

 しかし、二人の魔法は違った。構成速度から発動速度、射出速度まで並大抵の域を遥かに凌駕する。……魔法に優れる魔人族でも、ここまで出来る者は少ない。

 

「なるほど、お前たちが“異教の使徒”か。……見事なものだ。“救い”と噂されるだけはある」

 

 その威力もまた同じく。とても下級魔法の域ではない。実際に己が身でその魔法を受けたフリードは素直に感嘆した。

 フリードが感嘆したのは魔法だけではない。判断力についてもそうだ。

 下級魔法でこれだ。よもや放てるのが下級魔法だけの筈もない。――にも拘わらず下級魔法を選択したその理由。

 

(私の威に呑まれていない。この二人は周囲が見えている)

 

 優れた実力者は、たとえ佇むだけでもその身に独自の空気を纏う。戦闘に臨むとなれば、それはより顕著に表れる。敵国とはいえ町中ということもあり抑え目にしているが、フリードも例に漏れず威圧を放っている。

 如何に抑えているとはいえフリードほどの実力者だ。直接に浴びれば我を忘れる者がいてもおかしくはない。並大抵の実力者では動くことも儘なるまい。

 その上で、彼らは的確に判断し動いて見せた。

 そう、ここは何の変哲もない宿屋なのだ。言ってしまえば町中だ。そんな場所で強力な魔法を放ったら周囲の被害がバカにならない。

 また、そこかしこには気を失っている騎士たちも転がっている。大抵の魔法はランクが上がるにつれて威力と範囲も上がっていく。中には収束系の例外もあるにせよ、中級や上級の魔法を放てば彼らには成す術もあるまい。

 同時に、魔法のランクが上がるにつれて詠唱も相応に長くなる。必然、その様な隙をフリードが見逃す筈もない。二人もまたそれを理解すればこそ下級魔法に留めているのだ。

 

「なんだぁ、この状況は?」

「襲撃……か?」

 

 直後、更に二人の少年が姿を見せた。

 

「更に増えたか。……加減はせん。死んだら異教の神を恨むことだ!」

「大介、礼一、魔人族だ! 騎士団の人たちも全員やられちまった!」

「アイツは俺たちもやる気だ。構えろ!」

 

 先に現れた二人が後から現れた二人へ告げる。

 忠告を受けた大介は――しかし、武器を構えることはない。ばかりか、何食わぬ顔でフリードへと問いかける。

 

「ふ~ん。……なあ、アンタ。俺たちを受け入れる気はあるか?」

 

 それは裏切りの提案。“神の使徒”として――いや、一人の人間としてやってはならない外道の所業。

 

「ッ!? なに言ってんだよ、大介!?」

「そ、そうだ! 世話になった人たちを裏切るってのかよ!?」

 

 フリードへの警戒を絶やさぬままに大介へと吠え立てる二人。

 

「信治、良樹、お前らは黙ってろよ。……で、どうなんだ?」

 

 それはこの場に残る最後の少年――礼一によって妨げられた。

 

「フン、良いだろう。だが相応の働きを見せねばどうなっても知らんぞ?」

「取引成立だなッ!」

「……え?」

 

 言うなり、大介はその手に持つ短剣で良樹を斬り付けた。

 

「何してんだ大介ッ!?」

「お前も寝てろよ」

「……な!?」

 

 そして大介へと吠え掛かる信治も礼一の鎗で刺されることとなった。

 信治と良樹、二人の身体から止めどなく血が流れる。

 この瞬間、“神の使徒”の拠点というある種神聖な場所は――一転して“裏切りの現場”という悍ましい場所に成り代わった。

 

「これで文句はねえな?」

「勿論だとも。その心意気、私としても望むところだ。歓迎しよう、“異教の使徒”よ」

 

 倒れ伏す信治と良樹を横目に歪んだ笑みを浮かべてフリードへと確認する大介。

 それに対し、フリードは両手を広げて歓迎した。

 

「長居は無用。早々に立ち去るとしよう」

「っても、どうすんだよ? 走ってくのか?」

「簡単なことだ、屋根に上れ」

 

 言うなりフリードは入り口のドアを開けて跳躍。瞬く間に屋根へと上った。

 怪訝な顔をしながらも大介と礼一も続く。二人ともその程度を軽々と熟す身体能力はある。

 フリードは指笛を吹き、間もなくして上空より降りる影。

 

「マジかよ……」

「ドラゴン……か?」

「私の愛竜、ウラノスだ。乗るがいい」

 

 戸惑いつつも二人が乗ったのを確認したフリードは声を大に叫んだ。

 

「勇者、恐るるに足らず!」

 

 そしてホルアドの者たちが戸惑うのを尻目に悠々と飛び去った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 当初の目的通り、ホルアドを脱したフリードはアンカジ公国近辺へとやって来ていた。

 詳しい合流場所は決めていないが問題ない。ウラノスが案内してくれる。

 五感の能力は人よりも動物の方が優れていることが多い。そして魔物は動物の強化体だ。中でも竜種は魔物の中でも頂点に立つ。そしてウラノスはそんな竜種の強化体である。高所ということもあってフリードでは捉えきれぬローゲンの姿なり匂いなりを捉えることも十分に可能だ。

 

「お待ちしておりましたフリード様。――ところでそちらは?」

「うむ。この者たちは檜山大介と近藤礼一。“異教の使徒”だ。我らにつくと言うので連れて来た次第だ」

「……ほう。使えるので?」

「それはまだ分からん。……が、それを確かめるためにも大火山へはこの二人も連れて行く」

「おい、ちょっと待ってくれ。大火山ってーと、もしかして【グリューエン大火山】のことか?」

 

 遠からずしてローゲンの元に辿り着いた。そのまま言葉を交わしていたのだが、話の流れから大介が“待った”をかける。

 

「ああ、そういえば言ってなかったか。元々は私一人で挑むつもりだったがな。我々の派閥は人が少ない。使える戦力を遊ばせておく理由もない」

「……マジかよ。まあ、しゃ~ねえか。どっちみち俺たちの選択肢なんざ少ねえからな」

 

 大介と礼一はガックリと肩を落とした。

 彼らとて自分の立場は分かっている。“裏切り者”がそう簡単に信用される筈もない。ましてや会ってから間もないのだ。良いように利用されるだけで終わってもおかしくはない。

 

「フッ、そう落ち込むな。友を救わんがために、己が手を友の血で穢す覚悟を見せてもらったのだ。既にお前たちには一定の信を置いてあるとも」

 

 フリードの言葉に意表を突かれたのは大介と礼一だ。

 

「……バレていたのかよ?」

「無論だ。でなければここまで連れて来んよ」

 

 大介、礼一、信治、良樹、この四名が気の置けぬ友人同士であることはフリードにもすぐに分かった。

 とはいえ、それで見逃す道理もフリードにはない。年若き少年であれど、同時に彼らは“異教の使徒”だ。厄介な敵戦力である以上、仕留めるのが最善である。――身の安全に気をかける必要のある豊穣の女神とは違うのだ。

 騎士程度であれば“変成魔法”の実験体として使い様もあるが、“異教の使徒”にその様な余裕は持てない。余裕は油断に繋がり一矢を報いられる可能性がある。実際、信治と良樹は見事なものだった。

 ならばこそ、確殺の心構えでフリードは攻撃に臨もうとした。当然、それらは威圧や重圧、殺気となって大介らに襲いかかる。

 そして大介たちはそれを受けた上で、言葉を交わし動けるだけの余裕があったのだ。

 

「お前は私に敵わぬとすぐに悟った。その上で考えた。どうすれば全滅を防げるのかを。……それが提案の正体だ。

 乗らぬならどうしようもないが、乗ってくれるなら活路は開ける。倒れた騎士たち、既に私へと攻撃を仕掛けた事実。それらを加味すれば他の二人は間違いなく反発する。それすら予測の範疇だ。

 私が提案に乗るならば、何らかの条件を出すのは想像に難くない。お前はそれを期待した。目論見通りであれば良し。違っても無理やり修正するつもりだった。目の前で仲間を斬って見せれば、なるほど、通る可能性はあるだろう。

 同時に、自分が攻撃すればこそ友も生き残る可能性が高まる。……お前はそれに賭けた」

 

 フリードは大介に語り、次いで礼一を見やった。

 

「そんな大介の思惑に礼一もまたすぐに気付いた。だからこそ喚く二人へ黙るように告げたのだ。何故か? 私の返答次第でこれからが決まるからだ。

 すなわち、四人揃って仲良く死ぬか。もしくは道を違えても生き残るか。

 私が大介の提案を呑んだ場合、お前は大介についてくるつもりだった。……友を一人にさせるわけにもいかないからな」

 

 言葉を止め、フリードは暫し瞑目する。

 

「普段のお前たちのことなど私は知らぬ。だが、友への篤き想いだけは本物であることを確信した。必要に応じて外道な行いすらも容認するその覚悟。私が信を置くには十分だ」

「……何でだろうな? 涙が止まらねえよ……」

「同じくだ。素行不良な俺たちのことを、ここまで認めてくれる人は今までいなかった。愛ちゃん先生は親身だったが、あくまで“生徒”に対するもんでしかなかった。……嬉しいもんだな、褒められるってのは」

 

 暫くの間、涙を流し続ける大介と礼一であった。

 

「……っし、どうせ王国には戻れねえ。心機一転して頑張らせてもらうぜ、フリードの旦那!」

「応よ、大火山でも何でも来いってんだ!」

「ああ、頼みにさせてもらう。――そういうことだ、ローゲン。魔王様への報告を頼む。取り敢えずは二名がこちらに寝返ったことと、その真意を確認する意味も込めて私の下に置くことを伝えてくれ」

「了解しました。御武運を」

「では、我らはまずアンカジ公国を目指すぞ。火山や砂漠に対する情報を仕入れなければならないからな」

 

 ローゲンが魔鳥に乗って去るのを見送り、一行はアンカジ公国を目指す。

 そこそこの距離はある――でないとウラノスや魔鳥が目立つことこの上ない――が、徒歩で行けない距離でもない。大火山を目指すに当たっては大砂漠を乗り越えなければならないのだ。その練習と思えば何ほどのこともない。

 

「しかし、俺たちが入れるものなのか? 手配とかされてるんじゃ……」

「それほどまでに早い情報伝達手段があるのなら、我らとて苦労はしておらんさ。

 それに王国が大々的に手配することもまずあるまい。そんなことをしてしまえば士気が下がる。一介の兵ではなく“使徒”なのだからな。国境沿いの戦場にでも姿を示さない限り、可能性は低いと見ていい。

 お偉い方ならばその限りでもないだろうが、町中で細々と活動する分にはそうそう気付かれることもないだろう」

「すげえな。よくそこまで頭が廻るもんだ。――まあ俺たちについては分かったけど、じゃあ旦那はどうなんだ?」

 

 礼一の疑問は当然と言えた。真紅の髪色と端正な顔立ちはともかく、耳は人間よりも尖り、肌は浅黒い。魔人族の特徴をこれでもかと示している。

 

「それも問題はない。……こうすれば良いだけだ」

 

 そう言った次の瞬間、フリードの身体が発光した。光が収まれば、耳は尖りを失い肌は浅黒さを失っていた。髪の色こそ真紅のままだが、見た限りは人間である。

 

「私の手に入れた神代魔法によるものだ。これを用いて情報収集を行い、その間にステータスプレートも手に入れている」

「……マジかよ」

「……言葉も出ねえな」

 

 取り出したステータスプレートを弄ぶフリードに対し、二人は目を点にして驚いている。

 二人の知る限り、魔人族がここまで行動をしている情報はない。基本的には国境戦線の進退が時折齎される程度である。

 まあ自分たちから知ろうとしなかった面も確かにあるのだろうが、こうも王国内部で良いようにされているのを見ると王国や教会の懸念も尤もだ。エヒトが自分たちのような者を召喚したのにも一定の理解を示すことは出来る。――それと実際に召喚されたことによる不満は別物だが。

 

「む? ちょっと待て」

 

 会話をしながら歩いていたが、急にフリードが立ち止まり辺りを見廻した。

 

「どうしたんだよ、旦那?」

「か細いが、泣き声が聞こえた」

「泣き声だあ? こんな一面砂漠のどっから――馬車?」

 

 フリードに倣い、二人もまた辺りに視線を向ける。自分たちには聞こえもしないが、そこは技能によるものだろうと納得した。自分たちの実力も自負してはいるが、フリードはなお高みにいる。自分たちの持ち得ぬ技能や派生技能を得ていても不思議はない。

 とはいえ、周囲一面砂だらけである。フリードの言葉を疑うつもりもないが、視線の彼方にアンカジ公国が認められるくらいだ。この状況で泣き声といわれても俄かには信じがたい。

 そんな折、礼一の目にそれは映った。輸送隊か何かだろうか? 馬車が三台。護衛と思しき者たちが御者台なり荷台脇に立っている。

 

「フム、行ってみよう」

 

 徒歩と馬車だ。距離を考えれば普通なら追い付ける筈もない。――が、三人のステータス値は一般のそれを遥かに凌駕している。魔法による身体強化も行えば追い付くことなど容易い。

 

「んだあ、テメエらッ!?」

「なに、つい先ほど子供の泣き声が聞こえたのでな。心当たりはないかと訊ねたいだけだ」

 

 先頭の馬車が止まり、御者台の男が凄む。中々の強面だが、そんなものは役にも立たない。フリードは“柳に風”と受け流して逆に問う。

 

「ハッ、知るかよそんなもん。こっちは先を急いでんだ。さっさと退きな、轢かれても知らねえぞ!」

「そうか――」

「グエッ!?」

「うぎゃッ!?」

「ビンゴだ、旦那。子供たちが取っ捕まってやがる」

「――だ、そうだが? さて、どう説明する?」

 

 御者は馬を走らせようとするが、後ろから悲鳴が届く。次いで何かの倒れる音。まさか、と思うも既に遅い。すぐにも決定的な一言が届けられた。

 大介である。彼の職業は軽戦士。前衛戦闘職の中でも“遊撃”に重きを置く。その特性上、隠形能力と誘導能力を併せ持つ。攻撃は手数で補い、防御は紙の回避特化。個人戦闘ではともかく、集団戦闘で強いタイプだ。

 フリードが正面から気を惹いている内に後方から廻り込んだのだ。如何に個人戦闘能力が低めに分類されていようと、オルクス表層の五十階層を突破出来るだけの実力はある。そこらの腕自慢が大介に敵うわけもない。

 

「くそがああああッ!」

「テメエらも寝てなッ!」

 

 御者台の男たちが吠え掛かって武器を抜くも遅過ぎる。礼一の鎗に打たれて敢え無く昏倒した。

 

「俺らも“不良”だがな。根っからの(ワル)に堕ちるつもりもねえんだ。ガキの誘拐なんざ見過ごせねえよ」

「二人ともご苦労だった。――しかし参ったな……。この状況、流石に放置も出来ん。公国に連れて行くしかないだろうが、目立つことは避けられない」

 

 気絶した男たちを拘束して荷台に転がす。その上で全ての馬車を検めれば、子供たちが十人以上である。人間の子もいれば亜人族――“海上の町”として知られる【エリセン】に居を置く海人族の子供もいる。

 おまけに現在地は砂漠のど真ん中で、町らしい町はアンカジ公国のみである。必然的にそこに連れて行くしかないのだが、否が応でも目立つ。

 奴隷証も見当たらない以上、正当な手段で連れて来られた子供たちではない。そも正当な手段で手に入れたのであれば、男たちがあそこまで吼える理由もない。

 おそらくは裏組織。それもかなり手広くやっている、相応に“力”のある組織の人員だ。そうでなければ海人族の子を攫うなど出来る筈がないのだ。

 亜人族としては例外的に、王国から正式な保護を受けているのが海人族だ。だからこそ相応に高く売れるのだが、生半な実力の組織では王国の追及を逃れることなど不可能である。如何に非合法であろうとそれが商売であるのなら、リスクに見合ったリターンを求めるのが必然だ。

 同時に、組織の人員であろうと男たちは末端に過ぎない。末端であればこそ持っている情報は少なく、肝心要の組織には繋がらない。仮に繋がっても白を切り通せる程度でしかないだろう。

 

「お兄ちゃんたち、誰?」

 

 三人を見上げて首を傾げるのは海人族の少女だ。その顔には見るからに元気がない。当然といえば当然だ。海人族はその生態から長く水辺を離れることはない。

 幼き身体に加えて砂漠の暑さだ。大人でもダウンすることがままある環境では背負ったハンデが大きすぎる。

 

「む、これはいかんな。……水よ、優しく抱き留めよ。――水揺!

 

 フリードは即座に魔法で水の揺りかごを作り少女を寝かせた。

 環境が環境ゆえか、通常よりも多く魔力を消費した。水属性とはいえ下級魔法でこれである。フリードの能力値を鑑みればまだまだ余裕はあるが、目的地である大火山では更に消費も増えるだろう。中、上級魔法になるとどこまで出来るか分かったものではない。

 基本的に魔人族は亜人族を見下し、嫌っている。

 フリードもその例に漏れない。……が、彼の場合はれっきとした理由がある。亜人族は樹海に引き籠っているからだ。身を護るためと言えば聞こえは良いが、そんなものは言い訳に過ぎない。現状を受け入れ変えようともしない“諦観に支配された種族”。その様な者たちに砕く心などありはしない。

 その一方で、同じ亜人族でもこの少女は違う。

 そも海人族自体が自らの有用性を示すことで王国の保護を得た経緯がある。それは紛うことなき立派な戦果だ。加えて、この少女のみが自分たちに声をかけてきた。

 他の子供たちは軒並み蹲っており、顔を上げることもしない。……諦めきっているのだ。

 ハンデを負っているにも係わらず、自分に出来る限りの抵抗を示した。たとえそれが泣き喚くだけだとしても。

 その泣き声が自分に届き、結果として少女たちはこうして助かった。その“勇気”を認めぬフリードではない。

 

「気持ちいいの~」

 

 水に寝かされた少女は一転して顔色を良くした。それを認めたフリードは大介に声をかける。

 

「大介、スマンが公国に行って何人か寄越してもらってくれ。このままでは我らも動きようがない」

「あいよ、了解!」

 

 応え、大介は瞬く間に走り去る。ただでさえ速度に優れる軽戦士だ。そこにステータスや強化魔法も加味すれば、それほど時間もかかるまい。

 

「しかしまあ、暑いな……」

 

 燦燦と照り付ける太陽光。手で遮りながらもそれを見上げたフリードは呟いた。 

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